この記事で分かること
- ボーイング747の開発・量産(1966〜1972年)が、同社の監査済み年次報告書の数字にどう表れているか
- 「400機で原価を平均化する」という会計上の前提と、損益分岐の機数との違い。前提を下げたときに損益に何が起きるかを単純化した設例で確かめる
- 受注前の大型投資を、前提数量・運転資本(在庫と前受金)・更新型の銀行与信と利払いの3点で点検する方法
想定読者:設備投資・新製品の投資判断、融資審査、事業会社の財務に関わる方
前提知識:損益計算書と貸借対照表の基本、損益分岐点の考え方
1966年、ボーイング社の年次報告書は、取締役会が大型旅客機747の計画に着手の決定を下したと株主に伝えた。費用と全体の財務リスクは同社のどの民間機計画よりも大幅に大きいが、利益の可能性はそのリスクに見合う、とも記している1。
教科書なら、ここでNPV(正味現在価値)を計算したくなる。だが747について今回の調査では、当時の需要予測・割引率・損益分岐機数を示す公開資料は確認できず、事前の判断を数字で再現できない2。残っているのは、毎年の監査済み財務諸表と経営陣の説明である。本稿はそれを事後に読み、受注前に巨額を投じる計画が、会計上の前提数量、在庫と前受金、銀行与信の更新を通じて財務にどう現れたかをたどる。数字はすべて会社自身の開示であり、独立した資料で裏付けられたものは一部にとどまる点を断っておく。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 1966年 | 取締役会が747の開発・生産を決定。パンナムが最初に25機を発注し、年末の受注は計93機。株式・転換社債・シニアノート・銀行与信で資金を手当て |
| 1967年 | 747の新規受注53機。下請配分を「200機ベース」で試算 |
| 1968年 | 747の新規受注20機。報告書は大手航空会社の初回発注の一巡などを挙げる |
| 1969年9月 | エンジンの納入遅れで30機の引渡し延期を発表 |
| 1969年 | 747の引渡しは4機。税引前で損失。追加の資金手当てと銀行与信契約の改定が必要と表明 |
| 1970年1月 | パンナムが747の定期運航を開始(21日、ニューヨーク〜ロンドン) |
| 1970年 | 747の引渡し92機。従業員を46,000人削減。209百万ドルのリボルビング与信は全額が使われ、1971年1月1日付で3年返済の貸付に転換 |
| 1971年 | 747の新規受注3機、引渡し69機。年次報告書が「400機」の原価平均化を記す |
| 1972年2月 | 新しい銀行与信契約(枠409百万ドル)に切り替え |
| 1972年 | 747の引渡し30機、累計195機(編集部の計算) |
1966年——受注を集め、資金を先に手当てする
年次報告書によれば、747の価格は1機約2,000万ドルで、パンナムが25機で最初に発注し、1966年末の受注は計93機に達した3。同じ年、会社は株式の発行で約1.12億ドル、転換劣後社債(株式に転換でき、返済順位が低い社債)で1.3億ドルを調達し、機関投資家から無担保のシニアノート(返済順位が優先する債券)1.75億ドルの引受けの約束を得て、商業銀行とはリボルビング与信(枠内で借入と返済を繰り返せる融資)などで枠合計4.01億ドルを整えた。1966年の設備投資は2.946億ドルである。顧客の航空会社への延払い債権やリース機からなる「ジェット輸送金融」も前年末から1.76億ドル増え、資金需要の大きな要因になった4。延払いやリース機では、代金の回収まで会社が資金を立て替えるからだ。これらは747専用の資金ではなく、全社の設備拡張・顧客金融・運転資本に充てられた。
1966年版は、747と737、短距離攻撃ミサイル(SRAM)、超音速旅客機(SST)の試作などを並行して進めるため、大規模な人員・設備の拡張に入ったと記す。1970年版は振り返って、設備への重い投資が新機種の開発費と重なり、しかも人件費と金利が上がる時期だったと説明する5。後者は事後の当事者の説明で、自己正当化を含みうる。
受注の伸びが止まり、エンジンが遅れた
747の新規受注は、報告書の記述では1967年53機、1968年20機、1969年25機、1970年23機、1971年3機と推移した。累計は1970年末で29社から204機である6。1968年版は受注減の理由として、航空会社の収益や資金調達の負担、大手航空会社による747の初回発注の一巡、3発の中型機との比較による機材計画の見直しなどを挙げる。
