この記事で分かること

  • 財務モデルの前提を「売上=数量×単価」のように分解する前提条件ツリーの作り方と、どの粒度で数字を置くかの判断
  • 項目/初期値/根拠/出典/確度/更新日の6欄からなる前提条件シートの雛形と、仮設企業での埋め方
  • 出典の強さを表す確度A・B・Cの定義と、「Cが多いモデルは意思決定に使わない」という運用ルールの決め方
  • 根拠と出典を必ず添えさせ、不明を「不明」と書かせる完成プロンプトと、3期予測の検算手順

結論:AIに出させるのは「初期値」ではなく、初期値・根拠・出典・確度の4点セットです

財務モデルで一番時間がかかるのは、数式を組むことではなく、前提の数値を決めることです。売上成長率を何%にするか、変動費率をどこから取るか、Capexは何を根拠に置くか。ここが埋まらないとモデルは動きません。

生成AIはこの工程を速くできますが、条件があります。数値だけを聞くと、それらしい数字が根拠なしで返ってきます。逆に「初期値・根拠・出典・確度」の4点を必ずセットで出させると、AIの出力はそのまま前提条件シートの下書きになり、人間の作業は「原本にあたって確認する」ことに集中できます。

本記事は、モデルの設計論そのもの(何を作るか、期間や単位をどう決めるか)ではなく、前提の数値をどう置き、どう根拠づけるかに絞っています。組み始める前に決めるべき論点は財務モデルを組む前の設計プロセスを、各ドライバーの作り方そのものは後述のリンク先を参照してください。

前提条件ツリー:どこまで分解してから数字を置くか

前提を置く前に、まず何を前提として置き、何を計算結果として出すかを分けます。これを図にしたものが前提条件ツリーです。ツリーの葉(それ以上分解しない項目)だけが前提であり、途中のノードはすべて計算結果です。ここが混ざると、同じ数値を二重に置いてモデルが壊れます。

図1 前提条件ツリー(設例:峰岡精器・FY3の値) 営業利益 904百万円 売上高 14,352百万円 − 変動費 8,970百万円 − 固定費 3,840百万円 − 減価償却費 638百万円 数量 34,500台 算出 単価 0.416百万円/台 B 変動費率(対売上) 62.5%(3期平均) A 人員数 × 人件費単価 2,140百万円 A その他固定費 1,700百万円(横置き) C Capex(維持+成長) 820百万円 A 耐用年数・償却方法 10年・定額法 A 市場数量 230,000台 B 数量シェア 15.0%(横置き) C 運転資本 = 売上高 × 回転日数 ÷ 365 営業利益には現れず、キャッシュフローに影響する 葉(■)だけが前提。途中は計算結果 同じ数値を二重に置かないこと A =一次情報で確認済 B =業界データ等の間接情報 C =仮置き(根拠資料なし)
図:営業利益を8つの前提(葉)まで分解した例。数値は本文の設例(峰岡精器・FY3)と一致します。

ツリーを描く目的は3つあります。第一に、前提の個数を数えられるようになること。図1では葉が8個です。この8個に根拠を付ければモデルの骨格は埋まります。第二に、置き方の重複を防ぐこと。「売上成長率5%」と「数量+5%・単価横置き」を両方置くと二重定義になります。第三に、感度の高い項目が見えることです。営業利益への効き方は葉ごとに違い、変動費率1ポイントの変化は売上の1%変化より効きます(この効き方の違いは、前提が固まった後の感応度分析で確認します)。

分解の粒度は「その項目の根拠になる資料が実在するか」で決めます。市場数量の統計が取れるなら数量とシェアまで分解し、取れないなら売上成長率で止めます。資料が無い階層まで分解しても、仮置きの数が増えるだけです。ドライバーの設計思想そのものはドライバーツリー・KPIツリー売上ドライバーの分解で扱っています。

前提条件シートの雛形と、埋め方の実例

ツリーの葉を1行ずつ並べたものが前提条件シートです。最低限、次の6欄を持たせます。「根拠」と「出典」を分けるのが要点で、根拠は考え方(例:過去3期平均)、出典は原本の所在(例:有価証券報告書 第○期 P.○○)です。根拠だけあって出典が空欄の行は、実質的に仮置きです。

