この記事で分かること
結論:FIGは「バ ランスシートが商品」の業界を扱う特殊部隊
FIG(Financial Institutions Group、金融機関グループ)は、投資銀行の中で銀行・保険・証券・アセットマネジメント・フィンテックといった金融機関そのものを顧客とするインダストリー・カバレッジ部門です。最大の特徴は、顧客のバランスシート(BS)自体が商品である点にあります。一般の事業会社にとって負債は事業のための資金調達手段ですが、銀行にとって預金という負債は収益を生む原材料であり、保険会社にとって保険負債は事業の本体そのものです。
この構造の違いから、FIGには3つの特殊性が生まれます。①バリュエーションが独自体系である(EV/EBITDAが使えない)、②規制資本が案件の成否とストラクチャーを左右する、③財務モデルの作り方が3表モデルと根本から異なる。その分だけ参入障壁が高く、早くから専門性を武器にできる部門です。
FIGのカバレッジ範囲:5つのサブセクター
図の通り、同じ「金融」でもサブセクターごとに収益構造・評価手法・規制が異なります。銀行・保険はBSが重く規制資本の制約を強く受ける一方、アセットマネジメントやフィンテックはBSが軽く、一般事業会社に近い評価も可能です。この違いを最初に押さえることがFIG理解の第一歩です。
仕事の内容は他のカバレッジ部門と同じく、M&A助言(買収・売却・経営統合)、資本調達、資本政策の助言が中心です。ただしFIGでは、劣後債やその他の資本性証券の発行支援など、規制資本の調達という独自の案件類型がある点が特徴的です。
なぜ評価手法が違うのか:EV/EBITDA不可とP/B×ROE
FIG志望者が面接で最も問われるのがこの論点です。銀行・保険の評価でEV/EBITDAが使えない理由は、次の2点に集約されます。
①金利が「本業」だから。事業会社の評価では、支払利息を除いた営業利益やEBITDAを「本業の稼ぐ力」とみなします。しかし銀行では、預金で調達して貸出で運用する金利の受け払いこそが本業です。利息を除外するEBITDAという指標は、銀行では本業の収益を消してしまい意味を持ちません。
②ネット・デットが定義できないから。EV(企業価値)は「株式価値+ネット有利子負債」として計算しますが、銀行の預金や社債は買収時に返済すべき「借金」ではなく、事業に不可欠な原材料です。事業用負債と財務用負債を区別できないため、EVそのものが成立しません。
したがってFIGでは、株式価値ベースの指標を使います。代表がP/B(株価純資産倍率)とP/E(株価収益率)、配当に着目したDDM(Dividend Discount Model、配当割引モデル)、保険ではエンベディッド・バリュー(EV=Embedded Value)です。なお保険のEVはEnterprise Valueとは別物なので、略語の混同に注意してください。
整数設例:P/BはROEで決まる
定常成長を仮定すると、理論P/Bは次の簡便式で表せます(DDMから導出される関係式です)。
理論P/B =(ROE − g)÷(r − g)
(r=株主資本コスト、g=利益・配当の永久成長率)
r=10%、g=5%を共通とした整数設例で確認します。
| ケース | ROE | r(株主資本コスト) | g(成長率) | 理論P/B |
|---|---|---|---|---|
| A:高収益 | 15% | 10% | 5% | 2.0倍(=10%÷5%) |
| B:資本コスト並み | 10% | 10% | 5% | 1.0倍(=5%÷5%) |
| C:低収益 | 8% | 10% | 5% | 0.6倍(=3%÷5%) |
読み方はシンプルです。ROEが株主資本コストrを上回る分だけP/Bは1倍を超え、ROE=rならちょうど1.0倍、下回れば1倍割れになります。金額で確認すると、自己資本1,000億円・当期純利益150億円(ROE15%)の銀行が理論通りP/B2.0倍で評価されれば時価総額は2,000億円。同じ自己資本1,000億円でも純利益80億円(ROE8%)ならP/B0.6倍で時価総額600億円です。自己資本の額が同じでも、収益力の差で株式価値が3倍以上変わります。これが「金融機関の価値はROEで説明する」という感覚です。DDMの具体的な組み方やエンベディッド・バリューの計算は、記事末の関連記事で扱っています。
規制資本という制約:バーゼル規制とソルベンシー規制の骨格
FIGのもう一つの特殊性が規制です。ここでは案件理解に必要な骨格だけを押さえます(詳細な定義や水準は必ず記事末の一次資料で確認してください)。
銀行:バーゼル規制。国際的な枠組みとして、銀行は「自己資本比率=自己資本÷リスクアセット」を所定の水準以上に保つことが求められます(日本では金融庁の告示等により国内実装)。買収でのれんが発生したりリスクアセットが増えたりすると比率は低下するため、FIGのM&Aでは「買収後も所要比率を満たせるか」「増資が必要になるか」がストラクチャーを決める最重要論点になります。
