想定読者:M&Aや企業価値評価を学んでいる方、ROICを実務で使い始めた方
前提知識:損益計算書と貸借対照表の基本(ROICなどの用語は本文で説明します)

1972年1月3日、トレーディング・スタンプ事業を営むBlue Chip Stampsが、米国西海岸で箱入りチョコレートを製造・販売するシーズ・キャンディーズ(See’s Candy Shops。以下シーズ)の支配権を取得した1。Blue Chipは、のちにBerkshire Hathawayに合併される会社である。ウォーレン・バフェットは、自分とチャーリー・マンガーが当時Blue Chipを実質的に支配していたと書いている2。

価格は2,500万ドル。バフェットの株主への手紙によれば、シーズの純有形資産は約800万ドル、税引後利益は約200万ドルだった。価格は純有形資産の約3.1倍(有形純資産倍率)にあたる。バフェットは後年、純有形資産の3倍という価格に「息をのんだ」と回想している3。

帳簿の数倍を払う買収は、どうすれば正当化できるのか。現代の金融の言葉でいえば、これはROIC(投下資本利益率)と「のれん」の問題であり、稼いだ現金をどこに使うかという資本配分の問題でもある。数字が当事者であるバフェット自身の説明であることを踏まえて、買収価格の分解から再投資の論理までを順にたどる。

表1 年表:シーズ買収とその後(数値はバフェットの手紙による)
年月出来事
1972年1月3日、Blue Chip Stampsがシーズの支配権を2,500万ドルで取得。チャック・ハギンズに経営を任せる
1977年末BerkshireのBlue Chip持分は約36.5%。シーズはBlue Chipの99%子会社
1978年末合併を経て、BerkshireのBlue Chip持分が約58%になる
1983年BerkshireがBlue Chipを合併。翌年3月付の1983年度の手紙に付録「のれんとその償却」
1992年2月1991年度の手紙「キャンディ店での20年」。1991年の税引前利益は4,240万ドル
2002年2月2001年度の手紙が、今後の米国会計基準はのれんの償却を求めないと説明
2008年2月2007年度の手紙。2007年の売上高3億8,300万ドル、税引前利益8,200万ドル、必要資本4,000万ドル
2015年2月2014年度の手紙。買収以来の税引前利益の累計は19億ドル、追加投資は4,000万ドル
出典:Berkshire Hathawayの​株主への​手紙​(1977・1978・1983・1991・1999・2001・2007・2014年度)を​もとに​編集部作成。​手紙の​日付は​各年度の​翌年。​1972年時点の​Berkshireの​Blue Chip​持分は​本稿の​調査では​確認できていない。

要求は​3,000万​ドル、​成約は​2,500万​ドル——当事者の​手紙が​伝える​買収

Blue Chipの当時の年次報告書は本稿の調査では入手できず、数字の大半は、バフェットがBerkshireの株主に毎年送る手紙に拠る。手紙によって数字が少しずつ違うため(表2)、平均も丸めもせず、どの手紙の数字かを示して使う。

1991年度の手紙によれば、売り手の提示額は名目4,000万ドルだったが、シーズは1,000万ドルの余剰現金を持っていたので、実質は3,000万ドルだった。バフェットとマンガーは有形純資産「わずか700万ドル」を見て、2,500万ドルが上限だと伝え、売り手はそれを受け入れた4。同じ手紙でバフェットは、当時の二人は経済的フランチャイズの価値をまだ十分に理解していなかったと振り返る。ただ、シーズに未活用の価格決定力があることは見抜いていたという5。経営は、買収の当日から当時46歳のチャック・ハギンズに任された6。

表2 手紙によって異なる買収時(1972年)の数値
項目手紙の記述手紙の年度
買収価格2,500万ドル1983・1991・1999・2007・2014
売り手の要求実質3,000万ドル(名目4,000万ドル−余剰現金1,000万ドル)1991
売り手の要求3,000万ドル2007・2014
純有形資産約800万ドル1983・2007・2014
純有形資産700万ドル(tangible net worth)1991
売上高31,337,000ドル(表)1983・1984
売上高2,900万ドル(キャンディ売上)1991
売上高3,000万ドル2007
税引前利益420万ドル1977・1991
税引前利益500万ドル未満2007
税引前利益年約400万ドル2014
税引後利益約200万ドル(表では2,083,000ドル)1983・1984
出典:Berkshire Hathawayの​株主への​手紙​(各年度)。​すべて​バフェットに​よる​当事者の​説明。​売上高の​表の​値は​1972年の​年間​(52週)の​数値。​本文の​分析では、​3通が​一致する​純有形資産約800万​ドルを​主に​使い、​700万​ドルの​場合を​併記する。

