この記事で分かること
- 意向表明書(LOI)の定義と、基本合意書(MOU)との関係
- どの条項に法的拘束力を持たせ、どこを持たせないかという設計(図解)
- 一次入札での価格レンジ提示の整数設例と、独占交渉権の意味
- 日本実務(適時開示・インサイダー規制)と米国実務の違い(2026年7月時点)
30秒で分かる定義
意向表明書(Letter of Intent、略称LOI、読み方:エルオーアイ)とは、M&Aの交渉過程で、買い手が対象会社を買収する意向・想定価格・主要条件を売り手に示す書面です。原則として法的拘束力を持たせず、「この条件で最終契約に向けた交渉を進めましょう」という土台を作る文書で、双方が署名する形式のものは基本合意書(MOU:Memorandum of Understanding)と呼ばれます。実務ではLOI・MOU・基本合意書・タームシートは厳密に区別されず、「拘束力のない条件合意+一部の拘束力ある条項」という共通の構造を持ちます。
なぜ実務で重要なのか
LOIはM&Aプロセスの分水嶺です。LOI締結を境に、売り手は詳細情報を開示し(DDフェーズへ)、買い手はDD費用(専門家報酬)を投下します。
- IB(FA):入札案件では一次意向表明の提出要領(プロセスレター)を設計し、各候補のLOIを価格・条件・実行確度で比較します。
- PE:LOIの価格レンジは投資委員会の一次承認事項です。独占交渉権を取れるかがディール戦略の焦点になります。
- 経営企画・売り手オーナー:LOI段階で価格の「アンカー」が置かれるため、後の交渉はここからの調整になります。安易な独占交渉権の付与は競争環境を失わせます。
仕組み:拘束力のある条項・ない条項
LOIの核心は「どこまでを約束にするか」の切り分けです。価格などの経済条件は拘束力なし、交渉のルールに関わる条項は拘束力あり、とするのが標準です。
特に重要なのが独占交渉権(Exclusivity)です。買い手は「60〜90日間は他の候補と交渉しない」という約束を得ることで、安心してDD費用を投下できます。逆に売り手は、入札プロセスの競争環境を保つため、独占交渉権の付与をできるだけ遅らせようとします。この綱引きがLOI交渉の中心です。
整数設例で確認する
設例(架空数値・単位:百万円)。一次入札で買い手が提出する意向表明書の価格記載は、次のような構造になります。
| 項目 | 下限 | 上限 |
|---|---|---|
| 調整後EBITDA(CIM記載値) | 1,200 | 1,200 |
| 適用倍率(EV/EBITDA) | 7.0倍 | 8.0倍 |
| EV(事業価値) | 8,400 | 9,600 |
| ネットデット(控除) | −2,400 | −2,400 |
| 株式価値(提示レンジ) | 6,000 | 7,200 |
「EV 8,400〜9,600(EV/EBITDA 7〜8倍)、ネットデット2,400控除後の株式価値6,000〜7,200」という形で、前提条件つきのレンジとして示すのが実務です。前提(EBITDAの定義、デットライクアイテムの扱い)を明記しておくことで、DD後の価格調整の根拠になります。
財務モデル・Excelでの使い方
LOI提出時点のモデルは「CIM情報のみで組んだ一次モデル」です。実務では次を意識します。
- レンジの根拠シート:倍率×EBITDAのマトリクス(感応度テーブル)を作り、レンジの上限・下限がどの前提に対応するかを1枚で示せるようにします。
- 前提の明文化:LOIに書く「価格の前提」(ネットデットの範囲、運転資本の基準、事業計画の依拠範囲)をモデルの入力シートと対応させ、DD後にどの前提が動いたかを追跡できるようにします。
- 価格調整への接続:クロージング時の価格確定方法(完成時調整かロックドボックスか)はLOI段階で方向づけされることが多く、価格調整の仕組みを理解した上でレンジを設計します。
実務家が確認するポイントとよくある誤解
- 誤解1「LOIに拘束力はないから何を書いてもよい」→ 独占交渉・秘密保持など一部条項には拘束力があります。また拘束力のない価格提示でも、合理的根拠なく大幅に引き下げれば信義則上の責任(契約締結上の過失)を問われるリスクや、レピュテーション毀損があります。
- 誤解2「LOIの価格=最終価格」→ LOIの価格はDD前の暫定値です。DDの発見事項により調整されるのが通常で、だからこそ「前提条件」を明記します。
- 確認ポイント:①独占交渉権の期間と失効条件、②拘束力の有無が条項ごとに明記されているか、③価格の前提(EBITDA定義・ネットデット範囲)が書かれているか。この3点はLOIレビューの定番チェック項目です。
日本実務での扱い(開示・インサイダー規制・米国との違い)
(2026年7月時点)上場会社が当事者となるM&Aで基本合意書を締結した場合、投資判断に影響する重要な事実として東京証券取引所の適時開示の対象になり得ます。また、基本合意に至る前でも、会社の業務執行を決定する機関がM&Aの実行に向けた決定を行えば、金融商品取引法第166条の「決定事実」としてインサイダー取引規制の対象になり得るため、LOI段階の情報管理は厳格に行う必要があります。米国実務でも構造は同様ですが、デラウェア州には、拘束力のない予備的合意であっても「誠実に交渉する義務」の違反を認め、損害賠償を命じた判例(SIGA Technologies v. PharmAthene、2013年)があり、LOIのドラフティングでは拘束力の範囲の明記が一層重視されます。日本でも基本合意書の一部条項(独占交渉権等)の拘束力を認めた裁判例があり、「non-bindingと書けば安全」ではない点は日米共通です。
面接・モデルテストで問われるポイント
Q:LOIとSPAの違いを説明してください。
「LOIは交渉初期に価格レンジや主要条件を示す原則非拘束の書面で、DDに進むための土台です。SPAは、DDを経て確定した価格・表明保証・補償などをすべて盛り込んだ法的拘束力のある最終契約です。LOIでは独占交渉権や秘密保持などプロセスに関する条項にだけ拘束力を持たせるのが通常です。」
深掘りでは「買い手として独占交渉権を取るために何を差し出すか」(価格の確度、スピード、資金証明)、「売り手FAとしてLOIを何で比較するか」(価格だけでなく実行確度・資金調達・条件の重さ)が問われます。
よくある質問(FAQ)
Q. 意向表明書と基本合意書はどう違いますか?
A. 意向表明書は買い手が一方的に差し入れる書面、基本合意書は両当事者が署名する書面という形式の違いが基本です。機能はほぼ同じで、入札案件では一次・二次の意向表明書、相対案件では基本合意書という使い分けが多く見られます。
Q. LOI締結後に破談になったら、費用は請求できますか?
A. 原則として各自負担です(LOIにその旨を明記するのが通常です)。ただし独占交渉義務への違反など、拘束力のある条項に反して破談に至った場合は、損害賠償の対象になり得ます。
出典・参考(2026-07-20確認)
- 日本取引所グループ(JPX)「適時開示制度」関連情報 https://www.jpx.co.jp/
- e-Gov法令検索「金融商品取引法」(第166条) https://elaws.e-gov.go.jp/
- 経済産業省「公正なM&Aの在り方に関する指針」(2019年6月) https://www.meti.go.jp/
※本記事は教育目的の一般的な解説であり、法務・税務・投資助言ではありません。設例は理解のための架空数値です。