この記事で分かること

  • カーブアウトLBOが「①事業の切り出し」と「②切り出した会社の売却・資本構成づくり」の二段階で組み立てられること
  • 東芝メモリ株式会社の売却(2017〜2018年)を、東芝の適時開示だけで切り出し範囲・プロセス・価格・資金構成に分解する方法
  • 資金の出し手の構成比と議決権比率が一致しない理由と、優先株式・転換権・融資の使い分け
  • 同じ譲渡価格でも分母次第で倍率が4倍にも18倍にも見える、カーブアウト特有の比較可能性の問題

結論:カーブアウトLBOは「どこで切るか」と「誰の金で買うか」が別々の設計問題である

カーブアウトとは、親会社の中にある事業を切り出して第三者に売る取引です。株式を丸ごと売る通常の買収と違い、売り手はまず「対象事業がどこからどこまでか」を法的に確定させなければなりません。この「切り出しの設計」と、買い手側の「資金と議決権の設計」は本来まったく別の作業ですが、実際の案件では両者が同時並行で進み、片方の制約がもう片方の選択肢を狭めます。

この記事では、株式会社東芝(以下、東芝)が公表した適時開示に基づいて、東芝メモリ株式会社(以下、TMC)の売却を分解します。この案件は、会社分割による切り出しから、買収目的会社への株式譲渡、売り手の再出資までが一連の開示文書として公開されている点で、日本のカーブアウト案件のなかでも例外的に追跡可能性が高いものです。特に買い手側の資金の出し手と金額が開示されている点は稀です。

先に結論を3点だけ示します。第一に、切り出し時点でTMCが承継した負債は帳簿価額で1,614億円にとどまり、買い手は資本構成をほぼ白紙から設計できる状態でした。第二に、譲渡価格2兆円に対する資金の出し手として開示された6者の金額は、合計してちょうど2兆円になり、そのうち金融機関からの借入は6,000億円(30.0%)です。第三に、出資額の構成比と議決権比率は大きく食い違っており、その差を埋めていたのが優先株式・転換権・融資という「議決権を伴わない資金」でした。

なお、カーブアウトそのものの基本論点はカーブアウトM&A入門、上場会社の非公開化案件は東芝の非公開化(2023年)を開示資料で分解するで扱っています。本記事はそれらを前提に、開示資料の読み解き方に絞ります。

案件の全体像:二段階の取引として読む

この案件は、法的には二つの取引に分かれています。第一段階は2017年4月1日に効力が発生した会社分割(吸収分割)で、東芝の社内カンパニーが行っていたメモリ事業をTMCに承継させました。第二段階は2018年6月1日に実行された株式譲渡で、東芝が保有するTMC株式の全部を、ベインキャピタルを軸とする企業コンソーシアムが組成した買収目的会社である株式会社Pangea(以下、Pangea)に譲渡しました。

図1 取引ストラクチャー(東芝の適時開示に基づく) 株式会社東芝 売り手・上場会社 (コード6502) 東芝メモリ 2017年2月10日設立 資本金100億円 株式会社Pangea 買収目的会社 ベイン連合が組成 ① 吸収分割 2017/4/1 対価:普通株式2,000株 ② 株式譲渡 2018/6/1 TMC株式3,000株(全株) 対価と資金の流れ(開示ベース) 東芝 ← Pangea:譲渡代金 約2兆3億円(2018年6月1日) 東芝 → Pangea:再出資 3,505億円(普通株式 約1,096億円+転換権付優先株式 約2,409億円) 東芝 ← 東芝メモリ:譲渡完了前の特別配当 約1,180億円(2018年3月29日) 再出資後の議決権:ベイン側49.9%/東芝40.2%/HOYA9.9%
図:出所は東芝の2017年9月20日・9月28日および2018年6月1日付の各適時開示を基に大手町プレップ作成。

ここで押さえておきたいのは株式数の整合です。TMCは2017年2月10日に発行済株式1,000株で設立され、会社分割の対価として東芝に普通株式2,000株が交付されました。合計3,000株となり、2018年6月1日に譲渡された「3,000株」と一致します。こうした突合を先に済ませておくと、後段の数値を安心して使えます。

