この記事で分かること
- 2022年の利上げ局面で、米国の銀行は金利リスクの大半をヘッジせず、2021〜22年に約1兆ドルの証券を満期保有(HTM)に振り替えて帳簿上の資本を守ったという研究の結果
- 脆弱な銀行ほど振替が多かったという関係が相関であることと、研究の範囲(米国・2021〜22年)
- 振替を原則認めない日本基準と、評価差額をコア資本に入れない国内基準のもとでの含み損の読み方(設例つき)
想定読者:銀行・地域金融機関を分析するクレジット/エクイティのアナリスト、金融機関のALM・経理・経営企画の担当者、金融機関のM&Aや資本政策に関わるIBD・FASの実務家
前提知識:貸借対照表の純資産の部の構成と、債券価格と金利の逆の関係(研究で使う指標は本文で説明する)
地方銀行の決算資料では、自己資本比率は規制の水準を十分に上回っているのに、有価証券の注記には大きな評価損が並んでいることがある。その他有価証券の評価損は純資産を減らし、満期保有目的の債券の評価損は注記に載るだけだ。この評価損はどこまで資本の問題なのか、銀行は金利の上昇に何か手を打っていたのか。
2022年の米国の急な利上げに銀行がどう対応したかを、銀行全体のデータで調べた研究がある。多くの銀行は時価の下落をデリバティブで抑えるより、会計上の区分を変えて帳簿上の資本を守る方を選んだ。本稿はその結果を確かめ、制度が違う日本の銀行の含み損の読み方を考える。
この記事が主に参照する研究
João Granja、Erica Xuewei Jiang、Gregor Matvos、Tomasz Piskorski、Amit Seru(2024)「銀行の帳簿価値によるリスク管理:限られたヘッジ、満期保有会計と金利上昇(Book Value Risk Management of Banks: Limited Hedging, HTM Accounting, and Rising Interest Rates)」NBER Working Paper No. 32293
- 公表:前身の2本の論文(2023年)を統合し、2024年3月にNBERのワーキングペーパーとして初版。参照した版:2025年11月の改訂版(NBER)。査読:参照した版は未査読。同じ題名の論文が2026年9月に Journal of Accounting Research にオンライン掲載されたが、掲載版の本文は確認できていない
- データ:米国の上場銀行持株会社の年次・四半期報告(10-K・10-Q、2022年に258行)の注記を手作業で集めたものと、銀行の規制報告(コールレポート)。期間は2021〜2022年
- 方法:記述統計と横断面の回帰による相関の分析(因果の識別はしない)に、資本規制と会計区分を組み込んだ簡単な理論モデルを加える
- 位置づけ:急な利上げ局面で銀行がとった対応を新しいデータで示した研究
時価で守るか、帳簿で守るか——2つの対応を分ける会計区分
米国基準では、銀行が保有する債券は主に売却可能(AFS)と満期保有(HTM)に分けられる。AFSは時価で評価し、評価損益は純利益ではなくその他の包括利益
固定利付債の価格の下がり方の目安がデュレーションで、修正デュレーションが5年なら、金利が1%ポイント上がると価格はおよそ5%下がる。この値下がりに備える経済的な手段が、固定金利を払い変動金利を受け取る金利スワップだ。金利が上がるとスワップの価値が上がり、債券の値下がりを打ち消す。
もう一つの対応は会計上のものである。AFSの証券をHTMに移せば、それ以降の値下がりは帳簿に出なくなる。値下がりそのものは消えないが、純資産とそれに連動する資本の指標は動かなくなる。研究によれば米国では、アドバンスト手法の大手行と連邦住宅貸付銀行(FHLB)から借りる銀行はAFSの評価損を資本の計算から除けず、監督当局も是正措置の判断でAFSとHTMの評価損を区別していたとする先行研究がある2。帳簿上の資本を守る誘因は規制と監督の両方にあった。
研究が示したこと:ヘッジは薄く、満期保有は膨らんだ
まずヘッジの量である。コールレポートで金利スワップを報告した1,271行のうち、利上げ直前の2021年末にトレーディング以外の目的でスワップを使っていたのは290行で、4分の3超は使っていなかった。使っていた銀行の資産は約17兆ドルで、論文の本文は米国の銀行資産の77%と書く(表1の分母では約72〜77%)。想定元本は使用行の平均で資産の約4%にとどまり、米国の銀行資産の約94%はスワップでヘッジされていなかった3。有価証券だけに限っても、スワップが打ち消せたのは時価下落の5分の1から4分の1程度と推計されている。スワップ以外の先物・オプションまで含めた10-K等の標本でも、6割超の銀行はヘッジを報告しておらず、報告した銀行のうち資産2,500億ドル超の大手でもヘッジは資産の約9%、有価証券の約30%だった4。