1969年には、エンジンの納入遅れで30機の引渡し延期を9月に発表し、年内の引渡しは訓練・路線確認用の4機にとどまった7。遅れの事実は、顧客側のパンナム歴史財団の展示や、専門誌に載った Langston(2011)の解説でも確認できる。同年版は、設計・開発・試験・初期生産の非経常的な費用が年初の予想を大きく超え、最初の4機の引渡しでは利益を計上できなかったと記す8。
1970年1月21日にパンナムがニューヨーク〜ロンドンで定期運航を始め、同年の引渡しは92機に増えた。1970年版は初年度に98機が18社の塗装で約700万人を運んだと記す(会社の説明)。ただし年末の工場完成は累計116機で、引渡しの累計96機との差は20機ある(編集部の計算。引渡しが済んでいない理由は書かれていない)。報告書は別に、月7機だった生産ペースの引下げを記す9。全社の人員は1969年に25,576人、1970年に46,000人が削減され、1970年末は62,700人となった10。
400機で原価を平均化する——報告書に書かれた会計の前提
まず原価の計上方法を見る。会社は、商用ジェット計画の研究・開発・基礎設計の費用を発生した期に費用処理し、資産に計上しないと記す。一方、固定価格契約の仕掛品は、かかった原価の総額から、契約全体の見積総原価にもとづく「引渡しの見積平均原価」を差し引いて計上する11。1機を引き渡すたびに、その機体の実際の原価ではなく、計画全体の平均原価が売上原価になる。
1971年版と1972年版は、747の発生済み・見込みの生産費と工具費を、経営陣が「保守的」と考える400機の市場見通しで平均化していると書く12。400機は原価計上のための前提で、何機売れば採算がとれるかという損益分岐の機数ではない。1967年版にある「200機ベース」も、下請への発注額を州別に示すための試算で、別の数字である。
見積った計画の原価が販売価格の総額を超える見込みになれば、その分を当期の損失として仕掛品を切り下げる、とも注記されている13。ただし、この方針が747にいつ、いくら適用されたかは開示されていない。1970年版は、業界の慣行として、生産期間の長い計画に関わる多額の金額が仕掛品に含まれ、その一部は1年以内に実現しない見込みだと記す14。
編集部の整理では、この考え方は、見込み数量全体で原価を平均化する、いわゆるプログラム会計(program accounting)に近い。共通するのは、平均原価で計上し、初期の機体ほど高くつく原価との差額を在庫に残して後の機体で回収する点だ。ただし、研究開発・基礎設計の費用は平均化の対象外と記されており、前提の見直しの頻度は開示されていない。当時の開示だけでは、現在の制度と同じとは断定できない。工場で年間の予定生産量をもとに固定費を製品に割り振るのと同じく、母数の置き方しだいで1単位あたりの原価が変わる。
前提機数を下げた場合を設例で確かめる。
単純化した設例:想定機数を下げると何が起きるか(単位:億円)
- 機数に関係なくかかる固定費(工具・治具・量産準備など)が1,200億円、1機ごとの変動費が12億円、価格は1機18億円
- 会社は想定400機で固定費を平均化し、これまでに180機を引き渡した
- その後、想定を250機に下げる。学習効果・利息・税は考えない
- 想定400機は仕組みを示すため報告書の前提と同じ値とし、費用・価格・引渡し機数は架空
想定400機なら1機あたり原価は15億円で、1機ごとに3億円の利益が出る。180機を引き渡した時点で利益540億円を計上し、原価に配られていない固定費660億円が在庫に残る。ここで想定を250機に下げると、残りの70機でその660億円を負担し、1機あたり原価は約21.4億円と価格を上回る。既計上の利益を据え置いて残りを配賦し直すと、残り70機で合計約240億円の損失が見込まれる。損失の認識の時期と額は会計方針による。それでも計画全体では300億円の利益で、この設例の損益分岐は200機である。前提数量が楽観的なほど初期の利益は大きく見え、見直しの後に損失が集中しうる。前提数量と損益分岐数量は、別の問いに答える数字だ。
在庫が積み上がり、前受金が先に減った
量産計画の資金は、在庫(仕掛品)として寝る。顧客から受け取る前受金や中間支払がその一部を賄うが、残りは会社が負担する。年次報告書の注記から、全社の在庫と前受金を図3に示す。
