想定読者:上場企業の経営企画・IR・経理で資本収益性を開示・管理する担当者、事業会社やファンドで投資の事後検証をする実務家、株式アナリスト
前提知識:ROIC・ROE の計算、IRR(内部収益率)、減価償却の基本

架空の例から始める。中期経営計画の説明資料に、事業別の ROIC と WACC を並べた表がある。ある事業の ROIC は15%で、全社の WACC 6%を大きく上回る。ところが、その事業の主力工場は30年近く前に建てられ、設備の多くは償却をほぼ終えている。もう一方の成長事業は、研究開発と人材への支出が重く、ROIC は4%にとどまる。取締役会で「高収益の事業に資本を寄せるべきか」と問われたとき、この二つの数字は同じ物差しで比べてよいのだろうか。

ROIC は、事業に投じた資本がどれだけ稼いだかを1年分の財務諸表から測る。一方、投資そのものの採算は、支出した現金がいつ・どれだけ戻ってくるかで決まり、IRR で表される。二つは別の量であり、条件しだいで大きく離れる。本稿が取り上げる論文は、この古くからある問題を、利用者が自分で数値を動かして確かめられる形に組み直したものである。

この記事が主に参照する研究

Bartley J. Madden、Donn DeMuro(2025)「会計上のリターンと経済的リターンの隔たりを埋める(Bridging the gap between accounting returns and economic returns)」Journal of Applied Corporate Finance 37(3)

  • 公表:初版 2024年10月(SSRN のワーキングペーパー)、改訂版 2025年3月。参照した版:掲載誌の版(2025年9月30日オンライン公開、オープンアクセス)。査読:掲載誌の査読の有無は未確認
  • データ:実企業の標本はない。仮想の企業を、米国の物価・金利の実績(1900〜2020年)などを入力にシミュレーションする
  • 方法:投資の IRR を指定した仮想企業から財務諸表を作り、会計上のリターンと比べる数値実験(因果の識別や統計的検定はしない)
  • 位置づけ:1960〜80年代の研究と CFROI の枠組みを整理し、教育用のシミュレーション・ソフトと計算手順を示した実務向けの論文。新しい理論や新しいデータによる検証ではない

経済的​リターンと​会計上の​リターンは​何が​違うのか

論文は、投資の現金の支出と受取りから計算する IRR を経済的リターンと呼ぶ。これに対して会計上のリターンは、ある年の財務諸表から計算する「その時点の写真」であり、過去の様々な年に始めた、採算の違う投資を平均した値になる1。両者が大きく異なりうることは、1960年代半ばから80年代半ばにかけて多くの研究が示しており、会計上の利益率から企業間の経済的な収益性の優劣は推論できないとまで論じた有名な論文もある2。

論文が比べる会計上のリターンは4つある。ROE(純利益÷普通株主資本)は負債を増やすと上がりうるが、変動とリスクも大きくなる。RONA(純利益に支払利息を足し、純資産=設備の純帳簿価額と正味運転資本で割る。株主資本ではない)は ROIC と計算が近い。CRR(キャッシュ・リカバリー・レート、キャッシュフロー÷総資産)は、投じた現金がどれだけの速さで戻るかを示すが、IRR ではない3。4つ目の CFROI は、総資産、償却しない資産の比率、キャッシュフロー、耐用年数から、物価の調整を加えて IRR の形で計算する指標で、資本コストと直接比べられるように設計されている。CFROI は HOLT の登録商標で、論文によれば1970年代初めに Callard Madden & Associates で開発された。第一著者は CFROI の解説書の著者でもあり、ソフトも著者らのサイトで提供されている。論文が CFROI を高く評価する点は、この立場を踏まえて読む必要がある4。

以下では、純資産・投下資本を分母にする利益率を、まとめて「会計上の利益率」と呼ぶ。ROIC には分子にNOPATなどの税引後営業利益を使う定義があり、分母を帳簿上の純額で測る限り、RONA と同じ性質を持つ。

