この記事で分かること
- 仮設案件を整数で最後まで通したケース別サマリ(IRR・MOIC・最低DSCR・Exit倍率)の作り方と、期首残高+増減=期末残高の検算手順
- 同じ案件でIRRとMOICが逆方向に動く局面を保有期間3年・5年・7年の数値で確認し、どちらを重視するかを決める判断軸
- エントリー倍率×Exit倍率の感応度グリッド(5×5=25セル)の作り方と、AIに書かせてよい「読み筋」の範囲
- 売上減からコベナンツ抵触までの連鎖を数値で追い、最低DSCRを特定するダウンサイドケースの設計手順
結論:AIに回させるのは「ケースの本数」であって、資本構成の妥当性ではありません
LBOのケース分析で時間を食うのは、モデルを組むことではありません。前提を1つ変えるたびに返済スケジュールが動き、DSCRが動き、Exit時の純有利子負債が動き、その結果としてIRRとMOICが動きます。この連鎖を何十通りも回し、どの数字が効いているのかを言葉にするところです。生成AIはこの「回す」と「言葉にする」の部分を確実に速くします。
一方で、AIに任せてはいけない領域がはっきりあります。資本構成が妥当か、そのレバレッジをレンダーが受け入れるか、想定したExit倍率が実際に付くか。この3つは市場の実勢と交渉の産物であり、モデルの中に答えはありません。ここを人が決め、それ以外をAIに回させるのが実務的な分担です。
なお本記事は、LBOモデルの組み方そのものと、IRR・MOICの定義や計算式は扱いません。モデルの構築手順はLBOモデルの作り方(S&Uからリターン計算まで)、指標の定義と使い分けはIRRとMOICの計算と使い分けで既に解説しています。本記事が扱うのは、ケースをどう設計し、出てきた結果をどう読むか、そこにAIをどう挟むかです。
LBOケース分析のワークフロー:AIが入る位置と人が止める位置
ケース分析は5つの工程に分かれます。工程ごとに「AIに下書きさせるもの」と「人が決めるもの」が明確に分かれており、この分担を曖昧にしたまま回すと、検算していない数字がそのまま投資委員会資料に載ります。
設例:三州フードパック株式会社の案件条件(単位=百万円)
以下は本記事のために作成した仮設案件です。実在の企業・案件とは関係ありません。数値はすべて百万円で統一し、端数が出ないように設計しています。
三州フードパック株式会社は、食品向け包装資材を製造する非上場企業という設定です。直近期(Year 0)のEBITDAは4,000百万円、エントリー倍率をEV/EBITDA 7.0倍とすると、企業価値(EV)は4,000 × 7.0 = 28,000百万円となります。
| 調達(Sources) | 金額 | EBITDA倍率 | 使途(Uses) | 金額 |
|---|---|---|---|---|
| シニアローン(期間7年・年1,000約定弁済・金利4.0%) | 14,000 | 3.5× | 株式取得対価 | 22,000 |
| メザニン(劣後ローン・期日一括・金利7.0%現金払い) | 2,000 | 0.5× | 既存借入の返済 | 6,000 |
| スポンサー・エクイティ | 12,800 | - | 取引関連費用(FA・DD・アレンジメントフィー) | 800 |
| 合計 | 28,800 | - | 合計 | 28,800 |
検算1(調達=使途):14,000 + 2,000 + 12,800 = 28,800、22,000 + 6,000 + 800 = 28,800。一致します。
検算2(EV):株式取得対価22,000 + 既存純有利子負債6,000 = 28,000。EBITDA4,000の7.0倍で、エントリー倍率と整合します。取引関連費用800はEVには含まれず、エクイティの追加拠出で賄う扱いです。
有利子負債合計は16,000百万円、EBITDA倍率で4.0倍です。総資金28,800百万円に対するエクイティ比率は12,800 ÷ 28,800 = 44.4%となります。どこまで負債を積めるかの考え方はDebt CapacityとLBOファイナンスで扱っています。メザニン・ファイナンスは本設例では期日一括・金利現金払いの劣後ローンとして単純化しました。
営業前提は次のとおり固定します。減価償却費700/年、設備投資800/年、運転資本の増加100/年(キャッシュ・アウト)、法人税率30%。EBITDAはベースケースで年200ずつ増加し、Year1の4,200からYear5の5,000まで伸びます(初年度+5.0%、5年間のCAGRは約4.6%)。
本設例ではキャッシュスイープ(余剰現金による繰上返済)を入れていません。約定弁済のみを行い、残った資金は現金として積み上がる構造です。スイープを組み込む場合の実装はCash Sweepモデルの作り方を参照してください。スイープの有無はIRRとMOICの両方を動かすため、ケース分析では「入れる/入れない」を最初に明示する必要があります。
ベースケース:5年間のキャッシュフローとDebt Paydown
まず損益と債務返済前フリーキャッシュフローを作ります。支払利息は期首残高 × 利率で計算しています(この定義を明示することが、後述するAIの誤りを防ぐ最大のポイントです)。
| 項目(百万円) | Year1 | Year2 | Year3 | Year4 | Year5 |
|---|---|---|---|---|---|
| EBITDA | 4,200 | 4,400 | 4,600 | 4,800 | 5,000 |
| 減価償却費 | △700 | △700 | △700 | △700 | △700 |
| EBIT | 3,500 | 3,700 | 3,900 | 4,100 | 4,300 |
| 支払利息(シニア4.0%・期首残高ベース) | △560 | △520 | △480 | △440 | △400 |
| 支払利息(メザニン7.0%) | △140 | △140 | △140 | △140 | △140 |
| 税引前利益 | 2,800 | 3,040 | 3,280 | 3,520 | 3,760 |
| 法人税(30%) | △840 | △912 | △984 | △1,056 | △1,128 |
