この記事で分かること
結論:インタークレジター契約は「平時は目立たず、デフォルト時に効いてくる」契約
インタークレジター契約(Intercreditor Agreement/ICA、日本語では債権者間協定と呼ばれることもあります)とは、一言でいえば「同じ借入人に対して優先順位の異なる複数の貸し手(典型的にはシニアレンダーとメザニンレンダー)が、平時と有事のそれぞれで互いにどう振る舞うかを取り決めた契約」です。用語そのものの定義は債権者間協定(Intercreditor Agreement)に譲りますが、この記事で押さえておきたいのは、ICAが実務で存在感を発揮するのは平時ではなく、借入人の業績が悪化し、シニアの財務制限条項(コベナンツ)に抵触するような局面だという点です。平時のICAは「メザニンは元利金を受け取れる」という当たり前の状態を確認しているだけですが、ひとたびデフォルト(Event of Default/EoD)が生じると、ICAに定められた契約類型が一斉に機能し始め、誰がいつ何をできるか・できないかを細かく規律します。
ここでは、この契約の中身を実在の契約書のひな形として解説するのではなく、実務で繰り返し登場する一般的な契約類型――①支払停止(Payment Blockage)、②エンフォースメント制限(Standstill)、③買取権(Buy-Out Option)――に絞って、それぞれが何のためにあるのかを整理します。さらに、財務制限条項の抵触からシニアの担保実行までの一連の流れを、検算付きの仮設例で確認します。個別の契約書の解釈や具体的な交渉方針は弁護士による法的助言の領域であり、以下の解説がその代替になるものではありません。あくまで「一般的にどのような契約類型が存在するか」を理解するための説明である点にご留意ください。
なぜシニアとメザニンの間に契約が必要なのか
そもそも、なぜ「劣後」という関係を成立させるために契約が必要なのでしょうか。日本の倒産法制では、複数の債権者が同じ借入人に対して有する債権は、原則として法律上同順位(対等)に扱われます。担保の有無による優先順位の違いはありますが、無担保のシニアローンと無担保のメザニンローンの間に、法律が自動的に優先劣後の差をつけてくれるわけではありません。この点について、メザニンファイナンスの実務を解説する法律専門サイトBUSINESS LAWYERSに寄稿された解説では、「契約自由の原則から、法律上は同順位である債権(複数のローン債権)であっても、当事者間の合意により属人的な優先劣後構造を作出することが可能」であるとされています。つまり、シニアがメザニンより先に回収できるという関係は、法律が用意してくれるものではなく、当事者が契約でつくり出すものだということです。
同解説によれば、この劣後関係の作り方には理論上いくつかの構成があります。借入人・シニアレンダー・メザニンレンダーの三者が一つの契約に揃って合意する構成、シニアレンダーとメザニンレンダーの二者だけで合意する構成(この場合は契約の相対効により、シニア側は借入人に対して直接優先権を主張できないという制約が残ります)、そして実務上もっとも扱いやすいとされる、借入人とメザニンレンダーの間で「メザニンへの弁済はシニアへの弁済完了を停止条件とする」といった条件付債権の形にする構成などです。ICAは、多くの場合この三者ないし二者の合意を土台にしながら、後述する支払停止・エンフォースメント制限・買取権といった、より踏み込んだ行為規律を積み増したものと理解すると整理しやすくなります。なお、この「契約による劣後」は、持株会社レベルの貸し手が事業会社の資産に対して構造的に後順位になる構造的劣後とは成り立ち方が異なる点にも注意してください。構造的劣後は資本構成の階層から自然に生じるのに対し、ICAが作り出す劣後は当事者の合意そのものが根拠になります。
もう一つ押さえておきたいのは、日本にはシニア・メザニン間のICAについて、業界団体が公表する広く使われた市場標準ひな形が存在しない、という実務上の特徴です。日本のシンジケートローン(多くはシニア)については、日本ローン債権市場協会(JSLA)がモデル契約書を公表しており、これが実務上の一つの拠り所になっています。しかし、シニア・メザニン間のICAについては、そうした市場標準が広く定着しているわけではなく、案件ごとに当事者が個別に交渉して条件を作り込むのが実務上の基本です。欧米、特に英国のLMA(Loan Market Association)がレバレッジド・ファイナンス向けのモデルICAを公表しているのとは対照的で、この違いは「日本のICAは一つひとつが個別交渉の産物であり、雛形をそのまま当てはめて理解することはできない」という留意点につながります。以下で扱う3つの契約類型も、あくまで実務で繰り返し観察される一般的なパターンとして紹介するものであり、個々の契約の条件はこれと異なる場合があります。
ICAに一般的に含まれる3つの契約類型
