この記事で分かること

  • クロージング前の誓約事項(インテリム・コベナンツ)の定義と、前提条件との違い
  • 通常業務維持義務と事前同意事項の設計——閾値の決め方
  • リーケージ(許容外の資金流出)が価格からいくら控除されるかの整数設例
  • ガンジャンピング規制との緊張関係と、日本実務での注意点(2026年7月時点)

30秒で分かる定義

クロージング前の誓約事項(Interim Covenants、読み方:クロージングまえのせいやくじこう)とは、最終契約の署名からクロージングまでの期間に、売り手および対象会社が守るべき義務を定める条項です。インテリム・コベナンツ、プレクロージング・コベナンツとも呼ばれます。中核は2つで、事業を従前どおり運営する通常業務維持義務と、重要な行為について買い手の事前同意を求める義務です。買い手は署名時点の会社を前提に価格を決めているため、実行までの間に中身が変わらないことを担保する装置です。

なぜ実務で重要なのか

誓約事項が必要になるのは、署名と実行が分離する案件です。競争法の届出や許認可の取得に時間がかかるため、数か月の空白が生じます。この間、会社は売り手の支配下にありながら、経済的な帰属は買い手へ移りつつあるという不安定な状態にあります。

  • 買い手(PE・事業会社):価格の前提が崩れないよう監視する立場です。事前同意の閾値をどこに置くかで、実務負担と保護の厚さが決まります。
  • 売り手・対象会社の経営陣:日常の意思決定に制約がかかります。閾値が低すぎると事業運営が滞り、かえって企業価値を毀損します。
  • 法務・競争法弁護士:買い手が対象会社の経営に過度に介入すると、競争法上のガンジャンピング(届出前・待機期間中の実質的な一体化)として問題になり得ます。この線引きの助言が必要です。

仕組み:義務の3層構造

内容典型的な規定
① 積極的義務やるべきこと通常業務の維持、資産の保全、保険の継続、許認可取得への協力、財務情報の定期提供
② 消極的義務(事前同意事項)買い手の同意なくやってはいけないこと一定額超の設備投資・借入・資産処分、配当、増資、重要契約の締結・解約、役員の変更、給与体系の変更
③ 情報・アクセス買い手が状況を把握するための権利月次試算表の提供、担当者への面談機会、重大事象の通知義務

設計の要は閾値です。金額基準(1件◯百万円超の支出)、期間基準(残存期間◯年超の契約)、性質基準(通常の取引条件によらないもの)を組み合わせます。閾値が高すぎれば保護にならず、低すぎれば経営が止まります。実務では、対象会社の年商・EBITDA規模から逆算し、日常の決裁基準と整合する水準に置きます。

また、同意の運用方法も定めます。「買い手は合理的な理由なく同意を留保・遅延してはならない」という文言と、「◯営業日以内に回答がない場合は同意したものとみなす」というみなし同意条項を入れるのが売り手側の標準的な要求です。これがないと、買い手が回答を放置するだけで事業が止まります。

誓約事項の違反は、契約違反として損害賠償の対象になるだけでなく、通常は「売り手が誓約事項を履行したこと」がクロージングの前提条件に置かれているため、買い手の離脱事由にもなり得ますクロージングの前提条件)。誓約事項と前提条件は、義務と条件という異なる性質を持ちながら、この経路で連結されています。

整数設例で確認する

設例(架空数値・単位:百万円)。ロックドボックス方式(基準日以降の経済的帰属を買い手とする価格確定方式)を採用した案件で、誓約事項違反によるリーケージ(許容外の資金流出)を計算します。

  • 基準日の株式価値:6,000/基準日:3月31日/クロージング:8月31日(5か月)
  • 契約で許容されたリーケージ(Permitted Leakage):役員報酬 月額10、通常の取引条件による関係会社取引
基準日以降に生じた事象金額判定
役員報酬(月10×5か月)50許容リーケージ → 控除なし
株主への配当200許容外 → 控除
オーナーへの臨時賞与50許容外 → 控除
オーナー関連会社への不動産の低廉譲渡(差額分)30通常条件によらない → 控除
売却関連のFA報酬(対象会社が負担)80売り手が負担すべき費用 → 控除
控除対象リーケージ合計360200+50+30+80
実際の支払額5,6406,000−360

検算すると、6,000−(200+50+30+80)=6,000−360=5,640です。役員報酬50は許容リーケージとして明示されているため控除されません。もし契約に許容リーケージの定義がなければ、この50も控除対象となり支払額は5,590になります。「何を許容するか」を基準日時点で書き切っておく作業が、そのまま金額に直結します。

なお、完成時調整方式(クロージング時点の実額で精算する方式)を採る場合、リーケージという概念は用いず、運転資本とネットデットの実額で調整します。どちらの方式かによって誓約事項の設計も変わります(価格調整の仕組み)。

案件プロセス上の位置付け

誓約事項は最終契約の一部として署名時に確定し、署名の瞬間から効力を持ちます。前提条件が「満たされなければ実行しなくてよい」という条件であるのに対し、誓約事項は「守らなければ違反になる」義務である点が決定的に異なります。

実務の流れとしては、署名直後に買い手・売り手の担当者間で運用ルールを確認します。事前同意の申請ルート、回答期限、緊急時の連絡先を決め、月次の定例会議を設定するのが一般的です。この期間の運用が円滑かどうかは、クロージング後のPMIの立ち上がりにも影響します。あわせて、Day1準備やPMI計画の策定もこの期間に並行して進みます。

誓約事項違反が判明した場合の帰結は、①軽微であれば実務上黙認、②価格から控除して調整、③前提条件不充足として実行を拒否、④クロージング後に補償請求、のいずれかです。実際には②の価格調整で決着することが多く、④の補償請求まで至るのは重大な事案に限られます。