買収価格を​純有形資産とのれんに​分ける

2,500万ドルは、純有形資産約800万ドルと、差額の1,700万ドルに分けられる(図1)。1983年度の手紙の付録「のれんとその償却」によれば、Blue Chipはこの1,700万ドルを会計上ののれんとして計上し、当時の規則に従って40年かけて毎年42.5万ドルずつ償却することになった。償却費は税務上の損金にならなかった7。

同じ付録でバフェットは、会計上ののれんとは別に「経済的のれん」という考え方を示した。純有形資産に対して市場の利回りを大きく上回る利益を見込める事業は、純有形資産よりはるかに価値が高い。その超過収益を資本化した価値(将来の超過収益を現在の価値に換算したもの)が経済的のれんだ、という説明である。シーズは純有形資産に対して税引後約25%を、借入に頼らず保守的な会計で稼いでいた。その源泉は在庫や設備ではなく顧客の好意的な評判で、それが製造原価ではなく買い手にとっての価値で売値を決めさせている、とバフェットは書く。会計上ののれんが償却で減り続けた一方で、1983年のシーズは約2,000万ドルの純有形資産で税引後約1,300万ドルを稼いでおり、経済的のれんは大きく増えたという8。現代の指標でいえば、将来のEVA(経済的付加価値。資本コストを上回る利益)の現在価値の合計に近い考え方だが、手紙は割引率も成長率も示していない。

買収価格の分解と二つの利回り図1 買収価格2,500万ドルを分解する(1972年)買収価格 = 純有形資産 + のれん(会計上)純有形資産約800万ドルのれん1,700万ドル1991年度の手紙は純有形資産を700万ドルとする(この場合、差額は1,800万ドル、価格は純有形資産の約3.6倍)のれんを除く利回り(事業の質)約25%税引後利益 約200万ドル÷ 純有形資産 約800万ドルのれんを含む利回り(買い物の質)約8%税引後利益 約200万ドル÷ 買収価格 2,500万ドルその後:1972年取得分ののれんは減り、稼ぐ力は伸びた・会計:1,700万ドルを40年で定額償却(年42.5万ドル) 1983年には残高が約1,250万ドルに減少・実態:1983年は純有形資産 約2,000万ドルで 税引後 約1,300万ドル(約65%)を稼いだ
出典:1983年度の​手紙の​付録​「のれんとその償却」、​1991・2014年度の​手紙を​もとに​編集部作成。​利回りは​バフェットの​丸めた​数値​(税引後約200万ドル)に​よる。​表の​1972年の​税引後利益2,083,000ドルを​使うと、のれんを​除く​利回りは​約26.0%、​含む​利回りは​約8.3%。

図1の二つの利回りは、現代のROICの二通りの計算に対応する。ROICは、借入の影響を除いた税引後営業利益(NOPAT)を投下資本で割った指標だ。証券会社の実務家であるMauboussinとCallahan(2014)は、買収を重ねた企業ではROICをのれんを除く・含むの二通りで計算し、事業そのものの収益性と、支払った価格に対する収益性を区別すべきだとして、Ciscoの2013年度の例(除くと125.4%、含むと34.1%)を挙げている9。

バフェットも1983年度の手紙で、事業の経済性は償却を除いた純有形資産利益率で、買収の是非はのれんを償却前の全額で見て判断すべきだと書き、「良い事業がいつも良い買い物とは限らない」と添えた10。編集部の整理では、前者がのれんを除くROIC、後者がのれんを含むROICに近い。ただし同じではない。手紙の数字は売掛金を含む純有形資産に対する税引後利益で、資本コストとの比較を式では示しておらず、毎年数か月は季節的な借入もあった。NOPATでは支払利息の影響を税引後で戻し、余剰現金を除いた事業用の投下資本を分母にするので、手紙の比率とは厳密には一致しない11。

