この記事で分かること
- 連結キャッシュ・フロー計算書の「現金及び現金同等物」の範囲と、3か月を「取得日から」数える判定の仕方
- 学習用の架空事例のX社で、BSの現金及び預金4,500百万円からCF期末残高4,300百万円へ、差額200百万円を注記の調整表の形で埋める手順
- 同じX社のネットデットを3つの現金定義で並べると、CF期末残高を基準にEVが最大1,000百万円(4.3%)動くこと、採用した定義を注記する書き方
想定読者:ネットデットやEV(企業価値)を計算する投資銀行・FAS(財務アドバイザリー)・PE(プライベート・エクイティ)の若手、事業会社の経理・財務担当者
前提知識:BSとCF計算書の基本(現金がどこに載るか)。ネットデットが「有利子負債から現金を引いたもの」であることが分かれば足ります。
結論:現金の定義は3つあり、CF期末残高から出発して差額を調整表で説明できれば足りる
ネットデットで引く「現金」に、BSの現金及び預金とCF計算書の期末残高のどちらを使うか迷うことがあります。両者が違う理由は、CF計算書の対象が「現金及び現金同等物」で、BSの科目分類とは別の線で引かれているからです。預金でも3か月を超える定期預金は含まれず、BSでは有価証券に載るCPが含まれることがあります。
本記事は2026年10月時点の日本基準・連結ベースの整理です。学習用の架空事例の部品メーカーX社(単位は百万円)では、BSの現金及び預金4,500からCF期末残高4,300まで、差額は200でした。この200は、3か月を超える定期預金と譲渡性預金の800と引出しが制限された預金300を引き、有価証券のうち同等物に当たる900を足した結果です。
採用する定義でEVも動くため、どの定義を使ったかを書き添えることが要点です(図表4)。
基準の定義:「3 か月」は決算日ではなく取得日から数える
企業会計審議会の「連結キャッシュ・フロー計算書等の作成基準」(平成10年)は、資金の範囲を「現金及び現金同等物」とし、現金を「手許現金及び要求払預金」、現金同等物を「容易に換金可能であり、かつ、価値の変動について僅少なリスクしか負わない短期投資」と定めました1。要求払預金には、注解で「当座預金、普通預金、通知預金」が例示されています2。この基準は企業会計基準委員会(ASBJ)が一部改正しており、2023年の改正以後、現金は「手許現金、要求払預金及び特定の電子決済手段」です3。
3か月はこの注解の例示に出てきます。「現金同等物には、例えば、取得日から満期日又は償還日までの期間が3か月以内の短期投資である定期預金、譲渡性預金、コマーシャル・ペーパー、売戻し条件付現先、公社債投資信託が含まれる。」4。数える起点は「取得日」で、決算日ではありません。ただし3か月は「一般的な例」で一律の基準ではなく、各社は会計方針に、同等物に含めた金融商品の種類と取得日から満期日・償還日までの最長の期間を書くこととされています5。本記事の設例は3か月の例示に従います。
なお、連結財務諸表規則(第2条第14号)は同じ概念を「容易に換金することが可能であり、かつ、価値の変動のリスクが低い短期的な投資」と定めています6。規則の定義文に3か月は書かれていません。
図表1は、取得日を0として、5つの投資を時間軸に置いたものです。3か月の線より左で終わる投資が同等物に入り、右へ出るものは入りません。6か月の定期預金は、決算日に残り2か月でも入りません。
商品別の判定:基準が例示しているものと、個別判断になるもの
図表2は、X社が持つ商品を基準の例示に当てはめた判定表です。譲渡性預金
| 商品 | 判定 | 理由・注意 |
|---|---|---|
| 手許現金・普通預金・当座預金・通知預金 | 入る | 要求払預金で現金に当たる。期間の判定は不要 |
| 定期預金(預入3か月以内) | 入る | 注解の例示 |
| 定期預金(預入3か月超) | 入らない | 決算日の残りが3か月以内でも預入日から判定 |
| NCD・CP(取得日から3か月以内) | 入る | 注解の例示。CPはBSでは有価証券に載り得る |
| NCD・CP(取得日から3か月超) | 入らない | 例示の期間を超える |
| MMFなどの公社債投資信託 | 条件付き | 例示は公社債投資信託。該当するかは商品内容で確認 |
| 短期国債(国庫短期証券) | 個別判断 | 例示になし。期間と価値変動リスクで判断 |
| 引出しが制限された預金 | 個別判断 | 基準の本文に明示なし。契約上「容易に換金可能」か |
| 当座借越(マイナス) | 条件付き | 現金同等物と同様に使っていれば差し引く |