論文が​数値実験で​示した​こと

論文の Translator と呼ぶソフトは、企業を「毎年1件ずつ始まる投資の集まり」としてシミュレーションする。各年の投資の IRR と再投資率(投資額の伸び)を入力し、投資を無形投資・設備投資・正味運転資本に分け、現金の受取りのパターンを指定すると、貸借対照表と損益計算書ができる。そこから計算した会計上のリターンを、入力した IRR と比べる。結果を、ずれの源泉ごとに整理したのが表1である。

表1 会計上のリターンが経済的リターンからずれる源泉(R1 の整理)

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ずれの源泉論文の記述(向き)論文が示す補正の方向R1 の箇所
設備の年齢償却が進むと純資産が減り、RONA(ROIC と計算が近い)が上がる。償却済みでも使っている設備ではさらに高くなる総資産(取得原価の総額)を分母にする指標(CRR・CFROI)は年齢の偏りを受けないp.81 表1・p.84
物価の変動分子は当年の金額、分母は取得時の金額が混ざる。米国 1900〜1990年の設例では Earnings/Book が大きく上下した過去の設備投資を物価指数で当年の価格に置き直す(分子と分母の通貨をそろえる)p.81・p.83〜84 図6・p.86〜87
無形投資の費用処理1990〜2020年の設例では、公表ベースの RONA が入力した実質の経済的リターンを上回った無形投資を資本化して償却する。分子と分母の両方が動くので影響は耐用年数・成長率・比率しだいp.84〜85 図7
成長(再投資)率再投資率が経済的リターンに近づくほど、RONA は経済的リターンに近づく。経済的リターンが下がる局面では RONA は遅れて動く1時点でなく、利益率と再投資率の時系列(ライフサイクル)で見るp.82・p.84
CRR の性質CRR(キャッシュフロー÷総資産)は回収の速さを示すが IRR ではない耐用年数と償却しない資産の戻りを入れて IRR に換算する(CFROI の考え方)p.80〜81
出所:R1(Madden and DeMuro 2025)の​本文・​表1・​図6・​図7の​記述を​基に​大手町​プレップが​独自に​整理​(表・図の転載ではない)。​ページは​掲載誌の​印刷ページ。​「論文の記述」は​シミュレーションや​会計の​仕組みに​よる​説明で、​実企業の​標本で​検証した​結果ではない。​CFROI は HOLT の​登録商標で、​R1 の​第一著者は​その​開発に​関わった​(p.79〜80)。

具体的な実験は二つある。一つ目は物価の影響を見るもので、実質の経済的リターン6%(著者が長期の平均的な資本コストの近似として置いた値)と実質再投資率3%を一定にした典型的な工業企業(総資産の90%が耐用14年の設備、10%が正味運転資本、負債は純資産の40%、配当性向40%、無形投資なし)を、米国の1900〜1990年の実際のインフレ・デフレのもとで動かした。採算は毎年同じなのに、純利益÷株主資本は物価の変動につれて大きく上下し、物価を調整した CFROI はほぼ6%にとどまった5。同じ節では、CFROI と CRR は総資産を使うため設備の年齢の偏りを示さないこと、RONA は再投資率が経済的リターンに近づくほど経済的リターンに近づくことも述べている6。

二つ目は無形投資の影響を見るもので、1990〜2020年の米国の物価の実績のもと、投資の45%を設備、45%を無形投資、10%を正味運転資本とし、耐用年数をいずれも6年とした。公表どおりの財務諸表から計算した RONA は、入力した実質の経済的リターンを上回った。論文は、その原因を無形投資の費用処理と過去の物価上昇を無視したことに求め、無形投資を資本化した RONA との差、物価をゼロにした実験との差でそれぞれの大きさを測っている7。資本化は分子(販管費に入っていた支出の全額が、より小さな償却費に置き換わる)と分母(未償却の無形資産が加わる)の両方を動かすため、影響の向きと大きさは耐用年数・成長率・無形の比率しだいで変わる。また、経済的リターンが下がっていく局面では、RONA は進行中の投資の平均を映すので遅れて動く8。

著者らが経営への持ち帰りとして挙げるのは、事業部門間の資源配分に、無形投資を調整した会計上のリターンを使い、経済的リターンとの差を縮めることだ。さらに、取締役会は事業ごとに、経済的リターンの近似値と再投資率の時系列を経営陣に求めるべきだと主張する9。

