この記事で分かること
- ネットデットの基本(有利子負債−現金)と、なぜEVブリッジの主役なのか
- 実務の拡張ブリッジ——リース・退職給付・少数株主持分・持分法投資の扱い(設例:200→280)
- 「現金は全部引いてよいか」など、交渉で削り合いになる論点
なぜ引くのか:買い手は「体ごと」引き受ける
EV(事業価値)から株式価値へ降りるとき、ネットデットを引きます(EVブリッジ)。理屈は単純で、会社を買う人は事業と一緒に借金も引き受け、金庫の現金も手に入れる——株式にいくら払えるかは、事業の値段から「引き継ぐ純負債」を差し引いた残りだからです。基本形は「有利子負債 − 現金及び同等物」。しかし実務はここからが本番です。
設例:拡張ブリッジで200が280になる
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 有利子負債(借入・社債) | 300 |
| −現金及び同等物 | (100) |
| 基本形のネットデット | 200 |
| +リース負債(オンバランスの実質デット) | 40 |
| +退職給付の積立不足 | 30 |
| +非支配株主持分(他人の取り分) | 20 |
| −持分法投資・非事業資産 | (10) |
| 調整後ネットデット | 280 |
倍率9倍の世界では、この80の差は株式価値の80——ブリッジの1行は価格交渉の1行です(DDでの拾い方はデットライクアイテム)。
論点になりやすい項目
- 現金は全額引けるか:レジ釣銭・保証金・海外子会社の回収困難な現金など、事業運営に固定された現金(トラップトキャッシュ)は「引けない現金」として調整される交渉が定番です。
- リース:EBITDA側の定義と必ずセットで(片側調整は禁止)。
- 引当金・偶発債務:金額を見積れるものはND側へ、見積れないものは価格でなく契約(特別補償)へ(見えない負債・SPA設計)。
- デリバティブ・未払配当・自己株式取得の未決済:クロージング日基準で精算対象になる「時点もの」。
- マイナスのND(ネットキャッシュ):現金の方が多い会社ではEV<時価総額になります。異常ではなく、余剰資本の議論(バランスシート型の入口)の始まりです。
どこで数字を拾うか
- 有報の**注記が主戦場**です:借入内訳・リース・退職給付・偶発債務・関連当事者(巡回先7つ)。
- Comps作成時(構築手順)は全社同じ定義でNDを組むこと。1社だけリース込みでは倍率が歪みます。
- タイミング:直近四半期末の残高を使い、大型の資金イベント(増資・買収)があれば調整します。
Q. 面接で「ネットデットに含めるものは?」と聞かれたら?
A.「基本は有利子負債マイナス現金ですが、実務では負債性の項目——リース、退職給付不足、非支配株主持分、場合により引当金——を加え、非事業資産や持分法投資を控除します。要は『株主に届く前に誰かが持っていく請求権』を漏れなく数える作業です」。
Q. なぜ非支配株主持分を足すのですか?負債ではないのに。
A. EV/EBITDAの整合のためです。連結EBITDAは子会社100%分を含むので、分子のEVも「全投資家に帰属する価値」で作る必要があり、少数株主の取り分をEV側に足し込む(=株式価値へ降りるときに引く)ことで平仄が合います(落とし穴#16)。
まとめ
- NDは「株主より先に持っていかれる請求権」の合計。設例:基本200→調整後280。
- 1行=価格1行。リースはEBITDAとセット、見積れないものは契約へ回す。
- 数字の在り処は注記。Compsでは全社同一定義が絶対条件。
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本記事について
本文中の数値例はすべて理解のための設例であり、実在の企業・案件とは関係ありません。制度・実務慣行に触れる箇所は一般的傾向の整理です。個別案件への適用時は必ずその時点の一次情報・専門家にご確認ください。