この記事で分かること
- Take-Private(上場企業の非公開化)LBOのモデルが、通常のLBOと具体的にどこで分岐するか
- 現在株価→オファープレミアム→完全希薄化株式数→Equity Purchase Price→S&U という4段の組み方(設例で全数値を検算)
- 新株予約権のITM判定とTreasury Stock Method(自己株式法)を使った希薄化調整の実装手順
- TOBファイナンス特有の実務(資金の存在を示す書面、コミットメントレター、ブリッジからパーマネントへの置換、決済タイミング別の資金所要)
結論:Take-Private LBOは「株価×プレミアム×完全希薄化株式数」で入口が決まる
非上場企業のバイアウトでは、買収価格はEBITDA倍率やDCFから積み上げて交渉で決まります。これに対してTake-Private(上場企業の非公開化)では、出発点が「市場が付けている株価」という外部から観測可能な数字になります。モデルの入口は、基準株価 → オファープレミアム → オファー価格 → 完全希薄化株式数 → Equity Purchase Price → ネットデット加算 → Enterprise Value という一本道です。ここで積み上がった金額を、そのままSources & UsesのUses側に置くと、必要な調達額が確定します。
この一本道のなかで、実務上いちばん間違いが起きやすいのが完全希薄化株式数です。有価証券報告書の「発行済株式総数」をそのままオファー価格に掛けると、自己株式の分だけ過大に、新株予約権(ストックオプション)の分だけ過小に見積もることになります。本記事の設例では、この希薄化調整を無視するとEquity Purchase Priceが15.28億円(1.53%)、Entry Multipleが0.13倍分ずれます。数十億円規模のズレがICの議論の前提を狂わせるため、最初に固めるべき数字です。
なお、公開買付制度(TOB)の仕組み・成立条件・スクイーズアウトの手続きはTOB(株式公開買付け)入門で、非公開化に伴う利益相反と少数株主保護(特別委員会・フェアネスオピニオン・MoM条件など)はMBO(マネジメント・バイアウト)入門で扱っています。本記事はそれらを前提として、モデルとファイナンス実務に絞ります。制度面が曖昧な方は先に上記2本を読んでから戻ってきてください。
通常のLBOと分岐する5つのポイント
Take-PrivateのLBOモデルは、骨格(S&U→予測PL・BS・CF→デットスケジュール→Exit→IRR)は通常のLBOモデルと同じです。違いは入口と資金繰りの制約に集中しています。
| 論点 | 非上場バイアウト | Take-Private |
|---|---|---|
| 価格の起点 | 評価レンジからの交渉 | 市場株価+プレミアム。プレミアム水準そのものが交渉対象になる |
| 対象株式数 | 株主が限定的で把握が容易 | 自己株式・新株予約権・CBを織り込んだ完全希薄化ベースで計算 |
| 情報の入手 | VDR開示に依存 | 有報・短信で初期モデルが組める。ただし精度は開示粒度に律速される |
| 取得の完了 | クロージングで100%取得 | TOB決済で大半、残りはスクイーズアウトで数か月後。決済が2回に割れる |
| 資金の確実性 | SPAのCPで一定の柔軟性 | 公告後の撤回が原則できない制度設計のため、調達確度の要求水準が高い |
とくに最後の「資金の確実性」はモデルの前提そのものに効きます。金融商品取引法第27条の11第1項は、公開買付開始公告をした後の撤回を原則として認めず、あらかじめ公告・届出書に記載した政令所定の事情が生じた場合に限って例外を認める構造になっています。したがって、非上場案件のSPAで見かけるファイナンシング・アウト(資金調達ができなければ買わない)を、そのままの形で置くことは想定されていません。つまり、公表の時点でデットとエクイティの手当てが実質的に固まっている必要があり、モデル上の資本構成は「公表前に確定させるもの」として扱います。
ステップ1:基準株価とオファープレミアムの置き方
プレミアムを何に対して掛けるか(基準株価)で、同じオファー価格でも見え方が変わります。実務では、公表前営業日の終値に加えて、直近1か月・3か月・6か月の終値単純平均に対するプレミアムを併記するのが一般的です。株価が下落トレンドにあれば、過去平均に対するプレミアムは終値比より小さく出ます。モデル側では、基準株価を1つに決めて全計算をそこに紐づけ、他の基準は見せ方として別表に置くのが安全です。
プレミアム水準そのものの妥当性検証は、過去の類似案件のプレミアム分布を集計するプレミアム・ペイド分析で行います。手法はコントロールプレミアムと流動性ディスカウント、案件抽出とデータ欠損の扱いはAIで類似取引(先例取引)を分析するを参照してください。
