この記事で分かること
※本記事は教育目的の一般的な解説であり、特定銘柄の売買推奨・投資助言ではありません。登場する企業・数値はすべて理解のための仮設例です。
結論:AIは「材料を揃える工程」に効き、「決める工程」には入れない
エクイティリサーチの作業を細かく割ると、資料を集める・数字を並べる・論点を洗い出す・書式を整えるといった材料を揃える工程と、前提を置く・手法を選ぶ・結論を出すという決める工程に分かれます。生成AIが確実に時間を短縮するのは前者で、後者に踏み込ませると質が落ちます。
理由は単純です。AIの出力は学習データと入力資料の平均に引き寄せられます。平均に寄った予想はすでに株価に織り込まれている可能性が高く、リサーチの価値は「平均からどれだけ、どんな根拠でずれているか」に宿ります。AIに前提を決めさせた瞬間に、そのレポートは差別化の源泉を失います。
そこで本記事は、リサーチの10工程を次の3区分に仕分けます。A=AIに任せる(人は抜き取り検査)/B=AIが下書きし人が確定する/C=人のみ。とくに投資判断と目標株価はCに固定し、AIに数字を出させません。これは効率の問題ではなく、レポートに署名する人が負う責任の問題です。エクイティリサーチという職種そのものの説明はエクイティリサーチの仕事内容で扱っているため、本記事では工程分担と説明責任に絞ります。
全体像:リサーチ10工程のAI適用マップ
まず全体像です。10の工程それぞれに3区分のどれを当てるかを決めておくと、案件ごとに迷わなくなります。色は薄青がA、金色がB、赤がCです。
工程別の分担表:なぜそこで線を引くのか
区分だけを覚えても現場では判断できません。重要なのは「なぜその工程がその区分なのか」です。理由が説明できれば、新しい作業が出てきたときも自分で仕分けられます。
| 工程 | 区分 | AIに渡す作業 | その区分にする理由 |
|---|---|---|---|
| ①銘柄選定・カバレッジ候補 | B | 条件に合う企業の一次リスト化、事業内容の要約 | 候補列挙は速いが、実際に誰をカバーするかは顧客需要・人員・社内の競合カバー状況という非公開の内部事情で決まる |
| ②事業理解(収益構造・KPI) | B | 有報・決算説明資料からのセグメント別売上、KPI定義の抽出 | 抽出は得意。ただし「この会社は何で稼いでいるか」の一文を誤ると以降の全工程が歪むため、人が確定する |
| ③業界・競合分析 | B | 公開統計・業界団体資料の収集、競合の開示数値の並べ替え | 数字が「実測か推計か」「定義が同じか」の判断はAIが最も間違えやすい。出典の性質の判定は人の仕事 |
| ④業績予想(モデル) | C | 過去実績の転記・四則演算・書式統一のみ(この部分はA相当) | 成長率や利益率の前提はアナリストの見解そのもの。AIはコンセンサスや会社計画に寄るため、前提を任せると予想が平均化する |
| ⑤バリュエーション | C | 倍率の計算、類似会社の指標の一覧化 | どの手法をどう重み付けるかが説明責任の対象。手法選択の考え方はDCFとマルチプルの使い分け、ピア選定はマルチプルの選び方を参照 |
| ⑥投資判断・目標株価 | C(AI禁止) | なし | 署名者が負う責任、根拠の説明可能性、平均への収束。次章で詳述 |
| ⑦カタリスト整理 | B | 今後12か月の予定事象・開示日程の洗い出し | 網羅性はAIが高い。ただし影響方向と確度の判定は自分の予想との相対関係で決まるため人が入れる |
| ⑧リスク列挙・下方シナリオ | B | 一般的なリスク項目の網羅、有報「事業等のリスク」の要約 | 列挙は網羅的だが定型文になりやすい。「その銘柄でだけ効くリスク」への絞り込みと数値化は人 |
| ⑨レポート執筆 | B | 骨子案、初稿、用語統一、要約の作成 | 結論と根拠の順序は人が指定し、AIは文章化に限定する。逆にすると結論のない両論併記になる |
| ⑩公表後のフォロー | A | 適時開示の流入監視、前回開示との差分抽出、要約通知 | 定型かつ見落としのコストが大きい。ただし予想を改定するかどうかの判断は人(C)に戻す |
なぜ目標株価をAIに出させないのか
「AIに目標株価まで計算させれば速い」という発想は自然ですが、実務では次の3点で成立しません。