残った金利リスクについて、著者らはデュレーションを開示する62行の平均4.6年から、10年金利が2%ポイント上がれば資産価値はおよそ9.2%下がり、銀行資産約24兆ドルでは約2兆ドルの損失になると計算している(凸性は無視した概算)。ただし4.1節と付録は対象を有価証券のデュレーションとしており、資産全体とする序論と整合しない5。
図1のAのとおり、ヘッジは資産に比べて小さい。利上げ前の時点で、自己資本が薄い銀行、取り付けに弱い無保険預金に頼る銀行、長期の証券を多く持つ銀行が、他の銀行より大きな割合をヘッジしていたという証拠は乏しく、差は経済的に小さかった6。利上げが進んだ2022年には、むしろ逆の動きが見られる。固定払いスワップを使っていた銀行をその比率の変化で4つに分けると、下位4分の1では資産に対するスワップが1年で約6%ポイント下がった。無保険預金の対資産比率が高い銀行ほどヘッジを減らし、デュレーションを開示する銀行の平均は4.6年から5.1年に伸びた。2023年第1四半期の取り付けで破綻したシリコンバレー銀行(SVB)は、有価証券のヘッジ比率を約12%から0.4%に下げ、有価証券ポートフォリオのデュレーションは3.7年から5.6年に伸びている7。著者らはこれを、金利が下がれば株主が得をし、上がり続ければ損失を債権者が負う「起死回生の賭け」に近いと推測している。
図1のBは会計上の対応である。2022年初めには米国の銀行の有価証券約6兆ドルのうちHTMは約3分の1だったが、年末には45%(2.75兆ドル)になった。2021〜22年にAFSからHTMへ振り替えられた証券は約1兆ドルで、2021年の約2,200億ドルのうちJPMorgan Chase 1行が約1,045億ドルを占め、利上げが始まった2022年1〜6月だけで5,000億ドルを超えた8。振替によって計上を避けた損失は、2022年第4四半期に約1,750億ドルと推計されている。振り替えた銀行の普通株式等Tier1資本(CET1、調整前)は約1.05兆ドルなので、その約16.7%に当たる。銀行ごとに見ると、平均でCET1の約20%、振替銀行の1割超ではCET1の半分を超えた9。
どの銀行が振り替えたのかを表1に整理した。
表1 どんな銀行がHTMへの振替をしたか(米国、2021〜22年)
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| 銀行の特徴 | 研究の結果 | 読み方 |
|---|---|---|
| 無保険預金の比率 | 総調達額に占める割合が20%未満の銀行で振替1%、50%超で10%超(記述統計)。回帰(総預金に占める割合)の係数0.086(1%水準で有意) | 比率0%と100%の銀行を比べると、振替の確率が約8.6%ポイント違う計算 |
| 長期の有価証券の比率 | 回帰係数0.109(1%水準で有意) | 満期・金利更改が15年超の証券の割合。金利上昇で値下がりしやすい |
| 無保険預金×長期証券 | 交差項0.332(1%水準で有意) | 両方が高い銀行で、関係が一段と強い |
| Tier1資本の比率 | 回帰係数−0.007(1%水準で有意) | 自己資本が厚いほど振替は少ない |
| Big4の監査 | 振替の有無:−0.012(標準誤差0.041、有意でない)。振替額の割合:−0.042(1%水準で有意) | 振替したかどうかに有意な差はない。振替額の割合の回帰では、Big4の主効果(交差項と同時に推定)が負で有意 |
| 脆弱な銀行×国法銀行の監督当局(OCC)のみ | −0.190(5%水準で有意) | 州当局も監督する銀行より振替が少ない。監督先の選択は内生的で慎重に解釈 |
