この記事で分かること
- 非上場企業のWACCを、公開されている類似上場会社のβをアンレバー・リレバーして組み立てる一連の手順(Pure Play法)
- 目標資本構成を「対象企業自身の実績D/E」と「比較会社群の業界標準D/E」のどちらで置くべきかの判断基準
- サイズプレミアムと非流動性ディスカウントを、割引率(分母)に足すのか、算出後の価値(分子)から控除するのかという加算位置の整理
- 少数株主持分としての評価額と支配権プレミアムの関係、そして仮設非上場企業3社の比較会社データを使った通しの計算例
結論:WACCは「β調達→目標資本構成でリレバー→CAPM」、DLOMと支配権プレミアムは価値側で別処理
非上場企業には市場で観測できる株価がないため、自社のβを直接推定することはできません。実務での標準的な手順は、事業内容が近い上場会社(比較会社)のβを借りてきて、各社の資本構成の影響を取り除いた「アンレバードβ」に変換し、それを対象企業の目標資本構成に合わせて再度「リレバー」し直す、というPure Play法です。リレバー後のβをCAPMに当てはめて株主資本コスト(Ke)を求め、税引後の負債コストと目標資本構成のウエイトで加重平均すればWACCが得られます。ここで実務上つまずきやすいのが、サイズプレミアムと非流動性ディスカウント(DLOM:Discount for Lack of Marketability)の扱いです。サイズプレミアムは株主資本コストKeに上乗せする形、つまり割引率という分母側の調整として組み込むのが一般的である一方、非流動性ディスカウントとその裏返しにある支配権プレミアムは、DCFで算出したエクイティ価値そのもの、つまり分子側に対して一度だけ乗じる調整として扱うのが整合的です。両者を混同して両方とも割引率に押し込んでしまうと、複利計算の性質上、将来キャッシュフローほど過大に割り引かれてしまい、特にターミナルバリューの評価がゆがみます。この記事では、非上場企業の評価一般(比較法・DCF適用時の計画精査)を扱う非上場企業の評価|上場企業と何が違い、どこを調整するのかとは住み分け、割引率そのものの組み立て方に絞って解説します。
Pure Play法の全体像:なぜ他社のβを借りてくる必要があるのか
上場会社のβは、その会社の株価の変動と市場全体の変動との関係から統計的に算出できます。しかし非上場企業には日々の株価が存在しないため、この方法でβを直接求めることができません。そこで実務では、対象企業と事業内容・収益構造が近い上場会社を複数選び、それらのβを借用します。ただし借用する際に一つ問題があります。上場会社のβ(レバードβ)には、その会社固有の財務レバレッジ(借入の多寡)による影響が混ざっているため、資本構成が異なる比較会社同士を単純平均しても、事業そのもののリスクを正しく代表する数値にはなりません。そこで各比較会社のβから財務レバレッジの影響を取り除いた「アンレバードβ(資産β)」を算出し、これを比較会社群の間で平均したうえで、今度は対象企業自身の目標資本構成を前提に再度レバレッジをかけ直す(リレバーする)、という2段階の変換を行います。この一連の手法は業種別ベータ法とも呼ばれ、βのアンレバー・リレバーそのものの数式的な変換ロジックは業種別ベータ法の考え方に基づきます。本記事では変換式の詳細な導出よりも、非上場企業のWACCを組み立てる一連のプロセス全体、とりわけ目標資本構成の置き方とプレミアム・ディスカウントの加算位置に焦点を当てます。CAPM・WACCそのものの基本的な計算構造(株主資本コストと負債コストの加重平均の考え方)はWACCの計算方法|CAPM・資本構成・βの取り扱いを設例で理解するで扱っているため、必要に応じて参照してください。
ステップ1:類似上場会社のβ収集とアンレバー
比較会社は、対象企業と業種・ビジネスモデル・主要な収益ドライバーが近い上場会社から選定します。選定した各社について、公表されている有価証券報告書や株式データベースからレバードβ(実際の株価から算出されたβ)、有利子負債と株主資本の比率(D/E比率)、実効税率を収集します。ここから財務レバレッジの影響を取り除く計算式が次のとおりです。
式:Hamada式によるアンレバー
アンレバードβ(βu)=レバードβ(βL)÷[1+(1−実効税率)×D/E比率]
以下は説明用の仮設例です。対象企業が属する業種の上場会社から3社(A社・B社・C社、いずれも仮称)を比較会社として選定したとします。各社のレバードβ・D/E比率・実効税率、およびそこから算出したアンレバードβは表1のとおりです。
| 比較会社(仮称) | レバードβ | D/E比率 | 実効税率 | アンレバードβ |
|---|---|---|---|---|
| A社 | 1.10 | 0.40 | 30% | 0.8594 |
