この記事で分かること

  • ピッチブックの正体——何のための資料で、誰がどう作っているのか
  • 標準構成(案件提案型)と、1枚のスライドの解剖図
  • IBのPowerPoint実務の作法10——ジュニアが最初の3ヶ月で叩き込まれること

ピッチブックの正体

ピッチブックは、投資銀行がクライアント(企業経営陣)への提案・説明のために作る資料の総称です。用途は幅広く——M&Aの持ち込み提案(「御社は◯◯を買うべきです」)、売却プロセスの説明、資金調達の提案、定期的な市場アップデートまで。IBDジュニアの労働時間のかなりの部分はこの資料の組成に費やされ、Excel分析(Compsフットボール)の出口は多くの場合ピッチブックの1枚です。

標準構成(買収提案型の例)

表1:典型的な章立てと役割
セクション役割
エグゼクティブサマリー提案の結論を最初に。忙しい経営陣は最初の2枚しか読まない前提で作る
②市場・業界環境「なぜ今か」。再編動向・バリュエーション水準(株価基準を明記した倍率チャート)
③戦略的論拠なぜこの相手か。シナジー仮説(定量化の入口)・ポジショニングマップ
④バリュエーションフットボールチャート・Compsプレミアム分析——数枚に凝縮
⑤ストラクチャー・財務影響A/D分析・資金調達案(調達手段)・格付への含意
⑥プロセスと次のステップスケジュール(6フェーズへの接続)・体制・実績(クレデンシャル)

スライド1枚の解剖図——「1枚1メッセージ」

  • アクションタイトル:ページ上部の1文が「そのページの結論」。「市場環境」ではなく「同業界の再編は直近2年で加速しており、優良資産の争奪が始まっている」——タイトルだけ拾い読みしてもストーリーが通るのが合格線です。
  • ボディ:タイトルを支える証拠1つ(チャートか表か図解)。2つ以上詰めたくなったらページを割る。
  • 脚注:出典・基準日・前提。ここの緻密さがハウスの信用(落とし穴#20と同じ思想)。
  • この構造はICメモ1ページ目に全力)や経営会議資料にもそのまま移植できます。

PowerPoint実務の作法10

表2:ジュニアが最初に叩き込まれる作法
#作法
1ハウステンプレート厳守——色・フォント・余白は個性を出す場所ではない
2アクションタイトルで書く(体言止めの「◯◯について」は禁じ手)
3整列に妥協しない:配置ガイド・整列機能で1pxのズレも潰す
4チャートはExcelで完成させてから貼る(10手順)。PPT上でいじり始めると更新が地獄になる
5数字は必ず出典と基準日つき。「約」を使うなら丸め規則を統一
6ページ番号・機密表記・ドラフト表記の管理はテンプレの仕事にする
7更新に強く作る:株価・日付など変わる数字の場所を一覧化しておく(差し替えリスト)
8印刷して見る——画面で美しくても紙で読めない資料は多い(白黒印刷の可読性も)
9バージョン規律:ファイル名にvと日付、変更点はメールに3行で(モデルと同じ引き継ぎ思想
10チェックの型:数字の横串(本文とExcelの一致)→誤字→整列→ページ通し読み、の順で毎回同じに

バイサイド型/セルサイド型ピッチブックの構成の違い

表1で見た標準構成は買収提案型(バイサイド型)の例でした。実際のピッチブックは、どちら側のマンデート(受任)を取りにいくかで構成の重心が変わります。大きくは、買い手候補に買収を提案するバイサイド型、売却を検討する企業にプロセスを提案するセルサイド型、そして特定の提案を持たずに経営陣との関係を維持するマーケットアップデート型の3つです(3つ目が案件獲得活動全体の中でどう位置づくかはオリジネーションの記事で扱っています)。

表3:バイサイド型とセルサイド型の構成比較
観点バイサイド型セルサイド型
目的買収候補の提案と買い手FAマンデートの獲得売却プロセスの提案と売り手FAマンデートの獲得
中心メッセージ「この資産を、この論拠で、この価格帯なら買うべき」「売却するなら今であり、当社の設計なら価値を最大化できる」
バリュエーションの役割支払可能価格の目線づくり(プレミアム許容力・EPS影響・調達余力)想定買い手から見た価値レンジの提示(期待値のマネジメント)
固有のセクションターゲット候補ロングリスト、シナジー仮説、A/D分析、資金調達案想定買い手リスト(戦略的買い手・PE)、プロセス設計(相対か入札か・スケジュール)、類似案件のクレデンシャル
提案が通った後の接続候補の絞り込み、打診・LOIへ(Buy-side M&Aの全体像ティーザー・CIMの作成、オークション運営へ(セルサイドプロセスの全体像

骨格の違いを一言でいえば、バイサイド型は「買う論拠」を、セルサイド型は「売れる根拠とプロセス」を売っています。バイサイド型では、クライアントが支払える上限と支払うべき水準の間を埋める分析——シナジー仮説の定量化やEPSへの影響——が厚くなります。セルサイド型では、バリュエーションの数枚に加えて、想定買い手リストの筋の良さ(戦略適合と支払能力の両面から誰に声をかけるか)と、入札形式の選択やスケジュールといったプロセス設計(入札プロセスの戦術)が受任の決め手になります。

セルサイド型ピッチブックで示したレンジとストーリーは、受任後にティーザーやCIMへ引き継がれ、今度は買い手側がそれを赤旗チェックの目で読む——という表裏の関係にあります。つまりセルサイド型は「後工程で検証に晒される数字」を先に出す資料であり、出典・基準日・前提の管理(作法10)がバイサイド型以上に効いてきます。どちらの型でも、1枚1メッセージのアクションタイトルという原則は変わりません。変わるのは各章の厚みと、タイトルの積み上げが到達すべき結論です。

Q. 面接で「ピッチブックとは?」と聞かれたら?

A.「クライアントへの提案資料の総称で、市場環境・戦略論拠・バリュエーション・財務影響・プロセスを、1枚1メッセージのアクションタイトルで積み上げる文書です。分析の出口であり、数字の出典管理まで含めて品質と理解しています」。

Q. デザインセンスに自信がありません。

A. ピッチブックに必要なのはセンスではなく規律です——テンプレ厳守・整列・1枚1メッセージ・出典。むしろ独創的なデザインは減点です。訓練で必ず身につく種類のスキルなので安心してください。

まとめ

  • ピッチブック=提案資料の総称。ジュニアの分析はここに出口を持つ。
  • 核は1枚1メッセージのアクションタイトル。タイトルの拾い読みで物語が通るか。
  • 作法10の本質は「速く・揃えて・検証可能に」。センスでなく規律の競技。

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本記事について

本文中の数値例はすべて理解のための設例であり、実在の企業・案件とは関係ありません。制度・実務慣行に触れる箇所は一般的傾向の整理です。個別案件への適用時は必ずその時点の一次情報・専門家にご確認ください。