この記事で分かること
- 上場大企業1,517社が決算説明会などで明かした「社内の資本コスト」を集めた研究が、市場の期待リターンとのずれについて何を示したか
- 社内の資本コストと、案件の採否に使うハードルレートを分けて考える理由と、ずれが投資額や収益性にどう表れるか
- 東証の「資本コストや株価を意識した経営」の要請を踏まえ、経営企画・財務が自社の数値を点検する手順と設例
想定読者:事業会社の財務・経営企画・FP&A、投資銀行・FASで資本コストを扱う方
前提知識:WACCとNPVの基本(研究の用語は本文で説明します)
投資委員会の資料に「ハードルレート8%」とある。いつ、誰が、何を根拠に決めた数字かは、すぐには答えが出ない。社内のWACCの計算表は数年前のままだ。一方で、株主との面談では「御社の資本コストの認識は低すぎるのではないか」と言われた。
自社が投資判断に使っている割引率は、市場が求める資本コストとどれだけずれているのか。ずれていると何が起きるのか。各社が社内で実際に使っている数値は、通常は開示されない。シカゴ大学の研究者らの論文は、この「見えない数値」を、決算説明会などの発言から一つずつ拾い集めて分析した。
この記事が主に参照する研究
Niels Joachim Gormsen、Kilian Huber「企業が認識する資本コスト(Firms’ Perceived Cost of Capital)」(NBER Working Paper No. 32611 の後の版)
- 公表:前身のWPは遅くとも2020年にSSRNで公開。旧題「Equity Factors and Firms’ Perceived Cost of Capital」からの大幅改訂を経て、NBER WPとしては2024年6月。参照した版:著者原稿(2026年9月版、著者のサイトで公開)。掲載状況:学術誌 Quarterly Journal of Economics に掲載予定(共著者Huberの研究ページで2026年10月確認。PDFに誌名なし)
- データ:2002〜2024年初の英語の会議通話(決算説明会・投資家会議など)で、経営者が自社全体の資本コストを明言した1,517社。資本コストの観測の約半分は米国企業のもの
- 方法:発言を手作業で収集し、市場の期待リターン、CAPM、アナリストの予想リターンとの関係を回帰で分析(相関の分析。因果の識別ではない)。定型モデルで生産性への影響も試算
- 位置づけ:新しいデータによる既存理論(資本コストの定義をめぐる理論)の検証
「社 内の資本コスト」「ハ ードルレート」「市 場の資本コスト」を分けて考える
この研究を読むには、似た言葉を三つに分ける必要がある。一つ目は、企業が自社全体の資本コストとして社内で認識している数値で、論文はこれを「知覚資本コスト(perceived cost of capital)」と呼ぶ。多くの企業はWACC
二つ目は、新しい案件に求める最低限の収益率、つまりハードルレートである。論文は社内の資本コストを出発点にしつつ、案件固有のリスク、事業部の楽観的な計画への備え、資金の制約などを上乗せするため、両者は一致しないと整理している2。案件のリスクに応じて率を変える考え方は事業別資本コストとして知られる。
三つ目が、市場が求める資本コストである。論文は二つの基準を区別する。一つは、その企業の株式と負債に投資したときに実際に期待できるリターン(市場ベースの資本コスト)。市場が効率的なら、これを使えば現在の企業価値を最大化できる。もう一つは、株価の誤り(ミスプライシング)がなかったと仮定したときに、事業の根本的なリスクだけから決まる「公正価値」の資本コストで、論文のモデルではCAPM
社内の数値は、投資の量と収益性に表れていた
著者らは、Refinitiv・FactSetに収録された約16万の段落を研究助手のチームと読み、経営者が自社全体の資本コストを明言した箇所だけを記録した。報告企業の有形固定資産は、Compustatの全企業の38%を占める4。社内の資本コストの平均は8.67%で、5パーセンタイルの5.17%から95パーセンタイルの13%まで広く分かれていた(表1)5。
表は横にスクロールできます →