引出しが制限された預金について、作成基準の本文と注解、後述の実務指針には「拘束」「担保」の語が出てきません(本記事で確認した範囲)。同等物に何を含めるかは経営者の判断に委ねられており、「容易に換金可能」という要件を満たすかを預金契約の内容に照らして判断することになります。X社では、取引保証で引出しが制限された預金300は要件を満たさないと仮定します。制限付き現金
当座借越(契約した限度額まで残高を超えて引き出せる借入れ)は逆向きの論点です。ASBJの実務指針は、限度枠を現金及び現金同等物と同様に使っている当座借越を「負の現金同等物」とし、BSで短期借入金に含めていても、CF期末残高は当座借越を引いた後の金額になるとしています。明らかに短期借入金と同様の資金調達なら、財務活動に記載します7。
設例:BSの4,500からCF期末残高の4,300へ
以下は学習用の架空事例です。部品メーカーX社(連結、単位は百万円)の決算日のBSに、現金及び預金4,500と有価証券1,000があります。譲渡性預金はX社の方針でBSの現金及び預金に載せています(仮定)。MMFは公社債投資信託に当たると仮定します。
| BSの科目と内容 | BS金額 | 同等物に含む額 | 判定 |
|---|---|---|---|
| 手許現金・普通預金 | 2,400 | 2,400 | 入る |
| 定期預金(預入3か月以内) | 600 | 600 | 入る |
| 定期預金(預入6か月) | 500 | 0 | 入らない |
| 引出し制限のある預金 | 300 | 0 | 入らない(仮定) |
| NCD A(取得日から2か月) | 400 | 400 | 入る |
| NCD B(取得日から9か月) | 300 | 0 | 入らない |
| 現金及び預金 小計 | 4,500 | 3,400 | |
| 有価証券:CP(取得日から2か月で償還) | 700 | 700 | 入る |
| 有価証券:MMF | 200 | 200 | 入る(仮定) |
| 有価証券:売買目的の上場株式 | 100 | 0 | 入らない |
| 有価証券 小計 | 1,000 | 900 | |
| 合計(CF期末残高は右列) | 5,500 | 4,300 |
図表3の右列を足すと、2,400+600+400+700+200=4,300がCF計算書の「現金及び現金同等物の期末残高」です。注記の調整表の形に直すと次のとおりです。
調整表(単位:百万円)
現金及び預金勘定 4,500 - 預入期間が3か月を超える定期預金 500 - 取得日から3か月を超える譲渡性預金 300 - 引出しが制限された預金 300 + 取得日から3か月以内に償還期限が到来する有価証券 900(CP 700、MMF 200)= 現金及び現金同等物 4,300
BSの現金及び預金4,500とCF期末残高4,300の差は200ですが、中身は「引く1,100(500+300+300)」と「足す900」です。この形式は、基準が注記を求める「期末残高の連結貸借対照表科目別の内訳」8と、規則が求める「現金及び現金同等物の期末残高と連結貸借対照表に掲記されている科目の金額との関係」9に対応するものです。
同等物に入らない投資の動きは、CF計算書の別の区分に出ます。基準は投資活動によるキャッシュ・フローに「現金同等物に含まれない短期投資の取得及び売却等」を記載すると定めています10。普通預金から6か月の定期預金500への預け替えは、投資活動の支出になります。
3つの現金定義でネットデットとEVを比べる
次に、同じX社のネットデット(有利子負債から現金を引いた額)とEVを、3つの定義で並べます。前提は次の仮定です。有利子負債は短期借入金1,500、1年内返済予定の長期借入金800、長期借入金3,700、社債1,000の合計7,000、リース負債は600、株式価値は20,000、EBITDA(利払い・税・償却前の利益)は3,000、売上高は24,000です。リース負債など負債類似項目の扱いはネットデット完全ガイドに任せます。
定義Aは図表3のCF期末残高4,300、定義BはBSの現金及び預金4,500です。定義Cは、Aから事業に必要な現金を除いた余剰現金
ネットデットは「有利子負債7,000+リース負債600-現金」、EVは「株式価値20,000+ネットデット」で計算します。Aは7,600-4,300=3,300、EVは23,300です。図表4に3つの定義を並べました。
| 項目 | A:CF期末残高 | B:BS現金及び預金 | C:余剰現金 |
|---|---|---|---|
| 引く現金 | 4,300 | 4,500 | 3,300 |
