この記事で分かること

  • Preferred Equity(優先株式)がLBOの資本構成でどの位置に入り、シニアデットや普通株と何が違うのか
  • PIK配当が累積する優先株を組み込んだ場合の、Exit時の分配計算(Exit Waterfall)の手順と数値例
  • 優先株が普通株リターンに与えるレバレッジ効果と、下振れ時に効果が逆転する仕組み
  • LBOモデルへの実装(Preferredスケジュール行・IRRの分離)と、日本での会社法・会計・税務上の論点

結論:Preferred Equityは「資本構成の中間層」であり、Exitの分配順序で普通株の手前に立つ

Preferred Equity(優先株式)をLBOに組み込むというのは、買収資金の一部を「シニアデットには劣後するが普通株には優先する株式」で調達するということです。実務上の設計はおおむね共通していて、年率一定の配当が現金ではなく元本に積み上がり(PIK配当)、Exit時に元本+累積配当を普通株より先に回収し、それ以上の上振れは取らない(非参加型)という形が典型です。デットのように期中の現金を持ち出さず、しかし普通株のように青天井のリスクも取らない、という中間的なリスク・リターン特性を持ちます。

この記事を読み始める前に、似た名前の3つの「ウォーターフォール」を区別しておくと理解が速くなります。名前は似ていても、対象も計算主体も別物です。

呼び方何を分けるか主な登場人物解説記事
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リカバリー・ウォーターフォール破綻・再生局面で誰がどの順に弁済を受けるか(法的な弁済順位)担保権者・一般債権者・株主弁済順位とリカバリー・ウォーターフォール
表:3つの「ウォーターフォール」の違い。本記事が扱うのは中段の案件レベルのExit Waterfallです。

本記事が扱うのは、案件がExitしたときに売却代金が資本構成の階層をどう流れ落ちるかです。以下、位置づけ→出し手→数値設例→Exit Waterfall→リターンへの影響→モデル実装→日本実務の論点、の順に見ていきます。

デットとエクイティの中間としての位置づけ

LBOの資本構成は、リスクの低い順にシニアデット、メザニン、エクイティと積み上がります。優先株式はこのうちメザニン層の一形態で、メザニンファイナンスの中では「契約(貸付債権)ではなく株式の形をとる」点に特徴があります。実務で重要になる性質は次の3つです。

1)清算優先権:普通株より先に元本と累積配当を回収する

Exitや解散の場面で、優先株主は普通株主に先んじて一定額を受け取ります。これが清算優先権です。LBOで使う優先株では「払込額の1.0倍+未払累積配当」を優先回収額とし、それを超える残余は取らない設計(非参加型)が扱いやすく、モデル上も明快になります。

2)PIK配当:期中の現金を持ち出さない

優先配当を現金で払わず、未払配当として累積させる(あるいは償還価額に上乗せしていく)設計にすると、投資先は期中に1円も配当キャッシュを出さずに済みます。考え方はデット側のPIK金利と同じで、複利で残高が膨らむ代わりに、期中のフリーキャッシュフローを全額デットの返済(キャッシュスイープ)に回せます。LBOで優先株が使われる最大の実務的理由がここにあります。シニアレンダーから見ても、固定的な現金流出を伴わない資本はデットの返済原資を食わないため、受け入れやすい性質を持ちます。

3)非希薄化と議決権:支配権を渡さずに資本を厚くできる

非転換型の優先株であれば、普通株の持分比率は動きません。議決権を付さない設計にすれば(会社法上は議決権制限株式として構成されます。後述)、スポンサーは支配権を維持したまま、シニアデットの上限を超える資金を「株式」として調達できます。他方で優先株主側は、拒否権条項などの形で最低限の保護を求めるのが通例です。

