この記事で分かること

  • NRR(Net Revenue Retention)の定義と計算式、そして「コホートを固定する」という本質
  • GRR・ロゴチャーン・レベニューチャーンとの違いを4指標の比較表で整理
  • 期首MRR 1,000万円のコホートを使った12か月分の設例と、Excelでのコホートマトリクス計算
  • NRRが100%を超える意味と、VC・投資家がARR成長の質を評価に使う視点

結論:NRRとは「同じ顧客群だけを追った売上維持率」

NRR(Net Revenue Retention、ネットレベニューリテンション)とは、ある時点に存在していた既存顧客だけを対象に、一定期間後にその顧客群からの経常収益がどれだけ残ったか(あるいは増えたか)を示す比率です。日本語では「売上継続率」「純収益維持率」と訳されますが、実務ではNRRまたはNDR(Net Dollar Retention)がそのまま使われます。

NRR =(期首顧客群の期首MRR + Expansion − Contraction − Churn)÷ 期首MRR
分母は「期首時点の顧客群のMRR」、分子は「同じ顧客群の期末MRR」。期中に獲得した新規顧客(New MRR)は分子にも分母にも一切含めません。ここが最重要ポイントです。

対になる指標がGRR(Gross Revenue Retention)です。

GRR =(期首MRR − Contraction − Churn)÷ 期首MRR
分子からExpansion(アップセル・クロスセル・従量増)を除いた比率。増加要因を含まないため100%が理論上の上限で、100%を下回った分が「既存顧客から失った収益の割合」を意味します。

両者の関係は常に GRR ≦ NRR となり、NRRが100%を超えるのは「既存顧客からの増収が解約・減額による減収を上回った」状態です。これがいわゆるネガティブチャーン(Negative Churn)で、新規顧客を獲得しなくても売上が伸びる構造を意味します。

水準感については、B2B SaaSでは100%が事実上の合格ライン、110%前後で良好、120%を大きく超える水準は従量課金や席数課金の比重が高いモデルで観測されやすい、と語られます。ただし後述のとおりNRRは会計基準に基づく指標ではなく定義が会社ごとに異なるため、目安は「絶対値の一点比較」ではなく「自社の時系列推移」と「GRRとの併読」で使うのが実務的です。

本記事はNRR単体を深掘りします。SaaS指標全体の地図はSaaS・スタートアップ指標の体系、各指標の1〜2行の定義はSaaS・VC指標の早見辞典と用語集のチャーンレート・NRRにまとめています。

なぜ「コホート固定」がNRRの本質なのか

NRRの計算で最も誤解が多いのが分母と分子の顧客集合です。「今期の売上 ÷ 前期の売上」で計算すると期中に獲得した新規顧客が分子に混ざり、比率は簡単に100%を超えます。それでは「既存顧客に価値が定着しているか」という本来の問いに答えられません。

NRRはコホート分析の一形態です。「ある月時点で課金されていた顧客の集合」を固定したまま時間を進め、同じ顔ぶれの売上がどう動いたかだけを見る。だからこそ営業が新規を積み増しても数字は動かず、プロダクトの価値と顧客成功の質が純粋に映るのです。考え方の基礎はコホート分析もご確認ください。

またNRRはMRR(月次経常収益)またはARR(年次経常収益)ベースで計算し、初期導入費用やカスタマイズ開発費などの一時収益は除外します。MRR・ARRの定義はMRRとは?計算方法・ARRとの違いARRとは?MRRとの違い・計算方法、用語集のARR・MRRで整理しています。

NRRを構成する4つの変動要因

期首MRRから期末MRRへの変動は次の4種類に分解され、NRRの分子はNew MRRを除いた3つで構成されます。

  • New MRR:期中に新規獲得した顧客のMRR。NRRの計算からは除外します。
  • Expansion MRR:既存顧客の増額。アップセル、クロスセル、席数増、従量利用の増加、単価改定。
  • Contraction MRR:既存顧客の減額。プラン下位化、席数減、従量減、値引き。契約が継続している点がChurnとの違いです。
  • Churned MRR:解約により失われたMRR。契約が完全に終了したケース。

ContractionとChurnの線引きは実務上ぶれやすい論点です。10ライセンス中9ライセンスを解約した顧客は、契約が残っていればContraction、契約単位を分割していればChurnと集計されます。一度決めた定義を期をまたいで変えないことが、NRRを時系列で使える指標にする条件です。

