この記事で分かること
- マーケットアプローチの定義と、インカム・ネットアセット(コスト)アプローチとの位置づけ
- 市場株価法・類似会社比較法(類似上場会社法)・類似取引法の使い分けと留意点
- 3手法を同じ対象会社に当てはめ、1株価値の幅を整数設例で検算
- 日本のM&A・非上場株式評価での使われ方と、よくある誤解
30秒で分かる定義
マーケットアプローチ(Market Approach、市場アプローチ)とは、上場類似会社の株価倍率や類似取引の倍率、市場株価など、市場で観察される価格を基に企業価値・株式価値を評価する手法の総称です。日本公認会計士協会の企業価値評価ガイドラインは、評価アプローチをインカム・アプローチ、マーケット・アプローチ、ネットアセット・アプローチ(一般にコスト・アプローチと呼ばれるもの)の3つに分類しています[1]。マーケットアプローチは、上場している同業他社や類似取引事例など、類似する会社・事業・取引事例と比較して相対的に価値を評価します。
将来のキャッシュフローから価値を導く方法はインカムアプローチで扱い、本ページは3アプローチの一角としてのマーケットアプローチの全体像と選び方を整理します。
なぜ実務で重要なのか
M&AのFA・FASは、株式価値算定書で複数のアプローチを併用し、評価レンジを提示します。PE・VCは、投資時の価格交渉や期中の公正価値評価で、類似会社の倍率や取引事例を参照します(未上場株式の公正価値評価)。経営企画は、事業会社の買収や出資で、相手方の価格が市場でどの水準にあるかを確認します。
仕組み:マーケットアプローチの3つの手法
| 手法 | 基準にする情報 | 特徴 | 留意点 |
|---|---|---|---|
| 市場株価法 | 上場会社の市場株価(終値、一定期間の平均、出来高加重平均) | 株式の取引相場そのものを基準にする典型的な手法。上場会社同士の合併比率・株式交換比率の算定にも使われる | 出来高が異常な期間や、薄商いで売買が成立しない場合の扱いに注意 |
| 類似会社比較法(類似上場会社法) | 類似する上場会社の株価倍率(EV/EBITDA、PER、PBRなど) | 非上場会社や事業の評価に使いやすい。倍率法・乗数法とも呼ばれる | 類似会社の選定に恣意性が入りやすい |
| 類似取引法 | 類似するM&A取引の売買価格と財務数値 | 実際の取引価格が基準になる | データを正規に収集する機関がなく、一般に利用できることは少ないとされる |
各手法の意義は、ガイドラインが「マーケット・アプローチにおける評価法」として市場株価法・類似上場会社法・類似取引法を整理しています[1]。ガイドラインは、マーケット・アプローチは第三者間や市場で取引されている株式との相対的な評価のため、市場環境の反映や一定の客観性に優れる一方、成長ステージが異なる場合や類似する上場会社がない場合は評価が難しいと説明しています[1]。会計上の時価算定でも、評価技法の例として、マーケット・アプローチ(倍率法やマトリックス・プライシングなど)とインカム・アプローチが挙げられています[2]。類似会社の個別手法は類似会社比較法で扱います。
整数設例で確認する
設例(架空数値)。対象会社のEBITDAは1,500百万円、純有利子負債は2,500百万円、発行済株式数は10百万株です(自己株式・潜在株式はないと仮定します)。
①市場株価法:評価基準日前の出来高加重平均株価が900円なら、株式価値は900円 × 10百万株 = 9,000百万円です(少数株主として売買する価格の水準)。
②類似会社比較法:類似上場会社の中央値EV/EBITDAが9.0倍なら、EVは9.0 × 1,500 = 13,500百万円、株式価値は13,500 − 2,500 = 11,000百万円、1株価値は11,000 ÷ 10 = 1,100円です。
③類似取引法:類似取引の中央値EV/EBITDAが10.5倍なら、EVは10.5 × 1,500 = 15,750百万円、株式価値は15,750 − 2,500 = 13,250百万円、1株価値は13,250 ÷ 10 = 1,325円です。
④レンジの解釈:1株価値は900円〜1,325円です。②は①より1,100 ÷ 900 − 1 ≒ 22%高く、③は1,325 ÷ 900 − 1 ≒ 47%高くなっています。類似取引の倍率には、支配権の取得に伴う価格が含まれる場合があるため、少数株主の価格か支配権の価格かという目的を揃えて比べます。3つを単純に平均するのではなく、目的に合う手法に重みを置きます。
案件プロセス上の位置付け