ICAの条項は多岐にわたりますが、実務でとりわけ重要になるのは、シニアに財務制限条項の抵触などのデフォルト事由(EoD)が生じた場面での行為規律です。ここでは代表的な3つの類型を取り上げます。財務制限条項そのものの設計やヘッドルームの考え方はLBOローン契約とコベナンツの実務に譲り、ここでは「EoD後にICAが何を止め、何を制限するか」に絞って解説します。
| 契約類型 | 対象となる行為 | 一般的な内容 |
|---|---|---|
| ①支払停止 (Payment Blockage) | メザニンへの現金による元利金支払い | シニアにEoDが生じている間、メザニンは現金での支払いを受け取れない。期間は契約により様々で、一定日数で解除される設計と、シニア債務の完済まで続く設計の双方が見られる |
| ②エンフォースメント制限 (Standstill) | メザニンによる期限の利益喪失請求・担保実行 | メザニン側にもデフォルト事由が生じた場合でも、シニアの同意なしに直ちに権利行使することを一定期間制限する。この期間が明けて初めてメザニンは独自に動けるようになる |
| ③買取権 (Buy-Out Option) | シニア債権そのものの譲渡 | シニアが担保実行等の最終手段に着手する前の一定期間、メザニンがシニア債権を額面(元本+未払利息等)で買い取る権利を持つ設計が見られる。行使できる期間は限定されるのが一般的 |
出所:Hackett Feinberg P.C.「Why Do We Care About Payment Blockage, Standstills and Other Remedies in Subordination & Intercreditor Agreements?」、George Smith Partners「Intercreditor Agreement」(いずれも米国の実務解説)を基に、一般的な契約類型として大手町プレップが整理。個々の契約の具体的な期間・条件は案件ごとに異なります。
①の支払停止について、米国の法律事務所Hackett Feinbergの解説では、支払停止期間は「発動の契機によって長さが変わり得るものであり、一定日数で終了する設計もあれば、シニアが完済されるまで無期限に続く設計もある」と説明されています。②のエンフォースメント制限(スタンドスティル)についても同解説は、「メザニンが書面でシニアに対しデフォルトの発生と権利行使の意図を通知した時点から起算し、そこから一定期間(少なくとも180日程度から、シニアが完済されるまでの無期限に及ぶものまで)続く」と整理しています。③の買取権については、米国の商業用不動産金融の実務解説を提供するGeorge Smith Partnersの用語集で、ICAの典型的な構成要素の一つとして「ジュニアレンダーがシニアポジションを買い取ることを認める買取条項」が挙げられています。これらはいずれも米国の実務解説に基づく一般論であり、日本の個別契約がこれと同じ期間・条件を採用しているとは限りません。日本では前述のとおり広く定着した市場標準ひな形がないため、支払停止の日数や買取権の行使期間は、案件ごとの交渉力学によって個別に決まります。
この一連の流れの中で、シニアが必ずしも権利行使を最後まで貫くとは限らない点も実務上のポイントです。財務制限条項への抵触が生じても、事業改善の見込みがあると判断すれば、シニアが権利行使をせず一時的または恒久的に見送るコベナンツ・ウェイバーという選択肢も現実には多く用いられます。ICAの3類型は、あくまで「シニアが強硬な手段を取った場合に何が起きるか」を規律するものであり、デフォルトが生じたら自動的に担保実行まで進むという意味ではありません。
トランシェ別の回収構造を自分で計算できるようにする
ICAが定める行為規律を理解するだけでなく、実際にトランシェごとの回収額がどう変わるかを数値で追えることが、クレジット・再生分野の実務では求められます。デットの構造をモデルに落とし込む考え方は、こちらの教材で体系的に確認できます。
数値設例:支払停止から回収までを検算する
以下は理解のための仮設例であり、実在の案件の数値ではありません。単位を明確にしたうえで、式→代入→結果→意味の順に検算します。あるLBO対象会社が、シニアタームローン120億円(現金金利年3.0%)とメザニンローン60億円(現金金利年6.0%、契約上シニアに劣後)を調達しているとします。話を単純化するため、期中の約定弁済(アモチゼーション)は行われず、3年目末に業績悪化からシニアの財務制限条項に抵触してEoDが発生したものとします。
| トランシェ | 当初元本 | 現金金利 | 年間現金利払い額 |
|---|---|---|---|
| シニアタームローン | 120億円 | 3.0% | 3.6億円 |
| メザニンローン | 60億円 | 6.0% | 3.6億円 |
式①:支払停止期間中にPIKへ組み入れられる金額
組入額 = メザニン現金金利率 × メザニン当初元本 ×(支払停止日数 ÷ 365日)
