この記事で分かること
- キャッシュフローも担保も乏しいVC出資のスタートアップに融資が成り立つ理由を、ベンチャーデットの文献を整理した論文がどう説明しているか
- 米国の貸し手の契約データで確かめられた返済の実態(次の調達で早く返す、手数料とワラントの大きさ、損失の小ささ)と、まだ分かっていないリスク
- 日本の公庫の新株予約権付融資や企業価値担保権と比べたときの違いと、借り手・VC・銀行が条件を点検するときの質問と計算手順
想定読者:スタートアップのCFO・経営者、投資先の資金計画に関わるVCの担当者、ベンチャー向け融資を担う銀行・ファンドの審査担当
前提知識:資金調達ラウンドとキャップテーブルの基本、融資の金利と手数料の考え方
例えば、シリーズBを終えたばかりの赤字のSaaS企業に、デットファンドから3億円の融資の提案が届く。金利は年8%台、満期は3年、少額のワラント(新株予約権)付き。CFOが最初に抱く疑問は、条件の良し悪しより手前にある。営業赤字で、担保になる工場も不動産もない会社に、なぜ貸し手は貸すのか。返済の原資は何で、貸し手は何を見て損をしないと考えているのか。
この疑問は、条件交渉の前提を決める。貸し手の採算が何に支えられているかが分かれば、借り手は自社がその前提を満たすかを確かめられ、出資するVCは融資が投資先の資金計画にどう効くかを読める。ベンチャーデットの基本と日本の担い手はベンチャーデット入門とベンチャーデットの仕組みと日本の担い手で扱った。本稿は、研究が「なぜ成り立つのか」「借りた会社は危うくなるのか」をどこまで明らかにしたかに絞る。
この記事が主に参照する研究
Adair Morse(2024)「ベンチャーデット(Venture Debt)」NBER Working Paper No. 32183
- 公表:初版 2024年3月(NBER WP)。参照した版:同じ NBER WP(2024年3月)。査読:未査読(WP)。2024年6月に事典『The Palgrave Encyclopedia of Private Equity』の項目としても掲載1
- データ:独自のデータはない。米国を中心とする既存の研究(貸し手の契約データ、Crunchbase・Preqin などのデータベースを使った研究)を整理している
- 方法:文献の整理(展望論文)。本文は約5ページで、数値はすべて他の研究からの引用
- 位置づけ:ベンチャーデットを「負債の障害を越える金融の工夫」として3類型・5つの特徴に整理し、SVB の破綻を踏まえて未解明のリスクを示した概説。本稿では、引用元のうち2本(R2・R3)の本文も確認した
負債が不向きに見える理由と、それを越える3つの型
ベンチャーデットは、すでにVCなど職業的な出資者の出資を受けた成長志向のスタートアップに向けた融資だ。著者は、その存在自体を「ちょっとした謎」と呼ぶ2。それでも利用は広く、資金調達の過程でベンチャーデットを使うスタートアップは3分の1を超え、VCの出資とベンチャーデットの合計に占める割合は15%に達するという先行研究を引いている3。
謎とされる理由は、貸し手の目で見るとはっきりする。第一に、返済に回せる正のキャッシュフローがほとんどなく、手元の資金は運転資金と拡大に消える。第二に、失敗が多い。第三に、差し出せる担保は特許やソフトウェアなど無形のものが中心で、会社が傾いた時には十分な値で売れない。株主なら成功した時の大きな見返りと支配権で報われるが、受け取れるのが元利までの貸し手にはそれがない4。
著者はこの障害への答えとして、ベンチャーデットを3つに分ける。特許を担保にとる特許担保融資、エクイティのラウンドとラウンドの間をつなぐブリッジローン、エクイティのラウンドに上乗せして借りるベンチャーレバレッジだ。特許については、失敗したスタートアップの特許にも価値が残るという研究があり、1987〜1999年に初めて出資を受けた米国の技術系スタートアップの36%が2008年までに特許担保融資を受けていた、2013年には特許を持つ米国企業の38%が特許を担保に入れていた、という2つの研究が引かれる(分母が違う点は著者も注意している)5。
返済の原資は「次 の調達」:研究が整理した5つの特徴
特許のない会社にも貸せるのはなぜか。著者は先行研究をもとに5つの特徴を挙げる。最も重要なのは第一の特徴で、元利の返済原資は売上ではなく次のエクイティ調達だ。契約は、成功した調達を返済の契機にする(清算・買収・借換えも契機になる)。第二に、満期は短く、VCがマイルストーンごとに段階的に出資する周期に合わせてある6。マイルストーン投資の考え方を、出資者ではなく貸し手の側から使っていると言える。
