この記事で分かること
- 訴訟・仲裁の請求権を「段階ごとに費用を払い、見込みが悪ければやめられる投資」として評価する研究の考え方と、投資仲裁1件への当てはめの結果
- 請求額240百万ドルの事案が、勝訴時の回収見込み・敗訴確率・費用・期間・和解・放棄を順に入れると割引率5%で請求額の約10.7%の価値になるという試算の中身と、入力の推定の粗さ
- 日本のM&A・DDで係争案件を見るとき、請求額と勝訴確率の掛け算から離れて何を分けて聞くか(制度の違いの整理と設例つき)
想定読者:M&AのFA・FAS、PEの投資担当、事業会社の法務・経営企画で係争案件の評価に関わる人、監査や開示の担当者
前提知識:NPV(正味現在価値)と割引率、オプションの基本(権利であって義務ではないこと)。モデルの数式は扱わない
買収対象の会社が、販売先に対して40億円の損害賠償を求める訴訟を起こしている。売り手は「勝てば数十億円が入る」と説明し、価格の上乗せを求めてくる。逆に、対象会社が訴えられている側なら、買い手は請求額をそのまま価格から引きたくなる。どちらの場面でも、手元にある数字は請求額と、弁護士の「勝訴の見込みはおおむね半々」という所見くらいしかないことが多い。
この二つを掛け合わせた数字は、実際の価値から大きく外れやすい。勝っても請求額どおりの判決が出るとは限らず、結論が出るまでに何年もかかり、その間に費用がかかり、途中で和解も起きる。しかも当事者は、見込みが悪くなれば手を引くことができる。本稿は、この「途中でやめられる」性質をオプションの考え方で値付けした研究を読み、係争案件をM&Aの評価やDDでどう扱うかを考える。引当金と偶発債務の会計上の線引きそのものは扱わず、係争案件の経済的な価値をどう分解して見積もるかに焦点を当てる。
この記事が主に参照する研究
Jose Portela、Eduardo S. Schwartz、Jaime Aparicio Garcia(2025)「訴訟リスクと請求権の評価:リアルオプションによる接近(Litigation Risk and the Valuation of Legal Claims: A Real Option Approach)」NBER Working Paper No. 33790
- 公表:初版 2025年5月(NBER WP)。参照した版:同版(31ページ)。査読:未査読(WP)1
- データ:仮定の数値による例示(ベンチマーク)と、国家を相手にした投資仲裁で係属中の1件(請求額240百万ドル)への当てはめ。後者の入力は国連貿易開発会議(UNCTAD)が集めた終結済みの投資仲裁958件の統計などから推定2
- 方法:手続を3段階に分け、回収見込み・和解額・残りの費用が確率的に動くとしたうえで、1万本の経路を模擬し、各時点で続けるかやめるかを最適に選ぶ評価モデル(実証分析ではなく、評価手法の提案と数値例)
- 位置づけ:既存のリアルオプション理論を訴訟に当てはめ、実際の手続データで入力を推定した評価手法の提案3
請求権を「段 階ごとにやめられる投資」と見る
リアルオプションは、事業投資に含まれる「様子を見てから決められる」「途中でやめられる」という選択の余地を、オプションの評価の考え方で値付けする手法である。訴訟にも同じ構造がある。請求する側は、まず事実関係と損害額を調べ、そのうえで本格的に費用をかけるかを決め、審理の途中でも見込みが悪くなれば取り下げや和解に進める。費用を払い続けることは、次の段階へ進む権利を買い続けることに近い。訴訟をこうした入れ子のオプションとして捉える研究は1990年の研究以来、主に理論面で積み重ねられてきた4。
研究のモデルは、手続を三つの段階に分ける。第1段階は、損害が生じてから提訴するかを決めるまでの調査の期間。第2段階は、提訴を決めてから審理が始まるまでの準備の期間で、費用の大半がここに集中する。第3段階は審理から裁定(判決)までで、最も長いが、待つ時間が多く費用の出方は緩やかになる5。各段階の「残りの費用」は時間とともに減りながら上下にぶれ、0に達した時点で次の段階に移る。このため段階の切り替わりの時期そのものが確率的に決まる。
価値の側には二つの量がある。勝訴した場合に受け取れる見込み額と、和解した場合の和解額で、どちらも株価のように上下に動くとする。裁定の時点で一定の確率で敗訴し、そのときは何も受け取れない。和解は第3段階でだけ、毎月一定の確率で起きる。敗訴しても相手方の費用を負担することはないと置いている6。
