この記事のゴール

  • 2社のモデルを統合し、のれん・PPA・シナジー込みの合算3表とEPS Accretion/Dilution分析(設例:株式対価はFY1 ▲4.0%→FY2 +9.2%)を完成させる
  • 現金対価・株式対価・混合の3ケースを、セル1つで切り替えられるモデルとして組む
  • 全18 STEP。所要4〜5時間。M&Aの全体プロセスはM&Aプロセス、A/D分析の速習はクイック版(40分)

はじめに:役員会が最後に見る1枚を作る

M&Aモデル(マージャーモデル)は「この買収で、買い手のEPSは増えるのか減るのか」に答える道具です。DCFが「対象はいくらか」、LBOが「ファンドは儲かるか」を問うのに対し、M&Aモデルの主語は買い手の株主——だから結論はEPSで語られ、役員会・取締役会の資料はこの分析で締まります(理論の枠組みはマージャーモデルの考え方)。

本記事はシリーズ「財務モデリング完全ロードマップ」の第3部(最終回)。DCF編で1株213.3円と評価し、LBO編でPEが190円を提示したハルカワ工業に、今度は事業会社「アオイ電機」(架空)が200円のTOBを仕掛ける——という続き物の最終章です。

図1:M&Aモデルの構造(本記事の18 STEP) 買い手モデルアオイ電機(3表) 対象モデルハルカワ工業(3表) 取引条件・S&U対価構成・ファイナンス PPAのれん・FVA・DTL 合算3表BS/IS/CF+シナジー 出力:EPS Accretion/Dilution|株式交換比率|プレミアム分析|安全性 「この買収は買い手の株主のためになるか」を数字で答える

第1部 土台:2社のモデルを同じ型に揃える(STEP 1-4)

12社のOperating Model——行構成の統一がすべてに先立つ

目的:買い手と対象、2つのオペレーティングモデルを完全に同じ行構成で用意します。M&Aモデルの事故の大半は「行ズレしたまま合算」で起きます——足し算を始める前に、型を揃える。

やること:BuyerシートとTargetシートを用意し、DCF編の3表エンジンを2社分並べる。対象はDCF編のモデルをそのまま流用、買い手は下表のスペックで新規作成(作り自体は同じ手順)。
XMA_Model.xlsx – Excel(Buyer / Targetシート・同一フォーマット)
BCD
2(FY1予想)買い手:アオイ電機対象:ハルカワ工業
3売上高36,00012,600
4EBITDA5,0401,890.0
5減価償却費1,440504.0
6EBIT3,6001,386.0
7当期純利益2,440.2926.5
8発行済株式数(百万株)24060
9EPS10.2円15.4円
図2:M&Aモデルの土台は行構成を完全に揃えた2社のOperating Model。行がズレていると合算段階で必ず事故る。先にフォーマットを統一してから数字を入れる。単位:百万円。

つながり:この2枚が全ての材料です。ミス注意:片方だけ「販管費に償却込み」のような定義差を残すこと。チェック:2社とも単体でBS差額0.0が並ぶこと(合算前に単体を完成させる)。

22社の株式価値と企業価値——買収前の座標を打つ

目的:両社の時価総額・EV・PERを並べ、取引前の座標を固定します。

やること:Valuationシートに株価・株式数(青字)→時価総額→EVを計算。
XMA_Model.xlsx – Excel(Valuationシート)
BCD
2買い手対象(買収前)
3株価223円160円
4発行済株式数(百万株)24060
5時価総額53,5209,600
6(+)有利子負債6,0003,600
7(−)現金▲1,500▲600
8企業価値(EV)58,02012,600
9PER(株価÷EPS)21.9x10.4x
図3:両社の株式価値とEVを並べる。買い手PER21.9x vs 対象PER10.4x——この差がEPS分析の伏線になる。単位:百万円。

式の考え方:ここで見えてくるのがPERの非対称——買い手21.9x vs 対象10.4x。「高いPERの株で低いPERの利益を買うとEPSは増える」というM&A算数の伏線がここに張られます。ミス注意:自己株式を引き忘れた株式数(本設例では調整済みの発行済株式数を使用)。チェック:対象EVがDCF編・LBO編と同じ座標系(EBITDA 1,800に対して7.0x)にあること。