| 有利子負債+リース負債 | 7,600 | 7,600 | 7,600 |
| ネットデット | 3,300 | 3,100 | 4,300 |
| EV(株式価値20,000を加算) | 23,300 | 23,100 | 24,300 |
| EV/EBITDA(倍) | 7.8 | 7.7 | 8.1 |
| Aとの差(百万円) | 0 | ▲200 | +1,000 |
| AのEVに対する比率(%) | 0.0 | ▲0.9 | +4.3 |
図表4のとおり、Bは現金が200多いのでEVは200(0.9%)低く、Cは現金が1,000少ないのでEVは1,000(4.3%)高くなります。逆にEVで価格を合意する取引(キャッシュフリー・デットフリー)でEVを23,300に固定すると、株式価値はAで20,000、Bで20,200、Cで19,000になり、定義の差がそのまま価格の差になります。
どの定義を使うか:判断ルールと注記の書き方
ここからは編集部の見解です。基準や法令がEVの現金定義を定めているわけではなく、実務で統一された定義があるとも確認していません。次の順で考えます。
- 出発点はA(CF期末残高)にします。基準で範囲が定められ、注記の調整表でBSと照合でき、第三者が同じ数字を再現できるためです。
- Aから、使えない現金を除きます。同等物に入るが使えない現金(海外子会社で持ち出せない現金など)があれば別途引きます。
- 事業に必要な現金(Cの考え方)を除くかは、取引の交渉事項です。
- BSの現金及び預金(B)を使う場合は、3か月超の定期預金やNCDが入っていること、有価証券のCPやMMFが入っていないことを確認します。
- CF期末残高から当座借越が差し引かれている会社では、同じ当座借越を有利子負債(短期借入金)にも数えると二重に引くことになります。どちらか一方で扱います。
注記は、使った定義と調整を数字で残します。たとえば「ネットデットの現金は、連結CF計算書の現金及び現金同等物4,300から、事業に必要な現金1,000(月商の0.5か月)を除いた3,300とした」と書き、調整表への参照を付けます。比較対象の会社群(Comps)では、全社で同じ定義を使わないと倍率が歪みます。
よくある間違いと、この記事の限界
最も多いのは、決算日からの残存期間で判定する誤りです。次に、CPやMMFがBSの有価証券にあるのを見落とし、現金及び預金だけを現金とする誤りがあります。
限界も明記します。第一に、本記事は日本基準の連結ベースで、IFRS(国際会計基準)適用会社の扱いは確認していません。米国の解説にも同様の一般的な考え方がありますが、商品も制度も日本と同じではありません11。第二に、実在企業の注記例は確認しておらず、設例の数字と様式は学習用の仮定です。
実務チェックリスト
- ネットデットに使う現金が、CF期末残高・BSの現金及び預金・余剰現金のどれかを、計算式の脇に書いたか
- BSの現金及び預金とCF期末残高の差を、注記の調整表の形で項目ごとに説明できるか
- 定期預金・NCD・CPの3か月判定を、決算日ではなく取得日(預入日)から数えているか
- BSの有価証券に、同等物に当たるCPやMMFが入っていないか確認したか
- 引出しが制限された預金は、預金契約の内容を確認したうえで同等物に入れるかを決めたか
- 事業に必要な現金を除く場合に、算定方法(月商の何か月分など)と根拠を注記したか
- 比較対象の会社群で、現金の定義を全社そろえたか
よくある質問(F AQ)
決算日の時点で、満期まで3か月以内になった定期預金は現金同等物に入りますか。
入りません。判定は預入時の期間で行うため、満期が近づいても入りません。反対に、預入時に3か月以内なら、決算日に満期まで1か月でも入ります。
現金の定義を変えると、過去との比較はどうなりますか。
基準は、資金の範囲を変更した場合に、その旨、その理由及び影響額を注記すると定めています12。ネットデットの分析で定義を変えるときも、前期の数字を同じ定義でそろえ直し、影響額を示すのが分かりやすい方法です
まとめ
現金及び現金同等物は、手許現金・要求払預金などの現金に、取得日から3か月以内などの短期投資を加えた範囲です。BSの現金及び預金とは、3か月超の定期預金やNCD、引出しが制限された預金、有価証券のCPやMMFで差が出ます。X社ではその差を調整表で説明でき、CF期末残高を使う場合と比べて、現金の定義を変えるとEVが最大1,000百万円(4.3%)動きました。使った定義と調整を、数字で書き残してください。
脚注
- 企業会計審議会「連結キャッシュ・フロー計算書等の作成基準」第二「作成基準」一「資金の範囲」。引用は1998年制定時の本文(参考文献 R1)。↩