やめる判断は、毎月の時点で「この先を続けた場合の価値の見込み」が「次の1か月の費用」を下回るかどうかで決まる。下回ればやめ、それまでに払った費用は戻らない。どの時点でもやめられる権利は、満期前のいつでも行使できるアメリカン型のオプションに当たり、研究はその価値を、多数の経路を模擬して各時点の継続価値を回帰で推定する最小二乗モンテカルロ法で求めた7。著者は結論で、見込みに基づいて請求を放棄できること自体がオプションにあたると要約している8。
研究が示した数字:請求額の約1割という評価
まず仮定の数値による例示がある。勝訴時の見込み額20百万ドル、和解額10百万ドル、費用は3段階で1・5・4百万ドル(計10百万ドル、期待期間は計6年)、裁定時の敗訴確率30%、割引率5%と置いた。1万本の経路のうち和解に至ったのは17.6%、途中で放棄したのは3.2%で、評価値(経路ごとの現在価値の平均)は1.1百万ドルだった。経路ごとの値は、敗訴まで続けて費用をすべて失った約−10百万ドルの塊と、勝訴・和解・放棄の散らばりに分かれた9。
感応度の分析では、勝訴時の見込み額を10百万ドルに下げると評価値は0になった。最初から進まないのが最適になり、費用も収入も生じないためである。見込み額20百万ドルのまま敗訴確率を0.4や0.5に上げた場合も、常に放棄が選ばれて評価値は0だった。総費用を半分の5百万ドルにすると評価値はほぼその分だけ上がり、和解額を引き上げる効果は見込み額を引き上げる効果より小さかった。割引率を5%から20%に上げると評価値は大きく下がった10。
次に、係属中の投資仲裁1件(請求額240百万ドル、当事者名は非公表)に当てはめた。入力はUNCTADの終結済み958件の統計から作っている。裁定に至った653件のうち請求者が勝ったのは268件で、裁定時の敗訴確率は58.9%。和解は177件(18.4%)、残る128件は理由不明の中止だった。裁定までの平均期間49.9か月から、和解の起きる確率を月0.360%とした11。勝訴した事案の裁定額は請求額の平均38%だったとして、勝訴時の見込み額を91.2百万ドル、和解額は、論文が請求額の平均35.5%と記す一方、モデルには84百万ドルを採用している(35.5%を当てると85.2百万ドル)12。費用は別の調査を基に総額10百万ドルと仮定した13。
結果の評価値は割引率5%で25.79百万ドルで、模擬した経路の58.8%が敗訴、17.4%が和解だった。投資家が25%の利回りを求めるとして割引率を25%にすると、評価値は6.21百万ドルまで下がった14。図1は、請求額から評価値までの段差を、比較のための単純な掛け算と並べたものである。
図1で読み取りたいのは段差の位置である。請求額に勝訴確率を掛けただけの98.6百万ドルは、評価値の4倍近い。勝訴しても裁定額は請求額の4割弱という縮みを入れると37.5百万ドルまで下がり、さらに期間(第1・第2段階を各1年、第3段階を約4.2年と置く)、費用、和解、放棄を入れたモデルの値はその7割弱になる。評価値は請求額の約10.7%、割引率25%では約2.6%である15。著者は、請求額が大きくても不確実性のために現在価値はずっと低くなると解釈している。
入力の推定は粗く、対象は投資仲裁の請求者側に限られる
この研究の結果は、検証済みの事実というより、手法の使い方を示す数値例として読むのが適切である。著者自身、入力は基本的な統計分析だけによるもので、専門家の知見や高度なモデルで改善できるが本稿の範囲外だと書いている。実案件は係属中で、試算が実際の帰結とどれだけ合ったかの検証もない16。
読み手が注意すべき点は三つある。第一に、入力は国家を相手にした投資仲裁の全体統計で、案件の中身(条約、争点、仲裁廷)を区別していない。勝訴した事案の裁定額の比率を、まだ結論の出ていない1件の見込み額にそのまま当てるのは強い仮定である。第二に、本文の数値に細かな食い違いがある。敗訴確率と和解の割合は件数から計算した値(58.96%、18.48%)を切り捨てて表示しているとみられ、月あたりの和解確率は表示の割合と期間から計算すると0.369%で、採用値0.360%と一致しない。これらの差が評価値をどれだけ動かすかは、編集部がモデルを再計算していないため未検証である17。第三に、モデルは上訴を置かず、和解は審理の段階に限り、当事者が互いの出方を読み合う駆け引きも扱わない。著者はこれらを今後の課題として挙げている18。
