この記事で分かること

  • ゴードン成長モデル(1段階DDM)が、どのような条件で数学的に破綻するか
  • 2段階DDMとHモデル(Fuller and Hsia, 1984)の計算の仕組みと、同一の前提で計算したときの違い
  • 成長率gをROEと配当性向(内部留保率)から逆算する方法
  • 割引率と長期成長率に対する感応度分析の考え方と、多段階DDMが実務で機能する場面

結論:多段階DDMは「成長率が変化する企業」の配当を評価するための拡張である

配当割引モデル(DDM)は、将来の配当を株主資本コスト(Ke)で割り引いて株式価値を求める評価手法です。もっとも基本的な形が、配当が将来にわたって一定の成長率で伸び続けると仮定するゴードン成長モデル(1段階DDM)ですが、この前提は、創業期の高成長から成熟期の低成長へと配当の伸び方が変わっていく実際の企業の姿とは一致しません。多段階DDMは、この「成長率の変化」を計算式の中に明示的に組み込むための拡張です。

実務でよく使われる型は3つあります。数年間の高成長期を個別に予測したあと、その先は永久成長(ゴードン成長)に切り替える2段階DDM、成長率が高成長から安定成長へ直線的に逓減していく過程を1本の式で近似するHモデル、そして高成長・移行・安定という3つの局面をそれぞれ独立に設計する3段階DDMです。フリーキャッシュフロー加重平均資本コスト(WACC)で割り引くDCF法(詳細はDCF法の計算手順完全ガイド)とは異なり、DDMは配当そのものを株主資本コストで割り引くため、配当政策が安定していて予測しやすい成熟企業や金融機関の評価と相性が良い手法です。

以下ではまず、ゴードン成長モデルがどのような条件で破綻するかを数値で確認します。そのうえで、同一の前提条件から2段階DDMとHモデルをそれぞれ計算し、両者の違いを比較します。さらに、成長率gをROEと配当性向から逆算する考え方、割引率と長期成長率に対する感応度分析の考え方も扱います。

ゴードン成長モデル(1段階DDM)の前提とその限界

前提となる3つの条件

ゴードン成長モデルは、Myron J. Gordonが1962年の著作で体系化した配当割引モデルで、次の3つの前提の上に成り立っています。(1)企業は将来にわたって配当を支払い続ける、(2)その配当は毎期一定の成長率gで永久に伸び続ける、(3)割引率である株主資本コストKeは成長率gより大きい、の3点です。

式:ゴードン成長モデル
P0 = D1 ÷ (Ke − g) = D0 × (1 + g) ÷ (Ke − g)
P0:現在の理論株価(1株あたり)/D0:直近の実績配当(1株あたり)/D1:来期の予想配当(1株あたり)/Ke:株主資本コスト(%)/g:配当の永久成長率(%)

Keは、企業が株主から資金を調達するコストであり、実務ではCAPM(無リスク金利+β×株式リスクプレミアム)で組み立てるのが一般的な方法です。無リスク金利には日本国債(JGB)の利回りを使うことが多く、最新の利回りは財務省「国債金利情報」で確認できます。Keの前提の置き方そのものはCAPMの実務で詳しく扱っているため、本記事ではKeを仮の数値として置き、DDMの計算構造に焦点を当てます。

g≧Keで理論株価が破綻するメカニズム

以下は説明用の仮設例です。実在の企業のデータではなく、計算の流れを示すための前提を置いています。直近の実績配当D0を100円、株主資本コストKeを7.0%とし、成長率gを2.0%・7.0%・8.0%の3パターンで動かして理論株価を計算します。

成長率gD1(円)Ke − g(%pt)理論株価P0判定
2.0%102.005.02,040円成立
7.0%(=Ke)107.000.0計算不能(分母ゼロ)破綻
8.0%(>Ke)108.00−1.0−10,800円数学的に無意味
表:ゴードン成長モデルの理論株価(仮設例、D0=100円、Ke=7.0%)。g=Keで分母がゼロになり計算不能、g>Keでは株価がマイナスになり経済的な意味を失う。