1. 署名者の責任は移転しない。レポートには作成者名が入り、社内の審査を通り、開示要件に従って配布されます。読者からの問い合わせにも、審査部門からの指摘にも答えるのは人です。「AIがそう出しました」は、社内でも社外でも通用しません。責任を負えない主体に結論を出させると、検証の動機そのものが弱まります。
2. 根拠の説明可能性が担保できない。目標株価は「どの手法で、どの前提を置き、なぜその倍率を使ったか」の連鎖で説明できなければ意味がありません。AIは数字を出せますが、その数字に至った内部の重み付けを再現可能な形で示せません。前提を1つ変えたときに結果がどう動くかを追えない数字は、レポートに載せられません。
3. 平均に収束して差別化が消える。AIは学習データと入力資料の中心に寄ります。会社計画とコンセンサスを与えれば、その中間あたりの数字が返ってきやすい。それは市場が既に持っている見方で、リサーチとしての付加価値がありません。行動ファイナンスの群集行動と同じ構図が、ツールを介して再現されるだけです。
したがって実務上の運用ルールはこうなります。前提(成長率・利益率・投資水準)と手法の重み付けは人が決め、その前提を入れた計算だけをAIに任せ、出てきた数字を人が検算して採否を決める。AIの役割は電卓であって、判断者ではありません。
仮設企業:株式会社セトウチ精機(架空)
以降の設例はすべて架空企業です。実在の企業ではなく、数値も仮設です。単位はすべて百万円で統一します。
株式会社セトウチ精機は、半導体製造装置向けの精密加工部品を主力とする架空の上場企業です。3月期決算で、セグメントは精密加工部品・装置ユニット・保守サービスの3つです。
| 項目(百万円) | FY2025実績 | FY2026 会社計画 | FY2026 当方予想 |
|---|---|---|---|
| 精密加工部品 | 30,000 | 33,300 | 32,400 |
| 装置ユニット | 13,000 | 14,200 | 13,400 |
| 保守サービス | 5,000 | 5,300 | 5,200 |
| 売上高 合計 | 48,000 | 52,800 | 51,000 |
| 営業利益 | 5,760 | 6,600 | 6,120 |
| 営業利益率 | 12.0% | 12.5% | 12.0% |
検算。FY2025の売上は 30,000+13,000+5,000=48,000百万円。営業利益は 48,000×12.0%=5,760百万円。FY2026当方予想は 32,400+13,400+5,200=51,000百万円で、前期比+3,000百万円(+6.25%)。営業利益は 51,000×12.0%=6,120百万円。会社計画(52,800百万円/6,600百万円)との差は売上△1,800百万円、営業利益△480百万円です。
営業利益の増減(5,760→6,120、+360百万円)の内訳は、増収による粗利増+1,020、製品ミックス改善+120、固定費増(人件費・減価償却)△600、原材料・為替△180で、合計+360百万円です(1,020+120-600-180=360)。
参考までに、EBITDAは営業利益6,120+減価償却2,400=8,520百万円。類似会社のEV/EBITDA中央値を9.0倍と置けば事業価値は8,520×9.0=76,680百万円、8.0〜10.0倍のレンジなら68,160〜85,200百万円になります。本記事では意図的に1株当たりの目標株価を示しません。倍率レンジを株価に変換して結論を言い切る工程こそが、人が引き受ける部分だからです。
カタリスト表:6欄で書くと使える表になる
カタリストを「今後の材料」として箇条書きにしただけの表は、実務ではほとんど使われません。使われる表には、いつ・何が起きて・何を確かめたくて・自分の予想に対してどちら向きで・どれくらい確からしくて・どの資料で確認するかの6欄が揃っています。
ポイントは④影響方向を「株価が上がる/下がる」ではなく「自分の予想に対して上振れ/下振れ」と書くことです。株価の方向はカタリスト単体では決まりませんが、自分の予想との差なら根拠を持って書けます。また⑤確度は「日程の確度」と「内容の確度」を分けます。決算発表日は会社が予定を公表するので日程の確度は高い一方、中身の確度は低い。この2つを混ぜると表が使えなくなります。
