この記事で分かること
結論:借入可能額は「3つの制約の最小値」で決まる
Debt Sizing(デットサイジング)とは、プロジェクトファイナンスにおいて「この事業にいくらまで貸せるか」を、将来キャッシュフローから逆算して決める作業です。答えは1本の式ではなく、複数の制約を並べてそのうち最も小さい額を採用する、という形で出てきます。
Debt Sizingの基本式
借入可能額 = MIN(①、②、③)
① 目標DSCR制約 = Σ 〔CFADSt ÷ 目標DSCR〕 ÷ (1+借入金利)t(各期Debt ServiceのPV)
② 目標LLCR制約 = Σ 〔CFADSt ÷ (1+借入金利)t〕 ÷ 目標LLCR(貸付期間のCFADSのPV÷目標LLCR)
③ ギアリング上限 = 総事業費 × 上限ギアリング比率(例:70%)
このうち最小の額を採用し、その制約を「バインドする(binding)制約」と呼びます。
①は「毎期の返済にどれだけ余裕があるか」というフローの制約、②は「残高が将来CFの現在価値で何倍カバーされるか」というストックの制約、③は「スポンサーにどれだけ自己資金を出させるか」という資本構成の制約です。見ている次元が違うため、どれがバインドするかは案件ごとに変わります。
各指標の定義は DSCRの記事、LLCRの記事、CFADSの記事で、全体像は プロジェクトファイナンス入門 で扱っています。本記事は「サイジングという意思決定」に絞って深掘りします。
3つの制約は何を守っているのか
① 目標DSCR制約——各期の返済がキャッシュフローに埋もれないこと
DSCR(Debt Service Coverage Ratio)は各期の CFADS ÷ Debt Service です。目標DSCRを1.30倍と置くなら、各期のDebt Serviceは CFADS ÷ 1.30 が上限です。そして「各期のDebt Serviceが決まった債務」の元本は、その将来Debt Serviceを借入金利で割り引いた現在価値に等しい——ローンの評価式そのもので、恒等式です。
ここで割引率に借入金利を使うのがポイントです。事業のWACCやエクイティIRRではありません。求めているのは「その返済列を生み出せる元本はいくらか」であり、元本と返済列を結ぶ利率は借入金利だからです。
② 目標LLCR制約——残高が将来CF全体で厚くカバーされること
LLCR(Loan Life Coverage Ratio)は、貸付期間に生じるCFADSの現在価値(DSRA残高を加える契約もあります)を、その時点の借入残高で割った倍率です。目標LLCRが1.40倍なら、借入残高はCFADSのPV ÷ 1.40 が上限です。DSCRが「今期の返済が飛ぶか」を見るのに対し、LLCRは「返済スケジュールを組み替えれば返しきれるか」という返済能力の総量を見ます。一時的な不調でリスケジュールする余地があるかを判断するため、レンダーは両方を必ず置きます。
③ ギアリング上限——スポンサーのスキン・イン・ザ・ゲーム
ギアリング(Gearing、D/(D+E) または D/E)の上限は、キャッシュフローとは無関係に「総事業費の何%までしか貸さない」と決める制約です。案件リスクが高いほど厳しくなります。CFADS予測が楽観的だった場合の最後の歯止めであり、同時にスポンサーに損失の初期負担を負わせて運営のインセンティブを保つ装置でもあります。ノンリコースローンである以上、スポンサーが自己資金をほとんど入れていない構造は貸し手にとって危険です。
仮設例:3つの制約を計算して最小値を採る
以下は説明用の仮設例です。Debt Sculptingの記事と同じCFADSプロファイルを使い、そこにLLCRとギアリングの制約を加えます。
- CFADS(第1〜5期、百万円):232.96/260.52/286.26/273.78/245.70(計1,299.22)
- 借入金利:年5.0%(固定・全期一定)/貸付期間:5期(年次返済、Sculpted)
- 目標DSCR(最低)1.30倍/目標LLCR(融資実行時)1.40倍
- 総事業費1,200百万円/ギアリング上限は総事業費の70%
制約①:目標DSCR1.30倍からの逆算
各期の目標Debt Serviceは CFADS ÷ 1.30 です。順に 179.20/200.40/220.20/210.60/189.00 百万円。これを5%で割り引きます。
| 項目(百万円) | 第1期 | 第2期 | 第3期 | 第4期 | 第5期 | 合計 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| CFADS | 232.96 | 260.52 | 286.26 | 273.78 | 245.70 | 1,299.22 |