無保険預金が総調達額の20%未満の銀行で振り替えたのは1%だけだったが、半分を超える銀行では10%を超えた。規模などを揃えた回帰でも、自己資本が薄い、無保険預金の対総預金比率が高い、長期の証券が多い銀行ほど振替の確率が高く、無保険預金と長期証券の両方が多い銀行で関係が強かった10。外部の監視との関係では、Big4に監査される銀行かどうかで振替をしたかどうかに統計的に有意な差は確認されなかった(振替額の割合の回帰では、Big4の主効果は負で有意)。一方、脆弱な銀行のうち国法銀行の監督当局(OCC)だけに監督される銀行は、州当局も監督に加わる銀行より振替が少なかった。ただし監督先などの選択は内生的でありうると著者らは注意している11。
「HTMの証券はヘッジ会計の対象にならないのでヘッジしにくかった」という説明も研究は確かめたが、HTMの比率や振替とスワップの使用量のあいだに統計的に有意な関係は確認されなかった。著者らは、ヘッジ会計の制約はヘッジの少なさの説明としては弱いと解釈している12。
研究の範囲と限界:米国・2年間・相関の分析
結果は米国の商業銀行の2021〜22年の観察であり、米国の会計基準と資本規制のもとで得られたものだ。脆弱さと振替の関係は横断面の相関で、資本の薄さが振替を引き起こしたと識別したものではない。回帰の説明力(調整R2)は約0.1で、振替の有無の多くは説明されていない。非上場銀行の振替は条件から推定したもので、ヘッジの開示の粒度も銀行ごとに違うと著者ら自身が書いている13。
理論モデルは実証結果を解釈する単純な枠組みだ。モデルでは、資産価値の高い強い銀行は取り付けを防ぐのに十分なヘッジをしたうえで、過大な資本要件の負担を和らげるためにHTMを使う。最も弱い銀行はヘッジもHTMの利用もしない。資本が中程度の銀行は、取り付けの確率を低く見ると、ヘッジも増資もせずHTMで資本の見かけを整え、取り付けの危険を残す。著者らは米国の実証結果をこの経路で解釈する。著者らは、取り付けに弱い銀行を見分けてHTMの利用を制限する案を挙げる一方、HTMを廃止すれば強い銀行に過剰な資本を求めるコストが生じるとも述べている14。
反対側の見方もある。預金金利を市場金利ほど上げずに済む「預金フランチャイズ」の価値が金利上昇で増え、資産の値下がりを相殺するという考え方だ。規制当局の個別データを使った別の研究(McPhail、Schnabl、Tuckman)も、スワップのネットの金利リスクはごく小さく、銀行は主に預金フランチャイズで備えていると解釈する。本研究の著者らは、取り付けが起きればその価値は失われると反論する15。預金の無形資産
大手町プレップの考察:帳簿上の安定はヘッジの証拠ではない
以下は編集部の推論である。研究から持ち帰れる最も一般的な教訓は、帳簿上の資本が安定していることと、金利リスクが管理されていることは別だという点だろう。HTMへ振り替えると、それ以後の時価の下落は帳簿価額に反映されなくなるが、経済的な値下がりは消えない。預金が流出して売却を迫られれば、評価損は一度に確定する。研究で振替が多かったのが保有を続ける力の弱い銀行だったことは、帳簿上の安定が最も必要な銀行で、その安定が最も脆かった可能性を示している。
もう一つは、ヘッジの量を「想定元本の大きさ」ではなく「金利感応度の何割を打ち消しているか」で見る必要があることだ。残存期間が違えば同じ想定元本でも打ち消す量は変わるので、スワップと有価証券の金利1%ポイント(あるいは1bp)当たりの価値の変化を並べて比べるのがよいと考えられる(仮説)。
日本の実務への応用:振替は原則できず、国内基準の資本は評価差額を映さない
米国の結果をそのまま日本に当てはめられない理由は会計と規制にある。日本基準は満期保有目的の債券に「償還期限まで所有するという積極的な意思とその能力」を求め、資金繰りの計画などから保有を続けるのが難しいと判断されれば能力は認められないとする16。そのうえで、取得後にその他有価証券などから満期保有目的の債券へ振り替えることを認めていない17。米国で起きた「利上げが始まってからAFSをHTMへ移す」動きは、日本基準では原則として起こらない。逆に満期保有目的の債券の一部を振り替えたり期限前に売ったりすると、残り全部をその他有価証券などへ移し、その年度を含む2事業年度は満期保有に分類できなくなる(発行体の信用悪化や規制の変更などの例外はある)18。満期保有目的の債券は原則として金利リスクのヘッジ会計の対象にもならず、取得の当初から金利スワップの特例処理の要件を満たす場合に限られる19。その他有価証券は時価で評価し、評価差額は原則として純資産の部に直接計上する20。