セトウチ精機の例で5行埋めると次のようになります。時期は執筆時点を2026年8月と仮定した仮設です。
| 時期 | 事象 | 論点 | 影響方向 | 確度 | 確認方法 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2026年11月上旬 | 第2四半期決算短信 | 上期売上の進捗率が当方予想の48%を上回るか | 双方向 | 日程=高(予定日公表済)/内容=低 | 同社IRの決算発表予定日、TDnetの適時開示 |
| 2026年12月頃 | 主要顧客の設備投資計画の更新 | 装置ユニットの受注が翌期にずれるか | 下振れ寄り | 日程=中/内容=中 | 顧客各社の決算説明資料の設備投資計画・受注残 |
| 2027年2月 | 第2ライン稼働開始 | 固定費先行で営業利益率が何ポイント下がるか | 短期下振れ | 日程=高(計画公表済)/内容=中 | 適時開示、決算説明資料の減価償却費見通し |
| 2027年5月 | 通期決算と次期会社計画の公表 | 次期計画が当方予想レンジのどこに位置するか | 双方向 | 日程=高/内容=低 | 決算短信の次期見通し欄 |
| 通年(随時) | 資本コストを意識した経営に関する開示の更新 | 政策保有株の縮減方針や還元方針が変わるか | 上振れ寄り | 日程=低/内容=中 | コーポレート・ガバナンス報告書、東証の開示企業一覧表 |
必要な入力資料と作業手順
AIに渡す資料は、一次情報に限定します。集計サイトの二次情報を渡すと、出典を辿れない数値がレポートに混入します。資料の渡し方そのもの(PDFの分割、XBRLの扱い、EDINETからの入手)はAIで有価証券報告書・決算短信を読む手順で扱っているため、ここでは繰り返しません。有報の読み方の基礎は有価証券報告書の読み方を参照してください。
手順は次の7段階です。
- 資料を揃える:直近3期分の有価証券報告書、直近4四半期の決算短信、決算説明資料、中期経営計画、コーポレート・ガバナンス報告書。
- 事業理解の下書きをAIに作らせる(工程②):セグメント別の売上・利益、KPIの定義、価格と数量の分解可能性を抽出させる。
- 人が収益構造の一文を確定する:AIの要約をそのまま採用せず、自分の言葉で1文にする。
- 前提を人が置く(工程④):セグメント別の成長率と利益率を根拠つきで決め、AIには計算だけを依頼する。
- カタリスト候補をAIに洗い出させる(工程⑦):今後12か月の予定事象を列挙させ、③④⑤欄は空欄で返させる。
- 人が6欄を完成させる:論点・影響方向・確度を自分の予想との関係で書き込む。
- レポートの骨子を人が決め、初稿をAIに書かせる(工程⑨):結論と根拠の順序は人が指定する。
プロンプト例3本
特定のAI製品に依存しない汎用の形にしています。社内規程で許可されたツール・データ区分の範囲で使ってください。プロンプト設計の一般論は生成AI×ファイナンス実務の全体像の系列記事で扱っています。
プロンプト1:事業理解とKPIの棚卸し(工程②)
あなたは日本株のリサーチアシスタントです。目的は、私が事業構造を理解するための素材を、添付資料だけから抽出することです。 【入力資料】添付した有価証券報告書3期分と直近4四半期の決算短信、決算説明資料。 【対象期間】直近3事業年度と直近4四半期。 【単位】百万円。すべて百万円に統一し、億円・千円は使わない。 【出力形式】 表1:セグメント別の売上高・セグメント利益(行=セグメント、列=各期) 表2:会社が開示しているKPIの一覧(KPI名/定義の原文/出典の資料名とページ/単位/直近値) 表3:売上を「数量×単価」に分解できるか(セグメントごとに、可・不可・部分的に可 のいずれかと、その根拠) 文章:この会社の収益構造の要約を200字以内で1つだけ 【計算方法】比率は小数第1位まで。合計はセグメントの単純合計を計算し、開示されている連結合計と一致するか確認して、一致しない場合は差額と理由(調整額・消去など)を明記する。 【禁止事項】 - 添付資料に書かれていない数値を補完しない。 - 株価、目標株価、投資判断、推奨に関する記述を一切書かない。 - 業界の一般論や他社の数値を、資料外の知識から持ち込まない。 【不明情報の処理】資料から読み取れない項目は「不明(資料内に記載なし)」と書く。推測しない。 【出典の表示】すべての数値に、出典の資料名・期・該当箇所(表名または見出し名)を併記する。 【検算】表1のセグメント合計と連結合計の一致を確認し、確認結果を1行で報告する。 【レビュー項目】最後に、私が確認すべき点を3つだけ挙げる(数値の期ズレ、定義の変更、セグメント区分の変更の有無)。