数値実験の​限界と、​実データの​研究が​示した​こと

この論文の結果は、実企業のデータから得たものではない。仮定を置いた仮想企業の計算であり、会計の仕組みから生じるずれの向きと仕組みを見せるものだ。著者自身も、ソフトは「考えるための道具」であり、発生主義の会計を簡略化していること(投資は期末に行い、受取りは翌期以降の期末に生じる)、投資の条件や再投資率が違えば線は変わることを明記している10。補正した指標が将来の業績や株価をよりよく予測するか、といった検証は含まれていない。表1の「論文の記述」も、統計的に確かめられた関係ではなく、設定した条件のもとでの観察である。

実データで同じ問いを扱った研究としては、論文も引用する Rajgopal・Srivastava・Zhao の研究がある。1980〜2019年の米国の上場企業(2000年価格で資産1億ドル超)を対象に、研究開発費と販管費の一部(基本は研究開発費以外の販管費の50%)を資本化し、投資の回収パターンを仮定して IRR を推計した。会計上のリターンではデジタル技術企業は他の部門を上回らなかったが、推計した IRR では2008年の金融危機以降、最も高い部門と並び、デジタル大手の IRR は30〜50%だった11。同研究の会計上のリターンは、ほとんどの技術企業で IRR より低かったとされる12。会計上の利益率と推計した IRR とで、部門の順位が入れ替わりうることを示す例である。ただし IRR の推計も回収期間などの仮定に依存しており、どちらが「正しい」かを決める研究ではない。

学習用の​設例:同じ​投資でも​利益率は​どこまで​動くか

論文は、まず物価も無形投資もない簡単な仮想企業を Excel で作り、検算してから調整を重ねることを勧めている13。その考え方を借りて、大手町プレップが独自の簡易モデルを作った(論文のソフトの出力ではない)。

学習用の設例(架空)

  • 毎年末に1件投資し、翌年から10年間、実質で同額の現金を受け取る。どの年の投資も実質 IRR は8%で、採算は変わらない
  • 投資額は実質で毎年一定の率で伸びる(基準は2%)。税・負債・運転資本・残存価値はない
  • 設備は取得原価で定額償却する。無形投資は、公表どおりなら支出した年に全額を費用にし、調整する場合は資本化して定額で償却する
  • 会計上の利益率=その年の営業利益÷期首の純投下資本。初年度の影響が消えた定常状態で比べる

図1は、物価を一定にして、投資の伸び(成長率)だけを変えた結果である。採算は毎年8%なのに、有形投資だけの企業でも、成長率−4%では利益率が9.5%、12%では7.6%になる。投資の半分を無形投資として費用処理すると振れはずっと大きく、成長率0%で17.8%、12%で3.3%だ。成長が止まった企業は、受取りに比べて費用になる支出(無形投資)が少なく、資本も償却で縮むので高く見え、急成長する企業は逆に低く見える。

図1 成長率と会計上の利益率図1 成長率で変わる会計上の利益率(設例)投資の実質IRRは毎年8%で一定(物価一定)縦軸:期首の純投下資本に対する営業利益の比率0%4%8%12%16%20%24%−4%0%4%8%12%横軸:投資額の実質成長率(年率)実質IRR 8%成長率=IRRで3本とも一致有形投資のみ(償却10年)有形のみ・償却7年(10年使う)無形投資50%を費用処理
出所:学習用の​仮定に​基づき大手町​プレップ作成​(R1 の​付録に​ある​「投資の積み重ね」の​考え方を​借りた​独自の​簡易​モデルで、​R1 の Translator の​出力ではない)。​前提:毎年末に​1件投資し、​翌年から​10年間、​実質で​同額の​現金を​受け取る。​税・​負債・​運転資本・​残存価値なし。​物価一定。​会計上の​利益率=営業利益÷期首の​純投下資本​(有形は​定額償却、​無形は​公表​ベースどおり​支出年に​全額費用)。​成長率が​低い​(またはマイナスで設備が古くなる)​ほど、​また​無形投資が​多い​ほど​利益率は​IRRを​上回り、​成長率が​IRRを​上回ると​下回る。