資本構成におけるPreferred Equityの位置(設例) リスク・期待リターン 普通株(Common Equity) 350 スポンサー・経営陣が保有 優先株(Preferred Equity) 150 シニアデット 500(EBITDA 4.0倍) 銀行・LBOローン 弁済・分配順位は最劣後。期中の現金負担なし 残余のすべてを取る=上振れも下振れも増幅 シニアに劣後し普通株に優先。PIK型なら現金支出ゼロ 回収は元本+累積配当が上限(非参加型の場合) 最優先。担保・コベナンツ付き 利払と約定弁済あり。リターンは金利で固定 ※説明用の設例。金額は買収時点の資本構成(単位:億円)。取引費用等は捨象しています。
図:設例の資本構成。優先株はシニアデットと普通株の間に薄い層として入ります。

階層ごとの性格を横並びにすると、優先株が「デットの顔をした株式」であることがはっきりします。

論点シニアデットメザニンローン(劣後ローン)優先株(Preferred)普通株
法的性質貸付債権貸付債権(劣後特約付き)株式(種類株式)株式
分配順位1番目2番目3番目(全債権者の後)4番目
期中の現金支出利払+約定弁済利払(一部PIK化可)PIK型なら実質ゼロなし
支払側の税務(日本・一般論)支払利息は原則損金支払利息は原則損金配当は損金不算入配当は損金不算入
発行体の会計区分負債負債日本基準では原則として純資産/IFRSは契約条件次第純資産
議決権なし(コベナンツで関与)なし(同上)設計次第(無議決権+拒否権が多い)あり
上振れの取り分なしワラント等で一部非参加型なら上限あり残余のすべて
表:資本階層ごとの性格の違い。税務・会計の欄は制度の一般的な考え方であり、個別案件の判断は設計内容によります。

誰がPreferredを出すのか

「優先株を入れる」と言っても、その資金の出し手によって案件の意味合いはまるで違います。主に4つの類型があります。

スポンサー自身が普通株と優先株に分けて出す

ファンドが投じるエクイティ総額は変えず、その内訳を優先株と普通株に分けるパターンです。ファンド側の経済効果は合算すれば変わりませんが、経営陣や共同投資家が普通株側だけを持つ場合には、彼らのリターン曲線を意図的に設計できます。後述するとおり、優先株を先に返す構造は普通株のリターンをレバレッジするため、少額の出資で大きな上振れを狙える設計を経営陣に提供できます。マネジメント・インセンティブ(MIP)の設計と一体で考える論点です。

メザニンファンド・プライベートクレジットが出す

シニアデットの調達可能額(デットキャパシティ)と、スポンサーが出せるエクイティの間にギャップがあるとき、そのギャップを第三者が優先株で埋めます。出し手にとっては「担保も期中利払いもないが、普通株より先に回収でき、リターン水準は確定している」商品になります。日本ではメザニンを劣後ローンで組成することが多い一方、対象会社の借入余力やレンダーとの調整の結果、株式形態が選ばれることもあります。

売主・既存株主が残る形(ロールオーバー)

売主が売却対価の一部を再出資するロールオーバーを、普通株ではなく優先株で受けてもらう設計です。売主は「一定のリターンが確保され、下振れではスポンサーより先に回収できる」ポジションを得られるため、価格ギャップを埋める交渉カードになります。逆に言えば、優先株でのロールオーバーは実質的に売主に対する繰延対価に近く、利害の一致度は普通株ロールオーバーより弱くなります。

少数株主・カーブアウトの相手方への対応

親会社が一部持分を残すカーブアウトや、創業家が一部残る案件で、残る側の権利を優先株として設計するケースです。議決権を制限しつつ経済的な優先権を与えれば、支配権はスポンサー、下方保護は残存株主、という配分が可能になります。日本で活動するPEファンドの顔ぶれはPEファンドデータベースで確認できます。

数値設例:EV 1,000億円のLBOに優先株150億円を組み込む

以下は説明用の仮設例です。実在の案件とは関係ありません。単位はすべて億円とします。

前提数値備考
買収時EBITDA125—
買収倍率(Entry Multiple)8.0倍EV=125×8.0=1,000
シニアデット500EBITDA 4.0倍。5年で年50ずつ返済
優先株(Preferred)150PIK配当 年8%・累積・非参加・非転換
普通株(Common)350スポンサー・経営陣が保有
保有期間5年—
Exit時EBITDA/Exit倍率160/8.0倍年率約5.1%成長。倍率は据え置き
表:設例の前提。調達(Sources)500+150+350=1,000と、使途(Uses)1,000が一致しています(取引費用・既存借入の借換は捨象)。