計算方法:期首MRR 1,000万円のコホートで12か月を追う

以下は説明用の仮設例です。実在企業の数値ではありません。あるB2B SaaS企業は2025年1月1日時点で既存顧客200社、合計MRR 1,000万円(ARR換算1.2億円、1社あたり平均MRR 5万円)だったとします。この200社をコホートとして固定し、12か月後の2025年12月時点で同じ200社の合計MRRを測定したところ、変動の内訳は次のとおりでした。

項目 金額(万円/月) 内容
期首MRR(2025年1月)1,000既存200社の合計
+ Expansion MRR+230上位プラン移行・席数増・追加モジュール
− Contraction MRR−40席数減・プラン下位化(契約は継続)
− Churned MRR−7016社が解約
期末MRR(2025年12月)1,120同一コホート200社の合計
(参考)New MRR400NRR・GRRの計算には含めない
表:仮設例におけるコホート(既存200社)の12か月間のMRR変動。単位は万円/月。

NRR =(1,000 + 230 − 40 − 70)÷ 1,000 = 1,120 ÷ 1,000 = 112.0%
GRR =(1,000 − 40 − 70)÷ 1,000 = 890 ÷ 1,000 = 89.0%
分母はどちらも期首MRRの1,000万円で共通。違いは分子にExpansion 230万円を含めるかどうかだけです。

NRR 112.0%は「新規顧客をゼロと仮定しても既存顧客だけで年12%成長した」、GRR 89.0%は「既存顧客の11%分の収益は1年で失われた」という意味です。2つを並べて初めて「解約・減額は出ているが、それを上回るアップセルが効いている」という実態が見えます。

NRRとGRR:コホートの期首MRRから期末MRRへの分解 コホート=2025年1月時点の既存200社に固定(期中の新規顧客は分母にも分子にも含めない) 期首MRR(2025年1月) 1,000万円 既存200社 Expansion +230万円 Contraction −40万円 Churn(解約16社) −70万円 12か月後のMRR 1,120万円 同一コホート200社 NRR 112.0% NRR =(1,000 + 230 − 40 − 70)÷ 1,000 = 112.0% 分子にExpansionを含む → 100%を超えうる(Negative Churn) 分母は常に期首MRR 1,000万円で固定 GRR =(1,000 − 40 − 70)÷ 1,000 = 89.0% 分子にExpansionを含まない → 上限は100% 100%との差 11.0pt = 既存から失った収益
図:NRRとGRRは分母(期首MRR)が同じで、分子にExpansionを含めるかだけが異なる。単位は万円/月、説明用の仮設例。

GRR・ロゴチャーン・レベニューチャーンとの違い

実務ではNRR・GRRに加えて顧客数ベースの「ロゴチャーン」と金額ベースの「レベニューチャーン」を併用します。同じ設例(200社・期首MRR 1,000万円・解約16社)で4指標を並べます。

指標 計算(分子 ÷ 分母) Expansion 上限 設例の値 主に測るもの
NRR(1,000+230−40−70)÷1,000含むなし112.0%既存顧客からの純成長力
GRR(1,000−40−70)÷1,000含まない100%89.0%収益の防御力・定着の下限
ロゴチャーン率16社 ÷ 200社対象外100%8.0%顧客数ベースの離脱(金額は無視)
レベニューチャーン率(グロス)(40+70)÷1,000含まない100%11.0%金額ベースの流出(=100%−GRR)
(参考)ネットレベニューチャーン率(40+70−230)÷1,000含むなし−12.0%符号がマイナス=Negative Churn(=100%−NRR)
表:同一の仮設例から算出した4指標の比較。GRRとレベニューチャーン率、NRRとネットレベニューチャーン率は表裏の関係にある。

注目すべきはロゴチャーン率8.0%とレベニューチャーン率11.0%のずれです。解約16社が失わせたMRRは70万円なので解約顧客の平均MRRは約4.4万円、コホート平均5.0万円より小さく「小口の顧客が抜けている」と読めます。逆に金額ベースが顧客数ベースを上回るなら大口顧客の離脱を示すサインで、経営上の緊急度はまったく異なります。ロゴとレベニューは必ずセットで見るのが鉄則です。