式:オファー価格 = 基準株価 ×(1 + プレミアム率)
以下は説明用の仮設例です。東証プライム上場の「T社」(架空)について、公表前営業日終値1,600円、プレミアム30%とすると、オファー価格は 1,600円 × 1.30 = 2,080円 となります。以降の設例はすべてこの2,080円を前提に計算します。
ステップ2:完全希薄化株式数を組む(ITM判定とTreasury Stock Method)
Take-Privateで買い取る必要があるのは、市場に出回っている普通株式だけではありません。行使すれば株式になる潜在株式(新株予約権、転換社債型新株予約権付社債など)も、何らかの形で対価を払って処理する必要があります。ここで使う考え方が、希薄化後EPSの計算でおなじみの自己株式法=Treasury Stock Method(TSM)です。会計上の希薄化EPSでの使い方は希薄化後株式数とEPSを参照してください。ここではこれを買収価格の積み上げに転用します。
設例の前提
| 項目 | 数値 | 出所(実案件では) |
|---|---|---|
| 発行済株式総数 | 50,000,000株 | 決算短信・有報「株式の総数等」 |
| 自己株式 | 2,000,000株 | 決算短信の期末自己株式数 |
| 第1回新株予約権(行使価額900円) | 1,000,000株 | 有報「新株予約権等の状況」 |
| 第2回新株予約権(行使価額1,500円) | 600,000株 | 同上 |
| 第3回新株予約権(行使価額2,400円) | 400,000株 | 同上 |
| LTM EBITDA | 120億円 | 短信・セグメント情報から作成 |
| 有利子負債/現金及び預金 | 200億円/80億円 | 直近四半期BS・有報注記 |
ITM判定
まず、各系列の新株予約権がオファー価格に対してイン・ザ・マネー(ITM)かを判定します。判定基準は行使価額 < オファー価格です。オファー価格2,080円に対して、第1回(900円)と第2回(1,500円)はITM、第3回(2,400円)はアウト・オブ・ザ・マネー(OTM)です。OTMの新株予約権は、経済合理的には行使されないため、希薄化株式数から除外します(実務上は、対価ゼロないし名目額で放棄・消却の合意を取り付ける形が採られることがあります)。
ここで注意すべきは、ITM判定はオファー価格に依存して動くという点です。本設例では、プレミアムが50%を超えてオファー価格が2,400円を上回ると、第3回もITMに転じて希薄化株式数が増えます。プレミアムを動かす感応度分析では、株式数を固定したまま価格だけ動かす実装にしていると、この転換点を取りこぼします。
Treasury Stock Method(自己株式法)
式:純増株数 = 潜在株式数 −(潜在株式数 × 行使価額 ÷ オファー価格)
権利者が行使価額を払い込んで株式を取得し、買い手はその払込金でオファー価格の水準で自己株式を買い戻す、と考えます。差引きで残った株数が実質的な希薄化です。
第1回では、払込金が 1,000,000株 × 900円 = 9.00億円。これでオファー価格2,080円の株式を買い戻すと 900,000,000 ÷ 2,080 = 432,692.3株。純増は 1,000,000 − 432,692.3 = 約567,308株です。第2回では、払込金が 600,000株 × 1,500円 = 9.00億円、買い戻しは同じく432,692.3株、純増は 600,000 − 432,692.3 = 約167,308株。第3回はOTMのためゼロ。合計の純増株数は、端数処理前で734,615.4株、734,615株となります(内訳を四捨五入した数値の単純合計とは1株ずれます)。
したがって完全希薄化株式数は、50,000,000 − 2,000,000 + 734,615 = 48,734,615株です。
検算:TSMの純増分は「新株予約権の本源的価値」と一致する
TSMは抽象的に見えますが、買い手の支出という観点では単純です。ITMの新株予約権を消すために買い手が実質的に負担するのは、本源的価値=(オファー価格 − 行使価額)× 目的株式数だからです。第1回は(2,080 − 900)× 1,000,000 = 11.80億円、第2回は(2,080 − 1,500)× 600,000 = 3.48億円、合計 15.28億円。一方、TSMの純増株数(端数処理前の734,615.4株)× 2,080円 = 15.28億円で完全に一致します。
