この記事で分かること

  • Ability-to-Pay分析(ATP/Reverse LBO)の定義と、通常のLBOモデルと「計算の向き」がどう逆になるのか
  • 目標IRRから支払上限価格を逆算する式の導出と、設例による具体的な計算手順(Entry EBITDA 100億円・レバレッジ5.0倍・Exit倍率10.0倍・目標IRR25%・5年)
  • Exit倍率と目標IRRを2軸で振った感応度表の読み方と、「出口倍率1.0倍=入口倍率何倍分か」を一発で出す関係式
  • オークションでの入札上限の決め方、Multiple Expansionを織り込んでしまう危険、日本案件で前提が変わる箇所

結論:Ability-to-Pay分析とは「目標リターンから支払上限価格を逆算する」手法

Ability-to-Pay分析(ATP)とは、PEファンドが「この案件で目標とするIRR・MOICを達成するには、最大でいくらまで払えるか」を逆算する分析です。実務ではReverse LBO、Max Purchase Price分析、支払可能価格分析とも呼ばれます。短い定義は用語集のLBOモデルからの逆算評価にまとめています。本記事ではその奥にある計算の組み立て方と、オークション実務での使われ方を扱います。

核になる考え方は一行で書けます。出口で手にする株式価値を、目標IRRで現在に割り戻すと、投下できるエクイティの上限が決まる。そこに調達デットを足し、取引費用を引けば、支払える企業価値(EV)の上限が出ます。これだけです。

ATPの基本式
最大エクイティ投下額 = 出口株式価値 ÷ (1 + 目標IRR)保有年数
支払上限EV = 最大エクイティ投下額 + 調達デット総額 - 取引関連費用
含意される入口EBITDA倍率 = 支払上限EV ÷ 入口EBITDA

ここで重要なのは、右辺の「出口株式価値」も「調達デット総額」も、多くの場合は買収価格に連動しないという点です。デットは通常「EBITDAの何倍」で決まり、出口株式価値は「出口EBITDA×出口倍率-出口ネットデット」で決まります。だから価格が未知のまま右辺が確定し、左辺の価格が一意に解けます。この構造を理解しているかどうかが、ATPを機械的な逆算作業で終わらせるか、前提の質を議論する道具として使えるかの分かれ目になります。

通常のLBOモデルとATPは「計算の向き」が逆

通常のLBOモデルは、価格を入力してリターンを出力します。「EV 800億円で買い、5年後に10.0倍で売ったらIRRは何%か」という問いです。ATPはこれをひっくり返し、リターンを入力して価格を出力します。「IRR 25%を確保するなら、EVはいくらまでか」という問いです。

この関係は、バリュエーション側のReverse DCFと同じ発想です。Reverse DCFが「今の株価を正当化する成長率・利益率は何か」を逆算するのに対し、ATPは「目標IRRを正当化する価格は何か」を逆算します。どちらも、出力を固定して入力を解く構造になっています。

観点通常のLBOモデルAbility-to-Pay分析(Reverse LBO)
入力買収価格(EVまたは入口倍率)目標IRR・目標MOIC・保有年数
出力IRR・MOIC支払上限EV・含意入口倍率・上限株価
使う場面提示価格の検証、IC資料の基本ケース入札額の決定、価格レンジの上限設定、撤退判断
議論の焦点「このリターンで投資すべきか」「この価格を超えたら降りるか」
表:通常のLBOモデルとATPの対比。同じモデルを別の向きに使っているだけで、必要な前提の量は変わりません。

注意したいのは、向きが逆になってもモデルの中身は同じものが必要だという点です。出口株式価値を出すには保有期間中のデット返済額を知る必要があり、そのためには売上・EBITDA・設備投資・運転資本・税・金利までひととおり置かなければなりません。「ATPは簡易計算」という理解は誤りで、実際にはフルのLBOモデルの上で最後に一手だけ向きを変えているのが実務です。Sources & UsesもCash Sweepも通常どおり必要になります。