NRRが100%を超える意味 ── Negative Churnという状態

NRRが100%を超える状態はネガティブチャーンと呼ばれます。解約・減額による減収を既存顧客からの増収が上回っている状態で、これが決定的に重要なのは成長の「持続性」の意味が根本から変わるからです。設例の会社が翌年に新規獲得でARR 4,800万円を積み増したとしましょう。期首ARRは1.2億円(MRR 1,000万円×12)、既存顧客からの純増はMRRで120万円、ARR換算で1,440万円です。

ケース 期首ARR 既存顧客の寄与 新規顧客の寄与 期末ARR ARR成長率
NRR 112%(設例)12,000万円+1,440万円+4,800万円18,240万円+52.0%
NRR 90%(比較)12,000万円−1,200万円+4,800万円15,600万円+30.0%
表:新規獲得量が同じでも、NRRが22pt違うとARR成長率は52.0%と30.0%に分かれる(仮設例)。

新規獲得の量は同じなのに成長率は22ポイント違います。しかもNRR 90%の会社は、翌年以降も毎年10%分の「穴」を新規獲得で埋め続けなければ横ばいすら維持できません。これが「NRRの低い会社は成長のために販売費を増やし続けるしかない」と言われる理由で、営業効率やバーンの重さに直結します。バーンマルチプルRule of 40といった効率指標がNRRとセットで語られるのは、この因果があるためです。

NRRが高くなりやすい課金構造・業態

NRRの水準は経営努力だけでなく課金モデルの構造に強く規定されます。他社と絶対値を比較する前に、まずこの構造差を確認してください。

従量課金(ユーセージベース)

API呼び出し数、データ転送量、決済処理額などに連動する課金です。顧客の成長がそのままExpansionになるため、NRRが構造的に高く出やすいモデルです。半面、顧客の景気後退や利用最適化が即Contractionになるため下振れも速いという表裏があります。

席数課金(パーシート)

顧客企業の増員や部門横展開がExpansionを生み、導入部門を1つずつ増やす「ランドアンドエクスパンド」型の営業と相性がよいためエンタープライズ向けで多く採用されます。ただし顧客側の人員削減局面ではContractionが直撃します。

階層プラン+アドオン

機能や上限値でプランを階層化し、上位プランや追加モジュールへの移行経路を製品側にあらかじめ用意しておくモデルです。上位プランが存在しない、あるいは価格差が小さいと、顧客満足がどれだけ高くてもNRRは100%近辺で頭打ちになります。

定額単一プラン

1社あたりの課金額が固定で追加購入の余地がないモデルでは、理論上NRRの上限は100%(値上げを除く)でGRRとほぼ一致します。NRRが100%を超えないこと自体は失敗ではなくモデルの帰結です。

NRRを社内KPIに据えるなら、上位プランの設計・アドオンの整備・従量メーターの導入といったプロダクト施策が紐づいているかを確認してください。指標を行動に分解する考え方はKPIツリーを参照してください。

測定期間と年率換算の注意

NRRは月次でも年次でも計算できますが、両者は単純な比例関係にありません。ここは実務で最も間違いが起きるポイントです。

設例の年次NRRは112.0%でした。これを月次に換算すると次のようになります。

月次NRR = 年次NRR の12乗根 = 1.12 の(1÷12)乗 = 約1.0095(100.95%)
つまり毎月およそ0.95%ずつ既存収益が積み上がるペース。逆に、月次NRRが101.0%の会社の年次NRRは 1.01 の12乗 = 約112.7% であり、「1.0%×12か月=12%増」という単純計算(112.0%)とは0.7ポイントずれます

このずれは月次NRRが高いほど拡大します。月次NRR 102.0%なら年次は 1.02 の12乗 = 約126.8% で、単純計算の124.0%とは2.8ポイントもの差になります。

使い分けの目安は次のとおりです。月次NRRは変化の検知が速く施策の効果測定に向きますが、季節性(年度末・年度初の予算執行)や更新月への解約集中の影響を受け、単月の数字は乱高下しがちです。年次NRR(12か月前との比較)は季節性と更新サイクルを1周分含むため安定する半面、直近の悪化の検知が遅れます。開示や事業計画では年次、社内オペレーションでは併用が現実的です。

なお年間契約が中心の企業では更新月にしかチャーンが発生しないため、月次NRRは更新月だけ大きく落ち込みます。この場合は更新対象ARRを分母にした更新率(Renewal Rate)を別途持つほうが実態を捉えられます。