規制の側の違いはさらに大きい。自己資本比率規制の国際統一基準では、普通株式等Tier1資本の基礎項目にその他の包括利益累計額が入る。国内基準のコア資本では、その他の包括利益累計額からその他有価証券評価差額金と繰延ヘッジ損益を除く21。つまり国内基準行では、債券をどちらの区分に置いても、評価損は規制上の自己資本比率に直接は表れない。米国の銀行が振替で手に入れようとした「評価損が資本に出ない状態」が、国内基準行では区分にかかわらず制度として成り立っている、と読むこともできる(編集部の解釈)。銀行の自己資本の構成を、規制上の定義と会計上の純資産に分けて読む必要がある。
日本銀行の金融システムレポート(2026年4月)は、円債の評価損が拡大している一方、円債の残高削減やデュレーションの短期化が続き、金利への耐性が相対的に低い金融機関でも評価損の超過幅は前年3月頃と同程度にとどまっていると評価している22。大手行では金利スワップなどを使った金利ヘッジが続けられ、地域銀行や信用金庫は円債のデュレーションを短期化し、利回りの低い債券を売る動きも続いているという23。区分の付け替えではなく保有を減らし短くする対応と読めるが、業態ごとの評価なので、個別行は決算の注記で確かめるしかない。
設例:同じ銀行の「資 本」を3通りに計算する
学習用の設例(架空)
- 地方銀行X(国内基準行)。期首のコア資本1,500億円。期首の純資産も同額(期首の評価差額・調整項目なし)と仮定
- 満期保有目的の債券2,000億円(償却原価。修正デュレーション6.0年)、その他有価証券の円債5,000億円(時価。同4.0年)
- その他有価証券のヘッジとして、固定払い・変動受けの金利スワップ想定元本800億円(同5.0年)。評価益は繰延ヘッジ損益として純資産に入ると仮定
- 金利は全年限で同じ幅だけ上昇する。価格変化はデュレーションによる一次近似で、凸性と税効果は無視する。貸出金と預金は簿価のまま扱う
金利が1%ポイント上がると、その他有価証券は200億円、満期保有目的の債券は時価で120億円値下がりし、スワップは40億円値上がりする。ここから3つの「資本」が得られる。規制上のコア資本は1,500億円のまま動かない。純資産の部に反映される分だけを足し引きすると−160億円で、上の仮定では純資産は1,340億円になる。満期保有目的の債券の時価差額まで差し引くと1,220億円で、期首から18.7%減る。
金利の上昇幅を2%ポイントにすると、全部を反映した値は940億円、期首から37.3%の減少になるが、規制上のコア資本は依然として1,500億円である(図2)。満期保有目的の債券の時価差額は1%ポイントの上昇でコア資本の8%に当たり、この部分は純資産にも表れない。スワップの効き目は、金利感応度で測ると有価証券全体の12.5%(その他有価証券だけに対しても20%)にすぎない。想定元本を2,400億円に増やしても、全部を反映した値の減少は13.3%までしか縮まらない(表2)。研究と同じ「想定元本÷有価証券」で測ると設例は約11%で、研究の大手行の平均(約30%)より低い。
表2 設例:金利の上昇幅とスワップの量を変えたとき(億円)
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| シナリオ | その他有価証券 | 満期保有 | スワップ | 純資産(仮定) | 全部反映 | 変化率 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| +0.5%ポイント | 100 | 60 | 20 | 1,420 | 1,360 | −9.3% |
| +1.0%ポイント | 200 | 120 | 40 | 1,340 | 1,220 | −18.7% |
| +1.5%ポイント | 300 | 180 | 60 | 1,260 | 1,080 | −28.0% |
| +2.0%ポイント | 400 | 240 | 80 | 1,180 | 940 | −37.3% |
| 参考:スワップ2,400・+1%ポイント | 200 | 120 | 120 | 1,420 | 1,300 | −13.3% |
| 参考:スワップなし・+1%ポイント | 200 | 120 | 0 | 1,300 | 1,180 | −21.3% |
国内基準行では3つの数字の差が開いても規制上の比率には表れず、差の一部は注記にしか出てこない。実際の銀行では、預金の金利感応度や貸出金の金利更改も金利リスクに効くので、銀行全体の評価は経済価値ベースの指標
明日から使える確認項目