| 当期純利益 | 1,960 | 2,128 | 2,296 | 2,464 | 2,632 |
| +減価償却費 | 700 | 700 | 700 | 700 | 700 |
| △設備投資 | △800 | △800 | △800 | △800 | △800 |
| △運転資本の増加 | △100 | △100 | △100 | △100 | △100 |
| FCF(債務返済前) | 1,760 | 1,928 | 2,096 | 2,264 | 2,432 |
検算3:Year3を例に取ると、4,600 − 700 = 3,900(EBIT)、3,900 − 480 − 140 = 3,280(税引前)、3,280 × 30% = 984(税)、3,280 − 984 = 2,296(純利益)、2,296 + 700 − 800 − 100 = 2,096(FCF)。全年度で同じ手順が成り立ちます。
元利返済とDSCR
返済原資(CFADS)はEBITDA − 法人税 − 設備投資 − 運転資本増加で定義します。利息と元本を控除する前の金額です。DSCRは CFADS ÷(元本返済+支払利息)で計算しています。なお、DSCRの分子・分母の定義は融資契約ごとに異なります。契約上の定義についてはLBOローン契約とコベナンツの実務を確認してください。
| 項目(百万円) | Year1 | Year2 | Year3 | Year4 | Year5 |
|---|---|---|---|---|---|
| CFADS(=EBITDA−税−Capex−ΔWC) | 2,460 | 2,588 | 2,716 | 2,844 | 2,972 |
| 支払利息(合計) | 700 | 660 | 620 | 580 | 540 |
| 約定弁済(シニア元本) | 1,000 | 1,000 | 1,000 | 1,000 | 1,000 |
| 元利合計(デットサービス) | 1,700 | 1,660 | 1,620 | 1,580 | 1,540 |
| DSCR | 1.45× | 1.56× | 1.68× | 1.80× | 1.93× |
| 返済後の余剰資金(現金増加額) | 760 | 928 | 1,096 | 1,264 | 1,432 |
検算4:Year1のCFADSは 4,200 − 840 − 800 − 100 = 2,460。DSCRは 2,460 ÷ 1,700 = 1.4471 → 1.45倍。返済後の余剰資金は 2,460 − 1,700 = 760 で、上のFCF表の1,760から元本1,000を引いた値と一致します(1,760 − 1,000 = 760)。2つの経路で同じ数字が出ることが確認できます。ベースケースの最低DSCRは初年度の1.45倍です。
残高推移(期首+増減=期末)
| 項目(百万円) | Year0 | Year1 | Year2 | Year3 | Year4 | Year5 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| シニア期首残高 | - | 14,000 | 13,000 | 12,000 | 11,000 | 10,000 |
| 約定弁済 | - | △1,000 | △1,000 | △1,000 | △1,000 | △1,000 |
| シニア期末残高 | 14,000 | 13,000 | 12,000 | 11,000 | 10,000 | 9,000 |
| メザニン残高(期日一括) | 2,000 | 2,000 | 2,000 | 2,000 | 2,000 | 2,000 |
| 現金期首残高 | - | 0 | 760 | 1,688 | 2,784 | 4,048 |
| 現金増加額 | - | +760 | +928 | +1,096 | +1,264 | +1,432 |
| 現金期末残高 | 0 | 760 | 1,688 | 2,784 | 4,048 | 5,480 |
| 純有利子負債(期末) | 16,000 | 14,240 | 12,312 | 10,216 | 7,952 | 5,520 |
| 純有利子負債/EBITDA | 4.00× | 3.39× | 2.80× | 2.22× | 1.66× | 1.10× |
検算5(期首+増減=期末):シニアはYear3で 12,000 − 1,000 = 11,000。現金はYear3で 1,688 + 1,096 = 2,784。いずれも表の期末残高と一致します。
検算6(累計FCF=純有利子負債の減少額):5年間のFCF合計は 1,760 + 1,928 + 2,096 + 2,264 + 2,432 = 10,480。純有利子負債は 16,000 → 5,520 で、減少額は 10,480。完全に一致します。この一致は、モデル全体の整合性を1行で確認できる最も強力なチェックです。AIに作らせた返済表を受け取ったら、まずこの2つの数字を突き合わせてください。
ベースケースのExitとリターン
Year5末にExit倍率7.0倍(エントリーと同倍率、マルチプル・エクスパンションなし)で売却すると想定します。
- Exit EV = Year5 EBITDA 5,000 × 7.0 = 35,000
- Exit時の純有利子負債 = 9,000 + 2,000 − 5,480 = 5,520
- Exitエクイティ価値 = 35,000 − 5,520 = 29,480
- MOIC = 29,480 ÷ 12,800 = 2.30倍
- IRR = 2.30倍の5年 = 2.303125^(1/5) − 1 = 18.2%
検算7:1.182の5乗は2.303であり、MOIC 2.303倍と整合します。Exit時の売却関連費用はここでは考慮していません(考慮すればエクイティ価値はその分減少します)。
IRRとMOICが逆方向に動く局面:保有期間を変えて確認する
ここが本記事の核心です。同じ案件・同じ営業前提・同じExit倍率でも、保有期間を変えるとIRRとMOICは逆方向に動きます。デットが返済され続ける限りエクイティ価値は積み上がるためMOICは上がりますが、その積み上がりのスピードが年率換算のハードルを下回ると、IRRは下がります。
