この記事で分かること
結論:セカンダリー価格は「会社の値段」ではなく「その株式が実際に受け取れる金額の期待値」で決まる
株式セカンダリー取引とは、スタートアップが新株を発行して資金調達するプライマリー取引とは別に、既存株主が保有する株式を第三者に譲渡する取引の総称です。直近の資金調達ラウンドで優先株が1株1,000円で取引されたとしても、その会社の普通株がセカンダリー市場で同じ1,000円で売買されるとは限りません。優先株には清算優先権をはじめとする経済的な保護が付いており、普通株にはそれがないためです。加えて、譲渡制限株式である以上、会社の承認や既存投資家の先買権・共同売却権といった手続をクリアしなければ譲渡自体が成立しません。
ここではまずセカンダリー取引の4類型を整理したうえで、会社法上の譲渡承認手続と投資契約上のROFR・共同売却権という2つのレイヤーがどう連動するかを確認します。そのうえで、優先株価格からどの程度のディスカウントで普通株の理論価格が形成されるかを仮設の数値例で検算し、最後に従業員セカンダリーの論点と日本のセカンダリー市場を取り巻く制度環境を整理します。数値はすべて説明のための仮設例であり、実在の企業のものではありません。
セカンダリー取引の4類型
「セカンダリー取引」とひとくくりにされますが、実務では売り手・買い手の組み合わせによって性質がかなり異なります。
| 類型 | 典型的な売り手 | 典型的な買い手 | 価格の基準になりやすい要素 |
|---|---|---|---|
| 投資家間の相対取引 | 初期に出資したVC・エンジェル | 後発の機関投資家・既存投資家 | 直近ラウンドの優先株価格を起点に交渉 |
| 従業員・創業者の一部売却 | 経営陣・キーパーソン従業員 | 既存投資家・新規投資家 | 生活資金確保が目的のため会社主導で条件設計 |
| セカンダリーファンドへの売却 | ファンド満期が近いVC等 | セカンダリー専門ファンド | 保有期間の残存年数・分散度を踏まえたディスカウント交渉 |
| 会社主導のテンダーオファー | 従業員・SO保有者を中心に広く募集 | 会社が選定した1社または少数の投資家 | 会社が事前に上限株数・単価レンジを設定 |
投資家間の相対取引は、VCのファンド運用上の事情(LP還元や持分整理)で発生することが多く、対象株式が優先株であるため価格交渉の起点は直近ラウンド価格になりやすい取引です。従業員・創業者の一部売却は、上場が見えない期間が長期化する中で、生活資金の確保やモチベーション維持を目的に、会社が主体的に枠組みを用意するケースが増えています。セカンダリーファンドへの売却は、VCのファンド満期(一般に10年前後で設計されることが多い)が近づいた際に、投資先の持分をまとめて売却する手段として使われます。会社主導のテンダーオファーは、会社がスケジュール・上限株数・単価を決めたうえで、従業員等から株式を買い集める仕組みで、個別交渉の手間を減らせる一方、参加できる株主の範囲や価格の妥当性を会社側で説明できる設計が求められます。なお、ここでいう「テンダーオファー」は、金融商品取引法上の公開買付け(TOB)制度そのものではなく、非上場会社が任意に設計する株式買い取りプログラムを指す実務上の呼称である点に注意が必要です。
譲渡制限株式の手続:会社法上の承認と、投資契約上のROFR・共同売却権
国内のスタートアップが発行する株式の多くは譲渡制限株式です。譲渡制限株式を第三者に譲渡するには、会社法第136条から第145条までに定められた譲渡承認の手続と、投資契約・株主間契約に定められた先買権(Right of First Refusal、ROFR)・共同売却権(タグアロング)という2つの異なるレイヤーの両方をクリアする必要があります。この2つは根拠が異なる別の制度である点が重要です。前者は会社法という強行法規に基づく手続、後者は当事者間の契約で任意に設計する条項だからです。
会社法上の手続はおおむね次のとおりです。譲渡人(または譲受人)は会社に対して譲渡等承認請求を行います(第136条・第137条)。会社は取締役会設置会社であれば取締役会、非設置会社であれば株主総会の決議によって承認可否を決定します(第139条)。会社が請求の日から2週間以内に通知をしない場合、承認したものとみなされます(第145条第1号)。会社が承認しない場合、会社または会社が指定する買取人が当該株式を買い取る義務を負い(第140条〜第142条)、買取価格は当事者間の協議、協議が調わなければ裁判所への申立てにより決定されます(第144条)。この会社法上の手続は、あくまで「会社が譲渡を承認するかどうか」と「不承認の場合に誰が引き取るか」を定めるものであり、既存投資家が優先的に買い取れるかどうかは別途、投資契約上のROFR条項で定めます。
