この記事で分かること
- 銀行・保険にEV系指標が馴染まない構造的な理由(負債=原材料)
- DDM(配当割引モデル)の設例:D1=30, r=8%, g=3% → 株式価値600
- P/BとROEの整合式——「P/B 1.4x」が正当化される条件を式で確認する
なぜ銀行はEV/EBITDAで評価できないのか
- 事業会社にとって負債は「資金調達の手段」ですが、銀行にとって預金・借入は収益を生む原材料です。利息は事業コストそのものであり、「利払い前の利益(EBITDA)」や「債権者+株主の価値(EV)」という切り分けが意味を失います(帰属整合の原則の応用問題です)。
- さらにCapexや運転資本という概念も事業会社と同型では扱えず、FCFF型のDCF(FCFFの前提)が組めません。
- そこで金融機関は株主に直接帰属する指標——配当・純利益・純資産——で評価します。主役はDDM・PER・P/B(×ROE)です。
DDM:配当を直接割り引く
| 項目 | 値 |
|---|---|
| 来期予想配当 D1 | 30 |
| 株主資本コスト r | 8% |
| 配当の永久成長率 g | 3% |
| 株式価値=D1÷(r−g)=30÷5% | 600 |
構造はターミナルバリュー(永久成長法)と同じです。銀行で配当が評価の軸になるのは、①株主帰属のCFとして最も定義が明確、②自己資本規制の下で「配当可能な利益」が実力の指標になる、という2つの理由からです。実務では規制資本の充足を織り込んだ多段階DDM(超過資本の返還を織り込む等)に拡張されます。
P/BとROEの整合——1.4xの根拠を式で持つ
定率成長の仮定の下で、P/BはROEと次の関係にあります:P/B=(ROE−g)÷(r−g)。
| 前提 | 値 |
|---|---|
| ROE 10%、r 8%、g 3% | — |
| 理論P/B=(10%−3%)÷(8%−3%) | 1.4x |
| 参考:ROE=r(8%)のとき | 1.0x |
- ROE=資本コストならP/B=1.0x——簿価どおり。ROEがrを上回る分だけ簿価にプレミアムが付き、下回ればディスカウント。銀行株のPBR議論はこの式の言い換えです(ROICスプレッドの株主資本版)。
- Compsを組むときも、P/B単独でなく横軸ROE×縦軸P/Bの散布図で回帰から外れた銘柄を探すのが金融機関Compsの定石です。
実務での注意
- 資本規制が制約条件:自己資本比率規制の下では、利益が出ても配当に回せない部分があります。評価では「規制上必要な資本を維持した後の分配可能CF」で考えます(規制の詳細は一次確認)。
- 純資産の質:不良債権への引当の十分性・有価証券の含み損益で、簿価の意味が大きく変わります。P/Bの分母を鵜呑みにしないこと。
- 保険は別レイヤー:保険負債の評価という固有論点があり、EV(エンベディッド・バリュー)系の専用指標が使われます。銀行の型をそのまま流用しないよう注意。
Q. 面接で「銀行の評価手法は?」と聞かれたら?
A.「負債が原材料なのでEV系は使えず、株主帰属ベースで評価します。DDM(規制資本を織り込んだ多段階)、PER、そしてROEと整合させたP/Bです。P/B=(ROE−g)/(r−g)なので、ROEが資本コストを上回るかがプレミアムの分水嶺になります」。
Q. DDMは配当を出さない会社には使えませんか?
A. 無配当の成長企業には不向きです。その場合は配当「可能」利益(規制資本充足後の分配余力)で置き換えるか、残余利益モデル等の親類の手法で考えます。配当の実績でなく分配能力を見るのが本質です。
まとめ
- 銀行は負債=原材料。EV/EBITDAは構造的に不適で、DDM・PER・P/B×ROEで評価する。
- 設例:DDM=30/(8%−3%)=600。P/B=(ROE−g)/(r−g)=1.4x、ROE=rなら1.0x。
- 規制資本・簿価の質・保険の固有性に注意。P/BはROEとセットで初めて意味を持つ。
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本記事について
本文中の数値例はすべて理解のための設例であり、実在の企業・案件とは関係ありません。制度・実務慣行に触れる箇所は一般的傾向の整理です。個別案件への適用時は必ずその時点の一次情報・専門家にご確認ください。