想定読者:運用会社・銀行・証券会社でリスク管理や与信に関わる方、ヘッジファンドの仕組みを学んでいる方
前提知識:貸借対照表の基本(レバレッジ・VaR・ヘアカットは本文で説明します)

1998年9月23日の夕方、主要な銀行・証券会社14社は、経営難に陥ったヘッジファンド、Long-Term Capital Management(LTCM)のファンドに約36億ドルの資本を入れることで合意した。協議の場を設けたのはニューヨーク連邦準備銀行(NY連銀)だったが、連銀自身は資金を出していないと説明している1。

LTCMの取引は多くの国・市場にまたがっていた。値動きの連動が低ければ、分散によって全体の変動は抑えられると期待されていた。なぜ損失は同時に重なり、ポジションを縮めることもできなかったのか。本稿では当局の報告書と議会証言をもとに、これをレバレッジ・相関・流動性の関係として整理し、設例で確かめる。運用者の判断の当否や個人の責任は論じない。

表1 年表:設立から再資本化まで
時期出来事
1994年初め運用会社LTCMが設立され、ケイマン諸島のパートナーシップであるファンドを運用
1995〜97年手数料控除後のリターンは1995・96年に約40%、1997年は20%弱(PWG報告の表現)
1997年末投資家に約27億ドルを返還し、資本は約36%減の48億ドルに。総資産は1,290億ドル
1998年7月末資本41億ドル
1998年8月17日ロシアがルーブルの事実上の切下げと債務のモラトリアムを宣言。世界的な「質への逃避」
1998年8月損失18億ドル。8月末の資本は23億ドル
1998年9月2日投資家宛ての書簡で、8月31日までの年初来損失52%を伝え、資本の注入を求めていると知らせる
1998年9月18日〜20日LTCMからNY連銀に連絡。20日にNY連銀と財務省の担当者が事務所を訪問
1998年9月22日NY連銀が主要な取引先を招集。コア4社が作業部会を設ける
1998年9月23日別の投資家グループの買取り提案が成立せず、14社が約36億ドルの再資本化に合意
1998年10月1日NY連銀総裁とFRB議長が下院銀行委員会で証言
1999年4月大統領金融市場作業部会(PWG)が報告書を公表
出典:PWG​報告​(R1)、​NY​連銀総裁の​証言​(R2)、​FRB議長の​証言​(R3)、​連銀の​歴史エッセイ​(R4)を​もとに​編集部作成。​リターンは​資料間で​数値が​割れる​(脚注3)。

LTCMの​ファンドは​何を​持ち、​どれだけ借りていたか

LTCMは1994年初めに設立された運用会社で、ケイマン諸島のパートナーシップであるファンドを運用していた2。1999年4月の大統領金融市場作業部会(PWG)の報告書によれば、ファンドの手数料控除後のリターンは1995年・96年に約40%、1997年は20%弱だった3。同報告は、バランスシート上のポジションの約80%がG7諸国の国債で、取引は多くの地域・市場にまたがっていたと記す4。

1997年末、ファンドは投資家に約27億ドルを返還し、資本は約36%減の48億ドルになった。PWGは、ポジションを減らしたようには見えず、ポジションを増やす代わりに資本を減らすことでバランスシート・レバレッジを高めたようだ、と留保付きで評価している5。ここでいうレバレッジは、資産を資本(自己資金)で割った倍率である。1997年末の総資産は1,290億ドルで、PWGはレバレッジを28対1と記している6。資本1に対して資産が28あれば、資産が約3.6%下がるだけで資本はなくなる(編集部の計算)。すべての資産が同じ率で下がると置いた単純計算で、売りと買いを組み合わせたポジションでは損失の出方は異なる。

