この記事で分かること
- エグジット・マルチプルの定義と、LBO・DCFの両方での使われ方
- 倍率が1倍動くとIRR・MOICがどれだけ変わるかを整数設例で確認
- 永久成長率法とのクロスチェックで「暗黙の成長率」を逆算する方法
- エントリー倍率と同水準に置く保守的前提の意味と、日本実務での注意点
30秒で分かる定義
エグジット・マルチプル(Exit Multiple、出口倍率)とは、投資の売却時点、またはDCFの予測最終年度に想定する評価倍率のことで、EV/EBITDA倍率で置くのが一般的です。LBOでは「5年後にEBITDAの何倍で売れるか」として売却価格(エグジットEV)を決め、DCFでは最終年度のEBITDAに倍率を掛けてターミナルバリューを求めます(Exitマルチプル法)。リターンや企業価値に占める比重が大きく、前提の置き方で結論が変わりやすい変数です。
なぜ実務で重要なのか
PEでは、投資委員会で示すIRR・MOICの大部分がエグジットEVで決まるため、倍率の根拠が最も厳しく問われます。IB・FASは、DCFのターミナルバリューをExitマルチプル法と永久成長率法の両方で計算し、結果の整合を確かめます(ターミナルバリューの計算)。逆に、目標IRRとエグジット倍率から買収可能価格を逆算するのがAbility-to-Pay分析です。
計算式(ま たは仕組み)
エグジット時の株式価値 = エグジットEV − 売却時点のネットデット
MOIC = エグジット時の株式価値 ÷ 投資時の株式投資額、IRR = MOIC1/年数 − 1(期中の配当等がない場合)
DCFでは、ターミナルバリュー(TV)=最終年度EBITDA×倍率とし、これを最終年度末から現在まで割り引きます。永久成長率法では TV=翌年度FCF÷(WACC−g) です。両者を等しいと置くと、エグジット・マルチプルが暗に前提としている成長率gを逆算できます。倍率と成長率は表裏の関係にあり、どちらか一方だけで決めると不自然な前提が紛れ込みます。日本公認会計士協会の企業価値評価ガイドラインも、TVは比較的単純な仮定の下で評価され、その仮定にはFCFを一定とする場合や期待インフレ率で成長させる場合が多いと説明しています[1]。
整数設例で確認する
設例(架空数値)。単位は百万円。EBITDA1,000の会社を8.0倍(EV8,000)で買収し、借入4,800・エクイティ3,200で資金を調達します。5年後のEBITDAは1,400、ネットデットは返済が進んで2,400になったとします。
| エグジット・マルチプル | エグジットEV | 株式価値 | MOIC | IRR(5年) |
|---|---|---|---|---|
| 7.0倍 | 9,800 | 7,400 | 2.31倍 | 18.3% |
| 8.0倍(エントリーと同水準) | 11,200 | 8,800 | 2.75倍 | 22.4% |
| 9.0倍 | 12,600 | 10,200 | 3.19倍 | 26.1% |
8.0倍のケースの途中式:エグジットEV=1,400×8.0=11,200、株式価値=11,200−2,400=8,800、MOIC=8,800÷3,200=2.75倍、IRR=2.751/5−1≒22.4%。倍率が1倍動くだけで株式価値は1,400(EBITDA×1倍)動き、IRRは約4ポイント変わります。同じ事業計画でも、倍率の置き方だけで投資判断が変わり得ることが分かります。
クロスチェック:最終年度のFCFを700、WACCを9%とし、TV11,200(8.0倍)と永久成長率法を等しいと置くと、11,200=700×(1+g)÷(0.09−g) より 1,008−11,200g=700+700g、g=308÷11,900≒2.6%。8.0倍は「永久に年2.6%成長」を前提にしていることになり、成熟事業として高すぎないかを確認します。
投資判断への影響
PEのリターンは、EBITDAの成長、負債の返済、倍率の変化(マルチプル・アービトラージ)の3つに分解できます。エントリーより高いエグジット倍率を置くと、事業改善がなくてもリターンが出るように見えるため、実務ではエグジット倍率をエントリー倍率と同水準か、それ以下に置くのが保守的な前提とされます。倍率の拡大に頼った計画はマルチプル・アービトラージへの依存として投資委員会で指摘されやすい論点です。市場環境の変化で倍率がどう動くかは市場サイクルとバリュエーションで、シナリオへの落とし込み方を解説しています。
財務モデル・Excelでの使い方