保険:ソルベンシー規制。保険会社には保険金支払能力に関する規制があり、日本ではソルベンシー・マージン比率が用いられてきました。欧州はソルベンシーIIという経済価値ベースの枠組みで、日本でも経済価値ベースのソルベンシー規制の導入が進められています。M&Aや資本政策はこの規制比率への影響とセットで検討されます。
実務上のポイントは、事業会社のM&Aで行うEPS希薄化・増価分析に加えて、FIGでは「規制資本比率への影響」の分析が必ず入ることです。この一点だけでも、FIGのモデルが他部門と別物であることが分かります。
日本のFIG案件の特徴:地銀再編と保険M&A
地銀再編。人口減少と低金利環境の長期化により地域銀行の収益環境は厳しく、経営統合や持株会社化による再編の流れが続いています。統合を後押しする制度整備(独占禁止法の特例法など)も行われており、地域金融の再編は日本のFIGにとって継続的な案件テーマです。
保険M&A。国内保険市場の成熟を背景に、大手保険グループが海外保険会社の買収で成長を求める動きが2010年代以降の大きな潮流です(一般的傾向としての記述です)。日本のFIGにいながらクロスボーダーM&Aの経験を積みやすい領域といえます。
このほか、銀行と証券の連携、金融機関によるフィンテック企業への出資など、100%買収に限らない資本業務提携・少数出資の形態が多いのも金融セクターの特徴です。個別の銀行・保険会社の案件については、必ず各社の開示資料など一次情報で確認してください。
キャリアとExit:専門性の希少価値とトレードオフ
FIGで身につく銀行・保険の会計・規制・モデリングの知識は習得コストが高く、代替されにくい専門性です。Exit先としては、金融機関の経営企画・財務戦略部門、金融セクターに投資するPEファンドや投資部門、他ファームのFIGチームなどが代表的です(一般的な傾向であり、個人の経験・実績によります)。
一方で、一般事業会社を対象とするPEやコーポレート・ディベロップメントへ移る場合には、業界特化の経験をどう一般化して語るかという説明が必要になることがあります。「専門性の希少価値」と「適用範囲の広さ」はトレードオフです。FIGを志望するなら、この両面を理解した上で「金融機関の再編・資本政策を専門にしたい」という軸を持てるかが判断基準になります。
面接での答え方(30秒回答例)
Q:FIGの特殊性を踏まえて、なぜFIGを志望するのですか?
「FIGは顧客のバランスシート自体が商品であるため、EV/EBITDAではなくP/B×ROEやDDMといった独自の評価体系と、バーゼル規制など規制資本への理解が求められる点に高い専門性があると考えています。理論P/Bが(ROE−g)÷(r−g)で決まるように、金融機関の価値は資本コストを超えるROEを持続できるかに集約されます。地銀再編や保険の海外M&Aなど構造的なテーマが続く中で、評価と規制の両面から金融機関の経営を支える専門性を早期に築きたいため、FIGを志望します。」
よくある質問(FAQ)
FIGでは本当にEV/EBITDAを使わないのですか?
銀行・保険の評価では使いません。金利が本業でありネット・デットが定義できないため、EVもEBITDAも前提が成立しないからです。ただし、アセットマネジメントやフィンテック、金融関連サービスなどBSが軽いビジネスでは、EV/EBITDAやEV/Salesを使うことがあります。
FIGは他部門よりモデリングが難しいですか?
難しいというより
まとめ
FIG(金融機関グループ)は、銀行・保険・証券・アセットマネジメント・フィンテックをカバーする投資銀行の業界部門であり、「BSが商品」という業界特性ゆえに、P/B×ROE・DDM・エンベディッド・バリューという独自の評価体系と、バーゼル規制・ソルベンシー規制という規制資本の理解を武器にします。理論P/B=(ROE−g)÷(r−g)の関係が示す通り、金融機関の価値は「株主資本コストを超えるROEを稼げるか」で決まります。地銀再編や保険の海外M&Aなど日本でも案件テーマは豊富で、早期に専門性を築きたい人にとって有力な選択肢です。
出典・参考(2026-07-19確認)
- 国際決済銀行(BIS)「The Basel Framework」(バーゼル規制の統合フレームワーク) https://www.bis.org/basel_framework/
- 金融庁ウェブサイト:バーゼル規制(自己資本比率規制)関連の告示・解説資料
- 金融庁ウェブサイト:ソルベンシー・マージン比率および経済価値ベースのソルベンシー規制に関する公表資料
- EIOPA(欧州保険・企業年金監督機構)「Solvency II」関連資料
※本記事は教育目的の一般的な解説であり、法務・税務・投資助言ではありません。設例は理解のための仮設例です。