式の導出:なぜ価格が一意に解けるのか

導出は3ステップです。以下、保有年数を n、目標IRRを r とします。

ステップ1:目標IRRの定義から出発する。 IRRが r であるとは、入口のエクイティ投下額 E0 が n 年後に E0×(1+r)n になっているということです。期中の追加出資・配当がない単純な形なら、これはそのままMOICの定義とつながります(MOIC = (1+r)n)。指標そのものの性質はIRRとMOICの計算と使い分けで詳述しています。

ステップ1の式
出口株式価値 = E0 × (1 + r)n → E0 = 出口株式価値 ÷ (1 + r)n

ステップ2:出口株式価値を右辺だけで表す。 出口株式価値は、出口EV から出口時点のネットデットを引いたものです。出口EVは出口EBITDAにEV/EBITDA倍率を掛けて求めます。出口ネットデットは、入口デット残高から保有期間の累計返済額を引いたものです。ここに買収価格は登場しません。

ステップ2の式
出口株式価値 = 出口EBITDA × 出口EV/EBITDA倍率 - (入口デット - 累計デット返済額)

ステップ3:エクイティを価格に戻す。 Sources & Usesの恒等式から、エクイティ投下額はUses合計(買収EV+取引関連費用)からデット調達額を引いたものです。これを E0 について解き直せば、支払上限EVが出ます。

ステップ3の式
E0 = 支払上限EV + 取引関連費用 - 調達デット総額
→ 支払上限EV = E0 + 調達デット総額 - 取引関連費用

価格が一意に解ける理由は、デットが「EBITDAの何倍」で決まっているからです。もしレンダーが「EVの60%まで」というLTV型でデットを出すなら、デットが価格に連動するため、式は価格について循環し、ゴールシークか代数的な整理が必要になります。実務ではEBITDA倍率型とLTV型の両方の上限が同時にかかることが多く、その場合は厳しいほうが効きます。この論点はDebt CapacityとLBOファイナンスで扱っています。

設例:目標IRR 25%から支払上限EVを逆算する

以下は説明用の仮設例です。実在の案件・企業を示すものではありません。単位は億円、税率・金利等は計算を追いやすくするために丸めた値を使っています。

前提項目設定値補足
入口EBITDA100.0億円調整後EBITDA。買収時点の直近12か月ベース
EBITDA成長率年5.0%5年間一定。出口EBITDA=100×1.05の5乗=127.6億円
レバレッジ(入口デット)5.0倍=500.0億円入口EBITDA基準。価格には連動しない
加重平均金利5.0%期首残高に対して計算(設例の簡便法)
減価償却費/設備投資各30.0億円5年間一定・同額(キャッシュ影響を相殺)
運転資本増加額EBITDA増加額の20%成長に伴う所要運転資本
実効税率30.0%繰越欠損金なし
余剰キャッシュの扱い100%返済に充当最低手元現金ゼロ・配当なしと仮定
出口EV/EBITDA倍率10.0倍5年後・売却費用は考慮しない
取引関連費用25.0億円FA・DD・アレンジメントフィー等(固定額と仮定)
目標IRR/保有年数25.0%/5年期中の追加出資・配当なし
表:設例の前提一覧(仮設例)。以降の数値はすべてこの前提から計算しています。

ステップA:デット返済額を先に確定させる

買収価格が決まっていなくても、デット残高の推移は計算できます。入口デットが500.0億円で固定されているためです。返済前フリーキャッシュフローは「純利益+減価償却費-設備投資-運転資本増加額」で求め、全額を返済に充てます。

