この記事で分かること

  • EV/Gross Profit倍率の計算式と、EV/Sales・EV/EBITDAとの数式上の関係
  • 粗利率が30%と70%というように大きく異なる2社を、同じ売上高で比較した場合にEV/Salesがどれだけ乖離し、EV/Gross Profitがどれだけ収束するかを整数設例で検算
  • Eコマース・マーケットプレイスなど低粗利率かつ高成長の企業でこの倍率が使われる理由と、GMV・テイクレートとの関係
  • 粗利率の定義がCOGSの範囲や会計基準の表示方法で変わるため、比較前に必ず揃えるべき論点

結論:EV/Gross Profitは「粗利率がバラつく比較対象」を扱うための倍率

EV/Gross Profit倍率(企業価値を売上総利益で割った倍率)は、比較対象企業の粗利率が大きく異なり、かつEBITDAが赤字または僅少で意味を持たない場面で使う倍率です。仕入れて売るビジネス(EC小売・商社型の販売会社など)と、自社で開発したサービスを提供するビジネス(SaaS型など)を同じ土俵で比較しようとすると、EV/Salesは粗利率の差だけで大きくブレてしまい、EV/EBITDAは成長投資で赤字の会社には計算すらできません。売上総利益(売上高から売上原価を引いた金額)は、仕入れ・原価にかかる直接コストを差し引いたあとの「稼ぐ力の源泉」であり、成長投資に伴う販管費の使い方には左右されないため、この2つの倍率が機能しない場面での消去法的な、しかし実務上は有効な共通のものさしになります。

ただし、後述するとおり売上原価に何を含めるかは会社によってブレがあり、粗利率という指標自体が「揃えないと比較できない」性質を持っています。この記事では、売上総利益の計算式から、EV/Salesとの数式上の関係、粗利率が異なる2社を実際の数値で比較した結果、そしてマーケットプレイス・EC企業での使い方と限界まで、EV/Gross Profit倍率という1つの倍率に絞って解説します。赤字成長企業のバリュエーションという論点全体を扱う場合は赤字の成長企業のバリュエーションを、SaaS企業特有のARR倍率についてはソフトウェア・SaaS企業へのPE投資をあわせて参照してください。

なぜEV/Salesでは不十分なのか:粗利率のばらつき問題

EV/Salesは、赤字企業でも計算できる、収益認識のブレを受けにくいという理由で、成長企業の比較によく使われる倍率です。しかし、EV/Salesは売上高という「まだ何のコストも引いていない」数字を分母に使うため、同じ売上高でも粗利率がまったく違う会社を比べると、実態とかけ離れた結論を導きます。

典型的なのは、商品を仕入れて販売するEC小売・商社型のビジネスと、自社で開発したソフトウェアやサービスを提供するビジネスを、同じ比較対象群(Comps)に並べてしまう場面です。前者は売上高の大部分が仕入原価に消えるため粗利率は低くなりやすく、後者は仕入という概念がほとんどないため粗利率は高くなりやすくなります。この2つを同じEV/Sales倍率のレンジで比較すると、単に「粗利率が高い会社の方が高い倍率で取引されている」という当たり前の結果を、あたかも「成長性や収益性で優れている」かのように誤読してしまう危険があります。粗利率という補助指標を必ず併記し、粗利率の水準がそろっている会社同士でのみEV/Salesを比較するのが原則ですが、比較対象の粗利率がそもそも大きくばらついている業界では、この原則を守ること自体が難しくなります。EV/Gross Profitは、この粗利率の差を分母側に取り込むことで、比較対象間の粗利率の違いを打ち消す形の倍率です。

計算式とEV/Salesとの関係

EV/Gross Profit倍率の計算式そのものは単純です。企業価値(EV)を売上総利益で割るだけです。

EV/Gross Profit倍率
EV/Gross Profit = 企業価値(EV) ÷ 売上総利益(粗利)

この倍率がEV/Salesと本質的につながっていることは、売上総利益が「売上高×粗利率」で求められることを思い出すと分かります。売上総利益をこのように置き換えると、EV/Gross ProfitはEV/Salesを粗利率で割った値と一致します。

EV/Sales・EV/Gross Profit・粗利率の関係
EV/Gross Profit = (EV ÷ 売上高) ÷ 粗利率 = EV/Sales ÷ 粗利率
EV/Sales = EV/Gross Profit × 粗利率

この式が示しているのは、「粗利率が高い会社ほど、同じEV/Gross Profit倍率でもEV/Salesは高く見える」という関係そのものです。逆に言えば、EV/Salesだけを見て会社ごとの評価水準を比べると、粗利率という係数の分だけ数値が引き伸ばされたり縮んだりした状態を比較していることになります。EV/Gross Profitは、この粗利率という係数を分母に取り込むことで、EV/Salesに残っていた粗利率の影響を打ち消します。マルチプルの選び方で扱ったEV/EBITDA・PER・EV/Salesの使い分けと合わせて、粗利率の差が大きい比較対象が混ざる場合の追加の選択肢として位置づけると整理しやすくなります。