なぜ売ったのか:開示された二つの動機

売り手の動機は開示文書に明示されていますが、時期によって強調点が変わっています。

2017年2月24日の吸収分割契約締結の開示では、分社化の目的として「メモリ事業における機動的かつ迅速な経営判断体制の整備及び資金調達手段の拡充を通じて、メモリ事業の更なる成長を図ります」と記載されています。三次元フラッシュメモリの大規模な設備投資を適時に行うことが課題である、という文脈で、当初の建て付けは成長のための分社でした。

同じ開示文書には、もう一つの動機が併記されています。原子力事業ののれんの減損として7,125億円の損失を計上する見通しであり、「当社グループの財務体質強化が急務」であるため、「マジョリティ譲渡を含む外部資本の導入を検討しています」という記述です。そして2017年9月20日の株式譲渡決議の開示では、「当社の借入金の返済原資の確保及び財務体質回復のため、複数の候補先との間で入札手続によるTMCの株式の売却手続を進めて参りました」と、売却の目的が財務面に置き換わっています。

カーブアウトの動機が「ポートフォリオの最適化」なのか「財務健全性の回復」なのかで、売り手の交渉ポジションはまったく変わります。後者の場合、売り手には期限があります。東芝の開示には「2018年3月末までの売却完了を目指して参ります」「2017年度末までの当社財務体質回復の可能性をできる限り追求する」という記述が繰り返し現れます。買い手側から見れば、価格以外の条件で交渉余地が生まれる局面です。

ただし、この案件では売り手が期限リスクへの備えも並行して打っています。東芝は2017年12月5日に第三者割当による新株式の払込みを完了しました(2,283,105,000株、1株262.8円、総額599,999,994,000円)。発行を決議した2017年11月19日付開示では「喫緊の課題であった債務超過状態の解消および当社株式の上場廃止を回避し」と目的が述べられており、売却完了を待たずに財務上の最優先課題を処理する道筋がついたことになります。実際、株式譲渡の実行日は当初目標の2018年3月末から同年6月1日へずれ込みました。

どこで切ったか:カーブアウトの範囲設計

カーブアウトの実務で最初に決まるのは「対象事業の外周」です。東芝の2017年2月24日開示は、分割する部門の事業内容を「ストレージ&デバイスソリューション社が行っているメモリ及び関連製品(SSDを含み、イメージセンサを除く。)の開発・製造・販売事業及びその関連事業」と定義しています。SSDは含み、イメージセンサは除くという一行が、この案件の外周を決めています。

方式は吸収分割で、東芝を吸収分割会社、TMCを吸収分割承継会社としています。承継会社は「原則として、本件事業に属する資産、債権債務、契約上の地位等を承継します」とされ、対価として普通株式2,000株が東芝に交付されました。承継される資産・負債の見込額は次のとおりです。

項目帳簿価額(億円)
流動資産3,109
固定資産4,428
資産合計7,537
流動負債827
固定負債787
負債合計1,614
差引(資産-負債/本記事での計算値)5,923
表:出所は東芝「当社メモリ事業の会社分割に係る吸収分割契約の締結について」(2017年2月24日)。同開示では「現時点で算出した2017年3月末の見込み額」とされている。

この表から読み取れる実務上のポイントが二つあります。一つ目は、切り出された会社の負債が小さいことです。負債合計1,614億円は資産合計7,537億円の約21%にすぎません。買い手から見れば、既存の借入を引き継ぐ制約がほとんどない状態で資本構成を設計できます。Debt CapacityとLBOファイナンスで扱う「いくらまで借りられるか」の議論を、既存負債の制約なしに適用できるということです。

二つ目は、外周は法人だけでは決まらないことです。2017年9月20日開示には、TMCのほかに「本件株式譲渡に伴って譲受会社傘下となる14社も当社の子会社から異動いたします」と記載されています。さらに、四日市工場での共同投資のために東芝グループとサンディスク社が設立した製造合弁会社3社(Flash Partners有限会社、Flash Alliance有限会社、Flash Forward合同会社)については、2018年6月1日開示で「当社保有株式または持分については、2018年1月にTMCに譲渡済みです」と述べられています。事業に必要な合弁持分を親会社からTMCへ移す作業が、クロージング前に別途必要だったということです。