ICAの支払停止条項により、EoD発生から180日間、メザニンへの現金金利支払いが止まり、この間の利息は契約上PIK(現物払い、PIK金利)として元本に組み入れられると仮定します。数値を代入すると、組入額=6.0%×60億円×(180日÷365日)=3.6億円×0.4932=1.78億円です。したがって、支払停止期間終了時点のメザニン残高は、当初元本60億円に組入額1.78億円を加えた61.78億円となります。この間、シニアタームローンの現金利払いは通常どおり継続しているものとします。
式②:トランシェ別の回収額
回収額 = MIN(トランシェの残高、弁済順位に従って配分可能な残余価値)
支払停止期間が終了してもEoDが解消せず、シニアが担保実行に着手し、その時点の事業価値(ディストレストEV)が150億円と査定されたとします。弁済順位が最優先のシニアタームローンから見ていくと、回収額=MIN(120億円、150億円)=120億円となり、回収率は120億円÷120億円=100%です。シニアに配分した後の残余は150億円-120億円=30億円で、これがメザニンに配分可能な原資になります。メザニンの残高は式①で求めた61.78億円ですから、メザニンの回収額=MIN(61.78億円、30億円)=30億円となります。
式③:回収率
回収率 = 回収額 ÷ 残高
数値を代入すると、メザニンの回収率=30億円÷61.78億円=48.6%です。支払停止期間中に現金金利が支払われずPIKで積み上がったことで、メザニンの残高(回収率の分母)が60億円から61.78億円へ膨らんでおり、これが回収率をわずかに押し下げる方向に働いている点にも注目してください。なお、より詳細な感応度分析(EBITDAの下振れ幅やディストレストEVの倍率を変化させた場合にトランシェ別の回収率がどう動くか)はLender Recovery Analysisで扱っているため、ここではICAが回収額の計算にどう関与するか、という論点に絞っています。
買取権(Buy-Out Option)は誰にとって合理的な選択肢か
上記の設例のように、メザニンの回収率が半分以下にとどまる見込みが立った場合、メザニンレンダーが検討し得る選択肢の一つが③の買取権です。買取権は、シニアが担保実行の最終手段に着手する前の一定期間、メザニンがシニア債権を額面(元本+未払利息等)で買い取り、以後の処理方針(事業の売却・再建・追加与信の可否など)を自らコントロールする権利です。前掲のGeorge Smith Partnersの整理でも、ジュニアレンダーがシニアポジションを買い取る権利はICAの典型的な構成要素の一つとされています。
この設例で買取権を行使した場合、メザニンの総エクスポージャーは、買取に要する120億円(シニア債権の額面)と、既存のメザニン残高61.78億円を合わせた181.78億円まで拡大します。買取が経済的に合理的かどうかは、この181.78億円という投下額に対して、メザニンが自らコントロールした場合に見込める事業の再建後価値や処分価値が、シニアの担保実行に任せた場合の回収額(本設例では30.0億円)を十分に上回るかどうかにかかっています。この判断には、事業計画の実現可能性・買収後の追加資金調達余力・処分市場の需給など、この記事の範囲を超える個別の実務判断が必要になるため、ここでは「買取権とはこうした判断を可能にするための選択肢である」という位置づけの説明にとどめます。買取権を実際に行使するか否かの判断は、財務・法務の専門家を交えた個別の検討が前提であり、この一般的な解説がその代替になるものではありません。
隣接するテーマとの関係整理
ICAと混同されやすいテーマをいくつか整理しておきます。第一に、株主ローン(Shareholder Loan)との違いです。株主ローンも契約上シニアに劣後する点はメザニンローンと共通しますが、貸し手がスポンサー(株主)自身であり、第三者のメザニンレンダーとは利害の性質が異なります。株主ローンの契約でも劣後性を定める条項は置かれますが、シニアとメザニンという第三者同士の権利調整を目的とするICAとは、そもそもの当事者構成が異なる点に注意してください。第二に、メザニンという「資金の出し手」そのものの実務・商品設計・日本のプレイヤーについてはメザニンファンドとはに譲ります。ここではメザニンファンドがどう組成されるかではなく、既に存在するシニア・メザニンの間の契約構造に焦点を当てています。
第三に、日本の事業再生局面でしばしば登場するDIPファイナンスとの関係です。DIPファイナンスは法的整理手続の中で新たに供与される融資に一定の優先性を認める仕組みであり、既存のシニア・メザニン間の契約であるICAとは適用される場面が異なります。もっとも、DIPファイナンスの検討が必要になるような局面では、既存のICAに定められた支払停止・エンフォースメント制限が並行して問題になることも多く、両者を切り離さずに理解しておくことが実務上は有用です。倒産手続そのものにおける弁済順位や別除権の考え方は弁済順位とリカバリー・ウォーターフォールに譲ります。
よくある質問(FAQ)