プロンプト2:カタリスト候補の洗い出し(工程⑦)
あなたは日本株のリサーチアシスタントです。目的は、今後12か月に発生が見込まれる「確認すべき事象」を、添付資料の記載に基づいて列挙することです。判断は私が行うので、あなたは事実の整理までを担当してください。 【入力資料】添付した直近の決算短信、決算説明資料、中期経営計画、適時開示の一覧、コーポレート・ガバナンス報告書。 【対象期間】本日から12か月間。 【単位】金額は百万円。 【出力形式】表(列は次の6つ、順序も固定) 時期 / 事象 / 論点 / 影響方向 / 確度 / 確認方法 - 「時期」「事象」「確認方法」の3列のみ埋める。 - 「論点」「影響方向」「確度」の3列は必ず空欄のまま返す。 - 行数は8行以上12行以下。重複する事象はまとめる。 【記入方法】 - 「時期」は資料に日付の記載がある場合はその日付、記載がない場合は「◯年◯月頃(資料に日付記載なし)」と書く。 - 「事象」は決算発表、計画の更新、設備の稼働、契約の満了、株主総会、開示方針の更新など、資料に予定として書かれているものに限る。 - 「確認方法」は、どの一次資料(決算短信、適時開示、有価証券報告書、コーポレート・ガバナンス報告書、会社IRサイトなど)で確認できるかを具体的に書く。 【禁止事項】 - 株価への影響、目標株価、レーティング、推奨、売買のタイミングに関する記述を一切書かない。 - 資料に予定として書かれていない事象を、業界の一般論から創作しない。 - 「〜が期待される」「〜が好感される」など、評価を含む表現を使わない。 【不明情報の処理】時期が資料から特定できない場合は「時期不明」と明記し、推定した日付を書かない。 【出典の表示】各行に、根拠となった資料名と該当箇所を併記する。 【レビュー項目】最後に、資料からは拾えなかったが私が別途調べるべき情報源を3つ挙げる。
プロンプト3:レポート初稿の文章化(工程⑨)
あなたは日本語の金融ライティングの編集者です。私が確定した結論と根拠を、指定の骨子に沿って文章化してください。結論・数値・判断はすべて私が決めたものであり、変更・追加は禁止です。 【入力】 (1) 私が確定した結論文(1文):(ここに貼る) (2) 根拠3点(各1文):(ここに貼る) (3) 業績予想表(百万円):(ここに貼る) (4) カタリスト表(6欄すべて記入済み):(ここに貼る) (5) リスク3点と、それぞれの下方シナリオの数値:(ここに貼る) 【出力形式】以下の見出し順で、合計1,600字以内。 1. サマリー(3項目:何が変わったか/なぜそう見るか/どこで間違いうるか) 2. 投資判断の根拠(根拠3点を各150字以内で展開) 3. 業績予想(会社計画との差分を金額と比率で明示) 4. カタリスト(表をそのまま掲載し、直前に導入文を1文) 5. リスクと下方シナリオ 6. 前提が崩れる条件(この見立てを取り下げる条件を2つ、私の入力から抽出) 【文体】敬体。1文は60字以内。修飾語を重ねない。 【計算方法】差分は「金額(百万円)」と「比率(小数第1位)」の両方を書く。私の入力値から計算し、検算結果を末尾に1行で示す。 【禁止事項】 - 私が入力していない数値・固有名詞・出来事を追加しない。 - 目標株価やレーティングを新たに算出・提案しない。 - 「両論あるが」「注視したい」「見逃せない」など結論をぼかす定型表現、および根拠のない程度表現(大幅に、極めて、著しく)を使わない。 【不明情報の処理】入力に無い情報が必要になった箇所は、文章を作らずに「【要入力:◯◯】」と記す。 【レビュー項目】末尾に、私の入力と食い違っている可能性がある箇所を列挙する(なければ「なし」)。
出力例:プロンプト2の返り値(抜粋)