1998年8月——ロシアの​宣言と、​半分に​なった​資本

1998年7月末の資本は41億ドルだった。8月17日、ロシアがルーブルの事実上の切下げと債務のモラトリアム(支払いの一時停止)を宣言すると、世界の投資家は安全な資産に資金を移す「質への逃避」に走り、リスクのある資産の利回りの上乗せ幅(信用​スプレッド)と流動性への対価が急に広がった。スプレッドが広がると債券などの価格が下がり、保有者の損失になる。ファンドは8月に18億ドルを失い、資本は23億ドルになった7。8月だけで7月末の資本の約44%を失った計算になる(編集部の計算)。

LTCMのファンドの資本の推移図1 ファンドの資本は8か月で半分以下にLTCMのファンドの資本。単位:億ドル(PWG報告の記載)481997年末約27億ドル返還後411998年7月末231998年8月末8月に18億ドルの損失369月23日合意14社の新規出資1997年末:総資産1,290億ドル。PWGは資産÷資本を28対1と記す(連銀の歴史エッセイは負債÷資本で約30対1。定義が異なる)1998年8月末:資産1,250億ドル超。年初の資本48億ドルで割っても25対1超。実際の資本は23億ドルまで減っていた右端は旧資本ではなく、再資本化で新たに入る出資額
出典:PWG​報告​(R1)、​FRB議長の​証言​(R3)、​連銀の​歴史エッセイ​(R4)を​もとに​編集部作成。​レバレッジは​PWG報告の​バランスシート​基準​(資産÷資本)。​28対1(資産÷資本)と​約30対1(負債÷資本)は​定義が​異なる​(脚注6)。​8月末の​資産を​8月末の​資本で​割った​倍率は、​両者の​基準日・​定義が​そろうか​確認できないため​図には​示していない​(参考値は脚注25)。

一方、8月31日時点の資産はなお1,250億ドル超の規模にあり、年初の資本48億ドルで割っても25対1を超えていた8。実際の資本はその半分以下だったから、倍率はさらに高い。9月2日、パートナーは投資家に宛てた書簡で、8月31日までの年初来の損失が52%に達したことを認め、資本の注入を求めていると知らせた9。ロシアの宣言だけが原因ではない。PWGは、ファンドの規模・レバレッジ・戦略そのものが、こうした衝撃に弱い構造を作っていたと位置づけている。

なぜ​分散した​ポジションが​同時に​傷んだか​——三つの​経路

当局の資料を読むと、損失が重なった経路は三つに分けられる(編集部の整理)。

第一は、相関の前提が崩れたことである。VaRは、所定の保有期間と信頼水準(たとえば99%)のもとで、損失がその額を超える確率が一定以下になる水準の推計である。過去のデータを使うモデルでは、値は変動と資産同士の連動の度合い(相関)の推計に依存する。市場ごとに値動きが連動しにくいなら、分散によって全体の変動は小さく見積もられる。ところが8月以降は世界中で信用スプレッドが同時に広がり、PWGとNY連銀総裁は、比較的低い相関という想定が裏切られ、分散が期待どおりに働かなかったと説明している10。PWGは一般論として、直近の価格データだけで作ったモデルは、衝撃の大きさと相関の両方を過小評価しうると指摘し、LTCMのモデルは自らのポジションが市場に与える影響も含めてリスクを過小評価していたと評価した。研究者では、Jorion(2000)が公開情報から、短い期間の履歴とリスクの集中に頼ったことでリスクを大きく過小評価したと論じている(要旨による)11。

第二は、市場流動性、つまり「売りたいときに、値を崩さず売れるか」である。質への逃避でリスクのある資産の買い手が減り、多くの市場の流動性が細った。モデルの暗黙の前提とは逆に、ファンドは損失を重ねずにポジションを素早く縮めることができなかった。PWGによれば、ファンドの先物ポジションは一部の市場で建玉(取引所で決済されずに残っている契約の総量)の5%超、一部では10%超を占めていた12。自分の売りが価格を押し下げる大きさである。