整数設例:粗利率が違う2社をEV/Sales・EV/EBITDA・EV/Gross Profitで比較する

以下は説明用の仮設例です。実在の企業の数値ではありません。売上高100億円で完全に一致するが、事業モデルが異なるため粗利率が大きく異なる2社を比較します。A社は商品を仕入れて販売するEC小売・商社型の会社、B社は自社開発のソフトウェアを提供するSaaS型の会社です。市場は、両社の成長の質やリスクをおおむね同程度とみなし、EV/Gross Profit倍率で8.0倍という同じ水準の評価を与えているとします(この8.0倍という数値も設例上の前提です)。

項目A社(EC小売・商社型)B社(自社開発SaaS型)
売上高100億円100億円
売上原価70億円30億円
売上総利益(粗利率)30億円(30%)70億円(70%)
販管費(うちS&M・R&D等)18億円80億円(S&M48・R&D22・G&A10)
EBITDA(EBITDA率)12億円(12%)▲10億円(▲10%)
想定売上成長率12%35%
EV(前提:EV/Gross Profit=8.0倍)240億円560億円
EV/Sales2.4倍5.6倍
EV/EBITDA20.0倍算定不可(EBITDA赤字)
EV/Gross Profit8.0倍8.0倍

検算します。A社のEVは売上総利益30億円×8.0倍=240億円、B社のEVは売上総利益70億円×8.0倍=560億円です。ここからEV/Salesを求めると、A社は240億円÷100億円=2.4倍、B社は560億円÷100億円=5.6倍となり、同じ8.0倍という評価水準にもかかわらず、EV/Salesは2.3倍もの差(5.6倍÷2.4倍)になります。これは前章の式のとおり、EV/Gross Profit×粗利率=EV/Salesという関係から生じる差であり、A社・B社の「稼ぐ力に対する市場評価」が違うからではなく、単に粗利率が30%と70%で異なるために機械的に生じる差です。もしEV/Salesだけを見て「B社はA社より2倍以上も高く評価されている」と判断すると、この機械的な差を実態の差と取り違えることになります。

EV/EBITDAはさらに極端です。A社はEBITDAが12億円の黒字のためEV/EBITDA=240億円÷12億円=20.0倍と計算できますが、この20.0倍という数値自体、粗利率30%の仕入販売業としてはかなり高い水準です。一方のB社は、粗利率70%と収益性の高い費用構造を持ちながら、成長投資としてS&M(営業・マーケティング)48億円、R&D22億円を投じているためEBITDAが▲10億円の赤字になり、EV/EBITDAはそもそも算定できません(英語では”n.m.”=not meaningfulと表記されることがあります)。B社の粗利率だけを見れば収益性の高いビジネスですが、成長投資の段階にあるという理由だけでEV/EBITDAという土俵から退場してしまうわけです。これに対してEV/Gross Profitは、A社・B社とも8.0倍で一致しており、粗利率の差にも、成長投資による赤字にも影響されない、両社を同じ土俵に乗せられる唯一の倍率になっています。

図1:粗利率が違う2社の評価倍率比較(設例) A社(EC小売・粗利率30%) B社(SaaS・粗利率70%) EV/Sales 2.4倍 5.6倍 EV/Gross Profit 8.0倍 8.0倍
図1:A社・B社は説明用の仮設例です。EV/Gross Profit倍率をともに8.0倍とそろえた場合、EV/Salesは粗利率の差(30%対70%)だけ乖離しますが、EV/Gross Profitは一致します。

低粗利率・高成長企業(Eコマース・マーケットプレイス)での使用例

EV/Gross Profitが実務でよく登場するのは、EC小売・マーケットプレイス・商社型の販売代理業など、粗利率が業界内でもばらつきやすく、かつ成長投資でEBITDAが赤字化しやすい業態です。ここでは、マーケットプレイス型企業を例に、GMV(流通取引総額)テイクレートの関係を踏まえながら、売上総利益とEBITDAがどのように乖離するかを見ます。

以下は説明用の仮設例です。あるマーケットプレイス型企業が、年間のGMV(プラットフォーム上で取引された流通総額)500億円を扱っており、テイクレート(GMVに対して自社の収益として受け取る手数料率)が8%だとします。この場合、売上高はGMVそのものではなく、GMV×テイクレート=500億円×8%=40億円になります。ここで注意すべきは、GMVを売上高やEVの分母に使う「EV/GMV」という発想自体が誤りになりやすいという点です。GMVはあくまで取引の総額であり、この企業が実際に得る収益ではないため、テイクレートの水準が違う企業同士をGMVベースで比べると、収益力の差を無視した比較になります。GMVは必ずテイクレートを掛けて売上高に変換したうえで、EV/SalesやEV/Gross Profitの計算に用いる必要があります。