第三に、貸し手は金利以外の見返りを得る。銀行はスタートアップを将来の取引先として囲い込み、デットファンドはワラントや将来のラウンドへの参加権を求める。著者は、こうした付随の利益が、失敗の多さに比べて低く見える金利を説明するとみる。引用される研究では、2002〜2022年の金利はおおむねプライムレート(米国の銀行の最優遇貸出金利)に4〜8%ポイントを上乗せした水準だった。ただし本稿で確かめた同じ研究の2024年5月版は「5〜10%ポイント」と書いており、参照した資料の間で記述が異なる(理由は確認できていない)7。
第四の特徴が、採算の鍵を握る。もし貸し手がVCと同じ失敗率に直面すれば、付随の利益を足しても赤字になる。そうならないのは、VCが次の調達に進みそうな会社を選んで貸し手に紹介し、貸し手とVCが評判をかけて取引を繰り返すからだ。このため貸し手は専門化し、実績のある少数に集まる8。
第五に、借り方が経営者の行動を変える。必要な資金を株式でなく負債で賄えば、創業者の持分が多く残り、より大きな市場を狙う戦略を選ぶ。著者自身が共著者の研究(Crunchbase の1999〜2016年の調達ラウンド92,236件を、2018年まで追跡)は、会社ごとの違いを吸収する生存モデルで推定し、効果の60%は「良い会社が借りる」という選別で説明されるものの、残りの部分でも融資は存続を高めたと報告している。ランウェイを延ばす融資は年間の閉鎖のハザード(その年に閉鎖する起こりやすさ)を0.016、ラウンドに上乗せする融資は0.044下げ(主論文は前者を「倒産を1.6%ポイント減らす」と要約)、買収・IPO による出口の確率は相対で4.3〜5.3%高まった9。
契約データで見た返済の実態:早く返し、損失は小さい
「次の調達で返す」という説明を契約の単位で確かめたのが、著者が最も多く引く Gonzalez-Uribe と Mann の研究だ。米国のBDC(上場型の投資会社)の形をとる貸し手5社が当局に出す四半期報告から、2005〜2022年の1,079社への融資の残高・金利・ワラントを手で集めている。特許の審査や治験の結果待ちが解けた時期を使った推定(操作変数法)では、それによって起きた増資や買収は、融資の返済率を93%ポイント押し上げ、100%と統計的に区別できなかった10。不確実性が解けて資金が入れば、融資はほぼ全額返される、ということだ。
図1から読み取れるのは、ベンチャーデットが「満期まで借りる融資」として使われていない点だ。当初の満期は3〜5年だが、完済を確認できた688件(借り手・四半期の単位)のうち満期どおりだったのは約11%で、残存期間の中央値は7四半期あった。2022年末の時点で返済中の融資も多く、これはすべての融資に占める割合ではない。期末一括の手数料は約84%の融資に付き、平均で元本の約5%。一方、ワラントの報告上の公正価値は元本の中央値で1.4%と小さい。借り手のうち118社が清算や苦境での売却に至ったが、平均的な年に償却された元本は4.3%にとどまる11。この標本では、借り手の多くが苦境に陥った一方で、融資の信用損失は借り手のリスクに比べて限られていた。会社が行き詰まる前に返されているか、残っていても少額でシニアの担保に守られているからだと著者らは説明する。
貸し手の人材も VC と違う。大手10社の従業員247人の経歴では、80%が CFO・アナリスト・会計・銀行などの金融系で、創業経験者は7.3%だった。著者らは、会社を育てるのはVC、資産を見て資金をつなぐのは貸し手という分業があり、銀行でなくても、金利の高低にかかわらずこの役割は残ると結論づけている12。
借りた会社は危うくなるのか:リスクの研究とSVB
負債を負えば、返済できずに倒れる道が加わる。著者は、LBO について「レバレッジは事業の苦境を超えた財務上の苦境を生むか」と問うた研究と同じ問いを立てる。前述の生存モデルの研究は、融資で返済に必要な評価額のハードルが上がる一方、生産的な挑戦を促して閉鎖が減り得ることを示し、実証では後者が勝った。VCの選別で失敗しにくい会社が借りていることも踏まえ、著者は、融資が非生産的なリスクを持ち込んでいるとは限らないとみる13。