在庫から前受金を差し引いた純額は、1968年末の約1,024百万ドルから1970年末の約1,491百万ドルに増えた15。ただし1970年は、引渡しが進んで在庫総額が減る一方、前受金はそれ以上に、約1,496百万ドルから約956百万ドルへ減った。前受金を仕掛品(在庫のうち製造中の部分)で割った比率は、1968年の55%から1970年40%、1971年28%へ下がっている(編集部の計算。仕掛品は図3の注)。新規の受注が細れば、次の機体の前受金が入らない。在庫が減り始めても、会社が自分で賄う部分はすぐには縮まない。
1969年版は、航空会社の資金繰りの悪化、新規受注の低迷、発注した機体の代金を払えない航空会社の例、747計画への高水準の在庫投資を挙げ、追加の資金調達と既存の銀行与信契約の改定が必要になると伝えた16。受注残は1970年に約51.8億ドルから約30.3億ドルへ、約21.5億ドル減った(編集部の計算)。会社は主な理由を同年の747型機92機の引渡しとしている17。受注残は将来の売上だが、引き渡せば減り、新規の受注で補わなければ前受金も戻らない。
利払いが利益を食い、与信は更新に頼った
全社の業績と負債を表1に示す。売上高は1970年に36.77億ドルと表の期間で最多だったが、利払い費用は1966年の10.4百万ドルから1970年の76.6百万ドルに増えた。
| 年 | 売上高 | 純利益 | 税引前利益 | 利払い費用 | 利払い前の税引前利益 | 左÷利払い | 長期債務・繰延貸方 | 株主資本 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1965年 | 2,023 | 78.3 | 149.6 | 7.5 | 157.1 | 21.0倍 | 104 | 372 |
| 1966年 | 2,357 | 76.1 | 140.6 | 10.4 | 151.0 | 14.5倍 | 513 | 564 |
| 1967年 | 2,880 | 83.9 | 144.4 | 32.3 | 176.7 | 5.5倍 | 574 | 752 |
| 1968年 | 3,274 | 83.0 | 149.6 | 33.5 | 183.1 | 5.5倍 | 587 | 810 |
| 1969年 | 2,835 | 10.2 | −14.3 | 48.7 | 34.5 | 0.7倍 | 726 | 796 |
| 1970年 | 3,677 | 22.1 | 9.4 | 76.6 | 86.0 | 1.1倍 | 700 | 809 |
1969年の税引前の損失14.3百万ドルは、利払いを足し戻すと約34.5百万ドルの黒字になる。1970年の税引前利益9.4百万ドルも、利払い前では約86.0百万ドルである(いずれも編集部の計算)。利払いを足し戻すのは、借入の影響を除いた、営業利益に近い稼ぐ力を見るためだ。利払い前の利益を利払いで割った倍率(インタレスト・カバレッジに近い指標)は、1965年の約21.0倍、1968年の約5.5倍から、1969年約0.7倍、1970年約1.12倍まで下がった。利払いそのものは1970年の売上の約2.1%にすぎないが、薄くなった利益の大半を吸収した。1969・1970年の純利益には投資税額控除の償却(設備投資に伴う税の控除を数年に分けて利益に計上する、本業の稼ぐ力とは別の項目)が含まれ、それを除いた税引後の営業利益を1970年版は1969年マイナス6.8百万ドル、1970年4.79百万ドルと記す18。
1970年末の長期債務は7.27億ドルで、うち長期の銀行借入が4.99億ドル、ほかに短期の銀行借入が1.15億ドルあった。株主資本は8.09億ドル、運転資本は6.57億ドル、ジェット輸送金融は3.16億ドルである19。2.09億ドルのリボルビング与信は全額が使われ、1971年1月1日付で3年返済の長期貸付に転換した。もう一本の2.09億ドルの枠は、12か月の期間を毎週延長していく方式で、最終の期限は1972年12月27日とされた20。1970年末の長期債務の返済予定は1973年に2.527億ドルと山があり、長期債務の約35%にあたる(編集部の計算)。1972年2月15日には枠4.09億ドルの新しい銀行与信契約に移り、配当制限を受けない留保利益(借入契約の財務制限条項のもとで配当に回せる上限)は、1970年版の2.34億ドルから0.374億ドルへ縮んだ21。配当の自由度が狭まり、条件が締まったと読めるが、理由は書かれていない。
1970年版は低収益の理由として、旅客機3機種の生産・引渡しの大幅な減少、政府案件の減少、インフレ、747の導入に伴う想定外のエンジン関連などの費用、高水準の負債の利息など7点を挙げた22。会社の説明でも複数の要因が重なり、全社の数字から747の損益だけを取り出せない。
現代の実務への応用——受注前の大型投資を3つの面で点検する