3本の線は、成長率が IRR と等しい8%の点で一致する。成長率が IRR に等しければ、この設例の定常状態では比べた償却年数や無形投資の処理によらず会計上の利益率は IRR に一致するという、古くから知られた性質である。論文の「再投資率が経済的リターンに近づくほど RONA は経済的リターンに近づく」という記述と整合する14。裏返せば、成長率が IRR から離れている事業ほど、利益率を採算の代わりに使うと誤差が大きくなる。

図2は、成長率を2%に固定し、毎年の物価上昇率を変えた結果である。受取りは物価に連動するが、設備は取得原価のまま償却されるので、利益率は名目 IRR(実質 IRR に物価上昇を重ねた値)よりも高くなり、物価上昇率5%では15.1%と名目 IRR 13.4%を1.7%ポイント上回る。分子は当年の物価、分母は過去の物価で測られるからで、論文が「分子と分母は同じ年の購買力の通貨でそろえる」原則に反すると指摘する点である15。

図2 物価上昇率と取得原価ベースの利益率図2 物価が上がると取得原価の利益率は上振れ実質IRR8%・実質成長率2%の仮想企業(有形のみ)取得原価のままの利益率と、名目IRR(比べる相手)6%8%10%12%14%16%0%1%2%3%4%5%横軸:毎年の物価上昇率15.1%13.4%取得原価のままの利益率(公表ベース)名目IRR=(1+実質IRR)×(1+物価上昇率)−1
出所:学習用の​仮定に​基づき大手町​プレップ作成​(図1と​同じ​簡易モデル。​受取りは​物価に​連動し、​設備は​取得原価で​定額償却)。​物価上昇率0%でも​利益率が​IRRを​上回るのは、​成長率​(2%)が​IRRより​低いため​(図1)。​物価が​上がると、​分子の​営業利益は​当年の​物価、​分母の​純投下資本と​償却費は​過去の​物価で​測られ、​比べる​相手を​名目IRRに​しても​上振れが​残る。​設備を​当年の​物価に​置き直すと、​物価一定の​値に​戻る​(表2のD)。

表2は、成長率2%の企業で条件を一つずつ変えた比較である。償却年数を7年にして設備を10年使う(B)と、純帳簿価額がゼロになった設備が引き続き稼ぐため、利益率は11.0%に上がる。物価上昇率3%(C)では名目 IRR を1.3%ポイント上回るが、設備を当年の物価に置き直す(D)と物価一定の値に戻る。無形投資を資本化すると(F・G)差は縮み、償却年数を投資の回収期間(10年)にそろえた G は有形だけの A と同じ値になる。償却年数を回収期間より短い5年にした F では2.5%ポイントの差が残る。

表2 設例:同じ投資でも会計上の利益率はこれだけ変わる

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ケース会計上の利益率比べるIRR差償却進行率
A 基準:有形投資のみ・物価一定・償却年数10年8.7%実質 8%0.7%ポイント43%
B 償却年数7年(設備は10年使う)11.0%実質 8%3.0%ポイント58%
C 物価上昇率3%・取得原価のまま12.5%名目 11.24%1.3%ポイント41%
D Cの設備を現在価格に置き直す8.7%実質 8%0.7%ポイント43%
E 無形投資50%を支出時に費用処理15.3%実質 8%7.3%ポイント43%
F Eの無形投資を資本化・5年償却10.5%実質 8%2.5%ポイント43%
G Eの無形投資を資本化・10年償却8.7%実質 8%0.7%ポイント43%
出所:学習用の​仮定に​基づき大手町​プレップ作成​(図1と同じ簡易モデル)。​共通の​前提:投資の​実質​IRR 8%、​受取り10年、​実質成長率2%、​税・​負債・​運転資本なし。​利益率=営業利益÷期首の​純投下資本​(F・Gは​資本化した​無形資産の​未償却残高を​含む)。​Cは​物価上昇率3%で、​比べる​相手は​名目IRR。​Dは​償却費と​純資産を​当年の​物価に​置き直した​実質の​値。​償却進行率=期首の​有形固定資産の​減価償却累計額÷取得原価​(Bは償却を終えた設備も取得原価に残る)。​Aでも​利益率が​IRRを​上回るのは、​成長率が​IRRより​低く、​定額償却が​投資の​価値の​減り方と​一致しないため。