この一致は偶然ではなく、TSMの定義から導かれる恒等式です。モデル上は、「純増株数×オファー価格」と「本源的価値の合計」を並べて差額ゼロを確認するチェック行を置いておくと、行使価額や株式数の入力ミスを即座に検知できます。
実務上の論点:新株予約権をどう処理するか
日本の実務では、新株予約権の扱いは案件により分かれます。(1)公開買付けの対象に新株予約権自体を含め、1個あたりの買付価格を提示する、(2)対象会社と新株予約権者の合意で、TOB決済後に無償または本源的価値相当額で取得・消却する、(3)会社法第179条第2項に基づき、特別支配株主(総株主の議決権の10分の9以上を有する者)が株式売渡請求と併せて新株予約権売渡請求を行う、といった経路があります。新株予約権付社債に付された新株予約権について売渡請求を行う場合は、同条第3項により当該社債の全部についても売渡しを請求する必要があります。
いずれの経路でも、モデル上の総支出は本源的価値相当額に収れんすると置いて初期モデルを組み、詳細が判明した段階で実額に差し替えるのが現実的です。ただし、行使条件(勤務継続要件、業績条件)や、支配権異動時の取扱いを定めた条項がある場合は、実際の支出額が本源的価値と乖離します。税制適格ストックオプションの要件との関係で、権利者側の税務が処理方法の選択に影響することもあり、この点は税務・法務アドバイザーの確認事項です。
なお、譲渡制限付株式報酬(RS)としてすでに発行済みの株式は発行済株式総数に含まれているため、二重計上しないよう注意します。転換社債型新株予約権付社債がある場合は、TSMではなく転換仮定法(if-converted method)で扱うのが整合的です(後述のFAQを参照)。潜在株式の性質ごとに手法が変わる点は、新株予約権の公正価値評価とも接続します。
ステップ3:Equity Purchase PriceからEnterprise Valueへ
式:Equity Purchase Price = 完全希薄化株式数 × オファー価格
48,734,615株 × 2,080円 = 1,013.68億円。内訳は、普通株式分 48,000,000株 × 2,080円 = 998.40億円と、新株予約権分 15.28億円です。
ここにEnterprise Valueへの橋渡しを掛けます。設例では有利子負債200億円、現金及び預金80億円ですから、ネットデットは120億円。EVは 1,013.68 + 120 = 1,133.68億円、LTM EBITDA 120億円に対するEV/EBITDA倍率は 1,133.68 ÷ 120 = 9.45倍です。
ネットデットに何を含めるか(退職給付債務、リース負債、非事業資産など)で倍率は動きます。項目の網羅的な整理はネットデット完全ガイド、価格構造としての考え方はキャッシュフリー・デットフリーを参照してください。上場企業の場合、これらの多くは有報の注記から読み取れるため、非上場案件よりも初期段階での精度は上がります。
希薄化調整を落とした場合との比較を置いておきます。普通株式のみで計算すると Equity Purchase Price は998.40億円、EVは1,118.40億円、EV/EBITDAは9.32倍。実際の9.45倍より0.13倍分低く見えます。倍率競争が0.25倍刻みで議論される局面では、この差は無視できません。Comps比較で自社案件だけ希薄化前の倍率を使ってしまうと、割安に見える方向にバイアスがかかります。
ステップ4:Sources & Usesを組む
Equity Purchase Priceが決まれば、Uses側の主要項目が確定します。Take-Private特有の追加項目は、既存借入のリファイナンスと公開買付関連の費用です。
上場企業の借入契約・社債要項には、支配権異動を期限の利益喪失事由や繰上償還事由とするチェンジ・オブ・コントロール条項が置かれていることが一般的です。したがって、既存借入は原則として買収と同時に全額リファイナンスする前提でモデルを組みます。既存レンダーが継続を承諾するケースもありますが、初期モデルでは全額リファイを置き、承諾が取れた分だけ後から戻す方が安全です。
| Uses(資金使途) | 金額 | Sources(調達) | 金額 |
|---|---|---|---|
| 普通株式の取得対価 | 998.40億円 | シニアローン(4.0倍) | 480.00億円 |
| 新株予約権の取得対価 | 15.28億円 | メザニン(1.0倍) | 120.00億円 |
| 既存借入のリファイナンス | 200.00億円 | 対象会社の余剰現金 | 50.00億円 |
| 取引関連費用(FA・DD・登録免許税等) | 25.00億円 | スポンサーエクイティ | 600.68億円 |