同じ問いの周辺には、理論の研究と、データに寄せた研究がある。Brian M. GrenadierとSteven R. Grenadierは、訴訟を「オプションの上のオプション」として多段階で解き、訴えの要件を厳しくすることや審理の遅延が提訴の意欲にどう効くかを理論的に分析した(2026年に学術誌掲載、要旨のみ確認)19。本研究の共著者Aparicio Garcíaの博士論文(2024年)は、投資仲裁の公開データで請求額と裁定額の差を推計し、資金提供者の内部収益率の分布を求める割引キャッシュフロー型の手法をとった(要旨のみ確認)20。
大手町プレップの考察:請求額は価格ではなく、上限の目安にすぎない
以下は編集部の推論であり、研究が検証したものではない。
第一に、係争案件の価値は、勝訴時の回収見込み、費用と期間、和解とやめる選択に分けて評価できる。研究の1件では、回収見込みの段階で請求額の6割強が消え、最終の評価値は請求額の約1割になった。ただしモデル上、やめる選択は価値を高める方にだけ働く。和解は一定の確率でその時点の価値を和解額に置き換える仕組みで、上げるか下げるかは和解額と発生条件による。日本の案件で同じ比率になる根拠もない。DDの報告書が請求額と勝訴可能性の所見だけを並べているなら、残りの要素の情報が欠けている。
第二に、割引率の選び方で評価は数倍動く。研究の1件では、5%と25%で4倍の差がついた。事業会社が自社の請求権を自社の資本コストで見るのか、第三者が高い要求利回りで見るのかで、同じ請求権に別の値段がつく。M&Aの交渉では、売り手と買い手がどちらの割引率を前提にしているかを先にそろえないと、数字の議論がかみ合わない。
第三に、研究は請求する側の評価だが、訴えられている側の負債の見積もりにも示唆がある。原告が見込みの悪い局面で手を引けるなら、被告から見た将来の支払いの分布は「請求額×敗訴確率」より小さい側に寄る。逆に、原告の費用が軽く、和解を急ぐ理由がなければ、長く争われる確率が上がる。被告側の評価では、相手方にとって続ける価値があるかを推し量ることが、自社の負債を見積もることになる。
日本の実務への応用:制度の違いを入力に反映する
研究の前提は、日本の制度とそのまま重ならない。表1に主な違いを整理した。
表1 研究のモデルの前提と、日本の制度・DDでの扱い
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| 論点 | 研究のモデル(R1) | 日本の制度(一次資料) | DDでの扱い(編集部の見方) |
|---|---|---|---|
| 敗訴したときの費用 | 敗訴しても追加の費用は生じないと置く(R1 p.10 注1) | 訴訟費用は敗訴者の負担(民訴法61条)。ただし費用の範囲に弁護士報酬が入るのは、裁判所が選任を命じた場合などに限られる(民訴費用法2条10号) | 自社の弁護士費用は勝敗にかかわらず残る前提で、段階別に見積もる |
| 和解の時期 | 審理の段階(第3段階)でだけ、毎月一定の確率で起きる | 裁判所は訴訟がどの程度進んでいても和解を試みることができる(民訴法89条) | 早い段階の和解の可能性と水準も、段階ごとに聞く |
| 判決の確定 | 裁定を最終とし、上訴は置かない(p.10) | 地裁の第一審判決には控訴、高裁の判決には上告ができる(民訴法281条・311条) | 上訴の段階を費用・期間に加える |
| 評価する立場 | 請求者または資金を出す投資家(p.9) | 他人の権利を譲り受けて訴訟などで実行することを業とすることは禁じられている(弁護士法73条) | 請求権の売却・資金提供を前提にせず、構造ごとに法的確認をとる |
| 開示との関係 | 対象外。著者は貸借対照表・開示での評価への含意に触れる(p.26) | 係争事件に係る賠償義務を含む偶発債務は、内容と金額を注記する(財務諸表等規則58条) | 注記の金額と、帰結の分布(最悪の場合・中央の値)を並べて読む |
費用の扱いでは、日本の民事訴訟は訴訟費用を敗訴者の負担としている。ただし費用の範囲を定める法律で弁護士への報酬が挙がるのは、裁判所が選任を命じた場合などに限られる21。通常の弁護士費用は勝っても負けても自社に残ると見積もるのが無難だろう(編集部の読み。個別の案件では弁護士に確認する)。和解は、研究が審理の段階に限ったのに対し、日本では裁判所が手続のどの段階でも試みることができる22。上訴の段階もあるため、第一審の判決で終わる前提は置けない23。