ROFRは、既存株主(多くは主要な投資家)が、他の株主が第三者に株式を譲渡しようとする際に、その第三者と同一の条件で自ら優先的に買い取れる権利です。実務では、譲渡人が買主候補と条件交渉をまとめたうえで、ROFR保有者に通知し、契約で定めた一定の行使期間(案件により異なりますが、数週間程度で設定されることが多い期間)内に行使するかどうかの意思表示を求める設計が一般的です。ROFRが行使されなければ、次に共同売却権(タグアロング)を持つ株主が、譲渡人と同一の条件で自己保有株式の一部を同じ買主に売却できるかどうかを検討します。共同売却権は、支配株主や大株主だけが有利な条件で売り抜けることを防ぎ、少数株主にも同等の条件での売却機会を与える趣旨の条項です。ROFRと共同売却権のどちらも行使されなければ、当初の条件どおり第三者買主との譲渡が実行され、最後に会社法上の承認手続を経て譲渡が完了します。
価格算定の考え方:直近ラウンド価格からのディスカウントはどこから来るか
セカンダリー取引の価格を考える出発点は「直近ラウンドで優先株がいくらで取引されたか」ですが、これはあくまで優先株式の価格であり、普通株の価値と自動的に一致するわけではありません。優先株にはキャップテーブル上の希薄化とは別に、清算優先権という経済的な保護が付いているため、会社の将来価値をどう分配するかという段階で普通株よりも下方リスクが小さくなっています。優先株と普通株の価値差そのものの理論的な整理は優先株ラウンド価格とテンダーオファー価格の読み方で扱っているため、本記事ではその価値差が具体的にどの程度のディスカウント幅として現れるかを、仮設の数値例で検算します。
以下は説明用の仮設例です。国内で創業したSaaSスタートアップY社を想定します。完全希薄化ベースの発行済株式総数は1,000万株、うち優先株式(説明を単純化するため、複数ラウンド分を1x非参加型の単一クラスとして扱います)が300万株(30%)、普通株・ストックオプションプールが700万株(70%)です。直近ラウンドの優先株価格は1株1,000円で、優先株式の清算優先権の合計は30.0億円(300万株×1,000円)になります。この価格を発行済株式総数に当てはめると、完全希薄化ベースの会社評価額は100.0億円です。
式(各シナリオの1株あたり受取額)
優先株が転換しない場合:優先株1株あたり=清算優先権総額÷優先株数、普通株1株あたり=(エグジット価値-清算優先権総額)÷普通株数
優先株が普通株に転換する場合(as-converted価値が優先分配額を上回るとき):全株主が一律にエグジット価値÷発行済株式総数を受け取る
この会社の将来のエグジット価値について、ダウンサイド・ベースケース・アップサイドの3シナリオを仮に想定し、それぞれの発生確率を置いて期待値を計算します。
| シナリオ | 発生確率 | エグジット価値 | 優先株1株あたり | 普通株1株あたり |
|---|---|---|---|---|
| ダウンサイド(清算的売却) | 30% | 15.0億円 | 500円 | 0円 |
| ベースケース(M&A) | 50% | 60.0億円 | 1,000円 | 428.6円 |
| アップサイド(IPO想定) | 20% | 200.0億円 | 2,000円 | 2,000円 |
ダウンサイドではエグジット価値15.0億円が清算優先権総額30.0億円に届かないため、優先株が按分で全額を受け取り、普通株の取り分はゼロになります(優先株1株あたり=15.0億円÷300万株=500円)。ベースケースではエグジット価値60.0億円が清算優先権総額を上回るため、優先株はまず1,000円(清算優先権どおり)を受け取り、残り30.0億円を普通株700万株で按分し、1株あたり428.6円になります。アップサイドではas-converted価値(200.0億円÷1,000万株=2,000円)が清算優先権の1,000円を上回るため、優先株は転換を選び、優先株・普通株とも一律2,000円を受け取ります。各シナリオの受取額は、優先株数・普通株数・清算優先権総額から機械的に計算でき、実際に上記のとおり検算しています。
3シナリオを発生確率で加重平均すると、優先株の期待値は1,050円(500円×30%+1,000円×50%+2,000円×20%)、普通株の期待値は614.3円(0円×30%+428.6円×50%+2,000円×20%)になります。直近ラウンドの優先株価格1,000円を基準にすると、普通株の理論価格は614.3円で、ディスカウント幅は約38.6%(1-614.3円÷1,000円)という計算になります。これはあくまで清算優先権という経済条件の違いだけから生じる理論上のギャップであり、実務のセカンダリー価格にはさらに、非流動性(すぐに売却できない)や情報の非対称性(買い手が会社の内部情報に投資家ほどアクセスできない)、議決権・情報請求権が付かないことといった要因が上乗せされます。したがって、実際の取引で提示される価格が、この理論値よりもさらに低いディスカウントで交渉されることは珍しくありません。この上乗せ分の大きさは案件ごとの交渉事項であり、一律の相場観として語れるものではない点には注意が必要です。