カーブアウトで買い手が最初に作るべき資料は、この「移管漏れがないか」のリストです。法人・持分・契約・許認可・知的財産・ITシステム・人員のそれぞれについて、譲渡日に対象会社側へ移るのか、売り手に残ってTSAで暫定的に提供されるのかを一つずつ確定させます。移管もTSAもされない項目は、対象会社が自前で用意しなければならない機能です。

売却プロセス:価格だけでは決まらなかった

この案件で興味深いのは、売り手が入札の選定基準を開示していることです。2017年9月20日の開示は、選定理由を次の5点として列挙しています。①TMCの評価額、②今後のメモリ事業の安定的な成長への影響(顧客やサプライヤとの関係、国内雇用確保の観点を含む)、③各国の競争法当局の承認が得られる蓋然性、④その他各国当局の承認が得られる蓋然性、⑤2018年3月末までの株式売却の実行の確度、です。

5項目のうち価格に関するものは①だけで、③④⑤はいずれもクロージングまで到達できるかという論点です。同開示は「2018年3月末までの本件株式譲渡の実行の確度を高め……同コンソーシアムを売却先として決定いたしました」と述べています。

プロセスの経過も開示から追えます。2017年8月31日の開示は、交渉先を特定の陣営に絞り込んだ事実はないとしたうえで、産業革新機構・ベインキャピタル・日本政策投資銀行からなるコンソーシアム、米ウエスタンデジタル社を含む企業連合、台湾鴻海精密工業を含む企業連合の3陣営との交渉を継続していると明記しています。同年9月13日にはベインキャピタルの新提案を受けて覚書を締結しますが、その際も「覚書には同連合を排他的な交渉先とする定めはありません」と記載されています。

独占交渉権を与えないまま最終局面まで複数の陣営を走らせるのは、価格と条件の両面で緊張を維持する典型的な売り手の行動です(買い手側の対抗策は入札プロセスの戦術を参照)。この案件が示すのは、売り手が「確実に閉じられること」を強く求めている局面では、資金の確実性と当局対応の設計そのものが競争力になるということです。

価格はどう決まり、どう動いたか

譲渡価格は一度だけ決まったわけではありません。開示を時系列に並べると、次のように動いています。

局面金額開示上の説明
株式譲渡契約の締結(2017年9月28日)2兆円想定純負債額・想定運転資本額・想定累積設備投資額を前提とした金額
譲渡完了前の特別配当(2018年3月29日)約1,180億円株式譲渡契約に基づき、TMCからその他資本剰余金を原資として東芝が受領
株式譲渡の実行(2018年6月1日)約2兆3億円前月末時点の推定純負債額・推定運転資本額・推定累積設備投資額を用いて、合意済みの各想定額との差額を調整して算出
実行後の精算開示時点で未確定推定額と実績額の差額を確認し、最終譲渡価格を算出のうえ差額を精算する予定
表:出所は東芝の2017年9月28日・2018年6月1日付の各適時開示。金額は開示上の表記に従っている。

これはコンプリーション・アカウンツ方式、すなわちクロージング時点の実際の財務数値で価格を事後的に確定させるタイプの価格メカニズムです(選択肢の整理はSPAの価格調整を参照)。特徴的なのは、調整項目に純負債運転資本だけでなく累積設備投資額が入っていることです。半導体メモリのように売り手側で巨額の設備投資が継続している事業では、契約から実行までの間に投じられた資金をどちらが負担するかが大きな金額差になります。開示では、設備投資に「JVによる設備投資のうち、当社が実質的に負担する部分を含みます」との注記も付されています。

式:売り手の正味現金流入(開示項目のみの単純計算)= 譲渡価格 - 再出資額 + 譲渡完了前の特別配当
20,003億円 - 3,505億円 + 1,180億円 = 17,678億円
意味:東芝が受け取った譲渡代金のうち3,505億円はただちにPangeaへの出資として戻るため、現金として手元に残る金額はその分だけ小さくなります。この計算は開示項目のみを機械的に足し引きしたもので、税金・アドバイザリー費用・実行後の精算は含みません。