3希薄化調整——ストックオプションの扱いを決める

目的:買収価格は「完全希薄化後」の株式数で計算するのが作法です。オプションが行使されると株数が増え、その分対価も動くからです。

やること:本設例の2社はストックオプションなし(簡略化)。実務ではTSM(自社株買い方式)——行使価格<オファー価格のオプションについて「行使→調達資金で自社株買い」を仮定し、純増分だけ株数に足す——で調整します。行使価格100円・500万個のオプションがオファー200円で行使される場合の純増:500×(1−100/200)=250万株、という計算です。

つながり:完全希薄化株式数は対価計算(STEP4)と交換比率(STEP12)の分母・分子に使われます。ミス注意:アウト・オブ・ザ・マネー(行使価格>オファー)のオプションまで足すこと。チェック:希薄化調整の前後で対価がどれだけ動くかを一度数字で確認しておく。

4取引条件——オファー価格と対価構成を置く

目的:「いくらで・何で払うか」を1か所に集約します。現金比率のセルが本モデルの主役スイッチです。

やること:Dealシート2〜10行目。オファー価格=市場株価160円×(1+プレミアム25%)=200円。対価12,000。シナジー・統合費用・アドバイザリー費もここに置く。
XMA_Model.xlsx – Excel(Dealシート 2〜10行目)
BCD
2対象株価(直近)160円
3買収プレミアム25.0%TOBの実務レンジ20〜40%
4オファー価格=C2*(1+C3)200円
5株式取得対価(×60百万株)12,000
6対価構成:現金比率100.0%ケースで切替(後述)
7新規借入金利2.5%
8シナジー(run-rate・費用)300初年度は50%発現
9統合一時費用(FY1のみ)200
10アドバイザリー等費用150EV×1.0%・FY1費用処理
図4:取引条件は1か所に集約し、現金比率のセルを動かすだけで現金対価⇄株式対価⇄混合を切り替えられる設計にする。単位:百万円。

式の考え方:プレミアム25%は日本のTOB実務でよく見るレンジ(20〜40%)の中位。DCF理論値213.3円の内側に収まる価格である点が、後のプレミアム分析(STEP17)の議論に効いてきます。ミス注意:プレミアムの基準日(直近終値か1か月平均か)を曖昧にすること。チェック:取得PER=対価÷対象純利益=13.0x——買い手PER21.9xより低いことを確認。

第2部 取引の器:ケース・S&U・PPA(STEP 5-9)

5ケース・スイッチ——1つのセルで3つの世界を切り替える

目的:現金対価・株式対価・混合を、モデルを組み替えずに切り替えられる構造を作ります(シナリオ設計の一般論はシナリオ・スイッチ)。

やること:Dealシート12〜14行目。ケース番号(1/2/3)→現金比率=CHOOSE(番号,100%,0%,50%)。会計基準トグル(のれん償却の有無)もここに。
XMA_Model.xlsx – Excel(Dealシート 12〜14行目)
BCD
12ケース番号(1=現金/2=株式/3=混合)1
13現金比率=CHOOSE($C$12,100%,0%,50%)100.0%
14のれん償却(1=日本基準/0=IFRS)1会計基準トグル
図5:ケースはCHOOSE(またはINDEX)で数表化する。「セルを1つ書き換えるだけで全表が追随する」のが合格ライン。シナリオ管理の型は感応度分析にも流用できる。

つながり:以降のS&U・利息・株式数はすべてこの比率を参照します。ミス注意:ケースごとに別モデルをコピーして作る——修正が3倍になり必ず不整合が出ます。チェック:番号を1→2→3と回して、S&U(次STEP)が追随すること。