- 入力セルは1か所:エグジット・マルチプルとエグジット年を前提シートに置き、リターン計算はそこを参照します。ケース切り替え(ベース・ダウンサイド)は
=CHOOSE(ケース番号,…)で行います。 - 感応度表:エグジット倍率(縦)×エグジット年またはEBITDA成長率(横)のデータテーブルでIRRとMOICを示します。LBOモデル全体の組み方はLBOモデルの作り方を参照してください。
- 暗黙の成長率の行:
=(TV*WACC−FCF)/(TV+FCF)で暗黙のgを計算する行を置き、DCFのExitマルチプル法が非現実的な成長を前提にしていないかを毎回確認します(設例の式を変形したもの)。
この用語をExcelで
エグジット倍率と保有期間を動かすIRR・MOICの感応度表を作り、倍率前提の根拠を投資委員会資料で説明できるようになる。
実務家が確認するポイントとよくある誤解
誤解1:「足元の類似会社の倍率をそのまま使えばよい」→ 正しくは、売却時点(数年後)の市場環境と、その時点の会社の成長性に合った倍率を考えます。金利が高い局面や業界の成長が鈍った局面では倍率が下がり得ます。
誤解2:「倍率の定義はどれでも同じ」→ 正しくは、エントリーとエグジットで同じEBITDAの定義(調整後か、LTMか将来か)を使います。入口はLTM、出口は将来予想という組み合わせは、増益が見込まれる局面では同じ数値の倍率でも出口の評価額を高く見せます(減益予想なら逆に低くなります)。倍率の数値と、それを掛けるEBITDAの期間は分けて確認します。
日本実務での扱い
(2026年11月時点)日本のPE投資では、売却先が事業会社・他のPEファンド(セカンダリー・バイアウト)・IPOのいずれになるかで、現実的な倍率の水準が変わります。IPOを出口とする場合は、上場後の株価倍率(PERなど)が参考になるため、東証が公表する規模別・業種別PER・PBRの推移で、業種ごとの水準と変動幅を確認できます[2]。DCFのTVについては、日本公認会計士協会の企業価値評価ガイドラインが、FCFを一定とする仮定や期待インフレ率で成長させる仮定が多いと説明しており[1]、Exitマルチプル法で計算したTVの暗黙の成長率がこれらと大きく乖離していないかを確認するのが、算定書の説明力を高める実務的な手順です。
面接・モデルテストで問われるポイント
Q:LBOモデルで、エグジット倍率をエントリー倍率と同じにするのはなぜですか。
「倍率の拡大を当てにせず、EBITDAの成長と負債の返済だけでリターンが出るかを確かめるためです。将来の市場環境は予測できないので、倍率は横ばいを基本とし、上振れはアップサイド、下振れはダウンサイドとして感応度で示します。投資判断は、倍率が下がっても許容できるリターンが残るかで行います。」
深掘りでは「倍率が1倍下がったらIRRは何ポイント下がるか」をその場で概算させる問題や、MOICとIRRのどちらを重視するかが問われます(投資倍率)。
よくある質問(F AQ)
Q. エグジット・マルチプルはEV/EBITDA以外も使いますか?
A. 業種によってはEV/EBITやEV/売上高を使います。不動産では倍率ではなく、出口時のNOI÷出口キャップレートで売却価格を求めるのが一般的です(倍率で表せばキャップレートの逆数)。ただしLBOでは、借入の水準もEBITDA倍率で決めることが多いため、EV/EBITDAで統一すると入口と出口を比べやすくなります。
Q. DCFでExitマルチプル法と永久成長率法のどちらを使うべきですか?
A. 両方を計算して照合するのが実務です。Exitマルチプル法は市場の評価を反映しやすい一方、足元の市場の過熱や低迷も取り込みます。永久成長率法は理論的ですが、成長率とWACCの差が小さいと価値が大きく振れます。
出典・参考(2 026-11確認)
- 日本公認会計士協会「経営研究調査会研究報告第32号 企業価値評価ガイドライン」(2013年7月改正)フリー・キャッシュ・フロー法とターミナル・バリューの解説. https://jicpa.or.jp/specialized_field/publication/files/2-3-32-2a-20130722.pdf(2026年11月参照)
- 日本取引所グループ「規模別・業種別PER・PBR」. https://www.jpx.co.jp/markets/statistics-equities/misc/04.html(2026年11月参照)
※本記事は教育目的の一般的な解説であり、法務・税務・投資助言ではありません。設例は理解のための架空数値です。