| 項目 | 数値 | 補足 | 出所 |
|---|---|---|---|
| 社内の資本コスト(平均) | 8.67% | 5〜95パーセンタイル:5.17〜13% | R1 表1 |
| 社内の割引率(ハードルレート、平均) | 15.3% | 本社費の扱いが企業で違い、上の数値と直接は比べられない | R1 表1 |
| 社内の資本コスト1%ポイント高 → ROIC | +0.88%ポイント | 1%水準で有意。国・四半期をそろえた横断面の比較 | R1 表2 |
| 同 → 純投資率 | −0.78%ポイント | 5%水準で有意 | R1 表2 |
| CAPMで説明できる割合 | 50% | 市場ベース(実現リターン)は21% | R1 表4 |
| 企業ごとの固定的な差が占める割合 | 80% | 複数回報告した企業の変動のうち | R1 p.38 |
| 市場ベース基準を超えるばらつきによるTFP損失 | 5.14% | CAPM基準なら3.06%。定型モデルの試算で、損失の一部はより安全な産出との引き換えでありうる | R1 p.47〜48 |
| 割引率の反映の遅さ(前身研究) | 0.25→0.7 | 資本コスト1%ポイント変化に対し、3〜4年後と7〜11年後の割引率の変化(%ポイント) | R2 p.6 |
まず確かめたのは、こうした発言が実際の経営を反映しているかである。同じ国・同じ四半期の企業どうしを比べると、社内の資本コストが1%ポイント高い企業はROIC
企業間の差の大半は、市場の期待リターンでは説明できなかった
本題は、社内の資本コストが市場ベースの資本コストと一致しているかである。期待リターンは直接観察できないため、著者らは資産価格の研究で標準的な方法を使った。社内の資本コストと、その後に実現したリターンの差を、社内の資本コストに回帰する。係数がゼロなら、社内の資本コストのばらつきはすべて期待リターンの差で裏付けられ、1なら全く裏付けられない。論文はこの係数を「超過ばらつき(excess dispersion)」と呼ぶ8。
推定値は79%だった。企業間と時点間をあわせたばらつきのうち、市場の期待リターンで裏付けられるのは点推定で約2割にとどまる。同じ四半期の企業どうしの差に限ると、推定値は91%とさらに高い。実現リターンは誤差が大きいが、株価と予想利益から逆算するインプライド資本コストを使っても76%だった。こちらは誤差が小さく、「完全に一致する」も「全く関係がない」も統計的に否定された9。社内の資本コストの高低で3つのポートフォリオに分けても、その後の株式リターンは年10〜11%でほとんど変わらなかった10。
この79%を「社内の資本コストが市場より8割ずれている」と読むのは誤りである。図1の数値は水準の差ではなく、ばらつきのうち各基準で説明できない割合を示す。
では何が差を生んでいるのか。CAPMに基づく公正価値の資本コストは差の50%を説明し、市場ベースより当てはまりがよかった。ファクターを5つに増やすと当てはまりはかえって悪化した11。最もよく説明したのはアナリストの予想リターンで、目標株価から計算した資本コストを基準にすると、超過ばらつきの点推定は0.021(IBES)と0.0042(Value Line)で、いずれもゼロと有意に異ならなかった。著者らは「大半」を説明すると表現する12。ただし水準は違い、アナリスト基準の平均は約11%、社内の資本コストは8.4%だった13。
実務の目で見逃せないのは、ずれがどこで生じているかである。超過ばらつきは株主資本コストの側で約80%、負債コストの側では13%にとどまった14。著者らは、ずれは負債コストではなく株主資本コストの認識から生じていると結論し、その理由として負債コストの方がはるかに推計しやすいことの反映かもしれないと述べている。横断面では、ベータが最も低い層と最も高い層で約1.5%ポイントの差があり、規模が大きいほど低かった。一方で、分散投資で消せるはずの個別リスクが大きい企業ほど高く、これは市場ベースとも公正価値とも整合しにくい15。さらに、複数回報告した企業では変動の80%は企業ごとの固定的な差で、多くの企業は数値を更新していながら、各社の水準の違いは長く残っていた16。