上場SaaSの開示:定義は会社ごとに異なる

NRRは日本基準・IFRSのいずれにおいても会計基準上の指標ではありません。収益認識に関する会計基準(企業会計基準第29号)が定めるのは損益計算書上の売上高の認識であって、NRRのような管理指標の定義ではないためです。したがってNRRは各社が任意に定義し任意に開示する非財務指標(KPI)であり、原則として監査の対象外です。

日本の上場企業でも、有価証券報告書の「経営方針、経営環境及び対処すべき課題等」や決算説明資料で、経営上の重要指標としてNRRやチャーンレートを開示する例が見られます。海外では同じ概念がNDR、DBNRR、DBNERなど複数の名称で呼ばれます。名称が違っても中身は概ね同じですが、細部の定義は会社ごとに異なります。同業比較の前に次の点を確認してください。

確認すべき定義の差 比較を歪めるポイント
対象顧客の範囲全顧客か一定額以上に限定するか。大口限定は数値が高く出やすい
分母の基準時点期首時点の残高か、12か月平均か、期末月の年換算か
MRR/ARRの構成サブスク収益のみか、従量・保守収益を含むか
為替の扱い実勢レートか、固定為替(コンスタントカレンシー)ベースか
M&Aで取得した顧客買収先の顧客をいつからコホートに算入するか
グループ内の名寄せグループ内の複数契約を1顧客とみなすか、契約単位で数えるか
表:NRRの他社比較で確認すべき定義の相違点。数値より定義の読み合わせが先。

非財務指標であるがゆえに定義変更が期をまたいで行われるリスクにも注意が必要です。対象顧客の下限を引き上げた、従量収益を算入し始めたといった変更があれば時系列の連続性は失われます。定義変更の注記と遡及修正の有無を確認するのは、SaaS企業をデューデリジェンスする際の基本動作です。なお本記事では出典のない他社の具体的なNRR数値は掲載しません。数値が必要な場合は対象企業のIR資料に当たり、定義とセットで引用してください。

VC・投資家はNRRをどう評価に使うか

ARR成長の「質」を見る

同じARR成長率50%でも、NRR 115%の会社は既存基盤が自走しており営業投資を絞っても一定の成長が残る一方、NRR 85%の会社は営業を止めた瞬間にARRが縮みます。VCの投資検討では、ARR成長率を「既存顧客の寄与」と「新規顧客の寄与」に分解して前者の持続性を評価するのが標準的な見方です。検証項目の全体像はVC Investment Memoの作り方にまとめています。

LTVとユニットエコノミクスへの影響

NRRはLTV(顧客生涯価値)の計算にも直結します。LTVは概ね「顧客あたり粗利 ÷ チャーン率」で近似されますが、使うべきはネットではなくグロスのチャーン率(=100%−GRR)です。ネットチャーンがマイナス(NRRが100%超)だと、機械的に計算するとLTVが無限大に発散するためです。

設例で試算します。年次GRR 89.0%を月次に直すと 0.89 の(1÷12)乗 = 約0.9903、月次グロスチャーン率は約0.97%。平均継続期間は 1 ÷ 0.0097 = 約103か月(約8.6年)です。

LTV(粗利ベース)= 月次ARPA × 粗利率 ÷ 月次グロスチャーン率
= 5万円 × 80% ÷ 0.97% = 4万円 × 約103か月 = 約412万円
CACを1社あたり100万円とすると、LTV/CAC = 412万円 ÷ 100万円 = 約4.1倍。

この試算では平均継続期間が8年を超えており、SaaS事業としては長すぎるとも言えます。実務ではLTVの算定期間を3年ないし5年で打ち切る運用が一般的です。LTV/CACの読み方と3倍ルールの位置づけはLTV/CACとは?計算方法・3倍ルール、用語の最小定義はLTV・CACARPUを参照してください。

バリュエーションとExitの逆算

グロースステージのSaaS評価ではARR倍率(EV/ARR)が用いられますが、同じ成長率帯でもNRRの高い企業に高い倍率が付く傾向があります。将来キャッシュフローの確度が高いためです。Exit時のバリュエーションから逆算する枠組みはVCが必要とするExit Valueの逆算で整理しています。