必要資本は​なぜ​小さいのか——1972年から​2007年までの​数字

2007年度の手紙によれば、売上高は3,000万ドルから3億8,300万ドルへ、税引前利益は500万ドル未満から8,200万ドルへ増えた。一方、事業に必要な資本は800万ドルから4,000万ドルへの増加にとどまり、1972年以降の再投資は3,200万ドルだけだった。同じ期間の税引前利益の累計は13.5億ドルにのぼる。販売数量の伸びは年約2%にすぎない12。

1972年から2007年への倍率図2 1972年→2007年:何倍になったか2007年の値 ÷ 1972年(買収時)の値販売数量1.9倍1,600万→3,100万ポンド必要資本5.0倍800万ドル→4,000万ドル売上高12.8倍3,000万ドル→3億8,300万ドル税引前利益19.5倍420万ドル→8,200万ドル増分で見る(税引前・手紙の「必要資本」ベース)利益の増加 7,780万ドル ÷ 資本の増加 3,200万ドル≒ 約2.4倍1972年以降の税引前利益の累計 13.5億ドルのうち、再投資は3,200万ドル(約2.4%)
出典:2007年度の​手紙を​もとに​編集部作成。​1972年の​税引前利益は​1977・1991年度の​手紙の​420万ドル​(2007年度の手紙は「500万ドル未満」)。​倍率・比率は​編集部の​計算で、​税引前の​数値と​手紙の​「必要資本」の​定義に​よる​概算。​正式な​ROIC・​ROIICではない。

必要資本が小さい理由として、バフェットは二つを挙げる。商品が現金で売られるので売掛金がないこと、製造から販売までのサイクルが短いので在庫が少なくて済むことだ13。現代の言葉でいえば、キャッシュ・​コンバージョン・​サイクル(仕入れや製造に払った現金が、販売を経て手元に戻るまでの日数)が短い。売上はクリスマス前に集中し(1984年度の手紙では、その4週間に年間数量の40%、年間利益の約75%)、資本は季節で大きく動く。2011年末の、現金を除いた簿価はマイナスだったという14。

1991年度の手紙には、利益の増加は、それを生むのに要した追加の資本と比べて評価しなければならない、という一文がある15。この見方で2007年度の数字を読むと、税引前利益の増加7,780万ドルに対し、必要資本の増加は3,200万ドルで、増分の比率は約2.4倍になる。税引前の数値と手紙の定義による概算で、正式なROIIC(増分投下資本利益率)ではないが、成長にほとんど資本を要しなかったことは読み取れる16。

利益率の​高い​事業ほど、​再投資の​場所に​困る

Damodaranの教科書は、期待成長率は再投資率(利益のうち再投資に回す割合)と資本利益率の積で決まり、資本利益率が資本コストを上回るときだけ成長が価値を増やすと説明する17。これを継続価値の式にしたものが価値ドライバー式である。

継続価値 = NOPAT ×(1 − g ÷ RONIC)÷(WACC − g)

gは永続成長率、RONICは新規投資の資本利益率、WACCは加重平均資本​コストで、NOPATには翌年度の値を使う。分子のNOPAT×(1−g÷RONIC)は、成長に必要な再投資を差し引いた後に残る現金(フリーキャッシュフロー)で、それを割引率と成長率の差で割ると、毎年一定の率で成長する現金の流れの現在価値になる。MielcarzとOsiichuk(2017)は、Copelandらが1990年に「key value drivers formula」と呼んだ式として、これを導いている18。図3は、NOPAT 100、WACC 8%の単純化した設例で、成長率と価値の関係を描いたものだ。

成長率と価値(価値ドライバー式の設例)図3 成長率と価値:新規投資の利益率で結果が変わる単純化した設例:来年度のNOPAT 100、WACC 8%01,0002,0003,0000%1%2%3%4%5%永続成長率 g価値RONIC30%15%8%=WACC6%成長率3%のときの価値RONIC 30%:1,800 15%:1,6008%:1,250(成長なしと同じ) 6%:1,000
編集部作成。​価値=NOPAT×(1−g÷RONIC)÷​(WACC−g)。​RONICは​新規投資の​資本利益率。​理解の​ための​設例で、​シーズの​数値ではない。