第三は、資金流動性、つまり「必要なときに資金と担保を回せるか」である。市場流動性と​資金流動性は別の概念だが、危機では互いに悪化させ合う。PWGによれば、9月に入るとそれまで柔軟だった与信条件が硬くなり、日々の時価評価にもとづく担保の請求(担保コール)をめぐる交渉が厳しくなった。プライムブローカー(ヘッジファンドに資金や証券の貸出・決済・保管を提供する証券会社)は、決済に関わる潜在的な損失に見合う担保の差入れを求めた。9月21日までに、ファンドの資金繰りは「厳しい」状態になったとされる13。

この三つの重なりは、Shleifer & Vishny(1997)の「裁定の限界」の理論で整理できる。この理論は、裁定(割安な資産を買い割高な資産を売り、価格差の縮小で稼ぐ取引)が他人の資金を使う少数の専門家によって行われると、価格が本来の価値から大きく離れる局面でこそ裁定が働かなくなりうる、と論じる14。ただし同論文はLTCMを分析したものではない。LTCMへの当てはめは編集部の整理で、担保と借入で支えたポジションほど価格差が広がる局面で持ち続けにくい、という構造の説明にとどめる。

9月23日の​再資本化——NY​連銀は​場を​設け、​資金は​取引先が​出した

9月18日、LTCMからNY連銀総裁に連絡があり、20日(日曜日)にNY連銀と財務省の担当者が事務所を訪れた。NY連銀は、ポジションの規模が市場参加者の想像よりはるかに大きいと受け止めた。22日、NY連銀は主要な取引先を招集し、コア4社が作業部会を設けた。NY連銀の職員は作業部会に加わらなかったとされる15。23日の朝には別の投資家グループがポートフォリオの買取りを提案したが、正午過ぎの期限までに成立しなかった16。

同日夕、14の銀行・証券会社が約36億ドルの新規の株式資本を投じ、ファンドの持分の90%と運営の支配権を得ることで合意した。既存の出資者の持分は10%に薄まった17。NY連銀総裁は議会で、公的資金は一切使っておらず、約束も強制もしていないと証言し、FRB議長も政府による救済ではないと述べた。PWG報告は「コンソーシアム方式」と書く。一方、Edwards(1999)は要旨で「Fed-engineered rescue(連銀が組み立てた救済)」と表現しており、呼び方は立場によって分かれる18。

再資本化の構造図2 1998年9月23日の再資本化:出したのは取引先当局の説明(NY連銀総裁・FRB議長の議会証言、PWG報告)による取引先の銀行・証券会社14社(コア4社が条件を詰めた)新規の株式資本 約36億ドルNY連銀取引先を招集し、協議の場を設けた連銀の資金は出していない出資LTCMのファンド(再資本化後)14社 90%+運営の支配権10%既存の出資者の持分は10%に薄まった14社の社別の出資額は、取得した資料に無い・当局は「公的資金は使っていない」「救済ではない」と説明した(当事者の説明)・関与の理由は、取引先が一斉に取引を手仕舞うと、無関係の参加者や市場に波及する恐れとされた・同じ朝、別の投資家グループの買取り提案は成立せず・研究者の中には「連銀が組み立てた救済」と表現する論者もいる(Edwards 1999の要旨)
出典:NY​連銀総裁の​証言​(R2)、​FRB議長の​証言​(R3)、​PWG報告​(R1)、​連銀の​歴史エッセイ​(R4)、​Edwards​(1999)の​要旨​(R5)を​もとに​編集部作成。​関与の​理由と​「救済ではない」は​当局自身の​説明。​14社の​出資額の​内訳は​取得した​資料に​無い。

当局は関与の理由を、取引先の直接の損失ではなく、突然の債務不履行で取引先が一斉に取引を手仕舞う(クローズアウトする)と、LTCMと無関係の参加者にも影響が及び、信用・金利の市場が機能しなくなる恐れにあったと説明した。この判断は、8月に同じ種類の衝撃を経験した直後だったことに依存するとも述べている19。ファンドはレポ取引(債券を担保に短期の資金を借りる取引)で約75社、店頭デリバティブ(取引所を通さず相対で結ぶデリバティブ契約)で約50社の取引先を持っていた。LTCM自身は、破綻すれば上位17社の損失が合計30億〜50億ドルになりうると推計していた(当事者の推計)20。これらは事前の見通しで、介入がなければ何が起きたかは検証できない。