6Sources & Uses——3ケースを1枚で

目的:資金の出所と使途をケース別に並べます。LBO編と同じ型ですが、「新株発行」がSourcesに加わるのがM&A版の特徴です。

やること:S&Uシート。新規借入=対価×現金比率、新株発行=対価×(1−現金比率)、対象ネットデット3,000は借換で引き継ぐ。
XMA_Model.xlsx – Excel(S&Uシート)
BCDE
2Sources(調達)①現金対価②株式対価③混合50:50
3新規借入12,00006,000
4新株発行012,0006,000
5対象ネットデット借換3,0003,0003,000
6Uses(使途)
7株式取得対価12,00012,00012,000
8対象ネットデット3,0003,0003,000
9合計(両側一致)15,00015,00015,000
図6:3ケースを横に並べたS&U。どのケースでもSourcesとUsesは一致する(アドバイザリー費用はFY1の費用処理とし、ここでは手元資金で賄う想定)。単位:百万円。

つながり:新規借入は利息(STEP14)へ、新株発行は株式数(STEP11)へ——S&Uの2行がEPS分析の分子と分母に化ける構造を意識してください。ミス注意:アドバイザリー費の資金手当てを忘れる(本設例は手元資金・FY1費用処理)。チェック:3ケースすべてで左右一致。

7のれん——対価と純資産の差を分解する

目的:買収対価と対象の純資産の差を、ステップアップ(時価評価差額)・無形資産・DTL・のれんに分解します。LBO編では簡略化した部分を、今回はフルPPAでやり切ります(のれんとPPA)。

やること:PPAシート2〜8行目。対価12,000−純資産簿価6,000−固定資産ステップアップ1,200−無形資産1,000+DTL 660=のれん4,460。
XMA_Model.xlsx – Excel(PPAシート 2〜8行目)
BCD
2株式取得対価12,000
3(−)対象純資産簿価▲6,000
4(−)固定資産ステップアップ▲1,200時価評価差額
5(−)無形資産(顧客関連等)▲1,000PPAで新規認識
6(+)繰延税金負債(DTL)+660=(1,200+1,000)×30%
7のれん=SUM(C2:C6)4,460
8(参考)日本基準の年間償却額(20年)223IFRSは非償却・減損テスト
図7:のれんは「払った対価と、時価評価後の純資産の差」。ステップアップと無形資産を認識するほどのれんは減り、その分将来の償却費が増える——後段のEPSに直結する。単位:百万円。

式の考え方:「払った額のうち、名前を付けられる部分に名前を付け、残りがのれん」。ステップアップを大きく認識するほどのれんは減りますが、その分償却費が増える——のれんと償却のトレードオフがM&A会計の急所です。つながり:ここで決めた金額が合算BS(STEP10)と合算IS(STEP13)に同時に流れます。ミス注意:DTLの符号(純資産の時価が上がる→将来の税負担が増える→負債)。チェック:のれん>0。マイナスなら「負ののれん」で別処理です。

8Fair Value調整と税効果——翌期からEPSを削る影

目的:ステップアップと無形資産の償却スケジュールを作ります。取得日には損益に出ませんが、翌期から毎年EPSを削り続ける項目です(税効果の基礎は繰延税金)。

やること:PPAシート10〜13行目。固定資産分1,200÷15年=80/年、無形資産1,000÷10年=100/年。DTLは償却に応じて取り崩し。
XMA_Model.xlsx – Excel(PPAシート 10〜13行目)
BCD
10固定資産ステップアップの追加償却(15年)80.0=1,200/15
11無形資産の償却(10年)100.0=1,000/10
12DTLの取り崩し(益)54.0償却に応じて戻す
13税引後の追加費用インパクト126.0毎年のEPSを削る
図8:ステップアップは「その瞬間」は損益に出ないが、翌期から償却費として毎年EPSを削る。DTLは償却の進行に合わせて取り崩される。単位:百万円。

つながり:税引後▲126/年がEPS分析の「見えにくい重り」になります。ミス注意:償却却年数を根拠なく長くしてEPSを化粧すること——DDの評価書と整合させるのが実務です。チェック:DTL残高が償却完了時にゼロへ収束する設計か。

9買収ファイナンス——返済スケジュールとFee償却

目的:現金対価ケースの新規借入12,000+借換3,600の返済・利息・Financing Fee償却を組みます。型はLBO編のDebt Scheduleと同じBASE型——2度目なので手が覚えているはずです。