RONICが30%なら、成長率3%で価値は1,800になる。RONICがWACCと同じ8%なら、式が成り立つ範囲(gがWACCより小さい範囲)では、成長率を上げても価値は成長なしと同じ1,250のままで、6%なら成長するほど価値は下がる。この式は、翌年度のNOPATを起点に、WACCとRONICが一定で、g÷RONICの再投資を続けて成長を保つ定常状態を仮定している。価値を決めるのは利益率の高さだけではなく、その利益率で投じられる資本の量である。MauboussinとCallahanも、資本コストを上回る正の差(スプレッド)が同じなら、速く成長する企業ほど多くの価値を生むと書く19。

この式に照らせば、シーズは高い増分収益性を示す一方、社内で高い利益率の再投資を続けられる余地が限られた事業だった。バフェットは2007年度の手紙で、真に優れた事業でも、利益の大部分を社内で高い利益率で再投資し続けることはできないと書き、2014年度の手紙では、菓子事業を広げる試みの多くは実らなかったと認めている。シーズの利益は、税を払った後、他の事業の買収に使われた20。ここで区別したいのは、シーズという事業の価値と、シーズの現金を他に振り向けて得た価値である。後者は資本配分の成果であり、シーズのROICでは説明できない。

インフレの​設例——少ない​追加資本で​名目の​価値を​保てるか

1983年の付録は、インフレの影響も設例で論じている。シーズと同じく年200万ドルを稼ぐが、純有形資産が1,800万ドル必要な「平凡な事業」は、利益率11%で経済的のれんがほとんどなく、純有形資産と同じ1,800万ドルでしか売れない。物価が2倍になれば、どちらも名目利益を400万ドルにするために、売掛金や在庫などの純有形資産を2倍にしなければならない。平凡な事業は1,800万ドルを追加して価値が3,600万ドルになるだけだが、シーズは800万ドルの追加で、買収時と同じ基準で評価すれば価値は5,000万ドルになる、とバフェットは計算した(表3)21。

表3 バフェットのインフレ設例(1983年度の手紙の付録)
項目シーズ型の事業平凡な事業
当初の税引後利益200万ドル200万ドル
必要な純有形資産800万ドル1,800万ドル
純有形資産利益率約25%約11.1%
当初の価値2,500万ドル1,800万ドル
物価2倍後の税引後利益400万ドル400万ドル
追加で必要な資本800万ドル1,800万ドル
物価2倍後の価値5,000万ドル3,600万ドル
価値の増加2,500万ドル1,800万ドル
追加資本1ドルあたりの価値増加約3.1ドル1.0ドル
出典:1983年度の​手紙の​付録。​バフェットの​仮定に​よる​設例で、​実データではない。​販売数量と​利益率は​変わらないと​仮定。​当初の​価値は、​シーズ型が​実際の​買収価格、​平凡な​事業が​純有形資産と​同額​(売れたかもしれない​価格と​しての​バフェットの​仮定)。​シーズ型の​物価2倍後の​価値は、​買収時と​同じ​基準​(利益の​12.5倍=2,500万​ドル÷200万​ドル)で​評価した​場合。​手紙は​「11%」​「1ドルあたり3ドル超」と​書いており、​表の​小数は​編集部の​計算。

ただしバフェット自身、シーズの持ち主も実質の利益を保つだけで800万ドルの追加を強いられたと断っている。設例は、販売数量が横ばいで、評価倍率が買収時と同じ12.5倍に保たれるという仮定に依存する。価値ドライバー式についても、Jennergren(2013)は、既存事業と成長投資を分ける定式化が、既存事業をインフレ率ゼロで評価することになると批判している22。名目と​実質を揃えるのは、式を使う側の責任である。

現代の​実務への​応用——買収価格・​必要資本・​再投資を​分けて​確かめる

シーズの事例から、M&Aや投資の判断に使える確認の手順を五つ取り出す。

1. 買収価格を​分解し、​二つの​利回りを​並べる

買収価格の検討や投資委員会の資料づくりでは、まず対象会社の投下資本(運転資本と事業用の固定資産。余剰現金は除く)とNOPATから、のれんを除くROICを出す。次に、NOPATを買収価格(企業価値)で割った利回りを出す。前者が高くても、後者がWACCを下回るなら、次の設例の前提では、その差を価値を生む成長で埋める必要がある(実務では、既存事業の収益改善や非事業資産なども価格差の説明になりうる)。そこで価値ドライバー式を逆に使い、価格に織り込まれた成長率を求める。