| B社 | 0.95 | 0.25 | 30% | 0.8085 |
| C社 | 1.25 | 0.60 | 30% | 0.8803 |
| 単純平均 | — | — | — | 0.8494 |
ステップ2:目標資本構成をどう置くか——実績D/Eか業界標準か
アンレバードβをリレバーするには、対象企業の目標資本構成(D/E比率)を決める必要があります。ここで選択肢は大きく2つに分かれます。1つは対象企業自身の実際のD/E比率(貸借対照表から読み取れる実績値)を使う方法、もう1つは比較会社群のD/E比率の中央値・平均値を業界標準として使う方法です。
対象企業自身の実績D/Eを使うべきなのは、その企業の借入水準が長期にわたって安定しており、今後も同様の財務方針が続くと合理的に見込める場合です。老舗の同族企業で、創業者の方針として長年ほぼ同じ水準の借入しか行っていないようなケースがこれにあたります。一方、比較会社群の業界標準D/Eを使うべき場面は複数あります。対象企業が最近になって設備投資のために一時的に借入を積み増した直後である場合、オーナー個人への貸付・借入が会社の負債と混在していて実態を表していない場合、あるいはM&Aの文脈で「買収後にどのような資本政策を取るか」を織り込んだゴーイングコンサーンとしての価値を評価したい場合です。特にM&A・PEの実務では、売り手固有の借入事情をそのまま将来にわたって引き継ぐ前提を置くよりも、業界標準的な資本構成を前提にWACCを組む方が説明力を持つとされることが多く、本記事の計算例でもこの考え方を採用します。
| 目標資本構成の置き方 | 向いている場面 | 注意点 |
|---|---|---|
| 対象企業自身の実績D/E | 借入水準が長期的に安定し、今後も同様の財務方針が続くと見込める場合 | 直近の一時的な借入増減やオーナー個人の資金移動が混ざっていないか要確認 |
| 比較会社群の業界標準D/E(中央値・平均値) | 借入水準が不安定・一時的、M&A後の資本政策変更を織り込みたい場合 | 比較会社の選定自体が事業リスクの類似性を反映しているか要確認 |
本記事の仮設例では、表1の比較会社3社のD/E比率(0.40・0.25・0.60)の中央値である0.40を目標資本構成として採用します。
ステップ3:リレバーと株主資本コスト(Ke)の算定
平均アンレバードβに、目標資本構成でのレバレッジを再びかけると、対象企業の目標資本構成を前提としたβ(リレバードβ)が得られます。
式:目標資本構成でのリレバー
リレバードβ=平均アンレバードβ×[1+(1−実効税率)×目標D/E比率]
0.8494×[1+(1−0.30)×0.40]=0.8494×1.28=1.0872
次にCAPMで株主資本コスト(Ke)を求めます。リスクフリーレートは、財務省「国債金利情報」が公表する2026年8月28日時点の10年国債金利2.93%を採用します(DCFで扱うのは長期のキャッシュフローであるため、短期金利ではなく長期国債の金利を用いるのが一般的です)。日本市場のCAPMで用いるエクイティリスクプレミアム(ERP)には単一の公的な公表値があるわけではなく、実務では複数の推計値を参照しながら評価者が水準を判断します。本記事の仮設例ではERPを6.0%、サイズプレミアムを3.0%と仮に置いて計算します(いずれも計算手順を示すための仮定であり、実在の市場水準を示すものではありません)。
式:CAPM+サイズプレミアムによるKe
Ke=リスクフリーレート+リレバードβ×ERP+サイズプレミアム
Ke=2.93%+(1.0872×6.0%)+3.0%=2.93%+6.52%+3.0%=12.45%
負債コストについては、対象企業の主要取引銀行からの実際の借入金利を仮に2.0%(税引前)とします。税引後の負債コストは実効税率30%を用いて次のとおりです。
式:税引後の負債コスト
税引後Kd=税引前Kd×(1−実効税率)=2.0%×(1−0.30)=1.40%
これらを目標資本構成のウエイト(D/(D+E)=28.571%、E/(D+E)=71.429%)で加重平均すると、WACCは次のように求まります。
式:WACC
WACC=株主資本ウエイト×Ke+負債ウエイト×税引後Kd
WACC=71.429%×12.453%+28.571%×1.400%=8.90%+0.40%=9.30%
| 項目 | 数値 |
|---|---|
| 平均アンレバードβ(表1より) | 0.8494 |
| 目標D/E比率(比較会社群の中央値) | 0.40 |
| リレバードβ | 1.0872 |
| リスクフリーレート(10年国債金利、2026年8月28日時点) | 2.93% |
| エクイティリスクプレミアム(仮定) | 6.0% |
| サイズプレミアム(仮定) | 3.0% |
| 株主資本コスト(Ke) | 12.45% |
