この記事で分かること
- 事業会社のモデルがそのまま通用しない理由——銀行は「バランスシートが損益を生む」ビジネスであること
- 貸出残高→純金利収益→信用コスト→純利益までを1つの設例で通す最小モデル
- 規制資本(自己資本比率)が成長の制約になる仕組みと、評価がP/B・配当割引型になる理由
導入:売上の出どころが違う
事業会社のモデルは「売上を予測し、費用を差し引く」——損益計算書が主役でした。銀行では順序が逆転します。貸出や有価証券というバランスシート上の資産が利息を生み、預金という負債が調達コストを決める。つまりBSを先に計画しないと、PLの1行目すら書けません。ここが業種別モデリングの中で銀行が「別世界」と呼ばれる理由です。
結論
- 銀行モデルの順序は残高計画→利回り・調達コスト→純金利収益→非金利収益→経費→信用コスト→税→資本チェック。PLではなくBSから書き始める。
- 利益の源泉は利ざや(貸出利回り−調達コスト)×残高。だから金利環境と残高成長の前提がモデルの生命線になる。
- 負債(預金)は銀行にとって「原材料」であり、EV(企業価値)とネットデットの区別が意味を失う。評価は株式価値ベース——P/B×ROE、配当割引モデルが軸になる(詳細はDDMと金融機関の評価入門)。
基礎:最小モデルを1本通す
| 項目 | 金額 | 計算 |
|---|---|---|
| 貸出等の資産残高(平残) | 10,000 | 残高計画が起点 |
| 純金利収益(NII) | 150 | 10,000×(利回り2.0%−調達0.5%) |
| 役務取引等利益(手数料) | 30 | 非金利収益 |
| 業務粗利益 | 180 | 150+30 |
| 営業経費 | (90) | 経費率(OHR)50% |
| 信用コスト | (30) | 残高×0.3% |
| 税引前利益/当期純利益 | 60/42 | 税率30% |
自己資本を600とすればROEは42÷600=7.0%、総資産10,000に対するROAは0.42%。銀行のROAが1%を大きく下回るのは正常で、その薄い利ざやを十数倍のレバレッジ(総資産÷自己資本)で増幅してROEにしている——この構造を言えると、銀行ビジネスの理解として一段深くなります。
信用コスト:銀行版「原価」の考え方
貸出は必ず一部が焦げ付きます。その期待損失を先回りして費用化するのが貸倒引当金の繰入(信用コスト)です。モデル上は「残高×信用コスト率」で置くのが第一歩で、景気後退シナリオでは率を引き上げます。ストックとしての引当金残高と、フローとしての繰入額を混同しないこと。近年は将来予測を織り込む会計(フォワードルッキング引当)への流れがあり、好況期でも引当が積まれる方向にあります。
規制資本:成長の上限を決める制約条件
銀行は自己資本比率規制(バーゼル規制)の下にあり、リスクアセットに対して一定以上の自己資本を持たねばなりません。ここからモデルに独特の連立が生まれます——貸出を増やす(リスクアセット増)には資本が要る。資本を厚くするには利益を貯めるか増資する。配当を増やせば資本蓄積は遅れる。成長・配当・自己資本比率の3つは同時には最大化できない。銀行モデルの最終チェックは「計画期間を通じて規制比率を満たしているか」であり、ここが事業会社モデルの「現金がマイナスにならないか」に相当します。
実務での組み方:手順テンプレート
- ①残高計画:貸出・有価証券・預金の成長率を置く(市場全体の伸び×シェアの発想)。
- ②利回り設定:新規実行金利と既存ストックの入替を意識しつつ、まずは平残×平均利回りで簡便に。
- ③非金利収益・経費:手数料は残高や取引量に、経費はOHRの目標水準に紐づける。
- ④信用コスト→純利益→資本:利益から配当を引いた分が自己資本に積み上がり、翌期のリスクアセット許容量を決める——この循環を回す。
面接での聞かれ方
「なぜ銀行はEV/EBITDAで評価しないのですか」——EBITDAの前提(金利は資本構成の話で事業と分離できる)が崩れているから、が核心です。銀行にとって利息は売上原価そのものであり、「金利控除前の利益」に意味がありません。だから株式価値に直接寄るP/B・PER・配当割引モデルを使う、と一気通貫で答えます。続けて「P/BはROEと資本コストの比較で水準が決まる」まで言えれば十分です(DDMと金融機関の評価入門)。
よくある誤解
- 「預金が多い銀行は借金まみれで危険」——預金は銀行の原材料。危険かどうかは資産の質(信用コスト)と資本の厚みで測る。
- 「ROAが0.4%は低収益で問題」——レバレッジ後のROEで見るのが業界の作法。ROA単体の絶対値を事業会社と比較しない。
- 「金利が上がれば銀行は必ず儲かる」——調達コストの追随速度、保有債券の評価損、借り手の信用悪化が同時に動く。方向は概ね追い風でも、無条件ではない。
まとめ
- 銀行モデルはBSが起点。残高×利ざやが利益の源泉で、信用コストが原価、規制資本が成長の制約。
- 設例の錨:NII150→業務粗利180→純利益42、ROE7%・ROA0.42%。
- 評価は株式価値ベース(P/B・DDM)。「なぜEV系が使えないか」を自分の言葉で。
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本記事について
本文中の数値例はすべて理解のための設例であり、実在の企業・案件とは関係ありません。制度・実務慣行に触れる箇所は一般的傾向の整理です。個別案件への適用時は必ずその時点の一次情報・専門家にご確認ください。