数値例の前提(単純化した設例)

  • 対象会社の投下資本は100億円、来年度のNOPATは20億円(のれんを除くROICは20%)
  • WACCは7%、買収価格(企業価値)は400億円。手数料・シナジーは考えない
  • 新規投資の利益率(RONIC)が20%の場合と、WACCと同じ7%の場合を比べる
表4 買収価格に織り込まれた成長を逆算する(単純化した設例。単位:億円)
項目数値計算
投下資本(のれん除き)100前提
来年度のNOPAT20前提
のれんを除くROIC20%20÷100
買収価格(企業価値)400前提
買収価格に対するNOPATの利回り5.0%20÷400
成長なしの価値285.720÷7%
成長への期待に払う部分114.3400−285.7
必要な永続成長率(RONIC 20%)2.7%価値ドライバー式を逆算
そのための再投資率13.3%g÷RONIC
RONIC 7%(=WACC)のときの価値285.7成長率によらず一定
編集部作成。​架空の​数値例で、​実在の​企業・​案件とは​関係ない。​税金の​詳細・​手数料・​シナジーは​考えない。​再投資率は​丸める​前の​成長率​(2.666…%)で​計算している。​逆算の​式:g=​(価格×WACC−NOPAT)÷​(価格−NOPAT÷RONIC)。

この設例では、ROICは20%と高いが、買収価格に対する利回りは5.0%にすぎない。成長なしの価値は約286億円で、残りの約114億円は成長への期待に払うことになる。新規投資で20%を稼ぎ続けられるなら、必要な永続成長率は約2.7%で、利益の約13%を再投資すればよい。新規投資の利益率がWACCと同じ7%しかなければ、式が成り立つどの成長率を置いても400億円は正当化できない。確かめるべきは、この成長率と再投資率が、市場の伸びや過去の実績と矛盾しないかである。中小企業のM&Aで目安に使われる年買法の営業権(時価純資産への上乗せ分)も、どれだけの超過収益を何年分見込むものかを同じ考え方で点検できる。

2. 必要資本を​因数分解する

資本利益率の高さが何から来ているのかを、売掛金・在庫・買掛金・固定資産に分けて確かめる。シーズには現金販売と短い製造・流通サイクルという構造的な理由があった。仕入先への支払いを一時的に延ばしただけなら、必要資本の小ささは長続きしない。季節性のある事業では、期末の残高ではなく年間平均の投下資本を使う。シーズの年末の簿価がマイナスだったように、期末だけで計算するとROICは極端な値になる(マイナス​運転資本)。

3. 利益の​増加を、​資本の​増加で​割る

過去3〜5年の利益の増加を、同じ期間の投下資本の増加で割る。新しい投資の利益率が下がっていれば、価値ドライバー式のRONICは既存事業のROICより低く置く。2007年度の手紙は、1996年に買った飛行訓練事業FlightSafetyについて、増分投資5.09億ドルに対する利益を「良いが、シーズには遠く及ばない」と評している。税引前利益の増加1.59億ドルを増分投資で割ると約31%で、シーズの約2.4倍とは大きな開きがある23。

4. 再投資の​余地と​資本配分を​分けて​評価する

ROICが高く再投資の余地が小さい事業では、余った現金の使い道が株主の成果を左右する。配当、自社株買い、借入の返済、他事業の買収のどれに回し、その利回りがWACCを上回るのかを、事業の評価とは別に確かめる(資本配分の​実務)。バフェットは2007年度の手紙で、事業を三つの「預金口座」にたとえた。利率が非常に高く年々上がる口座、追加の預け入れにも魅力的な利率がつく口座、利率が低いのに追加の預け入れを求め続ける口座である24。DCFでは、高いROICと高い成長率を同時に置く前に、その成長に必要な再投資率(g÷RONIC)が予測のキャッシュフローと整合しているかを確かめる(ターミナル​バリューの​計算)。

