この記事で分かること

  • 新株予約権付融資(ワラント付ベンチャーデット)の資金と権利の流れ、および行使価額・予約権割合の決まり方
  • 日本政策金融公庫の公表制度に基づく整数設例での検算(融資額・利息・予約権の経済価値)
  • あおぞら銀行・みずほ銀行・りそな銀行など、公表情報で確認できる日本の担い手の現状
  • ベンチャーデット業務に関わる仕事内容・求められるスキル・出身業界の傾向

結論:ベンチャーデットの本体は「融資条件」ではなく「新株予約権の設計」にある

ベンチャーデットは、既存株主の持分をエクイティ調達ほど薄めずに資金を確保できる融資として語られることが多いですが、実務でコストを左右するのは金利そのものよりも、多くの場合セットになる新株予約権(ワラント)の設計です。予約権をどれだけの株数・行使価額で発行するかによって、貸し手が最終的に得る経済的価値は融資額の何倍にもなり得ます。以下では、日本政策金融公庫が公表している「新株予約権付融資」の制度内容をもとに、この仕組みを整数設例で検算し、あわせて日本国内で公表情報を確認できる担い手と、この分野の仕事に関わる場合に必要になる知識を整理します。ベンチャーデットの基本的な位置づけや希薄化とのトレードオフそのものは、ベンチャーデット入門|エクイティを薄めない資金調達で解説しているため、ここでは重複を避け、仕組みの内側と担い手・キャリアに絞って扱います。

前提:ベンチャーデットはVC出資後のスタートアップに対する融資

ベンチャーデットは、すでにベンチャーキャピタル(VC)からエクイティ出資を受けているスタートアップを対象にした融資です。黒字化前で担保となる資産が乏しい段階でも、直近の資金調達実績やVCの支援体制が実質的な裏付けになる点は前掲の入門記事で触れたとおりです。重要なのは、この「VC出資を受けていること」自体が制度上の利用条件になっているケースがある点です。たとえば後述する日本政策金融公庫の制度では、一般社団法人日本ベンチャーキャピタル協会の会員等からの出資を受けている(見込まれる場合を含む)ことが利用条件の一つに明記されています。つまりベンチャーデットを検討する企業にとって、まずエクイティ側の出資者を確保できているかどうかが前提になるということです。出資候補となるVC・CVCを探す場合は、VC・CVC一覧・業界マップで組織区分や投資ステージから絞り込めます。

仕組みを検算する:新株予約権付融資の整数設例

ベンチャーデットの中でも、融資に新株予約権を組み合わせる「新株予約権付融資(ワラント付融資)」の設計を、日本政策金融公庫が公表している「スタートアップ支援資金」の制度内容に沿って検算します。以下は同制度の実際の公表条件を用いた、理解のための仮設例です(登場する株価・株式数・想定シナリオは仮の数値であり、特定の企業の実例ではありません)。

制度上のルール(公表情報)
・融資(社債含む)の限度額:20億円
・予約権割合=行使価額の総額÷融資金額。原則100%(個別事情により10%を下限に決定)
・取得する新株予約権は、行使したものとして算出した発行済株式総数の50%以内
・新株予約権の行使価額:新株予約権取得時の株式の時価
・金利:基準利率(上限3.0%)
・返済期間:20年以内(うち据置期間10年以内)

この条件をもとに、資金調達額2億円のケースで計算します。

項目設例の前提・計算式結果
融資金額仮設例として設定2億円
予約権割合原則100%を採用(制度上の原則値)100%
行使価額の総額2億円×100%2億円
新株予約権発行時の株価(仮定)仮設例として設定(時価)1株1,000円
取得可能株式数2億円÷1,000円200,000株
行使前の発行済株式総数(仮定)仮設例として設定800,000株
行使後の発行済株式総数800,000株+200,000株1,000,000株
完全希薄化ベースの予約権比率200,000株÷1,000,000株(上限50%以内を確認)20%
年間利息(据置期間中・単利)2億円×3.0%600万円/年