ずれのコストと、この研究の適用範囲
著者らは、社内の資本コストの差が全要素生産性(TFP)を下げる大きさを定型モデルで試算した。全社が同じ資本コストを使う場合と比べた損失は6.34%だが、著者らはこれが必ずしも非効率な配分ではなく、一部はより安全な産出との引き換えでありうるとする。基準を超えるばらつきによる損失は、市場ベース基準で5.14%、CAPMの公正価値基準で3.06%である。試算は上場大企業の資本配分に限った結果で、キャッシュフロー予想のゆがみは扱っていないと著者ら自身が断っている17。
結論として著者らは、企業は現在の株価を最大化する方法には従っておらず、CAPMに基づく公正価値の考え方の方がデータに合うが、ばらつきの大半はアナリストの期待リターンの取り込みで説明できるとする。両者の認識がなぜ連動するのかは未解決の問いだという18。手集計データの誤差には、負債コストに超過ばらつきがほとんどないことや操作変数による推定で反論している19。
読む側が留意すべき限界もある。標本は英語の会議通話で資本コストを明言した企業で、規模が大きいほど含まれやすく、資本コストの観測の約半分は米国企業のものである。日本企業も標本に含まれる。論文は学術誌に掲載予定で、前身のWPは遅くとも2020年にSSRNで公開されており、旧題からの大幅改訂を経た研究である。新しく公表された研究ではない20。
ハードルレートの水準については、同じ著者らの前身研究「Corporate Discount Rates」(NBER WP、2023年6月。2025年に学術誌掲載)が補助線になる。社内の割引率の平均は15.7%と、社内の資本コストの8.4%より7.3%ポイント高かった。その大きな理由は、本社費をキャッシュフローに入れず、代わりに割引率へ上乗せする慣行で、本社費をすべて織り込んでいる観測に限ると平均は11.4%だった21。また、資本コストが1%ポイント動いても、ハードルレートは3〜4年で0.25%ポイントしか動かず、米国の平均の差(ハードルレート−社内の資本コスト)は2002〜2021年に約2.5%ポイント広がった。差が1%ポイント広がると、翌年の投資率は0.9%ポイント低かった22。
大手町プレップの考察:「ず れ」は三層に分けて点検する
以下は二つの研究を踏まえた編集部の見方であり、論文が検証したものではない。
実務で「資本コストがずれている」と言うとき、少なくとも三つの層が混ざっていると考えられる。第一は、ハードルレートと社内の資本コストの差で、本社費・案件リスク・資金制約の上乗せが中心だ。前身研究は、ハードルレートが資本コストの変化を遅れてしか取り込まないことを示した。そのため両者の差は、資本コストが動くたびに広がったり縮んだりする。加えて、上乗せの根拠が社内で記録されていない例も多いのではないかと編集部はみている(仮説。研究は記録の状況を調べていない)。第二は、社内の資本コストと基準となる資本コストとの乖離である。研究では、基準で説明できないばらつきが主に株主資本コストの側に見られた。ただしこれは企業間のばらつきについての結果で、個々の企業の数値が正しいか誤っているかを判定したものではない。第三は、市場の期待リターンが本当はいくらかという問題で、研究者でも観察できない。
「市場と合わせる」ことを目標にしても、正解の数値はどこにもない。ただ、研究から言えることもある。個別リスクの大きさのように、根本的なリスクとも期待リターンとも結びつきにくい要素が数値に入り込むと、企業間で配分のゆがみが生じうる。また、アナリストの期待にそろえることは、彼らの偏りも一緒に取り込むことになりうる。点検の要点は、一つの正しい数値を探すことではなく、どの層の、どの判断が数値を動かしているかを説明できる状態にすることだと編集部は考える。
日本の実務への応用:東証の要請と研究の接点
