このチュートリアルのゴール
はじめに:なぜ「ドライバーから組む」事業計画が必要なのか
多店舗展開する事業の5か年計画を作るとき、いきなりセルに「売上 5億円」「10億円」と入力していく人はいません。それでは経営会議で「なぜ来期は8億円なのか」と聞かれた瞬間に答えられなくなります。実務で作る事業計画は、出店数・既存店の客数・客単価・人時生産性といった「動かせる前提(ドライバー)」から売上や人員を逆算する、ドライバーベース・プランニングという手法で組み立てます。前提を1つ変えれば、売上も人員も投資額も連動して動く。これが売上ドライバー設計の考え方そのものです。
この手法は予測手法の1つで、トップダウンやボトムアップと並ぶ選択肢です。「店舗数×1店舗あたりの稼ぐ力」という構造がはっきりした多店舗ビジネスでは、最も検証しやすい方法になります。中期経営計画の策定プロセス全体は別記事に譲り、本チュートリアルは「シートをどう組むか」という実装部分に絞ります。
Excelの基本操作(数式の入れ方・フィルハンドル・青字ルール)が不安な方は、先にDCF構築チュートリアルのSTEP 0「Excel準備運動」を済ませてから戻ってくると迷いません。
| 用語 | ひとことで言うと |
|---|---|
| ドライバー | 売上や人員を決める「元になる数字」。出店数・客数・客単価など |
| 既存店・新店 | 期首から営業していた店と、その年に新しく開店した店。稼働月数が違う |
| 人時生産性(本記事の定義) | 売上高÷総労働時間(人時)。粗利高÷人時で定義することもあるため要確認 |
| CHOOSE関数 | 番号を指定すると、その番号に対応する値を返すExcel関数。シナリオ切替に使う |
| ロールフォワード | 「前期末+当期の増減=当期末」という残高の積み上げ計算の型 |
完成形の全体像
このモデルは「Driver(入力)」と「Calc(計算)」の2枚のシートで作ります。Driverシートの数字を1つ変えると、Calcシートの5年分がすべて連動する構造です。
| シート!行 | ブロック | 内容 |
|---|---|---|
| Driver!4-13 | ① 基本ドライバー | 客単価・客数・原価率・人時生産性など10個の前提 |
| Driver!14-17 | ② 投資・シナリオ選択 | 新店投資額・減価償却年数・稼働月数・採用シナリオ番号 |
| Driver!19-22 | ③ シナリオ別新店舗数 | 保守・標準・積極の3案とCHOOSEによる採用値 |
| Calc!11-16 | ④ 経過年数・店舗数 | 経過年数、期首店舗数→新店舗数→期末店舗数のロールフォワード |
| Calc!18-22 | ⑤ 売上高 | 客単価×客数、新店は稼働月数で按分 |
| Calc!23-26 | ⑥ 原価・人員計画 | 人時生産性から必要人時・人件費・必要人員を逆算 |
| Calc!28-35 | ⑦ 投資・家賃・営業利益 | 出店投資→減価償却の接続、家賃、営業利益 |
| Calc!38-39 | ⑧ 妥当性チェック | 人件費率・1店舗あたり売上の指標行 |
1ドライバーシートを作る①:基本10個の前提(目安8分)
目的:これから使う数字を1か所に集めます。あとで「シナリオを積極案に変えたら」「人時生産性が上がったら」と遊ぶときも、触るのはこのシートだけです。
| B | C | |
|---|---|---|
| 4 | 期首店舗数(FY0末、店) | 10 |
| 5 | 客単価(FY0、円) | 1,000 |
| 6 | 客単価上昇額(年、円) | 10 |
| 7 | 客数(FY0、1店・年間、人) | 42,000 |
| 8 | 客数増加数(年、人) | 840 |
| 9 | 原価率(対売上) | 30% |
| 10 | 人時生産性=人時売上高(円/人時) | 5,000 |
| 11 | 人件費単価(円/人時) | 1,400 |
| 12 | 1人あたり年間労働人時 | 1,800 |
| 13 | 月間家賃(1店、円) | 800,000 |
用語メモ:客単価は「客1人が1回あたり支払う金額の平均」です。ここでは1店舗・年間の客数と掛け合わせて、1店舗のフル稼働時の年間売上を作ります。
| B | C | |
|---|---|---|
| 14 | 新店投資額(1店、円) | 20,000,000 |
| 15 | 減価償却年数(年) | 10 |
| 16 | 新店の稼働月数(開店年、月) | 6 |
| 17 | シナリオ選択(1=保守 2=標準 3=積極) | 2 |
2ドライバーシートを作る②:出店シナリオとCHOOSEによる切替(目安10分)