調達と使途を一覧にするSources and Usesの段階で、優先株は「エクイティ枠の内訳」として並びます。この設例ではエクイティ総額500のうち150(30%)が優先株、350(70%)が普通株です。

PIK配当の累積計算

優先株の残高は、配当が現金で支払われない限り複利で膨らみます。計算式は単純な複利計算です。

Exit時の優先株回収額 = 払込額 ×(1+配当率)保有年数
累積型かつ非現金払い(PIK)の場合、未払配当は毎期の残高に組み入れられ、翌期はその残高に対して配当率が適用されます。単利で積む設計(払込額×配当率×年数)にすることも契約上は可能で、その場合はExit時の回収額が小さくなります。

設例の数値を代入すると、150 ×(1+0.08)5 = 150 × 1.4693 = 220.4 です。うち払込元本が150.0、5年間で積み上がった累積配当が70.4になります。年ごとの推移は次のとおりです。

年度期首残高PIK配当(8%)期末残高シニア残高(参考)
1年目150.012.0162.0450
2年目162.013.0175.0400
3年目175.014.0189.0350
4年目189.015.1204.1300
5年目204.116.3220.4250
表:優先株のPIK累積スケジュール(設例・単位:億円)。PIK配当の累計は70.4です。表示は小数第1位で丸めています。

注目すべきは、この5年間に投資先から出ていく配当キャッシュがゼロであることです。同じ150をメザニンローンで年8%の現金利払いで調達していれば、毎年12前後の現金が社外に出て、その分シニアの返済ペースが落ちます。優先株のPIK設計は、この現金をデット返済に回せる点で資本構成全体の効率を上げます。

Exit Waterfall:売却代金の流れ落ち方

Exitウォーターフォールの計算は、上から順に差し引いていくだけです。手順を式にすると次のようになります。

① 株主帰属総額 = Exit EV − Exit時の純有利子負債
② 優先株の取り分 = min(払込額+累積配当, 株主帰属総額)
③ 普通株の取り分 = 株主帰属総額 − 優先株の取り分
優先株が非参加型の場合、②は上限額であると同時に固定額です。株主帰属総額が②に満たなければ優先株も満額回収できず、その場合の普通株の取り分はゼロになります。

設例に当てはめます。まずExit EVは、Exit時EBITDA 160 × Exit倍率8.0 = 1,280。Exit時のシニア残高は250、現預金は捨象しますので、純有利子負債は250です。

  • ① 株主帰属総額 = 1,280 − 250 = 1,030
  • ② 優先株の取り分 = 150.0 + 70.4 = 220.4(1,030を下回るので満額回収)
  • ③ 普通株の取り分 = 1,030 − 220.4 = 809.6
Exit Waterfall(設例・単位:億円) (億円) 0 350 700 1,050 1,400 1,280 −250 −220.4 809.6 Exit EV EBITDA 160×8.0倍 ① シニア返済 残高250を返済 ② Preferred 元本150+累積70.4 ③ Common 残余(MOIC 2.31倍) 1,280 − 250 − 220.4 = 809.6 / Preferred=元本150.0+PIK配当累計70.4(年8%・5年複利) Common 809.6 ÷ 投資額350 = MOIC 2.31倍(IRR 18.3%) Preferred=MOIC 1.47倍(IRR 8.0%)
図:設例のExit Waterfall。棒の高さと数値は本文の設例と一致しています(説明用の仮設例)。

各当事者のリターンを計算すると次のようになります。MOICは回収額÷投資額、IRRは5年の年率換算です(期中キャッシュフローがないため、IRRはMOICの5乗根から1を引いた値と一致します)。

当事者投資額Exit回収額MOICIRR(5年)
シニアレンダー500元本全額+期中利息—貸出金利
優先株主150.0220.41.47倍8.0%
普通株主350.0809.62.31倍18.3%
エクイティ合計500.01,030.02.06倍15.6%
表:設例におけるExit時のリターン配分(説明用の仮設例・単位:億円)。