そのうえで著者は、2023年3月の Silicon Valley Bank(SVB)の破綻が見方の修正を迫ると書く。破綻の原因として先行研究が挙げるのは、多額の無保険預金、資産と負債の期間のずれ、金利上昇、取引先のスタートアップの資金需要、統治の不備の重なりで、融資の信用リスクは含まれていない。問題は別のところにある。関係で成り立つ事業なので貸し手は細かく分散せず、大手の貸し手がエコシステム全体にとって欠かせない存在になり得る。融資の量と成績はVCの景気循環に連動する可能性もある14。SVB の資産と負債の期間のずれの計算はSVB破綻に学ぶ銀行のALMリスクで扱った。
研究の対象と限界
主論文は新しいデータを持たない概説で、数値はすべて引用だ。引用元は米国が中心で、契約データの研究は BDC の5社、生存モデルの研究はクラウドソースのデータベースに載る会社に限られる。生存モデルの研究は、時間とともに変わる会社の質の影響は残り得ると自ら留保しており、操作変数の推定も、不確実性の解消で資金が入った場合(すべての融資ではない)についての結果だ。著者自身、景気循環のリスク、貸し手の側のリスク、デットファンドに出資する投資家のリスク、VCへの波及はまだ研究されていないと書く15。主論文と生存モデルの研究に同じ著者が加わっている点も、整理の枠組みを読むうえで念頭に置きたい。
大手町プレップの考察:審査の本体は「次 の調達の確度」
ここからは編集部の推論で、研究が検証したことではない。研究の整理を突き詰めると、ベンチャーデットの与信は、借り手の返済能力の審査というより、次のラウンドが予定の時期に成立する確度の審査になる。財務の数字だけでは足りず、融資がどのマイルストーンまでをつなぎ、その達成が次の調達につながるかを、VCの追加出資の意思と合わせて見ることが本体だと考えられる。
この見方から、条件の比べ方も変わる。研究で完済を確認できた融資では満期まで借りた例が少数なので、表面金利や満期までの利回りで比べると、期末の手数料や期限前返済の手数料の重さを見落とす(後の設例で計算する)。ワラントについても、「融資額に対する行使価額の総額」(ワラントカバレッジ)と「報告上の公正価値」は別の尺度で、研究で小さく見える1.4%を、カバレッジの交渉の相場と読んではいけない。最後に、SVB の教訓を借り手の側に置き直すと、融資を受ける相手と資金を預ける相手が同じ1社に集まっていないかという点検になる(仮説)。条項ごとの交渉はベンチャーデット契約の交渉論点が詳しい。
日本の実務への応用:公庫の新株予約権付融資と企業価値担保権
日本では、研究が描く米国の型と設計の違う制度が大きな役割を持つ。日本政策金融公庫(中小企業事業)のスタートアップ支援資金は、日本ベンチャーキャピタル協会の会員(賛助会員を除く)などから出資を受けている(見込みを含む)か、J-Startup に選ばれていることを利用条件にする。VCの関与を前提にする点は研究の第四の特徴と重なる(編集部の見方)が、返済期間は20年以内(うち据置10年以内)と長い16。
表1 研究が描く米国のベンチャーデットと、日本政策金融公庫の新株予約権付融資
表は横にスクロールできます →
| 項目 | 米国(研究の記述) | 日本公庫(公表条件) |
|---|---|---|
| 返済の原資 | 次のエクイティ調達・買収・上場(R1 p.4) | 制度の記載では特定されない |
| 期間 | 当初3〜5年、実際は早く返す。完済を確認できた融資のうち満期どおりは約11%(R2 p.4・p.12) | 20年以内(うち据置10年以内) |
| 金利 | プライム+4〜8%ポイント(R1 p.5)/+5〜10%ポイント(R2 p.4) | 基準利率(上限3.0%) |
| 手数料 | 期末一括の手数料が約84%の融資に付き、平均で元本の約5%(R2 p.10〜11、注5) | 制度の記載なし |
| ワラント | 融資額の約5〜15%(R3 p.12)。公正価値は元本の中央値1.4%(R2 p.10) | 予約権割合 原則100%(下限10%)。行使後株式の50%以内。公庫は行使せず経営責任者等へ売却 |
| 担保 | シニアの担保付き。特許などの知的財産を含む(R2 p.4・p.10) | 無担保(新株予約権付融資の仕組み) |
| VC との関係 | VC の紹介・選別が貸し手の採算を支える(R1 p.5) | VC 協会の会員等からの出資(見込みを含む)が利用条件の一つ |