| ファイナンス関連費用 | 12.00億円 | ||
| Uses合計 | 1,250.68億円 | Sources合計 | 1,250.68億円 |
ここで重要なのが、Sources側の「対象会社の余剰現金50億円」の扱いです。この現金は、TOB決済の時点では使えません。買収SPCが対象会社の現金を買収資金に充てられるのは、株式取得が完了し、スクイーズアウトを経て合併やデットプッシュダウンの手続きが済んだ後です。したがって、上表は「最終形の資本構成」を示したものであり、決済時点の資金繰りとは別物として扱う必要があります。買収SPCの設計とあわせて、次章で時間軸を分解します。
決済タイミング別の資金所要と、ブリッジからパーマネントへの置換
Take-Privateでは、買収資金の支出が少なくとも3つのタイミングに分かれます。この分解を怠ると、モデル上は成立していても実際には資金が足りない、という設計になりかねません。
| タイミング | 支出内容 | 金額 |
|---|---|---|
| TOB決済(買付期間は公告から20〜60営業日) | 応募株式の買付代金(応募率92%を想定) | 918.53億円 |
| 同上 | 新株予約権の取得対価 | 15.28億円 |
| スクイーズアウト完了(TOB決済の数か月後) | 残存株式(8%)の取得対価 | 79.87億円 |
| 合併・デットプッシュダウン | 既存借入のリファイナンス | 200.00億円 |
| 株式・新株予約権の対価合計 | 918.53+15.28+79.87 | 1,013.68億円 |
応募率92%は説明のための仮定にすぎません。重要なのは、応募率が何%であっても、最終的な株式対価の合計は完全希薄化ベースの1,013.68億円で変わらないという点です。応募率は「いつ払うか」を変えるだけで、「いくら払うか」は変えません。したがってレンダーからのコミットメントは、応募率の想定に関係なく100%取得を前提とした最大所要額でとります。
実務では、TOB決済に間に合わせるためにブリッジローンを組成し、スクイーズアウトと合併が完了した後に、対象会社を借主とするパーマネントファイナンス(シンジケートローン)へ置き換える構成が用いられることがあります。ブリッジ期間中は買収SPCの単体信用力しかないため、担保・保証パッケージは対象会社株式の質権が中心となり、事業資産への担保設定は合併後になります。この設計の詳細は日本のLBOローン実務とリファイナンスの考え方をあわせて確認してください。
モデル上は、ブリッジ期間の金利とパーマネント調達時の手数料を二重に計上する(あるいは片方を落とす)誤りが起きやすい箇所です。ブリッジのアレンジメントフィー、ブリッジ期間の金利、パーマネントの組成フィーを別行で管理し、置換のタイミングで残高を切り替える実装にします。フィーの実効コストへの跳ね返りはLBOファイナンスのフィーと実効コストで詳述しています。
TOBファイナンスで求められる「資金の存在を示す書面」
公開買付届出書には、公開買付けに要する資金の存在を示すに足る書面を添付することが求められます(発行者以外の者による株券等の公開買付けの開示に関する内閣府令第13条第1項第7号)。金融庁の「公開買付けの開示に関する留意事項について(公開買付開示ガイドライン)」では、公開買付開始後に第三者からの借入れ等により資金を確保する場合の取扱いが示されており、財務局の審査資料としては、資金調達スキーム図、貸付人等の資力を確認できる資料、貸付け等に係る契約書やタームシート等が挙げられています。
実務的な含意は明確です。公表の時点で、レンダーとエクイティの双方から拘束力のある書面を取得している必要があるということです。デット側はコミットメントレターとタームシート、スポンサー側はエクイティ・コミットメント・レターが典型です。前章で触れたとおり公開買付けの撤回は制度上限定されているため、英国のスキームで発達したサートファンズ条項(資金確実性)に相当する厳格さが、日本のTOBでも実質的に求められます。
モデルへの跳ね返りは3点です。第一に、資本構成は公表前に確定するため、DD結果を受けてレバレッジを後から積み増す余地が乏しいこと。第二に、コミットメント取得から実行までの期間に対してコミットメントフィーが発生すること。第三に、マーケットフレックス条項(アンダーライティング・コミットメントとマーケットフレックス)が入っている場合、シンジケーション状況によって金利やフィーが上振れする可能性を感応度に織り込む必要があることです。レンダー交渉の全体像はレンダー交渉とタームシートの読み方、調達可能額の考え方はDebt CapacityとLBOファイナンスを参照してください。
公開情報だけでモデルを組む手順