| 目標Debt Service(÷1.30) | 179.20 | 200.40 | 220.20 | 210.60 | 189.00 | 999.40 |
| 割引係数(5%) | 0.95238 | 0.90703 | 0.86384 | 0.82270 | 0.78353 | — |
| Debt ServiceのPV | 170.67 | 181.77 | 190.22 | 173.26 | 148.08 | 864.00 |
制約①の答え=864.00百万円です。なお同じ割引係数でCFADS自体を割り引くとPVは1,123.20百万円で、Debt ServiceのPVのちょうど1.30倍になります(割引率=借入金利なら常にそうなります)。この1,123.20百万円を制約②で使います。
制約②:目標LLCR1.40倍からの逆算
LLCR = 貸付期間CFADSのPV ÷ 借入残高、なので、借入残高 = 1,123.20 ÷ 1.40 = 802.29百万円が制約②の答えです。
ここで重要な構造が見えます。Sculptingで全期DSCRを目標値に張り付ける場合、融資実行時のLLCRは目標DSCRと一致します(上記のとおり1.30倍)。したがって目標LLCRを目標DSCRより高く置くと、LLCR制約が必ずバインドします。低く置けば形式的なチェックにとどまります。「DSCRで出した額がLLCRでなぜか通らない」という悩みの正体はこれです。
制約③:ギアリング上限70%
1,200百万円 × 70% = 840.00百万円。これが制約③です。
3制約を並べて最小を採る
採用額は MIN(864.00, 802.29, 840.00) = 802.29百万円。必要エクイティは 1,200.00 − 802.29 = 397.71百万円、実績ギアリングは66.9%です。
サイジングで決めた額をスカルプトする
Debt Sculptingとの関係を整理します。順序はサイジング→スカルプティング——決めた802.29百万円を、CFADSの形に沿った返済スケジュールに彫刻します。採用額は制約①の864.00百万円より小さいので各期のDebt Serviceも比例的に小さくなり、全期のDSCRは 1.30 × 864.00 ÷ 802.29 = 1.40倍に上がります。つまりDebt Serviceは CFADS ÷ 1.40 で組みます(以下、表示は小数第1位)。
| 項目(百万円) | 第1期 | 第2期 | 第3期 | 第4期 | 第5期 | 合計 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 期首残高 | 802.3 | 676.0 | 523.7 | 345.4 | 167.1 | — |
| Debt Service(=CFADS÷1.40) | 166.4 | 186.1 | 204.5 | 195.6 | 175.5 | 928.1 |
| うち利息(期首残高×5%) | 40.1 | 33.8 | 26.2 | 17.3 | 8.4 | 125.8 |
| うち元本返済 | 126.3 | 152.3 | 178.3 | 178.3 | 167.1 | 802.3 |
| 期末残高 | 676.0 | 523.7 | 345.4 | 167.1 | 0.0 | — |
| DSCR(倍) | 1.40 | 1.40 | 1.40 | 1.40 | 1.40 | 1.40 |
検算——(1) 元本合計 126.3+152.3+178.3+178.3+167.1 = 802.3 で借入額と一致。(2) 最終期末残高が0.0。(3) Debt Service合計928.1 = 元本802.3+利息125.8。さらに融資実行時LLCRは 1,123.20 ÷ 802.29 = 1.40倍で目標に一致、最低DSCRは1.40倍で目標1.30倍を上回り、3制約すべてが同時に満たされています。
P50/P90——どのケースでサイジングするか
実務で最も重要な論点はどのケースのCFADSでサイジングするかです。再エネでは発電量が確率分布として推定され、P50は「その値を上回る確率が50%」の中央値、P90は「上回る確率が90%」の保守値です(風力・太陽光の資源評価レポートで標準的に提示されます)。
典型的な建て付けは、P50でDSCR1.30倍以上、かつP90でDSCR1.05〜1.20倍以上と2本立てにし、両方を満たす最小の借入額を採るものです。片方だけでは過大サイジングか過小サイジングのどちらかに寄ります。