M&Aの売り手・買い手の双方で、マーケットアプローチは、価格の初期見当(ファーストカット)と、DCFなどインカムアプローチの結果の検証に使われます。複数のアプローチの結果を並べて、評価レンジとして示すのが一般的です。PEでは、投資委員会で買収倍率を類似会社・類似取引と比べ、期中は四半期ごとの評価の根拠に使います(RVPIとNAVの読み方)。
財務モデル・Excelでの使い方
- 入力シートを分ける:類似会社の表(EV・EBITDA・倍率)、類似取引の表、対象会社の財務数値を別シートにして、倍率は表の計算で出します。
- 統計は中央値を中心に:中央値・平均・最大・最小を表示し、外れ値を除外した理由を記録します。
- EVから株式価値へ:EV − 純有利子負債(など)で株式価値を出し、自己株式を除いた株式数で1株価値にします(潜在株式の扱いは評価の前提に合わせます)。単位(百万円、百万株)を揃えます。
- 結果を比較表にまとめる:手法ごとのレンジ(最小〜最大)を一覧にします(フットボールフィールド)。
この用語をExcelで
市場株価法・類似会社比較法・類似取引法の結果を1つの表にまとめ、評価レンジとその根拠を説明できるようになる。
実務家が確認するポイントとよくある誤解
誤解1:「市場株価がそのまま企業価値である」→ 正しくは、市場株価は株式価値(少数株主の取引価格)の水準です。EVにするには純有利子負債などを加え、支配権の取得なら別の考慮が必要です。
誤解2:「類似会社が見つかれば客観的な評価になる」→ 正しくは、選定の恣意性が残ります。選定基準(業界、商品、事業規模、成長性など)と除外理由を明示します。
誤解3:「類似取引の倍率はいつでも使える」→ 正しくは、データが限られ、取引ごとに条件が違います。支配権やシナジーの対価が含まれる場合があります。
日本実務での扱い
(2026年11月時点)日本のM&Aの株式価値算定では、市場株価法、類似会社比較法、DCF法を併用する形が多く見られ、公開買付けの届出書や意見表明で算定結果が開示されます(EDINETで確認できます。一般的な実務の説明です)。非上場会社の評価では、類似会社の選定が難しいため、評価の違いを理解して使います(非上場企業の評価)。税務上の株式評価(相続税・贈与税の類似業種比準方式)は税務の評価ルールで、実務の企業価値評価とは目的が異なります。
面接・モデルテストで問われるポイント
Q:マーケットアプローチの3つの手法を、どう使い分けますか。
「上場会社なら市場株価法が基本で、非上場や事業の評価は類似会社比較法で倍率を当てはめます。類似取引法は支配権の取得価格の目安になりますが、データが限られます。結果は単純平均せず、少数株主か支配権かという目的に合わせ、DCFなど他のアプローチと並べて評価レンジにします。」
深掘りの観点:EVと株式価値の違い、類似会社の選定基準、類似取引の倍率が高く出る理由が問われます。
よくある質問(F AQ)
Q. マーケットアプローチだけで企業価値を決められますか。
A. 日本公認会計士協会のガイドラインは、複数のアプローチの結果を比較・検討して総合評価するのが実務上一般的としつつ、価値形成要因が単純で特定の評価法が適切と判断される場合は、その評価法を単独で適用する単独法もあるとしています[1]。目的と評価対象に応じて、単独法・併用法・折衷法を選びます。類似会社がない新規事業などでは、マーケットアプローチによる評価に限界があるとされています。
Q. 類似会社の倍率は何を使いますか。
A. 目的と業種で選びます。EV/EBITDAやEV/売上高、PER、PBRなどがあり、対象会社の利益水準・資本構成・成長ステージに合うものを使います。
出典・参考(2 026-11確認)
- 日本公認会計士協会「経営研究調査会研究報告第32号 企業価値評価ガイドライン」(平成19年5月16日、改正 平成25年7月3日)評価アプローチの分類、「6.マーケット・アプローチにおける評価法」(市場株価法・類似上場会社法・類似取引法). https://jicpa.or.jp/specialized_field/publication/files/2-3-32-2a-20130722.pdf(2026年11月参照)
- 企業会計基準委員会(ASBJ)「企業会計基準第30号『時価の算定に関する会計基準』等の公表」(2019年7月4日)時価の算定方法(評価技法の例). https://www.asb-j.jp/jp/wp-content/uploads/sites/4/20190704_01.pdf(2026年11月参照)
※本記事は教育目的の一般的な解説であり、法務・税務・投資助言ではありません。設例は理解のための架空数値です。