この記事で分かること

  • バイオテックVC(バイオベンチャー投資)が一般的なIT・SaaS中心のVCと何が違うのか
  • 創薬パイプラインの成功確率を踏まえた「期待値ベース」の投資判断の考え方(独自の仮設例で検算)
  • 日本の創薬スタートアップを支える公的制度と、主なバイオ特化系VCの位置づけ
  • バイオテックVCで働くために求められる専門性とキャリアの入り方

結論:バイオテックVCは「専門知識×長期資金×段階的出資」で創薬の失敗確率をマネジメントする投資家である

バイオベンチャー投資(バイオテックVC)とは、創薬・医療技術のスタートアップに対して行うベンチャーキャピタル投資のことです。一般的なIT・SaaS領域のVCと同じ「エクイティで出資し、将来のIPOやM&Aで回収する」という構造自体は変わりませんが、投資対象が非臨床試験・臨床試験という長く不確実性の高いプロセスを経て初めて価値が実現する点が大きく異なります。そのためバイオテックVCには、(1)サイエンス・規制動向を評価できる専門知識、(2)10年を超えることも珍しくない投資期間に耐えられる資金設計、(3)臨床試験の結果を見ながら出資を継続するかどうかを段階的に判断する仕組み、の3つが同時に求められます。ここでは、この「段階的な意思決定」を成功確率と期待値というシンプルな枠組みで捉え直したうえで、日本の創薬スタートアップを取り巻く環境と、バイオテックVCでのキャリアの入り方を整理します。創薬案件そのものの詳細なバリュエーション手法(rNPV等)は創薬バイオのバリュエーション入門に譲り、本記事は「業界の構造」と「意思決定の考え方」に焦点を当てます。

バイオテックVCと一般的なVCの違い

ソフトウェア領域を中心とする一般的なVCは、プロダクトの初期トラクション(ユーザー数・売上成長率等)を比較的短いサイクルで観測しながら追加出資を判断できます。これに対しバイオテックVCが評価するのは、臨床試験という「結果が出るまでに年単位の時間がかかり、かつ成功・失敗がほぼ二択で判明する」プロセスです。この違いは、実務上少なくとも3つの点に表れます。

第一に、デューデリジェンスの中身が異なります。作用機序(メカニズム)の妥当性、前臨床データの再現性、知的財産の強さ、規制当局(日本では医薬品医療機器総合機構=PMDA)との対話状況といった、自然科学・薬事の専門知識を要する論点が中心になります。このため多くのバイオテックVCでは、投資判断チームに薬学・医学・生命科学分野の博士号取得者や元研究者、あるいは社外の科学顧問(サイエンティフィック・アドバイザリーボード)を組み込んでいます。投資審査の一般的な流れ自体はVCデューデリジェンスの枠組みに沿いますが、検証対象の専門性が大きく異なるとイメージしておくとよいでしょう。

第二に、投資期間が長期化しやすい点です。基礎研究から上市まで一つの候補化合物を追いかけ続けると10年を超えることも珍しくなく、一般的なVCファンドの標準的な存続期間(投資期間5年程度+回収期間を含め10年前後、延長条項付き)とのミスマッチが生じやすくなります。バイオテックVCの多くが、あえて長期の資金を組成する、あるいは製薬企業(CVC)や政府系資金と共同で出資することでこのギャップを埋めています。

第三に、出資の入り方です。一度に多額を投じるのではなく、臨床試験の各フェーズの結果を見ながら追加出資するかどうかを判断する「段階的(マイルストーン型)出資」が基本になります。これは次章で扱う期待値の考え方と直結する実務上の工夫です。

投資判断の考え方:成功確率×価値の期待値フレームワーク(設例)

バイオベンチャーへの投資判断を理解するうえで有用なのが、「期待値=成功確率×成功時の価値」という一般的な考え方です。以下は理解のための仮設例であり、特定の疾患領域や実在の企業の数値ではありません。前提を単純化した独自の設例として、式→数値代入→結果→意味の順で確認します。

式1:累積成功確率(POS)
累積POS=各フェーズの通過確率をすべて掛け合わせたもの

段階当該段階の通過確率(仮定)累積成功確率(POS)
非臨床→第I相(P1)60%60.0%
P1→第II相(P2)50%30.0%
P2→第III相(P3)40%12.0%
P3→承認・上市60%7.2%