量産設備、新製品、長期の受注生産、大型システム開発など、売れる数量が決まる前に固定費が先行する投資は今も多い。設備投資の意思決定ではNPVやIRRで採否を決めるが、承認後の点検、融資の審査、投資家の分析では、747の報告書が示した次の点を確かめたい。
1. 会計上の前提数量と、損益分岐数量を分けて聞く
原価の平均化や予定配賦に使う数量は、採算の数量ではない。稟議や与信の資料に「想定◯台」とあれば、それが原価計上の母数か、需要予測か、損益分岐かを確かめる。損益分岐点分析で、固定費を1単位の貢献利益で割った数量を別に出し、受注残と見込みの受注を足した数量と比べて安全余裕を見る。前提数量を下げたときに残りの単位で見込まれる損失(設例では合計約240億円)と、その会計上の認識の時期も、あらかじめ確かめる。見直しを先送りするほど、この損失は大きくなりうる。
2. 運転資本は在庫と前受金を別々に追う
受注生産では、前受金が在庫を賄っている間は資金繰りが楽に見える。在庫の純額だけでなく、仕掛品と前受金を別々に並べ、前受金÷仕掛品の比率の推移を見る。新規受注に伴う前受金の流入が細ると、引渡しや既存契約の支払条件によっては、在庫の減少以上に前受金が減り、会社の負担が増えうる。前受金などが在庫や売掛金を上回り、運転資本の純額がマイナスになる状態をマイナス運転資本と呼ぶ。この構造は一般に受注の流入が続くことを前提とし、止まれば逆回転しうる。当時のボーイングは、前受金が在庫を賄う点は似るが、在庫は前受金を引いた純額でもプラスだった(図3)。顧客への延払いやリースで販売を支えていれば、その金融も資金需要に加える。
3. 与信は金額より形と期限を見る
契約に定めた日に期限付きの貸付へ転換するリボルバー、毎週延長していく与信、1年ごとの更新枠は、平時には長期の資金のように見える。点検するのは、更新の判断を誰がいつ下すか、満額使用や業績悪化で何が起きるか、返済がどの年に集中するか(満期の壁)、配当制限などの条件がどれだけ余裕を残しているか(コベナンツ余裕度)である。1972年の配当余力の縮小は、与信の条件が株主還元を左右した例だ。
4. 利払い前の稼ぐ力と、純利益の一時的な項目を分ける
売上が過去最高でも、利払い前の利益と利払いの倍率が1倍近くまで下がれば、金利の上昇や受注の遅れに対する余力は小さい。純利益が黒字でも、税額控除の償却や特別利益に支えられていないかを注記で確かめる。1971年の純利益42.2百万ドルにはSST中止に伴う特別利益が含まれ、それを除くと22.4百万ドルだった23。
5. 案件ではなく全社で資金需要を見る
大型案件の審査は、案件のキャッシュフローに目が行きやすい。だが返済の原資は全社から出る。並行する開発、政府案件での費用分担、顧客への金融を合わせて、全社の借入と利払いの見通しを作る。案件ごとの収支が開示されなければ、外部の分析者や貸し手が見られるのは全社の数字だけだ。
表2は、これらを稟議書や与信審査の点検欄に落とし込んだものである。
| 項目 | 確かめること | 747の年次報告書での対応 |
|---|---|---|
| 会計上の前提数量 | 原価を平均化する数量、その根拠、見直しの頻度。前提を下げたときに見込まれる損失の試算と、その認識の時期 | 1971・72年版:生産費・工具費を400機で平均化。損益分岐機数は開示なし |
| 損益分岐と安全余裕 | 前提数量とは別に、固定費÷1単位の貢献利益で損益分岐数量を出し、受注残と比べる | 報告書からは算出できない(固定費・単価の内訳なし) |
| 運転資本の両側 | 在庫(仕掛品)と前受金を別々に追い、前受金÷仕掛品の比率の変化を見る | 前受金÷仕掛品は1968年55%→1971年28%(編集部の計算) |
| 与信の形と期限 | 更新型か期限付きか、期限付き貸付への転換の時期と条件、返済の集中年、配当制限 | リボルビング209百万ドルは全額使用。1971年1月1日付で3年返済の貸付に転換。1973年に252.7百万ドルの返済 |
| 利払いと稼ぐ力 | 利払い前の利益と利払いの倍率、純利益に含まれる一時的な項目 | 1970年は倍率1.12倍(編集部の計算)。純利益に投資税額控除の償却を含む |
| 全社の資金需要 | 並行する計画、顧客への金融(延払い・リース)、政府案件の費用分担 | ジェット輸送金融は1970年末316百万ドル。SSTの費用分担は費用処理 |
限界と異説