項目(億円)1年目2年目3年目4年目5年目
EBITDA105.0110.3115.8121.6127.6
EBIT(EBITDA-減価償却30.0)75.080.385.891.697.6
期首デット残高500.0466.0427.2383.2333.7
支払利息(5.0%)25.023.321.419.216.7
税引前利益50.057.064.472.480.9
法人税等(30%)15.017.119.321.724.3
当期純利益35.039.945.150.756.7
運転資本増加額△1.0△1.1△1.1△1.2△1.2
返済原資(返済前FCF)34.038.844.049.555.4
期末デット残高466.0427.2383.2333.7278.2
表:設例のデットスケジュール(億円、四捨五入により合計が一致しない箇所があります)。5年間の累計返済額は221.8億円、期末デット残高は278.2億円。

減価償却費と設備投資を同額(各30.0億円)としているため、返済原資は「当期純利益-運転資本増加額」に一致します。1年目であれば 35.0 - 1.0 = 34.0億円です。5年間の合計は 34.0+38.8+44.0+49.5+55.4 = 221.8億円となり、期末デット残高は 500.0 - 221.8 = 278.2億円です。

ステップB:出口株式価値を求める

出口株式価値の計算
出口EBITDA = 100.0億円 × 1.05の5乗 = 127.6億円
出口EV = 127.6億円 × 10.0倍 = 1,276.3億円
出口株式価値 = 1,276.3億円 - 278.2億円 = 998.0億円

ステップC:目標IRRで割り戻し、価格に変換する

支払上限EVの計算
(1 + 25%) の5乗 = 3.0518
最大エクイティ投下額 = 998.0億円 ÷ 3.0518 = 327.0億円
支払上限EV = 327.0億円 + 500.0億円 - 25.0億円 = 802.0億円
含意される入口EBITDA倍率 = 802.0億円 ÷ 100.0億円 = 8.02倍

意味を言い換えると、この前提のもとでは「EV 802.0億円(EBITDA 8.02倍)までなら払っても5年IRR 25%が確保できる。それを超えたら目標を割る」ということです。順方向で検算すると、エクイティ327.0億円が5年後に998.0億円になっており、MOICは 998.0 ÷ 327.0 = 3.05倍、IRRは 3.05の5乗根 - 1 = 25.0%で一致します。

Ability-to-Pay分析の逆算フロー(設例・億円) ① 出口の価値を組み立てる ① 出口EBITDA(5年後) 127.6 100.0 × 1.05の5乗 成長率 年5.0% ② 出口EV 1,276.3 127.6 × 出口倍率 10.0倍 EV/EBITDA基準 ③ 出口株式価値 998.0 1,276.3 - 出口デット 出口デット残高 278.2 ② 現在の価格に引き戻す ④ 最大エクイティ投下額 327.0 998.0 ÷ 1.25の5乗 = 998.0 ÷ 3.0518 ⑤ 調達側の調整 +500.0 デット 入口EBITDAの5.0倍 -25.0 取引関連費用 ⑥ 支払上限EV 802.0 入口EBITDA 8.02倍相当 これを超えるとIRR25%割れ 設例(仮設例)。デットは入口EBITDA基準のため買収価格に連動せず、③と⑤が価格から独立に確定します。
図:ATPの逆算フロー(設例)。出口から入口へ、価値から価格へと2段階で戻します。

感応度:Exit倍率と目標IRRで支払上限はどこまで動くか

ATPの出力は前提に強く依存します。とくに効くのが出口EV/EBITDA倍率と目標IRRです。この2軸で振ったのが次の表です。ここでもデット返済スケジュールは入口EBITDA基準で固定されているため、全セルで共通の221.8億円・期末残高278.2億円を使っています。

出口倍率 \ 目標IRR20.0%22.5%25.0%27.5%30.0%
9.0倍825(8.25倍)791(7.91倍)760(7.60倍)733(7.33倍)709(7.09倍)
9.5倍850(8.50倍)814(8.14倍)781(7.81倍)752(7.52倍)727(7.27倍)
10.0倍876(8.76倍)837(8.37倍)802(8.02倍)771(7.71倍)744(7.44倍)
10.5倍902(9.02倍)860(8.60倍)823(8.23倍)790(7.90倍)761(7.61倍)
11.0倍927(9.27倍)883(8.83倍)844(8.44倍)809(8.09倍)778(7.78倍)
表:支払上限EV(億円)と括弧内の含意入口EBITDA倍率(設例)。網掛け行が基準ケース。