0.6×0.5×0.4×0.6=0.072(7.2%)となり、非臨床段階からスタートした場合、承認・上市まで到達する累積成功確率は仮定上7.2%となります。各フェーズの実際の成功確率はモダリティ(低分子・抗体・細胞治療等)や疾患領域によって大きく異なるため、ここでの数値はあくまで計算の型を示すための仮定です(治験の各フェーズの位置づけ自体は治験フェーズ(Phase I〜III)とパイプライン価値を参照してください)。

図1:累積成功確率と期待値の設例(非臨床→承認・上市) 非臨床試験 100% → 第I相(P1)移行 60% 第I相(P1) 60% → 第II相(P2)移行 50% 第II相(P2) 30% → 第III相(P3)移行 40% 第III相(P3) 12% → 承認 60% 承認・上市 7.2% 設例:Exit時の株式価値30億円(持分10%相当)× 累積成功確率7.2%=期待値(未割引)2.16億円 ※数値はすべて理解のための仮定。実際の成功確率・株式価値は案件ごとに異なる。
図:創薬パイプラインの段階別累積成功確率と期待値のイメージ(設例)

この累積成功確率をもとに、投資判断の一つの目安となる期待値を計算してみます。仮に、あるVCが非臨床段階の創薬スタートアップのシリーズAに2億円を出資し、発行済株式の10%を取得したとします。承認・上市まで成功した場合のExit(M&A)時点の会社全体の株式価値を300億円と仮定すると、10%相当の持分価値は30億円です(図1の設例と同じ前提です)。

式2:リスク調整後期待値(未割引)
期待値=持分の想定Exit価値×累積成功確率

30億円×7.2%=2.16億円。投資額2億円に対し、未割引の期待値は2.16億円とやや上回る水準です。ここからさらに、Exitまでの保有期間(仮に8年)とVCが要求する収益率(仮に年率25%。事業別・プロジェクト別資本コストの考え方と同様、バイオベンチャーはリスクが高い分要求収益率も高く設定されます)で現在価値に割り引くと、期待値の現在価値は大きく目減りします。

式3:期待値の現在価値換算
現在価値=未割引期待値÷(1+要求収益率)^保有年数

2.16億円÷(1.25)^8=2.16億円÷5.96≒0.362億円(約3,624万円)。投資額2億円に対して現在価値ベースの期待値は約3,624万円にとどまり、リスク調整後の正味現在価値(期待値の現在価値-投資額)は約▲1.64億円とマイナスになります。つまりこの設例の前提のままでは、単一案件の期待値だけを見た場合、投資判断のハードルを大きく下回ることが分かります。

なぜ「単一案件の期待値」だけでは判断しないのか:ポートフォリオとステージゲート

前章の設例が示すのは、「バイオベンチャー投資は、1件ごとの期待値計算だけを厳密に適用すると、多くの案件が投資基準を満たさないように見える」という構造です。実務のバイオテックVCがこれでも投資を行えるのは、主に2つの工夫によります。

第一に、ポートフォリオ全体でのべき乗則(パワーローの分布)を前提にしていることです。多くの案件が失敗する一方で、承認・上市まで到達した少数の案件が、失敗した案件の損失を大きく上回るリターンを生む前提でファンド全体を設計します。この考え方自体は一般的なVCのVC・CVCデータベースで確認できる各ファンドの投資先社数・分野構成にも表れており、バイオ特化型のファンドほど1社あたりの出資額やラウンド参加のタイミングを絞り込む傾向があります。

第二に、前章で触れた段階的(マイルストーン型)出資によって、失敗が判明した時点で追加出資を止め、それ以上の損失拡大を防ぐ仕組みです。臨床試験の各フェーズの結果というマイルストーンごとに「継続するか、投資を打ち切るか」を判断するため、実質的には案件全体に対する一括投資ではなく、フェーズごとの意思決定の連続として設計されています。この考え方は、VCの出資全般に見られる資金調達ラウンドの考え方をより厳格に適用したものと捉えることができます。

図2:段階的(マイルストーン型)出資の意思決定フロー(イメージ) シリーズA (非臨床期) P1結果確認 →追加出資判断 シリーズB (P2期) シリーズC (P3期) 承認・Exit (M&A/IPO) 失敗時 失敗時 失敗時 追加出資見送り・投資終了(評価減額)
図:治験フェーズごとに追加出資の可否を判断する段階的出資のイメージ(設例)

日本の創薬スタートアップを取り巻く環境(公表情報)