設例で​確かめる​——レバレッジは​「前提の誤差」も​増幅する

以下は編集部の仮定による設例で、LTCMの実際の数値ではない。

単純化した設例1:相関と変動の前提

前提:資産100を同じ大きさの10ポジションに分ける。各ポジションの投資額は10、その収益率の月次標準偏差は1%(損益額では0.1)、ポジション同士の相関は0.2と推計されていた。「悪い月」は全体の標準偏差の2倍の不利な動きとする。資本は4(25倍)と10(10倍)の2通り。

平常時の推計では、分散によって全体の収益率の標準偏差は個別の約53%に抑えられ、悪い月の損失は1.06、25倍なら資本の26%にとどまる。相関が0.6に上がるだけで40%、各ポジションの標準偏差も2%に倍増すると80%になる。同じ状況でも10倍なら32%で済む。

表2 設例:分散の前提が崩れると、レバレッジが損失を増幅する
ケース各ポジションの収益率の標準偏差相関全体の収益率の標準偏差悪い月の損失資本4(25倍)資本10(10倍)
平常時の推計1%0.20.53%1.0626%11%
相関だけが上がる1%0.60.80%1.6040%16%
変動と相関がともに上がる2%0.61.60%3.2080%32%
編集部の​仮定に​よる​単純化した​設例で、​LTCMの​ポジション・​変動率・​相関ではない。​資産100を​同じ​大きさの​10ポジションに​分け、​各ポジションの​投資額は​10で、​その​収益率の​月次標準偏差​(1%なら損益額で0.1)と​相関は​すべて​同じと​仮定。​全体​(資産100)の​収益率の​標準偏差=各​ポジションの​収益率の​標準偏差×√​(相関+(1−相関)​÷10)。​「悪い月」は​全体の​標準偏差の​2倍の​不利な​動きとし、​損失は​資産100に​対する額。​右の​2列は​損失が​資本に​占める​割合。

資本に余裕があれば推計の誤りは痛手で済むが、資本が薄いと同じ誤りが存続の問題になる。

単純化した設例2:ヘアカットと担保コール

前提:資産100を、担保付きの借入96と自己資金4で持つ。貸し手は担保の価値から4%を割り引いて貸す(この割引率をヘアカットという)。価格が2%下がると、資産は98、自己資金は2になる。持てる資産の上限は「自己資金÷ヘアカット」で、超える分は売って借入を返す。

ヘアカットが据え置きでも48を売る必要がある。貸し手がヘアカットを5%、8%に引き上げると、売る量は58、73に増える。別のケースとして、当初の自己資金を6とし、うち2を担保に入れない現金で手元に残していた場合(担保付きの資産100・借入96は同じ)。価格下落後の自己資金は4となり、現金で借入を返せるため、売る量は0、18、48に減る。

設例:ヘアカットと売却図3 設例:ヘアカットが上がると売る量が増える資産100・借入96・自己資金4(25倍)。価格が2%下がった後に担保条件を満たすために売る必要のある資産(編集部の仮定)20406080480ヘアカット4%5818ヘアカット5%7348ヘアカット8%(据え置き)(引上げ)(大幅引上げ)手元の余裕資金なし別ケース(下記)青=別ケース:当初の自己資金6(うち現金2)、下落後は41日に価格を崩さず売れる量を10と仮定すると、余裕資金なしでは5日・6日・8日かかる。その間に売れば価格はさらに下がりうるLTCMの実際のヘアカット・担保額ではない(資料に無い)
編集部作成の​単純化した​設例。​ヘアカット​(担保の掛目の割引)・下落率・​余裕資金・​1日に​売れる​量は​すべて​仮定で、​LTCMの​実際の​取引条件ではない。​持てる​資産の​上限=自己資金÷ヘアカットと​して​計算し、​売却に​よる​追加の​値下がりは​含めていない。​青の​棒は​基準​ケースとは​別の​貸借対照表で、​当初の​自己資金を​6とし、​うち2を​担保に​入れない​現金で​残した​場合​(担保付きの資産100・借入96は同じ)。​価格下落後の​自己資金は​4で、​現金で​借入を​返せる。