左上(出口11.0倍・目標20%)の927億円と右下(出口9.0倍・目標30%)の709億円では218億円、EBITDA倍率にして2.18倍分の開きがあります。基準ケース802億円に対して上下ともに十数%動く計算で、入札で1〜2%を争っている横で、前提の置き方だけで20%以上動いているという構図です。感応度表の作り方は感応度分析・シナリオ分析の作り方、LBO特有の格子の設計は用語集のLBOリターン感応度グリッドを参照してください。

この表の動きは、実は暗算できます。出口倍率が1.0倍動いたときの支払上限の変化は、次の関係で決まります。

出口倍率1.0倍あたりの支払上限の変化
Δ支払上限EV = Δ出口倍率 × 出口EBITDA ÷ (1 + 目標IRR)n
= 1.0 × 127.6億円 ÷ 3.0518 = 41.8億円
入口EBITDA倍率に直すと 41.8 ÷ 100.0 = 0.42倍分
一般形:Δ入口倍率 = Δ出口倍率 × (1 + EBITDA成長率)n ÷ (1 + 目標IRR)n

表の10.0倍→11.0倍で 802→844(+42)、9.0倍で 760(-42)と、実際に一致しています。一般形が示しているのは、成長率が目標IRRより低いかぎり、出口倍率の1.0倍は入口倍率の1.0倍未満の価値しかないということです。この設例では0.42倍。逆に言えば、入口で1.0倍多く払うには、出口で2.4倍分の倍率上昇か、それに相当するEBITDA成長が必要になります。

最大の落とし穴:出口倍率に入口倍率より高い値を置くこと

基準ケースの答えは「8.02倍まで払える」でした。しかし前提の出口倍率は10.0倍です。つまりこのATPは、暗黙のうちに2.0倍近いMultiple Expansion(倍率拡大)を織り込んでいます。自分が8.02倍でしか買えない会社を、5年後に他人が10.0倍で買ってくれると想定していることになり、前提の置き方として自然ではありません。

実務で使われる自制的なやり方が「出口倍率=入口倍率」とする方法です。ただしこの瞬間、式は循環します。買収価格が決まらないと出口倍率が決まらず、その逆もまた然りだからです。解き方はExcelのゴールシークで回すか、代数的に整理して直接解くかの2つ。設例の数字で解くと次のようになります。

出口倍率=入口倍率(m倍)として解く
出口株式価値 = m × 127.6億円 - 278.2億円
エクイティ投下額 = 100.0m + 25.0 - 500.0 = 100.0m - 475.0
条件式:m × 127.6 - 278.2 = (100.0m - 475.0) × 3.0518
→ 1,449.6 - 278.2 = 305.18m - 127.6m = 177.5m
→ m = 1,171.3 ÷ 177.5 = 6.60倍(支払上限EV 659.7億円)

検算すると、EV 659.7億円ならエクイティは 659.7 + 25.0 - 500.0 = 184.7億円、出口株式価値は 6.60 × 127.6 - 278.2 = 563.7億円、MOICは 563.7 ÷ 184.7 = 3.05倍でIRR 25.0%となり一致します。

基準ケースの802.0億円と比べると142億円(17.7%)低くなります。EBITDA倍率では1.42倍分の差です。この差はすべて「出口倍率を入口より2.0倍近く高く置いたこと」から生まれています。逆の見方をすれば、基準ケースの価格802.0億円で買って出口倍率が入口と同じ8.02倍にとどまった場合、出口株式価値は 8.02 × 127.6 - 278.2 = 745.4億円、MOIC 2.28倍、IRRは17.9%まで落ちます。目標25%に対して7ポイント以上の未達です。