項目初期値(FY1/FY2/FY3)根拠(考え方)出典(原本の所在)確度更新日
市場数量210,000/220,000/230,000台過去5年で年約+10,000台の増加が続いている業界団体の出荷統計(該当年版)B2026-08-03
数量シェア15.0%(3期横置き)FY0実績15.0%を維持と仮置き—(根拠資料なし)C2026-08-03
単価0.400/0.408/0.416百万円/台FY1据置き、FY2以降+2.0%/年(価格改定方針)中期経営計画 該当ページB2026-08-03
変動費率(対売上)62.5%(3期横置き)過去3期の変動費率実績の単純平均有価証券報告書 売上原価明細A2026-08-03
人件費1,900/2,020/2,140百万円FY1は+100(賃上げ相当)、FY2以降は増員10名×12百万円有価証券報告書「従業員の状況」A2026-08-03
その他固定費1,700/1,700/1,700百万円販管費実績から人件費を控除した残差を横置き—(残差計算のため内訳不明)C2026-08-03
維持Capex480/480/480百万円既存資産の減価償却費と同額に置く有価証券報告書 有形固定資産明細A2026-08-03
成長Capex300/320/340百万円中期経営計画の設備投資枠から按分中期経営計画 設備投資計画A2026-08-03
耐用年数・償却方法10年・定額法会計方針の記載どおり有価証券報告書「重要な会計方針」A2026-08-03
売上債権回転日数75日過去3期平均有価証券報告書 BS・PLA2026-08-03
棚卸資産回転日数60日(対変動費)過去3期平均。分母を売上原価でなく変動費とした簡便法有価証券報告書 BS・PLB2026-08-03
仕入債務回転日数45日(対変動費)過去3期平均。分母は棚卸資産と同じ簡便法有価証券報告書 BS・PLB2026-08-03
税率未確定(後述の判断基準で選択)法定実効税率と実績実効税率のどちらを使うか未決C2026-08-03

設例は仮設企業「峰岡精器株式会社」(産業用計測機器メーカー、単一セグメント、FY0売上高12,000百万円)です。実在企業ではありません。単位は金額=百万円、数量=台、単価=百万円/台で統一しています。

13行のうち確度Cは3行(数量シェア・その他固定費・税率)で、C比率は約23%です。維持Capex減価償却費と同額に置く扱いは、資産構成が安定している前提での簡便法なので、設備の更新期が近い場合は必ず設備投資計画と突き合わせます。運転資本の3項目はキャッシュフローにのみ効くため営業利益の予測には現れませんが、資金繰りを見るなら必須です(作り方は運転資本の予測手順)。

出典確度A・B・Cの定義と、Cが多いモデルの扱い

「根拠がある」と「根拠が強い」は別物です。そこで、出典の性質だけで機械的に3段階に格付けします。この3段階は本記事の提案であり、業界標準ではありません。社内で使う場合は、資料の種類と対応する確度を自組織で定義し直してください。

  • A=一次情報で確認済:有価証券報告書、決算短信、決算説明資料、適時開示中期経営計画、公式サイトなど発行主体が自ら公表した原本で、該当ページまで特定できる値。
  • B=業界データ等の間接情報:業界団体・官公庁の統計、同業他社の開示からの推計、原本の数値からの計算値。計算過程を書けることが条件です。
  • C=仮置き:根拠となる資料がなく、担当者の判断で置いた値。「横置き」「業界平均並み」「保守的に」はすべてCです。
図2 確度の判定フローと、確度別の扱い 前提項目 1件ずつ判定 一次情報の原本で 直接確認できるか はい いいえ 確度 A 一次情報で確認済 業界統計や同業他社の 開示から推計できるか はい いいえ 確度 B 間接情報・推計値 確度 C 仮置き(根拠なし) 運用ルール(本記事の提案):営業利益への影響度が大きい上位5項目のうち、確度Cが2つ以上ある場合 → 単一値での意思決定には使わない。レンジ提示に切り替え、Cを潰す追加調査を先に行う。
図:確度の判定は「どんな資料で裏が取れたか」だけで機械的に決めます。数値の妥当性の判断とは分けて考えます。