同じ価格下落でも、売る量は貸し手の条件と手元の余裕資金によって大きく変わる。売る量が市場の厚みを上回れば、売るたびに価格が下がり、自己資金がさらに減る。資金流動性の不足が市場流動性の不足を呼ぶ循環である。LTCMの実際のヘアカットや担保額は、取得した資料に無い。

現代の​実務への​応用——レバレッジと​流動性を、​平時に​測って​おく

運用会社のリスク管理、銀行・証券会社の与信、ファンドに出資する投資家が使える点検の手順を五つ挙げる。PWGとNY連銀総裁が挙げた論点を、編集部が現在の実務の言葉に置き換えたものである。

1. レバレッジは​複数の​定義で​並べ、​分母の​時点を​確かめる

PWGは、資産÷資本のバランスシート・レバレッジと、VaRを純資産で割るようなリスクにもとづくレバレッジとを区別した21。国債の裁定のように一つひとつの値動きが小さい資産では、資産÷資本の倍率が高くてもリスクは小さく見える。逆にリスク指標は相関の推計に依存する。ファンドの審査や社内のリスク報告では、両方の倍率を並べ、分母が「期初の資本」か「直近の資本」かを必ず書く。LTCMの8月末のように、損失で資本が減ると、資産を減らさない限り倍率は自動的に上がる。デリバティブの想定元本は計算の基準となる金額で、損失の大きさを示す数字ではないことも区別しておく(ヘッジファンドの​レバレッジ​実務)。

2. ストレステストは​「過去の観測を超えて、同時に悪化する」​想定を​入れる

NY連銀総裁は、過去の観測を大きく超えて多くの資産の関係が同時に不利に動く状況について、十分なテストがされていなかった可能性を論点に挙げた22。ストレステストでは、個別の変動の拡大と相関の上昇を別々にではなく組み合わせて置き、表2のように、資本の何%が失われるかを示す。シナリオは、質への逃避のように複数の資産が同じ方向に動く理由を説明できるものにする(相関を​考慮した​シナリオ設計)。結果は確率ではなく「起きたら耐えられるか」で読む。

3. 資金流動性は、​担保コールと​ヘアカットの​変化から​別に​見積もる

市場リスクの報告とは別に、価格が一定幅動いたときの担保コールの額と、ヘアカットが引き上げられたときに必要な資金を、日次または週次で試算する。設例2のように、手元の余裕資金が売却量を大きく左右する。確かめるのは、担保に入れていない現金と換金しやすい資産がいくらあるか、与信枠は危機時にも使えるか、担保条件を一方的に変えられる契約になっていないか、の三点である(当初証拠金・​変動証拠金)。

4. 「縮められるか」を、​市場の​厚みに​対する​自分の​大きさで​測る

出口の時間は、自分のポジションが市場の取引量や建玉に占める割合で決まる。LTCMの先物は一部の市場で建玉の5%超を占めていた。ポジションごとに、価格を崩さず縮めるのに何日かかるかを見積もり、ストレス時に取引量が減ることも織り込む。縮めるのに必要な日数がVaRの保有期間の前提(たとえば10日)を超えるなら、リスクの推計そのものを見直す必要がある(編集部の整理)。

5. 取引先への​与信は、​担保だけに​頼らず​全体像で​判断する

PWGは、取引先の銀行が担保に頼りすぎ、ヘアカットの縮小などで条件を緩めていたこと、投資家・債権者・取引先によるチェックが総じて働かなかったことを指摘した23。ファンドに与信する側は、自社との取引だけでなく、相手のポジション全体、レバレッジ、集中の度合いの情報を求める。相手の信用の悪化と担保価値の下落が同時に起きやすい場合(たとえば担保が相手の主要なポジションと同じ種類の資産で、相手の投げ売りで値下がりしうるとき)は、担保が必要な局面で目減りする(ウロング・​ウェイ・​リスク)。運用者の実績や評判は、情報の代わりにならない(カウンターパーティ​信用​リスク)。

