この記事で分かること
- 償還請求権の定義と、清算優先権との違い
- 日本の会社法における「取得請求権付株式」との対応関係
- 整数設例で分配可能額の制約が償還にどう影響するかを確認する
- 実務でこの条項が使われる(使われにくい)背景
30秒で分かる定義
償還請求権(Redemption Rights、読み方:しょうかんせいきゅうけん)とは、優先株主が一定期間(例:投資から5〜7年後)経過後、発行会社に対して保有する優先株式の買戻し(償還)を請求できる契約上の権利です。Exitが長期間実現しない場合に、投資家が投下資本を回収する「最後の手段」として設計される条項で、優先株式の設計に組み込まれます。米国VC実務では比較的稀な条項とされ、レイトステージや事業会社系の投資でより見られる傾向があります。
なぜ実務で重要なのか
VC投資の出口(Exit)はIPOかM&Aが基本ですが、想定より成長が停滞し、どちらも実現しないまま長期間が経過するケースがあります。投資家にとって、株式を売却する市場(流動性)がない非公開企業への投資は、Exitが実現しない限り資金が固定化されるリスクを負います。償還請求権は、こうした「塩漬け」状態から投資家が資金を回収する手段として、投資契約の交渉で議論されることがあります。ただし、発行会社側にとっては将来的なキャッシュアウト義務を負うことになるため、双方にとって慎重な検討が必要な条項です。
仕組み:日本の会社法との対応
日本の会社法では、種類株式の設計として「取得請求権付株式」(株主が会社に取得を請求できる株式、会社法107条1項2号・108条1項5号)を用いることで、償還請求権に相当する仕組みを組み込むことができます。ただし、会社が株式を取得する対価の交付には分配可能額による財源規制(会社法166条1項ただし書、461条)がかかります。つまり、会社に十分な分配可能額がなければ、契約上償還請求権が発生していても、実際には会社は株式を買い戻すことができません。この財源規制は、キャップテーブル・種類株式設計における最も実務的な制約の一つです。
整数設例で確認する
設例(架空数値、単位:百万円)。投資家が5年前に200百万円で取得した優先株式について、償還請求権が発生し、償還価額(取得価額相当)200百万円の支払いを会社に請求したとします。会社の分配可能額(剰余金の分配に充てられる額)が当時120百万円しかなかった場合、会社は財源規制により200百万円全額を一度に償還することができません。
この場合、会社が償還できるのは分配可能額の範囲内である120百万円までにとどまり、残り80百万円は分配可能額が積み上がるまで償還できません。契約上、分割償還や、分配可能額が不足する場合の代替措置(利息の付加、他の投資家への譲渡優先権の付与等)をあらかじめ定めておくのが実務上の工夫です。
リスク配分への影響
償還請求権は、投資家にとっては「Exitが実現しない場合の保険」として機能しますが、発行会社にとっては将来のキャッシュアウトリスクを抱えることになります。特に成長が停滞した局面で複数の投資家が同時に償還を請求すると、会社の資金繰りを直接圧迫しかねません。このため、償還請求権を認める代わりに投資家が受け入れる条件(発動までの据置期間を長く取る、分割償還を前提とする等)とセットで交渉されるのが一般的です。清算優先権がExit時の分配優先順位を扱うのに対し、償還請求権はExitが起きない場合の資金回収手段という点で役割が異なります。
財務モデル・Excelでの使い方
投資契約に償還条項が含まれる場合、発行会社側の資金繰りモデルでは、償還請求が可能になる時期(据置期間経過後)と想定償還額を負債的な将来キャッシュアウトとして別途管理するのが望ましい設計です。
- 各優先株式シリーズごとに、償還可能時期・償還価額・分配可能額の見込みを別シートで管理する
- 分配可能額が不足するシナリオを感応度分析し、償還請求が現実に履行可能かをストレステストする
実務家が確認するポイントとよくある誤解
誤解:「償還請求権があれば投資家は必ず投下資本を回収できる」→ 正しくは、分配可能額による財源規制があるため、契約上の権利があっても実際に履行できるとは限りません。この点を理解せずに償還請求権を過信すると、資金繰りが厳しい会社に対して権利を行使しても、実際には回収できない事態が生じます。
実務家はさらに、①据置期間の長さが投資家・会社双方にとって現実的か、②分配可能額が不足する場合の代替措置が契約に明記されているか、を確認します。
日本実務での扱い
(2026年7月時点)日本の非公開スタートアップの資金調達実務では、償還請求権付きの種類株式設計は、レイトステージの大型調達や事業会社(CVC)からの出資で見られることがありますが、シード・アーリー期のVC投資では一般的ではないとされます。会社法上の財源規制(分配可能額)の存在から、契約上の設計だけでなく、発行会社の将来の財務状況を踏まえた現実的な設計が求められます。
面接・モデルテストで問われるポイント
Q:償還請求権があっても投資家が投下資本を回収できないことがあるのはなぜですか。
「日本の会社法では、会社が株式を取得する対価の交付は分配可能額の範囲内に制限されます(財源規制)。会社の分配可能額が不足していれば、契約上償還請求権が発生していても、実際に会社が現金で買い戻すことはできません。このため、償還請求権は『万能の保険』ではなく、会社の財務状況次第で実効性が変わる点に注意が必要です。」
深掘りでは「償還請求権と清算優先権の役割の違い」(Exitが起きない場合の回収手段か、Exit時の分配順位か)が問われます。
よくある質問(FAQ)
Q. 償還請求権はどのタイミングで発生しますか?
A. 一般的には投資から一定年数(例:5〜7年)が経過した後に発生するよう設計されます。この据置期間は、通常のExit(IPO・M&A)が実現するのを待つための猶予期間としての意味を持ちます。
Q. 償還請求権とみなし清算条項(deemed liquidation)は同じですか?
A. 異なります。みなし清算条項はM&A等の一定の事象を「清算」とみなして清算優先権の分配ルールを適用するものです。償還請求権はExitが起きない場合に会社に買戻しを請求する権利で、発動する場面が異なります。
出典・参考(2026-07-21確認)
- e-Gov法令検索「会社法」(第107条・第108条・第166条・第461条ほか) https://elaws.e-gov.go.jp/
- 法務省 会社法関連情報 https://www.moj.go.jp/
※本記事は教育目的の一般的な解説であり、法務・税務・投資助言ではありません。設例は理解のための架空数値です。