日本でも創薬スタートアップの資金調達を支える公的な枠組みが整備されています。代表的なものが、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)による「創薬ベンチャーエコシステム強化事業」です。認定を受けたベンチャーキャピタルが補助対象経費の3分の1以上を出資する創薬ベンチャーの実用化開発(非臨床試験・第I相〜第II相臨床試験・探索的臨床試験等)に対してAMEDが補助金を交付する仕組みで、当初は感染症のワクチン・治療薬関連技術を対象に始まり、その後は資金調達が難しい創薬分野全般に対象が拡大されています。2026年8月時点でAMEDが公開する認定ベンチャーキャピタルの一覧には34機関が掲載されており、独立系VC、製薬企業系のコーポレートVC、大学発ファンドなど、幅広い担い手が名を連ねています。

日本の主なバイオ・ヘルステック特化型VCの一例としては、2004年設立でバイオテック・ヘルステック領域に特化した投資を行う株式会社ファストトラックイニシアティブ(FTI)が挙げられます。一方、Beyond Next Venturesのように2014年の設立以来、バイオ・創薬を含むディープテック分野全般を投資対象とするファンドもあり、「バイオ専業」と「ディープテックの一領域としてバイオを扱う」という2つのタイプが併存しているのが日本のバイオベンチャー投資の特徴です。個別ファンドの投資実績や投資ステージは変動するため、最新の状況はVC・CVCデータベースや各ファンドの公式サイトで確認することをおすすめします。

業界統計としては、日本製薬工業協会(JPMA)が医薬品産業に関するデータをまとめた「DATA BOOK」を毎年公開しているほか、ベンチャーキャピタル業界全体の動向は2002年11月発足の一般社団法人日本ベンチャーキャピタル協会(JVCA)が情報発信を行っています。バイオベンチャーへの出資は、独立系VCに加えて製薬企業によるCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)が担う比重も大きく、CVC全般の投資動向データは日本のCVC投資動向データ分析、CVCでのキャリアの実態はCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)のキャリアと仕事内容で詳しく扱っています。

なお、ヘルスケア領域全体でのM&A・IPOという出口の広がりについてはヘルスケア投資銀行とは、創薬スタートアップの資金調達ラウンドごとの企業価値算定の考え方についてはスタートアップのバリュエーションもあわせて参照してください(ベンチャーキャピタル法(VCメソッド)もExit時点の価値から逆算する点で、本記事の期待値の考え方と親和性があります)。

バイオテックVCで働くには:求められる専門性とキャリアの入り方

バイオテックVCの採用では、一般的なVCのアソシエイト採用(投資銀行・戦略コンサル出身者が中心)とは異なるルートが重視されます。具体的には、(1)薬学・医学・生命科学分野の博士号(PhD)や医師免許(MD)を持ち、製薬企業やアカデミアでの研究・開発経験がある人材、(2)製薬企業での事業開発(ビジネスデベロップメント)やライセンシング業務の経験者、(3)コンサルティングファームのヘルスケア・ライフサイエンス専門チームの出身者、の3つが主なパイプラインです。財務モデリングやディールの実務は入社後にキャッチアップできても、候補化合物の作用機序や臨床試験デザインの妥当性を短時間で評価できる専門知識は、後から身につけるハードルが高いためです。

そのため、投資銀行やコンサルティングファーム出身で金融実務は強いもののライフサイエンスの専門知識がない場合、いきなりバイオテックVCの投資担当として採用されるケースは多くありません。むしろ、製薬企業やCVCの事業開発部門で臨床開発・薬事・ライセンシング実務を数年経験したうえで、財務・ディール実務を学びながら投資側に移るというキャリアパスが現実的です。逆に研究者・医師としてのバックグラウンドを持つ人材が、MBA取得やビジネス系のトレーニングを経てバイオテックVCに参画する例も見られます。いずれのルートでも、「専門知識」と「投資判断・ディール実務」の両輪を、どちらかを先に固めたうえでもう一方を後から積み上げる、という順序になる点が一般的なVCのキャリアとの大きな違いです。VC業界全体でのキャリアの入り方・選考プロセスについては日本でVCに転職する方法、職位別の仕事内容や報酬体系の一般論はVCのキャリアパス完全ガイド(日本版)を参照してください。また、投資先である創薬スタートアップ側のCFO・管理部門としてのキャリアに関心がある場合はスタートアップCFOとはもあわせてご覧ください。年収水準・採用需要に関する記述は2026年8月時点の公開情報に基づく参考値であり、個別ファンドの採用状況・処遇は年によって変動します。