東京証券取引所は2023年3月31日、プライム市場とスタンダード市場の全上場会社に、資本コストや資本収益性を把握し、取締役会で分析・評価し、改善の計画を開示するよう要請した23(資本コストや株価を意識した経営の開示要請)。同じ資料は、資本コストの把握は現状分析のためで精緻な算出が目的ではないこと、ROICをWACCと、ROEを株主資本コストと比べること、事業セグメント別のROICも考えられることを示している。資本コストの数値そのものの開示は必ずしも求めないが、考え方や計算手法の説明が考えられる、とも書く24。PBR・ROEとの関係は「PBR1倍割れはなぜ問題か」で扱った。
2024年2月1日の東証の資料はさらに踏み込み、CAPMで出した値はあくまで一つの推計値で、株主・投資者と認識がそろっているかがポイントだとした。算出に使ったモデルとパラメータの開示、複数のモデルによる分析、説明会や面談でのヒアリングを例に挙げ、「ずれている」と指摘されるのを恐れて開示を控えることを避けるべき対応として示している25。
研究と並べると、二つの含意が見える(編集部の推論)。一つは、東証の勧める「複数の推計」と「前提の開示」が、株主資本コストの判断という、研究で説明できないばらつきが最も大きかった箇所を外から点検できる形にすることだ。もう一つは、「投資者と認識をそろえる」ことと、偏った期待を取り込むことの区別である。研究の標本では、社内の数値はすでにアナリストの期待と同じ方向に動いていた。ヒアリングの結果は推計の一つとして扱い、CAPMなどリスクに基づく推計と並べて差の理由を説明するのが無理のない使い方だろう。なお、研究の結果が日本企業に同じ大きさで当てはまるかは検証されていない。
学習用の設例:古いWACCとハードルレートを点検する
学習用の設例(架空)
- 甲社は国内の製造業。資本構成の目標は株主資本75%・負債25%、負債コスト1.5%(税引前)、実効税率30%
- 社内の株主資本コストは5年前に6.5%と決めたまま据え置き。現行のハードルレートは8.0%だが、内訳の記録はない
- CAPMの前提はリスクフリーレート1.5%、ベータ1.1、市場リスクプレミアム6.0%。予想PERは14倍、期待インフレ率2.0%。株主・アナリストへのヒアリングの中央値は9.0%
表2のように株主資本コストを複数の方法で推計してWACCに直すと、据え置きの社内値によるWACCは5.1%、ほかの三つの推計では6.3〜7.1%となる。差のほとんどは株主資本コストの置き方から来ており、負債側はどの推計でも同じだ。研究で、説明できないばらつきが主に株主資本コストの側に見られたことと重なる構図である(設例は1社の水準の比較で、研究の分析とは異なる)。
| 推計方法 | 株主資本コスト | WACC |
|---|---|---|
| 社内の設定値(5年前から据え置き) | 6.5% | 5.1% |
| CAPM | 8.1% | 6.3% |
| 益利回り+期待インフレ率 | 9.1% | 7.1% |
| 株主・アナリストへのヒアリング | 9.0% | 7.0% |
| 現行のハードルレート(内訳の記録なし) | — | 8.0% |
次に、この差が案件の採否にどう効くかを見る。甲社は投資額10億円、IRR 4〜12%の候補9件を抱えているとする。点検の結果、基準の資本コストを7%と置いた(仮定)。図2は、ハードルレートを変えたときの採択額と、基準7%で測ったNPV
据え置きのWACCに近い5%をそのままハードルに使うと、8件・80億円を採択し、IRR 5%と6%の案件まで含むため、NPVの合計は5.8億円と最大値より1.4億円少ない。逆に10%まで上げると採択は3件・30億円に減り、採択案件の平均IRRは11.0%に上がるが、正のNPVの案件を見送るため合計は5.8億円にとどまる。ハードルが高いほど投資は少なく、残った案件の収益率は高い。研究が企業間で観察した向きと同じである。現行の8.0%は、この設例では結果的に最適な範囲に入る。ただし、上乗せの内訳が記録されていないため、本社費をキャッシュフローにも入れていれば二重に差し引いている可能性があり、その確認は数値を見ただけでは済まない。
明日から使える点検の手順
- 社内の資本コストとハードルレートを別の行に書き、それぞれの設定日・設定者・根拠資料を一覧にする。設定から3年以上たった数値には印を付ける
- ハードルレートと社内の資本コストの差を、本社費・案件リスク・資金制約・その他に分解する。本社費を上乗せしている場合は、投資計算のキャッシュフローに本社費を入れていないことを稟議の様式で確かめる