大手町​プレップの​考察

ここからは編集部の推論であり、論文が検証したことではない。論文と設例から読み取れるのは、会計上の利益率の高低には、事業の採算に加えて「資産の帳簿の年齢」と「成長の段階」が混ざって映るということだ。冒頭の例でいえば、償却を終えた工場で稼ぐ成熟事業の ROIC 15%と、研究開発を費用処理しながら伸びる事業の ROIC 4%は、同じ物差しの上にない可能性がある。前者は表2の B や、図1の左側に近い姿であり、新しい工場を建て直したときの採算は15%を大きく下回るかもしれない。後者は図1の金色の線の右側にあたり、費用処理した投資が将来の受取りを生むなら、採算は見かけより高いかもしれない。

もう一つは物価である。取得時と当年の物価水準の差が大きい場合、取得原価の帳簿と当年の売上は違う物価で測られることになる。物価が上がる局面では、図2のように取得原価の利益率が名目の採算を上回りやすくなり、名目の WACC との差(スプレッド)を実力以上に大きく見せうる。とくに、数年前に建てた設備と今年の売上を比べる場合、この効果は年を追って積み上がる。ただし、設例の数値は単純化したモデルの値であり、実際の企業の偏りの大きさは、資産の構成・耐用年数・価格転嫁の程度で変わる(仮説)。

著者らの提案(事業ごとに利益率と再投資率の時系列を取締役会に出す、研修費の償却年数を離職率と関連づけるなど)も、検証された方法ではなく、実務の議論の出発点として読むのがよい16。

日本の​実務への​応用:開示資料の​どこで​確かめるか

東京証券取引所は2023年3月の要請で、資本収益性の分析に WACC と比べた ROIC、株主資本コストと比べた ROE を使うことなどを例示し、事業セグメントごとの ROIC の算出も考えられるとした。どの指標を使うかに一律の定めはない17。資本コストや​株価を​意識した​経営の​開示で ROIC を読むときは、まず各社の定義と調整を確かめたい。帳簿上の純額を分母にする ROIC であれば、表1の要因が影響しうる(編集部の見方)。

無形投資については、日本の会計基準では研究開発費は発生時に費用として処理する18。設例からの推論だが、研究開発の重い事業ほど、図1の金色の線のように、成長の段階によって利益率が採算から上下に離れやすいと考えられる。研究開発費を資本化した場合の ROIC の計算手順は、用語集の研究開発費の​資本化調整で扱っている。

設備の年齢は、帳簿から近似できる。有形固定資産の減価償却累計額は、貸借対照表で控除科目として示すか、直接控除して注記する決まりで(連結財務諸表を作成する会社の個別財務諸表では、この注記を要しないとする規定がある)、個別財務諸表の附属明細表には有形固定資産等明細表がある19。累計額を取得原価で割った償却進行率は、表2の設例では基準の A が43%、償却を早く終える B が58%だった。同じ業種の他社や自社の過去と比べて高い事業は、ROIC が帳簿の古さで押し上げられている可能性がある。

物価については、取得原価主義の帳簿を当年の価格に置き直す必要がある。総務省の消費者物価指数(総合)は2025年平均で2020年=100として111.9、前年比3.2%の上昇だった20。2020年価格で計上された同じ帳簿金額に、消費者物価の比(111.9÷100)を掛ける単純な換算では、2025年の物価水準に直した金額は元の帳簿金額より約11.9%大きい(元の帳簿金額は、直した金額より約10.6%小さい)。償却の進み方は換算の前後で変えない前提である。論文は設備の置き直しに GDP デフレーターを使っており、設備の価格は消費者物価と同じ動きをするとは限らないので、実務では企業物価指数や設備の再調達価格の見積もりも使い分けたい(編集部の提案)。