セトウチ精機の資料を渡した場合、次のような表が返ります。③④⑤欄が空欄で返っている点が重要です。ここを人が埋めることで、前掲のカタリスト表が完成します。
| 時期 | 事象 | 論点 | 影響方向 | 確度 | 確認方法 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2026年11月上旬(決算発表予定日として公表) | 第2四半期決算短信の開示 | (空欄) | (空欄) | (空欄) | 会社IRサイト「決算発表予定日」、TDnet |
| 2027年2月(中期経営計画に記載) | 第2ラインの稼働開始 | (空欄) | (空欄) | (空欄) | 中期経営計画14ページ、以後の適時開示 |
| 時期不明(資料に日付記載なし) | 政策保有株式の縮減方針の更新 | (空欄) | (空欄) | (空欄) | コーポレート・ガバナンス報告書 |
AIが書く「無難なレポート」の3症状と直し方
結論を人が決めていても、文章化をAIに任せると独特の平板さが出ます。症状は3つに整理できます。
症状1:両論併記で結論がない。「成長期待がある一方、競争激化のリスクもある」という形の文が並び、読み終えても何を言いたいのか分かりません。原因は、AIが断定を避けるよう調整されているためです。直し方は、プロンプトで「結論は私が与えるので変更しない」と明示し、両論併記の接続表現を禁止語に入れること。そのうえで、根拠の順序を人が指定します。
症状2:コンセンサスの追認。入力資料に会社計画とコンセンサスがあると、AIの記述はその周辺に収束します。直し方は、差分を書かせること。「会社計画との差」「コンセンサスとの差」「前回の自分の予想との差」の3つを金額と比率で必ず書く欄を作ります。差がゼロならゼロと書く。差の理由が書けない予想は、そもそもレポートにする意味がありません。
症状3:リスクが定型文。「為替変動リスク」「原材料価格の上昇」「地政学リスク」といった、どの銘柄にも当てはまる文言が並びます。直し方は、リスクごとに「発現したら自分の予想の何がいくら変わるか」を数値で書く規律を入れること。セトウチ精機なら「主要顧客の設備投資が1四半期後ろ倒しになると、装置ユニット売上が約340百万円(13,400百万円の4分の1相当)翌期にずれ、営業利益は約40百万円下振れる」といった形にします。数値が書けないリスクは、その銘柄固有のリスクではない可能性が高い。
差別化の作り方をひと言でまとめると、「差分・反証条件・数値」の3点を書けば無難になりようがないということです。とくに反証条件(この見立てを取り下げる条件)は、AIが自発的には書かない項目で、書いてあるだけで読み手の信頼が変わります。
レポート骨子:誰がどこを書くか
骨子を先に固定しておくと、AIに任せる範囲が自動的に決まります。次の9節構成を出発点にしてください。
この業務に固有のAI出力検証方法
出典実在性の確認や計算の再現といった一般的な検証の枠組みはAI出力の検証4層で扱っています。ここではエクイティリサーチ特有の、間違えやすい検証項目に絞ります。
- 期間定義の取り違え:四半期「累計期間」と「会計期間」、「上期」と「中間期」をAIは混同します。抽出値が累計か単期かを決算短信の見出しで確認します。
- セグメント合計と連結合計の一致:調整額・消去を無視した合計を返すことがあります。差額の有無と、それが調整額として開示されているかを毎回確認します。
- 会社計画とコンセンサスの混線:AIは両者を区別せず「予想」と書きがちです。数値ごとに出所(会社計画/集計データ/自分の予想)のラベルを付けさせ、ラベルのない数値は採用しません。
- 短信の版の確認:レビュー未了の短信を先行開示し、後日レビュー報告書付きで改めて開示する運用があります。版を確認しないと後から数値が変わります。
- カタリストの日程の裏取り:AIが書いた「◯月頃」が、会社が公表した決算発表予定日と一致するかを一次資料で確認します。
- 株価に関する記述の混入チェック:禁止していても「市場は好感するとみられる」といった表現が混ざります。提出前に「株価」「上昇」「割安」「割高」「推奨」で全文検索し、意図しない箇所を削除します。
- 単位と桁:決算説明資料は億円、有報は百万円の表記が多く、混線が起きやすい箇所です。
機密情報・個人情報の注意