買収EVと5年IRRの関係(設例・億円) 12% 16% 20% 24% 28% 32% 36% 40% 44% 640 700 760 820 880 940 買収EV(億円)  縦軸:5年IRR 目標IRR 25.0% 802(8.02倍) 660(6.60倍) 出口倍率10.0倍で固定した場合 出口倍率=入口倍率とした場合 設例(仮設例)。レバレッジ5.0倍・EBITDA成長5.0%・保有5年。前提の置き方だけで支払上限が142億円変わります。
図:買収EVとIRRの関係(設例)。目標IRRの水平線とどこで交わるかが支払上限。青線と緑線の差が、倍率拡大を織り込むかどうかの差です。

もう一段、前提の質を点検する方法があります。IRR分解(Value Creation Bridge)で、リターンがどこから来ているかを分解することです。基準ケースを分解すると次のようになります。

構成要素金額(億円)増分に占める比率
入口株式価値(802.0 - 500.0)302.0-
EBITDA成長(27.6 × 8.02倍)+221.631.8%
倍率拡大(1.98倍 × 127.6)+252.736.3%
デット返済(累計)+221.831.9%
出口株式価値998.0100.0%
表:基準ケースのバリュークリエーション分解(設例)。投下エクイティ327.0億円は入口株式価値302.0億円+取引関連費用25.0億円。

価値創造696.0億円のうち36.3%が倍率拡大です。自分の努力で作れない部分が3分の1を超えているという事実は、そのままICでの論点になります。投資委員会で「なぜ出口倍率を10.0倍と置いたのか」と問われたとき、類似取引の実績・対象会社の成長プロファイルの変化・上場ピア倍率の推移といった根拠を出せないなら、この前提は落とすべきです。ATPの価値は、こうした議論を価格という共通の物差しの上に載せられる点にあります。

オークション実務での使い方:入札上限をどう決め、どう守るか

ATPが最も効くのは、競争入札で価格を決める局面です。一次入札(IOI)から二次入札、最終提案へと進むにつれ、開示情報が増えて前提が変わり、ATPの答えも動きます。プロセスレターで指定される提出期限に合わせて、各段階で計算し直すことになります。

段階使える情報ATPの使い方
一次入札(IOI)ティーザー・CIM・売手側計画粗い前提で上限を出し、価格レンジの上端を決める。レンジ幅を広めに取る
二次入札VDR資料・マネジメントプレゼン・財務DD速報調整後EBITDAとスポンサーケースで再計算。デット条件のインディケーションを反映
最終提案確定DD結果・コミットメントレター・SPA条件ICで承認する上限価格を確定。運転資本調整・デットライクアイテムを反映
最終交渉競合状況・売手の要望上限を超える増額要請には、前提の再検討かIC再付議が必要という運用にする
表:オークションの段階ごとのATPの使い分け(一般的な実務の整理)。

ここで実務上いちばん重要なのは、ATPの答えは「上限」であって「提示額」ではないという点です。上限で入札すればIRRはちょうど目標に一致するので、目標を上回る余地はゼロになります。競り上がりの局面で「あと3%だけ」と上限を上書きし続けると、目標未達を承知で買う行為になります。オークションでの過払いバイアスは用語集のウィナーズカース(勝者の呪い)で整理しています。

もうひとつ、ATPが提示するのは企業価値(EV)の上限であり、売主に払う株式価値ではない点にも注意が必要です。ネットデット・デットライクアイテム・運転資本調整を経て株式対価に落ちるため、EV上限が同じでも項目の認定が変われば株式対価は動きます。この構造はキャッシュフリー・デットフリーで扱っています。上場企業の非公開化なら、さらに1株当たり価格・プレミアム水準への翻訳が必要です。