設例で確かめます。売電収入をCFADSの1.6倍、それ以外を固定費(0.6倍)と置くと、発電量が10%下振れした場合のCFADSは 1.6×0.9 − 0.6 = 0.84、つまり16%減。固定費比率が高いほど、発電量の下振れはCFADSに増幅して効きます。
| サイジング基準 | CFADSのPV(百万円) | 借入可能額(百万円) |
|---|---|---|
| P50 × 目標DSCR 1.30倍 | 1,123.20 | 864.00 |
| P90(P50×0.84) × DSCR 1.00倍 | 943.50 | 943.50 |
| P90 × DSCR 1.05倍 | 943.50 | 898.57 |
| P90 × DSCR 1.20倍 | 943.50 | 786.25 |
P90でDSCR1.00倍しか求めないなら943.50百万円で、P50基準の864.00百万円のほうが厳しく、ダウンサイド条件は形骸化します。一方、P90でDSCR1.20倍を求めると786.25百万円となり3制約すべてを下回ってこれが最終的な借入額になります。ダウンサイド条件の設定は、P50の目標DSCRを1段階変えるのと同等以上のインパクトを持ちます。
確率的な発電量が存在しない事業(PPPのアベイラビリティ・ペイメント型など)では、「稼働率低下ケース」「O&Mコスト上振れケース」等を定義して同じ計算をします。ケース定義はローン契約のBase Case Financial Modelとして固定され、以後の期中モニタリングの基準になります。
サイジングは「モデルを回して初めて決まる」作業です
実務ではCFADSの生成、複数ケースの切替、循環参照の処理までを1つのExcelモデルとして動かす必要があります。再エネ・インフラの案件モデルを、収益からDSCR・サイジングまで一気通貫で構築します。
金利・返済期間・テールの感応度
借入可能額は前提に敏感です。事業のCFADSが第7期まで見込まれる(第6期230.00、第7期215.00百万円と仮定)として、金利と返済期間を振ります。
| ケース | ① DSCR1.30 | ② LLCR1.40 | ③ ギアリング70% | 採用額 | バインド制約 |
|---|---|---|---|---|---|
| 基本(5期・金利5%) | 864.00 | 802.29 | 840.00 | 802.29 | ② LLCR |
| 金利4%(5期) | 888.71 | 825.23 | 840.00 | 825.23 | ② LLCR |
| 金利6%(5期) | 840.34 | 780.32 | 840.00 | 780.32 | ② LLCR |
| 返済6期(金利5%) | 996.02 | 924.88 | 840.00 | 840.00 | ③ ギアリング |
| 返済7期(金利5%) | 1,113.56 | 1,034.02 | 840.00 | 840.00 | ③ ギアリング |
読み取れることは3つ。第一に、金利1%ポイントで借入額は3%前後動きます(5%→6%で802.29→780.32、−2.7%)。返済期間が長いほど感応度は大きくなるため、変動金利案件では金利スワップでヘッジし、ヘッジ後の実効金利でサイジングするのが通常です。
第二に、返済期間の延長が最も効きます。5期→7期でDSCR制約の借入額は864.00→1,113.56(+28.9%)。だからこそスポンサーは期間を延ばしたがり、レンダーは抵抗します。
第三に、テール期間が期間延長の上限を決めます。テールとは「事業の稼働可能期間 − 貸付期間」の余白で、レンダーは通常2年以上を要求します。ダウンサイドで返済を繰り延べる最後の緩衝材だからです。CFADSが第7期まであっても、テール2期を求められれば貸付期間は5期が上限——この設例が5期なのはまさにこの理由です。
Sources & Usesへの反映と必要エクイティ
サイジングの結果はSources & Uses表に落ちて初めて意味を持ちます。Uses合計(=総事業費)からDebtを引いた残りがエクイティ必要額です。
| Uses(資金使途) | 百万円 | Sources(資金調達) | 百万円 |
|---|---|---|---|
| EPC(設計・調達・建設) | 930.0 | シニアローン | 802.3 |
| 土地・系統連系 | 90.0 | エクイティ(出資+劣後ローン) | 397.7 |