ゴードン成長モデルの分母(Ke − g)は、無限等比級数の公比が1未満であるための条件そのものです。gがKeに近づくほど分母は小さくなり理論株価は際限なく発散し、g=Keでは分母がゼロになって計算そのものが成立しません。g>Keになると分母はマイナスに転じ、株価という本来プラスであるべき値がマイナスに計算されてしまいます。これは「永久に、しかも市場全体の期待リターンよりも速いスピードで成長し続ける企業」を割引計算の枠組みでは扱えないことを意味しており、モデルの前提が壊れているサインです。実務でDDMを使う際は、長期成長率gを、名目GDP成長率や物価上昇率といったマクロの上限を大きく超えない水準に置くのが基本です。

「配当性向一定」という前提の非現実性

ゴードン成長モデルのもう一つの弱点は、成長率gが一定であることの裏側で、配当性向もまた一定であることを暗黙のうちに前提としている点です。企業のROEが変わらないとすると、成長率は「ROE×内部留保率」で決まるため、gが変わらないということは配当性向(=1−内部留保率)も変わらないということになります。しかし現実の企業は、創業期・成長期には再投資機会が豊富で配当性向を低く抑え、成熟期に入って再投資機会が細るにつれて配当性向を引き上げていく傾向があります。つまり、実際の企業では「成長率が高い時期は配当性向が低く、成長率が落ち着く時期は配当性向が高くなる」という変化が起きているにもかかわらず、ゴードン成長モデルはこの変化そのものを表現できません。この不整合を解消するために、成長段階ごとに異なる成長率と配当性向を明示的に置けるようにしたのが、次章以降で扱う多段階DDMです。

2段階DDMの計算:明示予測期間と継続価値

2段階DDMは、直近の高成長期を個別の年ごとに予測して現在価値に割り引き(明示予測期間)、その先は成長率が長期的な水準に落ち着いたとみなしてゴードン成長モデルで一括評価する(継続価値)という2段構えの計算です。DCF法におけるターミナルバリューの計算と同じ発想で、キャッシュフローの代わりに配当を対象にしていると考えると理解しやすい構造です。

式:2段階DDM
P0 = Σ[t=1→N] D0×(1+gS)^t ÷ (1+Ke)^t + { D0×(1+gS)^N×(1+gL) ÷ (Ke−gL) } ÷ (1+Ke)^N
gS:明示予測期間の成長率(%)/gL:継続価値以降の長期安定成長率(%)/N:明示予測期間の年数/第1項:明示予測期間の配当を個別に割り引いた現在価値の合計/第2項:N年目末時点の継続価値(ゴードン成長モデル)をさらに現在価値へ割り引いたもの

以下は説明用の仮設例です。D0=100円、Ke=7.0%、明示予測期間の成長率gS=5.0%、継続価値以降の長期成長率gL=2.0%、明示予測期間N=10年という前提を置きます。まず、1年目から10年目までの配当を個別に予測し、それぞれをKeで割り引きます。

予想配当D_t(円)現在価値PV(円)
1年目105.0098.13
2年目110.2596.30
3年目115.7694.50
4年目121.5592.73
5年目127.6391.00
6年目134.0189.30
7年目140.7187.63
8年目147.7585.99
9年目155.1384.38
10年目162.8982.80
表:2段階DDMの明示予測期間(仮設例、D0=100円、Ke=7.0%、gS=5.0%)。D_t=D0×(1+gS)^t、PV=D_t÷(1+Ke)^t で算定。

1年目から10年目までの現在価値を合計すると902.75円(四捨五入で903円)になります。続いて、10年目末時点での継続価値を、11年目以降の配当が長期成長率gL=2.0%で永久に成長するとみなしたゴードン成長モデルで求め、それを10年分現在価値へ割り引きます。

項目金額(円)
明示期間(1〜10年目)現在価値の合計902.75
10年目の配当D10162.89
11年目の配当D11=D10×(1+gL)166.15
10年目末の継続価値TV10=D11÷(Ke−gL)3,322.95
TV10の現在価値=TV10÷(1+Ke)^101,689.22
理論株価P0(明示期間PV+TV10のPV)2,591.97
表:2段階DDMの継続価値と理論株価(仮設例)。902.75+1,689.22=2,591.97円(四捨五入で2,592円)。