研究が想定する「請求権に投資する第三者」の位置づけも異なる。日本では、他人の権利を譲り受けて訴訟などで実行することを業とすることが法律で禁じられている24。個々の資金提供の仕組みがこれに当たるかは本稿では判断しないが、対象会社の係争債権を売却や資金化で早期に現金化できる前提は置かず、保有し続ける前提で評価するのが手堅い。
開示の面では、財務諸表等規則が、係争事件に係る賠償義務を含む偶発債務について内容と金額の注記を求めている(重要性の乏しいものは省略できる)25。偶発債務の注記に載る金額が「いくら請求されているか」なのか「いくら払うことになりそうか」なのかは、注記の書きぶりから確かめる必要がある。訴訟・係争DDで請求額から出発するなら、研究のような段差を一つずつ入れていくことになる。
契約への反映は、編集部の整理案として示す(研究も日本の資料も検証していない)。帰結を分布で描いた結果は、期待値をデットライクアイテムとして価格から控除するか、特別補償やエスクローで手当てするかを検討する判断材料にできる。分布の幅だけで機械的に振り分けるものではない。買収時に引き受ける偶発的な負債を公正価値で測る場面(偶発負債の評価)に同じ分解を使えるかも未検証である。
設例:弱いと分かればやめる請求権の値段
学習用の設例(架空)
- 買収対象のT社が、取引先に請求額40億円の損害賠償を求めている。勝訴した場合に回収できる見込みは16億円(請求額の4割)
- いま第1段階(証拠の精査・鑑定)に0.8億円をかけると、1年後に見通しが「強い」か「弱い」か(各50%)が分かる。強ければ勝訴確率70%、弱ければ10%
- 続けるなら1年後に第2段階の費用3.0億円を払い、判決は3年後。割引率8%。和解・上訴・費用の変動は置かない
平均の勝訴確率は40%なので、請求額に掛ければ40億円×40%=16.0億円、回収見込みに掛けても6.4億円になる。
最後まで続ける前提で現在価値を計算すると1.50億円になる。一方、1年後に「弱い」と分かった場合、その時点で続けた価値は−1.63億円と負なので、やめるのが合理的である。弱ければやめる前提では価値は2.26億円に上がり、差の0.75億円が「やめられること」の価値になる(図2)。
回収見込みを6〜24億円で動かすと、始めない選択と途中でやめる選択を合わせた価値(続ける前提との差)は、この範囲では回収見込みが小さいほど大きい(図3)。回収見込みが8億円なら続ける前提では−1.04億円と負だが、弱ければやめる前提では0.03億円とわずかに正になる。6億円まで下がると、強い場合だけ続けても第1段階の費用を取り戻せないため、始めないのが最適になる。研究のベンチマークで見込み額を下げたとき評価値が0になったのと同じ形である。反対に、弱い場合の勝訴確率が30%あれば、弱くても続けるのが得になり、やめられることの価値は0.00億円になる。
同じ請求をT社が受けている側だとすると、見え方が変わる。原告が最後まで続けると考えれば、T社の支払いの期待値の現在価値は5.08億円になる。原告が弱い場合にやめると考えれば4.45億円で、請求額の40億円とは大きく違う。ただし被告側には自社の防御の費用が別にかかり、原告がやめるかどうかは原告の費用負担や資金力にもよる。この部分は研究が扱っていない編集部の仮定である。
係争案件を評価するときの確認項目
順序や着眼点は編集部の仮の目安で、研究で検証されたものではない。
- 勝訴した場合に回収できる見込み額を、請求額と別に聞く。「請求額のうち、認められる可能性が高い部分と争いの大きい部分はいくらずつか」「類似の事案で認容額は請求額の何割だったか」
- 残りの手続を段階に分け、段階ごとの費用と期間を見積もる。第一審・控訴審の別、鑑定や証人尋問の有無を含め、「いま手を引いた場合に払わずに済む費用はいくらか」を確認する
- 見通しが変わる節目を特定する。鑑定の結果、主要な証人の尋問、中間的な判断など、そこで続けるかを決め直す時点がいつかを聞く。節目が早く、そこで分かることが多いほど、やめられることの価値は大きくなりやすい
- 和解の起き方を段階ごとに聞く。裁判所から和解の勧めがあったか、相手方の資金力や費用負担はどうか、過去の交渉で出た水準はいくらか
- 割引率を誰の立場で置くかを決める。対象会社の資本コストで見るのか、買い手の要求利回りで見るのかを明示し、両方で計算して差を示す