目的:新店を毎年何店出すかは、経営会議で最初に割れる論点です。保守・標準・積極の3案をあらかじめ全部シートに書いておき、C17の数字を変えるだけでモデル全体が切り替わる仕組みを作ります。
| B | D (FY1) | E (FY2) | F (FY3) | G (FY4) | H (FY5) | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 19 | 新店舗数—保守 | 1 | 1 | 2 | 2 | 2 |
| 20 | 新店舗数—標準 | 2 | 2 | 3 | 3 | 3 |
| 21 | 新店舗数—積極 | 3 | 4 | 4 | 5 | 5 |
| 22 | 新店舗数(採用) | =CHOOSE($C$17,D19,D20,D21) | 2 | 3 | 3 | 3 |
つまずき:CHOOSEの結果が思った値にならない場合、まずC17の数字(1〜3の整数か)を確認してください。C17に0以下や4以上を入れると#VALUE!エラーになります。
3計算シートで店舗数をロールフォワードする(目安7分)
目的:Calcシートで、Driverシートの数字を実際の年次計算に変換していきます。まず店舗数です。「期首店舗数+新店舗数=期末店舗数」、そして今期の期末店舗数が来期の期首店舗数になる、という単純なロールフォワードです。
| B | C (FY0) | D (FY1) | E (FY2) | F (FY3) | G (FY4) | H (FY5) | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 13 | 期首店舗数 | =C16 | =D16 | =E16 | =F16 | =G16 | |
| 14 | 新店舗数(採用) | =Driver!D22 | =Driver!E22 | =Driver!F22 | =Driver!G22 | =Driver!H22 | |
| 16 | 期末店舗数 | =Driver!C4 | =D13+D14 | 14 | 17 | 20 | 23 |
進捗チェック(2割):D16が12、H16が23になっていれば店舗数のロールフォワードは正しく組めています。
4客単価×客数で売上を作る、新店は月数按分(目安10分)
目的:期首から営業していた「既存店」はフル12か月分、その年に開店した「新店」は稼働した月数分だけ売上を計上します。ここを分けずにフル年間売上を計上してしまうと、開店した年の売上が過大になります。
| B | C (FY0) | D (FY1) | E (FY2) | F (FY3) | G (FY4) | H (FY5) | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 11 | 経過年数 | 0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 |
| 18 | 客単価(円) | =Driver!$C$5+Driver!$C$6*D11 | 1,020 | 1,030 | 1,040 | 1,050 | |
| 19 | 客数(人) | =Driver!$C$7+Driver!$C$8*D11 | 43,680 | 44,520 | 45,360 | 46,200 | |
| 20 | 1店年間売上(フル稼働) | =D18*D19 | 44,553,600 | 45,855,600 | 47,174,400 | 48,510,000 | |
| 22 | 売上高 | =D13*D20+D14*D20*Driver!$C$16/12 | 579,196,800 | 710,761,800 | 872,726,400 | 1,042,965,000 |
5人員計画を人時生産性から逆算する(目安10分)
目的:多くの初心者が「人件費=人数×平均給与」と決め打ちしてしまいますが、これでは売上が伸びても人員計画が自動で追随しません。実務では人時生産性(本記事では人時売上高=売上高÷総労働時間と定義)から、必要な労働時間・人件費・人数を逆算します。小売・飲食では粗利高÷人時で定義することもあるため、関連指標の労働生産性(1人あたり付加価値)とあわせて社内の定義を確認してください。人員計画・人件費モデリングの基本形をドライバー式に落とし込む部分です。
| B | D (FY1) | E (FY2) | F (FY3) | G (FY4) | H (FY5) | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 23 | 原価(食材費等) | =D22*Driver!$C$9 | 173,759,040 | 213,228,540 | 261,817,920 | 312,889,500 |