なお、東芝側の会計上の効果として、2018年6月1日開示は「2018年度連結決算において株式売却益約9,700億円(税引前)を計上する予定」と述べています。

2兆円はどこから来たか:資金構成の分解

この案件がケーススタディとして貴重なのは、買い手側の資金の出し手と金額が売り手の適時開示に記載されている点です。2017年9月28日の開示は、Pangeaが実行までに行う資金調達を次のように列挙しています。

資金の出し手金額(億円)構成比開示上の位置づけ
金融機関からの借入6,00030.0%譲受会社が実行する借入
米国4社(Apple、Seagate、Kingston Technology、Dell Technologies Capital)4,15520.8%直接または間接の資金調達。普通株式・議決権の取得計画はないと記載
SK hynix3,95019.8%ベイン側が組成する会社への融資(転換権付)
株式会社東芝(再出資)3,50517.5%普通株式 約1,096億円+転換権付優先株式 約2,409億円
ベインキャピタル2,12010.6%直接または間接の資金調達
HOYA株式会社2701.4%直接または間接の資金調達
合計20,000100.0%契約締結時の譲渡価格2兆円と一致
表:出所は東芝の2017年9月28日・2018年6月1日付適時開示を基に大手町プレップ作成。構成比は本記事での計算値で、四捨五入により合計が100.0%と一致しない場合がある。

式:開示された資金の出し手の合計
6,000 + 4,155 + 3,950 + 3,505 + 2,120 + 270 = 20,000(億円)
意味:契約締結時に公表された譲渡価格2兆円とちょうど一致します。開示された金額は、取引費用や運転資金を含まない「株式取得代金の手当て」として組まれていると読めます。

ここから資本構成の性質を見ていきます。借入と融資に分類できるものを合計すると、金融機関からの6,000億円とSK hynixからの3,950億円で9,950億円、2兆円の49.8%にあたります。議決権を伴わない資金が全体の約半分を占めているという構造です。

図2 資金の出し手と議決権はどう違ったか ① 資金の出し手(総額2兆円・株式譲渡契約締結時の予定) 金融機関借入 6,000億円 30.0% 米国4社 4,155億円 20.8% SK hynix 3,950億円 19.8% 東芝再出資 3,505億円 17.5% ベイン 2,120億円 10.6% HOYA 270億円(1.4%) ② 再出資後の議決権比率(合計100%) ベインキャピタル側 49.9% 株式会社東芝 40.2% HOYA 9.9% ベインキャピタルの出資額シェアは10.6%だが、議決権は49.9%。差を埋めているのが 議決権を伴わない資金(借入・融資・優先株式)である。
図:出所は東芝の2017年9月28日・2018年6月1日付適時開示を基に大手町プレップ作成。議決権比率は同開示のPangeaの大株主および持株比率(議決権ベース)。

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なぜ出資額と議決権がずれるのか

図2の二つの棒グラフを見比べると、ベインキャピタルの出資額シェアは10.6%である一方、譲渡実行後のPangeaの議決権では49.9%を握っています。逆にSK hynixと米国4社は合わせて8,105億円(40.5%)を拠出しながら、議決権の表には登場しません。この構造を成立させている要素が開示から3つ読み取れます。

第一に、証券の種類が分かれていることです。2017年9月20日の開示は、出資者がPangeaの「普通株式、転換型優先株式(優先配当金の定めがあり、普通株式を対価とする取得請求権を有する種類株式)、社債型優先株式(優先配当金の定めがあり、かつ、普通株式転換権のない種類株式)」を取得する予定であると説明しています。議決権は普通株式に紐づくため、優先株式で拠出した資金は議決権比率に反映されません(モデルへの実装はPreferred Equity(優先株式)をLBOに組み込む方法を参照)。

第二に、売り手の再出資が優先株式に厚く配分されていることです。東芝の再出資3,505億円の内訳は、普通株式が約1,096億円、転換権付優先株式が約2,409億円で、金額の約69%が優先株式です(2,409÷3,505=68.7%)。その結果、東芝の議決権は40.2%にとどまりました。売り手が売却後も一部を出資として残すロールオーバーについて、東芝はその目的を「安定的な事業の移管実現を目的に」と説明しています。カーブアウトにおける売り手の残存出資は、リターン狙いだけでなく、移管を完遂させるためのコミットメントとしても機能します。