優先株主のIRRが8.0%ちょうどになるのは偶然ではありません。非参加型・非転換の優先株は、配当率がそのまま投資家のIRRになる設計だからです。裏を返せば、優先株主から見た期待リターンは配当率で決まり、案件が大化けしても取り分は増えません。だからこそ出し手は配当率の水準と、Exitが遅れた場合の下方保護(償還請求権や強制Exit条項)に神経を使います。

普通株リターンへのレバレッジ効果と、その裏側

上の表で目を引くのは、エクイティ全体では2.06倍・15.6%であるのに対し、普通株だけを見ると2.31倍・18.3%になっている点です。これは優先株が「エクイティ内部のデット」として機能し、普通株にレバレッジをかけているためです。効果の大きさは、Exit水準によって次のように変わります。

ケースExit EVシニア残高株主帰属総額優先株普通株普通株MOIC/IRR優先株なし(全額普通株500)
アップサイド1,5002001,300220.41,079.63.08倍/25.3%2.60倍/21.1%
ベース1,2802501,030220.4809.62.31倍/18.3%2.06倍/15.6%
ダウンサイド900350550220.4329.60.94倍/−1.2%1.10倍/1.9%
深いダウンサイド750400350220.4129.60.37倍/−18.0%0.70倍/−6.9%
表:Exit水準別の分配(設例・単位:億円)。優先株の回収額はいずれのケースでも220.4で固定され、変動分はすべて普通株が吸収します。ダウンサイドのシニア残高は返済ペースの鈍化を織り込んでいます。

普通株の側から見ると、上振れでは優先株なしの2.60倍に対して3.08倍まで伸びる一方、ダウンサイドでは1.10倍が0.94倍へ、深いダウンサイドでは0.70倍が0.37倍へと悪化します。優先株の固定的な取り分220.4が先に抜かれるため、残余のボラティリティが増幅されるからです。損益分岐点も計算できます。普通株が元本350を回収するには株主帰属総額が 220.4+350 = 570.4 必要で、シニア残高250を足し戻すとExit EVは 820.4、つまりExit倍率で 820.4÷160 = 5.13倍が必要になります。優先株を入れなければ、同じ元本回収に必要なExit倍率は(500+250)÷160 = 4.69倍で済みます。約0.4倍分だけ、普通株の「損をしないライン」が上に押し上げられている計算です。

ここで実務上とりわけ誤解が多い点を明示しておきます。スポンサーが優先株と普通株の両方を保有している場合、このレバレッジ効果はファンドのリターンを一切改善しません。設例の合計欄が示すとおり、両方を持てば回収額は1,030、MOICは2.06倍で、優先株を入れなかった場合とまったく同じです。優先株が意味を持つのは、優先株と普通株の保有者が異なるとき、すなわち第三者から優先株で資金を調達したり、経営陣に普通株だけを持たせたりする場合に限られます。投資委員会の資料で「優先株を入れたのでIRRが上がりました」という説明が出てきたら、誰が優先株を持つのかを必ず確認する必要があります。

参加型・転換型にすると何が変わるか(VC優先株との違い)

ここまでは非参加型・非転換を前提にしてきました。条件を変えると分配は当然変わります。たとえば優先株主が、元本+累積配当を回収したうえで残余の10%にも参加する参加型だったとします。ベースケースで計算すると、優先株の回収額は 220.4 + 809.6×10% = 220.4 + 81.0 = 301.4(MOIC 2.01倍・IRR 15.0%)、普通株は 809.6×90% = 728.6(MOIC 2.08倍・IRR 15.8%)となります。優先株主のリターンは8.0%から15.0%へ跳ね上がり、普通株のレバレッジ効果はほぼ消えます。参加割合をどこに置くかが、そのまま上振れの分け前の交渉になるわけです。

同じ「優先株」でも、VCのラウンドで使われる優先株とバイアウトで使われる優先株は、設計思想がかなり異なります。VC側の全体像はVCタームシート完全ガイドにまとめていますが、LBO実務との対比では次の点が効きます。