逆に、ATPが「現実的に成立する価格が存在しない」と返すこともあります。たとえば先ほどの設例で、出口倍率=入口倍率とし、さらに「エクイティ拠出はUses合計の40%以上」というレンダー側の制約を加えると、EV 660億円まで価格を下げてもIRRは19.6%にとどまります。目標の25%に届くのは入口約4.1倍(EV約410億円)まで価格が下がった場合で、競争的なオークションで売り手が受け入れる水準ではまずありません。この結果自体が有用な情報で、「この案件はうちの目標リターンでは成立しない」という撤退判断の根拠になります。

Excelでの実装と、精度を落とす3つの原因

実装方法は3通りあり、モデルの構造で選びます。第一に、デットが入口EBITDA基準で固定されている単純なケースなら、本記事の設例のように閉じた式で直接解けます。逆算セルを1つ置くだけでよく、感応度表も軽く回ります。第二に、デットが価格に連動する場合や税・金利が循環する場合はゴールシークで買収EVを解くのが確実です。第三に、上限価格をシナリオごとに一覧したいならデータテーブルで2軸の感応度表を作ります。

精度を落とす原因は、次の3つに集約されます。

ひとつめは入口EBITDAの定義のズレです。デットのサイジングに使うEBITDA(レンダーが認めるAdjusted EBITDA)と、価格倍率の分母に使うEBITDA(買手が信じる正常収益力)は、同じ数字とは限りません。QoEでのAdd-backの認否がずれると、レバレッジ額と支払上限の両方が同時に動きます。

ふたつめは取引関連費用とファイナンスフィーの計上漏れです。設例では固定25.0億円としましたが、実際はデット額に比例するアレンジメントフィー、EVに比例するFAフィー、固定のDD費用が混在します。デット額比例分は逆算式の中で自動的に処理できますが、EV比例分は式が価格について循環するため、整理して解くかゴールシークが必要です。

みっつめはキャッシュスイープと最低手元現金の扱いです。設例では余剰キャッシュを100%返済に充て、最低手元現金をゼロとしました。実際には最低手元現金を残し、スイープ率を段階的に設定する契約も一般的です。この設定が変われば出口ネットデットが変わり、支払上限が直接動きます。手元現金を残す場合、出口のネットデットは残債から手元現金を控除した額になる点も忘れがちです。

日本案件でATPを使うときに変わる前提

ATPの式そのものは国を問いません。変わるのは入力する前提のほうです。以下は一般論としての整理で、個別案件の条件は案件ごとに大きく異なります。

金利とデット条件。 日本のLBOローンは円建てで、変動金利はTIBOR等の指標金利にスプレッドを乗せる形が一般的です。指標金利は全銀協TIBOR運営機関が日次で公表しており、貸出金利の全般的な水準感は日本銀行「長・短期プライムレート(主要行)」で確認できます。米ドル建てのレバレッジドローン市場とは調達構造も投資家層も異なるため、米国の実務書の金利水準やレバレッジ倍率をそのまま日本案件のATPに入れると支払上限が大きくずれます。組成実務は日本のLBOローン実務で扱っています。

レバレッジ水準。 日本ではメガバンク・地域金融機関を中心としたシンジケーションが主で、レバレッジ倍率や約定返済(アモチ)の設計は案件の規模・業種・スポンサーとの取引関係によって幅があります。EBITDA倍率何倍が標準といった一般化は難しく、ATPを回す前にレンダーからインディケーションを取り、そのレバレッジ額と返済スケジュールを前提として置くのが実務的です。

出口倍率の置き方。 上場ピアの取引倍率や同業種のセカンダリー取引の水準を参照することになりますが、対象会社の規模や流動性によっては素直に参照できないこともあります。出口の買手候補が事業会社中心なのかSBO(同業ファンドへの売却)中心なのかでも、想定できる倍率レンジは変わります。どのファンドがどの業種に投資しているかはPEファンドデータベースや日本のPE市場データで確認できます。