- 株主資本コストをCAPM、益利回りなどの市場の数値からの逆算、株主・アナリストへのヒアリングの少なくとも三つで推計し、社内の値がその範囲のどこにあるか、範囲の外ならなぜかを一文で書く
- 推計の差の理由をパラメータ別に確かめる。特に、ベータでは測れない個別リスクや、最近の株価の好調・不調を理由にした上乗せ・引き下げが入っていないか
- 候補案件をハードルレート±1〜2%ポイントで再判定し、採否が入れ替わる案件と、その案件のNPVを表にする(図2の形)。入れ替わる案件が多いほど、率の点検の優先度は高い
- 東証の要請に沿って開示する場合は、数値に加えてモデル、パラメータ、更新の周期を示し、投資家の指摘との差を翌年の開示で説明する
よくある質問
ハードルレートは社内のWACCより高くてよいのですか。
案件固有のリスクや本社費の扱いによっては高くなるのが普通です。前身の研究でも、社内の割引率の平均は社内の資本コストより大幅に高く、その主な理由は本社費をキャッシュフローの代わりに割引率で調整する慣行でした。問題は差があることではなく、差の内訳が説明できない状態です。
投資家に聞いた資本コストを、そのまま社内の数値にすべきですか。
東証の資料は投資者との認識をそろえることを重視しています。ただし研究の標本では、アナリストの期待リターンの水準は社内の数値より高く、その期待のずれも先行研究で指摘されています。ヒアリングの結果は推計の一つとして扱い、CAPMなどの推計と並べて違いの理由を説明するのが無理のない使い方です。
まとめ
手作業で集めた1,517社の数値から、社内の資本コストの差が長期の投資量と収益性に表れていること、その差の大半は市場の期待リターンでは説明できず、CAPMで半分、アナリストの期待で大半が説明できることが示された。説明できないばらつきは主に株主資本コストの側に見られ、ハードルレートは資本コストの変化を遅れて取り込む。日本の上場会社にとっては、東証の要請に沿った「複数の推計と前提の開示」が、このずれを点検する実務の入り口になる。研究は掲載前の原稿に基づき、主に欧米の大企業を対象としている点は割り引いて読みたい。
脚注
- R1(著者原稿, 2026年9月版)p.16〜17(3.1節)。社内の資本コストは税引後の負債コストと株主資本コストを資本構成で加重した WACC の式(論文の式12)で作られることが多い、と説明している。本記事の R1 のページは PDF のページ番号(以下同じ。印刷されたページ番号+1)。↩
- R1 p.16〜17(3.1節)。割引率(ハードルレート)は、新規案件ごとのリスク、リアルオプションの価値、事業部の過大なキャッシュフロー予想、資金制約などを織り込むため社内の資本コストと一致しないが、企業間では強く相関し長期的には連動する、としている。↩
- R1 p.2〜4(序論)、p.7〜13(2節)。市場ベースの資本コストは完全情報の合理的期待のもとでの負債・株式の期待リターン、公正価値の資本コストはミスプライシングがない場合の期待リターンで、論文のモデルでは CAPM で決まる。区別は Stein(1996)の議論に基づくと著者らは書いている。↩
- R1 p.17〜19(3.2〜3.3節)と付録 E(p.91〜93)。対象は 2002〜2024年初の英語の会議通話。約20のキーワードで約16万段落を抽出し、延べ23名の研究助手が読んで記録した。少なくとも1回報告した企業は1,517社、Compustat などと接続できたのは1,395社。有形固定資産のシェア38%は p.19。↩
- R1 表1(p.53)。社内の資本コストの観測数は3,480(企業×四半期)。本文 p.21 は平均を8.7%と丸めて書いている。↩
- R1 p.22〜23(4.1節)・表2(p.54)。ROIC の係数0.88(標準誤差0.23、1%水準で有意)、純投資率の係数−0.78(同0.36、5%水準で有意)。ROIC は Compustat の税引後の利払前利益÷(前期の長期有利子負債+株主資本−現金)。統制変数を加えた列では ROIC 0.81〜0.91、純投資率−0.78〜−0.66。国と四半期の固定効果を含む横断面の回帰。↩