- 有価証券報告書の有価証券の注記から、満期保有目的の債券の「時価−貸借対照表計上額」と、その他有価証券の評価差額(債券分)を拾い、規制上の自己資本(国内基準行はコア資本)と並べる。両者の合計が資本の何%に当たるかを、設例と同じ3つの数字で示す。何%を警戒水準とするかは研究で検証されていないので、同業他行との比較で判断する。
- デリバティブの注記で、ヘッジ指定した金利スワップの想定元本と残存期間を確かめ、金利1%ポイント当たりの価値の変化を有価証券の変化と比べる(ヘッジ比率を感応度で測る)。想定元本だけで「ヘッジしている」と判断しない。
- 前期と比べ、スワップの減少・解約と円債デュレーションの延びが同時に起きていないかを見る。研究では利上げ中にヘッジを外した銀行があった。
- 満期保有目的の債券の残高が大きい銀行では、保有を続ける力を預金の構成で確かめる。大口の法人預金や流動性の高い預金への依存度、預金の流出に備えた担保余力を説明資料で確認する。IRには「預金が想定以上に流出した場合、満期保有目的の債券を売らずに資金を手当てできる範囲」を質問する。
- 満期保有目的の債券の売却や区分変更の注記を確かめる。日本基準では一部の売却が残り全部の振替につながるので、保有の意思と能力の変化を示す手がかりになる。
よくある質問
日本の銀行も米国のように、利上げ後に債券を満期保有へ移して評価損を隠せますか。
日本基準では、取得後にその他有価証券から満期保有目的の債券へは原則として振り替えられません。ただし国内基準行では、どちらの区分でも評価差額はコア資本に入りません。
満期保有目的の債券の評価損は、満期まで持てば消えるのではないですか。
額面では償還されますが、その間は市場より低い利回りの資産を持ち続けることになり、資金流出で売却を迫られれば損失が確定します。
まとめ
Granjaらの研究は、2022年の利上げ局面で米国の銀行が金利リスクの大半をヘッジせず、2021〜22年に約1兆ドルの証券を満期保有に振り替えたこと、保有を続ける力の弱い銀行ほど振替が多かったことを示した。結果は米国の2年間の相関の分析で、参照した版は未査読のワーキングペーパーである。日本では取得後の満期保有への振替は原則としてできないが、国内基準のコア資本は評価差額を映さないので、規制上の比率だけでは金利リスクは見えない。満期保有の時価差額、その他有価証券の評価差額、ヘッジの感応度、預金の構成を並べて読むことが、研究から日本の実務に持ち帰れる最も具体的な手順だろう。
脚注
- R1(NBER WP 版, 2025年11月改訂)p.5・p.9(2.1節)。ページは PDF の物理ページで、本文の印刷ページは p.N−1(以下同じ)。HTM の証券は取得原価(償却原価)で計上し、時価との差は注記で開示するとされる。証券には売買目的(trading)の区分もあるが、主に大手投資銀行に関係するとして分析の対象外とされている(p.9 脚注6)。↩
- R1 p.5(1節)・p.9〜10(2.1節)・p.21(5.2.2節)。アドバンスト手法の大手行(9つの持株会社)と、FHLB の資金を求める銀行(有形自己資本が正であることが条件)は、AFS の評価損を資本の計算から除けないとされる。期間中、アドバンスト手法行は9行中6行が振替をし、それ以外の銀行では約5%(5,108行中226行)だった(p.10・p.21)。監督当局が是正措置の判断で AFS と HTM の評価損を区別して扱ったことは、R1 が引用する Gopalan and Granja の先行研究による(p.5・p.11)。なお対象となる米国の銀行のほぼすべてが、規制資本から AFS の評価損益(AOCI)を除くフィルターを選んでいた(R1 p.9)。↩
- R1 p.12(3.1節)・p.14(4.1節)・表1(p.41)。2021年第4四半期のコールレポート。総資産50億ドル超の銀行に報告義務がある(それ以下でも報告する銀行がある)。「17兆ドル・77%」「平均約4%」は4.1節の記述(序論 p.3 は「約4分の3」)。表1では使用行の資産16.9兆ドル、使用行のスワップ/資産の平均3.8%で、分母を FDIC 加盟行の資産23.5兆ドルとすると約72%、スワップの報告行の資産22.0兆ドルとすると約77%になる(編集部の計算)。本文の77%は報告行を分母にした値と整合する(2025年6月版の表1は報告行を22.2兆ドルとしていた)。なお、スワップを使わない行の割合(約77%=1−290÷1,271、編集部の計算)と、使う行が資産に占める割合(約77%)は別の数字である。↩