論点VC(スタートアップ投資)LBO(バイアウト)
主目的バリュエーションの不確実性への対応と下方保護資本構成の中間層の調達と、当事者間のリターン配分の設計
転換の前提普通株への転換が前提。IPO時に一斉転換されるのが通常非転換が中心。元本+累積配当の回収で役割を終える
配当の扱い非累積・実際には支払われない設計も多い累積・PIKで確実に積み上げる設計が中心。利回りが主たる経済条件
参加・非参加参加型か非参加型かが主要な交渉論点非参加型が扱いやすい。上振れを取りたい場合は別枠で普通株も持つ
ガバナンス拒否権・取締役指名など広範な権利を伴う支配権は普通株を持つスポンサー側。優先株は財務的権利が中心
Exitの処理M&A時はみなし清算条項で優先分配を適用株式譲渡契約・株主間契約で分配方法を直接定める
表:VC優先株とLBO優先株の設計思想の違い。実際の条件は案件ごとの交渉によります。

転換型(Convertible Preferred)の転換分岐点

転換型は、優先分配を受け取るか、普通株へ転換して残余に参加するかを選べる設計です。Exit時は「優先分配額」と「転換後の持分価値」の大きい方を取るため、分岐点は次の式で決まります。

転換が有利になる条件 = 転換持分比率 x ×(Exit EV − 純有利子負債)> 払込額 ×(1+配当率)保有年数
左辺は転換した場合の取り分(転換後は優先分配を放棄し、株主帰属総額を持分比率で分け合います)、右辺は転換しない場合の固定回収額です。等号が成立するExit水準が分岐点になります。

設例に「転換すると普通株の20%を保有できる」という仮定(仮定であり、実際の比率は交渉によります)を置きます。右辺は 150×1.085 = 220.4 で固定なので、分岐点の株主帰属総額は 220.4 ÷ 0.20 = 1,102、シニア残高250を戻すとExit EVは 1,352、Exit倍率では 1,352 ÷ 160 = 8.45倍です。エントリー倍率8.0倍を約0.45倍上回って初めて転換が得になります。ベースケース(株主帰属総額1,030)の転換価値は206で220.4に届かず、転換しません。アップサイド(同1,300)では260となって転換が選ばれ、優先株主のMOICは1.47倍から1.73倍(IRR 8.0%→11.6%)へ、普通株は1,079.6から1,040(MOIC 3.08倍→2.97倍)へ減ります。

含意は、転換持分比率xが普通株主にとっての「上振れの分け前の上限」を決める点です。ベースケースで転換を選ばせたくなければ x を 220.4 ÷ 1,030 = 21.4% 未満に抑える、というようにExit前提から交渉の目盛りを逆算できます。転換権が付く分だけ配当率は低めに置かれることもあり、利回りと上振れ参加は一体で見る必要があります。

LBOモデルへの実装

Preferredスケジュールを1本の行として持つ

実装はDebt Scheduleとほぼ同じ発想で、期首残高→当期発生額→支払・償還→期末残高の4行構造にします。優先株の場合は次のようになります。

優先株の期末残高 = 期首残高 + 期首残高 × 配当率 − 当期の現金配当・償還額
PIK型で期中の支払がなければ第3項はゼロになり、残高は毎期 (1+配当率) 倍で増えていきます。半期複利や日割りの設計であれば、配当率を期間に合わせて調整します。

モデル上の置き場所で迷いやすいのが、優先株をデットスケジュールのシートに置くか、エクイティのシートに置くかです。計算構造がデットと同じなのでデットスケジュールに並べるほうが作りやすい一方、キャッシュフロー計算書やネットデットの定義に紛れ込ませてしまうと、Exit計算で二重控除する事故が起きます。優先株は「資本構成の一部だが有利子負債ではない」ため、Exit EVから差し引くネットデットには含めず、株主帰属総額を計算した後に控除するという順序を、シートの構造そのもので担保しておくのが安全です。