運用ルールの要点は、C比率そのものより「影響度が大きい項目にCが集まっているか」を見ることです。峰岡精器の例では、Cの3項目のうち数量シェアは売上に直結するため影響度上位ですが、その他固定費と税率は営業利益への効き方が相対的に小さい(税率は営業利益に効きません)。したがって上位5項目のCは1つで、レンジ提示を併用しつつ検討には使える、という判定になります。

Cの項目は、放置せず「Cを潰すために必要な資料名」を欄外に書き残します。数量シェアなら「業界団体の会員別出荷実績」「同業他社の該当セグメント売上」といった具合です。この一行があるかどうかで、次に誰かがモデルを引き継いだときの速度が変わります。

AIに任せる部分と、人が判断する部分

工程AIに任せる人が判断する
前提項目の洗い出し業種に応じた項目リストの叩き台、抜けの指摘分解の粒度、モデルに載せる項目の確定
初期値の起案渡した資料からの数値抽出、過去平均やCAGRの計算、レンジの提示レンジのどこを採用値にするか
根拠の言語化「なぜその値か」の文章化、計算過程の記述その根拠が説明可能かの判定
出典の記載渡した資料名・見出しの転記原本を開いての照合(必須)
確度の付与定義に沿った機械的な仮判定最終判定。とくにB/Cの境目
整合性の確認矛盾候補の列挙(値上げとシェア維持の同時仮定など)どちらの前提を直すかの決定
モデルへの反映全工程(数値の転記と検算を含む)

境界線は明快です。AIは「資料に書いてあることを整理する」までで、資料に書いていないことを埋めるのはAIの仕事ではありません。実務でハルシネーションが最も出やすいのが、まさに資料に載っていない前提を聞いたときです。だからこそプロンプトで「不明は不明と書く」を強制します。

作業手順:前提条件シートを1枚仕上げるまで

図3 前提条件シートを作る5工程(AI/人の分担) AI 1 資料を集める 有価証券報告書 決算短信・中計 業界統計 2 初期値の案を出す レンジで提示 根拠と出典を明記 不明は「不明」 3 原本で確認 該当ページを開く 数値を突合する 所在を書き残す 4 確度を付す A/B/Cで格付 Cの比率を集計 影響度上位を点検 5 レビューと記録 第三者レビュー 更新日を記入 モデルへ反映 確度Cが多い → 資料を追加して②へ戻る 成果物:前提条件シート 項目/初期値(レンジ)/採用値/根拠/出典/確度/更新日 + Cを潰すために必要な資料メモ
図:AIが担うのは工程②だけです。残る4工程は人の作業として設計します。
  1. 資料を集める:直近3期分の有価証券報告書、直近の決算短信、決算説明資料、公表されていれば中期経営計画、業界統計。AIに渡す前にPDFのどのページを使うかを決めて抜き出すと、出典の粒度が細かくなります。
  2. AIに初期値の案を出させる:次節のプロンプトを使い、7列の表で受け取ります。ここではまだ採用値を決めません。
  3. 出典を原本で確認する:AIが書いた出典の該当箇所を実際に開き、数値を1つずつ突き合わせます。ここで不一致が出た行は、値ごと破棄して置き直します
  4. 確度を付す:図2の判定を1行ずつ機械的に適用し、C比率と、影響度上位5項目のC個数を数えます。
  5. レビューと記録:自分以外の1名に、確度Cの行と根拠欄だけを見てもらいます。全行を見てもらう必要はありません。合わせて更新日を入れ、モデルの入力シートに反映します。

完成プロンプト:根拠・出典・確度を強制する

特定のAI製品に依存しない汎用の型です。山括弧の部分を自分の案件に置き換えて、資料の抜粋と一緒に送ります。プロンプト設計の一般論は別記事で扱っているため、ここでは前提出しに特化した完成形だけを載せます。