この設例では、予約権による完全希薄化ベースの比率は20%となり、制度上の上限である50%以内に収まっています。ここまでは融資実行時点の話ですが、新株予約権の価値は将来の株価次第で大きく変わります。仮に3年後、次の資金調達やIPO準備の過程で株価が1株3,000円まで上昇したと仮定すると、予約権の内在価値は次のように計算できます。


予約権の内在価値=(将来株価-行使価額)×取得可能株式数
=(3,000円-1,000円)×200,000株=4億円

制度上、公庫自身がこの予約権を行使して株式を取得することはなく、株式公開時など一定の条件に達した場合に経営責任者等へ売却する仕組みです(売却時期は、時価が行使価額の2倍以上になった場合か株式公開のいずれかを融資時に選択)。したがって実際の受取額は交渉次第ですが、この内在価値4億円という規模感は、3年間の利息合計1,800万円(600万円×3年、単利)と比べてはるかに大きく、ベンチャーデットの実質的なコストが金利ではなく予約権側に集中しうることを示しています。同じ2億円を追加のエクイティで調達していれば、このケースでは同水準の希薄化が最初から株式として発生していたはずで、ベンチャーデットは希薄化のタイミングと形式を変える手段であって、希薄化そのものをゼロにする手段ではない、という点が数値からも確認できます。

新株予約権付融資:資金と権利の流れ(設例) スタートアップ (資金調達側) 貸し手 (公庫・銀行等) ①融資 2億円 ②新株予約権を発行(無償) 行使価額 取得時の株式の時価 (設例:1株1,000円) その後の分岐(据置期間〜行使期間満了まで) 株価が行使価額の2倍以上 or IPO → 経営責任者等へ売却(原則) 条件に届かないまま行使期間満了 → 予約権は消滅(元利返済は継続)
図:日本政策金融公庫「スタートアップ支援資金(新株予約権付融資)」の公表条件を基に大手町プレップ作成。株価・株式数は設例。

融資型・ファンド出資型・提携型:担い手による提供形態の違い

ここまでの設例は、融資実行主体自身が新株予約権を保有する直接融資型を前提にしています。しかし実際に日本市場で確認できるベンチャーデットの提供形態は一様ではなく、大きく3つに整理できます。第一に、公庫が自ら融資と新株予約権の両方を保有する直接融資型。第二に、銀行が自己勘定または関連投資子会社を通じて融資を実行する銀行本体型。第三に、銀行や政策金融機関が有限責任組合員(LP)として出資し、専門の運用会社が無限責任組合員(GP)としてファンドを運営する、ファンド経由型です。キャップテーブルと希薄化で扱った資本政策の観点からは、どの形態でも新株予約権が発行済株式総数に加わる点は共通ですが、コベナンツ(財務制限条項)の設計や、案件が固まるまでの意思決定プロセスは提供形態によって異なります。次章で確認する日本の担い手の多くは、このファンド経由型を採用している点が特徴です。

日本の担い手:公表情報で確認できる主なプレイヤー

ベンチャーデットの担い手は、政府系金融機関、メガバンク・大手行、専業の投資子会社に大別されます。以下は、各社・各機関が自ら公表している情報、または報道で確認できた範囲に限定して整理したものです(掲載順は五十音・アルファベット順ではなく類型順)。

担い手区分公表されている内容
日本政策金融公庫政府系金融機関「スタートアップ支援資金」として新株予約権付融資を制度化。融資限度20億円、予約権割合は原則100%、金利上限3.0%等を公式サイトで開示
あおぞら銀行/あおぞら企業投資大手行系の専業投資子会社IPOを志向する国内ベンチャー企業向けにデットファイナンスを提供。2025年2月、日本政策投資銀行(DBJ)と共同でミドル・レイターステージ向けの大型案件専用ファンド「HYBRID ANNEX1」(当初50億円、進捗に応じ100億円へ増額検討、個別案件10億円以上を想定)を設立
みずほ銀行/みずほキャピタルメガバンク・グループ会社みずほ銀行が解説記事で新株予約権付融資(ワラント付融資)の仕組みを公表。報道では、みずほキャピタルが運営しみずほ銀行が出資する100億円規模のファンドで、AI・脱炭素分野のミドル・レイターステージ企業に1社2〜3億円程度を投資する計画が伝えられている
りそな銀行大手行報道では、100億円規模のファンドを設立し、新株予約権を組み合わせた融資商品としてベンチャーデットを提供しているとされる
東海東京フィナンシャル・ホールディングス、地方銀行各行証券・地銀報道により、証券会社・地方銀行が新たにベンチャーデット市場へ参入する動きが伝えられている(個別行の商品条件までは各行の公表を要確認)