- 結果を一つの数字にせず、分布で示す。最悪の場合(全額敗訴または全額認容)と、中央の値、期待値を並べ、価格調整や特別補償・エスクローを検討する材料にする
よくある質問
請求額に勝訴確率を掛けた数字は、目安として使ってもよいですか。
話の出発点にはなりますが、価値の推定としては粗い数字です。研究の1件では、請求額に勝訴確率を掛けた値は、期間・費用・和解・放棄を入れた評価値の4倍近くでした。ただし、一般にどの程度過大になるかは検証されていません。少なくとも勝訴時の回収見込みと、残りの費用・期間は分けて見積もるのが安全です。
モンテカルロ法のモデルを組まないと、この考え方は使えませんか。
使えます。本稿の設例のように、見通しが分かる節目を1〜2か所に絞った意思決定ツリーでも、やめられることの価値の大きさはつかめます。研究のモデルは、その判断を細かい時間刻みで、費用や見込みのぶれも含めて行う精密版だと位置づけられます。
まとめ
Portela、Schwartz、Aparicio Garciaは、訴訟・仲裁の請求権を、段階ごとに費用を払い見込みが悪ければやめられる投資として評価するモデルを示し、請求額240百万ドルの投資仲裁1件の価値を割引率5%で25.79百万ドル、25%で6.21百万ドルと試算した。入力は投資仲裁の全体統計による粗い推定で、未査読の手法提案である。それでも、請求額と勝訴確率だけでは価値を語れないこと、価値が回収見込み・費用・期間・和解・やめる選択に分解できることは、日本のDDでも使える見方である。日本では費用の負担、和解の時期、上訴、第三者の関与の制度が違うため、入力はその違いを反映して置き直す必要がある。
脚注
- R1(NBER WP 版, 2025年5月)p.1〜2(表紙・要旨)。NBER の論文ページの Issue Date は May 2025 で、改訂の表示はない。同じ論文は NBER のシリーズとして SSRN(5250754)にも2025年5月に登録されている(Crossref の書誌)。表紙に資金提供はないと記載。共著者 Aparicio García の2024年の博士論文(R3)も投資仲裁(ISDS)の公開データを使うが(R1 は UNCTAD のデータ。R3 の要旨は「公開の ISDS データセット」とだけ記す)、R1 との標本の同一性は確認していない。手法は割引キャッシュフローによる別のもので、本稿は R3 を前身稿とは扱っていない(R1 p.4・p.7 の引用のしかたと R3 の要旨による編集部の判断)。総ページ数は31ページ(p.31 は付録)。ページは PDF の物理ページ(以下同じ)。↩
- R1 p.15〜16(3.3節・表1)、p.22〜24(4章・表2)。UNCTAD のデータは2023年12月までに終結した投資家対国家の紛争解決(ISDS)事案。費用は Hodgson, Kryvoi and Hrcka(2021)の調査に基づく仮定(p.24)。↩
- R1 p.8(2.3節)。著者は、放棄オプションをアメリカン型として扱い最小二乗モンテカルロ法で解いた点と、知る限り実際の手続データを訴訟の評価に使った唯一の論文である点を新規性として挙げる。↩
- R1 p.8(2.3節)の文献整理による。訴訟にオプションの考え方を当てはめた初期の例として Cornell(1990)、学習と継続・放棄の2段階の複合オプションとして Grundfest and Huang(2006)、3段階の確率的交渉モデルとして Antill and Grenadier(2023)、多段階の拡張として Grenadier and Grenadier(R2)が挙げられている。これらの本文は確認していない。↩
- R1 p.9〜10(3.1節・図1)。第2段階は費用が集中し期間は短く、第3段階は最も長いが待ち時間が多く費用は穏やか、と著者は置く。各段階の「残りの期待費用」は段階中に一定の率で減りながら確率的に変動し、0に達した時点で次の段階に移る(p.11〜12)。↩
- R1 p.10(3.1節・注1)、p.11(勝訴時の見込み額 V と和解額 S はともに幾何ブラウン運動で、互いに無相関と仮定)、p.13(3.2節。和解は第3段階でだけ一定の確率で起きる)。p.13 後半の手順の説明には「確率 πL で V を受け取る」と、直前の境界条件(確率 πL で0)と逆の記述があり、本稿は境界条件の記述に従った。↩
