この記事で分かること
結論:Kpは配当利回りが出発点だが、償還・転換条項の有無で計算方法が変わる
優先株式コスト(Kp、Cost of Preferred Stock)とは、企業が優先株式という資金調達手段に対して支払う対価を、資本コストの形で表したものです。最もシンプルな非償還・非転換型の優先株式であれば、年間の優先配当を発行価額(または時価)で割るだけで求まります。負債コストのように税引後に調整する必要がなく、株主資本コストのようにβやリスクプレミアムを積み上げる必要もない、という意味では計算そのものは単純です。
ただし実務で扱う優先株式の多くは、一定期間後に会社が買い戻す償還条項や、普通株式に転換できる転換条項を伴います。この2つの条項が付くと、配当利回りだけでは優先株式コストを正しく捉えられなくなります。償還条項付きなら債券の最終利回りに近い考え方で、転換条項付きなら転換オプションの価値を切り分ける考え方が必要になります。以下では非償還・非転換の基本式から出発し、条件が複雑になるごとに計算方法がどう変わるかを設例で示したうえで、最後に優先株式を株主資本・負債に次ぐ第3の資本源泉としてWACCに組み込む手順まで扱います。
優先株式そのものの商品設計(PIK配当・清算優先権・Exit時の分配順序など)や、LBOにおける普通株リターンへのレバレッジ効果はPreferred EquityをLBOに組み込む方法で、メザニンファンドが劣後ローンと優先株式を発行体側の税務・議決権の観点からどう使い分けるかはメザニンファンドとはで扱っています。本記事はそれらとは視点を変え、バリュエーションの実務者がWACCの割引率を組み立てる際に、優先株式のコストをどう数値化するかに絞って解説します。
優先株式コストの基本式:非償還・非転換型(永久優先株)
償還期限がなく普通株式への転換権もない優先株式は、毎期一定額の配当が永久に続く永久年金(perpetuity)として扱えます。このとき優先株式コストKpは次の式で求まります。
Kp = Dp ÷ P0
Kp:優先株式コスト(年率)、Dp:年間の優先配当額(1株当たり配当率×発行価額)、P0:発行価額(既発行分の時価で評価する場合は市場価格)。
負債コストと違い、優先配当は税引後利益からの利益処分(会社法上の剰余金の配当)として支払われるため、支払利息のように損金算入されません。したがってKpの算出において(1-実効税率)のような税調整は行いません。この非対称性は、発行体側から見た劣後ローンと優先株式の税引後コスト比較という別の切り口でも重要な論点になりますが、本記事ではこの非対称性を投資家側・評価者側から見たKpの算出前提として押さえておきます。
以下は説明用の仮設例です。種類株式(優先株式)を発行価額100(単位は任意、以下同じ)・年間配当率6.0%で発行したとします。
Kp = 6.0(=100×6.0%)÷ 100 = 6.0%
実務ではここに発行費用(引受手数料等)を織り込むこともあります。発行価額に対してf(%)の発行費用がかかる場合、企業が実際に手にする正味手取額はP0×(1-f)になるため、Kpは次のように上振れします。
Kp(発行費用調整後) = Dp ÷(P0 ×(1-f))
f:発行価額に対する発行費用率。
先の設例で発行費用f=3.0%だとすると、正味手取額は100×(1-3.0%)=97.0、Kp=6.0÷97.0=約6.19%となり、配当利回りそのままの6.0%より高くなります。配当利回りは「投資家が受け取る利回り」であるのに対し、Kpは「発行体が負担する資本コスト」である点を混同しないことが重要です。両者は発行費用がゼロなら一致しますが、発行費用がある限りKpの方が高くなります。
償還条項付き優先株:利回り型で逆算する
会社が一定期間後に額面(または一定の償還価額)で買い戻す償還条項が付くと、優先株式は「一定期間だけ配当を払い、満期に元本相当額を返す」という点で債券の最終利回り(YTM)と同じ構造を持ちます。この場合のKpは、将来キャッシュフローの現在価値が発行価額に一致するように逆算する、利回り型の計算になります。
