この記事で分かること
結論:回収率は「ディストレストEV」を優先順位で切り分けた結果にすぎない
Lender Recovery Analysis(回収率分析)とは、借り手がデフォルトした前提で企業価値がいくらまで下がるかを推計し、その価値を弁済順位に沿って上から配分したときに、各トランシェが額面の何%を回収できるかを計算する分析です。レンダー(銀行・私募デットファンド)が与信判断で使い、PEファンドがダウンサイドケースの検証で使い、ディストレスト投資家がフルクラム(回収が途切れる層)の特定で使います。
計算そのものは単純で、次の1本の式に集約されます。
あるトランシェの回収額 = min( そのトランシェの額面 , max( 0 , ディストレストEV − 自分より優先する請求権の合計 ) )
回収率(Recovery Rate)= 回収額 ÷ 額面。額面には元本だけでなく、未収利息・累積したPIK利息・実行済みのリボルバー残高を含めます。
難しいのは式ではなく、式に入れる3つの入力((1) ストレス後EBITDA、(2) ディストレスト倍率、(3) デフォルト時点の各トランシェ残高)をどう置くかです。本記事はこの3つの置き方と、結果をどう感応度で示すかに絞って解説します。なお、破産・民事再生といった法的整理での弁済順位、別除権、フルクラム層の制度的な位置づけ、米国のAbsolute Priority Ruleとの違いは、弁済順位とリカバリー・ウォーターフォールで制度面から整理しています。本記事は制度の説明を繰り返さず、モデル上の計算実務に限定します。
先に設例の結論を示すと、エントリーEV 800億円(EBITDA 100億円×8.0倍)のLBOで、3年後にEBITDAが70億円(−30%)へ低下し、ディストレスト倍率6.0倍でEV 420億円になった場合、回収率はリボルバー100%・シニアタームローン100%・メザニン24.5%・エクイティ0%になります。以下、この数字を最後まで一貫して使います。
誰が、いつ、何のためにこの分析を回すのか
回収率分析は「デフォルトを予想する分析」ではありません。デフォルトが起きたと仮定したうえで損失の大きさを測る分析であり、デフォルト確率とは切り離して考えます。クレジットリスク分析の用語でいえば、期待損失 EL = PD(デフォルト確率)× LGD(デフォルト時損失率)× EAD(デフォルト時エクスポージャー)のうち、LGD = 1 − 回収率の部分を作る作業にあたります。使う場面は主に4つです。
第一に、銀行やノンバンクの与信審査です。クレジットメモ(融資稟議書)のダウンサイド分析の章で、「最悪でもいくら戻るのか」を示す根拠として使われます。第二に、私募デット(ダイレクトレンディング)のアンダーライティングです。プライベートクレジットの投資分析実務では、キャッシュフローによる返済能力の分析と並んで、担保・企業価値による回収の分析が投資委員会資料の定型項目になります。プライベートクレジットのように単一投資家が大きなポジションを持つ形態では、売却で逃げられない分だけ回収率の重みが増します。
第三に、PEファンド側のダウンサイド検証です。どの水準までEBITDAが落ちるとレンダーの元本が毀損し始めるかが分かれば、再交渉(ウェイバー・アメンド)の際にレンダーが何を主張してくるかを事前に読めます。エクイティが理論上ゼロになる水準を知っておくことは、追加出資の意思決定にも直結します。第四に、ディストレスト債権やセカンダリー市場での投資判断です。額面の何%で買えばどの程度のリターンになるかを、回収率の推計から逆算します。
計算の枠組み:4ステップと、入力の置き方
実務の手順は次の4ステップに分解できます。
Step 1:ストレス後EBITDAを決める
デフォルトが起きる状況を具体的に描いたうえでの正常収益力を置きます。ここで重要なのは、単に「20%減」と機械的に置くのではなく、下振れの経路を特定することです。景気循環による数量減なのか、主要顧客の離反なのか、原材料価格の転嫁遅れなのか、規制変更なのかで、回復可能性も倍率の置き方も変わります。ケース設計の方法論はダウンサイドケースの設計で扱っているため、ここでは「レンダー視点では、経営陣の作ったダウンサイドケースをさらに切り下げるのが通例」という点だけ押さえます。過去の不況期の実績、固定費比率、変動費への転嫁力の3点が切り下げ幅の根拠になります。
