この​記事で​分かる​こと

  • APV(調整現在価値)法は、企業価値を「アンレバード価値」と「節税効果の現在価値」に分けて計算する評価手法であること
  • WACC法とAPV法は、目標資本構成が一定で計算の前提が整合していれば理論上一致すること(設例で検算)
  • 節税効果の割引率をKu(アンレバード資本コスト)にするかKd(負債コスト)にするかという、Myers(1974)以来の論点の中身
  • 資本構成が大きく変わるLBO・事業再生でAPV法が有効な理由と、単一WACCを使い続けた場合の評価額のずれの大きさ

結論:APV法は​「事業の価値」と​「借金の節税効果」を​分けて​足し合わせる​手法

APV(Adjusted Present Value、調整現在価値)法とは、企業価値を(1)負債がまったくないと仮定した場合の事業価値(アンレバード価値)と、(2)借入によって生じる法人税の節税効果の現在価値、の2つに分解して合計する評価手法です。WACC法のように単一の割引率にレバレッジの効果をあらかじめ織り込むのではなく、事業のリスクと財務(資本構成)の効果を別々の計算式で扱う点が最大の特徴です。

目標とする資本構成が期間を通じてほぼ一定であれば、APV法とWACC法は理論上ほぼ同じ企業価値に行き着きます。一方で、LBOや事業再生のように有利子負債の残高が数年で大きく変わる案件では、期間中ずっと同じWACCを使うこと自体が前提として無理があり、APV法の方が評価の精度を保ちやすくなります。以下、分解の仕組み・WACC法との理論的な関係・割引率の選び方・使い分けの4点を、具体的な数値で確認していきます。

APV法の​基本構造:アンレバード​価値+節税効果の​現在価値

APV法の考え方を最初に提示したのはMyers(1974)の論文で、負債による資金調達の意思決定と投資の意思決定を分けて評価する枠組みとして提案されました。式で表すと次のとおりです。

式:APV = VU + PV(TS)
APV:調整現在価値(企業価値)/ VU:アンレバード価値(負債ゼロと仮定した場合の事業価値)/ PV(TS):節税効果(Tax Shield)の現在価値

VUは、DCF法と同じ考え方で、事業から生み出されるFCFF​(アンレバードFCF)をKu(アンレバード資本コスト、負債ゼロを前提とした事業の資本コスト)で割り引いて求めます。

式:VU = FCFF₁ ÷ (Ku − g)
FCFF₁:翌期のアンレバードFCF/ Ku:アンレバード資本コスト/ g:永久成長率(1期のみの単純な永久成長モデルの場合)

もう一方のPV(TS)は、各期に生じる支払利息のうち法人税を減らす効果(節税額=実効税率×支払利息)を、適切な割引率で現在価値化したものです。この「適切な割引率」をどう選ぶかが、APV法の実務上いちばん議論になる論点で、後述のs4で扱います。

この分解の利点は、事業そのものの価値(VU)と、資金調達方法によって生まれる価値(PV(TS))を切り離して見られることです。資本構成を変える意思決定(増配・自社株買い・借換え・LBOでの追加借入など)の影響を、事業計画を作り直さずに節税効果の項目だけ再計算して評価に反映できます。

Myers(1974)の原論文では、APV法で足し合わせる対象は節税効果に限定されていません。政府系金融機関による低利融資、社債の発行手数料、為替や金利のヘッジコストなど、資金調達に付随して生じるプラス・マイナスの価値(Financing Side Effects)を、同じようにVUへ加減算できる枠組みとして提示されています。本記事では実務で最も頻度の高い金利の節税効果に絞って扱いますが、APV法の本質は「事業価値」と「資金調達に伴う副次的な価値」を分けて足し合わせる考え方そのものにあります。

WACC​法との​理論的関係:一致する​条件を​設例で​確認する

WACC​(加重平均資本コスト)法は、株主資本コストKeと負債コストKd(税引後)を資本構成の比率で加重平均し、その1つの割引率でアンレバードFCFを割り引いて企業価値を求める方法です。節税効果は、Kdに(1−実効税率)を掛ける形で、WACCの式の中にすでに織り込まれています。