やること:Financeシート。年5%約定返済・金利2.5%・Fee(借入×1.5%)は5年償却。
XMA_Model.xlsx – Excel(Financeシート・現金対価ケース)
BCDEFG
2期首残高(新規借入12,000+借換3,000)15,00014,25013,50012,75012,000
3(−)約定返済(5%)▲750▲750▲750▲750▲750
4期末残高14,25013,50012,75012,00011,250
5支払利息(期首×2.5%)375.0356.2337.5318.8300.0
6Financing Fee償却(=180/5)36.036.036.036.036.0
図9:買収ファイナンスの返済スケジュール。型はLBOのDebt Scheduleと同じBASE型(本文の合算ISでは保守的に期首残高15,000×2.5%=375を初年度利息として使う)。単位:百万円。

つながり:初年度利息375が合算IS(STEP13)の調整行に入ります。ミス注意:LBOほどの高レバレッジではないのでSweepは省略——その分、約定返済の設定を明記しておく。チェック:期末残高が5年で12,000まで逓減。

第3部 合算:2社を1つの会社にする(STEP 10-14)

10買収直後の合算BS——4列の型で作る

目的:取得日時点の連結BSを作ります。「買い手+対象+調整=合算」の4列で組むと、監査にもレビューにも強い表になります。

やること:Combined BSシート。調整列に入るのは6つだけ——対象純資産の消去▲6,000、ステップアップ+1,200、無形資産+1,000、のれん+4,460、DTL+660、買収ファイナンス+12,000。
XMA_Model.xlsx – Excel(Combined BSシート・現金対価)
BCDEF
2科目買い手対象調整合算
3現金及び預金1,5006002,100
4運転資本3,0001,586.34,586.3
5固定資産14,0005,200+1,20020,400
6無形資産(新規)00+1,0001,000
7その他資産2,5002,213.74,713.7
8のれん(新規)00+4,4604,460
9資産合計21,0009,600.037,260
10有利子負債6,0003,600+12,000(新規)21,600
11繰延税金負債00+660660
12純資産15,0006,000▲6,000(消去)15,000
13負債・純資産合計21,0009,60037,260
図12:合算BSは「買い手+対象+調整=合算」の4列で作る。調整列に入るのは:対象純資産の消去、ステップアップ、無形資産、のれん、DTL、買収ファイナンス。合算列の貸借一致(37,260)が最初の関門。単位:百万円。

式の考え方:「対象の純資産を消して、払った対価に置き換える。差額はPPAで名前を付ける」——連結会計の1行要約です。つながり:この合算BSが、以降の合算3表のFY0になります。ミス注意:対象の利益剰余金を残してしまう(純資産はすべて消去)。チェック:合算列の貸借一致(37,260)。ここが合わないうちは先へ進まない。

11新株発行後の株式数——EPSの分母を確定する

目的:株式対価ケースの新株発行数と発行後株式数を計算します。

やること:Dealシート16〜20行目。交換比率=オファー200円÷買い手株価223円=0.897。新株=対価12,000÷223円=53.8百万株。発行後293.8百万株。
XMA_Model.xlsx – Excel(Dealシート 16〜20行目)
BCD
16株式交換比率=オファー価格÷買い手株価=C4/2230.897
17対象1株→買い手株0.897株
18新株発行数(株式対価時)=12,000÷22353.8百万株
19発行後株式数=240+53.8293.8百万株
20希薄化率18.3%新株÷発行後
図11:株式対価では交換比率0.897で対象株主に買い手株を交付する。分母(発行後株式数)の増加がEPS希薄化の正体。

つながり:この分母がEPS分析(STEP15)の片輪です。もう片輪(分子=合算純利益)を次で作ります。ミス注意:交換比率と新株数の丸め処理をバラバラにやる(実務は端株処理まで詰めますが、モデルでは小数のまま通すのが安全)。チェック:希薄化率18.3%。

12シナジー——発現カーブと一時費用をセットで

目的:コストシナジー(run-rate 300/年)を発現カーブつきでモデルに載せます。「初年度から満額」はM&Aモデルで最も疑われる前提です(定量化の方法論はシナジーの価値評価)。