Step 2:ディストレスト倍率を決める
ここが最も恣意性が入りやすく、かつ回収率への影響が大きい変数です。業績が悪化した会社は、平常時のEV/EBITDA倍率では売れません。EBITDAの低下と倍率の低下は同時に起きるため、この相関を無視すると回収率を大きく過大評価します。実務では次の3つのアプローチを併用し、単一の値ではなく幅で示すのが安全です。
| アプローチ | 当て方 | レンダーが使う場面・限界 |
|---|---|---|
| トラフ期マルチプル法 | 同業上場企業の景気後退局面での実績倍率、または過去のディストレストM&A事例の成約倍率を参照する | 最も一般的。ただし比較対象が少ない業種では幅が広くなりすぎる |
| 清算価値法 | 売掛金・棚卸資産・固定資産に処分掛目を当てて積み上げ、事業継続を前提としない下限値を作る | 下限のクロスチェックとして必須。資産が軽いサービス業では極端に低く出る |
| DCF法 | 再建計画ベースのキャッシュフローを、リスクを反映した高めの割引率で現在価値化する | 再建計画の蓋然性に依存するため、単独では使いにくい |
ディストレストEV = ストレス後EBITDA × ディストレスト倍率 − 優先控除項目
優先控除項目には、手続費用・アドバイザー報酬・つなぎ資金・租税債権や労働債権など、担保付債権より先に支払われる請求権が入ります。金額の重要性が低い場合は明示的に「控除しない」と前提を書き残します。
Step 3:デフォルト時点のトランシェ残高を作る
最も見落とされやすいステップです。回収率の分母となる額面は、エントリー時の調達額ではなく、デフォルトを想定する時点の残高です。約定弁済で減り、リボルバーの引出しで増え、PIK利息の累積で膨らみます。Debt Scheduleのダウンサイドケースの期末残高をそのままリンクして使い、ハードコードは避けます。
Step 4:優先順位に沿って充当する
上位から順に、残っているEVの範囲で額面まで充当していきます。優先順位の決まり方は担保の順位(ファーストリーエン・セカンドリーエン)、契約上の劣後(債権者間協定)、そして構造的劣後の3つの層で決まります。同順位(pari passu)のトランシェは残額を額面按分します。
統一設例の設定:エントリー時のストラクチャ
以下は説明用の仮設例です。実在の案件・企業を指すものではありません。単位は億円で統一します。
| トランシェ | 金額(億円) | EBITDA倍率 | 条件 |
|---|---|---|---|
| リボルビング・クレジット・ファシリティ | 枠40/実行 0 | — | 運転資金枠。担保は他のシニアと共通、実務上は最優先で回収 |
| シニア・タームローンA | 150 | 1.5倍 | 7年・年15億円の約定弁済(当初元本の10%) |
| シニア・タームローンB | 250 | 2.5倍 | 7年・年2.5億円の約定弁済(同1%)・残額は満期一括 |
| シニア計 | 400 | 4.0倍 | 全資産担保・維持型コベナンツあり |
| メザニン | 150 | 1.5倍 | 無担保・契約上劣後。現金金利に加えPIK 5%が元本に累積 |
| デット計 | 550 | 5.5倍 | — |
| スポンサー・エクイティ | 250 | — | EVの31.3% |
| 取得EV | 800 | 8.0倍 | エントリーEBITDA 100億円 |
ダウンサイドの想定は、投資後3年目にEBITDAが100億円から70億円(−30%)へ低下し、コベナンツに抵触して債務再編の局面に入る、というものです。ディストレスト倍率は6.0倍と置きます。エントリーの8.0倍から2.0倍下がる想定ですが、これは実証された数値ではなく設例上の仮定です。実務ではこの2.0倍の切り下げ幅そのものを感応度の対象にします。
簡易形:エントリー残高で計算するとどうなるか
まず、多くの初期検討で使われる簡易形から始めます。トランシェ残高をエントリー時のまま固定し、EVだけを下げる方法です。
ディストレストEV = 70億円 × 6.0倍 = 420億円
この420億円を、シニア400億円 → メザニン150億円 → エクイティ250億円の順に充当します。