未公表の決算情報、企業から個別に受け取った資料、社内の投資判断や顧客の注文情報は、外部AIサービスに入力してはいけません。インサイダー情報の管理と情報遮断の観点から、入力してよいのは公表済みの一次資料に限るのが安全側の運用です。社内で許可されたツールとデータ区分の判断基準はAI利用時の機密情報の線引きを参照し、必ず自社の規程を優先してください。
よくある失敗
- AIに前提まで決めさせる。成長率や利益率をAIに提案させると、会社計画とコンセンサスの中間に落ち着き、予想が平均化します。結果として、レポートを出す意味がなくなります。
- 目標株価だけAIに逆算させる。「この利益水準ならいくらか」と聞けば数字は返ってきますが、倍率の選択根拠が説明できず、審査で必ず止まります。
- カタリストを「材料の羅列」で終わらせる。論点と影響方向が空欄のまま提出すると、読み手は何を確認すればよいか分かりません。6欄が埋まって初めて表になります。
- 二次情報を渡して出典を失う。集計サイトや要約記事を入力にすると、数値の出所が辿れなくなります。一次資料に限定するだけで、検証工数が大きく減ります。
- 公表後のフォローを人が手作業で続ける。ここは最も自動化しやすい工程です。開示の監視をAIに任せず、予想改定の判断だけを人がやる形に切り替えていない現場は、時間配分が逆になっています。
実務チェックリスト
- 10工程それぞれについて、A/B/Cのどれかを事前に決めてある
- 投資判断と目標株価はAIに出させない運用が、チーム内で明文化されている
- AIに渡した資料が、すべて公表済みの一次資料である
- 抽出した数値に、出所ラベル(会社計画/集計データ/自分の予想)が付いている
- セグメント合計と連結合計の一致を確認し、差額の説明が付いている
- 四半期の「累計期間」と「会計期間」の区別を確認した
- 手元の決算短信が、レビュー報告書添付後の版かどうかを確認した
- カタリスト表の6欄がすべて埋まっており、日程を公表予定日で裏取りした
- 影響方向を「株価」ではなく「自分の予想に対して」で書いている
- 確度を「日程」と「内容」に分けて書いている
- リスクごとに、発現時の金額インパクトを数値で書いている
- 会社計画・コンセンサス・前回予想との差分を、金額と比率で書いている
- 「前提が崩れる条件」を2つ以上書いている
- 提出前に「株価」「割安」「推奨」等の語で全文検索し、意図しない記述を削除した
- 単位が百万円で統一されている(億円・千円が混在していない)
日本市場での留意点
海外のリサーチ論をそのまま持ち込むと、制度が違うために手順が噛み合いません。以下は一次情報で確認した内容です(いずれも2026年8月3日確認)。
四半期開示の見直し:1Q・3Qは決算短信に一本化された
金融商品取引法等の一部を改正する法律(令和5年3月14日提出、令和5年11月20日成立)により、第1・第3四半期の四半期報告書が廃止され、取引所規則に基づく四半期決算短信に一本化されました。東京証券取引所は2023年11月22日に「四半期開示の見直しに関する実務の方針」を公表し、2024年3月28日に有価証券上場規程等を改正しています(2024年4月1日施行)。3月期決算会社の第1四半期から順次適用されました。
リサーチ実務への影響は3点です。第一に、1Q・3Q決算短信の開示内容が拡充されました。従来の記載事項に加えて、セグメント情報等の注記とキャッシュ・フローに関する注記(CF計算書を省略する場合)が義務化され、連結貸借対照表と連結損益計算書・包括利益計算書も一律で義務付けられています。四半期報告書が無くなった分だけ情報が減ったわけではありません。第二に、監査人のレビューは一律には義務付けられていません。短信のサマリー情報に「レビューの有無」が記載されるため、AIに読ませる前にその欄を確認します。第三に、レビュー未了の短信を先行開示し、レビュー完了後に改めて開示する運用が認められています。手元のPDFがどちらの版かで数値が変わりうるため、版の管理はリサーチ側の責任です。なお四半期末から45日を経過する場合は、その状況について適時開示が求められます。