実務でセカンダリー価格を検討する際は、この理論値をゼロから積み上げるよりも、セカンダリー取引の価格算定の考え方として、直近ラウンド価格に対する割引率(ディスカウント率)の形で交渉されることが一般的です。割引率の水準は、清算優先権による理論上のギャップに加えて、会社の資金調達余力・次のラウンドまでの想定期間・買い手候補の多寡といった個別事情によって変動します。優先株側の条件(参加型か非参加型か、清算優先権が1xを超えるかなど)によっても理論上のギャップの大きさは変わるため、条件を確認したうえで検算することが欠かせません。
優先株と普通株の価値差を自分の手で検算してみる
本記事の設例はすべて仮の数値です。実際の資本政策で同じ検算をするには、清算優先権の条件・発行済株式数・想定エグジット価値のシナリオをシートに落とし込み、優先株と普通株それぞれの期待値を比較する練習が役立ちます。
従業員セカンダリーの論点:インセンティブ設計とベスティング・税務の一般論
従業員が保有する株式(多くはストックオプション行使後の株式、または譲渡制限付株式報酬として付与された株式)をセカンダリーで売却する仕組みは、上場までの期間が長期化する中で、リテンション(人材の引き留め)策の一つとして位置づけられるようになっています。会社にとっての利点は、上場を待たずに従業員へ一定の現金化機会を提供できることで、金銭的な不確実性を理由とした離職を抑える効果が期待されます。一方で、経営陣・投資家の視点からは、早期の現金化が従業員の当事者意識やモチベーションを弱める可能性、株主構成が煩雑になる可能性、そして会社が価格の妥当性を株主全体に説明できる設計にしておく必要がある点が論点になります。このため、従業員セカンダリーを設計する際は、対象者・対象株数の上限・実施頻度・価格決定方法をあらかじめ会社としてルール化しておくケースが一般的です。
ベスティング(権利確定)が完了していない株式・オプションは、通常、会社が買戻権や譲渡禁止条項を設定しているため、そのままではセカンダリーの対象になりません。VCタームシートの交渉段階で合意したベスティングスケジュールが、セカンダリー実施可否の前提条件になる点は押さえておく必要があります。また、ストックオプションを行使して株式化した後にセカンダリーで売却する場合、税制適格ストックオプションの要件を満たしているかどうかで税務上の取扱いが変わります。要件を満たす場合は権利行使時の課税が繰り延べられ、株式譲渡時にまとめて譲渡所得として課税される一方、要件を満たさない場合は権利行使時点で給与所得等として課税され、譲渡時にはさらに譲渡所得課税が発生します。株式報酬全般の税務上の基本的な考え方は別途整理されていますが、いずれの場合も、株式譲渡による所得は「一般株式等に係る譲渡所得等の金額」として、他の所得と区分した申告分離課税の対象になり、税率は所得税・復興特別所得税・住民税をあわせて20.315%です。これは上場株式・非上場株式のいずれにも共通する基本的な取扱いです。個別の税務判断は必ず税理士等の専門家に確認してください。
日本のセカンダリー市場環境
国内では、スタートアップの上場までの期間が長期化する傾向を背景に、非上場株式の流通市場(セカンダリーマーケット)の整備が政策課題として取り上げられてきました。令和6年(2024年)に成立した金融商品取引法の改正により、特定投資家等を対象に非上場有価証券の仲介業務を行う場合の登録要件を緩和する「非上場有価証券特例仲介等業務」の制度が新設され、2025年5月1日に施行されています。この制度は、一般投資家を相手方とする取引を対象外としたうえで、非上場有価証券を専門に取り扱う仲介業者の参入要件を下げるものです。また、私設取引システム(PTS)についても、非上場株式を対象に含める形での制度整備が進められています。
あわせて、VCファンドの満期到来に伴う持分売却ニーズの高まりを受けて、既存投資家の持分をまとめて引き受けるセカンダリーファンドの重要性も指摘されています。ただし、こうした制度・プレイヤーの整備はまだ発展途上の段階にあり、個別のスタートアップにとっては、投資契約上のROFR・共同売却権や会社の承認方針といった当事者間のルールが、実際の取引の可否を左右する場面が引き続き中心になります。制度環境の変化は今後も続くと見込まれるため、セカンダリー取引を検討する際は、取引時点の最新の法令・実務動向を確認することが欠かせません。
よくある質問(FAQ)