この設例では、2段階DDMによる理論株価は約2,592円と算定されます。明示期間の配当の現在価値(903円)よりも、10年目末の継続価値を割り引いた金額(1,689円)のほうが大きく、理論株価全体の約65%を継続価値が占めている点は、DCF法のターミナルバリューと同じく、長期成長率gLの前提が理論株価の大部分を左右することを示しています。

Hモデル:成長率が滑らかに逓減するケースを扱う

2段階DDMは、成長率が「N年目までは高成長のまま、N年目の翌年に一気に安定成長へ切り替わる」という、やや不自然な段差を前提にしています。しかし現実の企業では、高成長から成熟へ向かう過程は、ある年を境に急変するのではなく、数年〜十数年かけて徐々に鈍化していくことのほうが多く見られます。Robert J. FullerとChi-Cheng Hsiaが1984年に発表したHモデルは、この成長率の直線的な逓減を1本の式で近似することで、明示予測期間のすべての年について個別に配当を計算する手間を省く簡便法です。

式:Hモデル
P0 = D0×(1+gL) ÷ (Ke−gL) + D0×H×(gS−gL) ÷ (Ke−gL)
H:成長率がgSからgLへ直線的に逓減する期間の半分の年数(逓減期間全体は2H年)/gS:起点となる初期成長率(%)/gL:終点となる長期安定成長率(%)/第1項:長期成長率gLがD0の時点から適用されたとみなした場合のゴードン成長モデル部分/第2項:成長率がgSからgLへ逓減していく分の追加的な価値(逓減プレミアム)

先ほどと同じ前提(D0=100円、Ke=7.0%、gS=5.0%、gL=2.0%)を使い、成長率が10年間(2H=10年、つまりH=5)かけて5.0%から2.0%へ直線的に逓減していくケースをHモデルで計算します。2段階DDMの明示予測期間(N=10年)とHモデルの逓減期間(2H=10年)をそろえることで、同じ「10年間の移行期間」を、急変で扱うか、なだらかな逓減で扱うかという違いだけを比較できます。

図1:成長率パスの比較(2段階DDM vs Hモデル、設例) 6% 5% 4% 3% 2% 1% 0% 0 2 4 6 8 10 12 (年) N=10年(2H=10年) 2段階DDM(急変) Hモデル(逓減)
図:設例(gS=5.0%、gL=2.0%、N=2H=10年)における成長率パスの違い。2段階DDMは10年目まで5.0%を維持したのち一度に2.0%へ切り替わるのに対し、Hモデルは0年目から10年目にかけて直線的に2.0%まで逓減する。

Hモデルの数値代入
第1項=100×(1+0.02)÷(0.07−0.02)=100×1.02÷0.05=2,040円
第2項=100×5×(0.05−0.02)÷(0.07−0.02)=100×5×0.03÷0.05=300円
P0=2,040円+300円=2,340円

モデル前提理論株価P0
ゴードン成長モデル(1段階)g=2.0%が最初から永久に続く2,040円
2段階DDM10年目まで5.0%を維持し、11年目以降2.0%2,592円
Hモデル10年かけて5.0%から2.0%へ直線的に逓減2,340円
表:同一前提(D0=100円、Ke=7.0%、gS=5.0%、gL=2.0%)における3モデルの理論株価比較(仮設例)。
図2:3モデルの理論株価比較(設例) 3,000円 2,000円 1,000円 0円 2,040円 ゴードン 2,592円 2段階DDM 2,340円 Hモデル
図:同一前提(D0=100円、Ke=7.0%、gS=5.0%、gL=2.0%)における理論株価の比較(仮設例)。数値は本文・上表と一致。

Hモデルの理論株価2,340円は、2段階DDMの2,592円より252円(約9.7%)低く算定されます。これは、2段階DDMが10年目まで5.0%の成長率をフルに維持したうえで11年目に一気に2.0%へ切り替わるのに対し、Hモデルでは1年目の時点からすでに成長率が5.0%を下回り始めているためです。図1で確認した通り、移行期間の各年で見ると、Hモデルの成長率は常に2段階DDMの成長率以下になるため、移行期間中の配当水準もHモデルのほうが低く、その分だけ理論株価も保守的(低め)に算定されます。逆に言えば、Hモデルは「高成長がいつまでも続く」という楽観的な前提を置きにくい構造になっており、2段階DDMよりも保守的な評価を求める場面や、成長率の急変を仮定する根拠が薄い企業の評価に向いています。