- R1 p.2〜3(序論)、p.23(4.1節)。著者らは、社内の資本コストの変化はハードルレートに2年未満ではほとんど反映されず、10年超では強く反映されるという前身研究(R2)の結果を引き、本論文は長期の資本配分を対象にしていると説明している。↩
- R1 p.28〜30(5.1節、式13〜21)。超過ばらつきは、社内の資本コストの分散のうち基準の資本コストと共変しない部分の割合で、回帰係数として推定する。実現リターンは期待リターン+予想外の誤差で、誤差は事前の期待と相関しないため係数の推定に偏りを生まない、という資産価格研究の標準的な考え方に基づく。↩
- R1 p.31・p.33〜34、表4パネルA(p.56)。実現リターン基準の係数0.79(標準誤差0.30)は、ゼロ(超過ばらつきなし)は棄却、1は棄却できない(P値0.48)。四半期固定効果を入れると0.91。インプライド資本コスト(会計ベースの4推計の平均)基準は0.76(標準誤差0.042)で、ゼロも1も棄却。固定効果を入れると0.83。↩
- R1 p.32・表5(p.57)。毎月、直近の社内の資本コストで3つのポートフォリオに分けた2005〜2024年の結果。実現リターンの高−低の差は−0.46%ポイントで有意でない一方、推計した社内の株主資本コストは低位7.9%・高位14%で、差は約6.5%ポイント(表では6.2%ポイント)。↩
- R1 p.35〜36(5.2節)・表4パネルB(p.56)。CAPM はリスクプレミアム6%、週次データの2年ローリングで推定したベータ、長期国債利回りで計算(実務家の前提に近いと著者ら)。超過ばらつき0.50(標準誤差0.036)。Fama-French の5ファクターモデルでは0.67と、CAPM より17%ポイント大きい。↩
- R1 p.39〜41(6節)・表6(p.58)。アナリスト基準の資本コストは、IBES または Value Line の目標株価から計算した期待株式リターンを株主資本コストに使ったもの。超過ばらつきは IBES で0.021(標準誤差0.17)、Value Line で0.0042(同0.18)で、いずれもゼロと有意に異ならない。著者らは、この結果だけでは市場ベースと公正価値のどちらの考え方とも解釈でき、CAPM の公正価値を統制してもアナリスト基準は説明力を保つとしている(p.41・表A7 p.80)。↩
- R1 p.40〜41・図6(p.64)。アナリスト基準の平均約11%、社内の資本コスト8.4%(3分位のポートフォリオでの平均)。両者の相関は0.3だが、アナリスト基準の測定誤差で低く出ると著者らは注意している(p.41)。アナリストの期待の水準が高すぎることはよく知られている、とも注記している(p.41 脚注20)。横断面でアナリストの期待が客観的な期待リターンからずれるという先行研究の整理は p.39。↩
- R1 p.37(5.3節)・図5(p.63)。株主資本コスト側の超過ばらつき約80%、負債コスト側13%。著者らは、負債コストの方が見積もりやすいことの反映かもしれないとしている。↩
- R1 p.23〜26(4.2節)・図1・図2(p.59〜60)・表3(p.55)。レバレッジの最低5分位は9%、最高5分位は8.5%で、節税効果と整合的。バリュー(簿価時価比率)による差はほぼない。個別リスク(固有ボラティリティ)が高いほど社内の資本コストが高い点は、市場ベースとも公正価値とも整合しにくいと著者らは述べている。↩
- R1 p.38(5.3節)・図A10(p.74)。複数回報告した企業で、企業固定効果が変動の80%を説明。同じ企業でも1年以内の観測で58%、3年超で約90%が異なる値を報告している(p.19)。↩