表1で数字が大きく異なるのはワラントの欄だ。公庫の新株予約権付融資の予約権割合(行使価額の総額÷融資金額)は原則100%で、米国の典型として研究が描く「融資額の約5〜15%」とは公表される割合が違う。ただし研究はこの割合の算定方法を示しておらず、算定方法が一致するか不明なため、量の大小は直接比較できない17。公庫は予約権を自ら行使せず、株式公開時などに経営責任者等へ売る仕組みなので、経済的な意味は米国のワラントと同じではない。それでも、完全希薄化ベースの持分への影響は、提案を受けた時点で試算しておく必要がある。研究の示す「次の調達で早く返す」型と、長期で据え置く公庫型は、資金計画の上で別物として扱うのが妥当だと考えられる。
担保の面では、2026年5月25日に事業性融資推進法が施行され、企業価値担保権が使えるようになった。将来のキャッシュフローを含む事業全体を担保にでき、貸し手は銀行に限られず、粉飾などの場合を除いて経営者保証の利用が制限される18。研究が挙げた「担保が無形で弱い」という障害に、日本は制度の側から手当てをしたと読める(編集部の推論)。ただし、この担保権がベンチャー向けの融資の条件や損失をどう変えるかを測った研究は、本稿では確認できなかった。銀行のベンチャー融資の審査では、知的財産の評価(知的財産デューデリジェンス)と、次の調達の見込みの確認を組み合わせることになるだろう。
設例:返す時期で実効コストはどこまで変わるか
学習用の設例(架空)
- 融資300百万円、表面金利 年8.0%、最初の12か月は利息のみ、その後24か月で元本を均等に返す(満期36か月)
- 実行時の手数料1.0%(3.0百万円)、期末一括の手数料4.0%(12.0百万円。期限前に返しても全額)
- 期限前返済の手数料は、12か月以内なら残高の2.0%、24か月以内なら1.0%
- 研究の数値は使っていない。実在の商品・金利水準を示すものではない
満期まで借りた場合の年換算の実効コストは10.7%で、表面金利の8.0%を2.7%ポイント上回る(手数料がなくても、月払いの複利で年換算すると8.3%になる)。9か月目に次のラウンドで返すと18.4%まで上がる。払う金額の合計は9か月で39.0百万円、満期まででは64.0百万円と短いほど少ないが、手数料21.0百万円が短い期間に集中するため、年あたりの負担が重くなる。研究で完済を確認できた融資では満期どおりの返済が約11%だったという実態に照らすと、借り手が比べるべきは満期の数字ではなく、次のラウンドの予定月で返した場合の数字だ。計算は Excel の IRR 関数で再現できる(NPV・IRR・XIRR関数の実践)。
表2 ワラントカバレッジの違いが持分と価値に与える影響(学習用の設例・架空)
表は横にスクロールできます →
| ワラントの量 | 行使価額の総額 | 株数 | 完全希薄化後の持分 | 次のラウンドでの内在価値 | 融資額に対する比 |
|---|---|---|---|---|---|
| カバレッジ 10% | 30百万円 | 30,000株 | 0.99% | 15百万円 | 5% |
| カバレッジ 100% | 300百万円 | 300,000株 | 9.09% | 150百万円 | 50% |
表2はワラントの量の違いだ。カバレッジ10%なら完全希薄化後の持分は0.99%で、次のラウンドの価格での内在価値は15百万円(融資額の5%)。100%なら持分9.09%、価値150百万円(同50%)となり、図2の手数料よりはるかに大きなコストになり得る。キャップテーブルに反映して比べたい。
明日から使える確認項目
- 返済原資の特定(借り手・貸し手):融資がつなぐマイルストーンを1つに絞って書き、その達成から次のラウンドまでの予定月を置く。質問例「このマイルストーンに届かなかった場合、既存のVCは追加で出資するか。その意思は書面や投資委員会の記録で確認できるか」。
- 実効コストの計算(借り手):手数料・期限前返済の手数料を含めた月次のキャッシュフローを作り、次のラウンドの予定月、その6か月後、満期の3つの時点で年換算の実効コストを並べる。表面金利との差が大きい項目から交渉する(判断の目安は編集部の仮の目安で、研究で検証されたものではない)。
- ワラントの尺度の統一(借り手・VC):提案書のワラントを「行使価額の総額÷融資額」と「完全希薄化後の持分」に直し、次のラウンドの想定価格で内在価値を計算する。公正価値の数字だけを示された場合は、カバレッジを別に確かめる。