限界と​異説——呼び​方、​モラルハザード、​数字の​割れ

第一に、本稿の史実の多くは仲介したNY連銀を含む当局の説明に依拠している。当局は自らの関与を限定的に説明する立場にあり、「救済ではない」という評価も当事者の説明である。第二に、モラルハザード(損失を誰かが和らげてくれるという期待がリスクを取りすぎる動機になること)について、FRB議長は公的な関与が民間の損失を和らげればこの問題が生じると認めつつ、公的資金を使わず投げ売り(fire sale)を防いだことによる影響は大きくないと論じた24。この点の評価には議論があったが、批判側の文献は本稿で確認できておらず、紹介しない。第三に、数字の定義に注意が要る。1997年末のレバレッジはPWGが資産÷資本で28対1、連銀の歴史エッセイは「資本1ドルに対し負債約30ドル」(負債÷資本)と記し、定義が異なる。1997年のリターンも資料で違う。俗に言われる「レバレッジ100倍」は、取得した資料のバランスシート基準の数字とは合わない25。最後に、PWGは過度なレバレッジの抑制を主要な政策課題とし、同様の弱点はヘッジファンド以外の金融機関にもあると述べた26。LTCMを特殊な一例としてだけ読むのは、報告書の結論と合わない。

よく​ある​質問

LTCMは​公的資金で​救済されたのですか。

当局の​説明に​よれば、​使われていません。​取引先14社が​約36億​ドルを​出資して​持分90%を​得ました。​NY連銀は​協議の​場を​設けましたが、​資金や​保証は​出していないと​証言しています。

LTCMの​レバレッジは​100倍だったのですか。

1997年末と​1998年8月末の​バランスシート​基準​(資産÷資本)では、​取得した​資料は​100倍を​裏付けていません。​PWG報告は​1997年末を​28対1、​1998年8月末を​年初の​資本基準で​25対1超と​記しています​(連銀の​歴史​エッセイの​約30対1は​負債÷資本で、​定義が​異なります)。​デリバティブの​想定元本は​兆ドル​単位でしたが、​想定元本を​資本で​割った​倍率は、​そのまま​損失リスクや​資産÷資本の​倍率と​して​解釈できません。

まとめ——分散は、​借入と​流動性の​前提の​上に​立っている

LTCMのファンドは、多くの市場に分散した裁定ポジションを高いレバレッジで持っていた。1998年8月以降、相関の前提が崩れて損失が重なり、市場の流動性が細ってポジションを縮められず、担保と与信の条件が硬くなって資金も回らなくなった。分散の効果は、平時の相関、売りたいときに売れる市場、担保を回せる資金繰りという前提の上に成り立つ。その前提が同時に崩れる場面を想定し、レバレッジ・資金流動性・取引先の全体像を平時に測っておきたい。