売上高40億円に対して、決済手数料やクラウドインフラ費用などの売上原価が8億円だとすると、売上総利益は32億円(粗利率80%)になります。一方で、この企業がまだ出店者・購入者の獲得競争の最中にあり、営業・マーケティング費用や開発費用を中心とした販管費に38億円を投じているとすると、EBITDAは32億円−38億円=▲6億円の赤字になります。売上総利益は80%という高い粗利率を保ったまま黒字を維持しているにもかかわらず、成長投資の規模がそれを上回っているためにEBITDAが赤字になる、という構図です。この状態でEV/EBITDAを使おうとしても算定できず、EV/Salesを使うとテイクレートの水準次第で他社と比較にならない数値になりますが、EV/Gross Profitであれば、粗利率80%という収益性の高さを保ったまま、黒字の指標として比較対象に使うことができます。

図2:マーケットプレイス型企業の粗利とEBITDAの乖離(設例) 参考:GMV500億円×テイクレート8%=売上高40億円 売上高 売上総利益(サブトータル) 費用ステップ・EBITDA(赤字) 0 40億円 ▲8億円 32億円 ▲38億円 ▲6億円 売上高 売上原価 売上総利益 販管費 EBITDA
図2:説明用の仮設例です。売上総利益(粗利率80%)は黒字を保っていますが、出店者・購入者の獲得競争に伴う販管費がそれを上回るためEBITDAは赤字になります。

この構造は、比較対象企業(Comps)の選定にも影響します。仮に、評価対象となる非公開のマーケットプレイス企業C社の売上高(テイクレート控除後)が80億円、売上原価16億円、売上総利益64億円(粗利率80%)だったとします。ここで、上記のA社・B社を比較対象として、EV/Salesの単純平均((2.4倍+5.6倍)÷2=4.0倍)をC社の売上高にそのまま当てはめると、EV=80億円×4.0倍=320億円という評価になります。一方、EV/Gross Profitの平均((8.0倍+8.0倍)÷2=8.0倍)をC社の売上総利益に当てはめると、EV=64億円×8.0倍=512億円になります。両者の差は512億円÷320億円−1=60%にのぼり、粗利率80%というC社の実態を無視してEV/Salesの平均値を機械的に当てはめると、本来の評価より6割近く低い金額を導いてしまうことになります。Comps作成の5ステップで比較対象の選び方を整理したうえで、粗利率がばらつく比較対象群では、EV/Salesの単純平均をそのまま使わないことが重要です。

限界:粗利率の定義のブレを揃えないと比較できない

EV/Gross Profitは粗利率の差そのものを打ち消す倍率ですが、その前提として「各社の粗利率が同じ基準で計算されている」ことが必要です。実務では、この前提が崩れている場面が少なくありません。

まず、売上原価(COGS)にどこまでの費用を含めるかという定義の差があります。SaaS型企業では、クラウドインフラのホスティング費用や、導入後の顧客対応を担うカスタマーサクセス担当者の人件費を売上原価に含める会社と、販売費及び一般管理費(S&M側)に含める会社が混在します。同じ収益構造の会社でも、カスタマーサクセスの人件費をどちらに計上するかだけで、開示上の粗利率は数ポイントから十数ポイント変わり得ます。同様に、自社で開発したソフトウェアを資産計上する場合、その減価償却費を売上原価に含めるか、開発費(R&D)として販管費側に計上するかによっても粗利率は変わります。研究開発費の資産計上と費用処理の線引きについては研究開発費とソフトウェアの資産計上を参照してください。EC・小売企業でも、配送・倉庫費用を売上原価に含めるか物流費として別建てにするかで、同じ経済実態でも粗利率の見え方は変わります。

次に、収益の総額表示と純額表示の違いも粗利率を歪めます。マーケットプレイスやプラットフォーム型のビジネスでは、取引において自社が「本人(Principal)」として取引の当事者になっているのか、「代理人(Agent)」として手数料だけを受け取っているのかによって、売上高として計上する金額が大きく変わります。本人と判定されれば取引総額を売上高として計上し、それに対応する仕入原価を売上原価として計上しますが、代理人と判定されれば手数料収入のみを売上高として計上し、対応する売上原価はほとんど生じません。同じ経済実態のビジネスでも、この判定次第で開示上の粗利率が大きく異なって見えることがあります。この論点は総額表示と純額表示で詳しく扱っています。国際会計基準(IFRS)第15号でも、収益認識にあたって企業が本人か代理人かを判定する考え方が整理されており、この判定は業種を問わず適用されます。