| 開発費・保険・アレンジメントフィー等 | 52.0 | — | — |
| 建設期間中利息(IDC) | 45.0 | — | — |
| DSRA初期積立(DS約6か月分) | 83.0 | — | — |
| 合計 | 1,200.0 | 合計 | 1,200.0 |
実務で必ず引っかかる点が2つ。ひとつはDSRA初期積立がUsesに入ること。DSRA(Debt Service Reserve Account)は次回Debt Serviceの数か月分を先に積む口座で、設例では第1期Debt Service166.4百万円の約半年分83.0百万円を計上しています。忘れると総事業費が過小になり、ギアリング制約の計算がずれます。もうひとつはIDC(建設期間中利息)が借入額に依存すること。借入額が増えるとIDCが増え、総事業費が増え、ギアリング制約の枠も増える——という循環が発生し、明示的に処理しないとサイジングは収束しません。
そして最も重要なのは、サイジングの結果はそのままエクイティ必要額の裏返しだという点です。借入額802.29百万円なら必要エクイティは397.71百万円。交渉で目標LLCRを1.30倍に下げられれば借入額は864.00百万円まで伸び、必要エクイティは336.00百万円、61.71百万円(約16%)減ります。同じ事業でもエクイティIRRは大きく変わり、サイジングがスポンサーにとって最重要の交渉テーマになる理由がここにあります。
リファイナンス時の再サイジング
プロジェクトファイナンスのローンは期中にリファイナンスされることが少なくありません。建設リスクが消え実績運転データが積み上がると、レンダーから見たリスクが下がって条件が改善するためです。このとき行うのが再サイジングです。
設例で第2期末に借換えを行うとします。この時点の借入残高は523.71百万円、残りのCFADSは第3〜5期の286.26/273.78/245.70百万円。借換え後の金利が4.0%に低下したとして、同じ目標(DSCR1.30倍・LLCR1.40倍)で再計算します。
- DSCR制約:Σ〔CFADS ÷ 1.30〕を4%で割引 = 574.46百万円
- LLCR制約:残存CFADSのPV(4%)746.80 ÷ 1.40 = 533.43百万円
- 採用額 = MIN(574.46, 533.43) = 533.43百万円
採用額533.43百万円が残高523.71百万円を上回るため借換えは成立し、差額9.72百万円はスポンサーへの配当原資になります。金利低下がそのままエクイティへのキャッシュに変換されるわけです。
逆に、実績CFADSが計画を下回ったり金利が上昇したりすると、再サイジングの結果が既存残高を下回ります。その差額は追加出資(Equity Cure)・期限前弁済・条件変更交渉で埋めるしかなく、残存期間が短いほどテール制約で期間延長の余地も乏しくなります。リファイナンス分析とMaturity Wallで扱う借換えリスクの本質は、この「再サイジング額 < 残高」の状態です。
不動産ローンのLTV/DSCRサイジングとの対比
不動産ノンリコースローンも同じ構造ですが、ギアリング上限に相当するLTV(Loan to Value)が、総事業費ではなく物件評価額に対する比率である点が決定的な差です。第三者評価の時価に紐づくため、市況が下がるとLTVが自動的に悪化します。仮設例で比べます。物件価格1,000百万円、NOI45百万円(キャップレート4.5%)、金利2.0%、25年元利均等返済、目標DSCR1.30倍、LTV上限70%とします。
| 制約 | 計算 | 借入額(百万円) |
|---|---|---|
| DSCR 1.30倍 | 年間返済上限 45 ÷ 1.30 = 34.62 → 34.62 ÷ 元利均等係数0.05122 | 675.8 |
| LTV 70% | 1,000 × 70%(このとき年間返済35.85、DSCR1.26倍で目標未達) | 700.0 |
| 採用(最小値) | DSCR制約がバインド。実績LTVは67.6% | 675.8 |
構造上の違いは3点。第一に、不動産の返済方式は元利均等やバレットで、賃料収入が発電量ほど変動しないためCFADSの形に合わせて彫刻しません。第二に、LTVの分母が時価なので期中に評価額が下がるとコベナンツに抵触する——PFのギアリングにこのリスクはありません。第三に、不動産は満期時の売却・借換えで残高を返す前提で、テールという概念がありません(不動産のプロフォーマ入門)。