- R1 p.41〜48(7節)、p.4〜5。Hsieh and Klenow(2009)型のモデルで、代替の弾力性3、資本分配率0.33、期待インフレ率2%と置いた試算。ばらつき全体による TFP 損失は6.34%(p.46)で、著者らは必ずしも非効率な配分を意味せず、一部はより安全な産出との引き換えでありうるとする(p.42〜43・p.46・p.48〜49)。基準を超える部分の損失は市場ベース基準で5.14%(インプライド資本コストに基づく推計、p.47)、CAPM の公正価値基準で3.06%(p.48)。弾力性を4にすると市場ベース基準で6.16%(p.47)。キャッシュフロー予想のゆがみはモデルに含まず、付録 C の試算ではその偏りが社内の資本コストのばらつきの約24%を相殺しうるため、損失はより小さい可能性もあるとしている(p.47)。↩
- R1 p.48〜49(8節「Conclusion」)、p.4〜5。市場価値アプローチは棄却され、CAPM の公正価値アプローチの方がデータに合うが、ばらつきの大半はアナリストの期待リターンの取り込みで説明でき、その関係を何が生むかは未解決の問いだとしている。序論では、CAPM の結果は企業が公正価値の最大化を目指していることを必ずしも意味しない、とも述べる(p.5)。↩
- R1 p.37〜39(5.3節)・表A5(p.79)。操作変数にはベータ、Fama-French の3特性、ファクターモデルによる予測値を使っている。ROIC との関係が理論に近い大きさであることや、ばらつきの大半がアナリストの期待で説明できることも、測定誤差が小さいことの裏付けとしている(p.39)。↩
- 標本の範囲は R1 p.19〜21(3.3〜3.4節)・付録 E.1(p.91)・図A5(p.69)。米国企業が占めるのは資本コストの観測(企業×四半期)の約半分(p.21)。図A5 の国の一覧に日本(JPN)が含まれる。資産規模が2倍になると報告する確率が約2%ポイント上がるが、投資率・レバレッジ・トービンの Q・ROE などでは差がない(p.20、表A1 p.76)。版の経緯は R1 p.1 の脚注(旧題「Equity Factors and Firms’ Perceived Cost of Capital」の大幅改訂版)と R5(2023年3月付。脚注にさらに前の題名「Expected Stock Returns and Firms’ Perceived Cost of Capital」)。前身の WP の公開時期は、Crossref の SSRN 3712699(同じ著者・現在の題名)の記録で posted 2020、DOI 登録 2020年12月11日であることから「遅くとも2020年」とした。SSRN のページは自動取得を拒否されたため、当初の題名と掲載日は確認していない。本記事は2026年9月付の著者原稿(著者 Gormsen のサイトで公開)を参照した。学術誌 Quarterly Journal of Economics への掲載予定は共著者 Huber の研究ページの記載による(2026年10月23日確認)。この PDF 自体には誌名や掲載予定の記載はなく、掲載版と同一かは確認していない。↩
- R2(NBER WP 改訂版, 2024年6月)p.18(割引率の標本平均15.7%、社内の資本コスト8.4%)、p.21〜22(3.4節。本社費をすべてキャッシュフローに入れていることを確認できた観測は15%で、その平均は11.4%。他との差は4〜5%ポイントでほぼ一定)。本文の差7.3%ポイントは平均どうしの差(15.7%−8.4%)で、編集部の計算。R1 の標本(表1)では割引率の平均15.3%。↩
- R2 p.6(序論)。資本コストが1%ポイント上がったとき、ハードルレートは3〜4年で平均0.25%ポイント、7〜11年で約0.7%ポイント上がる。3〜4年後に値が変わっている割引率は約3分の1。ハードルレートと社内の資本コストの差の拡大(約2.5%ポイント)は米国企業の企業内の変化から推計したもの。投資率との関係は企業・時点の固定効果やトービンの Q などを統制した推計。↩
- R3(東京証券取引所上場部「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」2023年3月31日)p.2〜3。同資料はプライム市場の約半数、スタンダード市場の約6割の上場会社が ROE 8%未満・PBR 1倍割れであることを背景に挙げている(p.2)。↩