ベースケースの営業前提を延長し、Year6のEBITDAを5,200、Year7を5,400として同じ返済条件で回すと、次のようになります(シニアは期間7年、年1,000の約定弁済、満期に残額を一括返済という設定です)。
| Exit時期(Exit倍率はいずれも7.0×) | Exit年のEBITDA | Exit EV | 純有利子負債 | Exitエクイティ | MOIC | IRR |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 3年後(Year3末) | 4,600 | 32,200 | 10,216 | 21,984 | 1.72× | 19.8% |
| 5年後(Year5末・ベース) | 5,000 | 35,000 | 5,520 | 29,480 | 2.30× | 18.2% |
| 7年後(Year7末) | 5,400 | 37,800 | 152 | 37,648 | 2.94× | 16.7% |
検算8:Year3末の純有利子負債は 11,000 + 2,000 − 2,784 = 10,216。Exitエクイティは 32,200 − 10,216 = 21,984。MOICは 21,984 ÷ 12,800 = 1.7175 → 1.72倍。IRRは 1.7175^(1/3) − 1 = 19.8%です。Year7末は、Year6の現金増加1,600とYear7の1,768を積み上げて現金8,848、シニア残高7,000となり、純有利子負債は 7,000 + 2,000 − 8,848 = 152。MOICは 37,648 ÷ 12,800 = 2.94倍、IRRは 2.94125^(1/7) − 1 = 16.7%です。
3年Exitと7年Exitを比べると、IRRは19.8%から16.7%へ3.1ポイント下がる一方、MOICは1.72倍から2.94倍へ1.7倍以上に増えるという、完全に逆向きの動きになります。5年Exitはその中間です。
どちらを重視するかの判断軸
「IRRとMOICのどちらが正しいか」という問いには答えがありません。決めるべきは誰に対して何を説明する場面かです。実務では次の順で切り分けます。
- ファンドのハードルレートに対する説明:IRRを主指標にします。LP(出資者)との契約上の優先分配ラインは年率で定義されるのが通例だからです。
- 資金の絶対額に対する説明:MOICを主指標にします。ファンドの残存期間が短い、あるいは案件規模が小さい場合、「率は高いが金額が小さい」案件はファンド全体のリターンにほとんど寄与しません。
- 両者が乖離した場合:原因を分解します。上の表では「保有期間の延長によりエクイティ価値の増加が年率で希薄化したこと」が原因です。原因を特定しないままIRRとMOICを並べても、投資委員会では説明になりません。
実務上の補足を1点。上の7年Exitでは、Year7末に現金が8,848百万円も社内に滞留しています。キャッシュスイープを入れていない設定の帰結であり、現実には余剰資金をシニアの繰上返済に充てるか、配当リキャップで一部を回収します。繰上返済すれば支払利息が減ってMOICは上がり、配当リキャップで早期に資金を回収すればIRRが上がります。保有期間の議論は資金の使い道の議論と切り離せないため、ケース設計では「余剰資金をどう扱うか」を必ず前提として明示してください。
感応度グリッド:エントリー倍率×Exit倍率でIRRを並べる
感応度分析そのものの作り方(データテーブルの実装やケース設計の考え方)は感応度分析・シナリオ分析の作り方で解説しています。ここではLBO特有の点、つまりエントリー倍率を動かすと何が変わり、何が変わらないかを確認します。
本設例では有利子負債の調達額(シニア14,000+メザニン2,000=16,000)を固定しています。したがってエントリー倍率を動かすと、変わるのは投下エクイティの金額だけです。返済スケジュール、支払利息、営業キャッシュフロー、Exit時の純有利子負債はいずれも変わりません。
| エントリー倍率 | エントリーEV | 総資金(EV+費用800) | 有利子負債 | 投下エクイティ |
|---|---|---|---|---|
| 6.0× | 24,000 | 24,800 | 16,000 | 8,800 |
| 6.5× | 26,000 | 26,800 | 16,000 | 10,800 |
| 7.0×(ベース) | 28,000 | 28,800 | 16,000 | 12,800 |
| 7.5× | 30,000 | 30,800 | 16,000 | 14,800 |
| 8.0× | 32,000 | 32,800 | 16,000 | 16,800 |
Exit側は、Year5 EBITDA 5,000にExit倍率を掛けてEVを出し、そこから純有利子負債5,520を差し引いてExitエクイティを求めます。Exit倍率6.0倍なら 30,000 − 5,520 = 24,480、7.0倍なら 35,000 − 5,520 = 29,480、8.0倍なら 40,000 − 5,520 = 34,480です。この2軸を掛け合わせると、25通りのIRRが得られます。
検算9:エントリー6.0倍・Exit8.0倍のセルを確認します。投下エクイティ8,800、Exitエクイティ34,480、MOICは 34,480 ÷ 8,800 = 3.918倍。IRRは 3.918^(1/5) − 1 で、1.314の5乗が3.919となるため31.4%。グリッドの値と一致します。
このグリッドから読み取るべきことは3つです。第一に、対角線(エントリー=Exitの同倍率)を上から下へ辿ると22.7%→20.1%→18.2%→16.7%→15.5%と単調に下がります。同じ倍率で買って同じ倍率で売っても、高く買えばリターンは下がります。負債額を固定した以上、エントリー価格の上昇は全額エクイティで負担するためです。第二に、横方向の1段階(Exit倍率+0.5倍)の影響は、縦方向の1段階(エントリー倍率+0.5倍)の影響よりおおむね小さくなっています。第三に、7.5倍以上で買った場合、Exit倍率が7.0倍以下に留まるとIRRは15%を割ります。「いくらまでなら払えるか」の上限は、このグリッドの色が変わる位置で決まります。