明日から​使える​確認項目

以下の手順と目安は、論文の整理と設例を基にした編集部の提案で、研究で検証された基準ではない。

  1. ROIC の比較表を受け取ったら、各事業の「投資の伸び」を確かめる。過去3〜5年の設備投資と研究開発費の合計の年平均の伸びを、その事業の ROIC と並べる。伸びが ROIC より大きく低い事業の高い ROIC、伸びが大きい事業の低い ROIC は、採算と取り違えていないかを先に疑う。
  2. 償却進行率(減価償却累計額÷取得原価)を事業・会社ごとに計算する。同業他社より10%ポイント以上高い事業(編集部の仮の目安)は、主要設備を今の価格で更新した場合の ROIC を別に試算する。
  3. 物価を置き直した試算を1本作る。主要な設備を取得年ごとに分け、物価指数の比(当年÷取得年)を掛けて当年の価格にし、償却費と投下資本を計算し直す。設備投資の履歴が足りない場合は、推定した過去の成長率から欠けた年の設備投資を補って当年の価格に置き直す方法を、論文は脚注で示している21。
  4. 研究開発費・広告宣伝費・人材投資を資本化した ROIC を、償却年数を2〜3通り(例:3年・5年・10年)にして並べる。順位や WACC との大小が償却年数で入れ替わるなら、その ROIC を資本配分の唯一の根拠にしない。
  5. 取締役会や投資委員会では、次の質問を用意する。「この事業の ROIC は、いま同じ設備と開発を新しくやり直した場合の投資の IRR と、どれだけ違うと見ているか」「ROIC の推移とあわせて、再投資率の推移を見せてほしい」。

よく​ある​質問

ROIC が WACC を​上回っていれば、​価値を​生んでいると​言えないのですか。

帳簿上の ROIC が​採算に​近いときに​限られます。​設備の​償却が​進んでいる、​物価が​上がっている、​無形投資を​費用処理している、​成長率が IRR から​大きく​離れている、と​いった​条件では、​ROIC と​投資の IRR が​ずれる​ため、​スプレッドの​大きさも​割り引いて​読む​必要が​あります。​EVAのような​経済的利益も、​帳簿の​資本を​使う​限り​同じ​影響を​受けます。

CFROI を​使えば​問題は​解決しますか。

CFROI は​総資産と​物価調整を​使う​ため、​設備の​年齢と​物価の​偏りは​小さく​できると​論文は​述べます。​ただし、​耐用年数や​無形投資の​償却年数などの​仮定が​必要で、​論文自体も​実企業での​精度を​検証した​ものではありません。​第一著者が CFROI の​開発に​関わった​点も​踏まえ、​複数の​指標で​確かめる​使い方が​無難です。

まとめ

会計上の利益率は、投資の採算(IRR)を直接測るものではない。Madden と DeMuro の論文は、設備の年齢、物価の変動、無形投資の費用処理、成長の段階によって両者がずれることを、仮想企業の数値実験で示した。実企業での検証ではないが、設例でも成長率や償却年数を変えるだけで、同じ採算の企業の利益率が数%ポイント動く。日本の ROIC 開示を読むときは、償却進行率・物価の置き直し・研究開発費の資本化の3つの試算を添え、ROIC の高低を採算の高低と読み替えてよいかを確かめたい。