- R3 p.4(「現状分析」にあたってのポイント・留意事項)、p.5(「計画策定・開示」にあたってのポイント・留意事項①)。ページは PDF のページ番号。↩
- R4(東京証券取引所「投資者の視点を踏まえた『資本コストや株価を意識した経営』のポイントと事例」2024年2月1日)p.8(「現状分析・評価」のポイント①)。↩
参考文献(2 026年10月確認)
- R1 Gormsen, N. J. and K. Huber, “Firms’ Perceived Cost of Capital,” 著者原稿(2026年9月版)。学術誌 Quarterly Journal of Economics に掲載予定(共著者 Huber の研究ページで確認、2026年10月。PDF 自体には誌名の記載なし)。先行する版:NBER Working Paper No. 32611(2024年6月、2025年12月改訂), DOI: 10.3386/w32611, SSRN: 4888476。参照した版:著者原稿(2026年9月版、著者のサイトで公開)。 nielsgormsen.com (参照箇所:本文・表1〜6・図1〜6・図A5・図A10・表A1・表A5・表A7・付録C・E(PDF p.1〜64, p.69, p.74, p.76, p.79〜80, p.83〜93)。脚注1〜20の根拠。掲載予定は https://www.kilianhuber.org/research (2026年10月23日確認)。NBER WP の掲載ページは https://www.nber.org/papers/w32611 。前身の WP の公開時期は Crossref の SSRN 3712699 の記録(DOI 登録 2020年12月11日)。閲覧日:2026年10月)
- R2 Gormsen, N. J. and K. Huber (2023), “Corporate Discount Rates,” NBER Working Paper No. 31329. DOI: 10.3386/w31329. 参照した版:NBER WP 改訂版(2023年6月初版、2024年6月改訂)。査読:WP 版は未査読。学術誌版は American Economic Review 115(6), 2001–2049(2025年、DOI: 10.1257/aer.20231246。本稿では未読)。 nber.org (参照箇所:序論 p.3〜7、3節 p.18〜23。脚注7・21・22の根拠。学術誌掲載は NBER の掲載ページの Published Versions 欄と Crossref(DOI 10.1257/aer.20231246)で確認。閲覧日:2026年10月)
- R3 株式会社東京証券取引所上場部「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」(資料1、2023年3月31日) jpx.co.jp (参照箇所:p.2〜5。脚注23・24の根拠。掲載ページ https://www.jpx.co.jp/news/1020/20230331-01.html。閲覧日:2026年10月)
- R4 株式会社東京証券取引所「投資者の視点を踏まえた『資本コストや株価を意識した経営』のポイントと事例」(2024年2月1日) jpx.co.jp (参照箇所:p.8。脚注25の根拠。閲覧日:2026年10月)
- R5 Gormsen, N. J. and K. Huber (2023), “Equity Factors and Firms’ Perceived Cost of Capital”(R1 の旧版、2023年3月付)。査読:未査読。 afajof.org (参照箇所:1ページ目の要旨と脚注(旧題)のみ。脚注20の根拠。閲覧日:2026年10月)
※本記事は教育目的の一般的な解説であり、投資助言・法務・税務の助言ではありません。研究結果は各論文の対象・期間・方法の範囲で得られたもので、日本の個別企業・案件にそのまま当てはまるとは限りません。設例は学習用の架空の数値です。アイキャッチ画像は生成AIによるイメージです。