この記事で分かること
結論:ビルドアップ法は、観測可能な株価がない企業の株主資本コストをリスクフリーレートに複数のプレミアムを積み上げて推計する手法
ビルドアップ法(Build-up Method)とは、上場株式のように市場で観測できる株価やベータ値を持たない企業について、株主資本コスト(Cost of Equity、以下Ke)を、リスクフリーレートに複数のリスクプレミアムを機械的に足し上げて推計する手法です。基本形は「リスクフリーレート+株式リスクプレミアム(ERP)+サイズプレミアム+企業固有リスクプレミアム」という4段階の積み上げで構成され、非上場企業やごく小規模な事業の評価で使われます。上場企業を対象とするCAPMベースのKe計算そのものはWACCの計算方法で扱っているため、本稿ではビルドアップ法固有の構成要素、とりわけサイズプレミアムと企業固有リスクプレミアムの考え方・根拠データ・批判点に絞って解説します。
結論を先に言うと、ビルドアップ法はCAPMを置き換える別の理論体系ではなく、CAPMの前提であるリスクフリーレートとERPをそのまま引き継ぎながら、市場で観測できるベータの代わりに、小規模企業や非上場企業に特有の追加リスクを別建てのプレミアムとして加算していく実務的な近似手法です。この「別建てで足していく」という構造そのものが、後述する批判(二重控除や恣意性の問題)の出発点にもなっています。
CAPMとビルドアップ法の前提の違い
CAPMでは、Ke=リスクフリーレート+ベータ×ERPという式で株主資本コストを推計します。ここでベータは、対象企業の株価が市場全体の値動きに対してどれだけ感応的かを、実際の株価データから統計的に推定した係数です。上場企業であれば自社の株価データから、非上場企業でも類似する上場同業他社の株価データを借りてくることで、ベータを推定できます。ベータの取り扱いや資本構成による再調整(レバード・アンレバード変換)の詳細はWACCの計算方法|CAPM・資本構成・βの取り扱いを設例で理解するで扱っているとおりです。
ビルドアップ法が使われるのは、こうした市場データそのものが乏しい、あるいは類似上場企業を見つけにくい局面です。純粋なビルドアップ法では、ベータを明示的には使わず、対象企業のシステマティックリスクを市場平均並み(ベータ=1)とみなした上で、ERPをそのまま加算します。これは数式の上では「ベータ=1のCAPM」と同じ意味を持ちますが、そこで終わらせず、市場平均並みのベータだけでは説明しきれない小規模企業特有の追加リスクを、サイズプレミアムと企業固有リスクプレミアムという2つの層でさらに積み増す点が、ビルドアップ法の核心です。なお、比較対象となる上場同業他社が一定数存在する場合は、ベータ=1と置く代わりに業種平均的なベータを用いる修正版(業種別ベータ法)を組み合わせる実務もあり、これは後述する批判への一つの応答でもあります。
ビルドアップ法の基本式
式
Ke=Rf+ERP+SP+CSRP
Ke:株主資本コスト(%)
Rf:リスクフリーレート(無リスク金利、%)
ERP:株式リスクプレミアム(Equity Risk Premium、%)
SP:サイズプレミアム(Size Premium、%)
CSRP:企業固有リスクプレミアム(Company-Specific Risk Premium、%)
この4つの項目はいずれも「リスクを取ることへの追加的な要求リターン」を表しており、単位はすべて年率のパーセンテージで揃えて加算します。Rfは市場全体で観測される無リスク金利、ERPは株式市場全体に投資することへの追加リターン要求、SPは企業規模が小さいことに伴う追加リターン要求、CSRPはさらにその企業固有の事情(顧客集中、キーマン依存など)に伴う追加リターン要求、という位置づけです。ビルドアップ法(非公開会社の資本コスト)という用語自体の定義は用語集にも整理していますが、本稿では各項目を実務でどう決めるかに重点を置いて解説します。
各構成要素をどう決めるか
リスクフリーレート(Rf):国債金利情報を基準日ベースで参照する
日本のバリュエーション実務では、リスクフリーレートに日本国債(JGB)の利回りを用いるのが基本です。財務省は「国債金利情報」として、1年から40年までの年限ごとの基準金利を日次で公表しており、評価基準日時点の値を確認できます。例えば2026年8月28日時点の10年国債利回りは2.93%でした(財務省「国債金利情報」より)。国債金利は日々変動するため、評価書には採用した年限(多くの場合10年)と参照した基準日を必ず明記する必要があります。参照する年限は、評価対象のキャッシュフローが継続する期間の長さに合わせて選ぶ考え方が一般的で、継続企業を前提とするDCF評価では長期の年限(10年物など)が使われることが多く見られます。