ダウンサイドケース:売上減からコベナンツ抵触までの連鎖
ダウンサイドケースの設計思想(何を「本物の悲観」とするか、どこまで悪くするか)はダウンサイドケースの設計で扱っています。ここでは連鎖を数値で追い、最低DSCRがどこで発生し、どのコベナンツに何年抵触するかを特定する作業に集中します。
ダウンサイドの前提は「主要顧客の内製化により初年度の売上が減少し、固定費の吸収も悪化してEBITDAが4,200→3,200へ1,000落ちる。以後は緩やかに回復する」というものです。EBITDAはYear1から順に3,200/3,300/3,500/3,700/3,900とします。設備投資と運転資本の前提はベースケースと同一に固定し、EBITDAだけを動かして連鎖を可視化します。
| 項目(百万円) | Year1 | Year2 | Year3 | Year4 | Year5 |
|---|---|---|---|---|---|
| EBITDA | 3,200 | 3,300 | 3,500 | 3,700 | 3,900 |
| 支払利息(合計) | 700 | 660 | 620 | 580 | 540 |
| 税引前利益 | 1,800 | 1,940 | 2,180 | 2,420 | 2,660 |
| 法人税(30%) | 540 | 582 | 654 | 726 | 798 |
| CFADS | 1,760 | 1,818 | 1,946 | 2,074 | 2,202 |
| 元利合計(デットサービス) | 1,700 | 1,660 | 1,620 | 1,580 | 1,540 |
| DSCR(下限コベナンツ1.20×) | 1.04× | 1.10× | 1.20× | 1.31× | 1.43× |
| 現金期末残高 | 60 | 218 | 544 | 1,038 | 1,700 |
| 純有利子負債(期末) | 14,940 | 13,782 | 12,456 | 10,962 | 9,300 |
| 純有利子負債/EBITDA | 4.67× | 4.18× | 3.56× | 2.96× | 2.38× |
| レバレッジ上限コベナンツ | 4.25× | 3.75× | 3.25× | 2.75× | 2.25× |
検算10:Year1は 3,200 − 700(減価償却)− 700(利息)= 1,800(税引前)、税540、CFADSは 3,200 − 540 − 800 − 100 = 1,760。DSCRは 1,760 ÷ 1,700 = 1.0353 → 1.04倍で、これがダウンサイドケースの最低DSCRです。現金増加は 1,760 − 1,700 = 60。純有利子負債は 13,000 + 2,000 − 60 = 14,940、レバレッジは 14,940 ÷ 3,200 = 4.67倍となります。
連鎖を言葉にすると、次のとおりです。EBITDAが1,000減る→ 法人税が300減るため CFADSは700減る(2,460→1,760)→ 元利返済1,700は契約上固定なので DSCRが1.45倍から1.04倍へ落ちる→ 下限1.20倍を割り込み抵触 → 同時に分母のEBITDAが縮むため レバレッジ倍率が4.67倍に跳ね上がり、上限4.25倍にも抵触。EBITDAの減少額1,000に対して、返済余力の減少は700です。この「税効果によって減少幅が7割に圧縮される」点を押さえておくと、暗算でダウンサイドの当たりが付けられます。
抵触年度を整理すると、DSCRコベナンツはYear1とYear2で抵触(Year3は1.2012倍でぎりぎり充足)、レバレッジ・コベナンツはYear1からYear5まで5期連続で抵触します。ダウンサイドケースで見るべきは「Exit時のIRRがいくらか」よりも先に、途中でレンダーとの再交渉が発生するかどうかです。抵触すれば期限の利益喪失事由となりうるため、ウェーバー取得、コベナンツの水準見直し(アメンド)、スポンサーによる追加出資(エクイティキュア)といった対応が必要になります。この局面の実務は日本のLBOローン実務で扱っています。
ダウンサイドのExitは、業績悪化に伴いExit倍率も6.5倍へ圧縮されると想定します。Exit EVは 3,900 × 6.5 = 25,350、純有利子負債9,300を差し引いてExitエクイティは16,050。MOICは 16,050 ÷ 12,800 = 1.25倍、IRRは 1.2539^(1/5) − 1 = 4.6%です。元本は毀損しないものの、5年拘束して年率4.6%では投資委員会を通りません。
実務成果物:ケース別サマリ
以上をまとめると、投資委員会に出す1枚のサマリは次の形になります。この表が本記事の実務成果物です。
| ケース | Year5 EBITDA | Exit倍率 | Exit EV | Exit純有利子負債 | Exitエクイティ | MOIC | IRR | 最低DSCR | コベナンツ |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| アップサイド | 6,000 | 7.5× | 45,000 | 3,420 | 41,580 | 3.25× | 26.6% | 1.53× | 抵触なし |
| ベース | 5,000 | 7.0× | 35,000 | 5,520 | 29,480 | 2.30× | 18.2% | 1.45× | 抵触なし |
| ダウンサイド | 3,900 | 6.5× | 25,350 | 9,300 | 16,050 | 1.25× | 4.6% | 1.04× | DSCR:Y1〜Y2抵触 レバレッジ:Y1〜Y5抵触 |