5. 会計上ののれんと​経済的な​価値を​混同しない

のれんの会計処理は、時代と基準によって変わる。シーズの時代の米国では40年以内の定額償却が求められたが、バフェットは2001年度の手紙で、今後の米国の会計基準はのれんの償却を求めず、報告利益は増えても真の経済的利益は増えないと書いた25。日本基準とIFRSの違いは用語集に譲るが、償却費や減損の有無は、事業の稼ぐ力を直接は映さない。また現在の買収会計では、取得原価をまず識別可能な資産・負債に公正価値で配分し、残りをのれんとする26。ブランドのような識別可能な​無形資産が別に計上されれば、のれんを除くROICの分母にそれを含めるかどうかも、目的に応じて決める必要がある。

限界と、​よく​語られる​逸話の​扱い

本稿の数字は、ほぼすべてバフェットの手紙という当事者の説明に拠る。Berkshireの2007年の年次報告書もシーズを小売部門に含めて開示しており、単体の数字を独立に確かめることはできなかった27。手紙の多くは何年も後に成功した買収を振り返る回想であることも、差し引いて読む必要がある。

流布している話のうち、裏付けのないものは事実として扱っていない。マンガーがバフェットを説得して高い価格で買わせたという話について、2014年度の手紙は、マンガーは3,000万ドルの価値があると言ったが、自分は2,500万ドルを超えて払いたくなく、売り手が2,500万ドルを受け入れたと書く28。買収資金はBlue Chipのフロート(顧客から先に受け取り、後で引き換えや支払いに応じるまで手元に置かれる資金)だったという説明は、本稿で読んだ一次資料には見当たらない。「2,500万ドルが19億ドルになった(76倍)」という言い方も、手紙が比べているのは買収価格と税引前利益の累計であり、投資倍率ではない29。

よく​ある​質問

シーズ・​キャンディーズは​Berkshire Hathawayが​買収したのですか。

バフェットの​手紙に​よれば、​1972年に​買収したのは​Blue Chip Stampsです。​バフェットと​マンガーが​実質的に​支配していた​会社で、​Berkshireは​その​株式を​段階的に​増やし、​1983年に​合併しました。​その​結果、​シーズは​Berkshireの​傘下に​入りました。

まとめ——良い​事業と​良い​買い物を​分けて​測る

シーズの買収は、純有形資産の約3倍という価格の中身を、高い資本利益率と経済的のれんで説明した事例である。のれんを除く利回りで事業の質を、のれんを含む利回りで買い物の質を測る。利益率の高い事業でも、その利益率で再投資できる量には限りがあり、余った現金の使い道が価値を左右する。数字は当事者の説明だが、この分け方は現代のM&Aと企業価値評価でもそのまま使える。