本稿の数字はすべて会社の年次報告書によるもので、監査済みの財務諸表を含むとはいえ当事者の開示である。引渡し機数、受注、銀行与信の再編、人員の削減について、独立した資料での突き合わせはできていない。747単独の開発費・損益・損益分岐機数は開示されておらず、在庫と前受金も政府案件や他機種を含む全社の値である。747の財務を直接分析した査読論文も、今回の調査では見つからなかった。
一般向けの解説には、会社の存続が危ぶまれたとする記述や、開発費・負債総額を示す大きな金額が見られる。しかし出典が示されないものが多く、負債の額は年次報告書の連結数値と一致しない。定義の違い(与信枠、リース、保証などを含むか)の可能性はあるが、本稿では使わなかった24。1971年4月、シアトルで「最後にシアトルを去る人は明かりを消して」という看板が掲げられたことはよく知られる25。地域の景気の落ち込みを象徴する出来事だが、会社の財務状態を示す資料ではない。SSTなど並行した計画が747とどの程度資源を奪い合ったかも、報告書からは「並行して拡張した」以上のことは分からない。
よくある質問
ボーイングは747を何機売れば黒字になる計算だったのですか。
年次報告書には損益分岐の機数は書かれていません。1971・1972年版にある400機は、生産費と工具費を平均化するための会計上の前提です。
前受金が多い事業は資金繰りが安全なのではありませんか。
受注が続いている間はそうです。ただし前受金は主に新しい受注とともに入ってくるお金です。新規受注に伴う流入が細ると、条件によっては在庫の減少以上に前受金が減り、会社の負担が増えることがあります。前受金÷仕掛品のような比率の変化を、受注の動きと合わせて見てください。
まとめ——前提数量・運転資本・与信の期限を、承認の後も追い続ける
747の年次報告書は、事前の投資判断ではなく、承認後の投資が財務にどう現れるかを示す。原価は前提機数で平均化され、前受金が細ると在庫は会社の負担になり、利払いは薄い利益を吸収し、与信は更新と期限化の条件に左右された。受注前に巨額を投じる計画では、NPVで採否を決めた後も、前提数量と損益分岐、在庫と前受金、与信の形と返済の山を、毎期の数字で確かめ続けたい。
脚注
- ボーイング社年次報告書1966年版(R1)PDF p.10/印刷 p.8「Commercial Aircraft」。取締役会が747計画に go-ahead を出したこと、費用と全体の財務リスクが従来の民間機計画より大幅に大きいが利益の可能性がリスクに見合うとする記述。事前の自己評価を述べた当事者の説明で、収益見積り・割引率・損益分岐機数は示されていません。↩
- 調査の範囲(1965〜1972年版の年次報告書の通読・検索、当事者の技術論文・回想録の書誌、公開の研究文献の検索)で、747の事前の投資判断資料(NPV、割引率、需要予測、損益分岐機数)は見つかっていません。当事者の回想録(Sutter ほか)の本文は今回読めていません。このため本稿は NPV・IRR を作らず、事後の財務諸表の分析に限っています(編集部の判断)。↩
- 年次報告書1966年版(R1)PDF p.10/印刷 p.8。「$20 million」の機体、パンナムの25機、年末の受注計93機。報告書は契約総額を記していません。二次資料にはパンナムの契約総額を示すものがありますが、資料間で金額が食い違い一次史料で確認できないため使っていません。↩
- 年次報告書1966年版(R1)Financial Position 節(PDF p.16付近。この部分は OCR で確認)、PDF p.17/印刷 p.15 Sources and Uses of Funds(設備投資294.6百万ドル、ジェット輸送金融の増加176百万ドル。原本の頁画像で照合)。資金は747専用ではなく全社の設備拡張・顧客金融・運転資本・政府案件向けの合計で、747への配分は開示されていません。↩
- 年次報告書1966年版(R1)Financial Review(並行する計画と人員・設備の拡張)、1967年版(R2)PDF p.15(OCR のみ)、1970年版(R5)PDF p.6/印刷 p.4「Message to Stockholders」。1970年版の記述は事後の当事者の説明です。並行した計画が747と経営資源を奪い合ったとする見方は、報告書では「並行して拡張した」という記述にとどまり、確認できていません。↩
- 年間受注は各年版の Commercial Aircraft 節(1967年版 R2 印刷 p.9、1968年版 R3 印刷 p.12、1969年版 R4 印刷 p.6、1970年版 R5 印刷 p.7、1971年版 R6 印刷 p.8〔OCR のみ〕)、累計204機・29社は1970年版(R5)印刷 p.7。年間の数字を足しても報告書の累計とは一致しません(取消し・機種変更・集計基準の違いと推測されますが説明はありません)。累計は報告書の記載値を使っています。受注減の理由は1968年版(R3)PDF p.14/印刷 p.12 Financial Review。受注の数字はすべて当事者の開示です。↩