検算11(アップサイド):EBITDAをYear1から4,400/4,800/5,200/5,600/6,000とすると、CFADSは順に 2,600/2,868/3,136/3,404/3,672、返済後余剰は 900/1,208/1,516/1,824/2,132で、5年後の現金は7,580。純有利子負債は 9,000 + 2,000 − 7,580 = 3,420。Exitエクイティは 45,000 − 3,420 = 41,580、MOICは 41,580 ÷ 12,800 = 3.2484 → 3.25倍、IRRは26.6%です。最低DSCRは初年度の 2,600 ÷ 1,700 = 1.53倍。
検算12(全ケース共通):どのケースでも「5年間の現金増加額の合計 + 元本返済額5,000 = 純有利子負債の減少額」が成立します。ベースは 5,480 + 5,000 = 10,480(16,000 − 5,520 = 10,480)、アップサイドは 7,580 + 5,000 = 12,580(16,000 − 3,420 = 12,580)、ダウンサイドは 1,700 + 5,000 = 6,700(16,000 − 9,300 = 6,700)。3ケースすべて一致します。
AIに任せられること/任せられないこと
ここまでの作業を工程別に切り分けると、次のようになります。境界は「数値の正しさを最終的に誰が保証するか」ではなく、その判断が市場・交渉・相手方の意思に依存するかどうかで引きます。
| 作業 | AIに任せてよい範囲 | 人が決める理由 |
|---|---|---|
| 返済スケジュールの作成 | 条件を全部与えたうえでの表の下書き・計算式の提示 | 計算そのものは機械的。ただし利息の計算基準(期首・期中平均・期末)は人が指定する |
| 感応度グリッドの生成 | 2軸の値を振ってIRR・MOICを埋める作業 | 振り幅の設定(どこからどこまで動かすか)は市場の実勢知識が必要 |
| 感応度の説明文 | 「どの変数が効いているか」を数値から言語化した下書き | 下書きの事実誤りを潰し、投資委員会向けの主張に整える |
| ダウンサイドの論点出し | 起こりうる悪化シナリオの候補列挙(顧客離反・原材料高・為替など) | どれを採用し、どの深さで置くかは案件固有の事実に依存する |
| 資本構成の妥当性 | ×(任せない) | レバレッジ4.0倍が「通る」かは、対象会社の業種・キャッシュフローの安定性・レンダーの与信方針で決まる |
| レンダーの受容可能性 | ×(任せない) | コベナンツ水準・ヘッドルーム・スイープ比率は個別交渉の結果であり、一般論から演繹できない |
| Exit倍率の実現性 | ×(任せない) | 5年後の買い手の存在と支払能力の判断。過去の類似取引はAIが列挙できるが、採否は人の判断 |
そのまま使えるプロンプト
プロンプト設計の一般論は繰り返しません。ここではLBOのケース分析に特化した完成形を2本示します。いずれも特定のAI製品に依存しない汎用の書き方です。
プロンプト1:返済スケジュールとケース別サマリの下書き
あなたはPEファンドのアソシエイトです。以下の条件でLBOのケース分析表を作成してください。
【目的】投資委員会向けのケース別サマリ(IRR/MOIC/最低DSCR/Exit倍率)の下書きを作る。
【単位】すべて百万円。小数は使わず整数で出力する。倍率は小数第2位、IRRは小数第1位まで。
【対象期間】Year1〜Year5の5期。Year0はクロージング時点。
【エントリー条件】
- Year0のEBITDA:4,000/エントリー倍率:EV/EBITDA 7.0倍/EV:28,000
- 調達:シニアローン14,000(金利4.0%・年1,000の約定弁済)、メザニン2,000(金利7.0%・期日一括)、エクイティ12,800
- 使途:株式取得対価22,000、既存借入返済6,000、取引関連費用800
- 期首現金:0/リボルビング枠:使用しない/キャッシュスイープ:なし(約定弁済のみ)
【営業前提(3ケース)】
- ベース:EBITDA 4,200/4,400/4,600/4,800/5,000
- アップサイド:4,400/4,800/5,200/5,600/6,000
- ダウンサイド:3,200/3,300/3,500/3,700/3,900
- 全ケース共通:減価償却費700、設備投資800、運転資本増加100、法人税率30%(各年一定)
【計算方法(この定義以外を使わない)】
1. 支払利息=各年の「期首残高」×利率。期中平均や期末残高は使わないこと。
2. 税引前利益=EBITDA−減価償却費−支払利息合計。法人税=税引前利益×30%。
3. FCF(債務返済前)=当期純利益+減価償却費−設備投資−運転資本増加。
4. CFADS=EBITDA−法人税−設備投資−運転資本増加。
5. DSCR=CFADS÷(約定弁済+支払利息合計)。
6. 純有利子負債=シニア期末残高+メザニン残高−現金期末残高。
7. Exit EV=Year5のEBITDA×Exit倍率(ベース7.0倍/アップ7.5倍/ダウン6.5倍)。
8. Exitエクイティ=Exit EV−Exit時純有利子負債。MOIC=Exitエクイティ÷12,800。
9. IRR=MOICの5乗根−1(期中のキャッシュ・インアウトはないものとする)。
【出力形式】
表A:ケース別の年次表(EBITDA/支払利息/税引前利益/法人税/CFADS/元利合計/DSCR/現金期末残高/純有利子負債/レバレッジ倍率)
表B:ケース別サマリ(Year5 EBITDA/Exit倍率/Exit EV/Exit純有利子負債/Exitエクイティ/MOIC/IRR/最低DSCR)
表C:検算結果(下記【検算】の3項目それぞれについて、左辺と右辺の数値と一致の可否)
【検算】
- 各年について「シニア期首残高−約定弁済=シニア期末残高」
- 各年について「現金期首残高+(CFADS−元利合計)=現金期末残高」
- 各ケースについて「5年間の現金増加額合計+元本返済額合計=純有利子負債の減少額」
【禁止事項】
- 与えた前提以外の数値を追加しない。業界平均・一般的な水準などを持ち込まない。
- 前提の妥当性についての評価・推奨は書かない(判断は人が行う)。
- 計算過程を省略しない。表の各セルの根拠となる式を1つずつ示す。
- 不明な点は「不明」と明記する。推測で数値を埋めない。