P0 = Σ Dp÷(1+Kp)t(t=1〜n)+ Rn÷(1+Kp)n
P0:発行価額、Dp:年間配当額、Rn:n年目の償還価額、n:償還までの年数。Kpはこの等式を満たす値として、債券のYTMと同じく反復計算(試行錯誤法)で求めます。
以下は説明用の仮設例です。発行価額100、年間配当率6.0%(Dp=6.0)、5年後に105で償還される優先株式を考えます(額面100に対し償還価額を105としているのは、投資家に償還プレミアムを乗せて提示する設計の設例です)。年ごとのキャッシュフローと、逆算したKpで割り引いた現在価値は次のとおりです。
| 年度 | 配当 | 償還額 | 合計CF | 現在価値(Kp=6.87%) |
|---|---|---|---|---|
| 1年目 | 6.0 | — | 6.0 | 5.61 |
| 2年目 | 6.0 | — | 6.0 | 5.25 |
| 3年目 | 6.0 | — | 6.0 | 4.92 |
| 4年目 | 6.0 | — | 6.0 | 4.60 |
| 5年目 | 6.0 | 105.0 | 111.0 | 79.62 |
| 合計 | — | — | — | 100.00 |
この設例のKp(約6.87%)が、非償還型で同じ配当率6.0%だった場合のKp(6.0%)より高くなるのは、5年後の償還プレミアム(105-100=5.0)が上乗せされているためです。逆に償還価額が額面ちょうど(100)であれば、Kpは配当率6.0%とほぼ一致します。実務でチェックすべきなのは、発行価額・配当額・償還条件のどれか1つでも変われば、単純な配当利回りとKpは一致しなくなるという点です。発行時点で額面どおりに発行され、償還も額面どおりであれば両者は一致しますが、市場で時価が動いた優先株式や、償還プレミアム・早期償還オプションが付いた優先株式では、必ず利回り型で計算し直す必要があります。
転換条項付き優先株:オプション価値をどう扱うか
普通株式への転換権が付くと、優先株式のコスト計算はさらに複雑になります。転換条項は投資家に「配当を受け取りながら、株価が上がれば普通株式に転換して値上がり益も取れる」という選択権を与えるため、投資家はその分だけ低い配当率でも引き受けます。つまり転換条項付き優先株の表面上の配当利回りは、コストを過小評価します。
以下は説明用の仮設例です。発行価額100・年間配当率3.0%(Dp=3.0)・5年後に転換されなければ額面100で償還される、転換条項付き優先株式を考えます。表面上の配当利回りだけを見ればKp=3.0÷100=3.0%ですが、これは転換オプションの価値を無視した数字です。
実務上の考え方は、転換条項付き優先株式を「転換されない場合の価値(ストレート・バリュー、いわば下限値)」と「転換オプションの価値」に分解するというものです。前節と同じ償還条件・同じリスククラスの非転換型優先株式が6.87%で取引されているとすれば、その利回りで先ほどと同じキャッシュフロー(配当3.0・5年後に元本100)を割り引いた金額が、転換オプションを除いたストレート・バリューになります。
ストレート・バリュー = Σ Dp÷(1+比較可能な非転換型のKp)t(t=1〜n)+ 元本÷(1+比較可能な非転換型のKp)n
転換オプションの価値 = P0 - ストレート・バリュー
設例に当てはめると、ストレート・バリューは配当3.0・5年後に元本100を6.87%で割り引いた合計で約84.07になります。発行価額100との差額、約15.93(発行価額の約15.9%)が転換オプションの価値と解釈できます。表面利回り3.0%だけをKpとして使うと、この15.9%相当の価値がどこから来ているのかが見えなくなり、将来の普通株式への転換によって既存株主が負担する希薄化コストを見落とすことになります。
| 構成要素 | 金額 | 発行価額比 |
|---|---|---|
| ストレート・バリュー(非転換部分) | 84.07 | 84.1% |
| 転換オプションの価値 | 15.93 | 15.9% |