この織り込み方が成立するのは、負債が事業価値(企業価値)に対して一定の比率で維持される、つまり目標資本構成が変わらないという前提のもとです。負債が企業価値に比例して増減する場合、節税効果の受け取りやすさ(リスク)は事業そのものと同程度になるため、節税効果をKu(アンレバード資本コスト)で割り引くという考え方が成り立ちます。この前提のもとでWACCとAPVが一致することを示したのが、Harris and Pringle(1985)およびMiles and Ezzell(1980)の研究です。

以下は説明用の仮設例です。単位は百万円とし、金額は四捨五入して表示しています。実効税率は財務省が公表する法人実効税率のうち、2018年度(平成30年度)以降適用されている29.74%(資本金1億円超の法人、標準税率ベース、東京都の場合)を用いています。

前提・計算項目数値
Ku(アンレバード資本コスト)9.0%
Kd(負債コスト、税引前)4.0%
T(実効税率)29.74%
D/V(目標資本構成)30%
g(永久成長率)1.5%
FCFF₁(翌期アンレバードFCF)1,000
VU=FCFF₁÷(Ku−g)13,333.3
WACC=Ku−T×Kd×(D/V)8.643%
V(WACC法)=FCFF₁÷(WACC−g)13,999.5
PV(TS)(節税効果の現在価値、Ku割引)666.2
APV=VU+PV(TS)13,999.5

ここで使ったWACCの式(Ku−T×Kd×D/V)は、節税効果をKuで割り引くという前提と整合するように導いた式で、Harris and Pringle(1985)が示した関係式にあたります。この式でWACCを計算すると、V(WACC法)とAPV(=VU+PV(TS))はぴったり一致します(差はゼロ)。

図1:APV法とWACC法の一致(目標資本構成が一定のケース) APV法 VU(アンレバード価値) 13,333.3 節税効果PV 666.2 WACC法 V(WACC法)=APV=13,999.5 Ku=9.0% Kd=4.0% T=29.74% D/V=30% g=1.5%(設例)
図:設例に​おける、​APV法の​内訳​(VU+節税効果PV)と​WACC法の​評価額の​一致。​単位は​百万円。

なお、実務でよく使われるCAPMベースのKe算定式(Ku+(Ku−Kd)×(D/E)×(1−T)、いわゆるHamada式)でKeを求め、通常のWACC式(Ke×E/V+Kd×(1−T)×D/V)で計算すると、この設例ではWACCは8.197%、企業価値は14,932.0となり、上記のAPV値とは一致しません。これはKe算定式が節税効果のリスクについて別の暗黙の前提を置いているためで、「WACC法」と一口に言っても内部の式によって前提が異なることに注意が必要です。本記事のAPV法との突き合わせでは、節税効果をKuで割り引くという前提と整合するWACC式(Harris and Pringle型)を使っています。

節税効果の​割引率を​Kuに​するか​Kdに​するか:Myers​(1974)と​Miles and Ezzell​(1980)の​立場の​違い

APV法を使う際に必ず出てくる論点が、金利の​タックスシールド(節税効果)をどの割引率で現在価値化するかです。代表的な立場は2つに分かれます。

Myers(1974)の立場(Kdで割引く):将来の負債残高が金額ベースであらかじめ決まっている場合、そこから生じる節税額も負債と同程度に確実性が高いと考え、負債コストKdで割り引きます。返済​スケジュールが契約で固定されているLBOのタームローンのような負債に向いた考え方です。

Miles and Ezzell(1980)/Harris and Pringle(1985)の立場(Kuで割引く):負債が企業価値の一定比率になるよう毎期見直される(リバランスされる)場合、節税額は企業価値の変動と一緒に動くため、事業リスクと同程度のKuで割り引く方が整合的と考えます。上記s3の設例はこちらの前提です。

実務上の使い分けの目安は、「負債の金額が計画期間を通じてほぼ確定しているか」です。LBOの元本均等返済・キャッシュスイープ付きタームローンのように、返済額が契約や事業計画で先に決まっている負債はMyers流のKd割引が実態に近く、事業会社が目標レバレッジ比率を維持し続ける前提の一般的なDCF評価ではMiles and Ezzell/Harris and Pringle流のKu割引(あるいはそれに近いWACC式)が実務でよく使われます。次のs5では、負債が金額ベースで確定しているLBO型のケースを設例で扱います。