将来的な任意化については、金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループの報告で「当面は一律に義務付ける」としたうえで、継続的に検討していくことが考えられるとされています。2026年8月3日時点では、第1・第3四半期の決算短信は義務です。「日本も四半期開示をやめた」という要約は正確ではありません。
決算説明会の資料と質疑応答
日本企業では、決算説明会の書き起こしが常に公表されるとは限らず、説明資料と質疑応答要旨が主な素材になります。英語圏のカンファレンスコールを前提にした分析手順は、そのままでは動きません。
東証の資本コスト経営の要請
東京証券取引所は2023年3月31日、プライム市場およびスタンダード市場の全上場会社を対象に「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」を要請しました。2026年4月28日には、これまでの要請をアップデートする形で「経営資源の適切な配分」を中心とした投資家の期待と取組みのポイントが取りまとめられています。また2024年1月からは、要請に基づき開示している企業の一覧表が毎月更新・公表されています(最新は2026年6月末時点、2026年7月15日公表)。この一覧表とコーポレート・ガバナンス報告書は、資本配分方針の変化を追う定点観測の材料になります。開示の有無と更新日が機械的に取れるため、工程⑩(公表後のフォロー)でAIに監視させやすい領域です。
機関投資家との対話(スチュワードシップ・コード)
金融庁の「責任ある機関投資家」の諸原則(日本版スチュワードシップ・コード)は、2014年2月の策定後、2017年5月、2020年3月、2025年6月26日に改訂されています。バイサイドのアナリストは、投資判断だけでなく議決権行使や対話の材料としてもリサーチを使います。成果物が社内向けの一次整理なのか、対外的な説明に耐える資料なのかで、AIに任せてよい範囲は変わります。
リサーチ費用の扱い:欧州の議論を直輸入しない
欧州ではMiFID IIによってリサーチ費用と執行手数料の分離(アンバンドリング)が求められました。その後、Directive (EU) 2024/2811(2024年10月23日採択、加盟国の適用は2026年6月6日)により時価総額の閾値が撤廃され、執行サービスとリサーチの支払いを一体で行うか分けて行うかを投資会社が選択できる方向に改正されています。日本にはこれに相当するリサーチ費用のアンバンドル規制はありません。「規制でリサーチが有料化され、カバレッジが減った」という海外の議論を日本にそのまま持ち込むと、前提を誤ります。
面接での答え方(30秒回答例)
「リサーチ業務でAIをどう使いますか」と聞かれたときの回答例です。
「リサーチの工程を、材料を揃える工程と決める工程に分けて考えています。事業理解の下書き、業界データの収集、カタリストの日程整理、公表後の開示モニタリングはAIに任せられます。一方、業績予想の前提、バリュエーション手法の選択、投資判断と目標株価は人が決めます。AIは学習データの平均に寄るので、前提を任せると予想がコンセンサスに収束し、リサーチの付加価値が消えるからです。加えて、レポートに署名するのは人なので、根拠を説明できない数字は載せられません。実際に使うときは、抽出した数値の出所ラベルとセグメント合計の一致確認を必ず自分で行います。」
この答え方の狙いは、「使える/使えない」の二分法ではなく、工程別の線引きと、その理由を説明できることを示す点にあります。
よくある質問(FAQ)
Q. AIに業績予想を作らせて、その数字を自分で検証する形ではだめですか。
A. 検証の順序が逆になります。AIが出した数字を先に見ると、その数字を起点に「もっともらしい理由」を探してしまい、自分の見立てがAIの出力に引きずられます。前提は自分で置き、置いた前提での計算だけをAIに渡す順序にしてください。計算結果の検算は当然必要です。
Q. 目標株価をAIに出させず、レンジの計算だけ任せるのは問題ありませんか。
A. 倍率や割引率などの前提を人が指定したうえで、その前提での計算をさせるのは問題ありません。ただし出力は必ず自分で検算し、前提を1つ動かしたときの動き方も確認してください。「どの倍率を使うか」を選ばせた時点で、それは判断の委譲になります。
Q. AIを使ったことをレポートに書く必要はありますか。
