この記事で分かること

  • プレマネー・ポストマネーと希薄化の計算を設例で通す——1株いくらで、誰が何%持つのか
  • 優先株(残余財産優先分配権)が「同じ会社の株なのに値段が違う」を正当化する仕組み
  • キャップテーブルの管理、コンバーティブル投資(J-KISS等)、そしてPE(バイアウト)との構造差

導入:利益がない会社に値段をつける世界

DCFもEBITDAマルチプルも、利益やCFがあって初めて機能します。創業3年目・赤字・売上急成長のスタートアップにはどちらも直接は使えません。VCの世界では「次の資金調達までに何を証明するか」を単位に、逆算で値段が決まる——この独特の値付けロジックと、それを支える法的な仕掛け(優先株)を理解するのが本記事のゴールです。

結論

  • 調達の基本式はポストマネー=プレマネー+調達額。投資家の持分=調達額÷ポストマネー。既存株主は必ず希薄化するが、価値が上がっていれば「持分は減っても金額は増える」
  • VC投資は普通株ではなく優先株。下振れ時に投資額を先に回収できる権利(残余財産優先分配権)が付くため、同時点の普通株より高い値段を払える。
  • 誰が・何株・どの種類を持つかの台帳がキャップテーブル。ラウンドを重ねるほど複雑化し、Exit時の分配計算はこの台帳がすべて。

基礎:プレ・ポストと希薄化

表1:シリーズAラウンドの設例(単位:百万円)
項目計算
プレマネー評価額400交渉で決まる
調達額100
ポストマネー評価額500400+100
投資家持分20%100÷500
1株価格(既存80株の場合)5400÷80、新株20株発行

創業者の持分が100%→80%に下がっても、手元の価値は「500×80%=400」でプレマネー全額。希薄化=損ではなく、評価額が上がる限り希薄化は「分け前の再配分」にすぎない——この算数を関係者全員が共有しているかが、交渉の健全さを決めます。なおストックオプションプールをポストで10%確保する場合、その分は実質的にプレマネー側(既存株主)の負担になる点が頻出の交渉論点です。

優先株:下振れ保険つきの株式

上の投資家が1倍・非参加型の残余財産優先分配権を持つとします。会社が300で売却された場合——評価額500を下回る残念な出口——分配はこうなります。まず投資家が投資額100を回収。残り200を普通株主が分け合う(非参加型なので投資家は優先分配と普通株換算のどちらか有利な方を選ぶ。300×20%=60<100なので優先分配を選択)。投資家は100を守り、創業者側は200。もし全員普通株なら投資家の取り分は60でした。この下振れ保護があるから、投資家は高いポストマネーを受け入れられる——「評価額」と「実質的な経済条件」が別物である理由がここにあります。参加型・複数倍の優先権になるほど投資家有利になり、表面の評価額はさらに吊り上げられる——ヘッドラインの評価額だけでユニコーンを語れないのはこのためです。

コンバーティブル投資とキャップテーブル管理

  • コンバーティブル(転換型)投資:シード期は評価額の交渉自体が難しいため、「次のラウンドの価格で株に転換する」約束で先に資金を入れる。転換時の上限評価額(バリュエーションキャップ)や割引(ディスカウント)が実質的な値段の交渉になる。米国のSAFE、日本のJ-KISSがこの型の代表。
  • キャップテーブル:ラウンドごとの株式種類・株数・オプションを一覧化した台帳。転換や希薄化調整(ラチェット等)が絡むと手計算では追えなくなるため、Excelで「完全希薄化ベースの持分」を常に1枚で見られる形に保つのが実務の基本。

PE(バイアウト)との構造差

表2:VCとバイアウトPEの対比
観点VCバイアウトPE
持分マイノリティ(10〜30%)マジョリティ(支配権)
負債原則使わないLBOで積極活用
リターンの型少数の大当たりが全体を牽引(べき乗則)全案件で着実に2〜3倍を狙う
支配指標持分×Exit評価額(倍率文化)IRR・MOIC(時間も管理)

VCが「何倍になるか」を語り、PEが「何年で何倍か(IRR)」を語るのは、ポートフォリオの当たり方の違いから来る合理的な文化差です(IRRとMOICの関係はIRRとMOICの計算と使い分け、LBOの構造はLBOモデルの作り方)。

面接での聞かれ方

「ポストマネー500億円のスタートアップの『価値』は500億円ですか」——最新ラウンドの優先株の条件を確認しないと答えられません、が正解の入口です。優先分配権つきの株の値段×全株数という掛け算は、条件の異なる既存株の価値を過大に見積もる可能性がある。下振れシナリオでの分配(ウォーターフォール)まで見て初めて普通株の実質価値が分かる——ここまで言えると、単なる用語暗記でないことが伝わります。

よくある誤解

  • 「希薄化は創業者の損失」——評価額が上がる調達なら、持分率は下がっても保有価値は増える。率と額を分けて考える。
  • 「評価額=会社の値段」——優先株の条件次第で、同じ評価額でも経済実態は大きく違う。
  • 「VCもIRRで動く」——ファンドとしてはIRRも見るが、案件選別は「ファンドを返せる規模の大当たりか」が支配的。バイアウトの発想を持ち込むと選別を誤る。

まとめ

  • 設例の錨:プレ400+調達100=ポスト500、投資家20%・1株5。Exit300なら1x非参加優先で投資家100・普通株側200。
  • 優先株の下振れ保護が高い評価額を支える。ヘッドラインの評価額と経済条件を分けて読む。
  • VCとPEは持分・負債・リターンの型が根本から違う。転職・面接でも混同しないこと。

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本記事について

本文中の数値例はすべて理解のための設例であり、実在の企業・案件とは関係ありません。制度・実務慣行に触れる箇所は一般的傾向の整理です。個別案件への適用時は必ずその時点の一次情報・専門家にご確認ください。