LBOとの対比も有用です。Debt CapacityとLBOファイナンスのとおり、LBOの借入能力は「EBITDAの何倍」というレバレッジ倍率とFCFによる返済可能性で決まります。PFが「事業寿命のキャッシュを全部返済に充てる前提」なのに対し、LBOは「5年後に一定の残高が残る前提で、その時点の企業価値で借り換える」——この違いが計算式そのものを分けています。
Excelでどう組むか
目標DSCRからのPV計算
制約①は1本の式で書けます。返済期間フラグ(返済期間中なら1、それ以外0)を用意しておくのが実装のコツです。
制約①の実装例
=NPV(借入金利, IF(返済期間フラグ範囲=1, CFADS範囲/目標DSCR, 0))(配列数式)
または割引係数行を別に持って =SUMPRODUCT(CFADS範囲/目標DSCR, 返済期間フラグ範囲, 割引係数範囲)
NPV関数は「第1期=1期後」として割り引くため、期首時点の借入額を求める用途にそのまま使えます。
制約②は =NPV(借入金利, CFADS範囲*返済期間フラグ範囲)/目標LLCR、制約③は =総事業費*上限ギアリング です。配列数式を避けたい場合は、フラグと割引係数を1本に畳み込めるSUMPRODUCT関数が便利です。
MIN関数でバインド制約を明示する
採用額とバインド制約の表示
採用額:=MIN(制約1, 制約2, 制約3)
バインド制約名:=INDEX(制約名範囲, MATCH(MIN(制約値範囲), 制約値範囲, 0))
モデルの目立つ位置に「今どの制約が効いているか」を1セルで表示しておくと、感応度を振ったときに構造の変化がすぐ分かります。
これは見栄えの話ではありません。バインド制約が切り替わると、感応度の変化率がそこで不連続になります(表4で返済期間6期からギアリングがバインドし、それ以上延ばしても借入額が増えないのがこれ)。表示していないと、この不連続を「モデルのバグ」と誤認します。
循環参照の扱い
循環は2つあります。IDC ⇄ 借入額 ⇄ 総事業費と、支払利息 ⇄ 税金 ⇄ CFADS ⇄ Debt Serviceです。税引後CFADSでサイジングする限り後者は避けられません。解法は3つ(詳細はDebt Sculptingの記事で比較)。
- 反復計算をONにする:最も速いが、エラーが循環に飲み込まれて気づきにくい
- コピー&値貼り付けマクロ:循環をブックから排除でき監査しやすいが、実行忘れによる「古い値のまま」事故に注意
- 借入額を入力セルにしてゴールシーク:透明性が最も高いが、感応度を振るたびに再実行が必要
どれを選ぶにせよ、モデルの先頭に「最終期末残高=0」「各期DSCR≧目標」「Sources合計=Uses合計」の3つの検算セルをTRUE/FALSEで置いてください。循環を含むモデルでは、この検算行だけが唯一の安全装置です。プロジェクトファイナンスモデルの作り方で、シート構成から検算まで通しで扱っています。
よくある間違い
平均DSCRでサイジングする
最も多く、最も危険な誤りです。制約になるのは常に最低DSCR。均等元本返済ではDSCRが期ごとに大きくばらつき、平均が目標を超えていても最悪期が目標を割ればコベナンツ抵触です。モデルには必ず =MIN(DSCR行) のセルを置き、そこを制約として参照してください。
税引前CFADSを使う
CFADSは法人税等を支払った後の、元利返済に充当可能なキャッシュです。税引前で計算すればCFADSは大きくなり、借入額は過大になります。反対に支払利息をCFADSから控除する誤りも多く、CFADSはDebt Serviceの原資なので利息を引けば二重控除です(CFADSの記事/用語集)。
DSRAの積立・取崩を無視する
落とし穴は3つ。(1) 初期積立額がUsesに入り総事業費が増えます(表5)。(2) 期中の積み増しはCFADSの計算段階で控除される契約が多く、その分サイジングが下がります。(3) LLCRの分子にDSRA残高を加える契約では制約②の借入額が増えます。いずれもローン契約の定義次第で、Common Terms Agreementの定義条項を確認せずにモデルを組んではいけません。
割引率に事業のWACCやIRRを使う/制約を1つしか見ない
サイジングの割引率は借入金利(複数トランシェなら加重平均、ヘッジ後は実効金利)です。事業のWACCやエクイティIRRを使うと返済列と元本を結ぶ関係が崩れ、金額に意味がなくなります。現在価値の式は同じでも、目的が「事業価値の評価」ではなく「返済能力から元本を逆算する」ことだからです。またDSCRだけで出した額を採用しLLCR・ギアリングの検証を省くと、タームシートで初めて金額が減ります。3つ(ダウンサイドを含めれば4つ以上)を並べてMINを取る——サイジングとはそれ以上でもそれ以下でもありません。