| 発行価額 | 100.00 | 100.0% |
WACCに組み込む際の実務的な扱いは、転換の可能性がどれだけ高いかで分かれます。株価が転換価格を大きく上回り転換がほぼ確実な状況(イン・ザ・マネー)では、この証券は近い将来に普通株式になるとみなし、コストは株主資本コストに近い値として扱うのが妥当です。逆に株価が転換価格を大きく下回り転換の見込みが薄い状況(アウト・オブ・ザ・マネー)では、前節のストレート・バリュー側の利回り(この設例なら6.87%)に寄せて扱います。転換確率が中間的な水準にあるケースや、複数の種類株式が絡む資本構成でより厳密に価値配分を行いたい場合は、種類株式の価値配分(オプション価格モデル)のようなオプション価格モデルを使った按分が必要になりますが、これは本記事の範囲を超えるため触れるにとどめます。なお参加型・非参加型優先株のように、転換とは別に残余利益への参加権が付くケースもあります。
優先株式をWACCに組み込む:第3の資本源泉として
WACCの計算方法では株主資本コストと負債コストの2つを資本構成比で加重平均する式を扱いましたが、優先株式が資本構成に一定の比率で存在する場合、これを無視するとWACCは歪みます。優先株式を含めたWACCは、3つの資本源泉を時価ベースの構成比で加重平均する式になります。
WACC =(E÷V)×Re +(D÷V)×Rd×(1-Tc)+(P÷V)×Kp
E:株主資本の時価総額、D:有利子負債の時価、P:優先株式の時価、V:E+D+P(総資本の時価)、Re:株主資本コスト、Rd:負債コスト(税引前)、Tc:実効税率、Kp:優先株式コスト。
ポイントは優先株式コストKpには(1-Tc)の税調整を掛けないことです。負債の支払利息は損金算入され税引後コストが割り引かれるのに対し、優先配当は利益処分であり損金算入されないため、Kpはそのまま加重平均に投入します。この非対称性を見落とし、Kpにも誤って(1-Tc)を掛けてしまうのは実務でよくある計算ミスです。
以下は説明用の仮設例です。株主資本コストReと負債コストRdは、それぞれCAPM等の手法や格付をもとにした負債コストの推定手法によって別途算出済みという前提で、ここでは所与の値として使います。
| 資本源泉 | 時価 | 構成比 | 資本コスト | 加重コスト |
|---|---|---|---|---|
| 株主資本(E) | 700 | 70.0% | Re=9.00% | 6.30% |
| 負債(D) | 250 | 25.0% | Rd×(1-Tc)=2.45% | 0.61% |
| 優先株式(P) | 50 | 5.0% | Kp=6.87% | 0.34% |
| 合計(V) | 1,000 | 100.0% | — | WACC=7.26% |
ここで注意したいのが、Kpに誤って税調整を掛けてしまう典型的なミスです。仮に(P÷V)×Kp×(1-Tc)=5.0%×6.87%×(1-30%)=0.24%として計算してしまうと、WACCは7.26%ではなく約7.15%と算出され、約0.10ポイント過小評価します。DCF法での企業価値評価では、割引率が0.1ポイント動くだけでも将来キャッシュフローの現在価値やターミナルバリューが無視できない幅で変動するため、割引率を組み立てる際は優先株式の有無とその税務上の性質を必ず確認する必要があります。なお優先株式の構成比が数%程度と小さい場合でも、上の設例が示すとおりWACC全体を無視できない幅で動かすため、「比率が小さいから」という理由だけで2源泉WACCに単純化するのは避けるべきです。
日本における優先株式コストの実例類型
優先株式が使われる場面は業種や局面によって性格が大きく異なり、Kpの水準も一様ではありません。ここでは実務で目にする代表的な3つの類型を、その性格の違いに絞って整理します。個別の配当率や発行条件は案件ごとに異なるため、本記事では具体的な数値には立ち入らず、類型としての位置づけにとどめます。
金融機関の資本増強に伴う優先株式
