この記事で分かること
- 類似会社比較法(Comps)の5ステップと、Comps表の標準構成
- 類似会社の選定基準と、マルチプルを歪める調整論点
- 中央値・平均値・レンジの使い分けと、適用時の作法
Compsの考え方と5ステップ
類似会社比較法は「同じような上場企業を市場がどう値付けしているか」から対象会社の価値を推定する手法です。手順は5ステップに定型化できます。
- ① 類似会社の選定:事業内容・規模・成長性・収益性で絞り込み(通常5〜10社)
- ② 財務数値の正規化:非経常項目の除去、会計基準差の調整
- ③ EVの算定:時価総額+ネットデット等(EVブリッジの逆走)
- ④ マルチプルの計算と統計処理:EV/EBITDA等を並べ、中央値・レンジを取る
- ⑤ 対象会社への適用:対象のEBITDA×マルチプル→EV→株式価値へ
設例:5社のComps表
| 類似会社 | EV/EBITDA | メモ |
|---|---|---|
| A社 | 6.8x | 低成長・低マージン |
| B社 | 7.5x | — |
| C社 | 8.2x | 事業構成が対象に最も近い |
| D社 | 8.8x | — |
| E社 | 9.6x | 高成長・直近に上方修正 |
| 中央値 / 平均値 | 8.2x / 8.2x | レンジ 7.0–9.0x を採用(設例) |
対象会社のEBITDAが1,000なら、中央値8.2xでEV 8,200。ネットデット2,000を引いて株式価値は6,200、採用レンジ7.0〜9.0xなら5,000〜7,000です。
マルチプルを歪める要因と調整
- 非経常項目:一過性の利益・損失はEBITDAから除いて正規化します(調整後EBITDA)。
- 会計基準の差:リースの扱いで分母が変わります。分子(EV側のリース負債)との整合が必須です。
- 時点の不一致:株価は今日、財務は四半期前。決算発表直後に揃えるのが作法です。
- 成長率・マージンの差:同業でも成長が違えばマルチプルは違って当然。回帰的に「なぜこの序列か」を説明できるかが質を分けます。
実務での位置づけ
Compsは速く客観的に見える一方、「市場の気分」も一緒に映します。だからこそ単独では使わず、DCF・取引事例と束ねてフットボールフィールドで提示します(評価の全体像)。
また、LBOの文脈ではEntry/Exitマルチプルの相場観として、レンダーとの議論ではレバレッジ倍率の物差しとして、同じ表が使い回されます。Comps表は一度作ると案件全体の共通言語になります。
倍率の整合判定ドリル:分子と分母の帰属を揃える
マルチプルの深掘りで最も多いのは「その分子と分母、整合していますか」という検査です。判定原理は1つ、分子の価値の帰属先と、分母の利益の帰属先を一致させることです。EV(全資本提供者の価値)には利払い前の利益(EBITDA・EBIT・売上)を、株式価値には利払い後の利益(純利益)を合わせます。
| 倍率 | 判定 | 理由 |
|---|---|---|
| EV/EBITDA・EV/EBIT・EV/売上 | ◯ | 利払い前=全資本に帰属する成果 |
| 株式価値/純利益(PER) | ◯ | 利払い後=株主だけの成果 |
| EV/純利益 | × | 全資本の価値を株主だけの利益で割っている |
| 株式価値/EBITDA | × | 株主の価値に債権者の取り分込みの利益 |
- 深掘り「EBITDAがマイナスの会社は?」:倍率が意味を失うので、EV/売上や将来期(来期・再来期)のEV/EBITDAへ逃がす。赤字成長企業では「いつ黒字化する前提の何年後の利益で見るか」を明示するのが作法。
- 深掘り「同業なのにP/Eが2倍違う。なぜ?」。3因子で答える:成長期待の差、リスク(レバレッジ・収益の安定度)の差、会計・一時要因(のれん償却・特別損益)の差。「割安だから買い」に飛びつかず、差の原因を分解してから割安かを判断する。
- 深掘り「LTMと予想、どちらの倍率を使う?」:実務は併記が基本。LTMは実績の確かさ、予想は価格が織り込む将来との整合が長所。成長率が高いほど両者の差が開くため、高成長セクターは予想ベース中心になる傾向。
- よくある誤答:「EV/EBITDAが低い=割安」。分母の質(維持投資・リース・調整の中身)と成長・リスク差を確認するまでは、安いのではなく安く見えるだけかもしれない。
無料テンプレート:1シートDCFモデル(Excel)
マルチプル・クロスチェック欄つき。Compsの中央値を入れるとDCFとの乖離が見えます。
面接での問われ方
Q. 類似会社はどう選びますか?
A. 事業内容→規模・成長性・収益性の順の絞り込みを述べ、「完全な類似は存在しないので、差異を説明可能にしておく」と締めます。
Q. 対象会社のマルチプルが類似会社より低いのはなぜだと考えますか?
A. 成長率・マージン・規模・流動性・ガバナンス等の候補を挙げ、検証手順(各要因と序列の突合)まで話せると分析力が伝わります。
まとめ
- Compsは5ステップの定型作業。ただし②正規化と①選定の質で結果が決まる。
- 中央値・レンジで扱い、序列の理由を説明できる状態にして初めて「分析」になる。
- 分子分母の整合(リース・非経常・時点)が崩れた瞬間に比較は無意味になる。
有料教材:DCFバリュエーション 完全版(EX-DCF)
Compsテンプレート(正規化・統計処理・適用まで)を含む完成モデルで実務の型を習得します。
設例・出典について
本文のマルチプル・計算例は理解のための設例です(計算検証済み)。実案件では類似会社の開示資料・株価データの出典を本欄に記載します。