【役割】
あなたは製造業のカバレッジ経験がある財務アナリストです。財務モデルの前提条件シート作成を補助してください。

【目的】
下に貼る公開資料だけを根拠に、FY1〜FY3の前提条件シートの「初期値の案」を作る。採否は私が決める。

【入力資料】
(1) 有価証券報告書 抜粋:<貼り付け>
(2) 決算短信 抜粋:<貼り付け>
(3) 中期経営計画 抜粋:<貼り付け>
(4) 業界統計 抜粋:<貼り付け>
※ここに貼っていない情報は「入手していない情報」として扱うこと。

【対象期間】FY1〜FY3(FY0=直近実績期)
【単位】金額は百万円、数量は台、比率は%(小数第1位)、単価は百万円/台(小数第3位)

【出力形式】
次の7列のMarkdown表を1つだけ出力する。
| 項目 | 初期値(レンジ) | 採用値 | 計算方法 | 根拠 | 出典(資料名・年度・見出し) | 確度 |
・「初期値(レンジ)」は必ず下限〜上限で示す。点推定だけを書かない。
・「採用値」はレンジ内で最も妥当と考える1点。
・「確度」は A / B / C のいずれか。定義は次のとおり。
  A=上記入力資料の原本で直接確認できる値
  B=上記入力資料から推計した値(計算過程を「計算方法」に書く)
  C=上記入力資料に根拠がなく仮置きした値

【対象項目】この順で、抜けなく
市場数量 / 数量シェア / 販売数量 / 単価 / 変動費率 / 人件費 / その他固定費 /
維持Capex / 成長Capex / 耐用年数・償却方法 / 売上債権回転日数 /
棚卸資産回転日数 / 仕入債務回転日数 / 税率

【計算方法】各行の「計算方法」欄に必ず式を1行書く。
・販売数量 = 市場数量 × 数量シェア
・売上高 = 販売数量 × 単価
・変動費 = 売上高 × 変動費率
・営業利益 = 売上高 − 変動費 − 固定費 − 減価償却費

【禁止事項】
・入力資料に無い数値を、一般論や他社事例で補完しない。
・「業界平均並み」「一般的な水準」など出所を特定できない根拠で確度Bを付けない(その場合はC)。
・URLやページ番号を推測して書かない。
・複数の解釈がある項目を、断定した一つの値だけで書かない。

【不明情報の処理】
入力資料に該当記載が無い項目は、「初期値(レンジ)」に「不明」と書き、確度はC、
「根拠」欄に『判断に必要な資料:〇〇』と、追加で必要な資料名を書く。推測で数値を埋めない。

【検算】表の後に、次を式つきで示す。
・FY1〜FY3の売上高 = 販売数量 × 単価
・FY1〜FY3の営業利益 = 売上高 − 変動費 − 固定費 − 減価償却費
・売上高CAGRと営業利益CAGR(3期)、各期の営業利益率(%、小数第1位)
数値が合わない場合は「不整合あり」と明記し、原因となる前提を特定する。

【レビュー項目】最後に、私が確認すべき論点を5つ挙げる。次を必ず含める。
・確度Cのうち、営業利益への影響が大きい順に3つ
・単価の上昇と数量シェアの維持を同時に置いていないか
・固定費の伸びが売上の伸びより小さい前提になっていないか、その根拠

出力例(AIが返した表の一部)

項目初期値(レンジ)採用値根拠確度
変動費率61.8%〜63.4%62.5%過去3期の実績(63.4/62.3/61.8%)の単純平均A
単価0.400〜0.420百万円/台FY2以降+2.0%/年中期経営計画に「価格改定を継続」の記載。改定率の明示はないため直近実績から推計B
数量シェア不明判断に必要な資料:業界団体の会員別出荷実績、同業他社の該当セグメント売上C

3行目のように堂々と「不明」が返ってくる状態が正しい出力です。すべての行が数値で埋まった表が返ってきたら、まず不明であるべき行が推測で埋まっていないかを疑ってください。

設例:峰岡精器の3期予測と検算

前掲の前提条件シートから、売上高と営業利益の3期予測を組みます。単位は百万円、すべて整数です。

項目(百万円)FY0(実績)FY1FY2FY3
市場数量(台)200,000210,000220,000230,000
数量シェア15.0%15.0%15.0%15.0%
販売数量(台)30,00031,50033,00034,500
単価(百万円/台)0.4000.4000.4080.416
売上高12,00012,60013,46414,352
変動費(62.5%)7,5007,8758,4158,970
固定費(人件費+その他)3,5003,6003,7203,840
減価償却費480480558638
営業利益520645771904
営業利益率4.3%5.1%5.7%6.3%
Capex(維持+成長)780800820