| 税引後負債コスト(Kd) | 1.40% |
| 株主資本ウエイト/負債ウエイト | 71.43%/28.57% |
| WACC | 9.30% |
WACCをDCFモデルに組み込んで検算したい方へ
表3のようなWACCの計算は、実際のDCFモデルに接続して初めて企業価値まで落とし込めます。フリーキャッシュフローの予測からWACCによる割引、ターミナルバリューまでを一気通貫でExcelに組む手順は、DCFの教材で体系的に扱っています。
サイズプレミアムと非流動性ディスカウント:分子調整か分母調整か
ここが非上場企業のWACC実務で最も誤解されやすい論点です。サイズプレミアムと非流動性ディスカウントは、どちらも「非上場・小規模企業だから割高に評価してはいけない」という直感から生まれる調整項目ですが、組み込む位置がまったく異なります。
サイズプレミアムは、小型株が大型株に比べて長期的に高いリターンを要求される傾向があるという実証研究に基づき、株主資本コストKeに年率であらかじめ上乗せする調整です。年率のレートとしてKeに含めるため、DCFの各年のキャッシュフローに対して複利で効き、割引期間が長くなるほど累積的に効果が大きくなります。この性質はターミナルバリューの計算にも一貫して反映されるため、事業の継続的なリスクプレミアムとしての性格になじみます。
これに対して非流動性ディスカウント(DLOM)は、評価対象となっている「その持分」を市場ですぐに公正価値で売却できないという、持分固有の流動性の制約を表す調整です。これは事業のキャッシュフローが年々背負うリスクではなく、算出されたエクイティ価値に対して評価時点で一度だけ発生する市場摩擦であるため、DCFで算出したエクイティ価値に対して、算定後に一括で控除する(分子側の調整とする)のが整合的な扱いです。仮にDLOMを割引率に混ぜ込んでWACCを引き上げてしまうと、近い将来のキャッシュフローよりも遠い将来のキャッシュフロー(特にターミナルバリュー)の方が不釣り合いに大きく割り引かれてしまい、本来一度きりの流動性の制約を毎年複利で計上するという二重の歪みが生じます。実務でDLOMを検討する際は、株主資本コストの中にすでに企業固有のリスクプレミアムとして流動性の低さが織り込まれていないかを確認し、割引率側と価値側の両方で重複して控除していないかをチェックする必要があります。この重複控除の論点は少数株主ディスカウントと非流動性ディスカウントの区分としても整理されています。
少数株主持分評価と支配権プレミアムとの関係
Pure Play法でβを借りてくる比較会社は、いずれも市場で自由に売買される少数株主持分(支配権を伴わない普通株式)として株価が形成されています。したがって、この比較会社群のβから組み立てたWACCでDCFを行って得られるエクイティ価値は、性質上「支配権を伴わない、市場性のある少数株主持分」を基準とした価値になります。ここから先、評価対象が具体的にどのような持分かによって、価値側でさらに調整が必要になります。
対象企業の支配株式(過半数以上の議決権を伴う持分)を評価する場合は、経営方針の変更・シナジーの実現など支配権を持つことで初めて可能になる価値を反映するため、算出されたエクイティ価値に支配権プレミアムを加算します。支配権プレミアムの水準や、非流動性ディスカウントとの関係の詳細はコントロールプレミアムと流動性ディスカウント|「同じ会社でも値段が違う」理由で扱っています。逆に、対象企業の少数株主持分(例えば同族企業の非同族株主が保有する株式や、スタートアップの優先株投資家が保有する少数持分)を評価する場合は、支配権プレミアムを加算する理由がない一方で、前節の非流動性ディスカウントを控除する必要があります。非上場のスタートアップにおける優先株ラウンドの価格形成という別文脈での少数持分評価はユニコーンの企業価値評価はどう決まるか|優先株ラウンド価格・セカンダリー取引・テンダーオファーの読み方で扱っているため、あわせて参照してください。いずれのケースでも、支配権プレミアムと非流動性ディスカウントは、リレバードβやサイズプレミアムのようにWACCという割引率の中に組み込むのではなく、DCFで算出したエクイティ価値に対して事後的に一度だけ乗じる、分子側の調整として位置づけることが一貫性のポイントです。
通しの計算例:仮設非上場企業のWACC算定と価値調整のまとめ
ここまでの手順を1つの仮設非上場企業に通して当てはめます。前提は、比較会社3社(表1)から平均アンレバードβ0.8494を求め、目標D/E比率0.40でリレバーしてリレバードβ1.0872、Ke12.45%、税引後Kd1.40%、WACC9.30%(表3)というここまでの計算結果です。このWACCで対象企業のフリーキャッシュフローを割り引いた結果、DCFエクイティ価値が1,000百万円(少数株主・流動性ありベース、仮設)になったとします。この対象企業について、支配株式(過半数以上)を取得する前提で評価する場合と、非流動性の少数株主持分10%を評価する場合とで、最終的な評価額は次のように分かれます。