シニアへの充当は min(400, 420) = 400億円、回収率は 400 ÷ 400 = 100%。残りは 420 − 400 = 20億円です。メザニンへの充当は min(150, 20) = 20億円、回収率は 20 ÷ 150 = 13.3%。残りはゼロなので、エクイティの回収額は0億円、回収率0%となります。フルクラム層(回収が途切れる層)はメザニンです。
この簡易形は方向感をつかむには十分ですが、「3年間まったく元本が動かない」という強い仮定を置いています。実際には、シニアは約定弁済で減り、メザニンはPIKで増え、リボルバーは引き出されます。次節ではこの3つを反映します。
実務形:デフォルト時点の残高で計算する
ダウンサイドケースのDebt Scheduleから、3年目末の残高を持ってきます。設例では、業績悪化により超過キャッシュフローによる任意返済(キャッシュスイープ)は発生せず、約定弁済のみが実行され、運転資本の悪化と利払いのためにリボルバーが30億円引き出された、と想定します。
| トランシェ | エントリー | 3年間の変動要因 | 3年目末残高 |
|---|---|---|---|
| リボルバー | 0 | 運転資本悪化・利払い資金のため引出し +30 | 30.0 |
| タームローンA | 150 | 約定弁済 15×3年 = −45 | 105.0 |
| タームローンB | 250 | 約定弁済 2.5×3年 = −7.5 | 242.5 |
| シニア計 | 400 | −52.5 | 347.5 |
| メザニン | 150 | PIK 5%の複利累積 150×1.05³ = +23.6 | 173.6 |
| デット計 | 550 | +1.1 | 551.1 |
この残高に対して、ディストレストEV 420億円を上位から充当します。式・代入・結果の順に書き下すと次のようになります。
リボルバーへの充当は min(30.0, 420.0) = 30.0億円、回収率 30.0 ÷ 30.0 = 100.0%。残余は 420.0 − 30.0 = 390.0億円です。シニア・タームローンへの充当は min(347.5, 390.0) = 347.5億円、回収率 347.5 ÷ 347.5 = 100.0%。残余は 390.0 − 347.5 = 42.5億円です。メザニンへの充当は min(173.6, 42.5) = 42.5億円、回収率 42.5 ÷ 173.6 = 24.5%。残余はゼロとなり、エクイティ250億円の回収額は0億円、回収率0%です。
簡易形のメザニン回収率13.3%に対し、実務形は24.5%と大きく変わりました。差の要因は3つあり、互いに逆方向に働きます。シニアの約定弁済52.5億円はメザニンより上位の請求権を減らすため、メザニンの回収を増やす方向に効きます。リボルバーの引出し30億円は最優先の請求権を増やすため、減らす方向に効きます。PIKの累積23.6億円は分母である額面を膨らませるため、回収率を下げる方向に効きます。設例では約定弁済の効果が最も大きく、結果としてメザニンの回収率は上がりました。
ここから読み取るべきは「約定弁済があるとメザニンは得をする」という一般則ではありません。満期一括返済中心の資本構成やPIK比率の高いメザニンでは、同じ設例でも逆の結果になります。つまり、回収率は資本構成のアモチ構造とPIK設計に強く依存するため、エントリー残高で近似してはいけない、という点が結論です。
Attachment/Detachment Pointで回収率を一般化する
案件ごとに金額で議論すると比較ができません。そこで、各トランシェが「EBITDAの何倍から何倍までの帯を占めているか」で表現します。Attachment Point(アタッチメント・ポイント)は自分より優先する請求権の合計を倍率で表した値、Detachment Point(デタッチメント・ポイント)はそこに自分の額面を足した値です。設例では、ストレス後EBITDA 70億円を分母に統一します。
| トランシェ | 残高(億円) | Attachment | Detachment | 帯の厚み |
|---|---|---|---|---|
| リボルバー | 30.0 | 0.000倍 | 0.429倍 | 0.429倍 |
| シニア・タームローン | 347.5 | 0.429倍 | 5.393倍 | 4.964倍 |