やること:SynergyシートにFY1=50%発現+統合一時費用200+アドバイザリー費150を計上。FY2以降は満額300。
XMA_Model.xlsx – Excel(Synergyシート)
BCDE
2FY1FY2FY3以降
3コストシナジー(run-rate 300)150300300
4(−)統合一時費用▲20000
5(−)アドバイザリー等▲15000
6ネット寄与(税引前)▲200300300
図10:シナジーは発現カーブ(FY1は50%)と一時費用をセットで置く。初年度はネットでマイナス——「M&Aは初年度が一番苦しい」を数字で示す表。単位:百万円。

つながり:ネット寄与(FY1は▲200)が合算ISへ。「M&Aは初年度が一番苦しい」を数字で示すこの1行が、後のEPS初年度希薄化の主犯です。ミス注意:収益シナジー(クロスセル等)を安易に積む——実務では審査で真っ先に削られます。チェック:シナジーを0にしてもモデルが壊れないこと。

13合算IS——調整を1行ずつ積む

目的:2社のISを合算し、取引による調整(シナジー・買収利息・追加償却・Fee償却・のれん償却)を1行ずつ載せて、合算純利益を出します。

やること:Combined ISシート。下表の順に組む——「2社合算→シナジー→買収コスト」。のれん償却は税額計算の後に引く(税務上損金にならないため)。
XMA_Model.xlsx – Excel(Combined ISシート・現金対価/日本基準)
BCD
2FY1FY2(定常)
3買い手 税引前利益3,4863,486
4対象 EBIT1,386.01,448.4
5(+)シナジー(ネット・税引前)▲200300
6(−)買収利息(15,000×2.5%)▲375▲375
7(−)追加償却(FVA+無形)▲180▲180
8(−)Financing Fee償却▲36▲36
9税引前合計→×(1−30%)2,856.73,250.4
10(−)のれん償却(税効果なし)▲223▲223
11合算当期純利益2,633.73,027.4
図13:合算ISは「2社合算→シナジー→買収コスト(利息・追加償却・のれん償却)」の順で調整を積む。のれん償却は税務上損金にならないため、税計算の後で引く。単位:百万円。

式の考え方:調整行を細かく分けるのは、後から「どの調整が効いているか」をウォーターフォールで説明するためです。つながり:合算純利益がEPSの分子。ミス注意:対象の既存支払利息を残したまま買収利息も足す(本設例は借換で一本化)。チェック:調整を全部0にすると単純合算に戻ること。

14合算の運転資本・BS・CF・利息と税——エンジンを5年回す

目的:合算後の3表を5年分回します。作業自体はDCF編のSTEP4〜10と同一手順の反復なので、ここではM&A固有の注意点に絞ります。

表1:合算3表でM&A固有に注意する4点(作業手順はDCF編STEP4〜10と同じ)
論点M&A固有の注意
運転資本2社の回転日数は統合後もまず別管理(商流が違う)。合算値だけ足す単純合算+Δも合算
合算CFのれん償却・FVA追加償却・Fee償却はすべて非資金→足し戻す間接法の足し戻し行を増設
利息と税対象の旧借入は借換で一本化済み。のれん償却は損金不算入で税効果なし税額は「のれん償却前」で計算
現金の接続合算後も「CFの期末現金→BS現金」の1本だけ。循環スイッチも共通DCF編STEP9と同一

つながり:合算CFが回れば、買収借入の返済原資・レバレッジの逓減(STEP18)まで一気通貫で見えます。チェック:合算BSの差額チェック行が全期間0.0——単体2社+調整の3層構造でも、チェックの型はいつも同じです。

第4部 審判:EPS分析と交渉の数字(STEP 15-18)