株式リスクプレミアム(ERP):ヒストリカル法とインプライド法
ERPは、株式市場全体に投資することが、リスクフリー資産への投資と比べてどれだけ高いリターンを要求されるかを表す指標です。決め方には大きく2つの考え方があります。1つは、過去の長期間にわたる株式市場の実現リターンとリスクフリーレートの差を平均するヒストリカル法、もう1つは、現在の株価水準と市場全体の期待将来キャッシュフローから逆算する、フォワードルッキングなインプライド法です。集計期間・対象指数・算出手法によって結果が変わるため、特定の1つの数値を万能の「正解」として扱うのは適切ではありません。本稿では、この2つのアプローチが存在するという構造そのものを押さえておき、後段の設例では説明用に置いた仮の数値を用います。
サイズプレミアム(SP):小型株の超過リターンをどう捉えるか
サイズプレミアムは、時価総額が小さい企業ほど、CAPMだけでは説明できない追加的なリターンが実現している、という経験的な観察に基づくプレミアムです。この分野の研究は、米国のIbbotson Associatesが上場企業を時価総額で複数の階層(デサイル)に分け、各階層の長期実現リターンとCAPMが予測するリターンとの差を集計・公表したことに始まり、その後Duff & Phelpsが回帰分析など複数のリスク指標を組み合わせた別方式のリスクプレミアム集計を発表しました。両社の系譜は統合を経て、現在はKroll社が同種のデータベース(有償のサブスクリプション形式)として引き継いでいます。これらの研究に共通するのは、時価総額の小さい階層ほどCAPMの予測値を上回る超過リターンが観測される傾向が報告されている、という点であり、具体的な数値は毎年改定されるうえに有償データであるため、本稿では特定の水準を数値として示しません。実務でサイズプレミアムを適用する際は、最新のライセンス版データを直接確認し、評価基準日と対象企業の規模区分に対応する値を採用する必要があります。
企業固有リスクプレミアム(CSRP):市場データではなく評価者の判断で決まる項目
CSRPは、Rf・ERP・SPのように市場データから機械的に算出できる項目ではありません。対象企業に固有の追加リスク、具体的には特定の経営者への依存度(キーマンリスク)、顧客や仕入先の集中度、単一拠点・単一事業への依存、業界平均を上回る財務レバレッジ、内部統制や開示体制の未整備、係争中の訴訟の有無といった定性的な要因を、評価者が総合的に判断して数値化する項目です。市場から検証可能な根拠がない分、評価者の裁量に依存しやすく、恣意的な水増しや過小評価が起きやすい項目でもあります。国内では日本公認会計士協会が経営研究調査会研究報告第32号「企業価値評価ガイドライン」(2007年5月16日公表、2013年7月3日改正)を公表しており、公認会計士が価値評価業務を行う際の評価アプローチの体系が整理されています。同ガイドラインは会計基準のような法的拘束力を持つものではありませんが、評価に用いた前提や判断の根拠を説明できる状態にしておくという姿勢は、CSRPのように評価者の裁量が大きい項目ほど重要になります。
株主資本コストをExcelで実際に組んでみる
式の構造を理解した後は、リスクフリーレート・ERP・サイズプレミアム・CSRPをセルとして分離し、前提を差し替えたときにKeとDCFの評価額がどう連動するかを自分の手で確認しておくと理解が定着します。
非上場企業評価での位置づけ:コスト計算段階と価値調整段階を混同しない
ビルドアップ法で求めたKeは、DCF法において将来キャッシュフローを現在価値に割り引くための割引率として使われます。株式価値そのものを対象とする場合はKeをそのまま用い、企業価値(EV)を対象とする場合はKeを株主資本コストとしてWACCの算定に組み込みます。DCF法全体の計算手順はDCF法の計算手順完全ガイドで扱っていますので、割引率をどこに使うかという全体像はそちらも参照してください。非上場企業評価全般で、上場企業の評価と何が違い、どこを調整するのかという論点は非上場企業の評価で整理しています。