| メザニン | 173.6 | 5.393倍 | 7.873倍 | 2.480倍 |
| エクイティ | — | 7.873倍 | — | — |
回収率 = clip( (ディストレスト倍率 − Attachment) ÷ (Detachment − Attachment) , 0 , 1 )
clipは0未満を0、1超を1に丸める処理です。この式は、金額ベースの充当計算とまったく同じ結果を返します。
設例のメザニンで検算すると、(6.000 − 5.393) ÷ (7.873 − 5.393) = 0.607 ÷ 2.480 = 24.5% となり、金額ベースの 42.5 ÷ 173.6 = 24.5% と一致します。シニアは倍率6.000がDetachment 5.393を上回っているため100%、エクイティはAttachment 7.873を下回るため0%です。この表現の利点は、案件をまたいで「このメザニンは5.4倍から7.9倍の帯を取っている」と比較できる点にあります。CLOや証券化のトランシェ評価で使われる語彙が、そのままLBOのデット構造に適用できると考えると分かりやすいでしょう。
LTVとEVカバレッジ:同じ情報の別表現
実務では、同じ内容をLTV(Loan to Value)とEVカバレッジで語ることもあります。設例のディストレストEV 420億円に対して、シニアまでの累計債務377.5億円のLTVは 377.5 ÷ 420 = 89.9%、デット全体551.1億円では 551.1 ÷ 420 = 131.2%です。エントリー時のシニアLTVが 400 ÷ 800 = 50.0%だったことを考えると、EVの下落がいかにレンダーの保全を痩せさせるかが分かります。逆数で見るEVカバレッジは、シニアまでで 420 ÷ 377.5 = 1.11倍、メザニンまでで 420 ÷ 551.1 = 0.76倍です。
ブレークイーブンの計算も有用です。ディストレスト倍率6.0倍を固定すると、シニアが全額回収されるために必要なEBITDAは 377.5 ÷ 6.0 = 62.9億円(エントリー比 −37.1%)、メザニンが全額回収されるために必要なEBITDAは 551.1 ÷ 6.0 = 91.9億円(同 −8.1%)です。メザニンはEBITDAが8%下がるだけで元本が毀損し始める位置にあり、それがメザニンファイナンスの要求利回りが高い理由でもあります。レバレッジ・レシオだけを見ていると、この非線形な壊れ方は見えません。
感応度マトリクス:EBITDA下落率×ディストレスト倍率
単一シナリオの回収率には意味がありません。入力の恣意性が大きいほど、結果は幅で示す必要があります。実務では、EBITDA下落率とディストレスト倍率の2軸でマトリクスを作り、投資委員会や与信審査の資料に載せます。以下は設例の3年目末残高(リボルバー30.0/シニア347.5/メザニン173.6)を固定し、EVだけを動かした場合のメザニン回収率です。全セルを計算で検証しています。
| EBITDA下落率 | 5.0倍 | 5.5倍 | 6.0倍 | 6.5倍 | 7.0倍 |
|---|---|---|---|---|---|
| 0%(EBITDA 100.0) | 70.6% | 99.4% | 100.0% | 100.0% | 100.0% |
| −10%(90.0) | 41.8% | 67.7% | 93.6% | 100.0% | 100.0% |
| −20%(80.0) | 13.0% | 36.0% | 59.0% | 82.1% | 100.0% |
| −30%(70.0) | 0.0% | 4.3% | 24.5% | 44.6% | 64.8% |
| −40%(60.0) | 0.0% | 0.0% | 0.0% | 7.2% | 24.5% |
| −50%(50.0) | 0.0% | 0.0% | 0.0% | 0.0% | 0.0% |
読み方の要点は3つあります。第一に、メザニンの回収率は倍率0.5倍の違いで20ポイント以上動きます。−20%の行では5.5倍の36.0%から6.0倍の59.0%へ23.0ポイント跳ねます。つまり、メザニンの与信判断は「ディストレスト倍率をいくつと置くか」という最も検証しにくい前提に強く依存しており、そこを幅で示さない分析は実質的に無意味です。第二に、回収率がゼロに張り付く領域が広いことです。−30%かつ5.0倍、あるいは−40%かつ6.0倍以下では、メザニンの回収はゼロになります。第三に、右上(下落小・倍率高)では100%に張り付くため、この分析の情報量は境界付近に集中します。