3段階DDMという一般化と、Hモデルの位置づけ

2段階DDMとHモデルは、いずれも「高成長期」と「安定成長期」の2つの局面を前提にしていますが、実務ではこの間に、成長率が緩やかに変化する第3の局面(移行期)を独立に設計したい場合があります。これが3段階DDMです。3段階DDMでは、(1)高成長期は個別の年ごとに配当を予測し、(2)移行期も同じく個別の年ごとに、企業固有の事情に応じた任意のペースで成長率を変化させながら予測し、(3)安定期はゴードン成長モデルで一括評価する、という3つの区間をそれぞれ現在価値へ割り引いて合計します。

Hモデルは、この3段階DDMのうち移行期の成長率変化を「直線的な逓減」という特定の形に固定することで、移行期の各年を個別に予測する手間を1本の式に圧縮した特殊形と位置づけられます。移行が実際にほぼ直線的だと考えられる企業であれば、Hモデルは少ない前提数で近似的に妥当な結果を出せる簡便な方法です。一方で、景気サイクルの影響を強く受ける企業や、大型投資の完了・特許切れ・規制変更など特定の時点で成長率が段階的に変わる要因がある企業では、直線での近似が実態と乖離しやすいため、移行期の各年を個別に設計できる3段階DDMのほうが適しています。どちらを選ぶかは、モデルの精緻さと前提を置く手間とのトレードオフであり、対象企業の成長パターンがどちらの形に近いかで判断します。

成長率gの求め方:ROEと配当性向から逆算する

多段階DDMを組む際に実務上もっとも悩ましいのが、各段階の成長率(gS・gL)をどう置くかです。配当の成長率は、企業が内部留保した利益をどれだけの収益率で再投資できるかによって決まるという考え方があり、この関係を式にしたものが持続可能成長率(サステナブル・グロース・レート)です。

式:持続可能成長率
g = ROE × (1 − 配当性向) = ROE × 内部留保率
ROE:自己資本利益率(%)=当期純利益÷自己資本/配当性向:当期純利益に対する配当の割合(%)/内部留保率:1−配当性向=当期純利益のうち再投資に回す割合(%)

この式は、自己資本が内部留保によってのみ増え、ROEが将来も一定に保たれるという前提のもとで、利益(したがって配当)が何%ずつ伸びるかを示しています。以下は説明用の仮設例です。ROEを10%で一定とし、配当性向を60%・80%・50%の3パターンで動かして、それぞれのgを計算します。

配当性向内部留保率g(ROE10%×内部留保率)
60%40%4.0%
80%20%2.0%
50%50%5.0%
表:ROE10%固定での配当性向別の成長率g(仮設例)。配当性向50%→80%への上昇は、前章までの設例で使ったgS5.0%→gL2.0%への低下と整合する。

この表の2行目と3行目は、前章までの設例で使ったgS=5.0%とgL=2.0%に対応させたものです。ROEを10%のまま一定とすると、成長期の配当性向50%(内部留保率50%)から、成熟期には配当性向80%(内部留保率20%)へ引き上げることで、成長率が5.0%から2.0%へ低下するという整合的なストーリーになります。実務でgS・gLの前提を置く際は、対象企業や類似企業の実績ROEと配当性向の推移を確認し、それぞれの局面でROEと配当性向がどう変化してきたか(あるいは今後どう変化すると見込むか)を根拠として示すことが、単に「成長率2%と仮定する」よりも説得力のある前提設計になります。日本企業のROE水準や資本コストをめぐる議論の背景はPBR1倍割れはなぜ問題かでも扱っています。

感応度分析:割引率と長期成長率で理論株価はどう変わるか

2段階DDMやHモデルの理論株価は、いずれも継続価値(ゴードン成長モデル部分)が理論株価の大部分を占めるため、割引率Keと長期成長率gLという2つの前提の置き方に対して結果が大きく動きます。単一の数値だけを結論として示すのではなく、感応度分析で前提を振ったときに理論株価がどの範囲に収まるかを示すことが、レビューに耐えるバリュエーションの基本です。