- R1 p.12(3.1節)・p.14〜15(4.1節)・表1(p.41)。10-K・10-Q の任意開示から、スワップ以外の先物・先渡・オプションを含むヘッジ用デリバティブの想定元本を集めたもの。著者らはこの開示がばらつきが大きく不完全だとして、補助的な証拠と位置づける(p.12)。資産2,500億ドル未満の報告行は資産の約5%をヘッジ。表1では2,500億ドル超の Hedge/Asset 8.7%、Hedge/Security 30.6%。↩
- R1 p.4(1節)・p.12(3.1節)・p.15(4.1節)・表1(p.41)・図7(p.53)・付録B(p.71)。序論(p.4)は「資産全体(デリバティブ込み)のデュレーションを開示する62行」の平均とし、銀行資産24兆ドルに当てはめて約2兆ドルとする。一方、データの説明(p.12)・4.1節(p.15)・付録B(p.71)は収集対象を投資有価証券ポートフォリオ(公正価値スワップの影響込み)の平均デュレーションとし、図7は資産のデュレーションと表記しており、対象が整合しない。4.1節は損失を「資産価値の9%超」とし、約2兆ドルを Jiang et al.(2024)の時価ベースの推計(全行平均で約10%の下落)として示す。本記事は序論の概算を著者らの記述として紹介する。損失の計算は凸性を無視した一次近似。↩
- R1 p.16〜17(4.2節)・図4(p.50)・図A2〜図A4(p.65〜67)。コールレポートの標本を20分位に分けたビン散布図と、10-K標本の当てはめ。10-K 標本では、脆弱さとヘッジの関係はわずかに負とされる。スワップを少しでも使う確率は脆弱な銀行でやや高いが、使う銀行の中でのヘッジの量は経済的に意味のある差ではないとされる。↩
- R1 p.4・p.17〜19(5.1節)・表2(p.42)・図5〜図7(p.51〜53)・図A6(p.69)・表A5(p.62)。四分位は、2021年第4四半期から2022年第4四半期に一度でもトレーディング以外の固定払いスワップを報告した銀行(コールレポート)を、スワップ/資産比率の変化で分けたもの。逆に比率を上げた銀行も約4分の1あり、主な違いは規模とされる(本文は表A4を挙げるが、該当する比較は表A5)。10-K・10-Q でヘッジ用デリバティブを報告した上場銀行では、下位4分の1は有価証券対比で約30%ポイント、AFS 対比で約40%ポイント低下(図A6)。2025年6月版は四分位を上場銀行のヘッジ用デリバティブで作り、資産対比の低下を約3%ポイントとしていた。ヘッジの変化の回帰(表2 Panel A、300行)では、自己資本比率が低い・長期証券比率が高い銀行ほど減少が大きく(1%水準で有意)、無保険の負債比率は10%水準での有意にとどまる。SVB の3.7年・5.6年は、付録B(p.71)では同社10-Kの「公正価値スワップの影響を含む固定利付証券ポートフォリオ全体の加重平均デュレーション」と記録されている(本文 p.17・図7 は資産のデュレーションと表記)。「起死回生の賭け」は著者らの推測(p.4 “We speculate”、p.18)。↩
- R1 p.15(4.1節)・図2(p.48)。2021年分(約2,200億ドル)を含む2021〜22年の累計。振替額は上場銀行の年次報告等の手作業の収集と、コールレポートからの推定による(3.2節 p.11〜14、付録C p.73〜74)。著者らは、2021〜22年の AFS と HTM の構成の変化は振替で説明されるとしている(p.15)。↩
- R1 p.16(4.1節)・図3(p.49)・脚注8・付録C(p.74)。推計は Jiang et al.(2024)の方法で、証券の満期・金利更改の構成と市場の指数から振替証券の価値を求めたもの。約16.7%は 1,750÷10,500 による編集部の計算で、論文の本文は「15%超」と書く。脚注8の仮定は (i) 振替が四半期末に行われた、(ii) 振替証券の構成が保有証券全体と同じ、の2つで、著者らは損失を過小に見積もっている可能性が高いとする。↩