よくある質問(FAQ)
Q. Debt SizingとDebt Sculptingはどう違いますか。
A. Sizingは「いくら貸せるか(金額)」、Sculptingは「どう返すか(スケジュール)」を決める作業です。順序はSizing→Sculptingですが、Sculptedスケジュールを前提にSizingを計算するため実際には同じ計算の裏表で、均等元本返済を前提にすれば同じCFADSでも借入額は小さくなります。
Q. 目標DSCRや目標LLCRの水準はどう決まるのですか。
A. 統一基準はなく、案件のリスクプロファイルとレンダーの与信方針で個別に決まります。オフテイク契約が長期固定価格で技術リスクが小さいほど低く、需要リスクを取る事業(有料道路のトラフィックリスク型など)ほど高い、という方向感が語られます。実際の水準は個別のタームシート/ローン契約で確認してください。
Q. なぜSculptingするとLLCRが目標DSCRと同じ値になるのですか。
A. 全期のDebt Serviceが CFADS ÷ 目標DSCR で、借入残高がそのPVに等しいからです。LLCR = CFADSのPV ÷(CFADSのPV ÷ 目標DSCR)= 目標DSCR と約分されます。ただし割引率=借入金利、テールなし、DSRAを分子に含めない場合の関係で、条件が崩れると一致しません。
Q. ギアリング上限は、キャッシュフローが十分ならなぜ必要なのですか。
A. CFADS予測そのものが外れる可能性への備えです。①②はいずれも将来CFADSの予測値に依存しますが、③だけは予測に依存しません。加えて、スポンサーが十分な自己資金を入れていること(スキン・イン・ザ・ゲーム)が、運営へのコミットメントを担保します。
Q. 半期返済の案件ではどう計算しますか。
A. 期間を半期単位に刻み、金利も半期金利に直して同じ計算をします。ただしDSCRの判定は連続する2期の合計で年次判定する契約が多く、モデルの判定期間はローン契約の定義に合わせてください。
まとめ
Debt Sizingは、目標DSCRから逆算した各期Debt ServiceのPV、目標LLCRから逆算した残高上限、総事業費に対するギアリング上限の3つを並べ、その最小値を採用する作業です。設例では864.00/802.29/840.00百万円のうちLLCR制約がバインドし、借入額802.29百万円・必要エクイティ397.71百万円という資本構成が決まりました。
実務ではここにダウンサイドケース(P90等)の制約が加わり、しばしばそれが最終的なバインド制約になります。金利1%ポイントで借入額は3%前後、返済期間2期で30%近く動くため、感応度分析とバインド制約の可視化はセットで必須です。
借入額の裏側は常にエクイティ必要額です。前提を1つ動かすことはスポンサーのIRRを直接動かすことを意味するため、CFADSの定義・ケース設定・割引率の3点は、モデル上でも契約上でも曖昧にしてはいけません。
デットの構造をExcelで組み切る
サイジング、Sculpting、DSRA、ウォーターフォール、コベナンツ判定——デット周りのモジュールは循環参照と検算の設計が品質を決めます。複数トランシェやリボルバーを含むデットスケジュールの実装を、手を動かしながら習得します。
出典・参考(2026年8月21日確認)
- バーゼル銀行監督委員会「Basel Framework」CRE33(特定貸付債権に対するスーパーバイザリー・スロッティング方式。プロジェクトファイナンスの評価項目に財務指標が含まれます) https://www.bis.org/basel_framework/chapter/CRE/33.htm
- 内閣府 民間資金等活用事業推進室(PPP/PFI推進室)「PFI関係法令・ガイドライン等」 https://www8.cao.go.jp/pfi/
- 経済産業省 資源エネルギー庁 FIT制度・FIP制度に関する公表資料(買取期間・調達価格等の制度枠組み)(出典名のみ記載)
- 国土交通省「不動産鑑定評価基準」(収益還元法・直接還元法/DCF法の考え方)(出典名のみ記載)
- 目標DSCR・目標LLCR・ギアリング上限・テール期間・DSRA・CFADSの定義は、各案件のローン契約(Common Terms Agreement等)の定義条項に従います。本記事の水準感は一般的な実務慣行の説明であり、特定案件の条件を示すものではありません。
※本記事は教育目的の一般的な解説であり、法務・税務・投資助言ではありません。設例は理解のための仮設例です。