15EPS Accretion/Dilution——この買収は株主のためになるか

目的:買収前EPS 10.2円と、ケース別の買収後EPSを比較します。役員会が最初に見る1枚です。

やること:EPS Analysisシート。3ケース×FY1/FY2のマトリクスを作成。判定式は「合算純利益÷発行後株式数 vs 買収前EPS」だけ——難しさは全て分子・分母の準備(STEP1-14)にあります。
XMA_Model.xlsx – Excel(EPS Analysisシート・日本基準)
BCDEF
2ケースFY1 EPSFY1 増減FY2 EPSFY2 増減
3①現金対価11.0円+7.9%12.6円+24.1%
4②株式対価9.8円▲4.0%11.1円+9.2%
5③混合50:5010.3円+1.4%11.8円+15.9%
6(買収前EPS)10.2円基準10.2円基準
図14:Accretion/Dilution分析の完成形。株式対価は初年度▲4.0%と希薄化し、2年目に+9.2%へ回復する。役員会で最初に見られる1枚。

式の考え方:結果の構造を言葉にすると——現金対価は低金利の今、利息負担が軽くて増益幅が大きい。株式対価は分母が18%膨らむぶん、初年度は統合費用に耐えられず▲4.0%。それでもFY2に+9.2%へ回復するのは、取得PER 13.0x<買い手PER 21.9xという価格設定と、シナジー満額発現のためです。ミス注意:のれん償却の有無(会計基準)を明示せず比較すること——下表のとおり結論の符号まで変わり得ます。チェック:シナジー0・統合費用0にすると教科書どおり「PERの大小関係」だけで符号が決まること。

表2:会計基準トグルの効果(FY2定常・のれん償却223/年の重み)
ケースIFRS(非償却)日本基準(20年償却)EPS差
①現金対価+33.2%+24.1%0.9円
②株式対価+16.7%+9.2%0.8円
③混合50:50+24.1%+15.9%0.8円

対価構成そのものの選び方は、EPSだけでなく財務体力・株主構成・スピードのトレードオフです。3ケースを横に並べると論点が一望できます。

表3:資金調達シナリオ比較(FY2定常・日本基準)
項目①現金対価②株式対価③混合50:50
新規借入12,0003,0006,000
新株発行(百万株)053.826.9
発行後株式数240293.8266.9
合算純利益3,027.43,262.63,145.0
EPS12.6円11.1円11.8円
増減率+24.1%+9.2%+15.9%
合算レバレッジ2.70x約1.04x中間
主なリスク金利負担・格付低下既存株主の持分希薄化両者のバランス

16株式交換比率——株式対価の交渉変数

目的:株式対価の交渉は最終的に「比率」で行われます。比率の意味と感応度を押さえます。

XMA_Model.xlsx – Excel(Exchange Ratioシート)
BCDE
2買い手株価シナリオ▲10%基準+10%
3買い手株価200.7223.0245.3
4交換比率(固定 0.897)0.8970.8970.897
5対象株主の受取価値(比率×株価)180.0200.0220.0
6対市場価格160円のプレミアム12.5%25.0%37.5%
図15:固定比率の株式対価では、発表後の買い手株価変動が対象株主の受取価値を直撃する。下振れ時の下限を保証する「カラー条項」が交渉される理由がこの1行に表れている。

式の考え方:比率0.897は「ハルカワ1株がアオイ0.897株になる」という約束です。発表後に買い手株価が下がると対象株主の受取価値も下がる——固定比率か固定価額(カラー条項)かは実務の大論点。チェック:比率×買い手株価=オファー価格に戻ること。

17プレミアム分析——いくらまでなら払えるか

目的:プレミアムを15〜35%で振り、EPSへの影響とシナジーとの見合いを確認します。「あと5%上乗せしても大丈夫か」に数字で答える表です。

表4:買収プレミアム感応度(FY2定常・日本基準)|プレミアムを上げるほど増益幅が痩せる
プレミアムオファー価格①現金対価②株式対価
15.0%184円+26.8%+12.5%
20.0%192円+25.4%+10.8%
25.0%200円+24.1%+9.2%
30.0%208円+22.7%+7.6%
35.0%216円+21.3%+6.1%
XMA_Model.xlsx – Excel(Premium Analysisシート)
BCD
2支払プレミアム総額(12,000−9,600)2,400
3シナジー税引後(300×70%)210
4資本化率(保守的に8%)8.0%
5シナジーの現在価値=C3/C42,625
6シナジーPV−プレミアム225正なら理屈が立つ
7EPS中立となる限界プレミアム(株式・日本基準)55.0%オファー248円まで
図16:「プレミアムはシナジーの前払い」。シナジーPV 2,625 がプレミアム 2,400 を上回っており、本件は説明が立つ。EPS中立の限界は プレミアム55.0%。単位:百万円。