APV法が​有効な​場面:資本構成が​大きく​変わる​LBO・​事業再生

WACC法は「期間を通じて資本構成(D/V)がほぼ一定」という前提のうえに成り立っています。ところが事業再生局面やLBOでは、有利子負債は買収時点で一気に積み上がり、その後の数年でキャッシュフローによって急速に返済されるのが通常です。つまりD/Vが期を追うごとに大きく低下していきます。この状況で一つの一定WACCを使い続けると、評価額に無視できない誤差が生じます。以下、s3と同じ事業(Ku=9.0%、Kd=4.0%、T=29.74%、g=1.5%)を前提に、負債だけがLBO型に変わったケースで確認します。

アンレバードFCFはs3と同じ前提で年1.5%成長し、3年目末のターミナル​バリューをKuで割り引いた永久成長モデルとして評価します(VUは13,333.3で、s3のVUと一致します)。負債は買収時点で6,000(アンレバード価値の45.0%に相当)を調達し、毎年1,500ずつ均等返済するという、LBOのタームローンによくある単純な返済スケジュールを仮定します。

項目0年目末1年目2年目3年目
期末負債残高6,0004,5003,0001,500
支払利息(期首残高×Kd)-240.0180.0120.0
節税額(T×支払利息)-71.453.535.7

この節税額は負債が確定スケジュールで減っていく前提なので、s4のMyers(1974)の考え方に沿ってKd(4.0%)で割り引きます。1〜3年目の節税額の現在価値の合計は149.9となり、APV(正しい評価)はVU 13,333.3にこれを加えた13,483.2です。

これに対し、買収時点の45.0%というレバレッジ比率をそのまま「目標資本構成」とみなし、s3と同じ考え方でKeとWACCを一定値として計算し、3年間ずっとそのWACCでアンレバードFCFを割り引くとどうなるか計算してみます。

評価方法企業価値(百万円)
APV法(負債の返済スケジュールをKd割引で反映)13,483.2
一定WACC法(エントリー時D/V=45%を固定して適用)15,884.3
かい離(一定WACC法-APV法)+2,401.1(APV比+17.8%)
図2:Case B(LBO型)における評価額のかい離 13,483 APV法(負債スケジュールを反映) 15,884 一定WACC法(簡便・参考) +2,401 (+17.8%) 単位:百万円(設例)。エントリーD/V=45%、Kd=4.0%、Ku=9.0%、T=29.74%、負債は年1,500ずつ均等返済。
図:設例に​おける、​APV法​(負債スケジュールを反映)と​一定​WACC法​(エントリー時レバレッジを期間中固定)の​評価額の​差。

ここで重要なのは、かい離の主因はKuとKdどちらで節税効果を割り引くかという選択(s4の論点)ではなく、「負債の実額が急速に減っているのに、資本構成が一定であるかのように単一のWACCを使い続けた」という前提の誤りにある点です。実際、この設例で節税効果の割引率だけをKdからKuに変えても、APVは13,483.2から13,471.4への小幅な変化(差は11.8、0.09%)にとどまります。つまりKu/Kdの論争は理論的には重要ですが、LBO・事業再生でAPV法を選ぶべき最大の理由は、負債の実際のスケジュールを年ごとに反映できる点そのものにあります。

モデルに​組み込む際の​留意点

APV法を実際のモデルに組み込む際は、次の2点を確認しておく必要があります。第一に、節税効果は課税所得が十分にあって初めて実現します。赤字が続く事業再生の初期フェーズでは、当期の節税額がそのまま実現するとは限らず、繰越欠損金の形で将来に持ち越されるケースも考慮が必要です。第二に、日本では支払利子の損金算入を制限する過小資本税制・​過大支払利子税制が存在し、負債水準や関連者間の資金調達構造によっては、想定した節税額がそのまま損金算入されない場合があります。個別の適用可否は税務の専門家に確認する前提で、モデル上は「節税額=実効税率×支払利息」という単純化を置いていることを認識しておくべきです。