- 年次報告書1969年版(R4)PDF p.8/印刷 p.6。エンジンの納入遅れと引渡しの遅れの事実は、パンナム歴史財団の展示(R8。引用元はパンナムの社内報等で、原資料は未読)と Langston(2011、R9。1969年9月の Time 誌の記事を引用し、原因を JT9D エンジンのケースの変形と説明)でも確認できます。ただし「30機」という数字は会社の開示によります。↩
- 年次報告書1969年版(R4)PDF p.12/印刷 p.12 Financial Review の Earnings 節の末尾。当事者の説明です。↩
- 運航開始日は1969年版(R4)印刷 p.6 とパンナム歴史財団の展示(R8)で一致します(1月22日とする資料もありますが、便の出発が遅れたためとされます)。初年度の運航実績(98機・18社・約700万人)は1970年版(R5)PDF p.4/印刷 p.2 で、会社の宣伝的な記述を含みます。1970年の引渡し92機と工場完成の累計116機、年末の生産ペース月7機と引下げは1970年版(R5)PDF p.9/印刷 p.7。差の20機(116−96)は編集部の計算です。↩
- 1971年の受注3機は1971年版(R6)PDF p.10/印刷 p.8(OCR のみ)。人員削減は1969年版(R4)印刷 p.4(25,576人)、1970年版(R5)PDF p.6/印刷 p.4(46,000人、年末62,700人)。全社の数字で、シアトル周辺の地域の従業員数として報じられる数字とは集計範囲が異なります。↩
- 研究・開発・基礎設計費の発生時費用処理は1970年版(R5)PDF p.21/印刷 p.19 Financial Review と注記1、1968年版(R3)注記1。仕掛品を「見積総原価に基づく引渡しの見積平均原価」を差し引いて計上する記述は1969年版(R4)と1970年版(R5)の注記1(OCR で執筆担当が確認。頁画像は未照合)。↩
- 年次報告書1971年版(R6)PDF p.22/印刷 p.20、1972年版(R7)PDF p.22/印刷 p.20 の Financial Review・Earnings 節。原文は「a conservative market projection of 400 aircraft」。1969・1970年版には同じ文言が見つかりませんでした(別の表現の有無は精査していません)。損益分岐機数は1965〜1972年版のいずれにも記載がありません。「200機ベース」は1967年版(R2)PDF p.31/印刷 p.29 の Economic Impacts 節。↩
- 1968〜1971年版の注記1(R3〜R6)。一般的な会計方針の記述で、747に適用された金額と時期は開示されていません。↩
- 年次報告書1970年版(R5)注記1(OCR で執筆担当が確認。頁画像は未照合)。金額と747への配分は示されていません。↩
- 各年版の注記1(在庫)。1968年版(R3)、1969年版(R4)、1970年版(R5。原本の頁画像で照合済み)、1971年版(R6)。在庫は仕掛品と補用部品・一般資材の合計、純額はそこから前受金・中間支払を差し引いた額で、1969〜1971年の純額は報告書の記載値と一致します。1968年と1971年の内訳の値は OCR で確認しました。前受金÷仕掛品の比率は編集部の計算です。政府案件・他機種を含む全社の値で、747分は開示されていません。↩
- 年次報告書1969年版(R4)PDF p.6/印刷 p.4「Message to Stockholders」。銀行との協議について、報告書以外の独立した資料は今回見つかっていません。↩
- 年次報告書1970年版(R5)PDF p.23/印刷 p.21 Financial Review の Backlog 表と PDF p.3/印刷 p.1 Highlights(受注残3,032.6百万ドル、前年5,182.8百万ドル。うち商用は4,698百万ドルから2,680百万ドル)。減少額は編集部の計算です。↩