- 検算が一致しない場合は、無理に辻褄を合わせず「不一致:(項目名)」と報告する。プロンプト2:感応度グリッドの読み筋を書かせる
あなたはPEファンドのアソシエイトです。以下の感応度グリッドについて、投資委員会向けの説明文の下書きを作成してください。
【入力】エントリー倍率(縦・6.0〜8.0倍)×Exit倍率(横・6.0〜8.0倍)の5×5グリッド。値は5年保有時のIRR(%)。
(ここにグリッドの数値を貼り付ける)
【固定条件】有利子負債の調達額16,000は全セルで固定。したがってエントリー倍率の変化は投下エクイティの金額のみを動かす。Exit時の純有利子負債は5,520で全セル共通。Year5のEBITDAは5,000。
【出力形式】以下の4項目を、各項目3〜5文で。合計600〜800字。
1. 対角線(エントリー倍率=Exit倍率)を辿ったときのIRRの動きと、その理由
2. 縦方向1段階(エントリー+0.5倍)と横方向1段階(Exit+0.5倍)のIRR変化幅の比較(具体的な数値を引用すること)
3. IRR15%を下回るセルの範囲と、その境界がエントリー価格の上限について示唆すること
4. このグリッドから読み取れないこと(グリッドが前提として固定している事項)
【書き方の指定】
- グリッドに記載された数値だけを根拠にする。グリッド外の数値を持ち込まない。
- 数値を引用するときは必ず「エントリー7.0倍・Exit6.5倍のセルの16.1%」のようにセルを特定する。
- 「魅力的」「良好」などの評価語を使わず、事実と因果関係だけを書く。
- 投資判断・推奨は書かない。
- 前提として与えられていない事項(金利の変動、追加投資、配当リキャップ等)には言及しない。ただし項目4では「グリッドが固定している前提」として列挙してよい。
- 不明な点は「不明」と書く。出力例(プロンプト2の項目2に相当する部分)
エントリー7.0倍・Exit7.0倍のセルは18.2%です。ここからエントリー倍率のみを0.5倍上げてエントリー7.5倍・Exit7.0倍とすると14.8%となり、3.4ポイント低下します。一方、Exit倍率のみを0.5倍上げてエントリー7.0倍・Exit7.5倍とすると20.1%となり、1.9ポイントの上昇です。同じ0.5倍の変化でも、エントリー側の影響が横方向のおよそ1.8倍あります。理由は、有利子負債の調達額が16,000に固定されているため、エントリー価格の上昇分が全額そのまま投下エクイティの増加になる一方、Exit価格の上昇分は既に大きくなったエクイティ価値に対する追加分にとどまるためです。この出力例の数値(18.2%/14.8%/20.1%/3.4ポイント/1.9ポイント)は、いずれも本記事のグリッドから直接読み取れます。AIの出力を受け取ったら、引用されている数値がすべてグリッド上に実在するかを1つずつ照合してください。存在しないセルの値を作り出す誤りは、この種のタスクで最も起きやすい失敗です。
LBOケース分析におけるAI出力の検証方法
生成AI一般の検証手順(出典の実在確認から論理整合まで)は生成AI出力の検証手順にまとめています。ここではLBOのケース分析に固有の検証項目だけを挙げます。上から順に、1つでも落ちたらその出力は使いません。
- 調達=使途の一致:Sources合計とUses合計が完全に一致するか。
- 期首残高+増減=期末残高:シニア・メザニン・現金のすべてについて、全年度で成立するか。
- 累計FCF=純有利子負債の減少額:本記事の検算6・12の形です。この1本が通れば、損益・キャッシュフロー・残高の3つが整合していることを確認できます。
- 支払利息の計算基準の一致:指定した基準(期首/期中平均/期末)が全年度で守られているか。年ごとの利息額の差分を取れば、基準が途中で変わっていないかが分かります。
- DSCRの分子・分母の定義の一致:CFADSに利息が含まれていないか、元本に期限前弁済が混ざっていないか。
- Exit時の純有利子負債の基準日:Exit EVの算定に使ったEBITDAの期間と、純有利子負債の測定時点が同じか。
- MOICの分母:投下エクイティが取引関連費用込みの金額(本設例では12,800)で全ケース統一されているか。
- IRRの逆算:出てきたIRRを (1+IRR) の保有年数乗に戻してMOICと一致するか。ベースケースなら 1.182 の5乗が2.303になるか。
- 感応度グリッドの単調性:Exit倍率を上げてIRRが下がるセル、エントリー倍率を上げてIRRが上がるセルがないか。破れていれば計算エラーです。
- ケース間の符号の一貫性:ダウンサイドの全指標がベースより悪く、アップサイドの全指標がベースより良いか。逆転があれば前提の置き方か参照先に誤りがあります。
AIがLBOで誤りやすい5つの計算
実務で繰り返し観察される誤りは、おおむね次の5つに集約されます。いずれも「もっともらしく見える」ため、指摘されるまで気づきにくいのが特徴です。
- 金利計算の期中平均・期首・期末の混同:本設例で期首残高基準の5年間の支払利息(シニア)は 560+520+480+440+400 = 2,400です。同じ条件で期末残高基準にすると 520+480+440+400+360 = 2,200となり、200の差が出ます。税引後では140の差となり、Exitエクイティは29,480から29,620へ、IRRは18.2%から18.3%へ動きます。単年で見れば小さくても、DSCRの初年度判定では期首基準の 2,460 ÷ 1,700 = 1.45倍に対し、期末基準では利息が20減って課税所得が増えるため 2,454 ÷ 1,680 = 1.46倍となり、コベナンツ判定の境界付近では結論が変わりえます。プロンプトで基準を明示指定するのが唯一の対策です。
- リボルバーの循環参照:リボルビング枠の利息は残高に依存し、残高は資金不足額(=利息控除後)に依存するため循環参照になります。AIは表計算ソフトの反復計算設定を前提にした式を出すことがあり、そのまま貼ると壊れます。回避策は、リボルバーを使う年について手作業で1年分を解いてから残りをAIに展開させることです。本設例はリボルバーを使わない設計でこの問題を回避しています。