Q. インタークレジター契約は必ず3社(借入人・シニア・メザニン)で締結されるのですか。
A. 実務上よく見られるのは借入人を含めた合意ですが、法律専門サイトの解説によれば、シニアとメザニンの二者だけで合意する構成も理論上は可能とされています。ただし二者間の合意では、契約の相対効により、シニア側が借入人に対して直接優先権を主張できないという制約が残るとされており、実務では借入人を含めた構成や、借入人とメザニンの間で条件付債権とする構成がより扱いやすいとされています。
Q. 支払停止期間やエンフォースメント制限の期間は何日と決まっているのですか。
A. 決まった日数はありません。米国の実務解説では、支払停止・エンフォースメント制限のいずれも、一定日数(180日程度からという例)で終了する設計と、シニアが完済されるまで続く無期限型の設計の両方が紹介されています。日本には広く定着した市場標準ひな形がないため、実際の日数・条件は契約ごとの個別交渉によって決まります。
Q. コベナンツ・ウェイバーが行われた場合、ICAの支払停止条項は発動しないのですか。
A. 一般的には、シニアがコベナンツ抵触を理由とする権利行使を見送るコベナンツ・ウェイバーを行った場合、EoDに基づく支払停止等の発動条件も解消されるのが通常の建付けです。ただし、これはICAおよび融資契約の具体的な文言次第であり、個別の契約内容を離れて一律に断定することはできません。
Q. メザニンが買取権を行使すると、シニアの担保や権利もそのまま引き継がれるのですか。
A. 一般的な考え方としては、買取権を行使したメザニンはシニア債権とそれに付随する担保・契約上の地位を取得することになります。ただし、担保の移転手続きや対抗要件の具備など、実務上は個別の法的検討が必要な論点が多く、この記事で扱える範囲を超えます。
Q. ここで扱った数値設例は実際の案件を参考にしていますか。
A. いいえ。式①〜③の数値はいずれも理解のための仮設例であり、特定の案件の数値ではありません。支払停止日数(180日)やディストレストEV(150億円)も説明のための前提であり、実際の契約・案件の水準を示すものではない点にご留意ください。
まとめ
インタークレジター契約は、日本の法制度上は自動的には生まれない「シニアがメザニンより先に回収できる」という関係を、当事者間の合意によって作り出す契約です。平時は目立ちませんが、EoDが発生すると、支払停止(Payment Blockage)・エンフォースメント制限(Standstill)・買取権(Buy-Out Option)という一般的な契約類型が働き始め、誰がいつ何をできるかを規律します。この仮設例では、支払停止期間中のPIK組入れによってメザニンの残高が60億円から61.78億円へ膨らみ、担保実行時の回収率は48.6%にとどまるという結果になりました。日本には広く使われる市場標準ひな形がなく、実際の期間・条件は案件ごとの個別交渉で決まるため、ここで紹介した内容はあくまで一般的な理解の出発点として活用してください。
クレジット領域の実務知識を体系的に押さえるには
ICAの契約類型を理解した次のステップは、財務制限条項の設計や、トランシェ別の回収額をモデルで計算できるようになることです。まずは無料会員登録のうえ、関連するクレジット・再生系の記事を読み進めてみてください。
出典・参考(2026年8月確認)
- 弁護士法人キャストグローバル・酒井俊和弁護士「メザニン・ファイナンスにおけるメザニン(劣後)ローンのポイント」BUSINESS LAWYERS(2017年11月30日)https://www.businesslawyers.jp/practices/698
- 西村あさひ法律事務所・島美穂子弁護士「10分で学ぶシンジケート・ローン ~意味・組成手続・標準契約書」The Finance(2017年7月3日)https://thefinance.jp/law/170703
- Hackett Feinberg P.C.「Why Do We Care About Payment Blockage, Standstills and Other Remedies in Subordination & Intercreditor Agreements?」(2020年6月18日)https://bostonbusinesslaw.com/why-do-we-care-about-payment-blockage-standstills-and-other-remedies-in-subordination-intercreditor-agreements/
- George Smith Partners「Intercreditor Agreement」CRE Glossary https://www.gspartners.com/glossary/intercreditor-agreement
※本記事は教育目的の一般的な解説であり、法務・税務・投資助言ではありません。設例は理解のための仮設例です。