検算(すべて百万円、端数なし)

  • 販売数量:FY1 210,000×15.0%=31,500台/FY2 220,000×15.0%=33,000台/FY3 230,000×15.0%=34,500台
  • 売上高:FY1 31,500×0.400=12,600/FY2 33,000×0.408=13,464/FY3 34,500×0.416=14,352
  • 変動費:FY1 12,600×62.5%=7,875/FY2 13,464×62.5%=8,415/FY3 14,352×62.5%=8,970
  • 固定費:FY1 1,900+1,700=3,600/FY2 2,020+1,700=3,720/FY3 2,140+1,700=3,840
  • 減価償却費:既存資産4,800÷10年=480。新規Capexは翌期首から10年定額で償却開始という簡便法により、FY2=480+780÷10=558、FY3=480+78+800÷10=638
  • 営業利益:FY1 12,600−7,875−3,600−480=645/FY2 13,464−8,415−3,720−558=771/FY3 14,352−8,970−3,840−638=904
  • CAGR:売上高(14,352÷12,000)^(1/3)−1=約6.1%、営業利益(904÷520)^(1/3)−1=約20.2%

この検算をした瞬間に、前提の甘さが2つ見えます

  1. 売上CAGR 6.1%に対し営業利益CAGR 20.2%。差の大半は固定費が売上ほど伸びない前提(その他固定費1,700の3期横置き)から来ています。ところがその他固定費は確度Cです。営業利益の伸びの主因が仮置きの項目に支えられている、という構図になります。
  2. 単価を+2.0%/年で上げながら、数量シェアを15.0%で横置きしている。値上げをすればシェアは通常下がります。両立させるなら「競合も同率で値上げする」「差別化により価格弾力性が低い」といった説明が要り、その説明の出典が必要です。

どちらも「AIが間違えたから」ではなく、前提を1枚に並べて検算したから見えたものです。前提条件シートの価値はここにあります。費用の固変分解そのものは費用構造とコストドライバー、Capexと償却の組み方はCapex・減価償却スケジュールを参照してください。

税率の扱い:法定実効税率か、実績の実効税率か

税率は前提条件シートの中でも扱いが割れる項目です。本記事はどちらが正しいと断定しません。選択肢と判断基準だけを示します。

選択肢向いている場面注意点
法定実効税率を使う長期予測、事業の恒常的な収益力を見たいとき、繰越欠損金など一時的要因を除きたいとき税率は法改正で変わる。使用時点の最新の公表資料で確認し、確認日をシートに残す
実績の実効税率(税負担率)を使う短期の資金繰り予測、直近の税負担の水準を再現したいとき単年の実績には一時差異や税額控除が混ざる。複数期を並べて水準の安定性を確認する
両方を置き、ケース分けする税率の差が結論を左右するとき(税引後利益や配当可能額が論点のとき)シートに2行持たせ、どちらを採用したかを明記する

判断基準はシンプルです。予測期間が長いほど法定側、短いほど実績側に寄せる。そのうえで、実績の税負担率が法定水準から大きく乖離している期がある場合は、乖離の理由(繰越欠損金の使用、税額控除、海外子会社の税率差など)を注記に書きます。理由が説明できない乖離が続くなら、その企業の税率は確度Cとして扱うのが安全です。

なお、具体的な税率の数値は本記事では示しません。制度改正の影響を受けるため、実効税率の水準は最新の公表資料で確認してください(法人税の税率は国税庁のタックスアンサーに掲載されています。出典欄参照)。税金計算をモデルにどう載せるかは税金モデリングの実務で扱っています。

前提条件シートの検証方法

AI出力一般の検証手順(出典実在→数値転記→計算再現→論理整合)は生成AI出力の検証手順で解説しているので繰り返しません。ここでは前提条件シート固有の検証項目だけを挙げます。