- 税効果の扱い:繰越欠損金の使用、支払利息の損金算入の制限、のれん相当額の税務上の扱いは日本と米国で制度が異なりますが、AIは米国の制度をそのまま日本の設例に当てはめることがあります。日本にも過大支払利息税制がありますが、対象や基準は米国のルールと同一ではありません。適用の有無と計算方法は税務専門家に確認してください。本設例は単純化のため法人税を税引前利益の30%で一律計算しています。
- Exit時の純有利子負債の基準日:Exit EVはLTM(直近12か月)のEBITDAに倍率を掛けて求めるのが通例ですが、そこから差し引く純有利子負債はクロージング日時点の残高です。AIはEBITDAの期間と残高の測定時点を揃えずに計算しがちで、1期分ずれると本設例では純有利子負債が5,520と7,952で2,432も違い、IRRは18.2%と16.7%相当まで動きます。時点を明示的に固定してください。
- MOICの分母の取り違え:投下エクイティを取引関連費用込みの12,800とするか、株式取得対価だけの12,000とするかで結果が変わります。29,480 ÷ 12,800 = 2.30倍(IRR 18.2%)に対し、29,480 ÷ 12,000 = 2.46倍(IRR 19.7%)。1.5ポイントの差です。AIは指定がなければ都合のよい方を選びます。分母の定義を必ず与えてください。
日本企業・日本市場での留意点
LBOモデリングの教材の多くは米国市場を前提にしています。日本の案件でそのまま使うと合わない点があるため、ケース設計の段階で調整が必要です。
- レンダー構成が異なります。米国の大型LBOではターム・ローンB(機関投資家向け・元本返済が最小限で満期一括に近い構造)とハイイールド債が中心です。日本では銀行のシンジケート団が中心で、ターム・ローンA/Bの区分でいえばAタイプ(分割弁済型)が主流です。本設例で年1,000の約定弁済を置いたのはこの構造に合わせたためで、米国のTLB前提のモデルを流用すると返済スケジュールが実勢と乖離します。
- コベナンツの厚みが異なります。米国の大型案件では財務制限条項を大幅に緩めたコベナンツ・ライトが広く見られますが、日本のLBOローンでは純有利子負債/EBITDA、DSCR、純資産維持などの財務コベナンツが付されるのが一般的です。ダウンサイドケースでは、Exit時のリターンより先に「途中で抵触するか」を確認します。
- エクイティ比率が高めになる傾向があります。本設例の44.4%は米国の教材で見る30%前後より高い水準です。レバレッジが抑えられる分、IRRは負債の梃子よりEBITDAの成長とマルチプルに依存します。感応度グリッドで縦方向(エントリー価格)の影響が大きく出るのは、この構造の帰結でもあります。
- 金利環境の前提を固定しないでください。本設例は金利4.0%固定で計算していますが、実務のシニアローンは変動金利(基準金利+スプレッド)が通例です。基準金利が1ポイント上がれば、シニア14,000に対して初年度の利息は140増えて元利合計は1,840となり、法人税が42減る効果を織り込んでもDSCRは 2,502 ÷ 1,840 = 1.36倍へ低下します(ベースは1.45倍)。金利は必ず感応度の軸の候補に入れてください。国内の金利水準は日本銀行が公表する統計で確認できます。
機密情報・個人情報の注意
LBOのケース分析で扱うのは、対象会社の非公開の財務情報、想定買収価格、資本構成の交渉状況といった、案件の中でも最も機微な情報です。どのAIサービスに何を入力してよいかは、必ず所属組織の規程と当該サービスの契約形態を確認してから判断してください。判断の枠組みは生成AIに入れてよい情報・いけない情報で解説しています。実務的な回避策として、対象会社名・所在地・取引先名を伏せ、金額を一定倍率でスケールした匿名データで検算だけをAIに行わせる方法があります。ただし業種と規模が特定できる情報の組み合わせ自体が機密になりうる点には注意が必要です。
よくある失敗
- ケースの本数だけ増やして、前提の対応関係を管理しない。EBITDAだけを落としてExit倍率を据え置いたダウンサイドは、悲観として不十分です。業績が悪化すればExit倍率も圧縮されるのが通常で、連動させないと「ダウンサイドでもIRR12%」という実態のない安心材料ができます。
- 感応度グリッドの軸を、動かしても意味のない変数で作る。本設例は有利子負債額を固定しているため、エントリー倍率の変化は投下エクイティだけに効きます。「エントリー倍率を上げても同じレバレッジ倍率を維持する」設計なら負債額も同時に動かす必要があり、グリッドの意味が変わります。軸を決めるとき、その軸が何を固定しているかを先に書き出してください。
- 最低DSCRを年度平均で見てしまう。コベナンツは各測定日で判定されるため、平均が1.30倍でも初年度が1.04倍なら抵触します。サマリに載せるのは平均ではなく最低値とその発生年度です。
- AIが出した説明文の数値を照合せずに転記する。読み筋は文章として自然でも、引用されたセルの値が実在しないことがあります。文章中の数値をグリッド上で指差し確認する運用を例外なく回してください。
- IRRとMOICを並べただけで、乖離の理由を書かない。投資委員会で問われるのは「なぜ2つが違う方向を向いているのか」です。保有期間・キャッシュスイープの有無・Exit倍率の前提のどれが効いているのかを1文で言えないまま提出すると、議論が進みません。
実務チェックリスト
- 単位を百万円などに統一し、表の見出しに明記した
- 調達合計=使途合計が一致することを確認した
- エントリーEV=株式取得対価+既存純有利子負債が、エントリー倍率と整合することを確認した
- 支払利息の計算基準(期首/期中平均/期末)を明文化し、全年度で統一した
- キャッシュスイープの有無と、余剰資金の使途(現金留保・繰上返済・配当)を前提として明記した
- シニア・メザニン・現金のそれぞれで「期首+増減=期末」を全年度で確認した
- 累計FCFと純有利子負債の減少額が一致することを、全ケースで確認した
- DSCRの分子(CFADS)と分母(元本+利息)の定義を、融資契約の定義と突き合わせた
- ケース別サマリに平均ではなく最低DSCRとその発生年度を記載し、各コベナンツの抵触有無を年度ごとに判定した