ここで実務上つまずきやすいのが、ビルドアップ法のCSRPと、評価の最終段階で適用されるコントロールプレミアムと流動性ディスカウントの混同です。両者は適用される「段階」がまったく異なります。CSRPは割引率(Ke)の一部としてキャッシュフローの現在価値そのものを引き下げる、いわば「コスト計算段階」の調整です。これに対してコントロールプレミアムや非流動性ディスカウントは、DCFなどで一度算出した株式価値に対して、取得する持分が支配株主持分か少数株主持分か、市場で換金しやすい持分か否かに応じて事後的に加減算する、「価値調整段階」の調整です。少数株主ディスカウントと非流動性ディスカウントの区分と二重控除でも整理しているとおり、この2つの段階で似た性質のリスク(流動性の低さなど)を重複して控除してしまうと、評価額を必要以上に引き下げてしまう「二重控除」につながります。CSRPで既にどのようなリスクを織り込んだのかを明示しておかないと、後段の価値調整でも同じ理由づけを使い回してしまい、結果として同じリスクを2回差し引くという事態が起こり得ます。
計算例(仮設):積み上げで株主資本コストを求める
以下は理解のための仮設例です。リスクフリーレートのみ2026年8月28日時点の10年国債利回り(財務省「国債金利情報」)を参考にした実勢値を使い、ERP・サイズプレミアム・CSRPはいずれも説明用に置いた仮の数値です。実際の評価では、ERPは採用した算出方法の根拠、SPは参照したデータベースと時点、CSRPは判断根拠をそれぞれ明示する必要があります。
| 構成要素 | 上場大企業(CAPM、β=1.0) | 非上場・小規模企業(ビルドアップ法) |
|---|---|---|
| リスクフリーレート(Rf) | 2.93% | 2.93% |
| 株式リスクプレミアム(ERP、β=1.0を想定) | 6.00% | 6.00% |
| サイズプレミアム(SP) | - | 3.00% |
| 企業固有リスクプレミアム(CSRP) | - | 2.00% |
| 株主資本コスト(Ke) | 8.93% | 13.93% |
式(非上場・小規模企業の場合)
Ke=Rf+ERP+SP+CSRP
=2.93%+6.00%+3.00%+2.00%
=13.93%
この設例では、同じRfとERPを前提としても、サイズプレミアムとCSRPを積み増すことで、上場大企業のCAPMベースのKe(8.93%)に対し、非上場・小規模企業のビルドアップ法によるKe(13.93%)は5.00%ポイント高くなっています。DCF法では割引率が高いほど将来キャッシュフローの現在価値は小さくなるため、他の前提が同じであっても、非上場・小規模企業はより高い割引率を適用される分だけ評価額が下がりやすいという関係になります。数値はいずれも自己検算済みですが、あくまで説明用の仮設であり、実在の企業やデータベースの数値ではありません。
サイズプレミアムをめぐる批判と限界
サイズプレミアムは実務で広く使われている一方、いくつかの根本的な批判があることも押さえておく必要があります。第一に、上で見た階層別リターンの研究は、米国の上場企業(NYSE等に上場する銘柄群)の長期株価データを基に構築されています。これを、市場構造も投資家層も異なる日本市場、しかも上場すらしていない非上場企業に適用することは、データの出所と適用対象の間に大きな飛躍があることを意味します。国や市場をまたいでリスクプレミアムを調整する考え方自体はカントリーリスクプレミアムという形で議論されていますが、サイズプレミアムについて日本市場・非上場企業向けに同水準の厚みを持つ公開データが整備されているわけではありません。
第二に、小型株が大型株を上回るリターンを生むという「サイズ効果」自体、発見された1980年代以降の学術研究の中で、時期や市場によって効果の強さが一定しない、あるいは公表後に効果が弱まったのではないかという指摘も含めて議論が続いているテーマです。サイズプレミアムを所与の前提として機械的に加算する実務は、この学術的な論争の存在を踏まえたうえでの近似だと理解しておく必要があります。
第三に、サイズプレミアムとCSRPの役割分担が実務上あいまいになりやすいという問題があります。サイズプレミアムは本来、企業規模の小ささに伴う流動性の低さや情報の非対称性、経営体制の脆弱さといった複数の要因を包括的に説明するプレミアムですが、CSRPでも同種の要因(キーマン依存や顧客集中など)を個別に評価に織り込むため、両者の間で同じリスクを異なる名目のもとに二重に計上してしまう危険があります。第四に、CSRPは市場データに基づかない評価者の主観的判断であるため、同じ企業を評価しても評価者によって数値が大きく異なりやすく、再現性・比較可能性という点で構造的な弱さを抱えています。
こうした批判への実務上の応答として、ベータ=1と単純化する代わりに業種別ベータ法で業種平均的なベータを組み込む修正版のビルドアップ法や、システマティックリスクと非システマティックリスクを合算した単一のベータで捉え直すトータルベータという考え方も提案されています。ただし、いずれもサイズプレミアムやCSRPを完全に不要にする決定版というわけではなく、評価者がどの手法を採用したか、その根拠は何かを示す説明責任は残り続けます。