以下は説明用の仮設例です。gS=5.0%、N=10年は固定し、2段階DDMのKeを6.0%〜8.0%、gLを1.0%〜2.5%の範囲で動かしたときの理論株価を計算します。

Ke \ gL1.0%1.5%2.0%2.5%
6.0%2,787円3,001円3,269円3,613円
6.5%2,519円2,687円2,893円3,149円
7.0%2,297円2,431円2,592円2,789円
7.5%2,109円2,218円2,346円2,501円
8.0%1,948円2,037円2,142円2,265円
表:2段階DDMの理論株価感応度(仮設例、D0=100円、gS=5.0%、N=10年)。太字(Ke=7.0%、gL=2.0%)が本文の基本ケースと一致(2,592円)。

この表が示す通り、KeとgLをそれぞれ1%ポイント程度動かすだけで、理論株価は1,948円から3,613円まで、基本ケース(2,592円)の7割から140%程度の範囲で変動します。DDMに限らず、継続価値・ターミナルバリューへの依存度が高い評価手法に共通する性質ですが、gLをどこまで高く置くかは特にレビューで根拠を問われやすい前提です。長期成長率gLの上限は、対象企業が属する国のインフレ率や名目GDP成長率を大きく超えない水準に置くのが基本的な考え方です。

感応度分析は、自分の前提を差し替えながら手を動かすと理解が定着する

KeやgLを1つずつ動かしたときに理論株価がどう変わるかは、表を眺めるだけでなく、実際にExcelのセルを差し替えて確認したほうが早く身につきます。多段階DDMのように成長段階を分けてセルを組む練習を、関数や表構造を一から作らずに試したい場合は、Excel教材のスターターパックが土台として使えます。

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実務での使いどころ:高配当成熟株・銀行株評価と、DDMの限界

多段階DDMが特に機能するのは、配当政策が比較的安定していて、将来の配当を成長段階ごとにある程度見通せる企業です。代表例は、公益事業や成熟した消費財メーカーのように、フリーキャッシュフローが設備投資のタイミングで大きく振れやすい一方、配当そのものは連続増配や安定配当という方針のもとで滑らかに推移する高配当の成熟企業です。こうした企業では、フリーキャッシュフローを積み上げるDCF法よりも、実際に株主の手元に入る配当を直接見るDDMのほうが、評価のロジックが経営の配当方針と直結しやすいという利点があります。配当利回りの高さだけを見て「割安」と判断するのではなく、その利回りを支える配当の成長性と持続性を多段階DDMで確認するという使い方は、バリュー投資入門で扱う「安さの根拠」を数値で裏付ける作業とも重なります。

もう一つの代表的な用途が、銀行をはじめとする金融機関の評価です。銀行はEV/EBITDAのような企業価値ベースの倍率評価がなじみにくく、自己資本と配当を中心に評価するアプローチが実務で使われますが、金融機関特有の論点(自己資本比率規制との関係や、ROE−株主資本コストに基づく理論PBRとの関係など)は、本記事では扱いきれない専門領域です。銀行・金融機関特有のDDM活用の詳細はDDMと金融機関の評価入門に譲ります。

一方で、多段階DDMには明確な限界もあります。第一に、配当を出していない、あるいは配当方針が定まっていない企業には原理的に使えません。この場合はDCF法や類似会社比較法など、配当以外の指標に基づく評価手法を使う必要があります。第二に、本記事で確認した通り、理論株価の大部分を継続価値(gLの前提)が占めるため、KeとgLの置き方次第で結果が大きく動くという性質は避けられません。多段階DDMは万能の答えを出す道具ではなく、配当という観測しやすい変数を手がかりに、成長段階の変化を明示的に織り込みながら「前提を変えると結果がどう動くか」を検証するための枠組みとして使うのが実務的な向き合い方です。

よくある質問(FAQ)

Q. 2段階DDMとHモデル、実務ではどちらを使うことが多いですか。
A. どちらも使われており、絶対的な優劣はありません。2段階DDMは各年の配当を個別に予測できる分、精緻な前提を反映しやすい一方で、明示予測期間の年数だけ計算が必要です。Hモデルは前提が少なく素早く計算できる反面、成長率の逓減が直線に近いという仮定に依存します。移行過程を年ごとに細かく設計したい場合は2段階DDM(または3段階DDM)、概算で素早く水準感をつかみたい場合はHモデル、という使い分けが一般的です。