第三に、競争法・安全保障上の制約が議決権設計に反映されていることです。開示によれば、SK hynixとTMCの間には少なくとも10年間のファイヤーウォールが設置され、機密情報へのアクセスが制限されます。SK hynixには融資の一部を株式へ転換する権利が付与されているものの、今後10年間はTMCまたはPangeaの15%超の議決権を保有することはできず、転換権の行使には各国競争法当局の承認が必要とされています。さらに東芝は、再出資により保有する普通株式の一部に係る議決権行使について、株式会社産業革新機構および株式会社日本政策投資銀行に各々16.7%ずつ指図権を付与したと開示しています。

実務的な教訓は、資本構成の設計が財務効率だけで決まるわけではないということです。競合事業者から資金を受け入れつつ競争法上の問題を回避する、といった非財務的な制約が、証券の種類と議決権の配分を先に決めてしまう場合があります。モデル上は同じ「Equity」でも、権利内容が違えばExit時の分配も統治も変わります。

「LBO」と呼ぶには借入が薄い、をどう解釈するか

東芝の開示に「LBO」という語は登場しません。しかし、買収目的会社が借入を含む資金でターゲット株式を取得する構造そのものは、レバレッジド・バイアウトの枠組みで読むことができます。そのうえで、この案件の借入依存度は一般的なLBOと比べて低い水準にあります。

式:借入の厚みを利益で測る(開示数値のみを用いた単純計算)
金融機関借入 6,000億円 ÷ TMCの2018年3月期営業利益 4,605億円 = 1.30倍
借入+SK hynixの融資 9,950億円 ÷ 同 4,605億円 = 2.16倍
意味:一般的なLBOでは買収時のネット有利子負債がEBITDAの4〜6倍程度に設定される例が国内でも珍しくありません。分母がEBITDAではなく営業利益であることを踏まえると、この案件の借入水準は相対的にさらに低いことになります。

借入が薄い理由そのものは開示されていないため断定はできませんが、制約要因を開示された事実から並べることはできます。開示上、TMCは三次元フラッシュメモリの需要拡大に対応するため四日市工場第6製造棟の建屋建設投資と生産設備投資を進めている最中であり、さらに岩手県北上市を新規拠点として選定していると記載されています。継続的に大規模な設備投資が必要で、かつ市況によって利益の振れ幅が大きい事業は、返済スケジュールを固定する借入と相性が良くありません。

重要なのは「借入が薄いからLBOではない」という結論ではなく、対象事業のキャッシュフローの安定性が、そのまま調達できる負債の量を決めるという関係の確認です。切り出された事業がシクリカルであるほど、買い手はエクイティと準エクイティで厚みを持たせる必要があり、その分だけ求められるリターン水準やガバナンスの設計も変わります。

同じ価格でも倍率が4倍にも18倍にも見える

カーブアウト案件のバリュエーションで最も間違えやすいのが、分母をどの期のどの利益にするかです。この案件では開示された二つの数字を使うだけで倍率が大きく変わります。

分母に置く数値出所金額(億円)譲渡価格2兆3億円に対する倍率
分割対象部門の2015年度連結売上高2017年2月24日開示8,4562.4倍
分割対象部門の2015年度連結営業利益2017年2月24日開示1,10018.2倍
東芝メモリの2018年3月期売上高2018年6月1日開示11,9371.7倍
東芝メモリの2018年3月期営業利益2018年6月1日開示4,6054.3倍
表:倍率は本記事での計算値(譲渡価格20,003億円÷各金額)。分母の集計範囲・期間が異なるため相互に比較可能な倍率ではない。出所は東芝の各適時開示。

式:営業利益倍率の計算
20,003億円 ÷ 1,100億円 = 18.2倍(2015年度の分割対象部門ベース)
20,003億円 ÷ 4,605億円 = 4.3倍(2018年3月期の東芝メモリベース)
意味:同じ譲渡価格でも、分母をどこに置くかで倍率は4倍以上の開きになります。メモリ市況が大きく変動した時期をまたいでいるため、どちらか一方だけを引用すると「割高」にも「割安」にも見せられてしまいます。