脚注

  1. 1991年度の手紙(R1)は「1972年1月3日」にBlue Chip Stampsが支配権を取得したと明記しています。1977年度(R2)・1983年度(R3)の手紙は「1972年の初め」と書きます。1983年度の手紙の付録には「1971年の買収」という表記も1か所ありますが、ほかの記述と合わないため、本稿は1991年度の手紙の日付に従います。Blue Chipが小売店にトレーディング・スタンプを提供する事業を営んでいたことは、1975年の米連邦最高裁判決(R4)で確認できます。↩
  2. 2007年度の手紙(R5)は「チャーリーと私は当時Blue Chipを支配しており、のちにBerkshireに合併した」と書き、2014年度の手紙(R6)はBlue Chipを「チャーリー、私、Berkshireが大きな持分を持つ会社」と説明しています。BerkshireのBlue Chip持分は、1977年末に約36.5%(R2)、1978年末の合併後に約58%(R7)、1983年の合併の前に60%(R3)でした。1972年の買収時点の持分比率と、支配の法的な形は、本稿の調査では確認できていません。↩
  3. 純有形資産約800万ドル・税引後利益約200万ドルは1983年度の手紙の付録(R3)によります。2007年度の手紙(R5)は「事業に必要な資本」として、2014年度の手紙(R6)は純有形資産として、同じく800万ドルを挙げますが、1991年度の手紙(R1)は「有形純資産700万ドル」と書いています(表2)。有形純資産倍率は2,500万÷800万で約3.1倍、700万ドルなら約3.6倍です(編集部の計算)。「息をのんだ」は、2014年度の手紙の “A price that was three times net tangible assets made me gulp.” の訳です。↩
  4. 1991年度の手紙(R1)。名目4,000万ドルは、最終的に取得した100%の持分で換算した額です。2007年度(R5)・2014年度(R6)の手紙は、売り手の要求を単に3,000万ドルと書いています。手紙は2,500万ドルが余剰現金を除いた実質の価格かどうかを明記しておらず、現金を含む支払総額は分かりません。↩
  5. 1991年度の手紙(R1)。いずれも約20年後の回想で、買収当時の判断を記録した同時代の文書ではありません。同じ手紙は経済的フランチャイズを、①必要とされ、②顧客が近い代替品はないと考え、③価格規制を受けない製品・サービスから生まれるものと定義しています。↩
  6. 1999年度の手紙(R8)は、ハギンズが46歳でシーズの経営を引き受けたと書き、1983年度(R3)・1991年度(R1)の手紙も、買収の日に経営を任せたと記しています。↩
  7. 1983年度の手紙の付録(R3)。1970年11月以降の買収で生じたのれんは最長40年で毎年同額を償却する規則で、償却費は税務上の損金にならず、税引後利益への影響はほかの費用のおよそ2倍だったと説明しています。手紙は、11年分の償却を経た1983年の残高を約1,250万ドルと説明しています(計算上は1,232.5万ドル)。↩
  8. 1983年度の手紙の付録(R3)。「経済的のれん」はバフェットの用語で、会計基準上の概念ではありません。付録は、売掛金を有形資産に含めて議論すると断っています。約25%は約200万÷800万、1983年の約65%は約1,300万÷約2,000万で、手紙の丸めた数値によります(1983年度の手紙の表の税引後営業利益1,369.9万ドルを使うと約68.5%。編集部の計算)。↩
  9. Mauboussin and Callahan(2014、R9)のROICの定義とGoodwillの項。証券会社(Credit Suisse HOLT)の実務家によるレポートで、査読を経た学術論文ではありません。NOPATの算出方法(EBITAから現金ベースの税を引くなど)は、組織によって細部が異なります。↩
  10. 1983年度の手紙の付録(R3)。原文は “A good business is not always a good purchase”。付録は、株式を対価にした買収では、帳簿に記録した金額ではなく、渡した株式の本源的価値で支払額を測るべきだとも書いています。↩
  11. 1983年度の手紙の付録(R3)は、買収時の有形資産の水準で「季節的な短い期間を除き」借入なしに事業を営めたと書き、2007年度の手紙(R5)も「毎年数か月はわずかな季節的借入が必要だった」と記しています。↩
  12. 2007年度の手紙(R5)。同じ手紙は買収時の税引前利益を「500万ドル未満」とし、1977年度(R2)・1991年度(R1)の手紙は420万ドルとしています。同じ手紙は買収時の必要資本に対する税引前利益率を「60%」と書きますが、420万ドルを使うと52.5%です。販売数量は1,600万ポンドから3,100万ポンドへの増加で、同じ手紙はこれを年約2%とします(編集部の検算では年1.9%)。累計の税引前利益は、1999年度の手紙(R8)で8億5,700万ドル、2011年度の手紙(R10)で16.5億ドル、2014年度の手紙(R6)で19億ドルとされ、互いに矛盾しません。↩
  13. 2007年度の手紙(R5)。↩
  14. 1984年度の手紙(R11)、2011年度の手紙(R10)。2011年度の手紙は、シーズの資本は季節によって変動し、クリスマスの後に最も低くなると説明しています。会計上の数値であり、事業に資本が要らないという意味ではありません。↩