Q. セカンダリー取引の価格は、必ず直近ラウンドの優先株価格よりディスカウントされるのですか。
A. 一概には言えません。図2のとおり、清算優先権の条件によって理論上のギャップが生まれるため、優先株よりも保護の弱い普通株はディスカウントされやすい傾向にありますが、実際には案件ごとの需給や会社の成長期待によって価格は変動します。優先株同士の相対取引であれば、このギャップ自体が生じないケースもあります。
Q. 先買権(ROFR)と共同売却権(タグアロング)は、会社法上の権利ですか。
A. いいえ。会社法が定めるのは、譲渡制限株式について会社が譲渡を承認するかどうかの手続(第136条〜第145条)です。ROFR・共同売却権は、これとは別に投資契約・株主間契約で当事者が任意に設計する契約上の権利です。両方の手続をクリアして初めて譲渡が実行できます。
Q. 会社が譲渡を承認しない場合、株主は株式を持ち続けるしかないのですか。
A. 会社法上、会社が承認しない場合には、会社自身または会社が指定する買取人がその株式を買い取る義務を負います(第140条〜第142条)。買取価格は当事者間の協議、協議が調わない場合は裁判所への申立てにより決定されます(第144条)。株主が譲渡の機会を完全に失うわけではありません。
Q. 従業員セカンダリーは、どのスタートアップでも実施できるものですか。
A. 制度として一律に用意されているものではなく、会社が投資家との調整のうえで対象者・対象株数・実施時期を個別に設計するものです。ベスティングが未了の株式は通常対象外になるほか、既存投資家の同意や会社の資金・株主構成への影響を踏まえた検討が必要です。
まとめ
スタートアップ株式のセカンダリー取引は、投資家間の相対取引・従業員/創業者の一部売却・セカンダリーファンドへの売却・会社主導のテンダーオファーという性質の異なる4類型に分かれ、いずれも会社法上の譲渡承認手続と、投資契約上のROFR・共同売却権という2つのレイヤーをクリアして初めて成立します。価格算定では、直近ラウンドの優先株価格をそのまま基準にするのではなく、清算優先権の条件から生じる優先株と普通株の理論上の価値差を検算したうえで、非流動性等の要因を上乗せして考える必要があります。従業員セカンダリーはリテンション策として広がりつつありますが、ベスティングの前提条件や税務上の取扱いを踏まえた制度設計が欠かせません。日本のセカンダリー市場は制度整備が進みつつある段階であり、当事者間の契約ルールが取引の可否を左右する状況は当面続くと見込まれます。
優先株と普通株の価値差の理論的な整理はユニコーンの企業価値評価はどう決まるかで、複数ラウンドの希薄化構造はキャップテーブルと希薄化で、清算優先権・SAFE等のタームシート条件全般はVCタームシート完全ガイドで扱っています。あわせて確認すると理解が深まります。
タームシート・資本政策とあわせて理解を整理する
セカンダリー価格の検算は、清算優先権の条件やキャップテーブルの構造と切り離せません。優先株の条件交渉やベスティング設計を体系的に学びたい場合は、VC・スタートアップファイナンス関連の教材をあわせて確認してみてください。
出典・参考(2026年8月確認)
- e-Gov法令検索「会社法」(平成十七年法律第八十六号)第136条〜第145条(譲渡制限株式の譲渡等承認請求・承認機関・不承認時の買取義務・売買価格の決定・みなし承認): https://laws.e-gov.go.jp/law/417AC0000000086(ページ到達確認済み。条文本体はJS描画のためページ内検索が必要)
- 国税庁 タックスアンサーNo.1463「株式等を譲渡したときの課税(申告分離課税)」: https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1463.htm
- サポート行政書士法人「非上場有価証券特例仲介等業務について」(制度概要・施行日の解説): https://www.shigyo.co.jp/post_topics/unlisted-securities/
- 牛島総合法律事務所「『スタートアップ・ファイナンス研究会とりまとめ』の概要」(経済産業省・スタートアップ・ファイナンス研究会とりまとめの解説): https://www.ushijima-law.gr.jp/client-alert_seminar/client-alert/20240722startup/
- 経済産業省「スタートアップ・ファイナンス研究会とりまとめ」(原資料。meti.go.jpへの直接アクセスが403で確認できなかったため、上記の法律事務所解説で内容を確認)
※本記事は教育目的の一般的な解説であり、法務・税務・投資助言ではありません。設例は理解のための仮設例です。本記事の記述は2026年8月時点で確認できた公開情報に基づきます。