| 評価対象 | 分子側の調整 | 評価額 |
|---|---|---|
| DCFエクイティ価値(少数株主・流動性ありベース) | 調整なし | 1,000百万円 |
| 支配株式(100%)を評価する場合 | 支配権プレミアム+20%(仮定) | 1,200百万円 |
| 非流動性の少数株主持分10%を評価する場合 | 非流動性ディスカウント−25%(仮定)を全体に適用後、10%を按分 | 75百万円 |
この表4が示すとおり、同じWACC9.30%・同じDCFエクイティ価値1,000百万円から出発しても、「誰の、どの持分を評価しているか」によって最終的な評価額は大きく変わります。WACCという割引率の組み立て(β・目標資本構成・サイズプレミアム)と、評価対象の持分に応じた価値側の調整(支配権プレミアム・非流動性ディスカウント)は、別々の判断として切り分けて検算することが、非上場企業のWACC実務における一貫性の核心です。
よくある質問(FAQ)
Q. 対象企業自身のβを直接使うことはできませんか。
A. 非上場企業には日々の株価がないため、統計的にβを算出することができません。事業内容が近い上場会社のβを借用し、資本構成の違いを調整して使うPure Play法が実務上の標準的な代替手段です。
Q. 目標資本構成は必ず比較会社群の業界標準を使うべきですか。
A. 必須ではありません。対象企業自身の借入水準が長期的に安定し、今後も同様の財務方針が続くと合理的に見込める場合は、実績D/Eを使う方が適切なこともあります。表2で整理した判断基準に沿って個別に検討します。
Q. サイズプレミアムと非流動性ディスカウントを両方適用すると二重控除になりませんか。
A. なり得ます。両方とも「小規模・非上場だから割安になる要素」という点で似ていますが、サイズプレミアムはKe(割引率)に、非流動性ディスカウントはDCF後の価値に、それぞれ一度だけ組み込むのが基本です。株主資本コストの中に企業固有のリスクプレミアムとしてすでに流動性の低さが織り込まれていないか確認し、重複がないかを個別にチェックする必要があります。
Q. 支配権プレミアムはWACCの計算に含めるのですか。
A. 含めません。支配権プレミアムはDCFで算出したエクイティ価値(少数株主・流動性ありベース)に対して、支配株式を評価する場合に限り事後的に加算する、価値側(分子)の調整です。WACCという割引率自体には影響させません。
Q. リスクフリーレートは何を使えばよいですか。
A. DCFで扱う将来キャッシュフローが長期にわたるため、短期金利ではなく長期国債の金利を用いるのが一般的です。本記事の仮設例では財務省「国債金利情報」が公表する2026年8月28日時点の10年国債金利2.93%を採用しました。
まとめ
非上場企業のWACCは、比較会社のβをアンレバーして事業リスクだけを取り出し、対象企業の目標資本構成でリレバーし、CAPMとサイズプレミアムで株主資本コストを求め、税引後の負債コストと加重平均するという手順で組み立てます。目標資本構成は、対象企業自身の実績D/Eが安定的で代表性があるかどうかを見極めたうえで、そうでなければ比較会社群の業界標準を使うのが実務上の基本です。サイズプレミアムは割引率(分母)に、非流動性ディスカウントと支配権プレミアムはDCF後の価値(分子)に、それぞれ一度だけ組み込むという位置の違いを混同しないことが、非上場企業評価で一貫した数値を出すための土台になります。表4で見たとおり、同じWACC・同じDCF価値から出発しても、評価対象の持分の性質によって最終評価額は大きく変わるため、自分がいま「誰の、どの持分」を評価しているのかを常に明確にしたうえで計算することが欠かせません。
WACCの計算をExcelで自分の手で再現したい方へ
表1〜表4のようなβのアンレバー・リレバーからWACC算定、価値調整までの一連の計算は、Excelで自分の手を動かして初めて身につきます。無料のExcelスターターパックには、こうした基礎計算の型を練習できる教材が含まれています。
出典・参考(2026年8月確認)
- 財務省「国債金利情報」(2026年8月28日時点の10年国債金利2.930%を含む金利データ、CSV形式で公表)(mof.go.jp)
- 日本公認会計士協会 経営研究調査会研究報告第32号「企業価値評価ガイドライン」(平成19年5月16日、改正 平成25年7月3日、企業価値評価の実務をまとめた研究報告であり、公認会計士が準拠すべき「基準」ではない旨が明記されている)(jicpa.or.jp)
※本記事は教育目的の一般的な解説であり、法務・税務・投資助言ではありません。設例は理解のための仮設例です。