脚注

  1. NY連銀総裁の議会証言(R2)「What did the New York Fed do?」、FRB議長の証言(R3)、PWG報告(R1)Part I B.、連銀の歴史エッセイ(R4)。14社・約36億ドル・9月23日・連銀の資金なしは4資料で一致します。「連銀は資金を出していない」は当局自身の説明です。↩
  2. PWG報告(R1)Part I「The LTCM Episode」A. Background、NY連銀総裁の証言(R2)Background。運用会社(Long-Term Capital Management, L.P.)と、それが運用するファンド(Long-Term Capital Portfolio, L.P.)は別の主体で、本文では資本・資産の数字を「ファンド」の数字として書いています。↩
  3. R1 Background の表現(approximately 40 percent/slightly less than 20 percent)。連銀の歴史エッセイ(R4)は新聞報道を出典に1995年43%・1996年41%・1997年17%と記し、資料間で数値が割れます。本稿はPWG報告の表現に揃えました。↩
  4. R1 Background。約80%がG7国債という記述は、本稿で確認できた資料のうちPWG報告だけにあります(単一資料)。残りは社債・住宅ローン担保証券・新興国債・株式などとされています。↩
  5. R1 Background、FRB議長の証言(R3)。返還額約27億ドル、資本48億ドル、約36%減はR1の数値です。PWGの評価は「apparently(そう見える)」という留保付きで、返還の動機は資料から特定できないため書いていません。↩
  6. R1 Part I 冒頭の比較段落(total assets of $129 billion/balance sheet leverage was 28-to-1)。PWGの倍率は資産÷資本です。連銀の歴史エッセイ(R4)は雑誌記事(Loomis 1998)を引いて「資本1ドルに対し負債約30ドル」(負債÷資本)と記しており、定義が異なります。なお、掲載額の単純な割り算では1,290÷48≒26.9倍となり、PWGの28対1とは一致しません(編集部の計算)。基準日・定義の違いは未確認のため、倍率はPWGの表記をそのまま示しました。資本がなくなる下落率(1÷28≒3.6%)は編集部の計算で、損益が資産の価格変動だけで決まると単純化しています。↩
  7. R1 Part I B.「LTCM’s Near Failure」、R2 Background(ロシアの宣言と質への逃避)。7月末41億ドル・8月の損失18億ドル・8月末23億ドルはR1。8月の損失率(18÷41≒44%)は編集部の計算で、R4の「8月だけで44%」と整合します。↩
  8. R1 Background(over $125 billion in assets … more than 25-to-1)。Edwards(1999、R5)の要旨は同じ数字を「銀行・証券会社から借り入れた額」として表現しており、本稿はPWGの「資産」に揃えました。8月末の資本で割った倍率は、資産と資本の基準日・定義がそろうか確認できないため本文では示していません(参考値は脚注25)。↩
  9. R2 Background。書簡の原文は未取得で、NY連銀総裁による要約です。PWG報告(R1)は年初来の資本の減少を「50%超」と記し、年初48億ドル→8月末23億ドルから計算すると約52%(編集部の計算)で整合します。↩
  10. R1 Background(simultaneous shocks to many markets confounded expectations of relatively low correlations)、R2 Background。資料は「相関が想定より高くなった」ことを述べており、相関の具体的な数値は示していません。↩
  11. R1 Part I の取引先のリスク管理に関する段落(研究者ではなく当局の評価)。Jorion(2000、R6)は要旨のみ確認で、本文は未読です。同論文は公開情報からの再構成で、LTCMの内部データにもとづくものではありません。VaRの具体的な数値・信頼水準・保有期間は本文未読のため記していません。↩
  12. R1 Background(difficulties in reducing exposures quickly; futures positions represented more than five percent of open interest)、R2(thin market conditions)。↩
  13. R1 Part I B.(previously flexible credit arrangements became more rigid … daily mark-to-market valuations for collateral calls … more contentious)。プライムブローカーはベアー・スターンズとされています。担保の請求額・ヘアカットの具体的な数値は資料にありません。↩