- 次の調達が遅れた場合の試算(VC・貸し手):次のラウンドが6か月、12か月遅れたときに、元本の返済開始と財務コベナンツの抵触がランウェイの何か月目に来るかを確かめる。
- 集中の点検(借り手・銀行):融資の契約が、運転資金の口座を貸し手に置くことを求めていないか。求める場合、預金の大半が1つの金融機関に集まらない資金管理の方針があるか。
- 制度型との区別(借り手・銀行):公庫の新株予約権付融資のような長期・据置の融資と、次の調達で返す前提の融資を、資金計画の表で別の行に分ける。
よくある質問
ベンチャーデットは、次のラウンドが決まらなければ返せないのですか。
研究が整理した米国の型では、返済原資は主に次の調達・買収・上場です。返済の予定自体は契約で決まっていますが、売上から返す前提ではないため、次の調達が遅れると返済の負担が重くなります。融資を受ける前に、調達が遅れた場合の資金繰りを試算しておくことが大切です。
SVB の破綻は、ベンチャーデットが危険だという意味ですか。
主論文が引く研究は、SVB の破綻の原因に融資の信用リスクを挙げていません。一方で主論文は、貸し手が少数に集まることや景気循環との連動のリスクは、まだ研究されていないと述べています。融資そのものの損失と、貸し手や預金の集中のリスクは分けて考える必要があります。
まとめ
ベンチャーデットは、キャッシュフローではなく次の調達を返済原資にし、VCの選別と紹介に支えられて成り立つ融資だと、研究は整理している。米国の貸し手の契約データでは、融資は満期よりずっと早く返され、損失は小さかった。他方で、貸し手の集中や景気循環のリスクは未解明だ。日本では、公庫の長期の新株予約権付融資や企業価値担保権という、米国と設計の違う仕組みが並ぶ。条件を比べるときは、返済原資の確度、返す時期を置いた実効コスト、尺度を揃えたワラントの3点から始めたい。
脚注
- R1 の版:NBER Working Paper w32183(Issue Date 2024年3月。Crossref の DOI 登録は2024年3月4日)。同題の SSRN 掲載が2件ある(2024年3月登録)。事典『The Palgrave Encyclopedia of Private Equity』の項目としてオンライン版が2024年6月3日、書籍版が2025年(pp.1303–1308)に掲載(いずれも Crossref の登録情報で確認。事典版の本文は未確認)。本稿は NBER 版(PDF 9ページ)を読み、ページは PDF の物理ページで示す。2023年3月の SVB の破綻と2024年の文献を論じるため、2021年より前の版はない。NBER WP は未査読。↩
- R1(NBER WP 版, 2024年3月)p.2(要旨)・p.3(Introduction)。原文は “a bit of a puzzle”。↩
- R1 p.3。3分の1超は Tykvová(2017)と R3 の、15%は R2 の引用。R2(2024年5月版)p.2 は、15%を2022年の VC 投資全体に対する比率として記す。同 p.7〜8 では、Preqin で VC 全体に占めるベンチャーデットは金融危機後の各年で10〜15%、シリーズAの約15%・シリーズBの約20%が2年以内に融資を受け、1件の融資額は累計調達額の平均20%(中央値14%)。この比率について、R2 の図3(p.27)のキャプションは平均25%(中央値18%)と記しており、p.7 の本文の値と一致しない。本稿は本文の値を示した。不一致の理由は R2 に説明がなく、未確認。↩
- R1 p.3(Hurdles to Debt Financing of Startups)。株主の側の解決策として、成功時の高い見返りと支配権・キャッシュフローの権利(Kaplan and Strömberg)を挙げる。↩
- R1 p.3〜4(Patent Loans)。36%は Hochberg, Serrano and Ziedonis(2018)、38%は Mann(2018)の値で、前者は技術系企業、後者は特許を持つ企業全体が分母。R1 は Mann(2018)が、債権者の権利が強まると特許を持つ企業の借入が増えることを示した点を「因果的とみられる証拠(seemingly causal evidence)」と留保付きで紹介する。両研究の本文は本稿では確認していない。↩
- R1 p.4(5つの特徴の第一・第二と脚注1)。R1 は Ibrahim(2010)、R3、R2 をもとに整理したとする。↩
