この記事で分かること
- 個別補償・特別補償(スペシフィックインデムニティ)の定義
- 一般補償のキャップ・バスケットとの違い
- DDで発見済みの既知リスクを整数設例で個別補償として手当てする方法
- 日本のM&AでDD時に頻出する個別補償の対象事項(2026年7月時点)
30秒で分かる定義
個別補償・特別補償(Specific Indemnity、読み方:こべつほしょう・とくべつほしょう)とは、デューデリジェンス(DD)で発見された特定のリスクについて、一般的な表明保証の補償枠組み(キャップ・バスケット)とは別枠で、その項目に限定して手当てする補償です。「スペシフィックインデムニティ」とも呼ばれます。表明保証は「知らないリスク」に備える保険的な機能を持つのに対し、個別補償は「すでに知っているリスク」をピンポイントで手当てする、性質の異なる仕組みです。
なぜ実務で重要なのか
個別補償は財務DDや法務DDの成果を契約に落とし込む工程で使われます。
- 買い手:DDで見つけた既知の問題(訴訟、税務ポジション、環境汚染等)について、一般補償のキャップやバスケットの制約を受けずに、確実に手当てしたいと考えます。
- 売り手:既知のリスクである以上、価格交渉で織り込み済みと主張したい一方、買い手が個別補償を強く求める場合は応じざるを得ないのが実務です。
- FA・法務:DDのレッドフラグ事項を個別補償の別紙(スケジュール)に落とし込み、キャップ交渉とは切り離して協議を進めます。
仕組み:一般補償との違い
| 項目 | 一般補償(表明保証違反) | 個別補償 |
|---|---|---|
| 対象 | 未知のリスク全般 | DDで発見済みの特定リスク |
| キャップ・バスケット | 適用される | 適用されない(ドル・フォー・ドルで補償)のが通例 |
| 存続期間 | 一般に12〜24ヶ月 | 問題が最終解決するまで(案件による) |
整数設例で確認する
設例(架空数値・単位:百万円)。DDで、対象会社の元従業員3名から未払残業代の請求可能性が発見されました。想定される支払額は20〜60の範囲とされ、対象会社の帳簿上には30の引当金がすでに計上されていました。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 帳簿上の引当金(未払残業代) | 30 |
| 最終的な和解額 | 45 |
| 個別補償として売り手が支払う額(45-30) | 15 |
個別補償条項は「引当金の額を超える部分について、上限・免責なしで売り手が補償する」という設計にするのが実務です。買収価格はすでに帳簿上の引当金30を織り込んで算定されているため、買い手が実質的に負担すべきは引当金を超える差額15のみとなり、この15を個別補償でカバーします。仮に和解額が引当金の範囲内(例:25)に収まれば、個別補償の対象額はゼロです。
契約条項への影響
個別補償の対象事項は、SPAの別紙(スケジュール)に個別に列挙し、対象・金額の算定方法・上限の有無・存続期間を項目ごとに明記します。一般補償のキャップ・バスケットの枠外に置かれるため、通常は上限なし・免責なしの「ドル・フォー・ドル(1円単位での補償)」で設計されますが、金額の予測が難しい案件では個別補償にのみ独自の上限を設けることもあります。個別補償の対象になった事項は、法務DDで発見された表明保証の一般的な条項からは除外(カーブアウト)されるのが通例で、二重に補償を求められることのないよう整理されます。
財務モデル・Excelでの使い方
- 個別補償トラッカー:DDで発見した既知リスクを1行1件で管理し、引当金額・想定レンジ・実際の解決額・補償対象額(
=MAX(0,解決額-引当金額))を数式で自動計算します。 - 価格への織り込み確認:買収価格の算定に用いたネットデット・引当金の前提と、個別補償スケジュールの金額が整合しているかをクロスチェックします。
実務家が確認するポイントとよくある誤解
- 誤解1「個別補償があれば一般補償は不要」→ 個別補償はあくまで既知のリスクに限定されます。未知のリスクに備える一般的な表明保証・補償の枠組みは別途必要です。
- 誤解2「引当金があれば個別補償は不要」→ 引当金の見積りが不十分な場合に備え、引当金を超える部分だけを対象にする設計が一般的で、引当金の有無自体が個別補償の要否を決めるわけではありません。
- 確認ポイント:①個別補償の対象がスケジュールに明記されているか、②引当金額との関係(超過部分のみか全額か)、③個別補償と一般表明保証の重複がないよう除外されているか。
日本実務での扱い
(2026年7月時点)日本の中小企業M&Aでは、複雑な労働時間管理が背景にある未払残業代リスクが、DDで最も頻繁に発見される個別補償の対象事項の一つです。労働基準法上の割増賃金の計算や管理体制の不備は、中小企業では珍しくなく、買収価格に織り込みきれないリスクとして個別補償で手当てされます。このほか、過去の税務調査で否認リスクが指摘されていた事項や、工場・倉庫等の土地に関する土壌汚染の懸念がある場合も、土壌汚染対策法に基づく調査結果を踏まえて個別補償の対象とされることがあります。中小企業M&A特有の事情として、経営者個人が会社の債務を保証している場合の保証解除も、個別の対応事項として契約上手当てされることが一般的です(セルサイドM&Aプロセス参照)。
面接・モデルテストで問われるポイント
Q:個別補償と一般的な表明保証違反の補償は何が違いますか。
「一般補償は未知のリスクに備える保険的な仕組みで、キャップ・バスケットの制約を受けます。個別補償はDDで発見された既知のリスクをピンポイントで手当てする仕組みで、通常はキャップ・バスケットの適用対象外とし、上限なしで補償します。既知のリスクである以上、買収価格の算定でも引当金として織り込まれることが多く、個別補償は引当金を超える部分をカバーする設計にするのが実務です。」(30秒回答例)
深掘りでは「なぜ既知のリスクを一般表明保証ではなく個別補償で手当てするのか」(未知のリスクとの性質の違い、キャップの制約を避ける実務上の必要性)が問われます。
よくある質問(FAQ)
Q. 個別補償の対象になった項目は価格交渉に影響しますか?
A. 影響します。個別補償で手当てすることを条件に、価格そのものは既知のリスクを大きく織り込まずに合意する、という組み合わせで交渉されるのが一般的です。
Q. 個別補償にも存続期間はありますか?
A. あります。多くの場合、その問題が実際に解決するまで(訴訟の終結、税務調査の完了等)存続する設計にしますが、案件によっては一定の年数で区切ることもあります。
出典・参考(2026-07-25確認)
- 厚生労働省「労働基準法」関連情報 https://www.mhlw.go.jp/
- 環境省「土壌汚染対策法」関連情報 https://www.env.go.jp/
- 中小企業庁「中小M&Aガイドライン」 https://www.chusho.meti.go.jp/
※本記事は教育目的の一般的な解説であり、法務・税務・投資助言ではありません。設例は理解のための架空数値です。