必ず添えるべき注意書きが3点あります。第一に、これらはEV/EBITDA倍率ではありません。譲渡価格は株式の対価であり企業価値(EV)ではないうえ、分母もEBITDAではなく営業利益です(分子と分母の整合はEV/EBITDA倍率と類似会社比較法を参照)。第二に、集計範囲が同一ではありません。2015年度は東芝の社内カンパニーの一部門としての数値ですが、2018年3月期は独立した法人としてのTMCの数値で、しかも製造合弁3社の持分が2018年1月に移管された後の期です。第三に、価格の合意時点と決算期がずれています。2兆円という価格は2017年9月に合意されたものです。

これはカーブアウト特有の問題です。切り出される前の事業には独立した財務諸表が存在せず、共通費の配賦や社内取引の扱いによって利益は動きます。実務ではこの差を埋めるためにカーブアウト財務諸表を作成します(手順はカーブアウト財務諸表の作り方を参照)。案件を分析するときは、倍率を出す前に「分子と分母が同じ会社の同じ期を指しているか」を確認するという順番を守ってください。

クロージングまでに何が起きたか

署名から実行まで8か月以上かかったこの案件は、クロージングの前提条件がどう機能するかの実例でもあります。2017年9月28日の開示は、主要な前提条件として次の4点を挙げています。①必要な競争法当局の承認の取得、②安全保障等に関わる承認の取得、③管轄権を有する国家機関が完了を禁止していないこと、④会社法第467条第1項第2号の2に従った株主総会の承認。④は2017年10月24日の臨時株主総会で決議されています。

実務上いちばん重い障害になったのは、合弁パートナーとの係争でした。開示によれば、ウエスタンデジタル社の子会社であるサンディスク社が、四日市工場の製造合弁会社の株式等の売却差止を求めて国際仲裁裁判所に仲裁を申し立てていました。この係争は2017年12月13日の「メモリ事業に関する和解と協業強化について」で解決され、係属中の仲裁および訴訟の取り下げに合意するとともに、合弁契約の期間が延長されています(フラッシュアライアンス社は2029年12月31日まで、フラッシュフォワード社は2027年12月31日まで)。

カーブアウトでは、対象事業が親会社以外の第三者と結んでいる契約の扱いが、そのままクロージングリスクになります。合弁契約や長期供給契約、リース契約には支配権の変動に関する条項が置かれていることが多く、相手方の同意が取れなければ事業の一部が移せません。この案件でも、2017年9月28日開示は双方の合理的最善努力義務の対象として「リース投資家からの承諾の取得」を例示しています。

時系列で整理すると次のとおりです。

図3 公表資料でたどる時系列 フェーズ1:事業の切り出し(会社分割) 2017年1月27日 メモリ事業を会社分割により分社化する方針を公表 2017年2月24日 吸収分割契約を締結。マジョリティ譲渡を含む外部資本導入の検討を表明 2017年4月1日 会社分割の効力発生。東芝メモリがメモリ事業を承継 フェーズ2:売却プロセス 2017年8月31日 3陣営との交渉を継続していると公表(特定陣営への絞り込みは否定) 2017年9月13日 ベイン連合と覚書を締結。排他的交渉先とする定めはないと明記 2017年9月20日 取締役会で株式譲渡を決議。譲渡価格は合計2兆円の予定と公表 2017年9月28日 株式譲渡契約を締結。資金の出し手6者の金額を開示 フェーズ3:クロージング条件の充足 2017年10月24日 臨時株主総会で株式譲渡契約を承認 2017年12月5日 第三者割当増資 約6,000億円の払込完了(債務超過の解消) 2017年12月13日 ウエスタンデジタルと和解。仲裁・訴訟の取り下げと合弁契約の延長 2018年3月29日 東芝メモリから特別配当 約1,180億円を受領 2018年5月17日 残る競争法当局の承認を取得し、前提条件の充足を確認 2018年6月1日 株式譲渡を実行。東芝は3,505億円を再出資し持分法適用会社へ
図:出所は東芝の各適時開示およびニュースリリースを基に大手町プレップ作成。日付はいずれも公表・実行された日。