- R1 p.4〜5(第三の特徴)。4〜8%ポイントは R1 p.5 が Gonzalez-Uribe and Mann(2024)から引く値(2002〜2022年の融資)。R2(2024年5月13日版)p.4 は「プライムレート+5〜10%ポイント、多くの固定の手数料」と書く。R1 が参照した同研究の版を本稿は特定できず、食い違いの理由は未確認。↩
- R1 p.5(第四の特徴)。R1 は R3 が引く貸し手の発言も紹介しているが、本稿では引用しない。↩
- R1 p.5(第五の特徴)と R3(NBER WP 版, 2020年7月)p.2(要旨)・p.6〜8(序論)。R3 は Crunchbase の92,236件の調達ラウンド(1999〜2016年。存続・出口は2018年のデータ取得時まで追跡。p.25〜26 のデータの節)を、ランウェイを延ばす融資とエクイティと同時の融資に分け、会社ごとの違いを吸収するフレイルティ型の生存モデルで推定。選別が効果の平均60%を占める(p.7)。出口の4.3〜5.3%は、標本の出口率16.52%に対する相対の増加(p.7〜8)。R3 は、時間とともに変わる会社の質の影響は残り得ると留保する(p.7 注6)。R1 は「高い価値での出口の確率を5%高める」と要約する。↩
- R2(Gonzalez-Uribe and Mann, 2024年5月13日版)p.8〜10(1.2節)・p.18〜20(表3・表4)。旧題は “New evidence on venture debt”、“The role of venture debt in startup financing”(p.1 注)。操作変数は係属中の特許出願の数と、主要な評価を終えたが最終報告の前の治験の数。推定は、不確実性の解消によって増資・買収などが起きた場合(complier)に限った値で、すべての融資に当てはまるとは R2 も述べていない(p.20)。↩
- R2 p.10(注4・注5)・p.11(1.2.1節)・p.12(1.2.2節・図17〜19)。償却の比率は、苦境の初期に償却した後の回収が開示されないため、実際の損失率より大きいと R2 は注記する。直近の評価額を下回る価格で買収された借り手も56社ある。完済は四半期の8%で起き、融資の半減期はおよそ2年。満期どおりの約11%と残存期間の中央値7四半期は、完済を観測した688の借り手・四半期についての値で、2022年末に返済中の融資は含まない(R2 も、多くの融資が返済中のため無条件の言明は難しいと留保する)。借り手は危ういが融資は「はるかに低リスク(much less risky)」という R2 の記述(p.11)は借り手との比較で、損失がないという意味ではない。↩
- R2 p.15(2節。比較対象の VC の GP の数値は Metrick and Yasuda〔2010〕の125人で、創業経験者は37%)・p.21〜22(結論)。↩
- R1 p.6(Risks Inherent in Leveraging Ventures)。LBO についての問いは Andrade and Kaplan(1998)。R1 は R3 の結果を「倒産を1.6%ポイント減らす」と紹介する(R3 p.7 の年間の閉鎖ハザードの低下0.016に対応)。↩
- R1 p.6。破綻の原因の整理は Metrick(2023)、Jiang, Matvos, Piskorski and Seru(2023)、Acharya(2023)、米国会計検査院(GAO, 2023)などの引用。大手の貸し手が systemic になり得る点、景気循環への連動は、R1 自身が「おそらく」「可能性が高い」と推測として述べるもので、検証された結果ではない。R2 p.2・p.9 は、BDC の貸し手の株価は SVB の破綻の時期に下落しなかったと報告する。↩
- R1 p.6〜7(Risks・Summary)。R1 は文献を「生まれたばかり(nascent)」と呼び、リスク、関係の役割、貸し手の市場構造の研究がほとんどないとする。R3 の限界は p.7 注6、R2 の推定の範囲は p.20。↩
- R4(日本政策金融公庫「スタートアップ支援資金」、2026年10月29日閲覧)。利用条件はほかに、中小企業基盤整備機構や産業革新投資機構が出資する投資事業有限責任組合等からの出資(見込みを含む)、J-Startup・J-Startup 地域版の選定。直接貸付の融資限度額は20億円、無保証人。↩
