この記事で分かること
- SPAを構成する「条件(Conditions)」と「誓約(Covenants)」の基本的な違い
- それぞれの違反が持つ法的効果の違い(契約解除できるか、損害賠償にとどまるか)
- MAC条項・誓約事項を整数設例で確認する方法
- 契約書を読む際に最初に押さえるべき区分の使い方
30秒で分かる定義
条件(Conditions Precedent、前提条件)とは、クロージングを実行するために満たされていなければならない事項であり、誓約(Covenants)とは、当事者がサイニングからクロージングまで(あるいはクロージング後も)遵守すると約束する作為・不作為義務です。読み方はそのまま「じょうけん」「せいやく」です。両者はSPA(株式譲渡契約)の中核をなす2大構成要素であり、この区別を最初に理解しないまま個別条項を読むと、条項同士の関係が整理できなくなります。
なぜ実務で重要なのか
SPAはM&Aプロセスの最終局面であるサイニング・クロージングを法的に規律する契約書であり、M&A法務・FAにとっては、条項ドラフティングの出発点です。ある事項を「条件」として書くか「誓約」として書くかで、違反時に相手方が取れる手段(クロージングの拒否か、損害賠償請求か)が大きく変わります。PE・買い手企業は、投資委員会に契約リスクを説明する際、まず「クロージングを止められる条件は何か」「拘束はされるが解除事由にはならない誓約は何か」を分けて整理します。経営企画・売り手は、誓約事項の内容次第でクロージングまでの事業運営の自由度が制約されるため、誓約の範囲を交渉する必要があります。
仕組み:条件と誓約の構造的な違い
| 観点 | 条件(Conditions Precedent) | 誓約(Covenants) |
|---|---|---|
| 性質 | クロージングの前提となる「状態・事実」 | 当事者が守る「作為・不作為の約束」 |
| 典型例 | 企業結合届出の承認取得、表明保証の正確性維持 | クロージング前の誓約事項(通常業務の継続)、競業避止義務 |
| 満たされない場合 | 相手方はクロージングを拒否できる | 直ちに契約解除にはならず、損害賠償や補償請求が中心 |
| 時間軸 | クロージング時点で満たされているかを判定 | サイニングからクロージングまで(一部はクロージング後も)継続的に適用 |
実務では、表明保証の正確性そのものは「事実の陳述」ですが、SPAでは多くの場合「表明保証がクロージング時点でも重要な点において正確であること」を条件として組み込みます(ブリングダウン条件)。一方で「表明保証に違反しないよう事業を運営すること」を求める規定は誓約です。同じ表明保証という概念が、条件と誓約の両方に姿を変えて登場する点が理解を難しくしている部分です。
整数設例で確認する
設例(架空数値・単位:百万円)。SPAに「クロージング前の誓約事項」として、売り手はサイニングからクロージングまでの間、通常の事業運営の範囲を超える大型投資(1件あたり100を超える設備投資)を行う場合は買い手の事前承諾を要する、という条項が置かれているとします。
- 売り手が買い手の承諾なく120の設備投資を実行 → 誓約違反(契約解除事由にはならないが、損害額の立証があれば補償請求の対象)
- 一方、SPAに「MAC(重大な悪影響)が発生していないこと」がクロージングの条件として定められており、対象会社の年間EBITDAが計画1,000から実績600へ40%下落した場合 → MAC条項の該当性次第で買い手はクロージングの拒否(条件不成就)を主張できる
同じ「事業の悪化」という事象でも、誓約違反は事後の金銭的救済(損害額を算定して請求)につながり、条件不成就はクロージングの実行そのものの可否に直結するという性質の違いが、この設例から確認できます。
契約条項への影響
条件と誓約の区別は、契約書のドラフティング方針そのものを左右します。買い手が「絶対にクロージングを実行したくない事態」を想定するなら、その事態を条件(不成就事由)として明記する必要があります。逆に「金銭的な手当てで足りる」と判断する事態は誓約違反として処理し、補償条項の対象に組み込みます。MAC条項のように、条件としての性質(クロージング拒否の可否)と誓約としての性質(維持すべき状態の約束)の両面を持つ条項もあり、契約全体の中でどちらの機能を主に果たすかを意識してレビューします。