脚注

  1. R1(Journal of Applied Corporate Finance 掲載版, 2025年9月)p.79(INTRODUCTION)。ページは掲載誌の印刷ページ(PDF の物理ページは印刷ページ−78。以下同じ)。↩
  2. R1 p.79〜80。1960年代半ば〜80年代半ばの研究(Harcourt 1965、Stauffer 1971 など)の整理と、Fisher and McGowan(1983, American Economic Review)の主張は R1 の紹介による。Fisher and McGowan の原典は本稿では確認していない。↩
  3. R1 p.81・表1、p.80(CRR は償却しない資産だけのときに限り経済的リターンに一致するという債券の例)。↩
  4. R1 p.79 脚注4(CFROI は HOLT の登録商標)、p.80(CRR を修正して1970年代初めに Callard Madden & Associates で CFROI を開発)、p.81・表1・図1(CFROI の計算と、資本コストとの比較)、p.80 脚注13(第一著者の著書 CFROI Valuation, 1999)、p.82(ソフトは著者らのサイト learningwhatworks.com で提供)。↩
  5. R1 p.83〜84・図6・脚注17。実質の経済的リターン6%は「長期の平均的な企業の資本コストの近似」として置いた値(p.83)。純利益÷株主資本の変動幅は図からのみ読み取れるため、本稿では数値を示さない。↩
  6. R1 p.84(本文)。いずれもシミュレーションに基づく観察として述べられており、統計的な検定はない。CRR は総資産に占める正味運転資本の比率が高いほど経済的リターンに近づくとも述べる。↩
  7. R1 p.84〜85・図7・脚注18。図7の数値は本文に示されていないため、本稿では差の大きさを示さない。↩
  8. R1 p.84(本文)。↩
  9. R1 p.84(資源配分への持ち帰り)、p.82(取締役会がライフサイクルの実績を求めるべきだという主張)。いずれも著者の提案。↩
  10. R1 p.83(発生主義の簡略化)、p.84(“thinking tool”、線は投資の記述と再投資率で変わる)。↩
  11. R2(WP 版, 2020年10月16日)PDF p.5〜7。標本は Compustat と CRSP の1980〜2019年、2000年価格の資産1億ドル超の企業。研究開発費以外の販管費の資本化比率は基本50%で、25%でも頑健性を確認したとする(PDF p.5 脚注2)。デジタル大手は Amazon・Alphabet・Microsoft・Apple(PDF p.7)。掲載誌の版(The Accounting Review 2023)の本文は確認しておらず、数値は WP 版による。↩
  12. R2(WP 版)PDF p.15 脚注11。同研究の会計上のリターンは、特別損益前利益に支払利息と少数株主利益を足し、期首の総資産で割ったもの。↩
  13. R1 p.85(CONCLUDING THOUGHTS)、p.86(APPENDIX)。↩
  14. 成長率が IRR に等しいとき会計上の利益率が IRR に一致する性質は、会計上の利益率と IRR の関係を扱った古典的な研究で知られる結果で、R1 が証明したものではない。設例のモデルでは finance/calc.py の検算(assert)で、無形投資の扱い・償却年数・物価(名目の場合は名目成長率=名目 IRR)を変えても成り立つことを確かめた。R1 の記述は p.84。↩
  15. R1 p.81・p.86(分子と分母の通貨をそろえる原則)、p.86・図8(名目 ROI 20%・物価上昇12%なら実質 ROI は約7%という例)、p.87・図9(設備を GDP デフレーターの比で当年の価格に置き直す例)。↩
  16. R1 p.82(取締役会への提案)、p.85(研修費の償却年数を離職率と関連づける、広告をブランド認知の前後で評価するという例)。↩
  17. R4(東京証券取引所 上場部, 2023年3月31日)資料1 p.3(「現状分析」のポイント・留意事項)。↩
  18. R3(企業会計審議会, 1998年3月13日)「研究開発費等に係る会計基準の設定に関する意見書」三 2(研究開発費の発生時費用処理について)。↩
  19. R6(財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則)第25条・第26条(減価償却累計額の表示)、第121条(附属明細表の種類)。第26条の注記は、連結財務諸表を作成する会社では個別財務諸表で記載を要しない(同条2項)。↩
  20. R5(総務省統計局「2020年基準 消費者物価指数 全国 2025年(令和7年)平均」, 2026年1月23日公表)。↩
  21. R1 p.87 脚注21(図9の説明への注。PDF の物理ページ9)。設備投資の履歴が足りない場合は、推定した過去の成長率から欠けた年の設備投資を推定し、全体を当年の価格に置き直すとする。↩

参考文献​(2026年10月確認)

※本記事は教育目的の一般的な解説であり、投資助言・法務・税務の助言ではありません。研究結果は各論文の対象・期間・方法の範囲で得られたもので、日本の個別企業・案件にそのまま当てはまるとは限りません。設例は学習用の架空の数値です。アイキャッチ画像は生成AIによるイメージです。