- R1 p.14(3.2節の手順3〜5)。継続価値の推定値が次の期の費用(I×dt)を下回れば放棄し、価値を0とする。評価値は、各経路を時点0から前向きにたどり、裁定・和解・放棄のうち最初に来た時点の価値を割り引き、それまでの費用の割引現在価値を引いたものを全経路で平均した値(p.14〜15)。最小二乗モンテカルロ法は Longstaff and Schwartz(2001)。↩
- R1 p.25(5章)。引用は該当文の前半。↩
- R1 p.15〜16(3.3節・表1)、p.19〜20(図6)。本文 p.15 は段階別の費用を「1・4・3百万ドル」と書くが、合計10百万ドルという記述と合わず、表1の1・5・4百万ドル(費用率1・5・1百万ドル/年、期待期間1・1・4年)と整合しないため、表1の値を採用した。和解確率は1か月あたり0.4%、勝訴時の見込み額と和解額の変動率は年25%、ドリフト0、経路は1万本・15年・月次。↩
- R1 p.20〜21(3.4節・図7・図8)。本文に記載のある結果だけを書いた。図に描かれた個々の値は本文に数値がないため用いていない。↩
- R1 p.23(4.1節)。958件=裁定653件+和解177件+中止128件。裁定653件のうち請求者勝訴268件、残り385件は国側の勝訴またはどちらの勝ちでもない結果で、著者はこれを請求者の敗訴として扱う。↩
- R1 p.23〜24(4.1節・表2)。本文は勝訴事案の裁定額について “reduced by an average of 38% of the amount claimed” と書くが、採用した見込み額91.2百万ドルは240×0.38であり、「請求額の平均38%」と読むのが計算と整合する。見込み額の変動率は表2で0.378(本文は “0.378% volatility” と表記)、和解額の変動率は0.4。↩
- R1 p.24(4.1節)。総額10百万ドルを3段階に1・5・4百万ドルで配分し、第1・第2段階は各1年、第3段階は裁定事案の平均期間49.9か月から費用率0.96百万ドル/年とした。シミュレーションの最長期間は10年。期待期間は単純に足すと約6.2年だが、和解・放棄で終わる経路では短くなる。↩
- R1 p.25(4.2節・図9)。割引率25%の評価値は本文で “6.21” とだけ書かれており、単位は文脈から百万ドルと読んだ。↩
- 請求額に対する比率、「請求額×勝訴確率」(240×(1−0.589))、「回収見込み×勝訴確率」(91.2×(1−0.589))は、R1 p.23〜25 の数値を基に編集部が計算した(finance/calc.py)。後二者は割引・費用・和解・放棄を含まない比較用の値で、論文の結果ではない。↩
- R1 p.23(4.1節)、p.22(係属中の事案で当事者名を伏せる)。↩
- R1 p.23〜24。件数からの計算は、敗訴385÷653=58.96%、和解177÷958=18.48%、和解の月次確率18.4%÷49.9か月=0.369%、和解額240×35.5%=85.2百万ドル(finance/calc.py)。論文はそれぞれ58.9%、18.4%、0.360%、84百万ドル(表2)を使っている。評価値への影響は、編集部がモデルを再現していないため確認していない。↩
- R1 p.10(裁定を最終とし上訴は今後の課題)、p.13(和解は第3段階のみ)、p.26(5章。他の手続段階、複数の当事者の戦略的な相互作用、法域ごとの手続を今後の課題とする)。著者はまた、本手法は既存の評価の代替ではなく補完であり、十分な履歴データがあれば他の紛争類型にも適用できるとしている(p.26)。↩
- R2。Crossref の書誌と要旨(SSRN 4566390 の登録は2023年9月、学術誌掲載版は2026年2月)。本文は確認していない。↩
- R3。リポジトリの書誌情報と要旨(2024年、Universidad Pontificia Comillas の DBA 論文、指導教員は R1 の共著者 Portela)。仮想の資金提供者が費用の全額を出し、裁定額の40%を受け取る場合の内部収益率を求めたと要旨にある。本文の PDF は取得できず、要旨のみ確認した。↩
- R4(民事訴訟法61条)、R5(民事訴訟費用等に関する法律2条。弁護士の報酬が挙がるのは10号の「裁判所が選任を命じた場合において当事者等が選任した弁護士又は裁判所が選任した弁護士に支払つた報酬及び費用」)。↩