切り出したあと:スタンドアロン化の設計はどこまで開示されるか

買い手の実務では、クロージングは終わりではなく始まりです。切り出された会社は、人事・経理・IT・購買といった親会社の共通機能を自前で持つか外部から調達するかを決めなければなりません。この移行期間を埋めるのがTSAで、TSAで提供されない機能や売り手側に残る固定費がスタンドアロンコスト・座礁コストの問題を生みます(設計はカーブアウトM&AのTSA設計を参照)。

ここで正直に書いておくべきことがあります。この案件について、TSAの範囲・期間・料金は東芝の適時開示には記載されていません。公開情報だけで案件を分解する場合、開示されていない領域は「分からない」と扱うのが正しい態度です。推測でTSAの内容を書けば、それは分析ではなく創作になります。

一方で、開示から確実に言えることもあります。東芝は再出資の目的を「TMCの本件株式譲渡後における安定的な事業の移管実現を目的に」と説明しており、移管の完遂が取引設計の一部として意識されていたことが分かります。またブランドの分離については、東芝メモリ株式会社が2019年7月18日に社名変更を発表し、同年10月1日付でキオクシア株式会社となったことが公表されています。親会社の社名を冠していた事業を切り出す場合、ブランドの使用期限とその後の名称戦略は、TSAと並ぶ移行計画の重要な構成要素になります。

公開情報で案件を分解する手順

この案件を一般化すると、公開情報でカーブアウトを分解する手順は4段階になります。第一に、取引を二段階に分けて図に描くことです。切り出しと売却は別の取引で、どの方式を選んだかによって承継される権利義務の範囲も必要な承認手続も変わります(M&Aスキーム比較を参照)。第二に、外周の穴を探すことです。対象法人だけでなく、子会社・合弁持分・契約・ブランドが漏れなく移るのかを確認します。

第三に、価格を1点ではなく幅で捉えることです。契約時の価格、実行時の調整後価格、実行後の精算、完了前の配当まで含めて売り手の正味の回収額を組み立てます。第四に、資金の出し手を金額順ではなく性質別に並べ替えることです。借入か優先株式か普通株式かで分類すると誰が支配し誰がリスクを取っているかが見え、出資額シェアと議決権シェアの差がその検算になります。

よくある質問(FAQ)

Q. 東芝メモリの売却は「LBO」と呼んでよいのですか。
A. 東芝の適時開示に「LBO」という語は使われていません。ただし、買収目的会社である株式会社Pangeaが金融機関からの6,000億円の借入を含む資金でTMCの全株式を取得した構造は、レバレッジド・バイアウトの枠組みで読むことができます。借入比率が譲渡価格の30.0%と一般的なLBOに比べて低い点は押さえておくべき特徴です。

Q. 譲渡価格が2兆円から約2兆3億円に変わったのはなぜですか。
A. 株式譲渡契約で合意された2兆円は、想定純負債額・想定運転資本額・想定累積設備投資額を前提とした金額でした。実行時には、東芝が譲受会社に通知した前月末時点の推定額と、契約で合意していた各想定額との差額を調整して約2兆3億円が算出されています。さらに推定額と実績額の差額を確認して最終譲渡価格を算出し、差額を精算する予定であると開示されています。

Q. この案件のEV/EBITDA倍率はいくらですか。
A. 公開されている東芝の適時開示だけからは算定できません。譲渡価格は株式の対価であり、企業価値(EV)の算定に必要な取得時点の有利子負債・現金の内訳も、EBITDAを算出するための減価償却費も開示されていないためです。営業利益を分母にした単純な倍率であれば計算できますが、EV/EBITDAとは別物である点を明示せずに使うべきではありません。

Q. カーブアウト案件を自分で調べるとき、どこから見ればよいですか。
A. 上場している売り手がいる場合は、その会社の適時開示(子会社の異動、会社分割、株式譲渡)が最も情報量の多い一次情報になります。特に「子会社の異動を伴う株式譲渡」の開示には、対象会社の概要・経営成績・譲渡価額・日程が定型的に記載されるため、複数案件を横並びで比較しやすくなります。

