この記事で分かること
- 公正市場価値(FMV)の定義と、成立の前提となる4つの条件
- 実際の取引価格・投資価値・会計上の「時価」との違い
- 整数設例で見る、複数の評価アプローチからFMVのレンジを求める考え方
- 日本の相続税・贈与税評価や会計基準における「時価」との関係
30秒で分かる定義
公正市場価値(Fair Market Value、読み方:フェアマーケットバリュー、略称:FMV)とは、強制されない自発的な意思を持つ買手と売手が、双方とも取引に関する十分な情報を有した上で合意するであろう取引価格を意味する、評価実務全般の出発点となる価値概念です。「時価」「公正な市場価値」とも訳されます。DCF法や年買法など個別の評価手法は、いずれもこのFMVを推計するための手段という位置づけになります。
評価アプローチ全体の位置づけは企業価値評価(バリュエーション)完全ガイドで整理しています。
なぜ実務で重要なのか
M&Aの価格交渉では、実際の取引価格が売手固有の事情(資金繰り、後継者不在等)や買手固有のシナジーを反映してFMVから乖離することが珍しくないため、FMVという中立的な基準値との差を認識した上で交渉戦略を立てます。FAS・公認会計士によるフェアネス・オピニオン(価格の妥当性意見)や算定業務は、取引価格がFMVのレンジ内にあるかを検証する作業そのものです。税務実務では、相続・贈与や非上場株式の譲渡において、時価(FMVに相当する概念)から乖離した価格での取引が贈与認定・課税上のリスクを生むため、FMVの算定根拠を明確に残しておく必要があります。
計算式(または仕組み)
FMVそのものに単一の計算式はなく、評価実務では3つのアプローチを組み合わせてFMVのレンジを推計します。
| アプローチ | 考え方 | 代表的な手法 |
|---|---|---|
| インカムアプローチ | 将来の収益・キャッシュフローを割り引く | DCF法、年買法 |
| マーケットアプローチ | 類似する会社・取引の市場価格から類推する | 類似会社比較法、類似取引比較法 |
| コストアプローチ(純資産アプローチ) | 資産・負債の時価純資産をもとに算定する | 時価純資産法 |
いずれのアプローチも「強制されない自発的な買手・売手が合意する価格」というFMVの定義を、異なる切り口から推計しているに過ぎません。単一のアプローチだけに依拠せず、複数のアプローチの結果を突き合わせてレンジを絞り込むのが実務です。
整数設例で確認する
設例(架空数値)。ある非上場会社の株式価値を3つのアプローチで算定した結果、以下のレンジが得られたとします(単位:百万円)。
- インカムアプローチ(DCF法):9,800 / マーケットアプローチ(類似会社比較法):10,300 / コストアプローチ(時価純資産法):7,500
コストアプローチは清算価値に近い下限の目安として位置づけ、インカムアプローチとマーケットアプローチを主要な2アプローチとして均等加重すると、(9,800+10,300)÷2=10,050百万円がFMVの中心的な推計値となります。コストアプローチの7,500百万円は「これを下回る価格では合理性を説明しにくい下限」として、レンジの妥当性チェックに使います。
案件プロセス上の位置付け
M&Aのプロセスでは、初期の意向表明段階から買手・売手それぞれがFMVの目線を持ち、デュー・デリジェンス後の最終条件交渉でFMVレンジと実際の合意価格との差(コントロールプレミアムやシナジーの織り込み分)を説明できることが求められます。非上場株式のM&Aや組織再編、株式買取請求訴訟では、算定人がFMVのレンジを提示し、裁判所や当事者間の交渉の基準として機能します。
実務での調べ方・確認手順
FMVそのものをExcelで直接算定するのではなく、複数の評価アプローチの結果をフットボールチャートの形でまとめ、レンジの重なりを確認する手順が実務の基本です。
- 各アプローチの前提(割引率、比較対象会社の選定基準、時価純資産の評価基準日)を1シートに整理する
- 各アプローチの算定レンジを横棒グラフで並べ、重なる領域をFMVの中心レンジとする
- 実際の取引価格がこのレンジから外れる場合は、その乖離要因(プレミアム・ディスカウントの内容)を明記する
実務家が確認するポイントとよくある誤解
誤解1:「実際の取引価格=FMV」→ 正しくは、実際の取引価格には特定の買手固有のシナジーや、売手側の資金繰り事情等の個別要因が織り込まれることがあり、中立的な第三者間で成立するFMVとは乖離しうる概念です。特定の買手にとってのみ価値を持つ「投資価値(Investment Value)」とFMVは区別して扱います。
この乖離が典型的に現れるのがコントロールプレミアムで、詳しくはコントロールプレミアムと流動性ディスカウントで扱っています。
誤解2:「FMVは簿価や税務上の相続税評価額と同じ」→ 正しくは、会計上の帳簿価額や税務上の評価額は、それぞれ別の目的・ルールに基づく別概念です。いずれも「時価」を推計しようとする点では共通しますが、算定手法や基準日、適用されるルールが異なります。
日本実務での扱い
日本の相続税・贈与税における非上場株式の評価は、国税庁の財産評価基本通達に基づき、類似業種比準方式や純資産価額方式等の手法で「時価」を算定する独自の枠組みが用いられます。この税務上の「時価」は、M&Aや会計目的で用いるFMVの考え方と親和性はあるものの、算定手法・基準日・適用ルールが異なるため、税務評価額をそのままM&Aの交渉価格の根拠に転用することはできません。一方、会計上の「時価」は企業会計基準委員会(ASBJ)の時価算定に関する会計基準に基づき、市場参加者の視点から公正価値を測定するという考え方が採られています(2026年8月時点)。目的の異なる複数の「時価」概念が存在することを踏まえ、案件ごとにどの枠組みに基づく評価かを明確にする必要があります。非上場企業特有の評価調整は非上場企業の評価で詳しく解説しています。
面接・モデルテストで問われるポイント
Q:公正市場価値(FMV)と、特定の買手にとっての投資価値(Investment Value)の違いを説明してください。
「FMVは強制されない自発的な買手・売手が十分な情報の下で合意する、中立的な取引価格の概念です。一方、投資価値は特定の買手が得られるシナジーやその買手固有の事情を織り込んだ、その買手にとっての価値です。M&Aでは戦略的買手が投資価値をベースにFMVを上回る価格を提示することがあり、この差がコントロールプレミアムやシナジープレミアムとして説明されます。」
深掘りでは「なぜ複数の評価アプローチを併用するのか」「税務上の時価と会計上の時価の違い」が問われます。
よくある質問(FAQ)
Q. FMVは誰が算定するのですか?
A. M&Aや組織再編では公認会計士等の第三者算定人が、税務評価では税理士等が、それぞれの目的に応じた手法でFMVまたはそれに相当する時価を算定します。単一の「正解」があるわけではなく、複数の評価アプローチによるレンジとして示されるのが一般的です。
Q. 非上場会社にもFMVはありますか?
A. あります。市場で日々取引される株価が存在しない分、DCF法・類似会社比較法・時価純資産法等を組み合わせて推計する必要があり、非流動性ディスカウント(DLOM)等の調整も検討されます。
出典・参考(2026-08確認)
- 国税庁「財産評価基本通達」(非上場株式の評価) https://www.nta.go.jp/
- 企業会計基準委員会(ASBJ)時価算定に関する会計基準 https://www.asb-j.jp/
- 日本公認会計士協会(JICPA) https://jicpa.or.jp/
※本記事は教育目的の一般的な解説であり、法務・税務・投資助言ではありません。設例は理解のための架空数値です。