- 売上・純利益・長期債務等・株主資本は1970年版(R5)PDF p.24/印刷 p.22 の10年比較表、税引前利益と利払い費用は各年版の連結損益計算書(1966年版 R1 印刷 p.20、1968年版 R3 印刷 p.22、1970年版 R5 PDF p.28/印刷 p.26)。1965年の値は1966年版の比較列によります。投資税額控除の償却(1970年17.3百万ドル)と税引後の営業利益は1970年版(R5)の記述です。利払い前の利益と倍率は編集部の計算(税引前利益+利払い費用、それを利払い費用で割った値)で、厳密な EBIT とは一致しない場合があります。↩
- 年次報告書1970年版(R5)PDF p.21/印刷 p.19 Financial Position、PDF p.30/印刷 p.28 注記3、PDF p.23/印刷 p.21(ジェット輸送金融)。短期の銀行借入は注記3の114.95百万ドルです。1971年末は長期債務6.51億ドル(うち銀行4.40億ドル)、短期銀行借入約2.52億ドル、株主資本8.43億ドル(1971年版 R6)。↩
- 年次報告書1970年版(R5)PDF p.21〜22/印刷 p.19〜20 Financial Position、PDF p.30/印刷 p.28 注記3。短期借入の金利はプライムレート+1/2%、未使用枠に1/2%の手数料、短期の枠の合計は4.09億ドル。リボルバーから転換した貸付は1973年12月31日までの3年返済です。1970年の与信の再編について、報告書以外の独立した資料(議会記録・同時代の新聞・業界誌)は今回の調査で取得できていません。↩
- 返済予定は1970年版(R5)注記3(1971年103.6、1972年113.5、1973年252.7、1974年83.4、1975年62.4百万ドル)。比率は編集部の計算。新しい与信契約と配当制限は1971年版(R6)PDF p.22/印刷 p.20 Financial Position と注記3、1970年版(R5)注記3(配当制限を受けない留保利益234,020,000ドル)。↩
- 年次報告書1970年版(R5)PDF p.4/印刷 p.2「Message to Stockholders」。7点の残りは、商用計画の費用の償却と新規事業の支出です。当事者の説明で、エンジン関連の費用の金額は示されていません。↩
- 年次報告書1971年版(R6)PDF p.22/印刷 p.20 Earnings 節(特別利益前22.4百万ドル、特別利益を含めて42.2百万ドル)、PDF p.28/印刷 p.26 連結損益計算書(SST 中止に伴う費用分担の回収19.78百万ドル)。SST 計画の会社負担は費用処理され、目標原価6.25億ドルまで10%、それを超えると25%を負担する契約でした(1969年版 R4 印刷 p.12)。↩
- 年次報告書の連結数値では、1970年末の長期債務7.27億ドル、短期の銀行借入1.15億ドル(R5)、1971年末の銀行借入は長期4.40億ドルと短期約2.52億ドルの計約6.92億ドル(R6)です。1969〜1972年の純利益はいずれも黒字(1969年は税引前で損失)で、株主資本は1969年末7.96億ドル、1970年末8.09億ドル、1971年末8.43億ドルでした。開発費の総額は報告書に開示されておらず、二次資料が示す額は資料により幅があり定義も不明です。「会社を賭けた」という表現も後世の評価語で、報告書にはありません。↩
- Benjamin Cassidy, Seattle Metropolitan(2021年7月6日、R10)。地元の不動産業者2人が、ボーイングの人員削減後の悲観的な空気を皮肉る冗談として1971年4月に掲げ、2週間ほどで撤去されたと記しています。↩
参考文献(2 026年10月確認)
- R1 The Boeing Company, Annual Report 1966(Internet Archive 所蔵の原本PDF「Boeing Airplane Company Annual Reports」) archive.org (参照箇所:Commercial Aircraft、Financial Review・Financial Position、Sources and Uses of Funds、連結損益計算書。脚注1・3・4・5・18の根拠。閲覧日:2026年10月)
- R2 The Boeing Company, Annual Report 1967(Internet Archive 所蔵の原本PDF「Boeing Airplane Company Annual Reports」) archive.org (参照箇所:Commercial Aircraft(受注53機)、Financial Review、Economic Impacts(200機ベース)。脚注5・6・12の根拠。閲覧日:2026年10月)