- R1 p.5(1節)・p.18〜20(5.2.1節)・図8(p.54)・表3(p.43)。表3 Panel A は2021〜22年に振替をしたかどうかの線形確率モデルで、資産規模の分位ダミーを含み、標準誤差は本店所在州でクラスター(係数は2025年6月版の表2と同じ)。回帰の無保険預金比率は無保険預金÷総預金(表3注)。本文の「20%未満で1%、半分超で10%超」(p.5)は無保険預金が総調達額(total funding)に占める割合による記述統計で、分母が異なる。長期証券は満期・金利更改が15年超の証券の割合。振替の割合を被説明変数にした Panel B でも同様の結果とされる。2025年11月版は、FHLB から借りた銀行ほど脆弱さと振替の関係が強いことも示す(5.2.2節・表4 p.44・図9 p.55)。↩
- R1 p.5・p.22〜24(6節)・表5(p.45)・脚注11・表A3(p.60)。「脆弱な銀行」は無保険預金比率と長期証券比率の両方が上位10%に入る銀行。表5 Panel A(被説明変数は振替の有無)の Big4 の係数は−0.012(標準誤差0.041)。Panel B(被説明変数は振替額÷AFS・HTM の有価証券合計)の Big4 の主効果は−0.042(1%水準で有意)で、Big4×脆弱の交差項(有意でない)と同時に推定した値。OCC×脆弱は Panel A で−0.190(5%水準)。粗い完全一致マッチング(CEM)後の表A3でも OCC×脆弱は負で有意。表の値は2025年6月版の表3と同じ。著者らは、監査人・監督当局の選択は内生的でありうるとして慎重な解釈を求める(脚注11)。↩
- R1 p.11(2.2節)・p.24〜25(6節)・表6(p.46)。米国基準では HTM の証券の金利リスクのヘッジはヘッジ会計の対象にならない(R1 は ASC 815-20-25-43(c)(2)(p.11)と 815-20-25-12(d) ほか(p.24)を挙げる)。表6は、HTM の比率(横断面と銀行内の変化)、振替の有無、振替割合のいずれも、スワップ/資産の比率と統計的に有意な関係がないことを示す。「言い訳」の趣旨は著者らの解釈(p.25)。ヘッジ会計の基準が大半の銀行のヘッジを実質的に制約した可能性は低いとする概算も示されている(p.6 脚注3・p.24)。↩
- R1 p.12(3.1節:10-K等のヘッジの開示はばらつきが大きく不完全)、p.5・p.23(規制・監督の全面的な分析は範囲外)、表3(調整R2 0.097〜0.120)、p.12〜14(3.2節)と付録C p.73〜75(非上場銀行の振替の識別基準と、推定額の誤差の検証)。↩
- R1 p.6〜7・p.30〜34(7.2.4節・命題1)・p.34〜37(7.3節・7.5節)・p.37〜38(8節)。モデルは Jiang et al.(2024)の取り付けモデルを、資本要件・HTM の分類・資本注入の選択で拡張した様式化された枠組みで、厚生の分析は行わないとされる(p.36)。最も弱い銀行は AFS・HTM のどちらの下でもヘッジも振替もせず(命題1、p.32〜34)、資本が中程度の銀行は取り付けの確率を低く見ると HTM で見かけを整える。取り付けの確率を高く見て振替の費用が低い場合は、逆に HTM がヘッジを促しうる(p.34)。著者らは、限られたヘッジ、まれな増資、弱い銀行の HTM 利用という実証の組合せから、2022年の米国では見かけを整える経路が優勢だったと解釈する(p.7・p.35〜36)。増資については、資産30億ドル超の持株会社407社のうち2021〜23年に増資したのは17社・計約70億ドルとされる(5.3節 p.22〜23)。2025年6月版は、弱い銀行が見かけを整えると簡潔に記述していた。HTM の制限案と廃止のコストは p.38。↩
- R2(McPhail, Schnabl and Tuckman, NBER WP 31166)の要旨(NBER 掲載ページ)。大手250行の個別スワップのデータで、100bpの金利上昇によるスワップの価値の変化は自己資本の0.1%にとどまるとされる(本文は未確認)。R1 は同研究を自らの結果を支持するものとして紹介する(p.8)。預金フランチャイズが資産の金利リスクを相殺するという見方(Drechsler et al. 2021)と、取り付け時にその価値が失われうるという著者らの反論は R1 p.7・p.35〜37。↩
- R3(ASBJ 移管指針第9号、2026年10月改正版)第69項。↩
- R3 第82項・第69項なお書き・第281項。第281項は、売却の可能性が否定できずにその他有価証券に分類した債券を、後に満期まで保有すると決めても振り替えられないとする。↩
