この記事で分かること

結論:セルサイドは「情報を段階的に開示し、条件を固めながら売る」プロセス

セルサイドM&Aとは、売り手側のアドバイザー(FA・投資銀行)が主導して会社や事業を売却する一連の手続きです。要点は、情報を一気に出さず段階的に開示すること。まず匿名の概要資料(ティーザー)で関心を探り、秘密保持契約(NDA)を結んだ相手にだけ詳細資料(CIM)を渡し、意向表明(LOI)→デューデリジェンス(DD)を経て最終契約(SPA)に至ります。並行して、破談リスクや価格の変動をどう配分するかを、MAC条項・ブレークフィー・表明保証・価格調整といった契約条項で調整していきます。CIM・LOI・MACはいずれも米国実務由来の用語ですが、日本のM&Aでも日常的に使われます。

図解:セルサイドの標準プロセス

セルサイドM&Aの標準プロセス(8ステップ) 準備 方針・評価 ティーザー 匿名概要 NDA 秘密保持 CIM 詳細資料 LOI 意向表明 DD 買収監査 SPA 最終契約 クロージング 実行 ・NDAの前は匿名で開示 / CIM以降で社名を含む詳細を開示 ・独占交渉義務(no-shop)は主にLOI以降で発生/DDで価格・条件を検証しSPAで確定 売り手アドバイザー(FA・投資銀行)が主導。オークション方式では複数候補に並行してCIM配布・LOI受領を行う。
図:セルサイドの標準プロセス。左(準備)から右(クロージング)へ、情報開示を段階的に深めながら進む。

主要文書:ティーザー・CIM・LOI

プロセスの各段階では、開示レベルの異なる文書が使い分けられます。いずれも米国実務由来の呼称ですが、日本のディールでもそのまま使われることが多い用語です。

ティーザー(Teaser):買い手候補の関心を探るための、A4数枚程度の匿名概要資料。業種・規模・売上や利益の概略・売却理由などを、会社名が特定できない形で記載します。日本語では「ノンネームシート」「案件概要書」と呼ばれることもあります。

CIM(Confidential Information Memorandum、コンフィデンシャル・インフォメーション・メモランダム):NDA締結後に渡す詳細資料。事業内容・沿革・財務実績・組織・顧客構成・将来計画などを数十ページ規模でまとめます。「インフォメーション・メモランダム(IM)」「案件概要書(詳細版)」とも呼ばれ、買い手が初期的な価格観を作るための中核資料です。

LOI(Letter of Intent、意向表明書):買い手が提示する購入意向のレター。想定価格(レンジ)、スキーム、独占交渉の希望、想定スケジュールなどを記します。日本では「意向表明書」、より詳細な条件を書いたものは「基本合意書(MOU)」として扱われることもあります。LOIの多くは価格や独占交渉の一部を除き法的拘束力を持たないのが一般的で、最終的な権利義務はSPA(株式譲渡契約等)で確定します。

契約の主要論点:MAC・no-shop/go-shop・ブレークフィー・表明保証・価格調整

M&Aの交渉は「いくらで買うか」だけでなく、署名からクロージングまでの間のリスクを誰が負うかを巡って行われます。代表的な論点は次の通りです。

MAC条項(Material Adverse Change=重大な悪影響):署名後クロージング前に、対象会社に重大な業績悪化などの事象が生じた場合、買い手がクロージングを拒否できる、または契約を解除できると定める条項。クロージングの前提条件(Conditions Precedent)の一つとして機能します。何が「重大」かの線引きが交渉の焦点で、景気全般や業界全体の悪化は除外する(=会社固有の事象に限る)例外規定が置かれることが多いです。日本の契約では「重大な悪影響(MAE)」という表現や、前提条件・解除条項の形で同趣旨が規定されます。

no-shop/go-shop:no-shop(ノーショップ)は、一定期間、売り手が他の買い手を探さない・交渉しないという独占交渉義務。go-shop(ゴーショップ)は逆に、署名後の一定期間だけ他のより良い条件の買い手を探すことを認める取り決めです。日本では「独占交渉権」の付与としてLOIや基本合意で定められることが多く、go-shopは相対的に稀です。

ブレークフィー(Break-up Fee=破談時の違約金):合意後に一方(主に売り手が別の相手を選ぶ等)の理由でディールが破談した場合に支払う金銭。相手方がかけた時間・費用や機会損失を補償する趣旨です。水準は取引額の1〜3%程度とされることが多いとされます(あくまで一般的な水準の目安・推定であり、実際は事案ごとに異なります)。設例(仮設例):取引額が100億円で、ブレークフィーを取引額の2%とすると、破談時の違約金は 100億円 × 2% = 2億円です。日本では公開買付け(TOB)や大型上場企業ディール以外では明示のブレークフィーが置かれないことも珍しくありません。