同じ条件でシニア・タームローンの回収率を見ると、様相はまったく異なります。
| EBITDA下落率 | 5.0倍 | 5.5倍 | 6.0倍 | 6.5倍 | 7.0倍 |
|---|---|---|---|---|---|
| −20%(80.0) | 100.0% | 100.0% | 100.0% | 100.0% | 100.0% |
| −30%(70.0) | 92.1% | 100.0% | 100.0% | 100.0% | 100.0% |
| −40%(60.0) | 77.7% | 86.3% | 95.0% | 100.0% | 100.0% |
| −50%(50.0) | 63.3% | 70.5% | 77.7% | 84.9% | 92.1% |
シニアの元本が毀損し始めるのは、EBITDAが30%落ちたうえで倍率が5.0倍まで下がった場合(92.1%)です。EBITDAの下落が20%にとどまる限り、倍率が5.0倍まで落ちてもシニアは全額回収されます。業績と倍率が二重に悪化して初めて損失が出る、という構造です。この「損失が始まるまでの距離」の差が、シニアとメザニンのスプレッド差の実質的な根拠になります。参考までに、デット全体(551.1億円)を1つの塊とみなしたブレンド回収率は、−30%×6.0倍で76.2%、−40%×6.0倍で65.3%です。ブレンド値は資本構成全体の毀損度合いを示しますが、個々のレンダーの損益はトランシェ別の数字でしか語れないため、必ず分解して示します。感応度テーブルの作り方そのものは感応度分析・シナリオ分析の作り方で扱っています。アップサイド側のIRRグリッドも同じ2軸で作っておくと、リターンと回収率を並べて議論できます。
Excelでの実装と監査チェック
回収率シートは、既存のLBOモデルに1シート足す形で実装します。LBOモデルのダウンサイドケースが正しく組まれていれば、追加作業は多くありません。
入力ブロックには、ストレス後EBITDA・ディストレスト倍率・優先控除項目の3つだけを置きます。残高ブロックは、Debt Scheduleの該当年度の期末残高を参照します。ここを手打ちすると、ケースを切り替えたときに数字が追随せず、感応度が壊れます。ウォーターフォールブロックは、各行を「配分 = MIN(額面, MAX(0, EV − 上位配分の累計))」の1本の式で統一します。上位累計はSUM($E$8:E10)のように、開始セルだけ絶対参照にした可変レンジで書くと、トランシェを増やしても式をコピーするだけで済みます。
監査チェックは3行入れます。第一に、配分合計がディストレストEVを超えていないか(超えていたらMIN処理漏れ)。第二に、EVから全配分を引いた残余がエクイティへの配分と一致するか。第三に、すべての回収率が0%以上100%以下に収まっているか。この3行があるだけで、実務でよくある符号ミスと二重計上の大半は検出できます。感応度はデータテーブル機能で、行に下落率、列に倍率、値に対象トランシェの回収率を置きます。
コベナンツ・担保との関係:「いつ」デフォルトするかが回収率を決める
ここまでの計算は「3年目末にデフォルトする」という時点を所与としてきました。しかし実務では、この時点を決めるのは契約です。LBOローン契約とコベナンツで扱うとおり、維持型の財務制限条項(レバレッジ・レシオ、DSCR、ICR)は四半期ごとに判定され、抵触すれば期限の利益喪失事由になります。維持型コベナンツが厳しい契約ほど、レンダーは業績が下がりきる前に交渉のテーブルに着くことができ、企業価値がまだ高いうちに担保処分や資本再構成に着手できます。これは回収率を引き上げる方向に働きます。逆にコベナンツ・ライトの契約では介入が遅れ、EBITDAがさらに落ちてからの回収になります。
同様に、クロスデフォルト条項があると、他の借入での不履行が自分の契約にも波及します。実際のデフォルト時点は、最も厳しい契約条件を持つレンダーが決める、と考えておくのが実務的です。DSCRやインタレスト・カバレッジ・レシオは、変動金利のLBOローンでは金利上昇局面でレバレッジ・レシオより先に抵触することがあり、この点も時点の前倒しにつながります。