  • 出典の到達性テスト:出典欄の記載だけを見て、第三者が同じページにたどり着けるか。「有報より」だけでは不可、「有価証券報告書 第○期 提出会社の状況 P.○○」まで書けているか。
  • 確度の再判定テスト:シートから「初期値」列を隠し、出典欄だけを見て確度を付け直す。自分の付けた確度と一致するか。ずれる行は、値の妥当性で確度を付けてしまっています。
  • 二重定義テスト:ツリーの葉以外に数値が直接入力されていないか。売上高に直接成長率が入っているのに、数量と単価も置かれている、という状態を探します。
  • 単位一貫テスト:百万円と千円、台と千台、%と倍率の混在。とくにAIが計算した行で発生しやすいので、桁が1,000倍ずれていないかを目視します。
  • 従属関係テスト:同時に成立しにくい前提の組み合わせがないか。値上げとシェア維持、増員なしと売上大幅増、Capex横置きと生産能力増などが典型です。
  • 期首期末テスト:回転日数から運転資本を出す場合、期末残高で計算しているか期中平均かを統一しているか。
  • 実績接続テスト:FY0実績とFY1予測の間で、説明のつかない段差がないか。段差がある行には理由を1行書きます。

この7項目は、モデル全体の品質チェックに入る前段として実施すると効率的です。前提が固まっていない状態でモデル全体を検証しても、前提を直した時点でやり直しになります。

機密情報・個人情報の注意

前提条件シートは、未公表の事業計画・原価情報・取引先別の単価といった営業秘密の塊になりやすい成果物です。外部のAIサービスに渡してよいのは、原則として公表済みの資料と、そこから計算した値に限ります。

社内の実データを扱う必要がある場合は、自社が契約している管理環境の利用可否を確認したうえで、金額を指数化する・取引先名を記号に置き換えるといった加工を先に行います。入力してよい情報の区分と社内ルールの作り方は生成AIに入れてよい情報・いけない情報を参照してください。

よくある失敗

  1. 根拠欄に「保守的に」とだけ書く。何と比べて保守的なのかが書かれていないため、後から検証できません。「過去3期平均の下限値」のように、比較対象と操作を書きます。
  2. AIが提示した出典をそのまま採用する。資料名・年度は合っているのに、該当ページの数値が違うケースが起こります。出典が書いてあることと、出典が正しいことは別です。
  3. 全項目を一律に置く。「全費目+3%」「全項目横置き」は作業としては速いですが、確度は全行Cになります。影響度上位の3〜5項目だけでも一次情報にあたると、シート全体の説得力が変わります。
  4. レンジを聞かず点推定だけを受け取る。点推定だけだと感応度の設計ができません。レンジで受け取り、上限・下限をそのまま感応度分析の振れ幅として使えるようにしておきます。
  5. 更新日を入れない。前提は資料の更新で古くなります。決算発表のたびにどの行を見直すべきかが分からなくなり、結局全部作り直すことになります。

実務チェックリスト

  • 前提条件ツリーを描き、葉の個数を数えたか
  • 葉以外の階層に数値を直接入力していないか(二重定義の排除)
  • シートに「項目/初期値(レンジ)/採用値/根拠/出典/確度/更新日」の7列があるか
  • 根拠欄に、比較対象と操作(平均・最大・按分など)が書かれているか
  • 出典欄に、資料名・期・見出しまたはページが書かれているか
  • 確度A・B・Cを、値の妥当性ではなく出典の種類だけで判定したか
  • 確度C比率と、影響度上位5項目のC個数を数えたか
  • Cの各行に「Cを潰すために必要な資料名」を書いたか
  • 単位を統一し、桁ずれがないか目視したか
  • 同時に成立しにくい前提の組み合わせ(値上げとシェア維持など)を点検したか
  • FY0実績とFY1予測の段差に説明を付けたか
  • 売上高・営業利益・CAGR・利益率を自分で再計算したか
  • 税率をどちらの考え方で置いたか、確認日とともに明記したか
  • 外部AIに渡した情報が、公表資料と加工済みデータに限られているか
  • 第三者に、確度Cの行と根拠欄をレビューしてもらったか