財務モデル・Excelでの使い方
財務モデルそのものより、契約論点の管理表(コンディションズ・チェックリストとコベナンツ・トラッカー)の設計が実務上のポイントです。
- 条件は「充足済み/未充足/充足見込み日」の3ステータスで管理し、クロージング予定日への影響を進捗表で追跡する
- 誓約は「対象行為」「閾値(金額基準)」「違反時の対応」を列に持つ一覧表とし、サイニング後の対象会社の重要な意思決定(設備投資、契約締結、人事)が閾値に抵触しないかを都度チェックする
- MAC該当性の判定材料として、EBITDA・売上等の計画対比乖離率を自動計算する行を設け、閾値(例:計画比20〜30%以上の下落等)に近づいた場合にアラートを出す設計が実務的です
この用語をExcelで「組める」状態にする
SPAの条件・誓約を管理表に整理し、MAC該当性のアラート判定まで含めたクロージング進捗管理シートを組めるようになる。
実務家が確認するポイントとよくある誤解
誤解1:「誓約違反があればクロージングを拒否できる」→ 正しくは、誓約違反そのものは解除事由ではなく、多くの場合「重大な誓約違反」が別途クロージングの条件として組み込まれて初めて拒否根拠になります。誓約条項と、それを条件に転化する規定(クロスリファレンス)が別々に置かれている点を見落とさないようにします。
誤解2:「条件はすべて対等に重要」→ 正しくは、条件には「双方に適用される一般的条件(許認可取得等)」と「一方のみの利益のために設けられた条件」があり、後者は放棄(ウェイブ)が可能です。放棄可能な条件かどうかは契約文言を個別に確認する必要があります。
日本実務での扱い
日本のSPAも英米法系の契約実務の影響を受け、Conditions/Covenants/Representations and Warrantiesという構成を踏襲することが一般的です。もっとも、日本法準拠の契約では、民法上の債務不履行責任や契約不適合責任との関係整理が必要であり、誓約違反が民法上どのような請求権(損害賠償、解除)に接続するかを契約書内で明確にしておくことが重要です(2026年8月時点)。実務では、条件を「Closing Conditions」、誓約を「Covenants」または「誓約事項」とそのまま英語由来の呼称で章立てすることが多く、契約書の目次を見れば構造を把握しやすくなっています。
面接・モデルテストで問われるポイント
Q:SPAにおける「条件」と「誓約」の違いを説明してください。
「条件はクロージングを実行するために満たされていなければならない前提事実で、満たされなければクロージングを拒否できます。誓約は当事者が守ると約束する作為・不作為義務で、違反しても直ちに契約が終了するわけではなく、通常は損害賠償や補償の対象になります。同じMAC条項のように、条件と誓約の両方の性質を持つ条項もあるため、個別の条文がどちらの機能を果たしているかを確認する必要があります。」(30秒回答例)
深掘りでは「放棄可能な条件と放棄できない条件の違い」「誓約違反がクロージング拒否につながる条文構造」が問われます。
よくある質問(FAQ)
Q. 表明保証は条件ですか、誓約ですか?
A. 表明保証自体は「事実の陳述」というカテゴリーですが、SPAでは「クロージング時点でも表明保証が重要な点で正確であること」を条件として組み込み、「表明保証に反しないよう事業を運営すること」を誓約として別途規定するのが一般的です。文脈によって条件にも誓約にもなり得る点に注意が必要です。
Q. 条件が満たされない場合、契約は自動的に終了しますか?
A. 自動終了ではありません。条件が満たされない当事者が、クロージングを拒否するか、条件を放棄してクロージングを進めるかを選択できるのが通常の設計です。
出典・参考(2026-08確認)
- 法務省 関連情報 https://www.moj.go.jp/
- 経済産業省「公正なM&Aの在り方に関する指針」(2019年6月) https://www.meti.go.jp/
※本記事は教育目的の一般的な解説であり、法務・税務・投資助言ではありません。設例は理解のための架空数値です。