担保については、担保があるかどうかよりも「何に対して、どの順位で、どの手続で実行できるか」が回収率を左右します。担保権設定の対抗要件、第二順位担保の位置、そして債権者間協定におけるメザニンのスタンドスティル期間(一定期間は独自に権利行使できない取り決め)が典型的な論点です。ユニトランシェのように表面上1本のローンでも、貸し手間協定で内部的にファーストアウト/ラストアウトに分かれている場合は、回収率も2層に分けて計算する必要があります。
日本実務での論点
日本のLBOファイナンスで回収率分析を行う場合、米国型の分析をそのまま持ち込むと実態と合わない場面があります。
第一に、銀行側の「保全」の考え方です。日本の金融機関は伝統的に、担保・保証でカバーされる保全額と非保全額に分けて債務者区分ごとに引当を積む実務を積み上げてきました。金融検査マニュアルの廃止後は、過去実績だけでなく将来見通しを反映した引当を行う取組みが金融庁から示されており、実務も動いています。ただし、担保評価に基づく保全額と、本記事のような企業価値ベースの回収率は別の道具です。前者は物的担保の処分価値、後者は事業継続を前提とした企業価値を測っており、両方を並べて見るのが実務的です。ABL(動産・債権担保融資)における掛目の考え方は、清算価値法でのクロスチェックにそのまま使えます。
第二に、2026年5月25日に施行された事業性融資の推進等に関する法律により、事業全体を目的とする企業価値担保権の制度が始まった点です。不動産担保や個人保証への過度な依存を減らし、事業の将来性に基づく融資を後押しする枠組みとされています。事業価値そのものを担保として捉える発想は、EVベースの回収率分析と親和的です。もっとも制度は運用が始まったばかりで、LBOファイナンスの担保パッケージにどう組み込まれていくかは今後の実務の蓄積を待つ段階にあります。
第三に、破綻局面での着地の付き方です。日本では法的整理よりも、中小企業の事業再生等に関するガイドラインや事業再生ADRといった準則型私的整理で処理される案件が多く、金融債権者間の合意によって弁済条件が調整されます。法的整理での配当順位がそのまま実現するわけではないため、回収率分析の結果は「予測値」ではなく「交渉のアンカー」として機能します。手続の枠組みそのものは弁済順位とリカバリー・ウォーターフォールを参照してください。
第四に、メザニンの担い手と形態です。日本のLBOでは、メザニンが優先株や劣後ローンの形を取り、地域金融機関や専門ファンドが引き受けるケースが見られます。優先株の形を取る場合、法形式としては資本であるため、回収順位も弁済のタイミングも劣後ローンとは異なります。資本構成の各層が日本の実務でどう分担されているかは日本のLBOローン実務で整理しています。
よくある誤りと、その回避
| 誤り | 何が起きるか | 回避策 |
|---|---|---|
| エントリー残高で計算する | 約定弁済・PIK・リボルバー引出しが反映されず、劣後トランシェの回収率が大きくずれる | Debt Scheduleの当該年度末残高を参照する |
| 未収利息・PIKを額面に含めない | 分母が過小になり、回収率が過大に出る | 額面=元本+未収利息+累積PIKで統一定義する |
| リボルバーの未引出枠を無視する | デフォルト直前は枠がフルドローされやすく、優先請求権を過小評価する | 保守ケースでは枠の全額引出しを前提に置く |
| 平常時マルチプルでEVを作る | EBITDA低下と倍率低下の相関を無視し、回収率を系統的に過大評価する | 倍率も同時に切り下げ、その幅を感応度の軸にする |
| 手続費用・優先債権を控除しない | 配分原資が過大になり、劣後トランシェの回収率が甘くなる | 控除する/しないを前提として明記し、金額の目安を置く |
| 単一シナリオで完結させる | 恣意的な前提1つで結論が決まってしまう | 2軸マトリクスとブレークイーブンを必ず併記する |
| 名目回収率と時間価値を混同する | 回収までの期間を無視し、投資リターンを過大評価する | ディストレスト投資の判断では取得価格に対するIRRで見る |
よくある質問(FAQ)
回収率とLGDはどう違うのですか。