- R3 The Boeing Company, Annual Report 1968(Internet Archive 所蔵の原本PDF「Boeing Airplane Company Annual Reports」) archive.org (参照箇所:Commercial Aircraft、Financial Review、連結損益計算書、注記1。脚注6・11・13・15・18の根拠。閲覧日:2026年10月)
- R4 The Boeing Company, Annual Report 1969(Internet Archive 所蔵の原本PDF「Boeing Airplane Company Annual Reports」) archive.org (参照箇所:Message to Stockholders、Commercial Aircraft、Financial Review、注記1・3。脚注6〜10・11・13・15・16・23の根拠。閲覧日:2026年10月)
- R5 The Boeing Company, Annual Report 1970(Internet Archive 所蔵の原本PDF「Boeing Airplane Company Annual Reports」) archive.org (参照箇所:Highlights、Message to Stockholders、Commercial Aircraft、Financial Review、10年比較表、連結損益計算書、注記1・3。脚注5・6・9〜11・13〜22・24の根拠。閲覧日:2026年10月)
- R6 The Boeing Company, Annual Report 1971(Internet Archive 所蔵の原本PDF「Boeing Airplane Company Annual Reports」) archive.org (参照箇所:Commercial Aircraft、Sales、Financial Review(Earnings・Financial Position)、連結損益計算書、注記1・3。脚注6・10・12・13・15・19・21・23・24の根拠。閲覧日:2026年10月)
- R7 The Boeing Company, Annual Report 1972(Internet Archive 所蔵の原本PDF「Boeing Airplane Company Annual Reports」) archive.org (参照箇所:Sales、Financial Review(Earnings・Financial Position)。脚注12の根拠、図1。閲覧日:2026年10月)
- R8 Pan American Historical Foundation, “Birth of the Superjet — Superjet challenges”(オンライン展示) exhibits.panam.digital (参照箇所:エンジン待ちの機体と引渡しの遅れ、運航開始日。脚注7・9の根拠。閲覧日:2026年10月)
- R9 Lee S. Langston, “Troubles,” Mechanical Engineering (ASME), vol. 133, no. 3, March 2011, pp. 46–49 enginehistory.org (参照箇所:1969年の747のエンジン問題(Time 誌1969年9月の記事の引用を含む)。脚注7の根拠。閲覧日:2026年10月)
- R10 Benjamin Cassidy, “Sign of All Times: Will Reports of Seattle Dying Ever Expire?,” Seattle Metropolitan, 6 July 2021 seattlemet.com (参照箇所:1971年4月の看板の経緯。脚注25の根拠。閲覧日:2026年10月)
※本記事は教育目的の一般的な解説であり、投資助言ではありません。本文中の財務数値・機数・与信の条件は、ボーイング社の年次報告書(当事者の開示)によるもので、独立した資料による確認は一部にとどまります。金額は当時の名目ドルです。図2の設例は理解のための単純化した設例で、実在の企業・計画の数値とは関係ありません。アイキャッチ画像は生成AIで作成したイメージで、実在の機体・工場・場面を再現したものではありません。