NRRを「事業計画の数字」に落とし込むには

NRRの定義を理解することと、NRRを前提にARR推移や資金需要をExcelで組み上げることは別の作業です。コホート別のExpansion/Churn想定から将来ARRを積み上げ、CACとバーンに接続する実務はVC投資実務・スタートアップファイナンス講座で扱っています。

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Excelでコホートマトリクスから計算する

NRRを継続的に運用するなら、単発の集計ではなくコホートマトリクスを作るのが定石です。手順は次のとおりです。

ステップ1:縦持ちの明細表を用意する

「顧客ID/年月/MRR」の3列を最小構成とする明細表を作ります。1顧客1か月で1行です。解約月以降の行は「MRR=0」で持たせるほうが後工程の数式が単純になります。契約情報を横持ちのまま集計すると期間比較のたびに数式が複雑化するため避けてください。

ステップ2:期首コホートのフラグを立てる

顧客マスタ側に「期首月にMRRがゼロより大きいか」を判定するフラグ列を作ります。これが「コホートを固定する」という概念のExcel上の実体です。

フラグ列:=IF(SUMIFS(MRR列, 顧客ID列, $A2, 年月列, $B$1) > 0, 1, 0)
$B$1に期首月(例:2025年1月)を置きます。

ステップ3:分母と分子を集計する

フラグが1の顧客だけを対象に期首月と期末月のMRRを合計します。複数条件の掛け合わせにはSUMPRODUCTが素直です。

分母(期首MRR):=SUMPRODUCT((年月列=$B$1)*(フラグ列=1)*MRR列)
NRRの分子(期末MRR):=SUMPRODUCT((年月列=$B$2)*(フラグ列=1)*MRR列)
$B$2に期末月(例:2025年12月)を置く。設例ではそれぞれ1,000万円と1,120万円になります。

ステップ4:GRRの分子はMIN関数で作る

GRRの分子は「Expansionを除いた期末MRR」ですが、これは顧客ごとに期末MRRと期首MRRの小さいほうを取って合計すると一発で求まります。増額分がMINで自動的に切り捨てられ、減額と解約だけが残るためです。

GRRの分子 = Σ MIN(顧客iの期末MRR, 顧客iの期首MRR)
設例では 1,000 − 40 − 70 = 890万円。Expansionの230万円はMINによって除外されます。顧客別に1行ずつMIN列を作って合計するのが最も検算しやすい形です。

内訳を可視化したい場合は顧客ごとに「期末MRR − 期首MRR」を計算し、正ならExpansion、負ならContraction、期末MRRが0ならChurnと振り分けます。合計が必ず「期末MRR − 期首MRR」に一致することを検算に使ってください。設例なら 230 − 40 − 70 = 120万円 = 1,120 − 1,000 で整合します。

ステップ5:コホートを行、経過月を列にして面で見る

最後に、行を「加入コホート(2024年1月獲得、2024年2月獲得…)」、列を「経過月数」とし、各セルに「そのコホートの当初MRRに対する当該月のMRR比率」を表示します。どの時期に獲得した顧客がどの経過月で落ちるのかが面で見え、特定の四半期のコホートだけリテンションが悪ければ、その時期のキャンペーンや値引きの筋が悪かったと推測できます。モデル上での収益の積み上げ方はSaaS企業の収益モデリングで扱っています。

よくある間違い

1. 新規顧客を分子に含めてしまう

最も多い誤りです。「今月の総MRR ÷ 前月の総MRR」で計算すると新規顧客が分子に入り、成長中の会社ならほぼ常に100%を超えます。これはNRRではなく単なるMRR成長率です。分母と分子の顧客集合が同一であることを必ずフラグ列で担保してください。

2. 分母と分子の期間・時点がずれている

分母を「期首時点の残高」、分子を「期間中の累計売上」で取る混在は成立しません。どちらも同じ性質のストック値(ある月の月額)で揃えます。年次でも「12か月前の1か月分MRR」対「当月の1か月分MRR」が基本形です。

3. GRRを見ずにNRRだけで判断する

NRR 112%でもGRR 89%なら既存収益の11%は毎年失われています。少数の大口顧客が大きくアップセルすると、その裏で進む中小顧客の離脱がNRRに現れません。NRRとGRRの乖離が大きい会社ほど収益が特定顧客に集中していく可能性があり、顧客集中リスクの点検が必要です。