| 24 | 必要人時 | =D22/Driver!$C$10 | 115,839.4 | 142,152.4 | 174,545.3 | 208,593.0 |
| 25 | 人件費 | =D24*Driver!$C$11 | 162,175,104 | 199,013,304 | 244,363,392 | 292,030,200 |
| 26 | 必要人員(人) | =ROUNDUP(D24/Driver!$C$12,0) | 65 | 79 | 97 | 116 |
つまずき:D26でROUNDUPを使わず単純な割り算のままにすると、人員計画に「52.88人」のような小数の人が登場してしまいます。人数は必ず整数に切り上げる約束にしてください。
6出店投資・減価償却・家賃をつなぎ、営業利益を出す(目安10分)
目的:新店の投資(内装・設備)は、減価償却として複数年に費用化されます。「投資額」と「減価償却費」を混同しないことがポイントです。
| B | C (FY0) | D (FY1) | E (FY2) | F (FY3) | G (FY4) | H (FY5) | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 28 | 新規出店投資額(Capex) | =D14*Driver!$C$14 | 40,000,000 | 60,000,000 | 60,000,000 | 60,000,000 | |
| 29 | 新店舗数の累計 | 0 | =C29+D14 | 4 | 7 | 10 | 13 |
| 30 | 減価償却費 | =D29*(Driver!$C$14/Driver!$C$15) | 8,000,000 | 14,000,000 | 20,000,000 | 26,000,000 |
| B | D (FY1) | E (FY2) | F (FY3) | G (FY4) | H (FY5) | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 32 | 店舗月数 | =D13*12+D14*Driver!$C$16 | 156 | 186 | 222 | 258 |
| 33 | 家賃 | =D32*Driver!$C$13 | 124,800,000 | 148,800,000 | 177,600,000 | 206,400,000 |
| 35 | 営業利益(簡易) | =D22-D23-D25-D33-D30 | 110,462,656 | 135,719,956 | 168,945,088 | 205,645,300 |
7妥当性チェック行を作り、5年分を並べて完成させる(目安8分)
目的:数式が正しく組めていても、前提の置き方自体が非現実的なら意味がありません。事業計画の精査で必ず確認される「1店舗あたり売上」「人件費率」のような指標行を自分のモデルにも入れておきます。
| B | D (FY1) | E (FY2) | F (FY3) | G (FY4) | H (FY5) | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 38 | 人件費率(チェック①) | =D25/D22 | 28.0% | 28.0% | 28.0% | 28.0% |
| 39 | 1店舗あたり売上(チェック②) | =ROUND(D22/D16,0) | 41,371,200 | 41,809,518 | 43,636,320 | 45,346,304 |
| B | C (FY0) | D (FY1) | E (FY2) | F (FY3) | G (FY4) | H (FY5) | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 16 | 期末店舗数(店) | 10 | 12 | 14 | 17 | 20 | 23 |
| 22 | 売上高(円) | 475,952,400 | 579,196,800 | 710,761,800 | 872,726,400 | 1,042,965,000 | |
| 35 | 営業利益(簡易、円) | 90,300,008 | 110,462,656 | 135,719,956 | 168,945,088 | 205,645,300 |
遊んでみる:前提を動かす実験3つ
完成したモデルは前提を動かして初めて道具になります。Driverシートの数字だけを変え、Calcシートが連動する様子を確認してください。
