この記事で分かること

  • 同じ会社でDCFとマルチプルの答えがズレる構造的な理由5つ
  • 設例:DCF 1,838 vs Comps中央値 1,600——約15%のズレの分解手順
  • 実務での正しい姿勢——「収束させる」のではなく「ズレから情報を読む」

ズレるのが正常、揃うほうが疑わしい

DCF(本源的価値)とマルチプル(相対価値)は、問いが違う手法です。DCFは「この事業計画とこのリスクなら、いくらの価値か」、マルチプルは「市場はいま類似の稼ぐ力にいくら払っているか」。前提の置き場所が違う以上、答えがズレるのは正常であり、不自然に一点へ揃った評価資料は前提を後決めした痕跡としてむしろ疑われます(落とし穴#18)。

設例:15%のズレを分解する

表1:同一設例でのズレ(単位:百万円・当ラボのプリセット)
手法株式価値
DCF(WACC8%・永久成長2%)約1,838
Comps(中央値9.0x × EBITDA200 − ND200)1,600
ズレ(1,838 ÷ 1,600 − 1)約+15%

この+15%は「DCFが強気」なのか「市場が弱気」なのか。分解して初めて議論になります。

ズレの5大要因

  • ①成長期待の差:DCFの成長・マージン前提が、類似会社の市場コンセンサスより強気(弱気)。Reverse DCF(逆算の手法)で「Comps価格が織り込む成長」を出せば直接比較できます。
  • ②類似性の限界:母集団が本当に似ているか。成長率・ROICが違う会社の倍率は、そもそも当てはまりません(選定原則)。
  • ③市場の一時要因:セクター全体の需給・センチメントで倍率が振れている局面。株価基準の取り方(前日か平均か)でも変わります。
  • ④TVの支配:DCF側の答えの7割前後はTV(検証方法)。永久成長率0.5ptのズレで答えは大きく動きます。
  • ⑤価値ベースの混線:Compsは少数持分ベース、類似取引は支配権込み(プレミアム)。比べる相手を間違えている場合。

実務の型:ズレの報告フォーマット

  • STEP 1:フットボールチャート(作り方)でレンジごと並べ、重なりを確認。
  • STEP 2:DCFのインプライド倍率(EV÷EBITDA)を計算し、Comps中央値と並べる——設例ならDCFは約10.2x相当 vs 市場9.0x。「1.2x分、市場より強気の何かを信じている」と翻訳できます。
  • STEP 3:その1.2xの中身(成長か、マージンか、リスク認識か)を感応度で特定し、資料には「ズレの理由」として1段落で書く。ここまでやると評価は説得力を持ちます。

Q. 面接で「DCFとマルチプルどちらを重視しますか?」と聞かれたら?

A.「用途によります。値決めの交渉レンジは市場発のマルチプルが起点になりやすく、その価格が自分の前提で正当化できるかをDCFで検証します。両者のズレはインプライド倍率に直して要因分解し、説明できないズレが残るなら前提を疑います」。

Q. ズレが大きすぎるときの実務対応は?

A. まず機械的ミス(チェックリスト)を除外し、次にReverse DCFで市場の織り込みを可視化します。それでも埋まらないズレは「見解の相違」として両論併記し、どちらに賭けるかは投資判断(価格規律)の領域に渡します。

まとめ

  • ズレは異常ではなく情報。設例:DCF1,838 vs Comps1,600=+15%。
  • 要因は成長期待・類似性・市場需給・TV・価値ベースの5つ。インプライド倍率に直すと会話になる。
  • 収束させる化粧より、ズレの理由を1段落で書く——それが通る評価資料の条件。

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本記事について

本文中の数値例はすべて理解のための設例であり、実在の企業・案件とは関係ありません。制度・実務慣行に触れる箇所は一般的傾向の整理です。個別案件への適用時は必ずその時点の一次情報・専門家にご確認ください。