よくある質問(FAQ)
Q. ビルドアップ法とCAPM、どちらを使うべきですか。
A. 一律のルールがあるわけではありません。対象企業自身の株価データや、事業内容の近い上場同業他社が十分に存在する場合はCAPM(またはβを用いた修正版)が基本になります。比較対象となる上場企業を見つけにくい非上場企業や、ごく小規模な事業を評価する場合には、ベータに頼らないビルドアップ法が選ばれることが多くなります。
Q. サイズプレミアムは具体的に何%くらいですか。
A. 本記事では特定の数値を示していません。Kroll(旧Duff & Phelps/Ibbotson)が公表しているデータは有償のサブスクリプション形式で、時価総額区分ごとの数値が年ごとに改定されます。実務で適用する際は、評価基準日と対象企業の規模区分に対応する最新のライセンス版データを直接確認する必要があります。
Q. 企業固有リスクプレミアム(CSRP)はどう決めればよいですか。
A. 市場データから機械的に算出できる項目ではなく、経営者依存度・顧客や仕入先の集中度・財務レバレッジ・内部統制の整備状況などの定性的な要因を、評価者が総合的に判断して数値化します。恣意的な水増しや過小評価を避けるため、どの要因をどの程度織り込んだのかという判断根拠を説明できる状態にしておくことが実務上重要です。
Q. CSRPと、コントロールプレミアムや非流動性ディスカウントは同じものですか。
A. 別のものです。CSRPは割引率(Ke)の一部として、DCF等で算出するキャッシュフローの現在価値そのものに反映される「コスト計算段階」の調整です。一方、コントロールプレミアムや非流動性ディスカウントは、算出済みの株式価値に対して、取得する持分の性質(支配力の有無・換金性)に応じて事後的に加減算する「価値調整段階」の調整です。両方を適用する場合、同じ理由(例えば流動性の低さ)を重複して差し引かないよう注意が必要です。
Q. リスクフリーレートは何年物の国債利回りを使うべきですか。
A. 評価対象のキャッシュフローが継続する期間の長さに対応させる考え方が一般的で、継続企業を前提とするDCF法では長期(10年物など)の国債利回りが使われることが多く見られます。財務省「国債金利情報」で日次の利回りが公表されているため、評価基準日時点の値を確認し、採用した年限と基準日を評価書に明記します。
まとめ
ビルドアップ法は、市場で観測できる株価やベータを持たない非上場企業について、リスクフリーレートに株式リスクプレミアム・サイズプレミアム・企業固有リスクプレミアムという3つの層を積み上げて株主資本コストを推計する手法です。リスクフリーレートとERPはCAPMと共通の前提を引き継ぎますが、サイズプレミアムは有償データベースが集計する米国上場企業の階層別超過リターンに、CSRPは市場データに基づかない評価者の判断にそれぞれ依拠しており、両者の間には出典と検証可能性の質に大きな違いがあります。実務では、CSRPを割引率に織り込む「コスト計算段階」と、コントロールプレミアム・非流動性ディスカウントを算出済みの価値に反映する「価値調整段階」を明確に区別し、同じリスクを重複して控除しないことが重要です。数値そのものよりも、どの前提を、どの根拠に基づいて、どの段階で織り込んだのかを説明できる状態にしておくことが、ビルドアップ法を扱ううえでの実務上の要諦になります。
非上場企業の評価をExcelモデルで一気通貫で確認する
ビルドアップ法で求めたKeがWACCやDCFの評価額にどうつながるかを、Excel上でセルを差し替えながら手を動かして確認すると、前提の変更が結果にどう波及するかを体感的に理解できます。
出典・参考(2026年8月確認)
- 財務省「国債金利情報」 https://www.mof.go.jp/jgbs/reference/interest_rate/(2026年8月28日時点の10年国債利回り2.93%を本文中で参照)
- 日本公認会計士協会 経営研究調査会研究報告第32号「企業価値評価ガイドライン」(2007年5月16日公表、2013年7月3日改正) https://jicpa.or.jp/specialized_field/publication/files/2-3-32-2a-20130722.pdf
- Kroll(旧Duff & Phelps/Ibbotson Associates):サイズプレミアム等のコスト・オブ・キャピタル関連データベースの提供元(有償のサブスクリプションサービスのため、本文中で具体的な数値は引用していません)
※本記事は教育目的の一般的な解説であり、法務・税務・投資助言ではありません。設例は理解のための仮設例です。