この記事で分かること
- 年買法が「時価純資産+営業利益の数年分」で価格の目安を作る簡便法であること
- 営業権の年数(3〜5年)に理論的な根拠が乏しいという構造的な弱点
- 年買法とEV/EBITDA倍率で株式価値が190百万円ずれる整数設例と検算
- 日本の中小企業M&Aで広く使われている理由と、実務での補い方
30秒で分かる定義
年買法とは、時価純資産に、営業利益(または実質的な利益)の数年分を営業権として加算して株式価値を求める簡便な評価手法です。年倍法とも書かれ、英語では Years Purchase Method と呼ばれることがあります(読み方:ねんばいほう)。加算する年数は3年ないし5年が慣行的に用いられます。コストアプローチである時価純資産法に、収益力の対価を大まかに上乗せする折衷的な手法で、日本の中小企業M&A仲介の現場で価格の目安として広く使われています。
なぜ実務で重要なのか
理論的な洗練度で言えば、年買法はDCFやマルチプル法に劣ります。それでも実務で使われ続けているのには理由があります。
第一に、計算が単純で当事者が理解できることです。中小企業のオーナー経営者にとって、「純資産に利益の3年分を足した金額」は直感的に理解でき、納得しやすい説明になります。DCFの割引率やベータを説明しても、交渉の場では通じません。
第二に、他の手法が使いにくいことです。中小企業には信頼できる中期事業計画が存在しないことが多く、DCFの入力データが揃いません。類似上場会社を探しても、規模も事業構造も大きく異なり、マルチプルの適用に無理が生じます。非上場企業のバリュエーションが直面する制約が、そのまま年買法の存在理由になっています。
第三に、交渉の出発点として機能することです。同じ計算式を共有していれば、議論は「時価純資産の調整項目」と「営業権の年数」の2点に絞られます。
一方で、年買法の結果を鵜呑みにすることは危険です。年数の設定に理論的根拠が乏しく、成長性・資本効率・リスクといった要素が価格に反映されないためです。実務家に求められるのは、この手法を否定することではなく、限界を理解したうえで他の手法と併用し、乖離があればその理由を説明できることです。
計算式(または仕組み)
営業権 = 実質的な営業利益 × 年数(実務慣行では3〜5年)
計算そのものは単純ですが、2つの入力値それぞれに実務上の論点があります。
第一の論点は「実質的な営業利益」の算定です。中小企業のPLは、税務上の都合や経営者個人の事情が反映されていることが多く、そのままでは収益力を表しません。実務では次のような正常化調整を行います。
| 調整項目 | 調整の内容 |
|---|---|
| 役員報酬 | 過大・過少な報酬を、後任者に必要な適正水準へ置き直す |
| オーナー関連費用 | 私的な交際費、社用車、生命保険料などを除外 |
| 関連会社取引 | オーナー所有不動産の賃料などを市場水準へ修正 |
| 一時的損益 | 資産売却益、特殊要因による費用を除外 |
| 複数期の平均 | 直近3期の平均を用いて単年度のぶれを均す |
この正常化の考え方は、調整後EBITDAで扱う実務と共通します。年買法の精度は、実は年数の設定よりも、この正常化の質に依存します。
第二の論点は年数の設定です。3年か5年かで営業権は1.67倍変わりますが、この年数を決める確立された基準はありません。実務では、事業の安定性、顧客基盤の継続性、経営者依存度、業界の将来性といった定性的な要素を勘案して調整します。経営者個人の力量に依存する事業では年数を短く、仕組みで回る事業や許認可に守られた事業では長く、という考え方が一般的です。
整数設例で確認する
設例(架空数値)。単位は百万円。次の会社を評価します。
- 時価純資産:400/実質営業利益(正常化後・3期平均):80
- 減価償却費:30/借入金:200/現金:100
年買法(3年)による株式価値は、400 + 80 × 3 = 400 + 240 = 640です。営業権は240となります。
これをEV/EBITDA倍率法と比較します。EBITDAは営業利益80に減価償却費30を加えて 80 + 30 = 110。中小企業の取引で用いられる倍率を5倍と仮定すると、事業価値は 110 × 5 = 550。純有利子負債は 借入200 − 現金100 = 100なので、株式価値は 550 − 100 = 450となります。
| 手法 | 計算 | 株式価値 |
|---|---|---|
| 年買法(営業権3年) | 400 + 80 × 3 | 640 |
| 年買法(営業権5年) | 400 + 80 × 5 | 800 |
| EV/EBITDA 5倍 | 110 × 5 − 100 | 450 |