銀行等の金融機関が自己資本比率規制への対応や財務基盤の強化を目的に優先株式を発行するケースがあります。この類型では、発行体の信用力や規制上の位置づけを踏まえて配当水準が設計されるため、事業会社が資金調達目的で発行する優先株式とは前提が異なります。会社法上は種類株式としての設計(会社法108条)が土台になる点は他の類型と共通ですが、資本規制上どう扱われるかという論点が加わる点が特徴です。
事業再生局面での優先株式による出資
業績が悪化した企業の再建局面で、再生ファンドや金融機関が優先株式で出資し、既存株主の議決権を大きく希薄化させずに資金を投入する設計が使われることがあります。この類型では、事業が再建できるかどうかの不確実性が高い分、要求される利回り水準も相応に高くなる傾向があります。Preferred EquityをLBOに組み込む方法で扱った清算優先権・累積配当の考え方は、この類型の優先株式にもそのまま当てはまります。
ベンチャー投資における優先株式
スタートアップへの出資では、優先株式が資金調達の標準的な形態になっています。清算優先権・参加型/非参加型・希薄化防止条項といった経済条件は、バイアウト実務で使われる優先株式とは設計思想が異なり、VCタームシート完全ガイドで詳しく扱っています。ベンチャー優先株式の多くは配当を主要な経済条件としない設計(非累積・低配当率)であることも多く、その場合Kpを配当利回りだけで評価すること自体が難しくなります。バリュエーション上は、清算優先権や転換条件を含めた期待キャッシュフロー全体から実質的な利回りを逆算する必要があり、この点は前節で扱った転換条項付き優先株の考え方の延長線上にあります。
よくある質問(FAQ)
優先配当が非累積型の場合、Kpの計算方法は変わりますか。
基本式(Kp=Dp÷P0)自体は変わりませんが、非累積型は
市場で取引されていない未公開企業の優先株式のコストは、どう推定すればよいですか。
市場価格が存在しないため、発行時点の発行価額をP0として基本式やYTM型の式に当てはめる方法が中心になります。より精緻に評価したい場合は、同程度のリスク・優先順位を持つ公開市場の優先株式や、比較可能な負債の利回りにリスクプレミアムを加算する方法が使われます。非上場企業のバリュエーション全般で必要になる調整の考え方は非上場企業の評価で扱っています。
優先株式の比率が資本構成の数%程度と小さい場合、WACC計算で無視してもよいですか。
本記事の設例が示すとおり、比率が5%程度でもWACC全体を0.3ポイント前後動かす場合があり、無視するとDCF評価の結果に無視できない誤差が生じます。優先株式が資本構成に存在する場合は、金額の大小にかかわらず3源泉の式で計算し、そのうえで感応度が小さいと確認できた場合にのみ簡便化を検討するのが安全です。
転換社債のコスト計算と、転換条項付き優先株のコスト計算は同じ考え方ですか。
まとめ
優先株式コスト(Kp)は、非償還・非転換型であれば配当利回り(Dp÷P0)で単純に求まりますが、償還条項が付けば債券のYTMと同じ利回り型の逆算が必要になり、転換条項が付けばストレート・バリューと転換オプションの価値に分解して考える必要があります。設例では、非償還型のKp=6.0%に対し、償還プレミアム付きの5年物ではKp=約6.87%、表面配当3.0%の転換条項付きでは発行価額の約15.9%が転換オプションの価値であることを確認しました。
優先株式が資本構成に存在する場合は、株主資本コスト・負債コストに次ぐ第3の資本源泉として、WACC=(E/V)Re+(D/V)Rd(1-Tc)+(P/V)Kpの式に必ず組み込む必要があります。Kpには負債コストのような税調整を掛けない点、比率が小さくてもWACC全体を無視できない幅で動かしうる点の2つが、実務でとりわけ見落とされやすいポイントです。
出典・参考(2026年8月確認)
- e-Gov法令検索「会社法」(平成十七年法律第八十六号)第108条(異なる種類の株式) laws.e-gov.go.jp
※本記事は教育目的の一般的な解説であり、法務・税務・投資助言ではありません。設例は理解のための仮設例です。