- R3 第83項。例外は、発行体の信用状態の著しい悪化、税法上の優遇措置の廃止、法令の改正・規制の廃止、監督官庁の規制・指導、自己資本比率の算定に使うリスクウェイトの変更、その他の予期できない保有者に起因しない事象。↩
- R3 第161項・第325項。期中から金利スワップを付けることや、満期前の解約は債券の入替えと同じ効果を持つとして、解約した場合は第83項に準じて満期保有目的の債券全体を他の区分に振り替えるとされる。↩
- R3 第73項(全部純資産直入法が原則。継続適用を条件に部分純資産直入法も可)。↩
- R4(平成18年金融庁告示第19号)第5条(国際統一基準・連結の普通株式等Tier1資本の基礎項目)・第28条(国内基準・連結のコア資本の基礎項目)。いずれも金融庁掲載の告示本文で確認。国際統一基準でも、繰延ヘッジ損益は一定の場合を除き調整項目として控除される(第5条第2項)。↩
- R5(日本銀行「金融システムレポート」2026年4月)印刷ページ6(PDF p.11、Ⅰ章)・図表Ⅰ-7。金利耐性は、所要自己資本比率が有価証券評価損益を含むベースでも維持される長期金利水準の試算による区分とされる。↩
- R5 印刷ページ21(PDF p.26、Ⅲ章1節)。↩
参考文献(2 026年10月確認)
- R1 Granja, J., E. X. Jiang, G. Matvos, T. Piskorski and A. Seru (2024), “Book Value Risk Management of Banks: Limited Hedging, HTM Accounting, and Rising Interest Rates,” NBER Working Paper No. 32293. DOI: 10.3386/w32293. 参照した版:NBER WP 版(2024年3月初版、2025年11月改訂のPDF、76ページ)。初出:前身の Jiang, Matvos, Piskorski and Seru (2023) と Granja (2023) を統合。査読:参照した版は未査読(WP)。同題の掲載版:Journal of Accounting Research(2026年9月29日オンライン公開、DOI: 10.1111/1475-679x.70090。本文は未確認)。 nber.org (参照箇所:PDF p.1〜76(本文・表1〜6・図1〜9・Internet Appendix)。脚注1〜15の根拠。図1・表1は論文の数値を編集部が抜き出して整理したもので、原図・原表の転載ではない。閲覧日:2026年10月)
- R2 McPhail, L., P. Schnabl and B. Tuckman (2023), “Do Banks Hedge Using Interest Rate Swaps?” NBER Working Paper No. 31166. DOI: 10.3386/w31166. 参照した版:NBER 掲載ページの要旨(2023年4月初版、2024年6月改訂)。査読:未査読(WP)。 nber.org (参照箇所:要旨のみ。脚注15の根拠。閲覧日:2026年10月)
- R3 企業会計基準委員会(2026), 移管指針第9号「金融商品会計に関する実務指針」(2026年10月改正)。 asb-j.jp (参照箇所:第69項・第73項・第82項・第83項・第161項・第281項・第325項。脚注16〜20の根拠。閲覧日:2026年10月)
- R4 金融庁, 平成18年金融庁告示第19号「銀行法第十四条の二の規定に基づき、銀行がその保有する資産等に照らし自己資本の充実の状況が適当であるかどうかを判断するための基準」。 fsa.go.jp (参照箇所:第5条・第28条。脚注21の根拠。閲覧日:2026年10月)
- R5 日本銀行
(2 026),「金 融システムレポート」2026年4月号。 boj.or.jp (参照箇所:p.6(Ⅰ章・図表Ⅰ-7)・p.21(Ⅲ章1節)。脚注22・23の根拠。閲覧日:2026年10月)
※本記事は教育目的の一般的な解説であり、投資助言・法務・税務の助言ではありません。研究結果は各論文の対象・期間・方法の範囲で得られたもので、日本の個別企業・案件にそのまま当てはまるとは限りません。設例は学習用の架空の数値です。アイキャッチ画像は生成AIによるイメージです。