日本経済新聞の報道によれば、ファンド経由でのベンチャーデットの新規供給額は2024年に前年比7倍の約4億6,900万ドル(約700億円)に達したとされます。これは特定の年・特定の集計方法に基づく報道上の数値であり、市場全体の確定統計ではない点に注意が必要ですが、複数の大手行が同時期に参入を発表している事実と合わせて考えると、日本のベンチャーデット市場が2023年から2025年にかけて急速に立ち上がった分野であることは、公表情報からも裏付けられます。

返済原資・コベナンツ・会計処理:融資である以上の制約

ベンチャーデットはあくまで融資であるため、返済原資(多くは次の資金調達ラウンドや事業からの売上)の見通しと、コベナンツ(財務制限条項)への抵触リスクをセットで検討する必要があります。みずほ銀行の解説によれば、契約にはコベナンツや、追加借入・担保設定・M&A等に関する同意条項が組み込まれる場合があり、抵触時には一括返済や条件変更を求められることがあります。会計処理の面では、ワラント付融資は返済義務を伴う部分を負債、株式取得権に相当する部分を資本として区分して評価・計上するのが一般的な考え方とされています。コベナンツ・ライトメザニンファイナンスの設計思想と同様、ベンチャーデットも「返済確実性をどこまで求めるか」と「アップサイド(エクイティキッカーとしてのワラント)をどこまで求めるか」のトレードオフの上に条件が決まる商品だと理解しておくと、他のデット性商品との比較がしやすくなります。次回の資金調達がまとまらない、あるいはバーンレート・ランウェイの見通しが崩れた局面では、返済負担がそのまま資金繰りを圧迫する点は、入門記事で述べたとおりです。

ワラントの評価・希薄化計算を自分の手で組めるか

新株予約権の行使価額・希薄化比率・内在価値の計算は、本記事の設例のように整数では解けても、実際の資本政策やバリュエーション評価に組み込むと途端に複雑になります。DCFCompsと合わせて評価の考え方を体系的に確認したい場合は、以下の教材で基礎から確認できます。

→ 企業価値評価入門(日本実務版)を見る

ベンチャーデット業務のキャリア:何をする仕事か

ベンチャーデットに関わるキャリアは、大きく「貸し手側」の実務として整理できます。日本では前章で見たとおり、政府系金融機関・メガバンクの投資子会社・専業投資会社がこの分野を担っており、業務は概ね次のような流れになります。まずVCのネットワークや既存の融資取引先からの紹介で案件をソーシングし、通常の与信審査とは異なり、担保や現在の黒字化状況よりも事業計画・キャッシュフロー予測・既存投資家の構成を重視した審査を行います。条件を固める段階では、金利水準に加えて予約権割合・行使価額・コベナンツをどう設計するかが交渉の中心になり、実行後は財務指標のモニタリングと、新株予約権の価値評価・売却判断(あるいは行使期間満了までの保有継続の判断)が継続的な業務になります。

求められるスキルは、銀行の審査部門で培われるような与信分析力と、VCやグロースエクイティで求められる企業価値評価・資本政策の理解の両方にまたがります。実際、あおぞら企業投資のように専業でベンチャーデットファンドを運営する会社は、独自の採用ページを設けて人材を募集しています。出身業界としては、銀行の法人融資・審査部門、プロジェクトファイナンスやストラクチャードファイナンスの経験者、VCやPEでのアソシエイト経験者などが想定されますが、この分野は日本国内で2023年以降に大手行の参入が相次いだばかりの新しい市場であり、確立された単一の採用ルートがあるわけではありません(2026年8月時点の公開情報に基づく整理であり、特定のエージェントや求人サイトの集計に基づく断定ではありません)。与信管理・クレジットアナリスト業務の基礎を持つ人が、デューデリジェンスの視点をエクイティ側にも広げていく形でこの分野に移るケースが、構造的には最も自然な経路だと考えられます。