- R4 の「新株予約権付融資の概要」。取得する新株予約権は、原則として行使したものとして算出した発行済株式総数の50%以内、行使価額は取得時の時価、発行価額は無償、利率は基準利率(上限3.0%)、予約権割合の下限は10%。売却時期は、時価が行使価額の2倍以上になった場合か株式公開時のいずれかを融資時に選ぶ。米国の典型は R3 p.12(2.1節)の記述(融資額1〜1,000万ドル、金利10〜15%、期間24〜36か月、ワラントは融資額の約5〜15%)。R3 はこれを Ibrahim(2010)の調査などから描いており、個々の契約の分布ではない。R3 は「融資額の約5〜15%のワラント」の算定方法(行使価額の総額か株数か等)を当該箇所で示していないため、公庫の予約権割合と厳密に同じ尺度かは確認できない。↩
- R5(金融庁「事業性融資の推進等に関する法律案説明資料」2024年3月)p.2〜5。担保権者は新設の企業価値担保権信託会社、貸し手(被担保債権者)は制限なしで、銀行以外にベンチャー・再生ファンド等も利用できるとされる。施行日は R6(金融庁・中小企業庁「企業価値担保権制度と信用保証制度の利用に関する留意事項」2026年5月)PDF の物理 p.6(印刷 p.4)の「法施行後(R8.5.25)」の記載で確認。↩
参考文献(2 026年10月確認)
- R1 Morse, A. (2024), “Venture Debt,” NBER Working Paper No. 32183. DOI: 10.3386/w32183. 参照した版:NBER WP 版(2024年3月)。査読:未査読(WP)。事典 The Palgrave Encyclopedia of Private Equity の項目としても掲載(DOI: 10.1007/978-3-030-38738-9_220-1、2024年6月)。 nber.org (参照箇所:PDF の全文(p.2〜7)。脚注1〜9・13〜15の根拠。閲覧日:2026年10月)
- R2 Gonzalez-Uribe, J. and W. Mann (2024), “Venture debt as bridge financing,” Working Paper(旧題 “New evidence on venture debt”・”The role of venture debt in startup financing”). 参照した版:2024年5月13日版(ノースカロライナ大学の会議サイト掲載)。査読:未査読(WP)。 uncipc.org (参照箇所:p.1〜21(序論・1節・2節・3節・結論)。脚注3・7・10〜12・14・15の根拠。閲覧日:2026年10月)
- R3 Davis, J., A. Morse and X. Wang (2020), “The Leveraging of Silicon Valley,” NBER Working Paper No. 27591. DOI: 10.3386/w27591. 参照した版:NBER WP 版(2020年7月)。査読:未査読(WP)。 nber.org (参照箇所:p.2(要旨)・p.6〜8(序論)・p.12(2.1節)・p.25〜26(データ。標本期間)。脚注9・13・17の根拠。閲覧日:2026年10月)
- R4 日本政策金融公庫「スタートアップ支援資金」(中小企業事業。新株予約権付融資の概要を含む)。 jfc.go.jp (参照箇所:制度の概要と新株予約権付融資の概要。脚注16・17の根拠。閲覧日:2026年10月29日)
- R5 金融庁
「事 業性融資の推進等に関する法律案説明資料」2024年3月。 fsa.go.jp (参照箇所:p.2〜5。脚注18の根拠。閲覧日:2026年10月) - R6 金融庁・中小企業庁「企業価値担保権制度と信用保証制度の利用に関する留意事項」2026年5月。 fsa.go.jp (参照箇所:PDF 物理 p.6(印刷 p.4。施行日の記載)。脚注18の根拠。閲覧日:2026年10月)
※本記事は教育目的の一般的な解説であり、投資助言・法務・税務の助言ではありません。研究結果は各論文の対象・期間・方法の範囲で得られたもので、日本の個別企業・案件にそのまま当てはまるとは限りません。設例は学習用の架空の数値です。アイキャッチ画像は生成AIによるイメージです。