- 実験①:シナリオを積極案に切り替えたら? Driver!C17を2(標準)→3(積極)に変更。FY5の期末店舗数は23店→31店、FY5の売上高は1,042,965,000円→1,382,535,000円に増えます。出店ペースの違いが5年でどれほどの差になるかが一目で分かります。
- 実験②:新店の立ち上がりが早かったら? Driver!C16(新店の稼働月数)を6→9か月に変更。FY1の売上高は475,952,400円→497,586,600円(+21,634,200円)に増えます。新店2店分の稼働期間が3か月延びた効果です。
- 実験③:人時生産性が改善したら? Driver!C10を5,000円→5,500円に変更。FY5の必要人員は116人→106人に減り、人件費は292,030,200円→265,482,000円に下がります。人件費率(38行目)も28.0%→25.5%に下がり、生産性改善が利益率にそのまま効くことが確認できます。実験が終わったら数値を元に戻してください。
よくあるミス
- 新店の月数按分を忘れ、開店した年もフル12か月分の売上・家賃を計上してしまう。その年の計画が過大になります。
- CHOOSEの引数の順番(保守・標準・積極)とC17の番号(1・2・3)の対応がずれている。切り替えても数字が変わらないときは真っ先に疑う場所です。
- 必要人員(26行目)でROUNDUPをかけ忘れ、「52.88人」のような小数の人員計画になってしまう。
- 新店舗数の累計(29行目)をロールフォワードにせず、毎年の新店舗数だけを参照してしまい、減価償却費が増え続けない。
- Driverシートへの参照で$を付け忘れ、右へコピーしたときに参照セルがずれてしまう。
よくある質問(FAQ)
Q. なぜドライバーシートと計算シートを分けるのですか。
A. 前提と計算式が同じシートに混ざると、どのセルが「決め」の数字でどのセルが計算結果か分かりにくくなります。シートを分ければ、変更してよい場所(Driver)と触ってはいけない場所(Calc)が一目で区別できます。
Q. 客単価や客数の伸びを%ではなく金額(絶対額)で増やしているのはなぜですか。
A. 本チュートリアルでは連動の理解を優先し、複利計算を避けて年あたり定額で伸びる単純な前提にしています。実務では既存店売上高伸び率のような%の指標を使うことも多く、その場合は前年の値に(1+成長率)を掛ける式に置き換えられます。
Q. 減価償却も月割りにしなくてよいのですか。
A. 本チュートリアルでは計算を単純にするため、減価償却費を開店した年から満額計上する簡略化をしています。月割りより開店年の費用が大きく出る保守的な前提で、FY1では新店2店×200万円×6/12=200万円の過大計上になります。会計上は期中取得資産の償却は月割りが原則なので、精緻化する場合はD30を =(D29-D14)*Driver!$C$14/Driver!$C$15+D14*Driver!$C$14/Driver!$C$15*Driver!$C$16/12 に置き換え、開店年だけ稼働月数分に按分してください。
Q. CHOOSEの代わりにIF関数ではだめなのですか。
A. 選択肢が2つならIFで十分ですが、3つ以上になるとIFのネストが深くなり読みにくくなります。CHOOSEは選択肢が3〜十数個程度までのシナリオ切替に向いた関数です。
Q. なぜ人件費率が毎年ぴったり28.0%になるのですか。
A. 人件費を「人時生産性で逆算した必要人時×人件費単価」で作っているため、人件費率は常に人件費単価÷人時生産性(1,400÷5,000=28%)という一定の比率になります。これは設計上の性質であり、もし数値が年によってばらついたら、どこかの数式が間違っている可能性が高いです。
まとめ
- ドライバー型の事業計画は、Driver(入力)シートとCalc(計算)シートを分け、出店数・客数・客単価・人時生産性から売上・人員・投資を逆算する構造で作る。
- 新店と既存店を分け、開店した年だけ稼働月数で按分することが、過大な売上・家賃計上を防ぐカギになる。人員計画は人時生産性から逆算し、ROUNDUPで整数化する。
- 完成後は妥当性チェック行(人件費率・1店舗あたり売上)で計画の健全性を確認し、シナリオ切替(CHOOSE)で前提の幅を経営会議の議論に持ち込める形にする。
出典・参考(2026年9月確認)
本記事の設例(店舗数・客単価・客数・人時生産性などの数値)はすべて説明用の仮設例であり、特定の企業・チェーンの実データではありません。統計・制度に関する記述は含まれないため、出典リストはありません。
※本記事は教育目的の一般的な解説であり、法務・税務・投資助言ではありません。設例は理解のための仮設例です。