A. 社内規程と、所属先が従う開示ルールによります。一律の答えはありません。少なくとも、どの工程でどのツールを使ったかを社内で記録しておくと、後から品質問題が起きたときに原因を辿れます。自社のコンプライアンス部門の指示に従ってください。
まとめ
エクイティリサーチにおける生成AIの使いどころは、材料を揃える工程に集中しています。事業理解の下書き、業界データの収集、カタリストの日程整理、レポートの初稿、そして公表後の開示モニタリング。これらは反復的で、検証も比較的容易です。一方で、業績予想の前提、バリュエーション手法の選択、投資判断と目標株価は人の領域から動かせません。AIが平均に寄る性質を持つ以上、そこを任せるとリサーチの付加価値そのものが失われるからです。
実務に落とすときは、工程×区分表を自分のチーム用に書き換え、カタリスト表の6欄を様式として固定し、レポート骨子の9節に担当区分を書き込んでください。AIが書きがちな無難さは、差分・反証条件・数値の3点を必ず書く規律で消えます。日本市場では、四半期開示の見直し後の短信の版の管理と、資本コスト経営に関する開示の定点観測が、AIを効かせやすい具体的な作業になります。
※改めて申し添えます。本記事は教育目的の解説であり、特定銘柄の売買推奨・投資助言ではありません。登場する企業名・数値・カタリストはすべて架空の設例です。
出典・参考(2026-08-03確認)
- 金融庁「第211回国会における金融庁関連法律案」(金融商品取引法等の一部を改正する法律:令和5年3月14日提出・令和5年11月20日成立) https://www.fsa.go.jp/common/diet/211/index.html
- 日本取引所グループ「四半期開示の見直し」(2025年3月12日更新) https://www.jpx.co.jp/equities/improvements/quarterly-disclosure/index.html
- 東京証券取引所「四半期開示の見直しに関する実務の方針」(2023年11月22日) https://www.jpx.co.jp/equities/improvements/quarterly-disclosure/cg27su0000006epy-att/bkk2ed0000002osw.pdf
- 東京証券取引所「四半期開示の見直しに関する東証の開示制度について」(上場会社向けナビゲーションシステム掲載資料。1Q・3Q決算短信の開示内容・レビュー・開示タイミング・適用時期) https://faq.jpx.co.jp/disclo/tse/web/category2509.html
- 日本取引所グループ「決算短信作成要領・四半期決算短信作成要領」 https://www.jpx.co.jp/equities/listed-co/format/summary/index.html
- 日本取引所グループ「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応(プライム・スタンダード市場)」(2026年7月15日更新。2023年3月31日要請、2026年4月28日アップデート、開示企業一覧表2026年6月末時点) https://www.jpx.co.jp/equities/follow-up/02.html
- 金融庁「スチュワードシップ・コードについて」(「責任ある機関投資家」の諸原則。2014年2月策定、2017年5月・2020年3月・2025年6月26日改訂) https://www.fsa.go.jp/singi/stewardship/
- EUR-Lex, Directive (EU) 2024/2811 of 23 October 2024 amending Directive 2014/65/EU(投資リサーチの支払に関する改正) https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX%3A32024L2811
※本記事は教育目的の一般的な解説であり、法務・税務・会計・投資に関する助言ではありません。実際の判断は専門家にご確認ください。設例は理解のための仮設例です。AI製品の仕様・料金は変更されることがあるため、利用前に各社の公式情報をご確認ください。