表明保証(Representations and Warranties):売り手が、財務・法務・税務・労務などについて「一定の事実が正しい」と表明・保証する条項。後に事実と異なると判明した場合、買い手は補償(Indemnification)を請求できます。近年は表明保証保険(R&W保険)の活用も広がっています。

価格調整(Price Adjustment):署名時に合意した価格を、クロージング時点の運転資本純有利子負債の実績に応じて事後的に調整する仕組み。運転資本調整やロックド・ボックス方式などがあり、詳細は価格調整の記事で扱います。

オークション(入札)方式と相対方式の違い

セルサイドの進め方には大きく2つの型があります。

オークション(入札)方式:複数の買い手候補に同時にプロセスを走らせ、ティーザー→NDA→CIM→一次入札(LOI)→絞り込み→DD→二次入札→最終契約と進めます。競争を働かせることで価格を引き上げやすい一方、情報管理の負担やプロセスの長期化というコストがあります。売り手アドバイザーの腕が問われる領域です。入札プロセスの駆け引きは入札戦術で詳しく扱います。

相対(あいたい)方式:特定の1社とだけ交渉を進める方式。スピードと秘匿性に優れ、事業シナジーの高い相手が明確な場合に向きますが、競争がないぶん価格の妥当性を検証しにくいという面があります。

米国用語と日本実務:同じ言葉、違う制度背景

CIM・LOI・MACはいずれも米国のM&A実務で確立した用語で、日本のクロスボーダー案件や大型ディールではそのまま英語で使われます。ただし準拠する法制度は異なります。日本の株式譲渡・事業譲渡は会社法に基づき、事業譲渡には原則として株主総会の特別決議(会社法467条・309条)が、一定の重要な子会社株式の譲渡等にも手続が求められる場合があります。米国の買収契約でよく見るMAC条項や表明保証・補償の枠組みは、日本の契約実務にも取り込まれていますが、用語をそのまま日本法の概念と同一視せず、個別の契約文言と準拠法で確認するのが実務の基本です。M&A全体の流れはM&Aプロセス、財務面の検証は財務DDもあわせて確認してください。

面接での答え方(30秒回答例)

Q:セルサイドのM&Aプロセスを、主要文書と契約論点に触れながら説明してください。
「売り手側は、まず売却方針とバリュエーションを固め、匿名の概要資料であるティーザーで関心を探ります。NDA締結後に詳細資料のCIMを開示し、買い手からLOI(意向表明)を受け取ります。その後デューデリジェンスを経て、最終契約であるSPAを結びクロージングします。契約面では、署名後の重大な悪化に備えるMAC条項、独占交渉を定めるno-shop、破談時のブレークフィー、そして表明保証と価格調整が主要な論点です。複数候補を競わせるオークション方式か、1社と進める相対方式かで進め方が変わります。」

よくある質問(FAQ)

CIMとティーザーはどう違いますか。

ティーザーは会社名を伏せた匿名の概要資料で、関心を持つ買い手を絞り込むためのもの。CIMはNDA締結後に渡す詳細資料で、財務や事業の中身まで開示します。開示の深さと匿名性が主な違いです。

LOIには法的拘束力がありますか。

一般的には、価格や独占交渉(no-shop)など一部の条項を除き、法的拘束力を持たせないことが多いです。最終的な権利義務はSPA(株式譲渡契約等)で確定します。拘束力の有無は文言次第なので、個別に確認が必要です。

まとめ

セルサイドM&Aは、情報を段階的に開示しながら価格と条件を固めていくプロセスです。ティーザー・CIM・LOIという文書の役割と、MAC・no-shop/go-shop・ブレークフィー・表明保証・価格調整という契約論点を押さえ、オークションと相対の違いを理解すれば、実務でも面接でも全体像を一貫して説明できます。用語は米国由来でも準拠法は案件ごとに異なる点に注意してください。

出典・参考(2026-07-16確認)

  • 一般的なM&A実務(セルサイド・プロセス、ティーザー/CIM/LOIの実務慣行)
  • 会社法(事業譲渡:467条・309条ほか、株式譲渡に関する規定)
  • M&A契約実務における一般的な条項(MAC/MAE、no-shop/go-shop、ブレークフィー、表明保証、価格調整)。ブレークフィーの水準は一般的な目安・推定。

※本記事は教育目的の一般的な解説であり、法務・税務・投資助言ではありません。設例は理解のための仮設例です。