- R4(民事訴訟法89条1項「裁判所は、訴訟がいかなる程度にあるかを問わず、和解を試み…ることができる」)。↩
- R4(民事訴訟法281条1項〔控訴〕、311条1項〔上告〕)。↩
- R6(弁護士法73条。あわせて72条は弁護士でない者が報酬を得る目的で法律事件の代理や和解などを業として扱うことを禁じる)。第三者による訴訟資金の提供がこれらに当たるかどうかは仕組みによるため、本稿は判断しない。↩
- R7(財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則58条。ただし書きで重要性の乏しいものは注記を省略できる)。↩
参考文献(2 026年10月確認)
- R1 Portela, J., E. S. Schwartz and J. Aparicio Garcia (2025), “Litigation Risk and the Valuation of Legal Claims: A Real Option Approach,” NBER Working Paper No. 33790. DOI: 10.3386/w33790. 参照した版:NBER WP 版(2025年5月、31ページ)。査読:未査読(WP)。 nber.org (参照箇所:PDF の物理ページ p.1〜2(表紙・要旨)、p.3〜8(1〜2章)、p.9〜15(3.1〜3.3節)、p.15〜21(表1・3.3〜3.4節)、p.22〜26(4〜5章・表2)。脚注1〜18の根拠。図1は論文の数値を基にした独自の図で、原図の転載ではない。閲覧日:2026年10月)
- R2 Grenadier, B. M. and S. R. Grenadier (2026), “The valuation of a dynamic litigation process: the lawsuit as a (real) option on an option,” The Journal of Law, Economics, and Organization. DOI: 10.1093/jleo/ewag017. 参照した版:要旨のみ(Crossref の書誌。SSRN 4566390 は2023年9月登録)。本文は未読。査読:学術誌掲載版(査読の過程は未確認)。 doi.org (参照箇所:要旨。脚注19の根拠。閲覧日:2026年10月)
- R3 Aparicio García, J. (2024), Legal Finance Analytics: a data-driven proposal of asset pricing litigation risk applied to international investment arbitration, DBA thesis, Universidad Pontificia Comillas. Handle: 11531/88833. 参照した版:リポジトリの書誌情報と要旨のみ。本文は未読。査読:学位論文(学術誌の査読は経ていない)。 hdl.handle.net (参照箇所:要旨。脚注1・20の根拠。閲覧日:2026年10月)
- R4 民事訴訟法(平成8年法律第109号)61条・89条・281条・311条。e-Gov 法令検索。 laws.e-gov.go.jp (参照箇所:脚注21〜23の根拠。閲覧日:2026年10月)
- R5 民事訴訟費用等に関する法律(昭和46年法律第40号)2条。e-Gov 法令検索。 laws.e-gov.go.jp (参照箇所:脚注21の根拠。閲覧日:2026年10月)
- R6 弁護士法
(昭 和24年法律第205号)72条・73条。e-Gov 法令検索。 laws.e-gov.go.jp (参照箇所:脚注24の根拠。閲覧日:2026年10月) - R7 財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則(昭和38年大蔵省令第59号)58条。e-Gov 法令検索。 laws.e-gov.go.jp (参照箇所:脚注25の根拠。閲覧日:2026年10月)
※本記事は教育目的の一般的な解説であり、投資助言・法務・税務の助言ではありません。研究結果は各論文の対象・期間・方法の範囲で得られたもので、日本の個別企業・案件にそのまま当てはまるとは限りません。設例は学習用の架空の数値です。アイキャッチ画像は生成AIによるイメージです。