Q. gS(初期成長率)とgL(長期成長率)はどう決めればよいですか。
A. 本記事で扱った通り、g=ROE×内部留保率という関係を手がかりに、対象企業や類似企業の実績ROEと配当性向の推移を確認し、各段階でそれらがどう変化してきた(あるいは変化すると見込む)かを根拠に置くのが基本です。長期成長率gLについては、対象国の名目GDP成長率やインフレ率を大きく超えない水準に収めることが目安になります。

Q. 配当を出していない企業にもDDMは使えますか。
A. 使えません。DDMは将来の配当そのものを評価の対象にするため、配当を出していない、あるいは配当方針が定まっていない企業には原理的に適用できません。この場合はDCF法や類似会社比較法など、配当以外の指標に基づく評価手法を検討する必要があります。

Q. DCF法とDDM、どちらを使うべきですか。
A. どちらが常に優れているという関係ではなく、評価対象の性質によって使い分けます。フリーキャッシュフローの見通しが立てやすい一般事業会社にはDCF法が広く使われる一方、配当政策が安定していて予測しやすい高配当の成熟企業や、フリーキャッシュフローの概念がなじみにくい金融機関にはDDMが使われる場面が多くなります。実務では両者をクロスチェックとして併用することもあります。

Q. Hモデルの「H」はどこから決めればよいですか。
A. Hは、成長率がgSからgLへ逓減していく期間の半分の年数です。逓減期間全体を何年と見込むかは、対象企業の事業の成熟スピードや、類似企業が過去にたどった成長率の低下ペースを参考に置きます。逓減期間の見積もりに強い根拠がない場合は、2段階DDMでNを複数パターン振って感応度を確認する方法も選択肢になります。

まとめ

ゴードン成長モデル(1段階DDM)は、成長率gが永久に一定であることを前提とするため、g≧Keになると理論株価が発散・マイナス化して破綻し、実際の企業に見られる「成長率と配当性向が段階的に変化していく」動きも表現できません。2段階DDMは高成長期を個別に予測したあとゴードン成長モデルで継続価値を評価する方法、Hモデルは成長率の直線的な逓減を1本の式で近似する簡便法で、本記事の仮設例では同一の前提から2,592円(2段階DDM)と2,340円(Hモデル)という異なる理論株価が得られました。成長率gは、ROE×内部留保率という関係から、対象企業の実績や見通しを根拠に段階ごとに設定でき、KeとgLに対する感応度分析を併せて示すことで、単一の数値ではなく前提の幅を伴った評価として説得力を持たせられます。多段階DDMは、高配当の成熟企業や金融機関のように配当政策が読みやすい対象に特に向いており、配当を出していない企業や前提の根拠が薄い局面では、他の評価手法とのクロスチェックが欠かせません。

多段階DDMを「使える」レベルにするには、数値を自分で動かす練習が要る

本記事で確認した2段階DDMとHモデルの違いは、式を読むだけでは実感しにくく、ExcelでKe・gS・gL・Nを変数として切り出し、実際に数値を動かしてみることで初めて体に入ります。まずは配当性向とROEの前提を変えたときにgがどう動くかから、手元のシートで試してみてください。

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出典・参考(2026年9月確認)

  • Gordon, M.J. (1962) “The Investment, Financing, and Valuation of the Corporation.” Homewood, IL: Richard D. Irwin.(ゴードン成長モデルの出所として文献名のみ参照)
  • Fuller, R.J. and Hsia, C.C. (1984) “A Simplified Common Stock Valuation Model.” Financial Analysts Journal, 40(5), pp.49-56.(Hモデルの出所として文献名のみ参照)
  • 財務省「国債金利情報」 https://www.mof.go.jp/jgbs/reference/interest_rate/(2026年9月1日到達確認。株主資本コストKeの構成要素である無リスク金利の一次情報として参照。具体的な年限別利回りの読み方・活用は本文中でリンクした「CAPMの実務」記事を参照)

※本記事は教育目的の一般的な解説であり、法務・税務・投資助言ではありません。設例は理解のための仮設例です。