式の考え方:プレミアムはシナジーの前払い」——支払プレミアム2,400に対しシナジーの現在価値2,625。この差がプラスであるうちは、理屈の立つ価格です。さらにEPS中立の限界プレミアム55.0%まで測っておけば、交渉の上限が明確になります。ミス注意:シナジーPVの資本化率を甘く(低く)置いてプレミアムを正当化すること。チェック:限界プレミアムが現行プレミアム25%より十分上にあること。

18安全性——合算後の財務体力

目的:現金対価ケースでは合算レバレッジが2.70xまで上がります。格付・コベナンツの観点から許容範囲かを最後に確認します(格付の仕組み)。

合算EBITDA(シナジー込み)7,230に対しネットデット19,500で2.70x——事業会社の水準としては重めですが、5年の返済計画(STEP9)で3年後に2.0x台前半へ落ちる軌道です。チェック:「格付2ノッチ低下まで許容」のような経営の許容度と突き合わせて初めて、この数字は意味を持ちます。

提出前QCチェックリスト

表5:M&AモデルQCチェックリスト
区分チェック項目合格基準
土台2社のOperating Modelの行構成が同一行ズレなし
土台株式数・株価の基準日が明記希薄化調整後で統一
取引S&Uが3ケースすべてで一致差額0
PPAのれん=対価−時価純資産DTL込みで再計算一致
PPA追加償却の年数・金額償却表と一致
合算合算BSの貸借一致取得直後・毎期とも0差
合算対象純資産の消去漏れなし親子相殺の基本
合算内部取引の相殺(ある場合)売上・債権債務を消去
ISのれん償却の税効果なし税後で減算
ISシナジーの発現カーブ一時費用とセット
EPS分母の新株発行数交換比率×対象株数と一致
EPS希薄化証券(SO等)の扱いTSMで調整(本設例はなし)
分析プレミアム vs シナジーPV説明ロジック明記
分析レバレッジの許容水準格付・コベナンツ確認

つまずきやすいポイントQ&A

Q. EPSが増えれば「良い買収」なのですか?

いいえ。EPS増益は「低PERの利益を高PERの株で買う」だけでも起きます(ブートストラップ効果)。価値を生んでいるかは、シナジーPV vs プレミアム(STEP17)と、対象の内在価値(DCF編)に照らして判断します。EPSは必要条件寄りの「体温計」です。

Q. のれん償却は結局どちらで見るべき?

上場買い手の連結がIFRSならば非償却+減損テスト、日本基準なら20年以内の規則償却です。本記事が両建てで見せているのは、基準の選択がEPSの符号すら変え得ることを体感するため——実務では買い手の採用基準に固定して構いません。

Q. 統合後の内部取引はどう扱いますか?

2社間に売上・仕入があれば、合算ISで両建て分を消去します(債権債務も同様)。本設例は取引関係なしの想定でゼロ——ただしQC表には常に項目として残してあります。忘れた頃に効いてくる論点だからです。

Q. 3記事の数字はどうつながっているのですか?

市場160円→PE提示190円→戦略買い手200円→DCF理論値213.3円、という1本の価格軸に全モデルが載っています。ロードマップの「3モデルのつながり」章で俯瞰できます。

次のステップ

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本記事について

設例(ハルカワ工業・アオイ電機)はいずれも架空で、実在の企業・案件とは関係ありません。全数値はPythonで再計算済み(S&U一致・合算BS貸借一致・EPS恒等式・限界プレミアムの収束計算ほか)。会計処理は学習用に簡略化しており(IFRS・日本基準のトグル等)、実際の会計・税務処理は専門家にご確認ください。手順・図表・文章は当サイトの独自制作です。