まとめ

東芝メモリの売却は、会社分割による切り出しと買収目的会社への株式譲渡という二段階で組み立てられ、そのほぼ全工程が売り手の適時開示として公表された案件です。切り出し時点で承継された負債は帳簿価額1,614億円にとどまり、買い手は資本構成をほぼ白紙から設計できる状態にありました。資金面では、開示された6者の金額が合計してちょうど2兆円となり、うち金融機関からの借入は6,000億円(30.0%)、SK hynixからの融資を加えた議決権を伴わない資金は9,950億円(49.8%)を占め、その結果として出資額シェア10.6%のベインキャピタルが議決権49.9%を握る構造が生まれました。バリュエーションの面では、同じ譲渡価格でも分母を2015年度の部門営業利益に置けば18.2倍、2018年3月期のTMC営業利益に置けば4.3倍となり、切り出し前後で財務数値が連続しないというカーブアウト特有の問題が数字に表れています。公開情報での分解は、同時に、TSAの内容のように開示されていない領域を「分からない」と扱う規律を身につける訓練でもあります。

開示資料を読むだけでは足りない部分を、手を動かして埋める

適時開示から読み取れるのは資金の出し手と金額までで、返済スケジュールやリターンの分配までは書かれていません。そこから先は自分でモデルを組んで確かめるしかありません。モデリングラボでは、Sources & Uses と Debt Schedule を実際に組み立てながら、資本構成の違いがリターンにどう効くかを確認できます。

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出典・参考(2026年8月確認)

  • 株式会社東芝「当社メモリ事業の会社分割に係る吸収分割契約の締結について」(2017年2月24日) https://www.global.toshiba/content/dam/toshiba/migration/corp/irAssets/about/ir/jp/news/20170224_1.pdf
  • 株式会社東芝「東芝メモリ株式会社への外部資本導入に関する状況について」(2017年8月31日) https://www.global.toshiba/content/dam/toshiba/migration/corp/irAssets/about/ir/jp/news/20170831_1.pdf
  • 株式会社東芝「東芝メモリ株式会社の売却に係る覚書締結について」(2017年9月13日) https://www.global.toshiba/content/dam/toshiba/migration/corp/irAssets/about/ir/jp/news/20170913_1.pdf
  • 株式会社東芝「東芝メモリ株式会社の株式譲渡に関するお知らせ」(2017年9月20日) https://www.global.toshiba/content/dam/toshiba/migration/corp/irAssets/about/ir/jp/news/20170920_2.pdf
  • 株式会社東芝「東芝メモリ株式会社の株式譲渡契約締結に関するお知らせ」(2017年9月28日) https://www.global.toshiba/content/dam/toshiba/migration/corp/irAssets/about/ir/jp/news/20170928_1.pdf
  • 株式会社東芝「第三者割当による新株式の発行に関するお知らせ」(2017年11月19日) https://www.global.toshiba/content/dam/toshiba/migration/corp/irAssets/about/ir/jp/news/20171119_1.pdf
  • 株式会社東芝「第三者割当による新株式の払込完了に関するお知らせ」(2017年12月5日) https://www.global.toshiba/content/dam/toshiba/migration/corp/irAssets/about/ir/jp/news/20171205_1.pdf
  • 株式会社東芝「メモリ事業に関する和解と協業強化について」(2017年12月13日) https://www.global.toshiba/jp/news/corporate/2017/12/pr1301.html
  • 株式会社東芝「東芝メモリ株式会社の株式譲渡実行の効力発生について」(2018年5月17日) https://www.global.toshiba/content/dam/toshiba/migration/corp/irAssets/about/ir/jp/news/20180517_1.pdf
  • 株式会社東芝「東芝メモリ株式会社の株式譲渡完了及び特定子会社の異動に関するお知らせ」(2018年6月1日) https://www.global.toshiba/content/dam/toshiba/migration/corp/irAssets/about/ir/jp/news/20180601_1.pdf
  • キオクシア株式会社(当時:東芝メモリ株式会社)「東芝メモリ株式会社を『キオクシア株式会社』に社名変更」(2019年7月18日) https://www.kioxia.com/ja-jp/about/news/2019/20190718-1.html

※本記事は教育目的の一般的な解説であり、法務・税務・投資助言ではありません。設例は理解のための仮設例です。本文中の金額・比率は公表資料に基づく事実または当該数値からの単純計算であり、当事者の意思決定を評価するものではありません。