- 同「連結キャッシュ・フロー計算書等の作成基準注解」(注1)要求払預金について。「要求払預金には、例えば、当座預金、普通預金、通知預金が含まれる。」(参考文献 R1)。↩
- 企業会計基準委員会 移管指針第6号「連結財務諸表等におけるキャッシュ・フロー計算書の作成に関する実務指針」(日本公認会計士協会 会計制度委員会報告第8号を2024年7月に移管したもの)第1-5項・第2項(1)。企業会計基準第32号(2023年11月)による作成基準の一部改正で、現金は「手許現金、要求払預金及び特定の電子決済手段」とされた(参考文献 R4)。↩
- 企業会計審議会「連結キャッシュ・フロー計算書等の作成基準注解」(注2)現金同等物について。引用は注解の本文のまま(参考文献 R1)。↩
- 移管指針第6号 第2項(2)・第28項。3か月は「一般的な例」で「一律の基準を設けることは必ずしも適切ではない」とし、会計方針に「金融商品の主な種類及び取得日から満期日又は償還日までの最長の期間を記載する」とする(参考文献 R4)。↩
- 連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則(連結財務諸表規則)第2条第14号。「資金」を、現金と「現金同等物(容易に換金することが可能であり、かつ、価値の変動のリスクが低い短期的な投資をいう。)」の額の合計額と定める(現金には要求払預金と電子決済手段を含むと明記)。2026年8月7日施行の版を確認(参考文献 R2)。↩
- 移管指針第6号 第3項・第29項。当座借越の限度枠を現金及び現金同等物と同様に利用している場合は負の現金同等物を構成し、短期借入金に含めていても期末残高は控除後の金額となる。明らかに資金調達と判断される場合は財務活動に記載する(参考文献 R4)。↩
- 作成基準 第四「注記事項」1「資金の範囲に含めた現金及び現金同等物の内容並びにその期末残高の連結貸借対照表科目別の内訳」(参考文献 R1)。↩
- 連結財務諸表規則 第90条第1項第1号「現金及び現金同等物の期末残高と連結貸借対照表に掲記されている科目の金額との関係」(参考文献 R2)。↩
- 作成基準 第二 二「表示区分」1(2)「『投資活動によるキャッシュ・フロー』の区分には、固定資産の取得及び売却、現金同等物に含まれない短期投資の取得及び売却等によるキャッシュ・フローを記載する。」(参考文献 R1)。↩
- Wall Street Oasis「Cash Equivalents」。現金同等物を高い信用力と高い流動性を持つ短期の投資商品とする一般的な説明(米国の短期国債・譲渡性預金・CPなどを例示)。日本基準の3か月判定の根拠ではない(参考文献 R3)。↩
- 作成基準 第四「注記事項」2「資金の範囲を変更した場合には、その旨、その理由及び影響額」(参考文献 R1)。↩
参考文献(2 026年10月確認)
- R1 企業会計審議会「連結キャッシュ・フロー計算書等の作成基準」および同注解(平成10年3月13日の意見書に係る基準) fsa.go.jp (1998年制定時の本文。企業会計基準第32号等による一部改正は本ページに反映されていない。参照箇所:第二 一・二、第四 1・2、注解(注1)(注2)。脚注1・2・4・8・10・12の根拠。閲覧日:2026年10月22日)
- R2 金融庁「連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則」(e-Gov法令検索。2026年8月7日施行の版) laws.e-gov.go.jp (参照箇所:第2条第14号、第90条第1項第1号。脚注6・9の根拠。閲覧日:2026年10月22日)
- R3 Wall Street Oasis「Cash Equivalents」 wallstreetoasis.com (現金同等物が高い流動性・高い信用力を持つ短期の投資であるという一般的な概念の参考。米国の商品と制度の説明であり、日本基準の3か月判定の根拠ではない。脚注11の根拠。閲覧日:2026年10月22日)
- R4 企業会計基準委員会 移管指針第6号「連結財務諸表等におけるキャッシュ・フロー計算書の作成に関する実務指針」(最終改正2026年7月7日、2026年10月16日までの修正反映版) asb-j.jp (参照箇所:第1-5項、第2項、第3項、第28項、第29項。脚注3・5・7の根拠。閲覧日:2026年10月22日)
※本記事は教育目的の一般的な解説であり、法務・税務・投資助言ではありません。設例は理解のための学習用の架空事例であり、実在の企業・案件とは関係ありません。