定義上はLGD = 1 − 回収率です。ただし規制資本や引当の文脈でのLGDは、回収に要した費用と回収までの期間の割引を反映した経済的損失率として測られるのが一般的で、本記事のような名目の回収率よりも保守的になります。バーゼル枠組みにおける内部格付手法のパラメータとしての扱いは、BISの公表資料が一次情報です。本記事の回収率は、あくまでモデル上の配分計算の結果として理解してください。
ディストレスト倍率は何倍を置けばよいのですか。
唯一の正解はありません。設例では平常時8.0倍に対して6.0倍と置きましたが、この2.0倍の切り下げは仮定です。実務では、同業のトラフ期の実績倍率、過去のディストレストM&Aの成約倍率、清算価値からの逆算の3つで幅を作り、その幅を感応度の軸にします。単一の値を断定して示す資料は、レンダーの審査でもPEの投資委員会でも説得力を持ちません。
回収までにかかる時間はどう扱いますか。
本記事の回収率はすべて名目値です。実際には手続や交渉に相応の期間を要し、その間の利息は劣後扱いになったり停止したりします。債権を額面割れで取得するディストレスト投資家は、名目回収率ではなく「取得価格に対する内部収益率」で判断します。したがって、同じ回収率60%でも、1年で回収できるか3年かかるかで投資判断は変わります。
エクイティの回収がゼロなのに、スポンサーが追加出資することがあるのはなぜですか。
既存エクイティの現在価値がゼロでも、将来の回復に対するオプション価値があるためです。設例では、倍率が7.873倍を超えればエクイティに価値が戻ります。実務上は、追加出資(ニューマネー)を既存持分と同じ条件で入れるのではなく、優先順位の高い証券や新規シニア債権の形で入れて、回復時のリターンを確保する設計が取られます。ダウンサイド局面での意思決定の枠組みはダウンサイドケースの設計で扱っています。
担保が全資産に付いていれば、回収率は担保評価額で決まるのではないですか。
事業を継続したまま譲渡できる場合、回収原資は個別資産の処分価値ではなく事業価値になります。全資産担保は「事業価値に対して優先的な地位を確保する手段」として機能し、回収額の上限を決めるのは結局のところ企業価値です。一方、事業継続が困難で解体処分になる場合は、清算価値が上限になります。両方を計算し、低い方を保守ケースとして扱うのが実務です。
まとめ
Lender Recovery Analysisは、ディストレストEVを弁済順位に沿って上から充当するだけの単純な計算です。難しさは式ではなく、ストレス後EBITDA・ディストレスト倍率・デフォルト時点の残高という3つの入力の置き方にあります。設例では、EV 800億円のLBOがEBITDA −30%・倍率6.0倍でEV 420億円まで下がると、リボルバーとシニアは全額回収される一方、メザニンは24.5%、エクイティはゼロという結果になりました。
実務で最も避けるべきは、エントリー残高を使うことと、単一シナリオで完結させることです。残高はDebt Scheduleから引き、結果はEBITDA下落率×倍率の2軸マトリクスとブレークイーブン水準で示します。Attachment/Detachment Pointの表現を使えば、案件をまたいでトランシェのリスクを比較できるようになります。日本案件では、銀行の保全評価という別の物差しと、私的整理での合意形成という着地の付き方を踏まえたうえで、この分析を交渉のアンカーとして使うことになります。
出典・参考(2026年8月確認)
- 金融庁「検査マニュアル廃止後の引当に関する取組み」(ディスカッション・ペーパー「検査マニュアル廃止後の融資に関する検査・監督の考え方と進め方」ほか) fsa.go.jp
- 金融庁「事業性融資の推進(企業価値担保権等)」(事業性融資の推進等に関する法律・2026年5月25日施行) fsa.go.jp
- 一般社団法人 全国銀行協会「中小企業事業再生等ガイドライン」(中小企業の事業再生等に関するガイドライン・Q&A) zenginkyo.or.jp
- 日本銀行「金融システムレポート」 boj.or.jp
- Basel Committee on Banking Supervision, “Basel III: Finalising post-crisis reforms” (December 2017) bis.org
※本記事は教育目的の一般的な解説であり、法務・税務・投資助言ではありません。設例は理解のための仮設例です。