  15. 1991年度の手紙(R1)。原文は “For an increase in profits to be evaluated properly, it must be compared with the incremental capital investment required to produce it.” 同じ手紙は、1972年から1991年までに必要な純資産が700万ドルから2,500万ドルに増え、その差1,800万ドルだけが再投資だったと書いています。↩
  16. 編集部の計算:(8,200万−420万)÷(4,000万−800万)=約2.43倍。起点を2007年度の手紙の上限500万ドルにしても約2.41倍です。税引前利益と手紙の「必要資本」による概算で、税引後のNOPATと投下資本で測るROIC・ROIICとは定義が違います。↩
  17. Damodaran, Investment Valuation 第12章(R12)。安定成長期の再投資率は成長率÷資本利益率で、資本利益率が資本コストに等しければ成長は価値に影響しないと説明しています。↩
  18. Mielcarz and Osiichuk(2017、R13)の式(6)。同論文は、Copeland et al.(1990)がこの式を “key value drivers formula” と呼ぶと記しています。McKinseyの『Valuation』(Koller ほか)の該当箇所は本稿では確認していません。Jennergren(2013、R14)の要旨も、McKinseyのチームの書がこの種の式を推奨していると述べています。式は、新規投資が同じ利益率と成長率を永続的に保つという単純化を含みます。↩
  19. Mauboussin and Callahan(2014、R9)の序論。スプレッドだけでは、そのスプレッドで投じられる資本の量は分からないとも書いています。↩
  20. 2007年度の手紙(R5)、2014年度の手紙(R6)。2007年度の手紙は「稼いだ場所に投資しなければならないという決まりはない」とも書いています。2014年度の手紙は、シーズが独立した会社であれば、利益は投資家に分配して再投資させるしかなく、税や摩擦的な費用がかかったと述べています。いずれもBerkshireという組織の利点を述べる文脈での当事者の説明です。↩
  21. 1983年度の手紙の付録(R3)。バフェットの仮定による設例で、実データではありません。シーズの5,000万ドルは買収時と「同じ基準で」評価した場合の値で、利益400万ドルの12.5倍(買収時の2,500万÷200万)にあたります(倍率の読みは編集部)。手紙は、平凡な事業は追加1ドルにつき名目価値が1ドル増えるだけで預金と同じ、シーズは1ドルにつき3ドル超と書いています。↩
  22. Jennergren(2013、R14)。本文は入手できず、要旨によります。要旨は、新規投資の利益率が既存事業の利益率と異なり得るのは運転資本の必要額が異なる場合に限られる、とも指摘しています。↩
  23. 2007年度の手紙(R5)。FlightSafetyの税引前営業利益は1996年に1億1,100万ドル、2007年に2億7,000万ドルで、手紙は増加額1億5,900万ドルを増分投資5億900万ドルと比べています。約31%は編集部の計算で、手紙は計算式を示していません。↩
  24. 2007年度の手紙(R5)の「三種類の預金口座」のたとえ。比喩であり、手紙は利率の具体的な水準を示していません。↩
  25. 2001年度の手紙(R15)。米国では2002年から、のれんを規則的に償却せず減損テストを行う処理に変わったと、Mauboussin and Callahan(R9)は説明しています。日本基準とIFRSの現行規定は、本稿では一次資料を確認しておらず、用語集に委ねます。↩
  26. IFRS Foundationによる IFRS第3号(企業結合)の公式要約(R16)。基準本文の該当段落は本稿では確認していません。↩
  27. Berkshire Hathaway 2007年 Annual Report のMD&A(R17)。シーズは小売部門(Retailing)に含めて開示されています。↩
  28. 2014年度の手紙(R6)。2007年度の手紙(R5)は「売り手が折れた」、1991年度の手紙(R1)は「売り手が我々の提示を受け入れた」と書き、価格が2,500万ドルから引き上げられたという記述はありません。一般誌のFortune(2012年、R18)はマンガーの「我々はけちだった」という趣旨の発言を伝え、シーズを知ったきっかけなどの逸話も載せていますが、一次資料で確かめられないため本稿では使っていません。↩
  29. 2011年度の手紙(R10)は累計16.5億ドルを、2014年度の手紙(R6)は累計19億ドルを、それぞれ買収価格2,500万ドルと並べています。19億÷2,500万=76ですが、税引前の利益の合計で、法人税、受け取った時期、Berkshireがその資金を再投資して得た成果を考慮しないため、投資倍率やIRRではありません。フロートについては、Blue Chipの資金の内訳を示す当時の資料(年次報告書など)を本稿では入手できていません。↩

参考文献​(2026年10月確認)

※本記事は教育目的の一般的な解説であり、投資助言ではありません。シーズの数値はバフェットの株主への手紙(当事者の説明)によるもので、手紙によって異なる場合があります。価値ドライバー式と買収価格の数値例は単純化した設例で、実在の企業・案件とは関係ありません。アイキャッチ画像は生成AIによるイメージで、実在の店舗・商品・人物を再現したものではありません。