ダウンサイドでの上限。 ベースケースのATPだけを見て入札上限を決めるのは危険です。実務では、ベースケースで目標IRRを満たす価格と、ダウンサイドケースで元本毀損を避けられる価格の両方を計算し、厳しいほうを上限にする運用が理にかなっています。ダウンサイドの置き方はダウンサイドケースの設計を参照してください。

よくある質問(FAQ)

Ability-to-Pay分析とReverse LBOは同じものですか。

実務ではほぼ同義に使われます。Ability-to-Payは「いくらまで払えるか」という問いの側を、Reverse LBOは「通常のLBOモデルを逆向きに解く」という手法の側を指す言い方です。文脈によってはMax Purchase Price分析、Sponsor Analysisとも呼ばれますが、計算の中身は同じです。

目標IRRの代わりに目標MOICで逆算してもよいですか。

できます。むしろ保有期間が確定していない場合はMOIC基準のほうが素直です。「最大エクイティ投下額 = 出口株式価値 ÷ 目標MOIC」とするだけで、割引の指数計算が不要になります。設例では目標MOIC 3.0518倍(=1.25の5乗)とするのと同じ結果になります。ただし期中に配当リキャップや追加出資がある案件では、IRRとMOICで結論が食い違うことがあるため、両方で確認するのが安全です。

ATPで出た価格は、DCFやCompsの評価額とどう関係しますか。

別物として並べます。DCFは「対象会社の本源的価値はいくらか」、Compsは「市場は同種の会社をいくらで評価しているか」を示すのに対し、ATPは「自分の目標リターンで払える上限はいくらか」を示します。フットボールチャートではATPを別バーとして置くのが通常です。ATPが他手法を大きく上回るときは、レバレッジ前提か出口倍率前提が緩すぎないかを疑う合図になります。

面接でATPを聞かれたら、どこまで答えればよいですか。

「出口株式価値を目標IRRで割り戻して最大エクイティを出し、デットを足して費用を引く」という骨格を式で言えれば十分に通用します。そのうえで「出口倍率を入口倍率より高く置くと、実質的に倍率拡大を織り込むことになる」と一言添えられると、暗記ではなく構造を理解していることが伝わります。紙と鉛筆での計算演習はペーパーLBOの解き方が実践的です。

デットが「EVの何%」で決まる場合はどう解きますか。

買収価格とデット額が連動するため、式は価格について循環します。デット = α × EV と置いて条件式に代入し、EVについて整理すれば代数的に解けます。金利計算まで含めると解析解が煩雑になるので、実務ではゴールシークで買収EVを動かし、算出IRRが目標IRRに一致する点を探す方法が一般的です。

まとめ

Ability-to-Pay分析は、通常のLBOモデルを逆向きに使い、目標IRRから支払上限価格を導く手法です。骨格は「出口株式価値 ÷ (1+目標IRR)の保有年数乗 = 最大エクイティ投下額」「+デット -取引費用 = 支払上限EV」の2式に集約されます。設例では、入口EBITDA 100.0億円・レバレッジ5.0倍・出口倍率10.0倍・目標IRR 25%・5年で、支払上限EVは802.0億円(EBITDA 8.02倍)となりました。

ただしこの答えは前提の関数です。出口倍率1.0倍の違いは支払上限を41.8億円(入口倍率0.42倍分)動かし、出口倍率=入口倍率という自制的な前提に切り替えると上限は659.7億円(6.60倍)まで下がります。差の142億円はすべて、倍率拡大を織り込むかどうかから生まれています。

実務では、ATPの出力そのものより、出力に至る前提をICで説明できるかが問われます。バリュークリエーション分解で倍率拡大の寄与が大きすぎないかを確認し、ダウンサイドケースの上限と突き合わせ、決めた上限を交渉の最中に上書きしないこと。ATPは価格を決める道具であると同時に、降りる判断を規律づける道具でもあります。

出典・参考(2026年8月確認)

※本記事は教育目的の一般的な解説であり、法務・税務・投資助言ではありません。設例は理解のための仮設例です。