チェックすべき連動

PIK配当は現金流出を伴わないため、フリーキャッシュフローやキャッシュスイープの計算には影響しません。ここが現金利払いのメザニンローンとの決定的な違いです。ただし次の3点は必ず確認します。第一に、シニアのコベナンツ計算で優先株が有利子負債として扱われるか(契約定義次第で、扱われればレバレッジ比率が悪化します)。第二に、優先株が会計上で負債区分になる場合、PIK配当が損益計算書の費用として出るのか純資産内の振替なのか。第三に、Exit時に優先株を償還するのか譲渡対価の配分で処理するのかで、必要な現金と手続が変わる点です。

IRRを当事者ごとに分けて計算する

優先株が入ったモデルでは、リターン計算を必ず3本立てにします。ファンド全体(優先株+普通株の合算)、優先株のみ、普通株のみです。1本しか作らないと、前節で述べた「両方持てば効果はゼロ」という事実が見えなくなります。経営陣が普通株の一部を持つ場合は、さらに経営陣分を分離し、MIPのハードルと合わせて評価します。LBOモデル全体の組み立て手順はLBOモデルの作り方で扱っています。

日本実務での論点:会社法・会計・税務

種類株式としての設計(会社法108条)

日本で優先株を発行する場合、その根拠は会社法108条です。同条1項は、剰余金の配当、残余財産の分配、株主総会で議決権を行使できる事項、譲渡による取得についての会社の承認、株主による取得請求権、会社による取得条項、全部取得条項、種類株主総会の決議を要する事項、種類株主総会での取締役・監査役の選任について、内容の異なる2以上の種類の株式を発行できると定めています(出典:e-Gov法令検索「会社法」)。LBOで使う優先株は、このうち1号(配当優先)・2号(残余財産分配の優先)・3号(議決権制限)・5号(取得請求権)・6号(取得条項)・8号(拒否権)を組み合わせて設計するのが一般的な考え方です。なお9号については、公開会社および指名委員会等設置会社では発行できない旨が同条1項ただし書で定められており、設計の制約になります。

「配当」を実際に払えるとは限らない

ここが日本での実務上の要点です。会社法上、剰余金の配当をはじめとする一定の行為により株主に交付する金銭等の総額は、効力発生日における分配可能額を超えてはならないとされています(会社法461条。出典:同上)。買収直後のLBO対象会社は、のれん償却や支払利息で会計上の利益が薄く、分配可能額が乏しいことが珍しくありません。したがって「毎年8%の優先配当を支払う」と契約に書いても、法律上は支払えない年が出てきます。

この制約があるため、実務では累積型の優先配当条項として未払分を積み上げておき、Exit時に取得請求権付株式・取得条項付株式の取得価額へ累積分を反映させる、あるいは株主間契約・株式譲渡契約の中でExit対価の配分方法として直接定める、といった設計が採られます。米国のLBOで見られる「PIK dividend」を日本でそのまま再現しようとすると、分配可能額と剰余金の配当手続の壁に当たるという点は、モデル上の前提としても押さえておくべきところです。純資産の部の区分そのものは会社計算規則に定めがあります。

会計:負債か資本か

日本基準では、発行会社が自ら発行した種類株式は、原則として純資産の部の株主資本に計上されるのが一般的な取扱いです(純資産の部の表示については企業会計基準第5号「貸借対照表の純資産の部の表示に関する会計基準」および会社計算規則)。一方、IFRSではIAS 32が「発行者に現金その他の金融資産を引き渡す契約上の義務があるか」という観点で金融負債と資本を区分するため、強制償還条項が付いた優先株などは金融負債に分類されうるという整理になります(出典:IFRS Foundation, IAS 32 Financial Instruments: Presentation)。同じ経済条件の優先株でも、適用する会計基準によってバランスシート上の位置と、支払配当が費用として損益に出るかどうかが変わります。上場を視野に入れたExitや、IFRS採用企業への売却を想定する場合には、この区分の違いが買い手の見え方に影響します。