検算します。年買法3年は 80 × 3 = 240、400 + 240 = 640。5年なら 80 × 5 = 400、400 + 400 = 800。EV/EBITDA法は 110 × 5 = 550、550 − 100 = 450です。年買法3年とEV/EBITDA法の差は 640 − 450 = 190、EV/EBITDA法に対して約42%高い水準になります(640 ÷ 450 = 1.42倍)。
この乖離はどこから来るのでしょうか。年買法は純資産と収益力を二重に評価している面があります。EV/EBITDA法では、事業用資産が生み出す収益力が倍率を通じて事業価値に反映されており、その資産の価値は事業価値の中に既に含まれています。一方、年買法は資産の時価をまるごと計上したうえで、その資産が生み出す利益の数年分をさらに加算します。資産が生む利益と、その資産そのものを、両方カウントしている構造です。純資産が厚い会社ほど、年買法の結果は他の手法を上回りやすくなります。
もう一つの視点として、営業権240を税引後の利益で回収する年数を計算してみます。税率30%とすると税引後の実質営業利益は 80 × 0.7 = 56なので、240 ÷ 56 = 約4.3年で回収できる計算です。この回収年数は、割引率をゼロと置いた場合の投資回収期間にほかなりません。年買法が時間価値を無視した手法であることが、この計算から確認できます。
案件プロセス上の位置付け
年買法は、案件の初期段階で最も価値を発揮します。仲介会社が売手に対して概算の希望価格を示す段階、買手候補が案件情報(ノンネームシートや企業概要書)を見て検討を進めるかを判断する段階では、決算書3期分だけで計算できる年買法が実用的です。M&Aプロセスの全体像のなかで、初期スクリーニングの物差しとして機能します。
デューデリジェンス以降は、位置づけが変わります。DDで時価純資産の調整項目(簿外債務、回収不能債権、退職給付の積立不足)が明らかになり、また実質営業利益の正常化調整も精緻化されます。この段階では、年買法の結果は「初期の目線」として参照されつつ、実質的な価格の議論は調整項目の一つひとつに移っていきます。
最終条件交渉では、年買法そのものより、当初提示額からの調整額の妥当性が論点になります。売手にとっては当初の目安が期待値のアンカーになっているため、DDで発見された事項による減額の説明が交渉の中心作業になります。年買法の目安を最初にどう示すかが、後の交渉の難易度を左右するという意味で、初期段階の慎重さが重要です。
財務モデル・Excelでの使い方
- 正常化調整表を独立させる:申告書上の営業利益から、役員報酬・オーナー関連費用・関連会社取引・一時的損益を1行ずつ調整して実質営業利益を導く表を作ります。各行に根拠と資料名の列を付けます
- 3期分を並べる:直近3期の正常化後利益を並べ、平均・最新期・加重平均を切り替えられるようにします。利益が趨勢的に伸びている会社と減っている会社で、どれを採るかの判断が変わります
- 年数を入力セルにする:3年・4年・5年を切り替え、株式価値がどう動くかを即座に示せるようにします。交渉の場で使える形にしておくことが実務上の価値です
- 他手法との比較表:年買法、時価純資産法、EV/EBITDA倍率法、(計画があれば)DCFの結果を1つのレンジ図に並べます。乖離がある場合は、その原因を注記します
- 回収年数のチェック行:営業権を税引後利益で割った回収年数を表示します。長すぎる場合は価格が収益力に対して過大である可能性のサインです
- 感応度分析:実質営業利益と年数の2変数で株式価値のマトリクスを作ります。正常化調整の見解の差が価格にどう響くかを可視化できます
手法間の使い分けの考え方はDCFとマルチプルの使い分けで扱っています。倍率法の実務はEV/EBITDA倍率を参照してください。
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役員報酬とオーナー関連費用を正常化して実質営業利益を導き、年買法・時価純資産法・倍率法を並べたレンジ図まで作れるようになる。
実務家が確認するポイントとよくある誤解
誤解1:「年買法で出た金額が適正な株価」→ 年買法は交渉の出発点となる目安であって、理論的に裏づけられた価値ではありません。成長性、資本効率、事業リスク、経営者への依存度といった要素が価格に反映されない構造です。他の手法と併記し、乖離の理由を説明できて初めて資料になります。
誤解2:「営業権の年数は3年が標準」→ 慣行として3〜5年が使われているだけで、理論的な根拠はありません。設例で税引後利益56を資本コスト8%で永続還元すると700となり、年買法3年の営業権240を大きく上回ります。年数が短いことは事業リスクや継続の不確実性を織り込んだ結果と解釈すべきで、安定した事業では年買法が価値を過小評価している可能性もあります。
誤解3:「営業利益は決算書の数字を使えばよい」→ 中小企業の決算書の営業利益は、役員報酬の水準やオーナー個人の費用計上によって大きく歪んでいることが通例です。正常化調整を経ない年買法は、計算の形式だけを真似た無意味な数字になります。