Take-Privateの検討初期は、対象会社との接触が始まる前に、公開情報だけでモデルを組んで「その価格で成立するか」を確かめる作業から入ります。手順は次のとおりです。
| 拾う数字 | 出所(開示書類) | モデルでの使い所 |
|---|---|---|
| 発行済株式総数・自己株式数 | 決算短信の末尾、有価証券報告書「株式等の状況」 | 完全希薄化株式数の起点 |
| 新株予約権の系列・行使価額・目的株式数 | 有価証券報告書「新株予約権等の状況」 | ITM判定とTSM |
| 有利子負債の内訳・返済スケジュール | 有報の借入金等明細表、注記 | リファイ金額とネットデット |
| リース負債・退職給付債務 | 有報の注記(会計基準により表示が異なる) | デットライク項目の判定 |
| セグメント別売上・利益、減価償却費 | 短信・有報のセグメント情報、CF計算書 | LTM EBITDAの作成と事業別の成長前提 |
| 設備投資・運転資本の推移 | CF計算書、BS3期比較 | FCF予測とデット返済能力 |
注意点として、公開情報から作るEBITDAはDD後の調整後EBITDAとは別物です。上場企業には非上場のオーナー企業のような私的費用の混入は少ないものの、一過性損益の切り分けや本社費の配賦で差が出ます。初期モデルでは「開示ベース」と明示し、DD着手後に差し替える前提でレンジを持たせます。過去のTOB案件の条件を横断比較して相場観を作る手順はAIで公開買付け(TOB)関連書類を横断分析する、実際にどのファンドが非公開化案件を手がけているかは上場企業の非公開化・MBOに積極的なPEファンドランキングで確認できます。
プレミアム感応度と、モデルで起きやすい5つの誤り
Take-Privateの検討では、「プレミアムを何%まで出せるか」がそのまま入札戦略になります。設例の前提でプレミアムだけを動かすと、Entry Multipleは次のように変化します。
| プレミアム | オファー価格 | 完全希薄化株式数 | Equity Purchase Price | EV | EV/EBITDA |
|---|---|---|---|---|---|
| 10% | 1,760円 | 48,577,273株 | 855.0億円 | 975.0億円 | 8.12倍 |
| 20% | 1,920円 | 48,662,500株 | 934.3億円 | 1,054.3億円 | 8.79倍 |
| 30% | 2,080円 | 48,734,615株 | 1,013.7億円 | 1,133.7億円 | 9.45倍 |
| 40% | 2,240円 | 48,796,429株 | 1,093.0億円 | 1,213.0億円 | 10.11倍 |
| 50% | 2,400円 | 48,850,000株 | 1,172.4億円 | 1,292.4億円 | 10.77倍 |
プレミアム10ポイントの上乗せが、EV/EBITDAで約0.66倍分に相当します。デットが5.0倍で固定されるなら、上乗せ分はすべてスポンサーエクイティの追加出資となり、Exit倍率を据え置けばIRRは低下します。リターン要因の分解方法はLBOのIRR分解(Value Creation Bridge)で扱っています。
最後に、実務で頻出するモデル上の誤りを挙げます。第一に、発行済株式総数から自己株式を控除し忘れる誤り。自己株式は買付対象になりませんから、控除しないとEquity Purchase Priceが過大になります。第二に、OTMの新株予約権まで希薄化に含める誤り。ITM判定を価格連動にせず全系列を足し込むと、価格が低いシナリオほど過大に見積もることになります。第三に、TSMの純増株数ではなく潜在株式数の全額をそのまま加える誤り。払込金相当分を無視すると、設例では734,615株ではなく1,600,000株を加えることになり、約18億円の過大計上になります。第四に、対象会社の現金をTOB決済時点で使えるものとして資金繰りを組む誤り。第五に、既存借入をリファイナンスせず残す前提で置いたまま、チェンジ・オブ・コントロール条項を確認していない誤り。これらはいずれも、S&Uの段階でチェック行を1本入れておけば検知できます。
よくある質問(FAQ)
新株予約権の対価は、必ず本源的価値(オファー価格 − 行使価額)になりますか。
初期モデルの近似としては合理的ですが、必ずそうなるわけではありません。時間価値やボラティリティを織り込んだ評価額で交渉されることも、行使条件が未充足であることを理由に低い水準で合意されることもあります。案件の開示書類で新株予約権1個あたりの買付価格やその算定根拠が示されるため、判明した時点で実額に差し替えてください。