よくある質問(FAQ)

Q. バイオテックVCは金融未経験でも目指せますか。
A. 投資判断チームのメンバーとしては、ライフサイエンス分野の専門知識(研究経験・博士号等)が重視される傾向があり、金融未経験でもそちらの専門性があれば選考対象になり得ます。一方で財務モデリングやディール実務が全くの未経験の場合は、まず一般的なVCやCVCの事業開発部門で実務を積んでから移る、という順序の方が現実的です。

Q. 日本のバイオベンチャー投資は米国と比べて規模が小さいのですか。
A. 本記事では特定の年度の投資額を比較する統計は扱っていません。AMEDの「創薬ベンチャーエコシステム強化事業」のような公的支援策が整備されている背景には、創薬ベンチャーが資金調達で欧米と比べて不利になりやすいという課題認識があるとされています。正確な規模比較をしたい場合は、JPMAのDATA BOOKやJVCAの公表資料など一次情報を確認することをおすすめします。

Q. 本記事の期待値の設例は、実際のバイオベンチャー投資の意思決定そのものですか。
A. いいえ。実際の投資判断では、成功確率や想定Exit価値の設定自体に高度な専門知識と個別案件の精査が必要で、フォローオン出資権・優先株式の条件設計、他の投資家とのシンジケート構成なども影響します。本記事の設例は、期待値という考え方の「型」を理解するための単純化した仮定であり、特定の案件やファンドの実際の計算を再現したものではありません。

Q. バイオテックVCと製薬企業のCVCは何が違いますか。
A. 独立系のバイオテックVCは財務リターンの最大化を主目的とすることが多いのに対し、製薬企業のCVCは自社パイプラインの補完や将来の導入(ライセンスイン)候補の発掘といった戦略リターンも重視します。CVC特有の仕事内容・キャリアについてはCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)のキャリアと仕事内容で扱っています。

まとめ

バイオテックVCは、創薬パイプラインの成功確率が段階的にしか判明しないという特性に対応するため、専門知識に基づくデューデリジェンス、長期化を前提とした資金設計、そして臨床試験の結果を見ながら追加出資を判断する段階的出資という3つの仕組みを組み合わせています。単一案件の期待値だけを見ると投資基準を満たしにくく見える設例からも分かるとおり、実務ではポートフォリオ全体でのべき乗則的なリターン構造を前提に、失敗案件への追加投資を早期に止める規律が重視されます。日本ではAMEDの認定VC制度のような公的な後押しもあり、独立系のバイオ専業VCと製薬企業系CVCが併存する形でエコシステムが形成されています。この領域でキャリアを築く場合は、金融実務とライフサイエンスの専門知識のどちらを先に固めるかという設計が、一般的なVCキャリア以上に重要になります。

創薬スタートアップのバリュエーションを自分の手で組んでみる

本記事で扱った期待値の考え方をもとに、実際の企業価値評価まで踏み込むには、割引・現在価値化の技術と財務三表の理解が土台になります。バリュエーションの基礎から体系的に学びたい場合は教材を、まず自分の実務適性を確認したい場合はキャリア適性診断を活用してください。

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研究者出身か金融実務出身かで、バイオテックVCへの道筋は変わります

ライフサイエンスの専門性を先に固めるか、投資判断・ディール実務を先に固めるか。自分がどちらの入口に近いかを整理したうえで、VC業界全体の転職ルートやキャリアパスの関連記事を読み進めると、次に埋めるべき経験が具体的になります。

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出典・参考(2026年8月確認)

  • 国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)「創薬ベンチャーエコシステム強化事業」概要 https://www.amed.go.jp/program/list/19/02/005.html
  • 国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)「創薬ベンチャーエコシステム強化事業 認定ベンチャーキャピタル一覧」 https://www.amed.go.jp/program/list/19/02/005_Capital.html
  • 株式会社ファストトラックイニシアティブ(FTI)会社概要 https://www.fti-jp.com/about/company/
  • Beyond Next Ventures株式会社 会社情報 https://beyondnextventures.com/company/
  • 日本製薬工業協会(JPMA)「DATA BOOK」 https://www.jpma.or.jp/news_room/issue/databook/ja/index.html
  • 一般社団法人日本ベンチャーキャピタル協会(JVCA) https://jvca.jp/

※本記事は教育目的の一般的な解説であり、法務・税務・投資助言ではありません。設例は理解のための仮設例です。年収・市場情報は執筆時点の公開情報に基づく参考値です。