日本企業・日本市場での留意点

前提の根拠を取る資料は、国によって性格が違います。日本で使いやすいのは次の4つです。

  • 中期経営計画・経営計画説明資料:法定開示ではなく任意の資料ですが、売上目標、利益率目標、設備投資枠、人員計画といった前提そのものが数値で書かれていることが多く、根拠として非常に強い資料です。計画未達の履歴も併せて確認します。
  • 決算短信の次期業績見通し:翌期の売上高・利益の会社見通しが記載されることが多く、FY1の妥当性チェックに使えます(記載の有無や範囲は企業により異なります)。米国では通常、年次報告書に翌期の詳細な会社計画は載らず、業績見通しは別の形で提供されるため、この点は制度・慣行の差として押さえておきます。
  • 有価証券報告書のセグメント情報:事業別の売上高・利益・資産が取れるため、単一のマクロ成長率で全社を伸ばす粗い前提を、事業別に分解できます。
  • 有価証券報告書の「従業員の状況」:従業員数と平均年間給与が記載されるため、人件費の前提を人員数×単価で組み直せます。設例で人件費を確度Aにできたのはこの記載があるためです。

いずれも金融庁のEDINETや各社IRサイトから入手できます。資料の入手経路と取得日をシートに残しておくと、後日の再確認が速くなります。

面接での答え方(30秒回答例)

「モデルの前提はどう決めますか」は、モデリング職の面接で頻出です。手法名の羅列ではなく、根拠づけの工程を語れるかが見られています。

「まず売上を数量と単価に分解し、それ以上分解しない項目だけを前提として一覧にします。各行に初期値・根拠・出典・確度を入れ、確度は一次情報で確認できたものをA、業界統計等からの推計をB、根拠なしの仮置きをCとしています。生成AIは初期値と根拠の下書きに使いますが、出典は必ず原本で突き合わせます。影響度の大きい項目にCが集まっている場合は、単一値で結論を出さず、レンジで示して追加調査を提案します。」

この回答の要点は、AIを使うと言いながら検証責任を自分が持つと明言していることです。ツールの利用可否ではなく、成果物の品質をどう担保するかを話してください。

よくある質問(FAQ)

Q. 前提はいくつくらいに絞るべきですか。
A. 決まった数はありませんが、単一事業なら10〜15項目、複数セグメントならセグメントごとに主要5項目程度が目安です。増やすほど精度が上がるわけではなく、根拠のない項目が増えるだけになりがちです。判断基準は「その項目の根拠になる資料が実在するか」です。

Q. 確度Cの前提が多いモデルは、まったく使えないのですか。
A. 使い道はあります。社内での初期検討や、論点を洗い出すためのたたき台としては有効です。避けるべきなのは、確度Cが混じったまま単一の数値を結論として外部に出すことです。レンジで示し、どの前提が結論を動かすかを併記すれば、Cが残っていても議論はできます。

Q. AIに業界の成長率を聞いても大丈夫ですか。
A. 資料を渡さずに聞いた数値は、出典を確認できない限り確度Cとして扱ってください。AIが「業界レポートによると」と書いてきた場合も、そのレポートを自分で入手して該当箇所を見るまでは根拠になりません。渡していない情報は使わせない、というプロンプト上の制約を必ず入れます。

まとめ

財務モデルの前提づくりは、数値を決める作業ではなく根拠を集めて格付けする作業です。前提条件ツリーで葉を特定し、各行に初期値・根拠・出典・確度・更新日を付け、確度Cの行には「潰すために必要な資料」を書き残す。ここまでできれば、モデルの結論に対する説明責任を果たせます。

生成AIはこの工程のうち「初期値と根拠の下書き」だけを速くします。出典の確認、確度の判定、前提間の整合性の決定は人の仕事として残ります。不明を「不明」と返してくるプロンプトを作れるかどうかが、AIを前提づくりに使えるかの分かれ目です。

出典・参考(2026-08-03確認)

※本記事は教育目的の一般的な解説であり、法務・税務・会計・投資に関する助言ではありません。実際の判断は専門家にご確認ください。設例は理解のための仮設例です。AI製品の仕様・料金は変更されることがあるため、利用前に各社の公式情報をご確認ください。