さらに、日本基準とIFRSでは損益計算書の表示方法自体に違いがあります。日本基準では、売上高から売上原価を差し引いて売上総利益を表示する形式(費用を機能別に区分する形式)が一般的ですが、IFRSでは費用を性質別(人件費・減価償却費・材料費などの種類別)に表示する形式を採用する企業もあり、この場合は損益計算書上に売上総利益という科目そのものが独立して表示されないことがあります。IFRS適用企業の粗利率を機能別表示の日本企業と比較する際には、注記や事業別セグメント情報から売上原価に相当する金額を再構成する必要があり、これも定義のブレの一因になります。

以上の理由から、EV/Gross Profitで比較を行う前には、各社の有価証券報告書や決算説明資料の注記を確認し、売上原価に含まれる費用の範囲と、収益認識の総額・純額の別をできる限りそろえたうえで、必要であれば粗利を再計算してから比較する作業が欠かせません。開示された粗利率の数値をそのまま並べて比較すると、実態以上に差があるように見えたり、逆に実態のある差が見えなくなったりします。Compsシートをゼロから作るで解説した比較対象の調整手順は、この粗利の定義合わせにもそのまま応用できます。

粗利ベースのComps分析を手を動かして組んでみる

EV/Gross Profitの計算式を理解するのと、実際に複数社の開示情報から粗利の定義をそろえてComps表を組み立てるのとでは必要なスキルが異なります。売上原価の内訳を注記から拾い、粗利率の調整項目を反映させたシートを自分の手で作る練習をしておくと、面接のケーステストや実務でのComps作成で差が出ます。

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よくある質問(FAQ)

Q. EV/Gross ProfitはEV/EBITDAの代わりになりますか。
A. 代わりにはなりません。EBITDAが安定して黒字化すれば、収益性や費用構造の効率性まで反映できるEV/EBITDAの方が本来は情報量の多い倍率です。EV/Gross Profitは、EBITDAが赤字・僅少で意味をなさない成長段階や、粗利率が極端に異なる比較対象が混在する場面で使う、限定的な代替の倍率と位置づけるべきです。

Q. 粗利率が近い会社同士を比較する場合もEV/Gross Profitを使うべきですか。
A. 粗利率がそろっている会社同士であれば、EV/SalesとEV/Gross Profitはほぼ同じ結論になるため、無理に切り替える必要はありません。EV/Gross Profitが効果を発揮するのは、比較対象企業間で粗利率が大きくばらついている場合に限られます。

Q. マーケットプレイス企業はGMVで評価してもよいのでしょうか。
A. GMV(流通取引総額)は売上高そのものではないため、EV/GMVという形でそのまま評価倍率の分母に使うと、テイクレートの水準が違う企業同士の比較として成立しません。GMVはテイクレートを掛けて売上高に変換したうえで、EV/SalesやEV/Gross Profitの計算に用いる必要があります。

Q. 粗利率の定義が会社によって違う場合はどうすればよいですか。
A. ホスティング費用やカスタマーサクセス人件費など、売上原価に含める費用の範囲を各社の開示から確認し、可能な範囲で同じ基準に揃えたうえで粗利を再計算してから比較する必要があります。定義を揃えずに開示ベースの粗利率をそのまま比較すると、実態以上に差があるように見えることがあります。

まとめ

EV/Gross Profit倍率は、粗利率が大きく異なる比較対象企業が混在し、EV/Salesでは粗利率の差がそのまま評価差に見えてしまい、EV/EBITDAは赤字で算定すらできないという場面で使う倍率です。整数設例で確認したとおり、粗利率30%と70%の2社に同じEV/Gross Profit8.0倍を当てはめると、EV/Salesは2.4倍と5.6倍という2.3倍の差に開きますが、粗利率の違いという機械的な要因によるものであり、実態の評価差ではありません。マーケットプレイスやEC企業では、GMVとテイクレートの関係を踏まえたうえで、売上総利益を黒字の共通のものさしとして使う場面が実際に多くあります。ただし、売上原価に何を含めるか、総額表示か純額表示か、日本基準かIFRSかによって粗利率の見え方は変わるため、比較の前に各社の粗利の定義をそろえる作業を省略してはいけません。

粗利ベースの倍率をDCFLBOの前提づくりにもつなげる

粗利率の違いを踏まえたComps分析は、類似会社法だけでなく、DCFの売上原価前提やLBOのキャッシュフロー予測にもそのままつながります。マルチプルの選び方や評価手法どうしのズレを体系的に学びたい場合は、以下の教材もあわせて確認してください。

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出典・参考(2026年9月確認)

※本記事は教育目的の一般的な解説であり、法務・税務・投資助言ではありません。設例は理解のための仮設例です。