  14. Shleifer & Vishny(1997、R7)。NBERワーキングペーパー版の要旨で確認しました(本文PDFは判読できず未読)。同論文は1995年の理論モデルで、LTCMを論じたものではありません。LTCMへの当てはめは編集部の解釈です。投資家の解約請求がLTCMで起きたことを示す資料は取得していないため、資金の出し手の行動はレポ・担保の側に限って述べています。↩
  15. R2 Background・What did the New York Fed do?(NY連銀自身の説明)、R4。コア4社の社名(ゴールドマン・サックス、メリルリンチ、J.P.モルガン、UBS)はR2によります。担当者の個人名は記していません。↩
  16. R2、R1 Part I B.、R4。提案した投資家グループの名前と提案額は、連銀の歴史エッセイ(R4)が新聞報道を出典に記していますが、PWG報告とNY連銀総裁の証言は提案者を明記していないため、本稿では書いていません。↩
  17. R1 Part I B.、R2、R4。出資額はR1・R2が約36億ドル、R4が36.25億ドルと記します。R2は14社のうち3社は他の11社より少額で、招集された別の2社は参加しなかったと述べています。社別の出資額は取得した資料にありません。↩
  18. R2(Not one penny of public money was spent or committed)、R3(not a government bailout)、R1(consortium approach)、Edwards(1999、R5)の要旨(Fed-engineered rescue)。連銀の歴史エッセイ(R4)の本文にもrescueの語が出ます。「公的資金を使っていない」は当局の説明として4資料で一致します。↩
  19. R2「The New York Fed’s Judgements」、R3。当局の事前の判断の説明であり、介入がなかった場合の損失を検証したものではありません(反実仮想)。↩
  20. 取引先の数はR1 Part I D.(グループ単位かどうかなど数え方は不明。R2は「75社超」)。上位17社の損失の推計はR1 D. Counterparty Losses and Market Disruptions で、LTCMが14社に共有した当事者の推計です。PWGは、一部の取引先では3億〜5億ドルの損失の可能性があったとも記しています。↩
  21. R1 Part II(Leverage and Risk)。PWGは、規制上のレバレッジ比率や所要資本を多様なファンドに一律に課すのは難しいとも述べています。想定元本はR1でOTCデリバティブ全体が1997年末に1.3兆ドルと記されますが、損失の大きさではありません。↩
  22. R2「Issues that should concern us」。1998年10月時点の問題提起で、ストレステストの不足が原因だったと結論づけたものではありません。↩
  23. R1 Part I 冒頭・Part II 3. Credit Risk Management Issues、R3(与信判断が実績ある運用者への信頼に頼りがちだった点はFRB議長の証言)。特定の銀行の責任を論じるものではありません。PWGは、直接のエクスポージャーの清算が米国の商業銀行の支払能力を脅かすことはなかったであろうとも述べています。↩
  24. R3 後半のモラルハザードに関する段落、R4。当局側の見解です。連銀の仲介が将来の公的支援への期待を高めたとする批判的な見解については、本稿の調査で査読文献を取得できていないため、内容を紹介していません。↩
  25. 1997年末の28対1はR1の資産÷資本、約30対1はR4(Loomis 1998の引用)の「資本1ドルに対し負債約30ドル」で負債÷資本であり、定義が異なります。リターンは脚注3。想定元本(R1:OTCデリバティブ1997年末1.3兆ドル・1998年末1.5兆ドル)は取引の計算の基準となる金額で、想定元本を資本で割った倍率は、そのまま損失リスクや資産÷資本の倍率として解釈できません。取得した資料は100倍を裏付けていません。参考までに8月末の資産1,250億ドル超を資本23億ドルで割ると約54倍です(編集部の計算。資産は下限で、時点と定義の整合は未確認のため確定値ではありません)。↩
  26. R1 送付状(Letter of transmittal)の要約部分。PWGは、透明性の向上、民間のリスク管理の強化、よりリスクに敏感な自己資本規制などを勧告しました。米国会計検査院(GAO)の報告(1999年10月、R8)も、当局が横断的なシステミック・リスクにより注意を払う必要があるとしています(製品ページの要約で確認、本文は未読)。連銀の歴史エッセイ(R4)は、コンソーシアムが1999年末までに残りのポジションを売却し、出資額を回収したと記しますが、その出典(Lowenstein 2000、GAO 2000)は本稿で確認していません。↩

参考文献​(2026年10月確認)

※本記事は教育目的の一般的な解説であり、投資助言ではありません。史実は主に当局の報告書・議会証言・連銀の歴史エッセイによるもので、当局自身の説明を含みます。割合・倍率のうち「編集部の計算」と記したものは公表数値からの計算です。設例1・2の数値はすべて編集部の仮定で、LTCMの実際のポジション・相関・取引条件ではありません。運用者・取引先の判断の当否や個人の責任を論じるものではありません。アイキャッチ画像は生成AIによるイメージで、実在の場所・物品を再現したものではありません。