また、法人実効税率そのものも変わる可能性がある点に注意してください。2026年8月時点で財務省が公表する標準的な法人実効税率は29.74%(2018年度以降適用)ですが、2026年(令和8年)4月1日以後に開始する事業年度からは防衛特別法人税(基準法人税額から年500万円を控除した後の金額に4%を賦課)が新たに課され、対象となる法人の実効税率は30.64%となります。中長期の節税効果を評価する際は、対象会社がどちらの税率区分に該当するかを確認したうえで前提を置く必要があります。

実務でのモデル実装としては、多くの場合、負債の返済スケジュール(元本残高・支払利息)を先に組んでから、各期の節税額を実効税率で機械的に計算し、それをKdまたはKuで割り引くという順序で作ります。WACCを1つだけ使う簡便な方法に比べると手間は増えますが、資本構成が変化する案件では、この手間をかけるかどうかが評価額の精度を大きく左右します。

よく​ある​質問​(FAQ)

APV法と​DCF法​(WACC法)は​結局どちらを​使えば​よいのですか。

資本構成が​ほぼ一定の​一般的な​事業会社の​評価であれば、​実務上は​DCF法​(WACC法)で​十分な​ことが​多いです。​一方、​買収時に​負債を​大きく​積み増し、​その後​数年で​急速に​返済していく​LBOや、​資本構成の​立て​直し自体が​テーマに​なる​事業再生では、​APV法の​方が​前提の​ずれが​小さく、​評価の​説明もしやすくなります。

節税効果の​割引率は​Kuと​Kdの​どちらを​使うべきですか。

負債の​金額が​契約や​返済計画であらかじめ​決まっている​場合は​Kd​(Myers, 1974の立場)、​負債が​企業価値に​対して​一定​比率に​なるよう随時​見直される​場合は​Ku​(Miles and Ezzell, 1980/Harris and Pringle, 1985の​立場)を​使うのが​理論的には​整合的です。​LBOの​タームローンのように​返済額が​固定されている​負債は​Kd割引に​近い​ケースが​多くなります。

WACC​法と​APV法は​必ず異なる​結果に​なりますか。

いいえ。​本記事の​s3の​設例のように、​目標資本構成が​一定で、​節税効果の​割引率と​WACCの​式が​理論的に​整合していれば、​両者は​一致します。​差が​生じるのは、​資本構成が​変化する​前提を​置きながら​単一の​WACCで​押し​通してしまう​場合です。

節税効果の​現在価値は​どの​くらい​企業価値に​影響しますか。

s3の​設例では​企業価値の​うち節税効果は​666.2(全体の約4.8%)でした。​負債水準や​Ku・Kdの​差、​実効税率に​よって​影響は​変わりますが、​レバレッジの​低い​一般的な​事業会社では​数%程度、​レバレッジの​高い​LBO直後の​企業ではより​大きな​比率を​占める​ことがあります。

APV法を​モデルに​組み込む​ときに​一番間​違えやすい​点は​何ですか。

節税効果の​割引率の​選択よりも、​負債の​返済​スケジュールを​年ごとに​正しく​反映せず、​エントリー​時の​レバレッジ​比率だけで​一定​WACCを​計算して​全期間に​使い​回してしまう​ことです。​s5の​設例では、​この​単純化だけで​評価額が​約17.8%過大に​なりました。

まとめ

APV法は、企業価値をアンレバード価値と節税効果の現在価値に分解して評価する手法で、目標資本構成が一定であればWACC法と理論上一致します。実務での分かれ目は、節税効果の割引率をKuにするかKdにするかという論点よりも、負債の返済スケジュールを年ごとに反映できるかどうかにあります。LBOや事業再生のように資本構成が大きく変わる案件では、一定WACCを使い続けることで評価額に無視できないかい離が生じるため、APV法による分解評価が有効になります。実際のモデル化では、節税効果の実現可能性や日本の利子損金算入制限、法人実効税率の適用区分といった前提も合わせて確認しておく必要があります。

出典・参考​(2026年8月確認)

※本記事は教育目的の一般的な解説であり、法務・税務・投資助言ではありません。設例は理解のための仮設例です。