- Exit EVの算定に使ったEBITDAの期間と、純有利子負債の測定時点を揃えた
- MOICの分母(投下エクイティ)の定義を1つに固定し、全ケースで統一した
- IRRを (1+IRR) の保有年数乗に戻してMOICと一致することを確認した
- 感応度グリッドの単調性(縦横それぞれの方向)を目視で確認した
- AIが生成した説明文の数値を、すべて元の表・グリッド上で照合した
- 入力した情報が所属組織の規程と利用するAIサービスの契約形態に照らして問題ないことを確認した
面接での答え方(30秒回答例)
PEファンドの面接では、ペーパーLBOを解かせたうえで「この案件のリターンはどこから来ているか」と追加で問われることがよくあります。数字を出すだけでなく、分解して説明できるかが見られています。
想定質問:「このLBOのリターンドライバーを説明してください」
回答例:「投下エクイティ12,800が5年でExitエクイティ29,480になり、MOIC 2.30倍、IRR 18.2%です。増分16,680のうち、EBITDAの成長によるEV増加が7,000(4,000から5,000への増加分1,000に倍率7.0倍を掛けた分)、デットの返済と現金の積み上がりによる純有利子負債の減少が10,480で、マルチプル・エクスパンションはゼロという前提です。合計17,480から取引関連費用800を差し引いて16,680となります。つまりこの案件のリターンは、価格の上振れではなくキャッシュフローによるDebt Paydownが主因で、Exit倍率が0.5倍縮むだけでIRRは18.2%から16.1%へ落ちます。」
検算:7,000 + 10,480 = 17,480、17,480 − 800 = 16,680、12,800 + 16,680 = 29,480。Exitエクイティと一致します。ペーパーLBOそのものの解き方はペーパーLBOの解き方で扱っています。
よくある質問(FAQ)
感応度グリッドは何軸で作るのが正解ですか。
正解の組み合わせはありません。決め方は「意思決定で争点になっている2つを選ぶ」です。価格交渉の局面ならエントリー倍率×Exit倍率、事業計画の蓋然性が争点ならEBITDA成長率×Exit倍率、資金調達条件が争点ならレバレッジ倍率×金利になります。ただし1枚のグリッドで固定している前提は必ず脚注に書いてください。本記事のグリッドは有利子負債額16,000とExit時の純有利子負債5,520を固定しています。
AIにIRRを計算させても大丈夫ですか。
期中のキャッシュフローがない単純な形(投下額とExit額の2点のみ)であれば、MOICの保有年数乗根として検算できるため、実務上は使えます。ただし配当リキャップ・追加出資・複数回の部分Exitが入ると、キャッシュフローの時点と符号を1つ間違えるだけで結果が大きく変わります。その場合は表計算ソフトの関数で計算し、AIには「入力したキャッシュフローの時点と符号が正しいか」の点検だけをさせるのが安全です。
ダウンサイドケースはどこまで悪くすればよいですか。
「元本が毀損するかどうか」ではなく、「コベナンツに抵触するかどうか」を先に見てください。本記事のダウンサイドはMOIC 1.25倍で元本は残りますが、レバレッジ・コベナンツには5期連続で抵触します。抵触すればレンダーとの再交渉が発生し、追加出資や条件悪化の可能性が生じます。投資委員会で問われるのはこの経路のリスクであり、Exit時のIRRだけを見ていると論点を落とします。
まとめ
LBOのケース分析でAIが効くのは、「ケースを何十通りも回す」ことと「出てきた結果を言葉にする」ことの2つです。前提条件と計算方法を数式レベルまで書き切ったプロンプトを与えれば、返済表とケース別サマリの下書きは短時間で得られます。
ただし、その出力をそのまま使ってはいけません。調達=使途、期首+増減=期末、累計FCF=純有利子負債の減少額という3本の検算を通し、支払利息の計算基準・DSCRの定義・Exit時の純有利子負債の基準日・MOICの分母という4つの定義が全ケースで統一されていることを確認して、はじめて資料に載せられます。
そして、資本構成が妥当か、レンダーがそのレバレッジを受け入れるか、想定したExit倍率が5年後に実現するかは、モデルの外にある問題です。ここを人が引き受け、それ以外をAIに回させる。この線引きができているかどうかが、AIを使ったケース分析が実務で通用するかの分かれ目になります。
出典・参考(2026-08-03確認)
- 国税庁 タックスアンサー No.5759「法人税の税率」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/hojin/5759.htm (本記事は単純化のため実効税率30%を仮置きしています)
- 金融庁 EDINET(有価証券報告書等の開示書類閲覧) https://disclosure2.edinet-fsa.go.jp/ (対象会社の財務数値の一次情報を確認する際の入口)
- 日本銀行 統計(貸出・金利関連統計) https://www.boj.or.jp/statistics/index.htm (国内の金利水準を確認する際の一次情報)
- Breaking Into Wall Street, LBO Model https://breakingintowallstreet.com/biws/lbo-model/ (LBOモデリングで扱われる論点の参照元。本記事は日本のLBOローン実務に合わせて独自に再構成しています)
- Wall Street Prep, LBO Model https://www.wallstreetprep.com/knowledge/lbo-model/ (同上)
- 設例「三州フードパック株式会社」および案件条件・数値はすべて本記事のために作成した仮設例であり、実在の企業・案件とは関係ありません。
※本記事は教育目的の一般的な解説であり、法務・税務・会計・投資に関する助言ではありません。実際の判断は専門家にご確認ください。設例は理解のための仮設例です。AI製品の仕様・料金は変更されることがあるため、利用前に各社の公式情報をご確認ください。