財務モデル・案件管理での使い方

  • リーケージ・トラッカー:基準日以降のオーナー・関係会社への資金流出を勘定科目レベルで日次または月次で追い、許容/許容外を判定する列を持たせる
  • 事前同意ログ:申請日・内容・金額・回答期限・回答日・結果を記録する。みなし同意条項がある場合、期限管理そのものが重要になる
  • 価格ブリッジへの接続:リーケージ合計を価格ブリッジの一行として置き、デットライクアイテムや運転資本調整と二重に控除していないことを検算行で確認する
  • モニタリング指標:月次の売上・EBITDA・受注残・主要顧客の動向を署名時の前提と並べ、乖離が重大な悪影響(MAC)の水準に達していないかを追う

この用語をExcelで「組める」状態にする

基準日以降のリーケージを勘定科目単位で集計し、許容・許容外を判定して価格ブリッジへ反映する管理表を作れるようになる。

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実務家が確認するポイントとよくある誤解

誤解1:「誓約事項と前提条件は同じもの」→ 正しくは、義務と条件で性質が異なります。誓約事項の違反は損害賠償の対象、前提条件の不充足は実行義務の不発生です。ただし「誓約事項を履行したこと」が前提条件に置かれることで連結されます。

誤解2:「事前同意事項は多いほど買い手に有利」→ 正しくは、多すぎると対象会社の事業運営を阻害し、結局は買い手が買う会社の価値を下げます。また、競争法上のガンジャンピングのリスクも高まります。

誤解3:「通常業務維持義務があれば安心」→ 正しくは、「通常」の解釈をめぐって争いが起きます。「過去12か月の実務慣行に沿って」といった基準を具体的に書き込む必要があります。

確認事項は、①事前同意事項の閾値が対象会社の規模と決裁基準に合っているか、②みなし同意条項と回答期限があるか、③許容リーケージの定義が漏れなく書かれているか、④買い手による情報アクセスが競争法上の問題を生じない範囲か、⑤違反時の効果(価格調整か、前提条件不充足か、補償か)が明記されているか、の5点です。

日本実務での扱い

(2026年7月時点)日本の株式譲渡契約でも誓約事項は標準的に規定されます。日本固有の論点として、次の3点が重要です。

第一に、独占禁止法上のガンジャンピングです。私的独占の禁止及び公正取引委員会に関する法律は、一定規模の企業結合について事前届出を義務づけ、届出受理から原則30日間の待機期間中は当該行為をしてはならないと定めています。この期間中に買い手が対象会社の価格決定や事業方針に実質的に関与すると、競争法上の問題を生じ得ます。誓約事項として買い手の同意権を設けること自体は一般に許容されますが、競争上機微な情報(顧客別価格、原価、入札情報)の共有には慎重な取扱いが必要であり、実務ではクリーンチームを設けて情報遮断を行います(企業結合届出)。

第二に、会社法上の制約です。対象会社の取締役は、株式譲渡契約の当事者ではないにもかかわらず、誓約事項によって行動が制約されます。取締役は会社に対して善管注意義務を負っているため、買い手の同意を得るという契約上の制約が、取締役の判断義務と衝突しないよう整理が必要です。実務では、対象会社を契約当事者に加える、あるいは売り手が「対象会社をして◯◯させる」という努力義務の形で規定するといった対応が採られます。

第三に、労働法制との関係です。誓約事項で「従業員の給与・処遇を変更しない」と定めても、法令上必要な最低賃金の改定や、労働協約に基づく定期昇給は実施しなければなりません。こうした法令・既存合意に基づく行為を例外として明記しておく必要があります。

なお、上場会社が対象の場合、署名の事実自体が適時開示の対象となり得るため、誓約事項の運用にあたっても情報管理とインサイダー取引規制への配慮が求められます。

面接・モデルテストで問われるポイント

Q:サイニングからクロージングまでの間、買い手はどうやって会社の価値を守りますか。
「主に3つの仕組みを使います。第一が誓約事項で、対象会社に通常業務の維持を義務づけ、一定額を超える設備投資・借入・資産処分・配当・重要契約の締結などを買い手の事前同意事項とします。第二が重大な悪影響(MAC)条項で、価値が著しく毀損した場合の離脱権を確保します。第三が価格確定方式の設計で、ロックドボックス方式なら基準日以降の許容外の資金流出をリーケージとして価格から控除します。ただし、買い手の関与が強すぎると独占禁止法上のガンジャンピングの問題が生じるため、競争上機微な情報の遮断など運用面の配慮も必要です。」

深掘りでは「事前同意の閾値をどう決めるか」「みなし同意条項がなぜ必要か」「ガンジャンピングとは何か」が問われます。

よくある質問(FAQ)

Q. 誓約事項に違反したら、買い手は必ず取引をやめられますか?
A. いいえ。多くの契約では、前提条件として「重要な点において誓約事項を履行したこと」という重要性の閾値が付されており、軽微な違反では離脱できません。実務では、価格からの控除や補償で処理されることが大半です。離脱に至るのは、事業の根幹に関わる違反や、重大な悪影響条項に該当する場合に限られます。

Q. 買い手はクロージング前に対象会社の従業員と面談できますか?
A. 契約で定めたアクセス権の範囲によります。実務では、キーマンの残留確認やPMI準備のために一定の面談が認められることが多い一方、情報漏えいによる混乱を避けるため、対象者・時期・同席者を売り手が管理するのが通常です。加えて、競争法上のガンジャンピングを避けるため、競争上機微な情報に触れる担当者との接触には制限が課されます。

出典・参考(2026-07-21確認)

※本記事は教育目的の一般的な解説であり、法務・税務・投資助言ではありません。設例は理解のための架空数値です。