このチュートリアルのゴール

  • 「株式で買うとEPSが下がり、現金で買うと上がる」設例をExcelで再現する
  • Accretion/Dilution分析の計算構造(合算利益÷新株式数)を体で覚える
  • 理論・限界はM&Aモデルの記事に接続

はじめに:なぜこの分析が役員会で使われるのか

上場企業が買収を発表するとき、株主や取締役会への説明で必ず問われるのが「この買収で1株あたり利益(EPS)はどうなるのか」です。EPSは株価の土台となる指標なので、買収後にEPSが増えるか減るかは、経営陣にとって最も説明しやすい(そして最も突っ込まれやすい)論点になります。

その問いに答える道具がM&Aモデル(マージャーモデル)です。投資銀行のジュニアが案件の初期に最初に回すのも、たいていこの分析です。最小形は「買い手と対象の利益を合算し、支払方法の影響を反映して、EPSを買収前と比べる」だけ——今日はそれをゼロから作ります。シート名は「MA」にして始めましょう。

Excel操作がはじめての方へ:数式の入れ方・右へのコピー・%入力のコツは、DCF編のSTEP 0「Excel準備運動」(5分)にまとめてあります。先に済ませると一度も迷わず進めます。

1前提:2社と取引条件を置く

目的:登場人物(買い手・対象会社)と取引条件を1か所に固定します。基準となる「買収前EPS」もここで計算しておきます——以後のすべての比較の物差しです。

やること:B2:C9に下のとおり入力。C4に =C2/C3(買い手EPS)だけ数式です。
XMA_Model.xlsx – Excel(STEP 1)
BCD
2買い手:純利益600
3買い手:発行株式数100
4買い手:EPS=C2/C3
5買い手:株価60
6対象:純利益90
7買収対価1,200
8借入金利(現金対価の場合)3.0%
9税率30.0%
図1:C4は6.00。この「買収前EPS 6.00円」が、以後すべての比較の基準になります。

2ケースA:株式対価(新株を発行して買う)

目的:現金を使わず、自社の株を刷って対価にするケースです。利益は2社分に増えますが、株数も増える——分子と分母の綱引きでEPSが決まる構造を体験します。

やること:C11 =C7/C5(発行する新株数)/C12 =C2+C6(合算純利益)/C13 =C12/(C3+C11)(新EPS)/C14 =C13/C4-1(変化率)。
XMA_Model.xlsx – Excel(STEP 2)
BCD
11新株発行数(対価÷株価)20
12合算純利益690
13新EPS=C12/(C3+C11)
14EPS変化率-4.2%
図2:C13は5.75。利益は690に増えたのに、株数が120に増えたせいで1株あたりは薄まる——これが希薄化(Dilution)です。

チェックポイント:半分きました。ケースAで「株数が増えると薄まる」を見たので、次は増えないケースとの対決です。

3ケースB:現金対価(借入で買う)

目的:今度は借金で現金を作って払うケース。株数は増えない代わりに利息という新しい費用が乗ります。ケースAと同じ買収なのに結果がどう変わるかに注目してください。

やること:C16 =C7*C8*(1-C9)(税引後の追加利息)/C17 =C2+C6-C16(合算純利益)/C18 =C17/C3(新EPS・株数は不変)/C19 =C18/C4-1
XMA_Model.xlsx – Excel(STEP 3)
BCD
16税引後追加利息25.2
17合算純利益664.8
18新EPS=C17/C3
19EPS変化率+10.8%
図3:C18は6.65。利息コスト25.2を払っても、株数が増えないのでEPSは増える——同じ買収でも払い方で符号が逆転しました。

4比較表と損益分岐を作る

目的:2ケースを1枚の表に並べ、さらに「株式対価でもEPSが薄まらないためには、対象がいくら稼いでいる必要があったか」という損益分岐を計算します。結果だけでなくなぜそうなるかを数式で言える状態にするのがゴールです。

やること:B21:D23に比較表。損益分岐はC24 =C11*C4(新株数×既存EPS)=株式対価がAccretiveになるために対象へ求められる最低純利益。
XMA_Model.xlsx – Excel(STEP 4)
BCD
21対価新EPS変化率
22株式5.75-4.2%
23現金(借入)6.65+10.8%
24株式対価の損益分岐(必要純利益)=C11*C4
図4:C24は120。対象の利益90がこれに届かないから希薄化した——「なぜ」まで数式で説明できる状態が完成形です。

5検算と、遊んでみる

  • 検算3点:C4=6.00/C14=−4.2%/C19=+10.8%。
  • 遊び方①:C5(買い手株価)を80に→新株15株、新EPS 6.00でちょうど中立。株価が高い買い手ほど株式対価が有利になる理由が見えます。
  • 遊び方②:C8(金利)を6%に→現金対価の変化率が+6.6%へ縮小。金利が上がるほど「現金ならAccretive」は細ります。
  • 注意:EPSが増える=良い買収、ではありません。価値の検証は別問題です(理論記事の§5)。

次のステップ

近日公開:M&Aモデル 完全版(EX-MA)

PPA・シナジー・感応度まで拡張した完成モデル。公開時は教材一覧ページでお知らせします。

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本チュートリアルについて

設例・画面・手順はすべて当サイトの独自制作です(数値は計算検証済み・MA-003と同一設例。のれん償却・シナジーは簡略化のため除外)。