なぜ完全希薄化ベースで計算する必要があるのですか。時価総額をそのまま使ってはいけませんか。
買い手が最終的に100%の経済的持分を取得するには、潜在株式に対しても対価を払う必要があるためです。時価総額(株価×発行済株式総数)を使うと、自己株式を含めてしまう一方で新株予約権を落とすことになり、二重に方向の違う誤差が乗ります。Comps比較でも、対象会社と比較会社で希薄化の扱いを揃えないと倍率が整合しません。
転換社債(CB)がある場合はどう扱いますか。
TSMではなく転換仮定法で扱うのが整合的です。転換価額がオファー価格を下回るなら株式に転換される前提を置き、株式数を増やす代わりに社債残高をネットデットから除きます。逆に転換価額が上回るなら社債のまま残し、ネットデットに含めたうえで、支配権異動時の繰上償還条項の有無を確認します。どちらの前提でもEVが整合するかを確認するチェックが有効です。
TOBが不成立に終わった場合、調達したデットはどうなりますか。
一般的には、コミットメントレターやブリッジローン契約に、公開買付けが不成立となった場合の実行前提の不充足やコミットメント終了に関する定めが置かれます。ただし、公表時点までに要したアレンジメントフィーやDD費用は回収できないため、不成立リスクはスポンサー側のコスト負担として残ります。個別案件の条項は契約次第であり、専門家の確認が必要です。
上場企業を対象にすると、非上場案件よりレバレッジは高くできますか。
一概には言えません。開示情報が豊富でレンダーの与信判断がしやすい面はある一方、対象会社の現金や資産を決済時点で使えないこと、公表後の撤回が制度上限定されることから、レンダーはむしろ慎重になる側面もあります。実際の水準は、事業のキャッシュフロー安定性、担保余力、シンジケーション環境に依存します。
まとめ
Take-Private LBOのモデルは、基準株価にプレミアムを掛けてオファー価格を出し、完全希薄化株式数を掛けてEquity Purchase Priceを求め、ネットデットを足してEVを確定させる、という一本道で入口が決まります。この過程で最も精度が問われるのが完全希薄化株式数で、自己株式の控除、新株予約権のITM判定、Treasury Stock Methodによる純増株数の算定という3つの手順を正確に踏む必要があります。
設例では、希薄化調整の有無でEquity Purchase Priceが15.28億円(1.53%)、EV/EBITDAが0.13倍動きました。TSMの純増株数×オファー価格が新株予約権の本源的価値合計と一致することを利用すれば、この計算は自己検算できます。
ファイナンス面では、公開買付けの撤回が制度上限定されていることから、公表前にデットとエクイティの手当てを固める必要があり、資本構成をDD後に見直す余地が乏しいことがモデルの前提になります。さらに、対象会社の現金は合併等の完了後まで使えないため、決済タイミング別の資金所要を分解し、ブリッジからパーマネントへの置換を織り込んだ実装が求められます。
制度・ガバナンス面の論点はMBO入門とTOB入門に、モデルの骨格はLBOモデルの作り方に譲っています。本記事の内容は、それらの上に乗る「上場企業を対象にしたときの差分」として位置づけてください。
出典・参考(2026年8月確認)
- 金融商品取引法施行令 第8条第1項(買付け等の期間等)/第14条(公開買付けの撤回等)|e-Gov法令検索 laws.e-gov.go.jp
- 金融商品取引法 第27条の11第1項(公開買付けの撤回等の制限)|e-Gov法令検索 laws.e-gov.go.jp
- 発行者以外の者による株券等の公開買付けの開示に関する内閣府令 第13条第1項第7号(公開買付届出書の添付書類・資金の存在を示すに足る書面)|e-Gov法令検索 laws.e-gov.go.jp
- 会社法 第179条(株式等売渡請求)|e-Gov法令検索 laws.e-gov.go.jp
- 金融庁「公開買付けの開示に関する留意事項について(公開買付開示ガイドライン)」 fsa.go.jp
- 金融庁「株券等の公開買付けに関するQ&A」 fsa.go.jp
- 財務省関東財務局「株券等の公開買付け」(審査資料等) lfb.mof.go.jp
- 金融庁 EDINET(有価証券報告書・公開買付届出書等の閲覧) disclosure2.edinet-fsa.go.jp
- 日本取引所グループ「適時開示情報」 jpx.co.jp
※本記事は教育目的の一般的な解説であり、法務・税務・投資助言ではありません。設例は理解のための仮設例です。制度の細部や個別案件の取扱いは改正・事案により異なるため、実務では必ず最新の一次情報と専門家の確認を経てください。