確認ポイント:①後任経営者に支払う必要のある報酬水準を織り込んでいるか、②オーナー個人所有の不動産・車両を使っている場合、買収後の賃料負担を反映しているか、③特定の取引先や個人に売上が集中していないか、④許認可・免許が承継可能か、⑤簿外の債務(未払残業代、保証債務)が時価純資産に反映されているか、を確認します。①②は年買法の両方の項目(純資産と利益)に同時に影響するため、特に注意が必要です。
日本実務での扱い
年買法は、日本の中小企業M&A仲介の現場で最も広く使われている価格算定の枠組みです。中小企業庁が公表する中小M&Aガイドラインでは、譲渡価格の算定方法として純資産・取引事例・収益力の3つに着目する方法が整理されており、実務では純資産に営業権を加算する方式が用いられることが示されています(2026年7月時点)。同ガイドラインは算定方法や前提を当事者へ丁寧に説明することの重要性にも触れています。
事業承継の文脈でも、中小企業庁の事業承継ガイドラインが整理するとおり後継者不在の企業が第三者譲渡を検討する場面が増えており、価格の目安として実務に定着しています。
ここで区別すべきが税務上の株価との違いです。相続税や贈与税の計算では、国税庁の財産評価基本通達に基づく評価方法(類似業種比準方式、純資産価額方式、およびその併用方式)が用いられます。これは課税の公平を目的とした画一的なルールであり、M&Aの取引価格を導くものではありません。事業承継の局面では税務上の株価と第三者への譲渡価格が大きく乖離するのが通常で、両者を混同すると税務・価格交渉の双方で誤った判断につながります。目的に応じて評価を使い分け、必要に応じて税務専門家の関与を求めます。
なお、日本公認会計士協会の企業価値評価に関する実務指針では、単一のアプローチのみに依拠することの限界が指摘されています。年買法を使う場合も、可能な範囲でマルチプル法や簡易なDCFを併用して妥当性を確認するのが望ましい実務です。
面接・モデルテストで問われるポイント
Q:年買法とはどのような手法ですか。理論的な問題点も含めて説明してください。
「時価純資産に、正常化した営業利益の3年から5年分を営業権として加算して株式価値を求める簡便法です。計算が単純で当事者が理解しやすく、事業計画や類似上場会社のデータが揃わない中小企業でも適用できるため、日本の中小M&A実務で広く使われています。理論的な問題は3つあります。第一に、加算する年数に根拠がなく、3年か5年かで営業権が1.67倍変わります。第二に、貨幣の時間価値と割引率を無視しているため、リスクの大小が価格に反映されません。第三に、純資産をまるごと計上したうえで、その資産が生み出す利益も加算するため、資産の厚い会社では価値を二重に数える傾向があります。したがって実務では、年買法の結果を交渉の出発点としつつ、可能であればマルチプル法やDCFを併用して、乖離があればその理由を説明できるようにします。」
深掘りでは「実質営業利益の正常化で何を調整するか」「年数をどう決めるか」「税務上の株価との違い」が問われます。手法を批判できるだけでなく、なぜ実務で使われ続けているのかを説明できることが求められます。
よくある質問(FAQ)
Q. 営業権の年数は何を根拠に決めればよいですか?
A. 確立された基準はありませんが、実務では事業の継続性で調整します。経営者個人の営業力に依存する事業、取引先が数社に集中している事業、許認可の承継に不確実性がある事業では年数を短くし、仕組みで回る事業や参入障壁のある事業では長めに取ります。年数は「超過収益が何年続くと見込むか」の表現だと考えると、判断の軸が定まります。
Q. 営業利益ではなく、EBITDAや経常利益を使う流儀もありますか?
A. あります。減価償却負担の重い業種ではEBITDAベース、営業外収益が事業に密接な会社では経常利益ベースを用いることもあります。重要なのは使う指標に対して年数の水準が整合しているかです。EBITDAは営業利益より大きいため、同じ年数を掛ければ営業権は膨らみます。指標を変えるなら年数も見直す必要があります。
出典・参考(2026-07-21確認)
- 中小企業庁「中小M&Aガイドライン」(譲渡価格の算定方法) https://www.chusho.meti.go.jp/
- 中小企業庁「事業承継ガイドライン」 https://www.chusho.meti.go.jp/index.html
- 国税庁「財産評価基本通達」(取引相場のない株式の評価) https://www.nta.go.jp/
- 日本公認会計士協会「企業価値評価ガイドライン」 https://jicpa.or.jp/
※本記事は教育目的の一般的な解説であり、法務・税務・投資助言ではありません。設例は理解のための架空数値です。