4. ARRベースとMRRベースを混在させる

月払いと年払いが混在する場合、年払いの契約金額をそのままMRRに計上すると数字が12倍に膨らみます。年間契約は12で割って月額換算する、という換算ルールを一本化してください。複数通貨がある場合は為替の基準(実勢か固定か)も同時に固定します。

5. 月次NRRを単純に12倍・年次NRRを単純に12分割する

前述のとおり複利で効くため、単純な足し算・割り算では合いません。換算は必ず累乗・累乗根で行い、資料上は「月次」「年次」のどちらかを明記します。

6. 一時収益の混入と、解約計上タイミングの不統一

初期設定費用や開発費などの非経常収益をMRRに含めると、大型導入があった月を期首とするコホートのNRRが不自然に低く出ます。また解約を意思表示ベースで計上するか契約終了ベースで計上するかで月次NRRは1〜3か月ずれます。いずれも社内で一意に決めてください。

よくある質問(FAQ)

Q. NRRの目安は何%ですか。
A. B2B SaaSでは100%が最低ライン、110%前後なら良好、120%を大きく超える水準は従量課金や席数課金の比重が高いモデルで観測されやすい、と語られます。ただし定義が会社ごとに異なるため他社との一点比較には限界があり、自社の時系列推移GRRとの併読のほうが実務的です。

Q. NRRとNDRは違う指標ですか。
A. 実質的に同じ概念です。NDR、DBNRR、DBNERなどは主に米国企業が使う呼称で、いずれも「既存顧客コホートの収益維持率」を指します。ただし対象顧客の下限や分母の取り方など細部の定義は異なるため、名称の一致をもって同一定義とみなさないでください。

Q. NRRが100%を超えていれば解約は気にしなくてよいですか。
A. いいえ。NRRはExpansionで減収を覆い隠せるため、GRRとロゴチャーン率を必ず併読してください。設例のようにNRR 112%でもGRRは89%、ロゴチャーン率は8.0%です。大口顧客が1社離脱した瞬間にNRRが100%を割ることもあります。

Q. B2C・PLG型のSaaSでもNRRは使えますか。
A. 計算自体は可能ですが、低単価・多数顧客のモデルではアップセル余地が小さくNRRは100%前後にとどまりやすくなります。この場合はロゴチャーン率、アクティブ率、無料から有料への転換率のほうが実態を捉えます。

Q. 顧客数が少ない初期のスタートアップでも出すべきですか。
A. 顧客数が数十社規模だと1社の増減で数値が大きく振れます。出すこと自体は有用ですが、コホートの母数(社数と期首MRR)を必ず併記し、比率だけを独り歩きさせないことが重要です。

まとめ

NRRは「期首に存在した顧客群だけを固定して追い、その群からの経常収益が何%になったか」を測る指標で、計算式は(期首MRR+Expansion−Contraction−Churn)÷期首MRRです。新規顧客を含めないコホート固定の原則が、この指標の本質です。

Expansionを分子に含めるNRRは100%を超えうる一方、含めないGRRは100%が上限です。設例のNRR 112.0%とGRR 89.0%は同じデータから出た数字であり、両者を並べて初めて「増収で覆われた解約の実態」が見えます。

NRRの水準は課金モデルの構造に規定され、会計基準上の指標ではないため定義も会社ごとに異なります。比較の前に定義を読み合わせ、自社では定義を固定して時系列で追う。この2点を守れば、NRRはARR成長の質を語る共通言語になります。

コホートから将来ARRを積み上げるモデルを組む

NRR・GRRは事業計画上「コホート別のリテンションカーブ」としてモデルに実装されます。獲得コホートごとの想定からARRを積み上げ、CAC・バーン・調達必要額まで一気通貫でつなぐ手順を解説しています。

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出典・参考(2026年8月21日確認)

  • 金融庁(企業内容等の開示、記述情報の開示に関する資料)https://www.fsa.go.jp/
  • 企業会計基準委員会(ASBJ)企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」
  • 株式会社東京証券取引所「決算短信・四半期決算短信 作成要領等」
  • 各社の有価証券報告書および決算説明資料(経営上の重要指標としてのNRR・チャーンレートの定義注記)

※本記事は教育目的の一般的な解説であり、法務・税務・投資助言ではありません。設例は理解のための仮設例です。