税務:支払配当は損金にならない

法人税法上、損金の額に算入されるのは「資本等取引以外の取引」に係るものとされ、資本等取引には法人が行う利益または剰余金の分配が含まれます(法人税法22条3項・5項。出典:e-Gov法令検索「法人税法」)。したがって支払配当は損金不算入であり、支払利息が原則として損金算入される負債性の資金調達とは非対称です。優先株150をPIK配当8%で調達した場合、5年間で積み上がる70.4に対して節税効果は生じません。同じ条件でメザニンローンを組めれば利息部分に税効果が働く可能性があるため、「税効果を取れないコストを払ってでも、期中の現金支出をゼロにし、会計上の資本を厚くしたいか」という比較が、優先株を選ぶかどうかの実質的な判断軸になります。なお、優先株の設計内容によっては、税務上の取扱いや会計上の区分について専門家の個別検討が必要です。ここに記載したのは制度の一般的な枠組みにとどまります。

よくある質問(FAQ)

優先株とメザニンローンは、どちらを選ぶべきですか。

一概には決まりません。税効果と担保を重視するならローン、期中の現金支出を抑え会計上の資本を厚く見せたいなら優先株が向きます。シニアレンダーとの交渉で「有利子負債を増やしたくない」という制約がある案件では優先株が選ばれやすく、逆に対象会社に借入余力が残っていれば劣後ローンのほうが総コストは低くなる傾向があります。実務ではレンダー・スポンサー・売主の三者の制約から消去法的に決まることも多いです。

設例で優先株のIRRがちょうど8.0%になるのはなぜですか。

非参加型・非転換の優先株は、払込額が (1+配当率) の累乗で増え、それだけを回収する設計だからです。期中キャッシュフローがなく満額回収できる限り、IRRは配当率と一致します。満額回収できないダウンサイドではIRRは配当率を下回りますし、参加型にすれば上回ります。

優先株を入れると、ファンドのIRRは上がりますか。

ファンドが優先株と普通株の両方を持つなら上がりません。設例でも合算のMOICは2.06倍で、優先株を入れなかった場合と同じです。上がるのは、優先株を第三者が持ち、ファンドが普通株側に集中している場合だけです。

経営陣に普通株だけを持たせる設計は妥当ですか。

経営陣の上振れ感応度を高める効果はありますが、同時に下振れ時の毀損も増幅されます。設例の深いダウンサイドでは、優先株なしなら0.70倍で済むところが0.37倍まで落ちます。優先株の水準が高すぎると、経営陣にとって「どうせ届かない」ハードルになり、インセンティブとして機能しなくなる点には注意が必要です。

日本の案件でPIK配当は実際に使えますか。

配当を毎期現金で支払う形は分配可能額の制約を受けるため、累積型として未払分を積み上げ、Exit時の取得価額や譲渡対価の配分で精算する設計が採られるのが一般的な考え方です。契約の書き方と会社法上の手続をそろえる必要があるため、条件設計の段階で法務の確認を前提にしてください。

まとめ

Preferred EquityはLBOの資本構成において、シニアデットと普通株の間に置かれる薄い中間層であり、PIK配当で期中の現金を持ち出さず、Exit時に元本+累積配当を普通株より先に回収します。設例では払込150がPIK 8%・5年で220.4となり、Exit EV 1,280からシニア250と優先株220.4を控除した809.6が普通株に帰属してMOIC 2.31倍・IRR 18.3%、優先株なしの場合のエクイティ全体2.06倍・15.6%を上回る一方、ダウンサイドでは0.94倍・0.37倍と毀損も増幅されました。

実務で最も重要なのは、この効果が「優先株と普通株を別の当事者が持つ場合にのみ生じる」という点です。モデル上はリターン計算を当事者別に分け、優先株をネットデットに紛れ込ませないことが事故防止になります。日本で組成する場合は、会社法108条の種類株式として設計しつつ、分配可能額の制約から配当を毎期現金で払えない前提で条件を組み立て、支払配当が損金にならない点も総コストに織り込む必要があります。

出典・参考(2026年8月確認)

※本記事は教育目的の一般的な解説であり、法務・税務・投資助言ではありません。設例は理解のための仮設例です。