ベンチャーデット業務に関わる典型的な経路(一般的な整理) 出身分野 法人融資・審査部門 ストラクチャードファイナンス VC/PEアソシエイト ベンチャーデット業務 ソーシング・与信審査 予約権・コベナンツ設計 モニタリング・評価判断 想定されうる展開先 プライベートクレジットファンド グロースエクイティ スタートアップ側の財務・IR ※特定の統計・求人集計に基づくものではなく、 業務内容から構造的に整理した一般的な経路です
図:公開情報をもとに大手町プレップが構造的に整理した一般的な経路(設例)。個社の採用実績を示すものではありません。

よくある質問(FAQ)

Q. 新株予約権の「予約権割合100%」とは、融資額の全額が株式に変わるという意味ですか?
A. いいえ。予約権割合は「行使価額の総額÷融資金額」の比率であり、これが100%というのは、予約権を行使する際に払い込む金額の合計が融資額と同じ水準になるように株数と行使価額を設定する、という意味です。行使するかどうか自体は貸し手側の判断(実質的には売却)に委ねられており、必ず株式化されるわけではありません。

Q. 日本政策金融公庫の制度と、銀行が提供するベンチャーデットは同じものですか?
A. 対象となる企業像や政策目的は近い部分がありますが、条件は別物です。公庫の制度は融資限度・金利上限・予約権割合の考え方が公式サイトで明示されているのに対し、銀行やファンド経由の商品は個別審査・個別交渉で条件が決まるため、案件ごとに比較する必要があります。

Q. ベンチャーデットの与信審査は、通常の銀行融資の審査と何が違いますか?
A. 通常の融資が決算書の実績や担保を重視するのに対し、ベンチャーデットでは事業計画・成長ストーリー・既存投資家の構成やKPIの見通しが重視される傾向があるとされています。ただし黒字化前の企業を対象にする以上、審査のハードル自体が低いわけではなく、継続的なモニタリングも前提となります。

Q. この分野で働くには、金融機関での与信経験は必須ですか?
A. 必須と断定できるものではありませんが、構造的には与信分析の素養とエクイティ側の評価・資本政策の理解の両方が求められるため、法人融資・審査部門やストラクチャードファイナンスの経験、あるいはVC・PEでの投資実務経験のいずれかを土台に、もう一方を後から補っていく形が現実的だと考えられます。

まとめ

ベンチャーデットの実質的なコストと交渉ポイントは、金利そのものよりも新株予約権の設計に集中します。日本政策金融公庫が公表する制度を用いた設例では、融資額2億円に対して予約権の完全希薄化比率は20%、株価上昇後の予約権の内在価値は利息合計を大きく上回る規模になり得ることを確認しました。日本国内の担い手は、政府系金融機関に加えてあおぞら銀行・みずほ銀行・りそな銀行等の大手行が2023年前後から相次いで参入しており、市場自体が急速に立ち上がっている段階です。この分野の仕事は、与信分析とエクイティ評価の両方をまたぐ実務であり、確立された単一の採用ルートがあるわけではない点も踏まえて、キャリアとして検討する際は個別の求人・企業の公表情報を都度確認することが欠かせません。

与信とエクイティ評価、両方の土台を整理したい方へ

ベンチャーデットの実務は与信分析だけでもエクイティ評価だけでも完結しません。自分の現在地と不足している知識領域を確認したい場合は、まず適性診断で整理してから学習範囲を絞り込む方法もあります。

→ キャリア適性診断で自分に合う実務領域を確認する

出典・参考(2026年8月確認)

※本記事は教育目的の一般的な解説であり、法務・税務・投資助言ではありません。設例は理解のための仮設例です。年収・採用動向・市場情報は執筆時点(2026年8月)の公開情報に基づく参考値です。